ぐるぐる ふわふわ くるくる きらきら 灯織は焦点の定まらない眼で青い空を見上げていた。 その肢体はだらしなく大地へと投げ出され、 全身から汗、母乳、涎、涙、愛液、およそ体液という体液全てを滲ませていた。 島の日差しが、そよぐ風が、生い茂る草木が、 灯織を刺激する度に全身へと性的刺激を巡らせていく。 「あ・・♡あはは♡・・へへ・・♡」 灯織が声をあげようとする度に、 声とも喘ぎともつかない情けない声が涎と共に口から漏れる。 なんとか起き上がろうと身体に力を入れる度に母乳と愛液が噴き出す。その快感にたちまち力は抜け、暫しの余韻が灯織を襲う。 一体何度繰り返したのか? どうしてこうなっているのか? これからどうなるのか? 灯織は眠りと覚醒の狭間のような澱んだ頭を必死に回そうと努力する。この無限とも思える素晴らしくも恐ろしい世界から抜け出す方法を模索する為に。 (あれ?・・この赤い実ってもしかして・・) 灯織は野草採取の折、 見慣れない木の実が成っている樹を目端に認めた。 その実には見覚えが有った。 昔動画サイトで見たコーヒーの実にとてもよく似ていた。 「コーヒー!」 突如として現れた懐かしき文明社会の嗜好品に、 灯織は思わず声を上げた。 「・・うん・・うん。たぶん、間違いない」 灯織は赤い実を手に取りまじまじと見つめ、古い記憶を手繰り寄せる。固めの外皮に若干の甘い果実。その中に色は違えど見慣れた形の白い種子。灯織の想いは確信と期待に変わった。 (コーヒーが飲める) 灯織がそう認識すると、心の底に己の言葉が響き渡る。 (私はブラックコーヒーが飲めて、料理ができます) 大切なあの人と交わした何気ない言葉、 それがスルリと記憶の片隅から零れ落ちた。 それまでコーヒーは只の眠気覚ましでしかなかった。 それが今ではあの人との大切な思い出となっていた。 灯織の顔が郷愁ともつかぬ不思議な感情で曇る。 連鎖的に思い出される過去の想い出。 時は戻らない。やり直せない。取り返せない。 過去は忘れない。だけど振り返らない。 わたしは前を向いて歩く。 歩いていくしかないんだ。 溢れ出る感情を何とか抑え込み、 灯織は気を取り直して再び赤い実に目をやる。 灯織は昔、「コーヒーの実からコーヒーを淹れる」という趣旨の動画を見た記憶を必死に呼び覚まそうとした。 「えっと、たしか・・」 灯織は慣れた手つきで火を起こし、 持參していた水筒代わりの土器を空にして火にかけた。 そこへ採取した赤い実の種子をたくさん集めて土器に放り込み暫し炒った。頃合いを見計らい、灯織は土器の中をそっと覗き込む。種子は嘗て見慣れた褐色の豆に変化していた。 ほんのりと香る懐かしい香ばしさ。灯織の顔はたちまち綻んだ。 「成功・・!よし。後は・・」 灯織はまだあたたかい豆を取り出し石で叩き粉状になるまで砕いた。 「あ、フィルター・・」 ここにきて灯織は欠けているモノに気付く。濾紙が無い。 困り顔も束の間。灯織はすぐに代品を取り出した。 それは敷物として族長たちより下賜された何かの布切れだった。 灯織は布切れの端を器用に使い、粉を乗せ濾紙の代わりとした。 空いた土器で近くの川から水を採取し手早く沸かす。 受け皿の木椀に粉と布を乗せ、土器からお湯を注ぐ。 灯織は真剣な表情でまじまじと木椀を覗き込む。 湯気が晴れると、そこには嘗て見慣れた黒い液体が湛えられていた。 そして灯織の鼻腔を擽る懐かしい思い出の香り。 「やった!」 灯織はおもわずガッツポーズを取った。そして震える手で木椀を両手で持ちあげる。色、香り、自分でも吃驚するほど完全なコーヒーに灯織は暫しうっとりと見惚れてしまった。 「い、いただきます・・」 灯織は誰に言うで無しに呟いた。そしてゆっくりと椀を啜った。 コーヒーだ。 香りは完璧だったが、味は雑味が多く、少し薄かった。 コーヒーと言われればそうだが、灯織が慣れ親しんだものから比べるとかなり劣る。昔だったら絶対飲んではいなかっただろう。だが今は違う。 「・・おいしい。」 じんわりと口の中に拡がる心地よい苦み。 あとから湧き上がるカフェイン独特のゆったりと寛ぐ感覚。 質はどうであれ、それは紛れもなくコーヒーだった。 懐かしの文明社会を想わせる味と香りに、灯織はもう一口、もう一口と進めてしまい、あっという間に殆ど飲み干してしまった。 「はあ・・・」 心地よい達成感と爽快感に灯織は深い余韻の溜息を吐いた。 もっと飲んでこの気持ちに浸りたかったが、灯織は己の仕事を思い出した。早く仕事を済ませて皆のもとに戻らねば。そしてこの素晴らしい発見をみんなと分かち合いたい。なによりも愛する夫にも飲ませてあげたい。 灯織は片づけの為に立ち上がろうとした。 すると視界が突然ぐらりと傾き、堪え切れずに転んでしまった。 生い茂る草木のおかげでけがは無かったものの、 灯織は奇妙な感覚を覚えた。平衡感覚がおかしい。 「あれ?・・わらひ・・ろうしちゃっらんらろ・・?」 灯織は己の発した言葉に驚いた。上手く喋れていない。 「・・なり?・・これぇ?」 身動きを取るも起き上がれず、そのまま大の字になり天を仰ぐ。 すると見つめている青空がどんどんとぐにゃりとねじ曲がり、色を変え始めた。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫とまるで虹のように目まぐるしく色を変え歪む空。 灯織は何も理性的な思考が出来ず、 ただぼんやりとそれらを眺めていた。 それが何故かとても快感で満たされてくる。 「あは♡・・しゅご・・これすき♡」 灯織は不思議な世界との一体感を感じつつ、 それを快感に変換し受け取っているような不思議な気分を感じていた。 身体が凄く満たされてくる。それは溢れんばかりで今にも溢れ出てきそうだ。灯織はその感覚を成すがままに受け入れた。 「あ♡」 灯織が短く喘ぐと、乳房から勢いよく母乳が噴き出した。 「あひ♡でちゃう♡」 灯織が重い両腕を持ちあげ、母乳を止めようと乳房に触れる。 途端に灯織は稲妻に打たれたように仰け反った。 「あギぃ!!」 今まで感じた事の無い快感が身体を突き抜ける。 するとそれを引き金にしたのか、秘所からも愛液が排尿と勘違いするほどに溢れ出す。灯織はそれを止めようと反射的に秘所を押さえつける。そしてまた稲妻に打たれる。 「あ゛あ゛あ゛♡」 灯織は声にならない声を上げ痙攣し始める。 心の底から警鐘が聞こえる。 この刺激は不味い。 過ぎ去るのを待とう。 灯織は手を離し、また元の大の字に戻った。 そして先ほどの不思議な、緩やかな快感に身を委ねた。 どうしたものか。 どうにもしないものか。 ぐるぐる。 ゆらゆら。 そうやってどれくらいの時間が流れただろうか。 灯織はいつの間にか寝てしまっていた。 無意識に起き上がると、あの不思議な感覚は綺麗に消えていた。 空を見上げても色も形もおかしくはない。 いつもの夕焼けだ。 「・・夕焼け・・・あ!いけない!」 灯織はハッとして飛び上がり、いそいそと片づけ始めた。 いつもの頃合いに戻らずみんなが心配しているだろう。 灯織は椀に残ったコーヒーとこぼしてしまった布を川で洗い、 そそくさと帰路に就いた。 (コーヒーの実の事は無かったことにしよう・・) 灯織はあの不思議な快感に後ろ髪を引かれつつも、 それ以上に己の痴態を恥じてそう心に決めた。 あんなモノを村に齎してしまったら、どうなる事か。 村を統制する族長と呪術師からもお叱りを受けかねない。 (・・でも・・コーヒーはまた飲みたいな・・) 何とかあのコーヒーの実から謎の毒性を抜き取れないものか。 灯織は帰路の最中、もう心変わりしはじめていた。 痴態への誓いは、コーヒーの深い色合いへと飲まれつつあった。