くちゃくちゃと。何かを咀嚼するような音がした。
山の主と称され、時に魔獣さえも喰い殺すと言われる巨大熊――その頭蓋が叩き潰され、亡骸が無造作に打ち捨てられている。
その向こうで響く咀嚼音と微かな悲鳴。やがてすべての音が消えた時、暗がりから巨大な何かがぬっと姿を現した。
巨大熊に比肩するほどの巨躯を宿す異形の巨人。口元の血よりも紅く染まった単眼がぎょろりと蠢き眼前の女を捉える。
並の女であれば恐怖のあまり腰を抜かし、涙を流して無駄な命乞いを繰り返していただろうが目の前の女は違う。
山登りには似つかわしくないメイド服を身に纏った彼女は余裕の笑みさえ浮かべ、ジッと異形を睨みつけていた。それが気に障ったのか、丸太のような腕がメイドめがけて勢いよく振り下ろされる。
轟音と爆風。地面が爆ぜ、衝撃によって木々がなぎ倒される。
「GUUU……?」
しかし手ごたえはなかった。いつの間にか背後に回っていたメイドはスカートを摘まみ、優雅な礼を披露する。
「五車学園三年、出雲鶴と申します。早速で申し訳ありませんが――あなた方には消えていただきます」
トン、と爪先が地面を打った直後両足のサイボーグレッグが鋭利なブレードへと変化する。
その瞬間、彼女は異形にとっての“餌”から“敵”へと昇格した。
「GURUUOOOOOOOOOOOOOO!」
雄たけびが上がると同時、無数の気配がこちらへと迫ってくるのを感じた。雲の隙間から月明かりが差し込んだ時、その正体が露わになる。
背中から蜘蛛の脚を生やした虎の獣人。
両腕だけが異常に肥大化しているトロール。
全身が甲殻で包まれているオーク……などなど。
いずれも人型であるということ以外特に共通点はない。
強いて言うのであれば全員が敵意と殺意を鶴へと向けている――それだけだ。
数の差は圧倒的であり、異形たちは鶴を完全に取り囲み威嚇している。しかし腕利きの対魔忍である彼女にとってはこの程度さしたる問題でもなかった。
「参ります」
鶴の身体が弾かれたように異形たちの前から消えた。
「ハッ!」
月下に白刃が煌めき、迫りくる異形たちの身体をバラバラに斬り刻んでいく。
対魔忍の格闘術――“対魔殺法”の中には足技のみで戦う秘技が存在する。その使い手である鶴にとっては図体がデカいだけの異形などただのデカい的だ。彼らの一撃は驚異的な破壊力こそあるが動きは鈍重で、かつ頭も悪い。連携もまともに取れず、互いに邪魔し合っている有様だ。
「フッ!」
対する鶴の動きはさながら舞踊を思わせるほどに流麗であり、月明かりを背にして宙を舞う姿は幻想的ですらあった。異形たちの首に彼女自慢のブレードが叩き込まれていき、鮮血の花火が次々と打ち上がる。
「GUOO!」
本能のみで生きる異形たちにとって彼女は如何ほどの脅威であったのだろうか。敵わぬとみるや木々をなぎ倒し、一目散に逃走を図る。
けれどそれは失策であった。彼女に背を向けることはすなわち死を意味する。
「機遁の術――“最期巖”!」
ライフルと化した鶴の右腕が火を噴いた。異形たちは断末魔の悲鳴さえ上げることができないまま肉塊へと変貌し、とうとうその場に静寂が訪れる。
ふぅ、と嘆息する鶴であったが――まだだ。
同胞たちの亡骸を踏みしめるようにして現れたのは、今しがた屠った異形たちとは根本的に異なる存在であった。
身の丈は5メートル近くあり、赤黒く膨れ上がった醜い身体は溺死体を連想させる。動きは先の異形たち以上に鈍重であるが右へ左へ揺れながらよたよたと歩み寄ってくる様にはどこか言い知れぬ不気味さがあった。
(オーガ……?)
潰れた梅干しじみた頭頂部からは二本の角のようなモノが飛び出していた。しかしそれは角と呼べるほどに硬くはなく、まるでウサギの耳かのようにひょこひょこと動いている。
気味の悪い相手だがいずれにせよ葬るだけだ。そう判断した鶴はライフルと化した腕を構え、どてっぱらに銃弾の雨を叩き込む。
――が、
「効いてない⁉」
膨れ上がった身体は異常なまでの柔軟性と弾性を宿しており、銃弾をほぼ無効化していた。そもそも痛覚自体存在していないのか、腹を撃たれたにもかかわらず気にした素振りもなくのそのそと歩み寄ってくる。
弾丸を一転に集中させようと頭蓋を狙おうと結果は同じであった。おそらく衝撃に強い耐性がある。
しかし、鶴の表情は依然として穏やかだ。銃での攻撃が無駄だと悟るやサイボーグレッグを再びブレードへと変化させ、目にも止まらぬスピードで駆けだす。
「――ッ!」
鶴の姿を見失った異形はきょろきょろと辺りを見渡していたが、その動きが不意に止まる。
気づけば、鶴は異形の頭を両足で抱き込むように背後から挟んでいた。肉に埋もれてほとんど隠れていた単眼が、薄く微笑む彼女を映す。
「ごきげんよう」
ふわりと身を翻すと同時異形の首にうっすらと切れ目が入り、大きな頭がゴトッと地面に転がった。頭をなくした異形はしばし蠢いていたがやがて膝をつき、そのまま動かなくなる。
殲滅にかかった時間は10分にも満たない。一仕事終えた鶴はやっと一息つき、ややあって地面に転がった異形の頭へと視線を落とした。
角のように見えていたのは触覚であったようで、奇妙な縞々模様のそれは助けを求めるようにビチビチと跳ね回っていた。本能的な忌避感を覚えた彼女は両足のブレードでそれらを完膚なきまでに細切れにする。破片はそれでも動いていたがついには活動を停止した。
「……嫌な相手でしたね」
身体に付着した体液をハンカチで拭いつつ周囲を見渡す。報告のあった異形たちに関してはこれで全部のはずだ。
任務完了の報を入れると、程なくして待機していた回収部隊が到着した。状況の引継ぎを行い、事後処理を任せる。
「では、私はこれで」
そう言って、そそくさとその場を後にする。部隊長は車を回すと言っていたがそれを待っていると帰る時間が遅くなってしまうため拒否した。彼女には一刻も早く帰らなければならない理由がある。
(小太郎さま……)
自分を暗闇から救い出してくれた大切な主君。彼のことを考えるだけで胸がキュンと切なくなり、自然と頬が綻んでしまう。
キッチリと任務を果たしたことを報告したら彼はきっと褒めてくれるだろう。もちろんそれ以上のこともしてくれるに違いない。それを考えると子宮が疼いて身体がポッと熱くなる。
ここから五車学園まではかなりの距離があり、交通機関を利用したならば到着は明け方になってしまうが走って帰れば少なくとも数時間以内には着けるはずだ。
愛しい主人に会いたい気持ちを滾らせ、先ほど以上に真剣な面立ちで全力疾走を続ける鶴。
――けれどその時彼女は気づいていなかった。
異形の体液に紛れていた極小の生物が太ももで蠢いていることに。
わずか数ミリほどの大きさしかないそれを触覚のみで察知することは不可能。まして主君のことを考えて浮かれ気分である鶴が違和感に気づけるはずもない。
黒い芋虫のようなそれは蛇行しながらゆっくりと時間をかけて太ももを登っていき、ついに付け根へと到着すると細い身体をさらに薄くして下着の中へと潜り込んだ。茂った陰毛を掻き分けて進んでいき、
――つぷっ。
淫裂へと身体を潜り込ませ、さらに奥を目指す。硬く閉ざされた子宮口も髪の毛より細いそれを阻むことはできず、容易く侵入を許してしまう。
ついに目当ての場所へと到着したそれは歓喜のダンスを踊るように身をくねらせ、全身から細かな糸のようなモノを分泌させ子宮の中へとしっかりと根を張る。
「嗚呼、ご主人様……早くお会いしとうございます……」
この期に及んで主君への想いに胸を躍らせる愚かなメイドは我が物顔で子宮を占拠するそれの正体さえ知らぬまま夜行列車に揺られていく。
その末路が如何なるモノとなるのかさえもわからずに――。
***
「くっ、ぁぁぁ……っ」
布団の中から鶴の切なそうな声が響く。彼女は衣服をはだけさせ、胸を揉みしだきながら自慰に耽っていた。
白磁の肌はじっとりと汗ばみ、朱に染まっている。すでに幾度の絶頂に達しているのだろう。布団はバケツの水をひっくり返したように水浸しになっており、指は愛液でふやけてしまっている。
それでも自慰をやめようとしない様はまるで何かに取り憑かれているかのようですらあった。
「ん、ぅぅぅ……ッ♡」
つま先までもピンと突っ張り、わずかに身体を反り上げる。より強い快感を得るためか特に敏感な乳頭を千切れんばかりに抓り、手首まで捻じ込まんばかりの勢いで指を秘裂へと潜り込ませていた。
絶頂の余韻に浸りビクビクと痙攣を続けていた彼女であったが、しばらくするとまた自分を慰め始める。
(身体が、熱い……ッ)
身体が火照り、狂おしいほどに子宮が疼く感覚――これには覚えがあった。
かつて斉藤半次郎という男に監禁されていた際致死量ギリギリの媚薬を注ぎ込まれたことがあったが今回もその時とよく似ていた。快楽のことしか頭になくなり、どれだけ絶頂しても決してそれからは解放されない。
だが、なぜ――?
思い当たるとすれば先日の任務だがすでに一週間が経過しようとしている。念のため検査は受けておいたが特に異常は見当たらなかった。そも、いくら遅効性の毒を浴びていたとしても発症が遅すぎる。
だが日に日に症状は悪化していくばかりなのもまた事実で――
「あ、また……ッ♡ イ、くぅぅ……ッ♡」
悩ましげな声を上げ、身をくねらせながら枕を噛みしめる。そうでもしないと無様な嬌声を屋敷中に響かせてしまいかねなかった。
思考回路さえも快楽によって蕩けてしまい使い物にならない。ふーふーと荒い息を吐きながら尻を浮かせ、また秘裂へと指を走らせようとしたまさにその時。
「鶴。大丈夫か?」
敬愛する主君の優しげな声が襖の向こうから聞こえてきた。
「ご、ごしゅじん、さま……?」
「さっきからずっとうなされてるみたいだけど具合でも悪いのか? 夕飯も食べてないみたいだが……」
「い、いえ……ただ、ちょっと……体調、が、ぁ……っ♡」
彼に見られるかもしれない背徳と興奮に駆られ、ゆっくりと秘裂をなぞる。敏感になった身体はただそれだけで絶頂へと導かれてしまったがやはりやめることはできない。
枕に顔を埋めながらガチガチに硬く尖った陰核へと指を這わせる。ツン、と軽くつつくだけでも頭が真っ白になり強めに押し潰すとブシィッと勢いよく潮が噴き上がった。布団の中は雌臭で充満し、それを嗅ぐだけでまた興奮が掻き立てられていく。
(申し訳ございません、ご主人様……鶴は、はしたないメイドにございます……♡)
胸中で謝罪をしながらもやめる素振りはないどころかますます激しさを増していく。
もし、彼がこの姿を見たらどう思うだろうか?
きっと幻滅するに違いない。いや、それでも構わないとさえ結論づけるほど彼女の思考はピンク色に染め上げられていた。
被虐願望を剥き出しにした鶴はもはや自慰を隠そうとする努力さえ忘れ、陰核や乳頭を執拗にカリカリと指で引っ掻き続ける。痛み交じりの快感に脳内でバチバチと火花が炸裂し、ついにそれが頂点へと達した。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ♡♡」
布団を跳ね除けんばかりの勢いで腰が浮き、間欠泉のような勢いで潮が布団へと叩きつけられる。枕を噛みしめながら白目を剥く様は娼婦以下の浅ましさであった。
「鶴⁉」
襖が開け放たれると同時、ふうまが息を呑む気配が伝わってきた。
当然である。なにせ当の鶴はもはや裸も同然の格好で自慰に耽り、その上あろうことか自分のことをオカズにしていたのである。
「う、おぉッ⁉」
あまりに予想外な出来事を前にフリーズしていたふうまの足首をサイボーグアームが鷲掴みにし、強引に布団へと引きずり込んだ。ふうまは逃れようと手を伸ばしていたが、やがて完全に布団の中へと収納され見えなくなってしまう。
「ふふ……♡」
雌の匂いが充満する布団の中で、鶴は舌なめずりをしていた。普段の彼女らしからぬ雰囲気に戸惑うふうまであるがこの状況下での脱出は不可能に等しい。手首を鷲掴みにされ、腰はガッチリと足で挟み込まれている。さながらまな板の上のコイも同然だ。
「鶴、お前何を……⁉」
「申し訳、ございません……ですが、もう……♡」
ゴクッと。鶴の喉が大きく鳴った。
荒々しい手つきでふうまの衣服をはだけさせ、首筋に鼻を埋めながらキスの雨を降らせる。舌に広がる男の味を堪能するべくだらしなく舌を突き出してはふうまの身体へ舌を這わせ、細かに腰を揺すってズボンの上から逸物を刺激した。
困惑と抵抗を見せるふうまではあったがやはり快感には抗えないらしい。あっという間に最大膨張にまで達した逸物に悦びの眼差しを向けるや否や、豊かな乳房でふうまの顔を挟み込む。
「……はしたないメイドはお嫌いですか?」
潤んだ瞳と甘い声のコンボは効果覿面であった。ふうまの目つきが明らかに変わり、華奢な肩をがしりと力強く掴まれる。
「まったく、お前って奴は……!」
「ひぃ、んぅううッ♡」
乳頭を強く噛み締められ、思わず達してしまった。びちゃびちゃと潮が撒き散らされ彼の下半身を濡らす。
やはり自分で致すのと彼に触れられるのとでは大きく異なっていた。頭がおかしくなるほどの多幸感によって意識が幾度となく飛びかける。
だがまだだ。まだ物足りない。
彼のズボンへと手をかけ、パンツもろともにずり下ろす。雄々しく屹立した逸物はバネ仕掛けのようにびょいんッと勢いよく跳ね、先走りを散らした。
(嗚呼……っ♡)
待ちに待った剛直を前に生唾が溢れて止まらない。愛液を垂れ流す秘裂はまるで餌をねだる雛のように陰唇をヒクつかせていた。
(入れたい入れたい入れたいちんぽちんぽちんぽご主人様のおちんぽ――♡)
もはや我慢などできるはずもない。布団を跳ね除け、逸物の上へと跨った鶴は勢いよく腰を下ろす。
待ちに待った剛直――激しい絶頂を予想し、頬を緩ませる。
(……え?)
けれど結果は彼女の予想から大きく外れた。
確かに挿入はしているのに快感がまるで伝わってこない。
否、むしろ奇妙な異物感と不快感だけが込み上げてくる。これまで幾度となく受け入れてきた男の男根が気持ち悪くて仕方がないのだ。
(どうして……?)
考えても答えなど出るわけもない。試しに軽く腰を動かしてみたが違和感は消えるどころかますます膨らむばかりでついには吐き気さえ覚えてきた。
「鶴……?」
不安げなふうまの眼差しにハッとし、ぶんぶんと首を横に振る。
「なんでもございません……今日は、私めに全てを委ねてくださいまし……っ♡」
疑念を思考の片隅へと追いやり、不快感をごまかすように唇を重ねた。胸が潰れるほどに身体を密着させ、肌を擦り合わせる。彼の匂いや体温を感じていると胸の奥がぽかぽかと温かくなってきた。
そうだ。やはり自分は彼を愛している。その気持ちに偽りはない。
――なのに、どうしても不快感だけは拭えなかった。かつて斉藤に犯されていた時よりもさらにひどい嫌悪感に見舞われてしまう。心ではなく身体が途轍もない拒否反応を示しているのだ。
訳がわからない。発情状態は依然として続いているというのにイくことはおろかまともに動く気さえ起きないのだ。
思考回路がぐちゃぐちゃに混線し、彼への愛が不快感で塗り固められていく。そんなことがあってはならないと躍起になって求めれば求めるほどそれは強まっていき、
「――ッ」
そしてついに、鶴の中で何かがぷつっと音を立てて切れた。視界がぐらりと傾き、涙で歪んでいく。ふうまが何かを言っているがもはや聞こえない。
最後に見えたのは心配そうな彼の顔――謝罪の言葉さえ口にできないまま、ついに彼女の意識は途切れてしまった。