青少年妊娠罪で逮捕される少女のお話01
Added 2023-04-15 14:00:00 +0000 UTC私、橘知美(たちばなともみ)はとても幸せだった。小学校という6年間の初等教育を終え、2年が経った14歳の今。かつて憧れだった制服に腕を通し、折り目の深いプリーツスカートを揺らしながら登校する中学生活。先生に怒られない程度に折ったスカートや、薄めの色付きリップ。徒歩ではなく生まれて初めての電車で揺られながらの通学。友人関係や恋人関係も良好で、感じる事全てが新鮮で、毎日が楽しくて自由だった。 しかし、その自由にはそれ相応の責任が伴うことを私はまだ知らなかった。 陸上部に入部していた私は部活の練習を終え帰宅した。ご飯の前に風呂を済ませておこうと思い、カバンからスマホを取り出したところ、母の勧めでインストールした、生理周期が分かるアプリから通知が入っていることに気付いた。そうか、私。 「今日で2ヶ月と少し……」 それは最後に生理が来てから2ヶ月以上経過している事を示す通知だった。データの記入漏れではなく、純粋な生理不順。 最近は部活の練習も忙しく、テスト週間も重なり、そちらに気を回すことをすっかり忘れていた。初潮が来てから何度かこのような事はあったが、今まで一定の周期を保っていた生理がぱたりと、それも2ヶ月も来ていないことは初めての経験だった。少しだけ不安に思った。 私はこれを母親に相談したところ、念のため産婦人科を受診することになった。 次の日。病院に通院してから登校することを学校へ連絡した私は、母と共に母の担当医がいる産婦人科のクリニックに来ていた。産婦人科までは歩いて行ける距離だった。 曇りガラスの自動ドアが開かれ、清潔感溢れる白を基調とした空間が目の前に広がる。受付を済まして問診票にあれこれを記入した後、名前が呼ばれるまで待合室で待機をしていた。私の他に来ているのはどれも成人の女性ばかりで、私と同年代の子がおらず、多少場違い感が否めない。中にはお腹の大きい妊婦さんもいて、私のような子供が来て良い場所なのか不安だった。 しばらくすると、スピーカーにノイズが走る。 「橘知美さん、1番の扉にお入りください」 控えめな音量でスピーカーから呼ばれた私は、母と一緒にその扉の前まで行き、横にスライドする。開けた先は待合室と同じような清潔感のある診察室だった。 「あ、あの。よろしくお願いします……」 「あら、今日は娘さんなのね」 診察室で出迎えてくれたのは、白衣を身に纏った三十路くらいの女医だった。その女性は渡辺と書かれたネームプレートを首から下げ、温かみのある声で私を招き入れてくれる。 渡辺が指示した椅子へ腰かけると、私は様々な質問をされた。問診票に書ききれない細かい症状をたくさん聞かれ、母の手助けもありながら全て答えていく。私は緊張して汗が滲む手をギュッと握っていた。 しかし、私の生理不順に目立った原因が発見できないらしく、しばらくして渡辺はこう告げた。 「うーん、とりあえず詳しい事を調べるために、採尿と採血をしましょうか。内診は嫌よね」 採尿と採血を終えた私は待合室で待たされた。 しばらくすると再びスピーカーから呼び出しがかかる。それらは、ごく普通の病院と変わらない、普通の光景だった。ただ私はあることが気がかりで仕方がなかった。 私は初めて問診票を渡された時、『性交渉の有無』の記入欄にチェックはしなかった。それは当たり前だと思う。14歳という年齢で不純異性交遊を経験しているというのは、世間から見て些か問題があるだろうし、私が母に見守られる中で問診票の性交渉の有無にチェックを入れた日には、母が度肝を抜き失神してしまうだろう。 問診票を書いている最中、生理が止まる理由に妊娠が含まれていることを思い出した私は、母にそれを打ち明けられなかった。いや、打ち明けようと努力はした。しかし、緊張と焦りからくる喉の締め付けが私に自白を許さなかったのだ。あの日、彼と体を交えた事を。 1番と書かれた扉にかかる手が、異様に汗ばんでいるのがわかる。この扉の先に答えがあるのはわかっている。しかし、先生から告げられる言葉の中に“妊娠”の2文字が含まれていたら。そう思うと体から力が抜け、頭の中が真っ白になってしまう。 「知美、どうかしたの?」 気持ちが顔に出ていたのだろう。母が心配して声を掛けてくれるが、私の意識はもうここから離れ、受け答えも曖昧になっていた。とてつもない緊張のあまり視界がぼやけ、焦点も定まらなくなってくる。 「ううん、大丈夫。少し部活で疲れてるのかも」 私はそう言って誤魔化した。 満16歳。これが何を意味する数字か、この国に戸籍を持つ国民なら誰もが知っていることだろう。 それは、法律で定められた“親権”が与えられる年齢である。 17年前、13歳の少女が近親相姦を経て妊娠し、その後出産に耐えられず死亡する事件が世を騒がせた。少女が残した日誌には『父親に体の関係を強要された』や、『生理が来ない。多分妊娠している』といった残酷な一文が残されており、当時の少女の苦悩が綴られていた。少女が亡くなった場所は家の近くにあった公園の公衆トイレの中。中には出産で出た大量の血液とその他の体液、臍脳に繋がれたまま冷たくなった子供が放置され、その場で少女の遺体と供に発見された。 世に衝撃を与えたこの事件は、連日ニュース番組で取り上げられ、新聞の一面も飾り大きな話題となった。死亡した少女の父親はその事件で逮捕され、実刑判決を受けたと報道されたが、世間が非難したのは娘を妊娠させた父親ではなかった。勿論、事件当初は父親に非難が集まり、SNSでは様々な誹謗中傷が書き込まれたが、時間と共に矛先は国へと向かったという。 少女は当時中学1年生。市内の公立学校に通っていた。学校の調べによると、少女は死亡したとみられる日より2ヶ月も前から学校を無断で休みがちになり、時には欠席の連絡すらない日もあった。しかし、学校側はそれらを解決する権力を持ち合わせていないため、少女の異変に対処が間に合わず、最悪の事態に発展してしまったということだ。 このことから、世論は管理不足を理由に国を責めるようになり、国はそれなりの対応を迫られることになったのだ。 与党の支持率に影響が出始める頃、国はやっと重い腰を上げる。 世論を受け、国は青少年の心と体を健やかに成長させるための、新たな管理体制を築く過程で、満16歳という年齢を設けた。それは妊娠した少女の出産可能年齢である。 妊娠および出産は母体に対し大きなリスクを背負わせることになる生物学的状態であり、未成熟な少女が背負うことは、成人女性以上に健康リスクが大きい。 そのような背景から、国は満16歳を出産可能年齢と法律で定めた。 これは未成年の少女が出産に耐えうる体を持つという、医学的、科学的、そして倫理的視点から得られたひとつの目安であり、国はこれを管理体制に組み込むことで青少年の心身の発達に努めるとした。 それと同時に、出産した子供を管理できる能力を持つこと。つまり精神的、経済的観点から、親権が与えられる年齢も満16歳とした。これが広く知れ渡り、満16歳という年齢が国民の頭に刷り込まれたという事だ。 しかし、毎年少なからず何らかの形で妊娠をしてしまう少女がいる事は確かだ。 もし16歳以下の少女が妊娠をしてしまった場合、国は基本的に中絶を行わず、以前の失敗を踏まえ少女に対し徹底した管理体制を敷くことを決定した。それは制定された法律の関係上、妊娠をした少女に対し“刑罰”という形で執行されることになる。 『胎児没収刑』 それが満16歳に満たさない少女に執行される罰である。制定された法律上、満16歳に満たない母体に子供の親権は認められないため、出産後に子供の親権は国に没収される。つまり、母体が子供を出産した直後、その子供は母体の子ではなく国の子であり、母体がその子を育てる権利を失うという事だ。一方で、一時的に母体の親族へ親権を仮に置く、という案も上がったが、これに対し国は徹底した管理体制を示し、その意見を跳ねのけた。加えて、妊娠期間中の母体の安全確保のため、国は6か月以上3年以下の懲役刑を科し、刑務所で服役させる事とした。これは16歳以下が妊娠した場合に抵触する罪状『青少年妊娠罪』の証拠隠滅、つまり故意的な中絶及び母体の自殺を防ぐ目的がある。 勿論、一部では「やりすぎだ」という声もあった。しかし、法律で制定された以上、16歳以下の青少年の心身の健康を守り、そして生まれてくる子供を守るためにも、一律して管理することが重要だという意見で、国及び世論は一致していく。 私の心配は過剰だったようだ。 「うん、検査の結果も問題ないようね。部活の頑張りすぎで少しストレスが溜まっていたのかしらね」 と、渡辺は険しそうな表情を見せ、そう呟いた。妊娠の可能性無しと判明した私は胸の内が軽くなり、今までの緊張が解れていくのがわかった。 よかった。妊娠はしていないらしい。先生の言う通り部活の疲れもあったり、テストのストレスもあったりしたのだろう。 渡辺からは特に薬を処方されることもなく、経過観察として1週間後また受診するよう言われ、私は学校へ登校した。 そして、また次の日の早朝。私は陸上部の朝練へ行くため、午前6時に家を出発した。徒歩と電車に揺られること1時間半。朝練の生徒以外登校していない閑散とした学校に到着した私は部室へ行き、ユニフォームに着替える。来週に迫った地区予選に向け、上は臍が出た丈の短いタンクトップ、下は鼠径部ギリギリのブルマ型のボトムスを着用した。その陸上ユニフォームは放課後に試着をしても良いのだが、その時間に練習すると、他の生徒の目が気になるため、こうして朝練で行うのが、女子の慣例である。 大会が迫っているということもあり、朝練にはかなりの人数が参加していた。全員で監督の元に集まり、挨拶をして練習を開始した。 しばらくして朝練も終盤に差し掛かり、続々と生徒が登校し始めた時間帯。 私は突然監督に呼び出された。監督が手招きをして「一緒に来い」というジェスチャーをしたため、黙って付いて行くと、連れていかれたのは職員室の隣に隣接している応接室だった。そこはよく生徒指導室として使われることもあるため、私は身構えた。監督が応接室の扉を開けて私を部屋の中へ入れる。 応接室の中には校長先生と担任、それと1人の男性警察官と2人の女性警察官が立っていた。部屋の空気は冗談を入れるような軽いものではなく、彼らに表情の緩みがないことから、ただ事ではないことははっきりと理解できた。ひりついた空気を肌で感じながら私は部屋の中に足を踏み入れた。 すると、男性警察官が私の元へ来る。 「あなたが橘知美さんで間違いないですね」 「あ、はい、そうですけど……」 私は素直にそう答えた。露出した腹をさりげなく両手で隠し、肩をすぼめた。朝練の影響で汗ばんでいる事もあり、男性に近寄られるのは少し恥ずかしかった。しかし、男性警察官はそんな私を気にする様子もなく真剣な眼差しを私に向けていた。 男性警察官は後ろに立つ女性警察官から一枚の紙を受け取ると、それを私に見せつけながらこう言った。 「本人の確認が取れました。あなたを、青少年妊娠罪で逮捕します。これから警察署へ向かいますので、私達の指示に従ってください」 男性警察官が提示したその紙は、私の名前と青少年妊娠罪と明記された『逮捕状』だった。 突然提示された逮捕状と、妊娠という単語に私は鋭く反応した。 「ま、待ってください。私、昨日病院で、妊娠はしてない、って」 とっさに私はそう言い訳をした。男性警察官から離れるように後ろに一歩二歩と下がるが、私の後ろには二人の女性警察官が立ち塞がる。男性警察官は見せつけていた逮捕状をしまい、腰に掛けられた手錠に手を触れた。 「申し訳ありませんが、詳しい話は警察署で聞きますので、私達と一緒に警察署まで来てください」 既に反抗しても無意味だろうということは理解していた。男性警察官の後ろに立つ校長先生は私の事を真っ直ぐ見つめ、その隣にいる女性の担任の先生は目に涙を浮かべていた。 素直に従っていればよいと頭では分かっていた。 しかし、突然告げられた『逮捕』の2文字。加えて、男性警察官が今まさに取り出している手錠を見てしまい、気が動転してしまう。私は踵を返し女性警察官を押しのけ、扉へ向かって走り出した。 頭は真っ白だった。逃げたところで何処へ逃げるとは考えてもいなかったし、逃げ切れるとも思っていなかった。ただ、パニックに陥っていた。扉までの数歩が永遠に感じる程遠い。 「逃げるな!!」 男性警察官の怒号が部屋に響いた。恐らく常日頃から訓練しているのだと思われるほど瞬時に出された声量は、取り乱している私にとって猫だまし程度には効力があった。声に驚き、体が震えたその一瞬を彼らは見逃すはずもなく、ドアノブに手を掛けた私を、それを回すことを許さず取り押さえてしまう。 「慎重に抑えろ、絶対にお腹は押すなよ」 男性警察官の声と共に私はうつ伏せで床に押さえつけられ、手首を背中にねじ上げられた。カリカリカリ、とバックルが締まるような音が鳴り、私の腕は手錠によって拘束される。肩を捻じられて発せられた、「痛い痛いっ」という私の声は当然聞き入れられず、大人の力による強制的な拘束が施された。 脇を抱えられ起こされた私は、腰に青い縄を巻かれた。露出したウエストに直接巻かれたその縄は『腰縄』と呼ばれ、背中で私の手錠と括りつけることで、手の可動域を減らし、逃亡防止の役割を持つ拘束具である。 「今あなたのお腹には赤ちゃんがいるのよ!」 腰縄を握る女性警察官がそういった。 「なんで、いや、いやぁ」 「静かにしてください。あなたは一度逃走を図りました。残念ですが、このまま警察署まで連行させていただきます」 訳も分からない突然の出来事に私は声を上げながら泣きわめいた。ぽろぽろと床へ落ちる涙を自分で拭くこともできず、ひたすら感情を震わせるだけ。もう一人の女性警察官が自前のハンカチで私の涙を拭いてくれたが、私の涙はしばらく止まらなかった。 体を前傾に倒そうとしたが、女性警察官に引かれて上体を起こされる。 「うぐっ、痛いっ」 「申し訳ありませんが、体を丸める事は許されません。泣くことは咎めませんので、姿勢は正しくお願いします」 惨めだった。病院の先生から検査の結果以上は無いと言われたのにも関わらず、何故私は逮捕されているのだろうか。一体何故この警察たちは私が妊娠していると知っているのだろうか。その疑問が私の中でぐるぐると回る。 しばらくすると、担任が私の荷物を持ってきた。 「服は制服と、教室に合った体操着しか見当たりませんでしたが」 「とりあえず、それくらいあれば十分です。必要になればこちらで準備いたしますので。ご協力ありがとうございます」 そう男性警察官は担任に感謝を述べる。私は陸上ユニフォームという薄着に、後ろ手錠と腰縄、という人に見せられない格好でそのまま応接室から連行された。歩いている最中も背筋は一切丸める事は許されなかった。膨らみかけの胸を突き出すように背中を反らされ、ユニフォームの隙間から見えてしまうスポーツブラを隠すこともできない。せめて着替えをさせてほしいと懇願するも、一度見せてしまった逃亡の危険性に、その要求は受け入れられなかった。しかし、そんな私にも一応の配慮はあるらしく、後ろ手の上に一枚のハンカチを握らされ、手錠を隠してくれた。腹部に巻かれる青色の腰縄は隠すことはできなかったが、裏口から連行されるまでの間にすれ違った生徒に、手錠を見られることはなかった。 学校裏に駐車されていたパトカーは3台。各パトカーの前に男性警察官が1人ずつ待機しており、私はその内一番後ろのパトカーに乗せられた。後部座席の中心に座らされ、左右に挟むように女性警察官が乗車する。そして運転席と助手席に男性警察官がひとりずつ乗車した。 すると、突然左隣に座る女性警察官が話しかけてくる。 「ごめんね、突然でびっくりしちゃったよね」 そう言いながら私の頭を優しく撫でてきた。私はその優しさに触れ、緊張の糸が切れてしまい、再び涙が浮かび始める。 「ちょっと、松本さん。あまりそういうのは」 と右の女性警察官が、松本呼んだ左の女性警察官に話し掛ける。 「いいのよ、楠さん。だって、彼女14歳よ?それにあまりストレスをかけすぎるのは、お腹の子に良くないわ」 そう言いながら松本は私のお腹に薄手の毛布を掛けてくれる。そして松本はこう続ける。 「橘さん、だったわよね。まだあなたは推定無罪といって、有罪と確定したわけじゃないの。気を確かにね。それに、橘さんのお腹にもし赤ちゃんがいたら大変でしょ。お腹は冷やさないようにね」 「……ひぐっ、ううっ」 「もう、泣き虫さんね。でも、この車の中は泣いていいけど、お喋りは禁止だからね」 そう言いながら松本は私の肩から腰へ斜めにシートベルトを締め、バックルをポケットから出した鍵で施錠した。そのシートベルトは私が知っている物とは別物だった。ただ、掛けられたシートベルトは斜めだけで、お腹に沿うようなベルトはされなかった。私はその様子から本当に妊娠してしまったのだろうか、思い始めてきた。 シートベルトにきつく締め付けられ、後ろ手にされた腕が体とシートに挟まった。 「あら、ごめんなさい。腕きついわよね。後ろのシート変えるから、そこに腕を嵌めてね」 そう言って松本が私の背中で作業をすると、丁度腕が嵌められるような窪みが出来上がった。パズルのように松本に外された人の腕の形をしたシートは、そのまま私の脚元へ置かれた。私が恐る恐る寄りかかると、私の背中はその窪みへぴったり収まった。肩から手の先まで型に嵌められるようで拘束感は上がるが、座り心地はとてもよくなった。 「橘さんみたいな人のために作られたシートなのよ」 松本はそう言って私の頭を撫でる。 すると、私が乗るパトカーの前に止まっていたパトカーに、複数の警察官と一人の生徒が乗り込んだところが見えた。 私以外にも罪を犯した人がいるのだろうか。そう考えていたが、その生徒の顔を見た私は驚愕する。なんとその生徒は私の彼氏、大塚和也だったのだ。ふと私は彼の名前を呼んだ。 「あっ、和也……」 しかし、「静かにしなさい」と間髪入れずに右にいる楠という女性から忠告が入り、私は口を閉じる。 車に乗せられた大塚は制服姿で、男性警察官に前手錠と腰縄で拘束されており、私の後ろ手錠とは異なることが分かる。背中の手錠の鎖が音を立て存在感を示した。疑問くらい解消しておこう。 「あ、あの……」 「なんですか、トイレですか?」 と、右に座る楠が答える。その反応に私は少し怖気づいた。 「ち、違います。その、前の車に乗せられた人、私の彼氏なんです」 「そうですね」 と、素っ気ない返事を返される。 「あ、あの、なんで私の手錠は、後ろ、なんですか」 私は前のパトカーに入れられる大塚を見て、何故彼が前手錠で、私が後ろ手錠なのか疑問に思った。両手を後ろにされるのはとても屈辱的だ。涙も更けないし、どこか痒くてもかけない。前手錠以上に不自由なこの両手が、私を犯罪者だと言い聞かせてくるようで耐えられなかった。 「そうね。本当はあまり話してはいけないのだけど、特別に教えます」 と楠はそう言って続けた。 「あなたは“逮捕されるとき反抗したから後ろに手錠をされた”。そう思っていますよね?」 楠が言っていることは大体当たっていた。もし、反抗が理由で後ろに手錠をされているのなら、私は黙って引き下がろうと思っていた。 「しかし、青少年妊娠罪に問われた橘さんのような女性には後ろ手錠をする決まりになっています。これはお腹にいる胎児を守るためです。先程、橘さんは体を前に丸めようとして、私に注意されましたよね」 「あぁ、はい……」 楠が言うのは応接室の出来事の話だ。 「規則上、橘さんが私達の収容下にある時は、母体の自殺防止と、胎児の保護が義務付けられています。体を丸めるという行為は、お腹の胎児にとても負担がかかる体勢なので、それを阻止するための後ろ手錠です。前手錠だとどうしても体は丸まりますからね」 「はい……わかりました」 「なので、橘さんはどんなことがあっても、体を丸めてはいけません」 その説明の後、3台のパトカーは赤色灯を回しながら、学校を出発した。 警察と交わす会話の一つ一つに、私が妊娠している事を強調する迫力があった。私は本当に妊娠しているのだろうか。しかし、だとしたら昨日の婦人科の検診は何だったのか。今の私にはわからない。 腰に巻かれた青の縄はそのまま、パトカーから逃げられるはずもないのに、しっかりとその縄尻は握られ続けている。胸の間を通るきつめのシートベルトに、隠すことのできない胸の膨らみを強調され、恥ずかしい。運転席に座る男性警察官は常に前を見ているが、時々バックミラー越しに目が合うと、気が気でなかった。私はその羞恥心から胸を隠すように肩をすぼめたが、許されなかった。すぐに楠の注意が入り、胸を張りに背筋を伸ばすよう指示される。 ふと下を見ると、乗車時にずれてしまったのだろう。陸上ユニフォームのブルマの隙間から下着が見えてしまっていた。お腹は毛布で隠されているが、わざと脚は隠さないようにしているように見えた。何かを隠し持つ余裕などないはずなのに、お腹から足へ毛布が崩れると、すぐに捲られ足を露出させられる。恥ずかしさから足を閉じようとするが、太もも同士が付くのは許されないらしく、常に私の脚は軽く開かされていた。 パトカーの中にプライバシーは存在しないのだろう。常に犯罪者の私に目を光らせ、身じろぎ一つも満足にできず、連行されていく。ただそれだけ。 15分ほど車を走らせただろうか。学校周辺の知っている風景から、段々と知らない風景に移り変わり、その地を管轄にしている警察署にパトカーは止まった。パトカーから降ろされた私は腰縄を握られながら警察官に付いて行く。はやりこの時も手錠は後ろから直されることはなく、胸を突き出すような恥ずかしい姿勢で歩かされていた。 警察署ですれ違う人は学校や駅とは異なり、制服に身を包んだ警察官が多い。中にはスーツを着こなした人もいたが、私のような陸上ユニフォームで入るような場所でないことは確かだ。股関節ギリギリの丈のブルマに、スポーツブラ同然のタンクトップ。ほぼ下着で歩いていると変わらない露出で警察署内を歩かされる。 腰縄を引かれて連れられたのは、壁に身長を図るためのメモリが貼られた撮影部屋だった。そこで腰縄と手錠をやっと外してもらえた。緊張であまり意識が向いていなかったが、手錠は私の手首をかなり圧迫していたようで、赤い痕がくっきり浮かんでいた。私はその痕に少々ショックを受けながら手首を揉んでいた。 部屋の中には女性警察官のみならず、他にも数名の男性警察官が待機していた。一人はカメラ機器が置かれている部屋の角におり、もう一人は私の逃亡を阻止するように扉の前に立っている。私を監視する女性警察官ら以外は入室してきた私に気を留めることなく準備に取り掛かっている。すると、カメラ担当の警察官と目が合い、私はとっさにお腹を隠した。 「体を隠さないでください」 「あ……すみません……」 男性警察官にそう指示され、私は腕を体の横に付けた。 準備が整ったようで、私は陸上ユニフォームを着たまま、床に貼ってある足形のマークの上に立たされた。手は横に、背筋を伸ばして顎を引く。 「ああ、靴はこちらで預かりますので」 学校から履いてきたランニングシューズを脱がされる。 「体は動かさないで」 「背筋しっかり伸ばして、顎引いて」 「視線も動かさないで」 と散々指示され、私は正面と横、それに斜め左前から写真を撮影された。顔はひどいものだったと思う。泣き喚き目元は腫れっぽいだろうし、朝練でかいた汗で髪型は荒れている。髪型を直すことは許されないようで、手を髪に当てた途端すぐに注意が飛んできた。犯罪者として記録を残すためだと思うが、せめて綺麗に撮って欲しいと思うのはわがままなのだろうか。 「あ、あの……」 私は写真を撮影していた男性警察官に話し掛けた。撮影は終わりのように見えたので、私は指示された足型から離れ、男性が眺めるモニターを見せてもらおうとした。しかしそれはよろしくなかったようだ。 「あ、ダメです。勝手に動かないでください」 「い、いや、写真を……」 モニターを眺める男性警察官から静止を求められた私は、自分が置かれている状況をすっかり忘れ、モニターへ近付いた。だが、私の行動に対して、傍で見ていた女性警察官2人の反応は早かった。すぐに私の元へ駆け寄ると加減をしない強引な強さで、私を取り押さえた。そして、私が反抗する間もなく、腕は後ろでまとめられ、再びあの鉄の輪が付けられる。 「勝手に動かないで」 私の脇を抱える女性の警察官は短い台詞をぼそっと溢した。しかし、その短さには濃縮された魔物が潜んでいるようで、とても怖い。そこに自由は一切なかった。こんな少しの移動ですら許されず、写真を見せてもらうことも許されなかった。 結局私は写真を見せてもらえず、再び腰縄をウエストに結ばれた後、また別の部屋へ移動させられる。パトカーの中ではあれだけ私に優しく接してくれた松本も、警察署に入ってからは表情一つ崩すことはなく、まるで私を犯罪者のように監視していた。いや、私はもう罪を犯した犯罪者なのかもしれない。そう考えると、胸の中に黒いドロッとした感情が生まれてくるのがわかった。 「はい、次は右手」 次の部屋で行われたのは指紋の採取。勝手なイメージで、墨で紙に指紋を押し付けるのかと勘違いしていたが、全てデジタルで管理されているようだ。指示された場所に指を置くとスキャナーがそれを撮影するのだろう。だからと言って私は両手を自由にされることはなく、片手ずつ腰縄に繋げられた手錠から解放され、指紋を撮られる。 指紋を撮られると、私は再び後ろ手に手錠を掛けられて部屋を移動。どうやら私の腕は部屋を出るときは必ず手錠をしなければいけないらしく、一瞬の隙も許さないほど完璧な拘束で管理されていた。別に逃げるつもりはないというのに。 私はふと尿意を覚えたので、部屋を移動している最中にそれを申し出た。 「あの、すみません」 「はい、どうしましたか」 「お手洗いに……」 トイレに許可を貰うというのは小学生以来だろうか。最近ではそのような事はなくなったらしいのだが、私の代では先生に手をあげてトイレを申し出ていた。そんな小学生の日々を思い出させるかのような発言だった。 女性警察官2人はしばらく話し合い、私にこう告げる。 「尿検査を先にしましょうか」 と。 連れられた場所は私の知っているトイレとはかなり異なっていた。目の前に広がるトイレは左右の個室を仕切る壁は無く、通路の片方だけにむき出しの和式便所が並列して設置されているだけ。もし隣で用を済ませる人がいれば、全てが見えてしまうとても開放的なデザインだった。 私は腰縄を繋げられた状態で連れられ、一番手前の和式便所の前で止まるよう言われる。そして女性警察官の松本にこう言われる。 「足をそこに置いて、跨ってください」 和式便所の両端には撮影室であったような足形のマークが床に貼られており、松本はそこに足を置くように指示してきた。今までトイレとはプライバシーが守られる場所という認識でいたため、現実とのギャップに私は驚愕した。脚を置く場所まで決められているというのは、排泄であっても警察の管理元行われていることを自覚させられ、とても屈辱的だった。しかし、女性警察官2人に監視され、両手は後ろに手錠。さらに腰には縄を巻かれているこの状況に、その指示に首を振ることなんてできない。私は素直に足形マークに足を置いた。 その和式便所はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。形だけ清掃されているようだが、床に敷かれたタイルはカビで黒くなり、便器は所々変色している。匂いも多少はあった。 「それでは今から人権と尊厳を出来るだけ配慮し、採尿を行います。よろしいですか」 「あ、はい。でも、手が……」 私は後ろに立つ松本に手錠を見せつけるように揺らしたが、彼女が告げた答えは予想もしない事だった。 「規則上、手錠は外せません」 「そんな……」 そう松本に言われ、私の陸上ユニフォームのブルマに彼女の指がかかった。私は突然の行為に驚き、前によろけた。数歩前に足を動かしてしまい、松本から腰縄を引かれる。 「ちょっと!勝手に動かないで」 「い、いやです。自分でできます。手錠、外してください!」 松本から引かれた腰縄は私のウエストに深く刺さり、腹部を圧迫した。私はその反動で引き戻され、松本と楠に押さえられる。 「青少年妊娠罪に問われた橘さんは必ず採尿をしなければいけないの。だけど採尿の監視が甘かった時代、尿を別の物にすり替える事件が起きてから、こうして手錠は外せなくなってしまって。申し訳ないけれど、これは規則だから、こうするしかないわ」 「でも、下を脱ぐくらい、自分で。お願いします、手錠、外して、ください……」 「ごめんなさい、少し恥ずかしいけど、我慢してね。ズボン下ろしますね」 「いやぁああああ、きゃああああ」 私の必死の抵抗も虚しく、陸上ユニフォームのブルマはショーツを巻き込みながら、膝上まで降ろされた。上半身に着ている服が普通のTシャツならまだよかったのだが、今の私は臍が出るほど丈の短いタンクトップ。松本によって露出されたのは下半身だけだが、実質胸より下が裸になったのとほぼ等しい。引き締まったウエストからブルマに隠された陰部までが曝け出され、陰毛の少ない恥丘が日焼けされたウエストとコントラストで強調されていた。強烈な羞恥に襲われるが、体を隠そうにも背中で私の自由を奪う金属の塊がそれを許さなかった。私は耐え切れず、その場でしゃがみ込む。腿に胸を当て、できる限りの露出を抑えた。しかし、今まで気が付かなかったが、便器の前の壁には私の陰部を反射する鏡が貼られており、背後に立つ女性警察官らへその光を届けていた。恐らく背後からでも排泄を監視できるようにと設置された鏡だろう。私はその鏡を見て、徹底されたプライバシーの排除にもはや感動すら覚えた。 とっさにしゃがみこんだ私を後ろの二人は許すはずもなく、すぐに抱えられる。 「こらっ、勝手に動かないで!」 「いやっ……」 腰をくねらせ、陰部を隠すように内股にして、できる限りの抵抗をする。 「橘さん、お願いだから私達の言うことに従って。でないと大変なことになるの」 と、松本に言われるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。人前でほとんど裸に近い格好をしなければいけないのは屈辱であり、さらにこれから採尿をされるというのだ、耐えられるわけがない。 「い、いやぁ、いやだ……」 「あなたの尿は妊娠を証明する重要な証拠でもあるの。お願いだから協力して」 「なんでっ、なんで、もういやっ……」 私の精神状態は既に限界が近かった。溢れ出た感情が涙となって床へ落下していく。 「いいから選びなさい、今ここで私達の指示に従ってするか、病院で男の警察官に囲まれながらお医者さんに強制的に尿を取られるか。あなたにはこの2つしか選択肢がないの!」 怒号にも似た松本の声がトイレの空間に響いた。松本から提示された2つの選択肢は私にとってこれ以上ない残酷さを秘めていた。今この場で2人の女性警察官に見られながら採尿を済ませるか、男性警察官に囲まれながら採尿を済ませるか。そんなの選べるようで答えは決められているようなものだった。 強制採尿。それは、対象者が警察官の監視の元行われる任意の採尿を拒否した場合、令状により執行される強制的な採尿を意味している。令状が通ってしまえば対象者の同意とは関係無しに採尿が進められ、医師による採尿が行われる。それは人権を侵すギリギリの行為であり、対象者の尊厳を奪いかねない。しかし、対象者が女性であっても検査には男性警察官が複数同行し、女性警察官の監視の元、人権に配慮されながら身体を拘束し、採尿を執り行う。これは捜査の為仕方のない事であり、法律で定められた捜査行為である。 私は当時、強制採尿という制度は知らなかったが、これを拒否し続ければ男性に見られるという最悪の事態が待っていると知り、素直に従うしかなくなった。 私の身体を楠が支え、医療用手袋を嵌めた松本が私の横に来る。和式便所にしゃがまされ、松本は私の陰部に専用の紙コップを近付けた。しかし、私は松本が右手に持っているものが気がかりで仕方がなかった。 「その、カメラは……」 松本が持っていたのは、ホームビデオなどを撮影するような手持ちのビデオカメラだった。そのビデオカメラのレンズの先は、あろうことか私の陰部へ向けられ、撮影をしていることを示す赤いランプが点灯していた。 「私達がしっかり採尿できたかを証拠として残すためよ。それ以外では絶対に使用されないから安心して」 と、松本は言う。だが、私は納得できるはずはなかった。 「時間もないから、ゆっくり力を抜いて、出しましょうか」 「記録として残るんですか……」 「さっきも言ったけど、捜査目的以外では絶対に使われないから、大丈夫よ」 「そ、そんな、信じられない……」 「信用するしないじゃないのよ。しっかり規則で管理されてるから、大丈夫。変な事には使われないわ」 松本はそう言うが、そういう問題ではない事はわかっているはずだ。同性の警察官に排尿を監視されるだけでもかなりの羞恥と屈辱を感じるというのに、それを証拠として映像で残されるというのは、私の尊厳が保てるわけがない。一体どうやって悪用されないと証明できるのだろうか。だってそれを――。 「で、でも、男の人が――」 私がそう言いかけたその時、松本は堪忍袋の緒が切れたように私の言葉を遮った。 「早くしなさい!私が責任を持って管理すると約束します!」 松本のその言葉には怒りと同時に、焦りが含まれていた気がした。松本の突然の大声に私は言葉を失い、目線を外して正面を見る。 わかってはいる。頭ではここで採尿をするしか道は無いことは痛いほどわかっている。しかし、体が言うことを聞かないのだ。全身が強張っていて、力を抜こうにもすぐそこまで押し迫った尿意が解放されない。 私は焦った。落ち着きを取り戻すように何回も深呼吸をして、脱力を試みる。しかし、視界の端に映る、私の陰部を余すことなく撮影するビデオカメラや、股間近くにある松本の手と紙コップがそうはさせなかった。羞恥からくる緊張と焦り、全てが尿検査を行う環境に適していないのではないか、私はそう思った。 すると、私の正面の壁に貼られている鏡が気になってしまった。しゃがみ込んだ私の胸程度の高さから下に設置された壁にめり込む鏡。私は初め、後ろに立つ楠が鏡越しに私を監視するための鏡だと、そう思い込んでいた。しかし、頭の隅で感じてしまったこの違和感。そもそも、この鏡は楠から見える位置にあるのだろうかという疑問。加えてその鏡は壁に貼られているわけではなく、壁に埋め込まれているような、そんな気がしてならない。その正体は鏡ではなく、まるで隣の部屋と繋がる窓のような……。 私は背筋に寒いものを感じた。 「あの、目の前のかがみ――」 「――気にしないでください。ただの鏡です」 私の言葉をあからさまに遮る松本。ただの鏡だと主張する松本だが、その焦り様は私の言葉を肯定している事と同義だった。これは鏡ではなくマジックミラーだ、と。 そう確信を得てしまった私は、彼女らの発言に何も信用が持てなくなった。もし、この鏡の裏側で私の採尿を監視している人物がいたとしたら。それは彼女らが言う通り、私の尊厳に配慮されていると言えるのだろうか。 鏡の奥にいる人が女性である保証はない。もしかしたら、たくさんの男性警察官が集まって私の排尿を鑑賞して不敵な笑みを浮かべながら楽しんでいる、そういう風習があるかもしれない。 頭の中に次々と現れる疑いの波。一体、私の被害妄想を誰が否定してくれるのだろう。 私はしばらく便所の上で深呼吸を繰り返していたが、どうしても尿を出すことが出来なかった。 「ごめん、なさい……」 私は素直に謝罪した。 恐らく私が若いということもあってかなり配慮されているのだと思う。落ち着くように肩や頭を撫でてくれた楠や、警察官という立場にも関わらず必死に私を説得しようと声を掛けてくれた松本。当然彼女らも、私と同じ女性という性を受けていることから、私の心情は理解できているはずだ。理解したうえでこうして対応しているのだ。彼女らは悪くない。悪いのは私だ。 今日何度目の涙だろうか。再び拭うことのできない涙が私の目から溢れた。 「残念だわ……」 松本は私を立ち上がらせると、膝に下げられたブルマとショーツを履かせてくれた。 私は再びパトカーに乗せられた。しかし、先程と異なっていたのは助手席にもう一人の男性警察官が乗車している事。それと、このパトカー以外にもう一台のパトカーが準備をしているという事。女性警察官2人と男性警察官が5人。過剰にも思える監視体制で連行されたのは、最寄りの警察病院だった。パトカーから降ろされた私は後ろ手錠と、腰縄は変わらず病院の入口へ歩かされる。 当然警察病院と言っても、私のような逮捕された人以外にも一般の大勢の人達が通う大きな病院であり、私は人混みの間を7人の警察官に囲まれながら病院内を歩かされる。松本の配慮で手錠にハンカチを掛けられ、後ろ手でそれを握らされたが、肌に直接巻かれた目立つ青色の腰縄や、7人もの警察官に囲まれた私が目立つことは避けられない。服も着替える事はできず、変わらず陸上ユニフォームのまま歩かされていた。 「入って」 男性警察官の指示で、私は押されるように検査室に入れられた。中には医者と思われる男性医師と女性看護師が忙しなく準備を進めており、事前に連絡が入っていたことを示していた。部屋の中央には産婦人科で見た分娩台が置かれており、私がそこへ座らされることは一発で分かった。 女性警察官に脇を抱えられ、その場に直立させられる。私の目の前で男性警察官が一枚の紙を読み上げた。それは強制採尿の執行を命じた令状だった。私の名前、住所、年齢、罪状など様々な事柄が読み上げられ、最後に一言。 「これより橘知美に対し、強制採尿を執行します」 これが松本の提示したもう一つの選択肢、強制採尿。その儀式めいた警察の発言に私はただ聞き入るしかなく、目の前で手際よく進められていく準備に呆然とする。手錠を外されるや、私は男性警察官に囲まれた。両腕や腰、脚などを押さえられ、14歳の少女にしては過剰にも思える力で私を運んでいく。 「いっ、いやっ!歩けます、自分で歩けます!」 「いいか、お腹は圧迫するな、そこだけは気を付けろ」 「おい、そっちの脚、しっかり持て!」 「あ、あのっ!」 男性警察官は私の発言を一切聞き入れず、まるで物を扱うように私を運ぶ。私の脚はほとんど床に付かず、陸上で引き締まった私の体はいとも簡単に持ち上げられ、部屋の中央に設置された分娩台に座らされた。私の意思は関係なく手足を掴まれ、手は上に、脚は強引に押さえつけられる。 「大人しくしなさい!!」 「いやだあああ、やめてっっ!」 反抗するつもりは無かったが、余りの強引さに私は恐怖を感じ、意思とは反して泣き喚き暴れてしまう。 まるでレイプされているかのような悲鳴と、その絵面。男から発せられる低い怒号と、細い腕にかかる過剰な力。父親に怒られたときとは全く違う男の怖さがそこにはあった。その恐怖は私の心に消えない傷を残したのは間違いない。 「嫌なんですっ!ごめんなさい!自分でやります、自分で出来ます!」 と、私は懇願するが、男性警察官は私を分娩台に拘束していく。腕を強引に頭上に延ばされ、頭当ての裏に設置されていたベルトで手首を重ねるように拘束される。ウエストを抱えられ腰が浮かされると、流れるようにブルマとショーツが脱がされ脚から抜かれた。 「きゃあああああ!」 「静かにしなさい!」 甲高い悲鳴を上げる私に、非情にも注意をする男性警察官。 男性警察官の前に晒された陰部。あまりの驚きから足を閉じようとするが、男4人が私の脚を強引に開かせ、足置きにベルトで拘束してしまう。足の筋肉が壊れるくらいの抵抗を見せるも、ベルトは一切私の動きを許してくれなかった。股は開かれ、腿と膝に食い込むベルトがとても痛かった。 「ごめんなさい、もう許してくださいいい。自分でします、お願いです!」 腕を拘束されたため、手で体も隠せず、脚も閉じられない。あまりの身体拘束に私は無駄だとわかっていても必死に慈悲を求めてしまう。 医者とみられる男性が道具を持って私のところに来ると、男性警察官たち4人は私の身体をあちこち抑え、もう1人はビデオカメラを私に向けた。 結局私の陰部は撮影されるようだ。その事を認識した私はせめて顔は撮影されないようにと、顔を背け静かに泣いた。もう抵抗しても無駄だ。 男性医師によって陰部がガーゼのようなもので消毒されているのが分かる。性器の周囲をくまなく拭かれ、尿道の周りも拭かれる。誰にも触られたことのない場所を、医師に拭かれ、大勢に見られ、撮影される。敏感な場所を拭かれるたび声が出そうになるのがとても悔しくて涙が溢れた。 「はい、カテーテルいれますね。警察の方々、しっかり押さえてください」 男性医師の合図に、私の身体を押さえつける力が一層強まった。男性医師は細い管のようなものをピンセットで持ち、それを私の尿道へ近付ける。 「俺はこっちだ、お前はそこを抑えろ」 「お腹は避けろよ」 そう男性警察官が言葉を飛ばしていた。すると私の陰部に細い管が当てられる。 「いたっ……」 尿道を管が逆流していく気持ちの悪い感覚。小さな穴を押し広げられると尿道に痛みが走り、思わず声が漏れた。痛みと驚きから体を小さくビクッと動かしてしまったが、すぐに「動くな!」と怒号が飛び、さらに手足に力が加えられた。あまりの恐怖に私は声も出ず、静かに終わることを待つだけだった。体は抑えを効かず震え出し、歯が鳴る。 その残酷な光景に、傍で監視をしていた女性の看護師が涙を流しているのが私の視界から確認できた。やっぱりそれが普通の反応だと思う。誰でもいいから助けてほしかった。 尿は私の意思に反して管を通過していく。恥ずかしさから尿道に力を込めようとも管を通る尿は止まらず、専用の容器に溜まる一方。 それはとてつもない屈辱だった。下半身を裸にされて、何人もの男性の前で尿道に管を通されて視姦されるという、人権の侵害と尊厳の破壊。歯を食いしばり、腰を震わすその姿は傍から見れば無様に見えるのだろうか。 後からこのビデオを確認されると思うと、あまりの緊張からいつ発狂してもおかしくはないほど私の精神状態は危険なレベルに陥っていた。 「はいっ、終了です。お疲れ様です」 そう言った男性医師はすぐに私の元から離れ部屋から消えた。医者としての配慮が見えたが、そんな事は関係ないほど心神喪失していた。抑えられていた腕に残る真っ赤な痕をぼーっと見つめる私。焦点が定まらず、思考がとびとびになっているのがわかった。 「顔こっち、向けさせて」 そう私の上で指示が飛んでいた。男性警察官の一人が私の顔を正面に向かせ、カメラに顔を映させる。私の顔はあらゆる体液で醜い状態になっているだろうが、抵抗する気力は既になかった。 「橘さん、今からこの尿があなたの物であると、あなたの口からこのカメラに向かって申告してください」 カメラを持つ男性警察官から言われたことは思いもよらないことだった。既に強姦にあったかのように消耗している精神と肉体へ、言葉によるレイプが上塗りされる。その残酷すぎる行いに私の精神は深く抉られ、再び焦点が合わなくなる。 そんな恥ずかしい事言えるわけがなかった。 「ここであなたの口から申告がなければ、数時間後に再び強制採尿の令状が発行されます」 しかし、体を押さえていた一人の男性警察官にそう唆されると、私の身体は電気が流れたように動きだした。 「いやあああ、いやだああああ」 「暴れないで。はやくしてください。『これは私の尿です』と言えば大丈夫です」 「あ、ああっ……あっ……。こ、これ、は、ひぐっ、私の、にょう、です……」 私の発言は確かにそのビデオに録音された。尿が入った容器と共に私の顔と脱がされた下半身と共に、消されることのない証拠映像として。 パトカーに揺られる中、私は後ろ手に手錠をされた腕をシートの窪みに嵌め、ボロボロと涙を流していた。隣に座る松本がその涙を拭いてくれるが、しばらくは止まらないだろう。反対に座る楠もそんな私に厳しいことは言えないらしく、ウエストに乗せた毛布を伸ばして露出した足を隠してくれた。 「できればあのような事はしたくなかったのだけど……」 「ごっ…ごめん、なさい」 松本の優しい言葉に私は謝罪の言葉を述べるしかなかった。初めから松本の言うことを聞いていれば。 「これから戻ったら丁度お昼ご飯だから、そこで少し休憩しましょう」 松本はそう言って私の頭を優しく撫でる。警察署に着くまで、私が体を前屈みにしても怒りはしなかった。 この警察署には食堂があるらしく、私に出された昼食は思っていたよりも豪華なものだった。本来選べることはできないのだが、松本の配慮により数種類の中から選ぶことができ、私はオムライス定食を食べさせてもらった。ちなみにお金は警察側が出した。 ある個室に通され、松本と2人で食事を共にした。もしかしたら食事も手錠は外されないのかと思いきや、そんなことはなかった。だが、座らされたパイプ椅子に腰縄を繋げられ、許可なく立つことはできなかった。でも、それだけでもだいぶ楽になった。 食事の後は、私を留置場に拘留することが可能かどうか、医師の診察と、精神科医による心理テストが行われた。 警察署に来た医師の診察は粗末なものだった。簡単な問診と目視による検査のみ。もし隠された病気があれば発見できるはずのない短時間な診察で、私は留置場に拘留できるだけの体力があると判断された。 一方で精神科医による心理テストは本格的に調べられた。30分はかかる幾つもの質問に答え、何枚もの絵を見せられて診断は終了。その行為それぞれに意味は分からなかったが、先ほどの診察よりは医師の態度も優しく、私に寄り添ってくれた。 精神科医による診断結果は、一時的な精神不安定状態にはあるものの、自殺の危険性はないとのことだった。万が一ここで自殺の危険性があると判断されると大変だったと後に聞いたが、どのような措置がなされるのかまでは聞かされなかった。 次に松本と楠に連れられた部屋は、『検査室B』と書かれた部屋だった。中には一つの机と一脚のパイプ椅子。机の上には私の荷物がまとめられた籠が置かれており、その横にはファイルにまとめられた書類が無造作に置かれていた。 「両手を上げて」 私は腰縄を握っていた松本にそう言われ、後ろ手の両手を出来るだけ上にあげた。腰縄の制限でほぼ上げる事は出来なかったが、気持ち程度だ。 手錠に鍵を差し込まれると、私の両手は自由になる。腕を前にして固まった肩を回した。手首に手錠の痕もくっきりと残っていたので、手で軽く揉んでおく。 「長い間着替えさせてあげられなくてごめんね、もう少ししたら着替えできるから」 松本にそう言われ私は頷く。 松本は子供をあやす様に私の頭を撫でると、手錠と腰縄をしまった。 「でも、その前に持ち物の検査があるの。楠さん、準備お願いするわ」 松本にそう言われた楠は床にブルーシートを引き、その上に私の私物をひとつひとつ並べていく。そこには学校指定鞄に入っていた教科書類やノート、携帯、ペンケースに小物入れ、半袖の体操着と長袖のジャージ、制服、行きに着てきたブラや替えのショーツなどがずらりと並べられた。むき出しに置かれたが、この部屋にいるのは女性だけなので我慢はできた。 小物入れの中身は全て出されるようだ。緊急時に持っていた絆創膏や、ポケットティッシュ、生理用品や色付きリップなどもすべてが床に出された。 私はこれから、これらの持ち物が自分の物であると証明として、リストに署名をし、それらを指さし、写真を撮られる。そしてその中から留置場に持ち込める物を警察官が選別し、私に渡されるのだそうだ。それは勿論下着であっても例外ではない。 続く