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呪術高専京都校の女たちが状態変化ダンジョンで人生終了する話

 石造りの複雑な迷宮の中を、何かが高速で移動していた。空中を縦横無尽に動き回るそれは急制動を繰り返し、迫りくるトラップを次々と回避する。


「あぁ、もう……しつこい!」


 ギュンッと中空で弧を描くようにターンした直後、空気の刃が迫りくる呪霊たちをまとめて両断する。余韻に浸る間もなくやってくる新たな呪霊たちを前に、箒に跨る少女――西宮桃は顔をしかめてチッと舌打ちした。

 遡ること一時間ほど前――西宮を含む京都校の面々はとある廃ビルに出現したとされる呪霊の討伐へと赴いていた。

 本来であれば取るに足らない相手であり、現に一級相当の実力を持つ加茂と東堂に至っては別件の対応に当たっている。

 けれども彼女らの到着までに何かしらの変異を得たのか、廃ビルの中は複雑怪奇な迷宮へと変化していた。それは呪力による生得領域の展開――現状飛車角落ちとも言える京都校の面々にとっては荷が重い相手だ。

 しかし泣き言を言う間もなく次々と襲い来る呪霊やトラップの数々に翻弄され続け、ついには西宮はひとりはぐれてしまった。元の場所に戻ろうにも迷宮内は絶えず形を変えるために位置の把握が不可能に等しく、合流しようにも中々巡り合えない。


「また!」


 そうこうしている間に、また別の呪霊たちとの追いかけっこに興じる西宮。複雑怪奇な場所であるとはいえ、出現する呪霊のレベルはさほど高くない。せいぜいが三級相当。西宮であれば十分に対処が可能なレベルだ。

 けれども呪力は有限である。この生得領域を展開させている大元を叩く前に力尽きてはかなわない。


「……ぶっちぎってやる!」


 スゥッと息を吐き、キッと視線を尖らせる。箒に跨った西宮は極端なまでの前傾姿勢を取り、箒に身体を強く密着させた。

 トン、と。地面を蹴った直後、迷宮内に一陣の風が吹き荒れる。

 一瞬でトップスピードに達した西宮は呪霊たちをその場へ置き去りにした。その速度たるや、時速に換算すればゆうに百キロは越えているであろう。

 何よりも恐るべきはそのドライビングテクニック。本来であればポテンシャルが1番発揮されにくいであろう閉鎖空間において、一度たりとも激突を許さず加速を続けていく。

 必死に追いすがろうとするも引き離されていく呪霊たちを肩越しに見つめる西宮は得意げにふんっと鼻を鳴らし、口元を吊り上げる。


(このままみんなと合流する!)


 ギュッと箒の柄を握り締め、さらに加速を得ようとしたまさにその瞬間。


「ぷぎゃぴぎゃばっ!?」


 阿呆のような声を上げて、中空から落下した。顔面から地面に叩きつけられた彼女は慣性の導くままゴロゴロと地面の上を転がり、尻を高く突き上げた無様な姿勢のままぴくぴくと痙攣する。


(な、にが……?)


 朦朧とする意識の中、かろうじて目視できたのはよく目を凝らさねば気づかないほどに細い赤外線のような光であった。それらはさながら蜘蛛の巣のように張り巡らされており、西宮はまんまとそれにかかってしまったわけである。

 だが、不思議なことに身体に痛みはない。それよりも奇妙な心地よさがあった。


「ひ、ぐ、ぅ……ッ♡」


 うめき声の中に甘い響きが混ざる。間違いなく、彼女は性感を覚えていた。

 困惑している間にも先ほど引き離したはずの呪霊たちが押し寄せてくる。手探りで箒を掴み、必死にしがみついたまま発進させた。

 しかしその速度はお世辞にも速いとは言い難く、ふらふらと蛇行を続けているうちに背後へ迫っていた呪霊のうち一体が西宮めがけて飛びかかってくる。咄嗟に回避しようとするも間に合わず、どかっと背中に跨られる重みと苦痛に顔をしかめた。


「この、ぉ……離れろぉ!」


 必死に振り払おうとするも呪霊は西宮の身体に同化しているかのようにビクともせず、むしろ嘲るように下卑た笑いを上げて臭い息を吐きかけてくる。それは“かわいい”を絶対とする西宮にとって、あまりにも耐えがたい感覚であった。

 躍起になって振り払おうとぐるんぐるんと右へ左へ回転を繰り返す――その結果、呪霊は弾かれたように西宮の身体から剥がれ落ちた。


「ざまみろ!」


 勝ち誇り、声を張り上げる西宮に対し呪霊はニィッと口角を歪めてみせた。

 その違和感に気づいた時にはもう遅い。


「ぎょぴっ!?」


 パァンッと小気味よい音と共に西宮の身体が両側から“挟まれた”。

 例えるならば空気の膜。箒に跨ったまま宙に固定された彼女は二層の膜に挟まれ、潰されている。さながら“あっちょんぶりけ”をしているような変顔になってしまっている西宮を嘲笑う呪霊に怒りを燃やすもこの状況では何もできない。

 完全にパッキングされた今、もはや身動きさえできない状態だ。すでに詰んでると言ってもいい。


(まさか、こんなところで……)


 後悔してもすでに遅い。空気の膜は彼女が思う以上に頑丈であり、どれだけ力を入れても脱出は不可能。仮に東堂がいたとすれば術式によって救出することは可能であったろうがいくらたらればを並べたとて現実は変わらない。

 悔しさに歯噛みしたのも束の間、ダンジョンの壁が不意にぐねぐねと奇妙に蠢き始める。次は何をする気だと身構える西宮であったが、その変化を目の当たりにした瞬間ギョッと目を丸くした。


(え、あれ……私?)


 横の壁から現れ出でたのは、西宮そっくりの土人形であった。着色もされていないため一目で偽物とわかるが、姿形はおろか携える箒までもが全く同じ造りである。

 しかもそれらは次々と現れ続け、どこへともなく飛び去っていく。十中八九仲間たちを倒しに向かったことだけは確実だ。


「む゛ーっ! むぬ゛ーっ!」


 必死の抗議を行うも圧迫された状態ではまともに声を発することさえ難しい。じたばたと限られた範囲で身体を捩る西宮をよそに複製体たちは他のメンバーを狩るために飛び去っていく。

 そうして最後のひとりが飛び立っていくと、前方の壁から巨大な筒のような何かが現れた。大砲にも似たそれはブゥゥン……と鳴動し、先端に光をチャージしている。それは奇しくもメカ丸の大祓砲に酷似していた。

 先ほどの光とはまるで違う。こちらを殺傷することを目的としたそれを前に西宮の顔がサァッと青ざめていく。必死に呪力を込めて箒を動かそうとするが真空パック状態で固定されていてはビクともしない。


(冗談でしょ……?)


 呪術師であれば誰しもが死と隣り合わせである。西宮とてその覚悟は常に持ってきた。

 けれどもいざ“死”が目の前にチラつくと恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃにされてしまう。覚悟だとか矜持だとかはまるで意味をなさない。

 何よりも無慈悲なのはまるで抵抗の術を持たないまま死の気配が強まっていくのを感じさせられることだ。確実に自分は死ぬという確信だけが徐々に強まっていき全身からどっと冷や汗が流れ出る。

 それでも最後の瞬間までもがき続けようとする西宮だったが――


(あ――)


 パァッと。

 目がくらむほどの眩い光が煌めき、柱の如きレーザーが彼女へと叩きつけられた瞬間、


「ぎょぉおぉぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!」


 かわいさの欠片もない馬鹿のような絶叫が、西宮の口から迸った。

 超高出力で放たれたレーザーによって衣服が弾け、肉体が分子レベルにまで分解されていく。痛みのあまり漏らしてしまった小便さえもたちまち蒸発し、ついに西宮桃という存在はこの世から消滅した。

 時間にしてわずか0.01秒にも満たない一瞬の出来事である。彼女が残した醜い断末魔だけが迷宮内に木霊し、呪霊たちが合いの手を入れるようにパチパチと手を打ち合わせる。

 文字通り塵一つ残さず消し飛んだ彼女の痕跡は大量にぶちまけた尿の染み程度であるが、それさえもやがては乾いて消えてしまう。

 ――が、流石に迷宮の主もこれを不憫に思ったのであろう。先ほど同様、複製体を壁から生成する。

 ただしそれは他の複製体と違って飛び立っていくことはない。上半身だけを迷宮の壁から突き出したまま静かに沈黙している。

 その表情は――おそらく誰が見ても抱腹絶倒するであろうという滑稽さだ。

 ひょっとこのように唇を尖らせて舌を突き出し、白目を剥いた間抜け面。挙句に身体はその貧相さをさらに強調されほとんどまっ平らな胸にビンビンに尖った細長い乳頭が屹立している。断末魔を上げた際の表情を殊更に強調されたそれは西宮桃という人間の尊厳をとことん無視している。


『ぎょぉおぉぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!』 


 不意に、複製体の口から先ほどの断末魔が響き渡った。しかも一度や二度ではない。何度も何度も繰り返しで。リズムや音程を変え、時には『ぎょぉ『ぎょぉお』『ぎょぉおぉぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!』 といった具合に絶叫に絶叫を重ねながら。

 かわいいを至上とする女の末路としてこれ以上ないほどに無様な死に、呪霊たちの下卑た笑いが迷宮内に響き渡った――。


 ***


 西宮がビームによって蒸発した頃、歌姫たち三人は西宮の複製体たちと交戦していた。数は多いが能力的には西宮の劣化コピーといったところで本来の実力の半分以下もない。戦闘に特化しているわけでもない歌姫たちでも十分に対処が可能であった。

 だが、気になるのは西宮の姿をした敵が現れたということである。それはすなわち、彼女が敵の手に落ちた可能性が高いことを意味する。


(どうする……?)


 複製体を片付けた後、歌姫は考えを巡らせる。

 外部との連絡手段は完全に断たれており、そもそもここから出ることさえ不可能な状況にあってなお先に進むべきか、はたまたひとまずは留まるべきか。こちらからの連絡が途絶えたことを察すれば後々増援は送られるであろうがそれもいつになるかはわからない。どっちを取るにしてもかなりのリスクがある。


(せめてメカ丸か加茂でもいてくれたら……)


 仮にも準一級術死である歌姫はともかくとして三輪と真依に関しては正直戦闘面での活躍は期待できない。もし西宮がいてくれたら多少は楽だったのだが斥候役を務めてくれた彼女とは完全に分断されており、合流できる可能性は極めて低い。

 正直、ここまでの自体になるとは歌姫自身予想ができていなかった。実戦経験を積ませるためあえてそこまでレベルの高くない案件を受けたはずだが、ふたを開けてみればこの有様。

 そも、こういった事案は決して初めてではない。かつて命を落とした灰原の例からして等級づけが必ずしも正しいとは限らないのだ。

 判断を誤った原因は慣れからくる油断と慢心。大切な教え子たちを危険にさらしたことをいまさらながらに後悔する。


「先生……?」


 三輪の震える声を聴いてハッと我に返った。不安なのは彼女らも同じだ。自分がこれでは示しがつかない。

 歌姫はわずかに息を吸い、短く吐き出すや歩を進める。


「進みましょう。大元を叩けば出られるはず……」


 あくまでも“はず”。確証はない。

 けれどもそれが最善ではなくとも最良ではあると考えていた。三輪や真依に関しても同様らしく、彼女らも歌姫の後に続く。教師である歌姫を先頭に射撃を得意とする真依を中段において三輪を殿に置く形だ。


「うぅ……」


「しっかりしなさいよ、霞。アンタが頼りなんだからね」


 怯えた様子の三輪に真依が声をかける。言葉はぶっきらぼうであるが彼女なりの信頼の表れだ。

 三輪は生得術式こそ持ち得ないが簡易領域による居合という技を持つ。支援系の術式である歌姫やそもそもの術式があってないようなモノである真依に比べれば幾分戦闘向きであると言えるだろう。

 現に先ほど西宮の複製体と闘った時も最も多く撃墜したのは三輪である。


「無茶ぶりやめてくださいよ真依さぁん……」


「無茶ぶりじゃないわよ。こっちはそろそろ弾切れしそうなんだから」


 残るリボルバーの弾数は両手で数えられるほどだ。銃という特性上些か仕方ない部分もあるがこういった長期戦は極めて不向きである。

 三輪もそれはわかっているのかグッと口を噤み、諦めたように肩を落とした。そのおどけたような様に緊張していた二人の面持ちもわずかに和らぐ。


「大丈夫よ。何かあっても私が守るから」


 歌姫の言葉は力強く、三輪の心を揺さぶる。それに発破をかけられた彼女は大きく頷き、


「とりあえず、やれるだけやってみせます!」


 と、意気込んだ直後。


「あっ」


 カチッと足元で音がした。

 やっちゃいましたと愛想笑いを浮かべたのも束の間、黒目が瞼の裏へぐりんっと裏返る。


「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」


「霞!?」


 直立不動になって大きく身体を仰け反らせた三輪の姿に真依は思わず後ずさってしまう。慌てて駆け寄ろうとするも歌姫に肩を掴まれ制止された。


「ひぐっ、あ、ぁぁっ!?」


 当の三輪はキュッと内股になり、股座を両手で押さえていた。そこから溢れる液体は尿とは違い無色無臭である。

 ぶしゃぶしゃとお漏らしのように潮を撒き散らす三輪の下腹部には見たことのない文様が刻まれていた。それがチカチカと明滅する度彼女は絶頂に見舞われ、ビクビクと身体を悶えさせる。


「あひっ、ひっ」


 とうとう立っていることさえままならなくなり、ふらりと横の壁にもたれかかった。するとまたしてもカチッという音が鳴り、


「ぷぎゃばっ!?」


 突如として隆起した壁によって押し潰され、惨めな断末魔を上げる。

 その様を歌姫と真依はただ見ていることさえできなかった。悪趣味なピタゴラスイッチとでも呼ぶべき、あまりにも急な展開に脳が理解を拒絶している。

 自分たちは夢でも見ているのではないだろうか……そんな甘い考えは壁が剥がれた瞬間に霧散する。


「な、なによこれ!?」


 三輪の姿はそこになく、人の姿をしたシミだけが壁に残されていた。見る者を馬鹿にするような顔の横でダブルピースをしたガニ股の姿。あろうことかそこからは三輪のモノと思わしきうめき声が漏れている。


「い、生きてるって言うの……?」


 歌姫の考察通り、三輪はまだ生きていた。

 より正確に言うのであればそのシミは彼女の魂とでも呼ぶべきモノであり、肉体は先の一撃ですでに圧壊されている。そのため万が一助け出すことができたとしてもその器となる肉体がないのではすでに終わりは目に見えているのだが、


「しっかりしなさい! 今助けてやるから!」


 そんなことなど露知らず、真依と歌姫は何とかして彼女を救出しようと知恵を巡らせた。壁を剥がそうとしてみたがあまりにも強固であるため歯が立たず、呪力を用いたところでどうしようもない。

 今の三輪はすでに魂と壁が癒着してしまった状態だ。仮に人間の魂を直に弄ることのできる真人が居合わせたとて、救出は完全に不可能である。


「ぷ、ぎひっ♡」


「ちょっと! こんな時に何イってんのよアンタは!」


 壁の染みからプシュッと音を立てて潮が噴き上がる。それに腹を立てた真依が声を荒げるも三輪の耳には届いていない。

 彼女の魂は絶頂状態のまま固定化されており、そこから抜け出る術は持ちえない。加えて、彼女が潮と共に噴き出しているのは彼女自身の生命力と呪力だ。


「真依……先に進みましょう」


「はぁ!? 見捨てろって言うんですか!」


「落ち着きなさい! ……ここに残ったとして、助け出せると思う?」


 歌姫の言葉に真依は言葉を失った。悔しいが図星である。

 助け出す手段は未だ見つからず、こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。時間が過ぎるほど救出が困難になるのは自明の理だ。

 それならば早くこの迷宮の主を探り当てて倒した方がまだ手っ取り早い。頭では理解しているがそう受けいられるモノでないのも事実だが。


「……っ! すぐ戻るから、死ぬんじゃないわよ!」


 返答代わりに潮が噴き出る。

 歌姫は真依の肩を抱き、すぐさまその場を離脱した。


「~~~~~~~~~~~ッ♡」


 一方で、かつては三輪であったシミは今なお潮を噴き続けている。先ほどまでは断続的であったが今は絶えず噴き上がるようになり、もはや彼女自身の自我はほとんど残されていない。

 そも、呪力総量が多いわけでもない彼女が歌姫たちが迷宮の主を倒すまで堪えられるわけもなく、


「オ゛ッ♡ お゛ぉ゛ッ♡ ピョッ、オ゛お゛オオオオオオオオオオオオオッ♡」


 ただただ絶頂するだけの哀れな存在と化した彼女は一際大きな断末魔を上げた後、尿漏れじみた量の潮を漏らしてそのまま沈黙した。真依たちが去ってから実に十秒足らずの出来事である。


「……」


 三輪は全ての呪力と生命力を噴き出し、正真正銘ただの壁の染みと化した。仮に西宮のように使い勝手のいい術式を持っていれば迷宮の主も多少は温情をかけたのだろうが何の術式も持たず、かつそこまで強くもない彼女を重宝する理由などどこにもない。

 おそらく歴代の呪術師と比べたとしてもここまで呆気なく無様な死に方はないであろう。平々凡々な彼女が唯一後世に残せるのはその間抜けな最期くらいであった――。


 ***


 残された二人は迷宮の中を進んでいく。先に進んでいるはずだが常に形を変え続ける迷宮の中にあっては方向感覚さえもあてにはならない。

 明確なゴールも見えないまま歩き続けるのは予想以上に精神を消耗させる。その上呪霊やトラップなどの襲撃にも備えなければならないのだから尚更だ。現に真衣は口数も少なく、肩で息をしている。


(せめてこの子だけでも……)


 歌姫の中で、すでに三輪と西宮はすでに死んだものと認定されていた。もちろん迷宮の主を倒せば助け出せる可能性はあるがそもそも遭遇できるかも危うい今、不確かな希望に縋ることはリスクしかない。

 甘い思考を斬り捨て、現実的に現状を見据える。彼女にとっても苦渋の決断であったが致し方ないことではあった。


「……?」


 角を曲がったところで、ふと前方に光が見えた。チラと後方に視線をやり、離れるなとアイコンタクトをした上でゆっくりと進んでいく。

 細い通路を抜けた先にはだだっぴろい空間が広がっていた。体育館ほどはあるスペースはがらんとしており、人の気配はおろか呪霊の姿さえも見えない。先に歌姫だけが中に入って様子を見てみたが不審なところは何もない。

 ちょいちょいと手招きをすると真依がひょっこりと顔を出し、そのまま床にへたり込んだ。


「大丈夫……じゃないわよね」


 すでに迷宮内に侵入してから数時間が経過している。飲まず食わずで戦い詰めだった真依の消耗は激しく、額には脂汗が滲んでいた。

 歌姫とて消耗がないわけではないが教え子の手前気丈に振舞っているに過ぎない。本音を言えばすぐにでも全てを投げ出してしまいたいほどだ。


「少しここで休みましょう」


 小さく頷く真依に薄く微笑みを返し、腕時計に視線を落とす。そろそろ増援が来てもおかしくはない頃合いだが期待はできない。自分たちだけでこの状況を切り抜けなければならないとなるとかなり困難だ。

 真依はすでに疲労困憊であるし、歌姫とて本調子には程遠い。


「……で、こういう時に限って来るのよね」


 靴を脱ぎ、素足になった歌姫は奥から現れた呪霊を鋭く睨みつける。

 一見すると人間のようであるが手足の太さが尋常ではなく、顔だちはワニと酷似していた。知能があるのかないのか、焦点のあってない目はきょろきょろとしきりに動き回っている。

 立ち上がろうとする真依を手で制し、深く息を吐いて歩を踏み出す。

 流れるような所作から繰り出されるのは洗練された舞――。

 歌姫の術式、単独禁区は本来であれば省略されるはずの術式を神聖なる儀式として昇華させることで彼女を含む術死の呪力総量、出力を一時的に増幅させる。

 眼前の呪霊はそれを前にしてなおぼんやりと虚空を眺めていたが、突如としてその身体が壁際まで吹き飛ばされた。


「まだまだ!」


 繰り出される連撃によって呪霊の身体にダメージが蓄積されていく。

 術式によって強化された歌姫の体術は並の術師をはるかに凌ぐ。本来の等級は準一級であるが、今の彼女は一級――それも上澄みの部類にまで達していた。


「……すごい」


 その様に真依は思わず言葉を失う。

 迷宮内では十分なスペースも時間もなかったために不発であったが、本来のポテンシャルを発揮した歌姫の実力は教え子である彼女からしても目を見張るほどだ。

 猛攻を受けた呪霊はもはや意識を失いかけており、縫いつけられたように壁にめり込んでいる。もはや祓われるのも時間の問題だ。


「トドメ!」


 ステップを踏み、深く腰を落としたまさにその時。

 ガコンッと大きな音が響き、床に大穴が開いた。咄嗟のことで反応ができなかった上、足場を奪われた歌姫は驚愕の表情を浮かべながら落下していく。

 ついにその姿が見えなくなると同時、大穴が再び閉ざされた。何が起こったのか理解することさえできずに茫然とする真依の前で、呪霊がゆるりと立ち上がる。


「やるしかなさそうね……」


 幸い歌姫がダメージを与えてくれた。先手必勝とばかりに脳天めがけて銃弾を叩きこむが効果は薄い。いくら呪力を込めたとしても頑強な身体には傷ひとつつかず、怯ませることさえできなかった。

 ただでさえ弾数に不安があるというのに、これでは倒しきれるかも怪しい。憎々しげに舌打ちする真依の眼前で、呪霊が再びの変貌を見せた。


「は、はぁ!?」


 呪霊の股座から巨大な柱のような何かが屹立する。それが陰茎であることは疑いようがない。

 あまりに下品なその姿に激昂する真依はすかさず弾丸を叩き込むが、一見すると弱点にしか見えないそれは呪霊にとっては強靭な武器である。文字通りの剛直は鋼鉄以上の強度を持ち、かつしなやかに自由自在に蠢く。


「――ッ!」


 勝てないと悟った瞬間、すぐさま逃走を選択した。歌姫が戻る時間を稼ぐでもいい。単独でこの呪霊を祓うことは不可能だ。


「グォォッ!」


 その意図を察した呪霊はドスドスと豪快な足音を響かせながら駆けだしてきた。一見すると鈍重そうな見た目に反して以外にもスピードがある。けん制も兼ねて銃弾をぶち込んだが重戦車じみた呪霊はビクともせず猛進してくる。


「クソッ!」


 咄嗟に身を捻って回避した直後、頭上から陰茎が降ってきた。巨大な大蛇じみたそれは文字通り鎌首をもたげ、意志を持っているかのように真衣をつけ狙う。


「ざっけんじゃないわよ! こんな下品な奴にやられてたまるかっての!」


 真依とて呪術師の端くれだ。身体能力も常人以上にはあるし、戦闘経験だってそれなりに積んでいる。勝つことはできないまでも逃げ回ることくらいならば可能だ。

 けれども彼女が思うよりも呪霊は狡猾である。陰茎による攻撃を続けながら本体も距離を詰めていき、徐々に逃げ場を奪っていく。ついに追い詰められた真衣は部屋の隅へと追いやられ、頬をヒクつかせた。

 逃走を図ろうにも呪霊は両手を広げて深く腰を落とし、如何なる動きにも対応できるようにしている。銃弾もすでに尽きた――まさしく絶体絶命のピンチである。


(なにか、なにか……!)


 必死に生き残れる可能性を探ろうとする真依であったが、その思考は突如として頭上から覆い被さってきた何かによって遮られる。


「ぶぎゅゅ!?」


(な、なによこれ……くっさぁ!?)


 さながら蛇のように蠢く陰茎が、真依の身体を腰のあたりまで呑み込んでいた。宙吊りにされた彼女はじたばたと足をバタつかせるがそうしている間にも身体は徐々に沈んでいき、ついには足首までも収められる。

 必死の抵抗を見せる彼女であるが陰茎の中は酷い臭気に満ちており、まともに動くことさえできないほどに全身を締め上げてくる。筋肉諸共骨が軋み、息苦しさで呼吸をすることさえままならなくなり頭にも血が廻らなくなってきた。

 呪力を練る余裕さえなくなった彼女はついに脱力し、少しでも呼吸ができるようにと顔を上へ向けて気道を確保――吐き気を催すような臭気であれ、酸素を得るためならば吸い込む必要があった。


「ん゛ん゛ーっ! む゛~~~~~~~ッ!」


 それでも足掻き続ける彼女はパタパタと足先を動かしていたが――ついには完全に呑みこまれ、空であった陰嚢の中に閉じ込められた。

 だらんとぶら下がった陰嚢には彼女のシルエットが浮かび上がり、じたばたと暴れている様が見て取れる。呪霊はそんな彼女を前にひたすら愉快そうに笑うのみだ。


(なんっなのよ! こんな、こんな死に方ないでしょうが!)


 なけなしの呪力を振り絞り、銃弾を生成――彼女の術式、構築術式である。

 彼女はそれをリボルバーに装填し、内壁に撃ち込む。一か八かの賭けだがそれは呆気なく失敗した。内壁には傷ひとつつかず、ただ悪戯に体力と呪力を消耗しただけ。ただでさえ燃費の悪い術式を使用した彼女はただそれだけで力を使い果たしてしまう。


「――ヒッ」


 その瞬間、今まで押し込めていた恐怖がドッと押し寄せてきた。抗う術をすべて失い、絶望へと叩き落とされた彼女の目に涙が浮かぶ。


「うそ……い、いやっ! こんな死に方、いやぁっ!」


 普段の彼女からは考えられないほどに取り乱して泣き叫ぶ。けれども脱出することは叶わず、そうしている間にも身体が徐々に溶けていく。


「い、いだっ! いだいいだいだいだいだいだいだいだいだいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」


 さながらスライムのように身体が徐々に融解していく。かろうじて輪郭は保てているもののもはや手足の感覚は残っておらず、全身を蝕む激痛によって思考さえもままならなくなる。

 彼女の身体はどろりとした白濁に成り代わっていき、とうとう手指の形さえも保てなくなった。半狂乱になった彼女はなりふり構わず暴れまくるがそれは結果として自らを攪拌する行為に等しく、精液化した部分が徐々に広がっていく。


「やだ! やだやだやだぁああああああ! たすけて! たすけてお姉ちゃん!」


 ついには愛憎入り混じる姉にさえ懇願し、助けを求める。自分が困っている時や辛い時、いつだって助けてくれた双子の姉。

 けれども彼女はここにいない。その事実を直視することは今の彼女には不可能だった。


「ふんぎぃぃぎいぎぎぃいいいいいいいいいいいいいいいッ!」


 身体が崩れ、溶け落ちていく。かろうじて残っていた頭さえもどろりと蕩け、ついに彼女の人としての輪郭は完全に崩れ去った。それでもまだ意識は残されているのかたぷん、たぷんと音を立てて陰嚢が右へ左へ揺れる。

 呪霊は真依が完全に精液化したのを感じ取るや、陰茎を擦りだした。怒張したそれが大きくしなり、ぶびゅっと音を立てて白濁液が辺りにぶちまけられる。

 かつて真依であった精液は壁や床にべちゃッと音を立てて着弾し、彼女が身に着けていた衣服やホルスターなども辺りに転がる。呪霊は出すモノを出してスッキリしたのか歩き出し、精液まみれの下着を踏みつけにしてからその場を後にした。


「……」


 この時点で、すでに真依は絶命していた。精液化してから意識を保てていたのはわずか十秒にも満たない間であり、今や物言わぬ精液と化してしまっている。濃度があるためか時間が経っても床や壁に染み込むことはなく、ぷるぷるとしたスライムのような形を保ったままだ。

 それらが禪院真依であった名残は、辺りに散らばる衣服や道具程度しか残されていない。

 だが、彼女の術式は先ほどの呪霊によって抽出されている。そもそもがあってないような呪力しか持ちえない彼女ならばともかく、準一級相当の呪霊であればそれをうまく活用してくれることだろう。

 彼女の人生に意味があったとすれば、より有意義な使い方をしてくれる相手に術式を譲渡できたことくらいであった――。


 ***


「真依……?」


 それから程なくして、元の場所へ戻ってきた歌姫は愕然とした様子で周囲を見渡した。呪霊はおろか真依の姿はなく、彼女が身に着けていた衣服や武器のみが床の上に転がっている。無節操なほどに撒き散らされた精液の吐き気を催すような汚臭に顔をしかめながらもふらふらとそこまで歩み寄った。

 血痕はない。けれど真依の残穢はここで途絶えている。

 考えたくはない。否、あまりにも荒唐無稽過ぎて考えが及ばない。

 けれど歌姫の推測が確かであれば汚臭を放つ精液そのものが禪院真依の成れの果てであった。


「う……あぁあああああああっ!」


 頭がどうにかなってしまいそうなほどの現実を前にたまらず悲鳴を上げ、その場にがくりと膝をついた。西宮や三輪のみならず、真依さえも命を散らした。

 命に代えても守ってみせると誓ったはずなのに。自分を慕ってくれる大切な教え子たちだったのに。

 彼女らとの記憶が走馬灯のように歌姫の脳内を駆け巡る。彼女の記憶にある生徒たちはいつだって笑顔のままだ。

 しかしそれが、今目撃している無惨な姿へと上書きされていく。ただ殺すだけでは飽き足らずその尊厳を蹂躙し尽くすような迷宮の主に対するやるせない怒りをぶちまけるように地面を強かに殴りつけた。


「うぶっ、おぇぇっ!」


 過度なストレスと吐き気を催す汚臭に耐え兼ね、胃の中の物をぶちまけてしまう。よりにもよって精液まみれの制服の上にびちゃびちゃと。


「あ、あぁっ!」


 自分のしでかしたことに気づいた歌姫は慌てて吐瀉物を手で払いのけようとしたがすでに精液と混ざり合っている部分も多く、どうしようもなかった。大切な教え子の成れの果てを自らの手で穢してしまった後悔が深く肩にのしかかってくる。


「ごめん、ね……」


 彼女らが全滅したのは全て自分の責任だ。

 事態を甘く見ていたこと。対応が後手に回ってしまったこと。数え出したらキリがない。

 取り返しのつかないことをしてしまった自覚はある。だが今すべきことは自死を選ぶことよりも彼女らの仇を取ることだ。

 先ほど戦った呪霊の残穢は未だ濃く残り続けている。その後を辿れば追うことはさほど難しくはない。


「……行ってくるね」


 せめて安らかに眠れるようにと祈りを込めて合掌し、残穢が残る方へと歩み出す。再び狭い通路内に足を踏み入れ、しばらく歩き続けると前方から呪霊たちが押し寄せてきた。その中には西宮の複製体も混じっているが、


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 雄たけびを上げる彼女は強く地面を踏み抜き、呪霊たちの頭をスイカのように叩き割った。怒りに任せて暴れ狂う姿はさながら修羅。

 ――もちろん、足手まといの教え子たちを庇う必要がなくなったから動きがよくなったというのも事実ではある。


「はぁ、はぁ……!」


 殲滅に要した時間はわずか一分にも満たない。高専時代から今に至るまで戦い、生き抜いてきたアラサーの底力はこの程度ではないのだ。戦闘に長けているわけでないとはいえ、実力主義の呪術師世界で十年近く戦ってきた女は文字通り年季が違う。

 未だ姿を現さない迷宮の主も先ほどまでとは様子が異なることを察したのであろう。ダンジョンがぐねぐねと蠢いて形を変え、呪霊たちも先ほどより強力なモノたちが姿を現す。


「ふっ!」


 後方から放たれた赤い光を跳躍して躱す。西宮を一瞬で無力化した絶頂光線――アクメビームであっても当たらなければ意味はない。

 着地と同時迫ってきた呪霊を巴投げの要領で投げ飛ばし、ついでにアクメビームから逃れるための盾とする。壁に頭から激突した呪霊はザクロのように頭を弾けさせ、そのまま絶命した。

 一体を倒したとてまだ油断はできない。目の前にいる呪霊たちはいずれもが準二級相当。倒すのには骨が折れる相手だ。

 その上、トラップの数や質も先ほどまでとは桁違いに跳ねあがっている。アクメビームはおろかガスまでも噴霧され、歌姫は呼吸を止めながらの戦いを強いられる。幸い地表すれすれであれば呼吸が確保できたが、行動の選択肢を狭められていることに違いはない。

 だが、


(この程度で……負けちゃいらんないのよ!)


 教え子たちの仇を取る、という炎のように燃え盛るモチベーションが、彼女本来のポテンシャルを十二分に引き出していた。動きはいつにも増してキレており、攻撃の威力も上がっている。呪力操作にも磨きがかかっている印象だ。

 だが、呪霊たちも負けじと応戦し、トラップも次第に精度を上げていく。先ほどまでは呪霊を巻き添えにするような攻撃も多かったが今は連携を取り出す始末だ。


「しまっ!?」


 河童型の呪霊が長い腕を伸ばし、歌姫の足首を絡め取る。手刀によって切断したものの、わずかに動きを止めたのが命取りだ。


「ぴぎっ♡」


 真上から降り注いできたアクメビームに脳天を貫かれた歌姫の目玉がぐるんっと裏返り、股座から潮が噴き上がる。倒れこそしなかったがよろけた瞬間に河童呪霊が距離を詰め、彼女の腹部に痛烈なボディブローを叩き込んだ。

 勢いよく吹き飛んだ彼女はあわや壁に激突――というところで、花弁じみて広がる触手によって受け止められ、そのまま包み込まれた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 花弁から突き出た両足がビクビクバタバタとみっともなく跳ね回り、隙間から濃いピンク色の煙が吐き出される。アクメビームの何十倍もの効力を持つ媚薬ガスを直接叩き込まれた歌姫は声にならない悲鳴を上げ、潮はおろか小便さえも垂れ流してよがり狂った。

 噴霧が終わり花弁が開くと全身汗みずくになって白目を剥いた歌姫がぐったりとその場に倒れ込む。かろうじて息はあるようだがぴくぴくと力なく痙攣する彼女を前に河童呪霊がいよいよとばかりに歩み寄った。

 半失神状態となっている歌姫はそれに気づくことさえできずあへあへと力なく舌を垂らしていたが、


「おんぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ♡♡♡♡♡♡」


 河童呪霊の右腕がアナルに捻じ込まれた瞬間、喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げてしゃちほこよろしく身体を跳ね上がらせた。


「な、にじてぇっ!? ぬ、げっ♡ ぬぎげぇえええええええええええッ♡」


 ピンと舌を突き出して悶える彼女をよそに河童呪霊はぐりんぐりんと攪拌するようにアナルを捏ね回す。肩に達するほど深く腕を突き込まれた歌姫は身体の中を好き勝手に弄ばれる未知の感覚に困惑し、口端に泡を乗せながら絶叫した。

 薄い胎越しに河童の手の形が浮かび上がり、ぐちゅぐちゅと淫猥な肉音が鳴り響く。媚薬ガスによって快楽漬けにされた彼女はそんな乱暴な責めを受けても感じてしまうのか背骨が折れるほどに身体を仰け反らせて潮を撒き散らす。

 おそらく無意識であろうが、降参の意志を示すようにタップを繰り返しているのはひたすらに滑稽だ。すでに意識は手放しかけており、完全に白目を剥いた双眸から滂沱の涙が溢れ出す。


「ぎひっ♡」


 その時、不意に彼女の声が一オクターブ上がった。裏返っていた黒目が元に戻り、同時にぼやけていた意識が徐々にハッキリとしてくる。


「こ、この! よく、もぉほぉぉぉおおおお~……っ♡」


 河童呪霊はニヤリと不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと腕を引いた。脱糞にも似た心地よさに負け間延びした声を上げてしまう。

 腸壁をずるずると舐めるように蠢く河童呪霊の腕はおよそ人間相手では得られない快楽を与えてくれた。けれどもそれ以上に、得体のしれない恐怖が歌姫の身体を支配する。


(ま、まさか、コイツ!?)


 河童は人間の尻に手を突っ込み、尻子玉と呼ばれるモノを引き抜くとされる。河童呪霊は伝承の河童と同一の存在ではないが同じことができてもおかしくはない。

 現に今歌姫が感じている奇妙な虚脱感は河童呪霊が腕を引くたびに増していく。自分にとって大切な何かが抜け落ちていくような感覚は歴戦の呪術師である彼女の背筋さえも容易く凍らせた。


「へ、変態、呪霊が、ぁああぁあああああああ……っ♡」


 ずるるるる……と腕を引かれると抗う気力さえも失われていく。ついには心地よさに負けて緩んだ尿道から小便さえも溢れ出した。

 しかし唇を噛んだ痛みによって無理矢理正気を取り戻し、グッと尻穴に力を入れた。悔しいがこれしか今は方法がない。


(耐えろ……! 耐え……耐え……ッ♡)


 人間にとっての三大欲求――排泄欲。それは人の意志によってはコントロールすることができない根源的な欲求といっても差し支えない。

 必死に堪えようと括約筋に力を入れているが、入れ過ぎて逆にぷっぷっと間抜けなガス漏れを起こしている。それが可笑しくてたまらないのか河童呪霊は腹を抱えて大笑いした。そのおかげで責めが緩んでいるのはなんとも皮肉なことである。


「おぐっ、おぉぉ……っ♡」」


 ぎゅるるるる、と腹が唸り強烈な腹痛が巻き起こる。全身に脂汗が溢れ、四肢がぶるぶると震えた。

 それでも彼女は屈しない。奥歯が砕けるほどに歯を食いしばり、フーフーッと荒い息をついて、


「あっ」


 そんな彼女の前に伸びてきた触手から媚薬ガスが噴き出してくるのも、もはや当然の帰結であった。必死に酸素を取り込もうとしていた彼女はまともにそれを吸ってしまい、大きく腰を跳ね上げて絶頂する。

 それによって肛門括約筋が緩んだ刹那、河童呪霊は勢いよく腕を引いた。


「にょほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 ぶりゅぶりゅぶりゅぶりゅ!

 汚らしい音を立てて排泄されたのは長さ数メートルにも及ぶ蛍光ピンクに輝くゼリー状の物体だ。数か月ぶりの便秘が解消された時にも似た心地良さは一瞬で歌姫の脳を蕩かし、抵抗力を奪う。

 気持ちいいという感情以外が消え失せ、排泄を促すように腸が蠕動を繰り返す。


「ふひへっ♡」


 ぢゅぽんっと小気味よい音を立てて人格ゼリーが排泄されてなお、歌姫の尻穴はひくひくと切なげに開閉を繰り返していた。二リットルペットボトルが入りきるほどに拡張された尻穴はもはや閉じることができなくなり、ぷす~っと気の抜けたガス音を零すのみ。

 当の歌姫は人格ゼリーが排泄されたことで抜け殻になってしまい、だらんと舌を垂らして白目を剥いた馬鹿のようなアヘ顔のまま固まっていた。よほど快感が強かったのであろう。鼻提灯さえも膨らませる様は国宝級の無様さである。


(う、嘘……嘘でしょ?)


 その一方で――歌姫の人格が移った人格ゼリーはぷるぷると震えていた。肉体という軛から解放されたことで快楽から抜け出ることができた代わりに自由を奪われ、もはや自立して行動することは不可能。

 河童呪霊はそれを大事そうに抱え、ダンジョンの奥へと向かった。


(お、落ち着くのよ……きっとまだ、戻れる方法があるはず……!)


 彼女の予想はある意味で正しい。あくまでも人格が抜け出ただけなので元の身体に戻せば再起は可能だ。

 もっとも、その猶予が与えられることは未来永劫存在しないのだが。


(ここ、は……?)


 やがて辿り着いたのは小ぢんまりとした小部屋であった。ちょうど一畳あるかないかという狭い空間の中、再び地面が蠢きあるモノが形作られる。

 それはごくごく見慣れた、洋式トイレであった。


(え、ちょっ、うそでしょ!?)


 最悪の想像が頭をよぎった瞬間、歌姫の身体を浮遊感が襲う。

 人格ゼリーはぼちゃっと音を立てて便器に着弾し、河童呪霊は備え付けのレバーを引いた。


(やめ――がぼぼぼぼぼっ!?)


 流れてきたのは水ではなく、高濃度の消化液。人格ゼリーからしゅわしゅわと泡が立ち、溶解が始まっていく。


(あぎゃっぁああああああああああああああああああああああああああッ!)


 全身を生きたまま溶かされる――それはどれほどの痛苦であろうか。

 けれども身体を失い、声を発することさえできなくなった彼女はただぷるぷると震えることしか許されていない。


(死にたくない死にたくない死にだくないぃいいいいいいいい! ごんなじにがたいやだぁああああああああああああああづいあづいあづぃいいいいいいいいいいいいいッ! 溶けるぅうううううううううううううううううううううッ! だずげでぇええええええええええええええええええッ!)


 仮に人の身体を保っていたならば、今頃きっと喉が裂けて血が溢れていたであろう。想像を絶するほどの痛みに耐えかねた歌姫はもはや恥も外聞もかなぐり捨て命乞いをした。

 もちろんそれを呪霊たちが聞き入れる義理も道理もない。今なお便器の底で形を保っているしぶとさに辟易したかのように顔をしかめた河童呪霊が再度レバーを引くと追い打ちをかけるように消化液が追加された。


「――ッ」


 それにより、歌姫の人格ゼリーはあっという間に溶けて消える。無色透明だった消化液が淡くピンク色に色づくと同時、ジュゴォッと音を立てて排水が始まった。そうして水の入れ替えが終わるや、洋式トイレからげふっとげっぷのような音が響く。

 彼女の人格ゼリーが無事にダンジョンの養分となったことを確認するや、河童呪霊は後方へと視線を戻した。

 そこでは抜け殻となった歌姫の口から肛門までを触手が貫き、どこかへと運んでいる最中である。魂が抜けた彼女は痛苦に声を上げることもなく、しかし虚ろな瞳に涙を溜めたままぴくぴくと痙攣していた。

 そうして連れていかれる先は迷宮の最深部――打破すべき迷宮の主が鎮座する小さな部屋だ。


「……」


 迷宮の主は一見すると小学生と見まごうほどに小柄な姿をしている。実際、面立ちはあどけなく愛らしさに満ちているが抜け殻となった歌姫に向ける視線は酷く粘ついている。

 触手が肛門から抜け、支えを失った歌姫の身体はその場にべちゃりと倒れ伏した。迷宮の主はそんな彼女の元に歩み寄り、額に手をかざす。

 すると歌姫の額に奇妙な文様が浮かび上がり、虚ろであった瞳にも同様の印が浮かび上がった。


「――ッ!」


 直後、歌姫の身体がバネ仕掛けの玩具のごとくビヨンッと勢いよく跳ね上がった。直立不動で敬礼の姿勢を取ったかと思いきや、足を大きくガニ股に開き、両手を頭の後ろにおいてヘコへコと腰を振りだした。

 場末の娼婦でもやらない下卑た仕草であったが、それによって迷宮の主を含めた呪霊たちにバフがかかる。術式の改ざんが行われたことにより、この淫猥なダンスこそが彼らに捧げる儀式と変化したのだ。

 ヘコへコと腰を振りながら潮を撒き散らす彼女は生気のない無表情のまま。しかし迷宮の主は満足そうにうなずき、パチッと指を鳴らす。

 すると彼女は踊りをやめ、自らダンジョンの壁へと向かった。そのままゆっくりともたれかかると上半身がめり込んでいき、下半身のみを露出させた姿となる。彼女はその状態のまま腰を上下左右に振りたくり、舞とも呼べない下品な動きを繰り返した。

 一方で、その向かいからは彼女の上半身が生えてくる。胸像のように胸を反らした状態の彼女に対し、どこからともなく伸びてきた触手がバイザーのように覆いかぶさった。続いて胸にも触手が張りつき、そこそこでしかなかったはずの胸が地面に届くほどの超乳へと変化する。

 無表情を保ったまま唇が尖っていき、舌を突き出した状態で固定される。迷宮の主は使い心地を確かめるように彼女の口へと陰茎を突き入れ、乱暴に腰を動かした。

 一瞬で頬が膨れるほどの射精を受け、鼻から精液提灯を膨らませながらも無表情は変わらない。けれど絶頂していることを示すかのように母乳だけは異常なほどに溢れていた。

 迷宮の主は溢れた母乳を大事そうに掌で掬い、ごくりと飲み干す。するとかつてないほどの力の奔流を感じた。

 魂が抜け落ちたとはいえ、身体にはまだ呪力が宿っている。彼女はそれを母乳と共に垂れ流しているのだ。

 無様なダンスを続ける下半身は呪霊たちにバフを与え、改造を施された上半身は迷宮の主の獣欲を受け入れつつ彼の身体を芯から潤す。

 こうして歌姫の身体は生体ユニットとして生かされることとなった。元から支援型であった彼女にとってはまさしく天職と呼べるであろう。

 ――なお、教師を含めた女子生徒三名の失踪を引き起こした本件は後にトップクラスの機密事項として高専の闇に葬られることになるが、それはまた別のお話。



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