「ふう・・こんなものかな」 灯織は食材の下拵えを終え、手にした石器を傍らに置いた。 部族に於いて、料理は主に女の仕事だ。 男たちが狩ってきた獲物を大まかに捌き、それを女が料理する。料理とは言っても、日本にいたころの様に予め切り分けられた部位ごとの肉が有るわけでもないし、ましてや調理器具や調味料などが有るわけでもない。全て自分たちで用意しなければならない現実は、料理が得意と思い込んでいた灯織を心底打ちのめした。しかし悲嘆に暮れていても現実は変化しない。灯織は持ち前の生真面目さで懸命に努力した。村の女性たちに教えを乞い、苦労しながらも原始生活独特の料理技術を会得していった。 中でも特に苦労したのは獲物の解体だった。 男たちが大まかに捌いてくれているとはいえ、先刻まで生きていた姿がありありと分かる獲物に石器を振るうのは、現代日本出身の女性にはかなりの心的ストレスだった。 初期の頃は溜まらず草むらに駆け込み戻してしまう程だった。嘔吐し終えた灯織の耳に村の女性たちのやれやれと言わんばかりの笑い声が灯織の脳裏に焼き付いた。 村の女性たちは「すぐに慣れる」と言い励ましてくれはしたが、灯織はその言葉をそのまま受け入れる気にはなれなかった。 「このままではいけない。足手まといにならない為にも、一から鍛え直さないと」 灯織は思い立つとすぐに夫へ相談した。 料理をするにあたって苦手な獲物の解体作業を克服するには、狩りを一から行い自分の手で獲物を仕留め、解体し、料理出来るようにならなければ苦手意識は克服できない。 灯織の主張を聞き夫は唖然とした。 いくら苦手だからとはいえ、そこまでしようとする女性は村の者には誰一人として居ない。そもそも狩りは男の仕事で常に危険が付きまとうし、何よりも大切な妻をそんな状況に置きたくない。 夫はそう言い仕切りに灯織を止めようとしたが、灯織はそれに対して一言日本語で呟いた。 「妻なればこそ、だよ。」 夫はその言葉を理解出来なかったが、灯織の真剣な目に圧されて諦めながら族長に相談すると半ば了承した。 後日灯織の修練が始まった。 族長は、「大型動物の狩猟以外ならば条件付きで認める」と灯織に告げた。その条件とは男たちと同じように日々の鍛錬を行うことだった。男たちは日々の仕事に加えて、一日に決まった時間の鍛錬を行う。危険な狩りや、万が一を想定した敵の襲来に備えての事だ。 岩や木を使った原始的なトレーニング、模擬戦闘など、灯織は毎日女としての仕事をこなした後に男たちに混じって厳しい鍛錬を行った。 村の女たちはそんな灯織を心配と感心の眼で眺めていた。 それからどれほど経過したであろうか。 アイドルをしていた頃のレッスンなどまるで御遊戯、そう鼻で笑い飛ばせる程に灯織の肉体は生気にあふれる凛々しい筋肉を帯びるまでに成長していた。 村の人間達が見守る中、灯織は族長より女性として初となる戦士の称号が与えられた。 族長から言祝ぎが紡がれ、呪術師が灯織に戦士としての血を意味する赤い染料で化粧を施す。族長が最後に号令の雄叫びを上げると村の人間たちは湧き上がり歓喜の声を上げ灯織を讃えた。男たちは大声で灯織を労い、女たちは諸手を上げ灯織を敬った。 喜びのあまり灯織が夫の方へと振り返ると、厚い胸板が灯織を強く包んだ。慣れ親しんだ温かい匂いに灯織が顔を上げると、夫が歓喜の表情と共に己の唇で灯織の口を塞いだ。たちまち周囲より歓声が上がる。灯織はびっくりしながらも、その熱い抱擁と接吻ですっかり安心し夫の愛のなすがままになってしまった。途端に灯織の秘所から熱いものが溢れ出す。灯織は今更ながらに小恥ずかしくなりながらも、今しばらく夫の愛と歓声に身を浸した。 その後、灯織は定期的に男たちと共に狩りに出掛けた。もちろん族長の言葉通り大型動物以外の狩りにだけだ。女と狩りに出掛ける事など経験したことが無かった男たちは慣れるまで狩りに集中できず戸惑ったが、それ以上に常に同行を強いられる夫は気が気でなかった。妻の安全と貞操に配慮しながら狩りをする夫の心労をよそに、灯織は今日も狩りに出掛ける。愛する夫のための食材を求めて。
囚人六号
2022-10-20 12:00:07 +0000 UTC中将
2022-10-19 14:28:46 +0000 UTC