「ゴギギ・・・グ・・ングウ・・」 調度の品が誂えられた薄暗い大広間の特別寝台ベッド。 円香は寝台に横たわり、苦悶の表情で己の内から覗きつつある新しい命を見つめながら必死に耐えていた。 円香は今、新しい時の訪れを迎えていた。 王の跡継ぎを産むという、国に於いての一大事。 その時を今か今かと待ち焦がれる立ち合いの徒が凝視する中、円香は辛苦と屈辱が入り混じる憤りを抑えながら耐えていた。 王をはじめ、助産師、宮廷魔術師、忠臣達、侍従長、等々様々な面々が円香の秘所を覗き込んでいる。嘗てアイドルとして活動していた頃に「大衆から凝視される」という行為自体はだいぶ慣らされていたが、これ以上の屈辱を伴うものは初めてだ。 昔、フランスだかの王族が夜の営みから分娩まで同様に為されていたという話を思い出し、円香は彼らに深く同情した。 円香を凝視する者の中には、下卑た笑みを浮かべながら文字通り垂涎の表情で秘所を覗き込む輩までいた。 (・・っ!変態・・!) 己を縛する暴走防止用の魔法鎖が無ければ即座に喉笛を爪で引き裂いてやる。 円香はそうありったけの殺意を込めてその輩を睨み付けた。 円香の視線に気付いたその輩はビクリと怯み、慌てて視線を逸らし口元を袖で拭った。 一国の大臣といえど所詮トロル。雌の前では一匹の獣に過ぎない。 円香は心の中で呆れつつ、己が置かれている状況の解決に努めた。 トロル族の出産は、戦闘状態のそれに近い。 己を引き裂かんとする内なる力から身を護ろうと、防衛本能と生存本能が刺激され脳内麻薬が一気に噴出する。それにより筋力と再生能力は増大し、皮膚は鋼のように強靭になる。その弊害で、出産により嬰兒を体外に産み出す産道も阻害される。このジレンマがトロルの出産を困難なモノにしていた。人間で有るならば、帝王切開という手段も講じられただろうが、トロルの異常再生能力の前ではたとえその腹をこじ開けられたとしてもたちまち元通りに閉じてしまう。 過去、魔術による瞬間移動摘出が思案された事も有ったが、これらの魔術は対象をしっかり視認し術者が触れていないと効果が發揮できない。結局のところ、母体に成功を祈願する事くらいしか出来ていないのが現状だった。 (魔法ってもっと万能なものだと思ってたけど・・案外使えない) 円香は心の中で愚痴た。そして心を落ち着けるために暫し力を抜き、数度の深呼吸をする。助産師や魔術師からは、先述の理由で出産はかなり辛いと聞かされてはいた。しかしこのような方向で辛いとは、円香にとってかなり予想外だった。人間のように激痛に耐えながらの出産ではなく、どちらかと言えば便秘時の排泄に近いのではないか。それが無限とも思える時間に感じられる。 (そういえばプロデューサーも仕事で食生活が乱れた時に、事務所のトイレに籠城する事が何度かあったっけ) そう回想する円香の念頭に、トイレから出て来たプロデューサーのばつが悪そうな顔が思い起こされた。 (ふふっ) 円香は心の中で笑った。あれからどれくらい経っただろうか。みんなは元気だろうか。ノクチルはどうなっただろうか。不意に幼馴染達との無為で怠惰な充実した日々が思い起こされる。 それがどういう訳か、今では異形の民の仲間入りを果たし王妃という立場で跡継ぎを産んでいる。もうあの頃には戻れない。仮に元の世界に帰還したとしても、自分の居場所は無い。樋口円香はもう居ない。そこに在るのはトロルと呼ばれる一体の化け物だ。 己の姿を見た小糸の反応が想像され、円香の脳裏に浮かぶ。 恐怖に怯え泣き喚く小糸。 背を向け逃げようとする小糸の腕を咄嗟に摑む。 まるで小枝のように握り潰される小糸の腕。 激痛と恐怖で失禁しながら絶叫する小糸。 そんな小糸は溜まらなく美味しそう。 美味しそう? 円香はいとも容易くそういう思考に辿り着いた己に驚愕した。 違う。 小糸は大切な幼馴染。 親友。 食卓の皿に盛られたいつもの肉塊ではない。 それなのに。 どうして。 咄嗟に押し寄せる感情の津波に円香の身体が小刻みに震える。 「グゴゴゴ・・・ゴ・・ゴイド・・チガ・・」 抑えきれない数多の感情が脳を刺激し、 溢れんばかりの脳内麻薬が分泌され円香の身体は暴走し始めた。 自然と涙、鼻水、涎、母乳、爪毒、ありとあらゆる体液が漏出する。 「グギギギ・・・グ、ッガアアアアア!!」 円香の身体はみちみちと音を立て筋肉が張り詰めた。 それと共に共に膣圧も高まり、少しずつ嬰兒が秘所から覗き始める。 それでも容易ではないようで、円香の秘所も音を立て始める。 王一同その光景におおと歓声を上げ、一層食い入るように円香を凝視し始めた。めりめりと音をたてて出血と再生を繰り返しつつ、嬰兒がゆるゆると秘所より出てくる。 「ガアアア!!」 円香は渾身の力を込めて息んだ。 それと同時に全身へ一層の力が込められる。 施術されていた魔法鎖がミシミシと音を立て始めた。 「マズイ!!」 魔術師は狼狽し、即座に追加の魔法鎖を詠唱し始めた。 しかしそれよりも早く円香の魔法鎖が音を立てて千切れとんだ。 「グガアアアアアアア!!」 束縛より解放された円香は子を覗かせたままの肢体で起き上がり、無意識に暴れながら見えない敵に向けて己の毒爪を振り下ろした。 周囲のトロル達が悲鳴を上げると同時に、素早く巨躯を以てして円香を抱くように押さえつける者がいた。 「オウヨ!!」 魔術師が詠唱を中断し、安否を危惧しつつ叫んだその相手は円香の夫、トロル王だった。 勢いよく振り下ろされた円香の毒爪は、王の背中に深々と突き立てられていた。 「マドカ、モウヒトイギダ」 王は背中の傷など気にも留めず、円香を抱き締めながら優しく耳元で囁いた。その声に、円香はこの王と似ても似つかぬ男の言葉を重ねていた。懐かしいあの声。 (「円香、がんばれよ」) その言葉に円香は我に返り、王の背中に突き立てられた爪を引き抜いた。そして王をしっかりと抱き締める。 円香は不思議と次第に心が安らいでいくのが分かった。 抱き締められた体勢のまま、王は円香を再びベッドに横たわらせる。 そのまま円香は最後の力を振り絞った。 「ググ・・ギ・・ギギ・・ガアアアアアア!!!」 王としっかり抱き合ったまま円香は一層の咆哮を上げた。 そして不意に身体が軽くなる。 一瞬の静寂の後、 覆いかぶさる王の向こう側で大きな泣き声が響き渡る。 「・・トリアゲヅカマズリマジタ!!ブジゲンギナミゴニゴザイマス!!」 助産師のトロルが高らかに赤子を取り上げ叫ぶと、 周囲から部屋を揺るがさんばかりの拍手と歓声が上がった。 円香はその時初めて乗り越えた事を実感した。 やり切った。 やってしまった。 もう戻れない。 そんな何かの狭間を越えた、 越えてしまったという不思議な感覚が円香を満たした。 充足? 後悔? ぼんやりとした頭で思考するが、上手く纏まらない。 力尽き、肩で息をする円香に王がそっと囁いた。 「ヨグヤッタ。マドカ」 そして王はゆっくりと円香から離れ起き上がる。 それを見とめた助産師より、王に赤子がそっと手渡された。 王は高らかに赤子を掲げ、怒号とも歓声とも付かない声で咆哮した。 それを合図に、周囲の徒も高らかに諸手を挙げて咆哮し、跡継ぎの誕生を喜んだ。円香はそれを薄れゆく意識の中、 ぐったりとした身体で見つめていた。 色々と考えたい事は有るが、今はただ眠りたい。 そう考える程に円香は疲弊しきっていた。 (もう無理・・寝たい) 円香は部屋の喧騒など何処吹く風で眠りに就いた。 そんな中、再びあの懐かしい声が思い起こされた。 自然と円香の口元が綻ぶ。 (・・こんな時だけ出てきておいしいトコを持っていこうだなんて・・一流ですね、ミスター・プロデューサー・・) 満ち足りた想いを胸に、円香は眠りの淵を滑り降りていった。 長らくお待たせしました。 放置していたトロル円香の続きです。 出産シーンは絶対描きたかったので感無量です。 今回に於いて長い事色々設定考えてたので、 文章の方も楽しんで頂ければ幸いです。