XaiJu
toriaezu
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春雷

 はらはらと、君の視線が落ちていく。  所在なさげにさまよう視線はまるで花弁が舞うようで、それでいてゆっくり下へと向かっている。  今晩しようと誘ったのは君の方なのに、うつむきがちな顔には朱色がほんのりと浮かんでいた。それはまるで化粧のように君を魅力的に見せるから、平時鋭い眼光を柔らかく中和してくれている。  朱を散らすのは顔ばかりではなく、その起伏の大きい肉体にも、その長い尻尾にも。  まるで桜の花びらが君を覆い隠していくかのように、優しい赤が君を彩ってくれる。  夜桜の魅力を伝え聞くことは限りなく、特にこんなSNSの発達した社会において、その風聞は耳にタコができるほど。  だけど、今、一番きれいな桜を独占しているのは貴方だ。 「な、なあ……もうちょっと、暗くしてもいいか……?」  興奮を悟られるのが恥ずかしいのか、君は窓を見ながらためらいがちに言う。  二人が乗っても大丈夫な大きさを持つベッドの上で、君はその白くきれいな毛皮を隠すように身を縮めた。無骨然とした恰幅を持つくせに、夜の光に引き立てられることを恐れている。  天を突くひげは枝を思わせ、四肢でたなびく毛皮は花を思わせる。  まさに夜桜をして恐縮せしめんとするほどの魅力は、月の光でよりあでやかに開花するというのに。白虎の君は、それをとても恐れている。  薄らぼんやりと花開く君がとてもきれいだから。貴方は賛辞を述べることにためらいなどかけらもない。  賞賛は強い風のようで、はらはらと視線は下に落ち、君の赤がさらに強くなる。 「おれみたいなやつに……そんなこと……恥ずかしくねえのかよ……」  シーツを握る君は月明りに照らされることを受け入れられないのだろう。  昼間の闊達な様を思えば、今の生娘のごときふるまいを自分自身が恥じているのか。  粗暴にふるまえるのならば、どれだけ楽だろう。きっと君はそう思っている。  だけど、君は貴方のことをとても大切にしているから、自分の爪でその柔肌を傷つけてしまうのを何よりも恐れている。  君が自分の一物を入れる事すらあきらめて、貴方のために受け入れてくれているというのに、どうしてそれを恥じることがあるのだろうか。  はらはらと、君の視線が落ちていく。  それでもやはり、君と貴方は経験豊富というわけではないから。この互いがあさましい欲望をぶつけ合う直前に至ってもなお、初々しい空気が二人の間を吹き抜ける。  花弁はそれに流されて、君は貴方と目を合わせてはくれない。  不規則に落ちていく花弁は、白くしわを刻んだ布の海へ。  君は何も言わなくて、だけど、体は赤く開花して。  受粉をと、望んでしまうことが情けないとでも思っているのだろうか。どれほどきれいな夜桜でも、生物はみなそれを求める性を抱えているのに。  貴方が君のつま先に触れると、君が少し震えた。  たくましい根。大地を踏みしめ闊歩する白虎の足は、白い波の上では余計に映える。それがたとえ月明りによってのみだとしても、いや、だからこそ、淡く輝く白は花を思わせるのか。 「……あ」  根から幹に向け、指を滑らせる。  柔らかい毛皮の下にある弾力を持つ皮膚。太ももの内側から腹にかけて、白い肌はやはり朱に色づいている。  たくましい足を閉じてしまったのは君の羞恥から。興奮を悟られたくないという意地が、君をさらに赤く色づけていく。  貴方は身を乗り出して、君の大きさに触れる。悠然とそびえる巨木が如く、その体幹は揺らぎなく、雄大な強さを秘めている。  だというのに君ときたら、こちらを見る瞳はまさに生娘のそれだ。うるんだまなざしは興奮と羞恥によって、月明りが引きずり出した蠱惑的な相貌を前に、貴方の喉は自然と興奮を飲み込んだ。  愛をささやいて、貴方が君のあごに指を到達させる。普段であれば届かない身長差ではあるが、ベッドにしなだれかかる君ならこうやって覗き込むことができるのだ。 「おれも、好きだ……愛している……」  君は臆面もなくそう言って、ゆっくりと目を閉じた。  紡がれるのはまごうことなく睦言であり、逢瀬にはやる心を緩やかな熱で満たしていく。  ふわりと、触れるだけの口づけを。  虎の鼻面は固く、唇というにはいささか情緒が足りない。まるで木の幹にでも口をつけてしまったかのような感触ではあった。  しかし、それでも貴方の心を満たすのは紛れもない幸福であり、この部屋でしか咲かない桜を独り占めできたという優越感だ。  健康的な肉体が、この夜にはこれほどまでに淫靡となって。貴方に愛をささやくのだ。  誰も知らない一面を、貴方だけが知っているのだ。  口づけを果たした後には、体重を預け貴方は倒れこむ。  君は難なく貴方を受け入れて、固い腕で抱き返してくれた。 「柔らかいな……それに、いい匂いがする」  君の言葉が耳元で聞こえ、吐息が直にかかる。力を抜いた腕は、抱きしめるというよりかは包み込んでいると言ったほうが適切だ。君は貴方を白く美しい毛皮で包み込んでいる。 「最近、変なんだ。お前の匂いを嗅ぐと、ほしくなる……」  触れ合う一物の硬度が、それ是と認めている。何度か体を重ねていくうちに、君は貴方を受け入れることに慣れていたのか。  興奮の集まる場所がずれていくことに、君は少しの恐怖を覚え、それでも貴方が欲しいのだと吐息交じりにつぶやいた。 「か……かっこわるい、よな……おれ、お前がほしくて……ほしくて――」  指と指と絡め、貴方は君に口づけを。その先を言わせないと、態度で示す。  今度は長く、でも舌を入れるわけでもないただのキス。君は少しだけ驚いたようだったけど、すぐに目を閉じて貴方を受け入れてくれた。  言葉は無くて、心音が二人を行き来するだけの時間がゆっくりと流れていく。力強い鼓動が早く、もっと体を重ねてほしいと。まるで自身の内側から急かして叩かれている錯覚におぼれるほど、君たちは互いを求めていた。  ようやく口を離すと、時間が動き出したかのように君たちは呼吸を思い出す。肩が上下に揺れ、瞳も合わせて揺れている。  白い君の青くてきれいな目が、そこに映る貴方へと降り注ぐ。揺れてはいるけれど貴方をしっかりと見て、言葉にならない言葉をなんとか押し出そうとわずかに牙をのぞかせている。 「もっとほしい……って言ったら、だめか……?」  君にしては控えめな言葉を受けて、貴方は動き出す。指をほどいて、今度は首に腕を絡め、貴方は君へと口を近づけた。  君の毛皮があまりに柔らかいから、まるで花びらの絨毯に飛び込んでしまったようだ。少しだけ抜けた白い毛が月明りに舞って、君の体が沈んでいく。 「ん……」  三度目の口づけは一番深く。互いの呼気を体全体に巡らせるかのごとき、深いところまで。  貴方が舌を差し入れれば、君は踊りましょうと誘ってくれる。 「んぅ……クチュ……あふぁ……」  ぬるりとした身を寄せ合って、絡ませるように啄んだ。顔の角度を何度も調節して、さらに深くを求めあう。  苦しさの中に確かな充足感があり、それは吐息を甘くとろかせた。君が貴方の頭をその大きな手で鷲掴みにするのは、かじりつくような口付けをねだるサイン。 「んっんっ……あぁ……んぅ……」  強く強く抱きしめられて、貴方の体が花びらの絨毯へと沈み込む。君の匂いは甘くはなくて、むしろ雄の香りでしかないけれど、貴方にとってはなによりも愛しい人のものだから。  貴方は交接を、より深くの交わりを求めてしまう。  君もおそらくはそうなのだ。無頼漢もかくやといった相貌は今や恍惚と細められ、うるんだ瞳には熱が浮いている。 「はぁ……ンクゥ……」  君らが肉をよじらせては白い波が衣擦れの音を奏で、静謐を満たした闇に情交を匂わせる。悦を含んだ声が絵具のようで、口の端から漏れれば漏れるほど淫靡に染まっていく。 「……っはぁ!」  どちらかともなく接吻をやめると、名残惜し気に透明な糸が垂れて落ちていく。だけど君はそれを気にすることもなく、欲望がささやくままに貴方をまたも抱きしめる。  ふわりと、貴方の四肢が花弁に埋まってしまった。白色はこんなに華やかなのに、君は貴方を受粉したいという意志で明確に色づいている。うるさい鼓動は熱を伝播させて、貴方に欲望を悟らせる。  それほどまでに、君の体は熱い。柔らかい毛皮の奥に獣の欲をにじませて、固い体では抑えきれない熱で君に触れて。  君は、貴方を欲するのだ。 「なあ、そろそろいいか?」  何をとは言えない。君はいまだ雄を求める自身を恥じている節があり、新しく芽生えた感情を受け入れられていないから。  控え目で君にしてはかわいらしいおねだりに、貴方は小さく笑って頷いた。  体を離すと隙間に空気が入り込んで、君の体温が遠く感じられる。  だけど、ねだるようにうるんだ瞳が興奮に火を灯すから、寒さが身を震わすこともない。 「……」  君は何も言わなくて、大きな体をベッドに広げていく。初々しさすら漂わせるぎこちなさで、たくましい根が貴方に向けて開かれる。  君の耳が少しへたれているのは羞恥からだろう。不安で、でも欲しくてたまらない相反した感情が機微として随所に現れている。  白くてふわふわとした体はいつ見てもたくましい。貴方が体重をかけてもびくともしない屈強さは、分厚い体に似つかわしい。  そんな君の体に、優しく指を這わせて。開かれた太ももの付け根の毛をいじるように。 「んっ……」  こらえるような声が注がれて、君は顔をそらした。拒絶は無くて、貴方はのしかかるように体重をかける。  興奮は怒張を硬くさせて、君の入口にくっつけると呆けた声が出た。花びらのような毛皮が汗でそよぎ、泣きそうな目に貴方が映っていた。  顔を見合わせて、正常位の体勢。花びらの絨毯が貴方に向けて広げられている。 「ふぅ……ふぅ……」  荒い鼻息が聞こえ、君はおもねりそうな自分を律していた。縞模様が麗しい相貌では眉が下がり、口をきつくかみしめる。  そんなことをしても態度は隠しきれていないというのに、君はどうにも自分をさらけ出せないでいる。  貴方はそんな君をなだめようと、しきりに優しく語り掛ける。  いつくしむようにまぐわいたいのであり、君の心が付いてこないことには先へは進めない。いかに体が求めているとはいえ、無理をさせることは本望ではない。 「…………」  君は強情で、言葉を紡げない。いつもならもう少しだけ素直なのだけど、今日はどうしたことか、ここまで意地を張る君を見るのは珍しい。  貴方は困ったように虎を覗き込み、何か気にしていることでもあるのだろうかと問うた。  もとより率直な性分だ、聞かれたらたいていのことは教えてくれる。 「その……」何故だか君は恥ずかしそうに、ほほをかいて口を開いた。 「やられるのが好きだなんて、やっぱりちょっと、男らしくないっていうか……。お前が傷つかないように買って出たけど、おれも男だし……情けないところをみられるのは……えっと……だからな……」  はらはらと、君の視線が落ちていく。  伏し目になった君が紡ぐ声はとてもかぼそくて。  それでも、夜半の静寂を裂いて、その声は確かに貴方の耳へと届いたのだ。 「……お前に、嫌われたら、嫌だなって……」  なんということか。君はこれほど優しいのに、嫌われるだなんてどうして思ってしまうのだろう。  白虎は吐露してしまった気恥ずかしさゆえか、尻尾を所在なさげに揺れ動かして貴方と目も合わせてはくれない。ただ月明りを受けて淡く光りながら、朱を強めた相貌で答えを待つのみ。  そんなことはありえないというのは簡単だ。  だけど、それをそのまま伝えるのはなんだか味気なく感じられてしまった。生まれたままの姿で白くきれいな君はまるで桜の化身のようだから。貴方はつい、普段はしないようなことさえできてしまう。  君の太い首に抱き着いて、耳元でささやきを。丸くてかわいらしい耳が一言も逃さないと言わんばかりにせわしなく動き、吐息に揺れていく。  情けないと思ったことなどこれまで一度もない。君はいつでもたくましくてかっこよくて、笑った顔が太陽みたいにまぶしかった。  太陽も夜になると暮れていくように、月明りを受けてはにかむ君が見せる顔はそのどれでもない。ただただ君は美しく、きれいだった。  一挙一動がまるで花吹雪だ。ふわりとした毛皮がほのかな軌跡を描いてあでやかに舞い落ちる様は、春の妖艶な色香に満ちている。  恋人ができることを春が来るなどというが、貴方にとって君はまさに春そのもの。君がいるだけで、春はいつでもそこにある。  締めに貴方は、愛しているとささやき、首に回した腕に力を込めた。  普段は言えないような恥ずかしいことを言ったという自覚はある。しかし、嫌われまいとして意地を張る君が見るに堪えなくて、貴方も本心で応えたのだろう。  貴方の体を君の手が抱きしめた。強く、それは強く。大事なものを取られまいとするかのように。大事な貴方と、より近くありたいと望むかのように。 「ありがとな……おれは、あんまりうまく言えねえけど……お前がおれを好きでいてくれて、本当に良かったと思ってる。おれも、愛してるぞ……」  君の喉が鳴った音を、貴方は確かに聞いた。君はほおずりをして、ピンと立った髭が少しだけ痛かった。  それに、君の価値観では情けない事なのかもしれないけれど、貴方はベッドの上で愛されて蕩けた顔を浮かべる君を好いている。またたびをあげたってこうはならないほどに、君が貴方を求めてねだる様はそれはそれは愛くるしいのだ。  なんて冗談めかして言うと、君が赤くなる。今までとは違う、赤が強い顔。 「お、おれが、かわいいとか……やめろよ。こんなにでかい雄だぞおれは……」  すねたような声が返ってきて、抗議として背中を少し叩かれた。自分が雄々しいと自覚がある君にしてみたら面白くない言葉なのだろう。  でも真実なのだからしょうがない。君はきれいで格好いい白虎ではあるけれど、同時にかわいい子猫でもあるのだ。  なんて、口が裂けても貴方は言えないだろうが。  君のためらいも薄まってきた頃を見計らい、貴方は正常位へと戻り君の太ももに手をかける。  到底動かせそうにないたくましさを持つ足はしかし、貴方の手に合わせてすんなりと開いてくれた。君の気持ちが付いてきていることを確認して、二人の間に優しい空気が入り込む。  そうして、さらけ出される君の秘部。白くてきれいな君が持つ肉の色が、余すところなく月光にさらされた。 「あ、う……」  君が頬に散らした朱色もその赤には及ばない。鮮烈で生々しい、きれいな君が持つ欲望うごめく色。  白い君が白いベッドで魅せる肉の塔はそこだけが赤く塗りたくられていて、血管がまるで蔦のように絡まっていた。何度見てもその大きさに圧倒され、思わず見入ってしまう。先端の鈴口から玉が浮かび上がり、蔦にそってツーッと流れていく。 「あんまり、じろじろみんなよ……こっちだってな、恥ずかしいんだぞ」  ふてくされた君がむくれているのに、貴方は何も言葉を紡げない。あれだけきれいだと言ったのに、こうして肉塔を立たせる君のなんとあでやかだろう。妖艶な桜の化身が、世俗的な欲を纏うとこうも人をそそるのか。  何と言ったらいいものか。きれいとは程遠く、だけど吸い込まれるほどに美しい。  人としての欲を発露させつつも魅力へと昇華されている。  だとしたらやはり、こう言うしかない。  ――――きれいだと。 「あ、あぁ?! 人の股間を見て、何言ってんだよ。きれいなわけねえだろうが……」  幻想的な君を、肉の赤が人にしてくれる。それを説明したとしても、きっと君はわかってはくれないだろうけど。間違いなく君は、貴方の大事な宝物だ。  だけど、君が見せるべき赤はそこではない。  貴方が君の腿を持ち上げると、丸い尻が見えてくる。睾丸で隠されていたさらなる秘部を拝見するため、君の足を立たせていく。 「お前……今度おれのことかわいいとかきれいとか言うと、もう今日は無しにするからな……」  などと君はくぎを刺すが、その言葉を守れる自信が貴方にはない。  何故なら、肉厚な二つの半球から現れたそこは、さらなる赤にうごめいていたのだから。  すでに男を知っているつぼみではあるが、彩るは肉塔と同じ欲望の色。開花にはまだ至っていないのだが、貴方のような虫を引き付けるに十分な色香を芬々としている。  雄々しくもたくましい巨木の付け根に隠された、楚々としたつぼみ。これから貴方に食い散らかされて開花する器官として、運命づけられたかわいそうなつぼみではあるけれど、それを君は悔いてはいないだろう。  月光はたなびいて、君の白に濃淡を作り出す。自身の赤をさらされる君がもの言いたげに窓を見やるけれど、貴方はそれを意に返すことはない。  だって、こんなにきれいなのだから。 「じっと見てんなよ……やるなら、早くしろ」  少々ぶっきらぼうな物言いが君の興奮と羞恥を雄弁に物語っていた。欲望の色二つから秘匿のベールをはがされた君が、今度は貴方で覆い隠してほしいと希う。  両手を広げて、花びらの絨毯へとご招待。への字に曲げた口で感情を押し隠し、白虎の体は貴方に向けて開かれる。  そうされてしまうと、貴方に逆らう力はない。まさに蜜に吸い寄せられる蝶のごとく、君にのしかかる。  すぐさま花びらに抱かれ、君の抱擁好きもたいがいだなぁと貴方は苦笑するのだ。 「……ん。まあ、お前は抱きやすいしな。小さいし、柔らかいし。触り心地もいい」  なんて言いながら貴方の背中を撫でさする。対して貴方も虎の首筋に顔をうずめ、口づけを残していく。毛皮の下に隠れてしまうけど、君は貴方のものだという独占欲の証をこれでもかと吸いつけていった。 「んぅ……おま……誰かに見られたらどうすんだよ……」  構うものかと、貴方は態度でそれを示す。君はそれ以上の言及は控えたようで、いくつもの爪痕が残る貴方の背中をそっと撫でるだけだった。 「まあおれも……人のことは言えねえけどさ……」  こうして抱くたびに、君は貴方の背中に爪を立てている。知性ある動物としてきちんと処理はしているのだけど、虎としての力を前に痕跡を残さないということは不可能だった。 「今日は、気を付ける……」  どうせ無理だろうと貴方は思っているけれど、それをおくびにも出さない。君が抱擁を好いている限り、なくなることはないだろう。  すでに君らの熱は股間部を中心に集まり始めている。  熟れていく感覚は欲を高ぶらせ、結合を求めて次へと行動に移らせる。貴方は腹部で感じているだろうが、君の花芯から漏れる甘露がねっとりとこすりつけられて広がっていく。  入れると貴方が前置きをすると、君の巨躯がびくりと肩を震わせる。  興奮と期待に不安を織り交ぜてドロドロとした感情が、君の瞳によく表れていた。気持ちよくって、雄としての矜持をなくしてしまいそうな不安。だけど、大好きな貴方と一つになれる喜びが、はらはらと胸へと降り積もっていくのだろう。  貴方は硬くそそり立つものを君のつぼみに当て、目線を合致させた。  君がゆっくりと頷く。背中に回した手がきゅっとして、緊張が走った。  これは今日もひっかかれるだろうと、貴方は確信に近い予感を感じ、それでも行為を進めていく。ここまで来てやめるだなんて、それこそ野暮というものだ。 「……ぅ」  君のつぼみで貴方を感じる。少し押してやれば、物欲しそうにうごめくつぼみは簡単に開花していきそうだ。  熱く煮えたぎるような鉄心を、欲望の赤で感じる君の興奮はすさまじく。その肉食の相貌を喜色で満たしながらも、貴方に悟られまいと口を噤むのだ。 「ふぅ……ん、はぁ……。あちぃ……ああ、これが、おれの中に……」  うわごとのようにつぶやく君の、理性の堤防は早くも決壊寸前だ。何度かの逢瀬ですでに貴方を雄として迎え入れるようになっていたのだろう。こうして鉄心を押し当てるだけで、君の体に喜びが花開く。  その時になって、いざ一つになろうかという段階に至ってようやく、貴方は気が付いた。  桜の化身もかくやと評すことに忌憚がない貴方ではあったが、君を満開にするために必要だったのは貴方だったのだ。  こうして貴方と触れ、つながる時になって、君の魅力は満開に花開く。  月明りが満ちる中で静謐に揺蕩う君が、貴方を求めて満開の花を咲かせていく。  顔を上げれば、君の笑う顔が見えるだろう。強情な見栄を脱ぎ捨てた、本来の柔らかさで。 「……なあ、入れてくれよ?」  君から出たとは思えないほど淡い声音は、まさに花びらのよう。欲望が花開いた君からは、はらはら、はらはらと、蠱惑的な魅力で花吹雪が舞っていた。  平時粗暴をたしなめられる君が持つ夜の顔はそれこそ、水面に映る月を思わせる。暗くて底が見えない夜なのに、やさしい光が揺れるのだ。  だけどそれは、わずかな振動でぶれてしまうほどに脆くて。  貴方が鉄心を突き立てるとすぐさま消えてしまうほどの、つかの間の、あはひ。 「――――っあ、んあぁっ!」  君の太い首から出たとは思えないほどに甘い声が、滾々と湧きいずる。  貞淑を脱ぎ捨てて淫蕩にふける夜の顔を独占したくて、懸命に腰を押し付ける貴方は水面に映る月を掬おうとする愚者のよう。だけど止まらなくて、奥へ、奥へと突き立てる。  掬えやしない。だけど、ゆがんでいってしまう。  君の顔は、泣いているような笑っているような、どちらともつかない感情のるつぼと化して。先ほどまであったあわひが波打って消えていくのがわかる。 「ふっくぅ……っはっは、っはぁ……」  断続的な呼気で圧迫感を中和しようとする君に汗が浮かんでいく。苦しい、だけど嬉しい。ないまぜになった感情を乗せて、眉間にしわが寄っていた。  吸いつくつぼみが窮屈そうで、貴方は無理させたのではないかと胸中に暗雲が立ち込めた。すでに水面の月は陰り、君は荒く息を吐くだけ。  ああ、だけど君はとてもやさしいから、その口は三日月を描いて泰然と笑うのだ。   「なに、心配そうな顔してんだよ。いつも、言ってんだろ……おれは強くて頑丈だから、お前がなにをしようと、っも、ちょっとや、そっとじゃ……かまわねえんだよ」  そうだ、だから君は貴方を受け入れる側に回ってくれているし、格好悪いところを見せたがらないのだ。犯されてよがる君を格好悪いだなんて貴方は全く思わないけれど、君はいつでも貴方を守ろうとする。  陰ったわけではなかった。君は、いつだってこんなにも柔らかい。 「ほら、早く続きをしようぜ。……まあ、なんだ、慣れると悪いもんじゃねえからな……この立ち位置も……」  照れ臭そうに頬をかく君の、なんと愛らしい事か。  貴方を悲しみに暮れさせる暗雲は晴れ、心は春を謳歌する。  いつだって貴方の春の中心には桜がいる。白くて縞模様の、貴方だけの桜。  発破をかけられて、貴方はゆっくりと進みだす。窮屈なつぼみを超えれば、そこは煮えたぎった君の中。 「んんっ! はん、ぜんっぜん平気だっての……」  強がりだなんて百も承知。その心遣いが何よりもうれしい。  君の中は熱くて柔らかくて、貪欲に貴方を求めていた。  うっすらと汗をかいた君が輝くように毛を揺らすのに、こんなにもきれいな君の中はやはり欲でうごめいている。奥に欲しいのだとつぼみが収縮すれば、それに応えて腰を近づけよう。  今、君と貴方はひとつになっている。互いの熱を直に触れ合って、興奮が伝播していく。 「……っはぁ! あ、くぅ……最後まで、入ったか……?」  貴方がこくりと首を振れば、君は満足そうに笑う。上気した顔には妖艶な色香がたき付けられていて、牙の光沢が艶めかしいのは多くの唾液が溜まっているからなのだろう。  背中に回された手が緩められ、貴方は解放された。手をついたまま胴体を上げれば、覆いかぶさる君に影が差す。  いくら君のことをきれいだと思っても、ここから先に言葉はいらない。いや、伝えることができない。  情欲は濁流のようで、感情が飲まれる狭間、君は雄の香を強めて流されようとしていた。  きっとまた情けないところを見せるのだろうと、君は理解している。少しだけ目線を泳がせてわずかな逡巡、そして決意を決めて貴方に。  好きにしていいのだと、雄弁に無言をくれた。  感情の防波堤はすでに数秒と持たない。どちらもそれを分かっていて、だけど、気持ちだけは伝えたかったから。  君と貴方は、視線を絡ませて舞い踊る。はらはらと、はらはらと。  ゆっくりとそれは、笑みの形をとって。  そして、貴方の腰が動き出す。 「――――っあ、あっあぁ! んぅっ!」  奥へと進んだ鉄心が、今度は入口へと引き返していく。こじ開けて緩めた柔肉を蹂躙の証として、粘液をこすりつける。  臓腑が引きずり出されるような感覚に、君は愛しさを感じているのだろう。まろび出る声は艶やかで、君という雄性に隠された被食的性質がむき出しになっていく。 「んふ、ぅんんんんんっ!」  弱いところをえぐられることが、これほどまでに気持ちいいなんて、君は知らなかったに違いない。未知の感覚に翻弄されて、はらはらと牙の隙間から漏れていく。  流されてしまいそうな君は必死に身をこわばらせているというのに、強直ときたら鈴口を乾かす気配がない。水滴が膨れ落ちていく様は朝露を思わせるが、粘性高いこれがそんなにきれいなものではないと君なら言うだろう。  だけど、貴方にとっては君が喜んでくれている証に他ならず、甘露を乞うて腰を動かしていくのだ。 「……ひ、ぁ……っぐぅ」  引き抜ける限界までいくと、貴方の幹に甘露がまとわりついて光っているのが目に入る。それは君の中を満たす樹液かもしれないし、貴方から漏れだした興奮かもしれない。  幹に縋り付いてわずかに口をすぼめたつぼみを、はしたないと、そう言うべきであろうか。いや、それをなじる資格など二人とも、もとい、世界中の誰もが持っていない。  好きな人と繋がれる喜びを、どうして追わないなんてことがあるだろうか。君は態度こそ頑なではあるが、こうして喜色を赤に宿すことをためらわない。  ああ、だからこそ、その言葉があふれてしまう。君がこんなにも体で愛を表現してくれるから、葉から落ちる朝露のように滑り出てしまった。  ――――なんて、愛らしい。 「……っ! お、お前、だから、そんな言葉をおれに、言うなって……!」  激高する君には悪いと思うたけれど、貴方の中ではちきれんばかりに膨らんだ飢餓が、内部へと食らいつく。 「――――っんはぁ!」  口ではとがっているけれど、中は熱く柔らかい。もの言いたげな君の視線は鋭さをとろかされ、丸くて小さな耳がへたれてしまっていた。  ここまで来たらやめられるわけがなかった。それに、大きな体を持つ猫がかわいいというのは貴方の中ではゆるぎない事実だ。それを責められるのも酷な話ではある。  まぐわいは加速して、君の中を何度も何度も穿ちこじ開ける。二人ともに発汗が止まらず、涼し気な月明りなんて何の役にも立ちはしない。  君の太い足を持ち上げ、巨体を丸めるように。猫科の君は思ったより体が柔らかいから、体重を乗せても大丈夫だと貴方は知っている。 「んがぁ、あ、あぁ……ひうぅ……」  あんなにきれいだった桜のごとき君も、こうなってしまえば甘える猫と大差はない。切なそうにゆがんだ目からは落涙が、そそり立つ肉塔から甘露が。君という剛勇がただただ快楽の奔流によって散らされてしまう。  それでも、君が甘んじて受けているのは貴方のことが好きだから。こうして貴方が一生懸命に腰を振っている姿を見ると、愛しさが膨れ上がってくる。  好きだと、口からこぼしたのはどちらが先だったろう。  互いの感情が高ぶって混ざり合い、世界が二人だけに閉じた合図でもあった。 「す、好きだ……おれも、おれも……」  息も絶え絶えに君が言い、快楽のまにまに嬌声に乗せて絞り出す。  長くて細い尻尾は君に縋り付き、すり寄って甘える猫そのもの。  そして、君の腕が貴方をからめとり、引き寄せる。  以前は花びらの絨毯と称されるほどにほのかな輝きを帯びていた君の体は、今や汗によって暴かれた下地の筋肉を強調するだけ。まさにむくつけき大男の体以外の何物でもなかった。 「ああ、もっと……もっとぉ……」  君を守っていた理性の壁はすでになく、貪欲な性が獣欲を喰らわんと走りだす。  貴方の背中に爪痕を残し、今日もまた、新しい痕跡が残るだろう。 「ふぁ……くぅうん……」  胸に抱きとめた貴方に頬ずりをする君に、理性というものはみじんも残されていない。きっとまた後で恥ずかしがるのは目に見えているが、こうして素直な君を見れるのも貴方だけの特権だった。  二人は肉という肉を触れ合わせ、まさに蠢くひと塊の欲望と化している。静謐は破られ、甘美な雰囲気は霧散し、強欲の命ずるままに互いを求め続けた。  絡み合ってどこまでも高みへ。君たちは一本の木のように。 「あっあっあっ……んあああぁっ!」  上ずった嬌声が合図となって、君の中の快楽が開花する。  それは受粉の開幕を告げる音であり、君が突き抜けるまでのカウントダウン。  今まさに、君の体から欲望が解き放たれようとしていた。貴方は盛り上がった胸に顔を乗せたまま、それでも二人の間で快楽を膨れさせていく。  そして、強直が君の中で雄性を根絶やしにした後、内部がひときわ大きく蠢いた。 「いく、ああ、いきそう、だ……! お、おれ……おれぇ……!」  猛獣の爪を貴方の背中に突き立てて、君は切ない声を出す。痛みは当然あったけど、興奮が冷めるまでは隠匿される些事だ。嘆くのはすべてが終わってからでいい。  君に貴方を気遣う余裕はなく、下腹部で感じる熱に浮かされるばかり。絶頂へと押しやられるたびに、体裁を取り繕うことなど忘れてしまった。  雄の体が孕まないということは、二人だって知っている。だけど、行為に耽溺している間くらい、それを信じてもいいのではないか。貴方の種はきっと結実するはずだと根拠もない空想を追って、君の中に種をまこう。 「中に、だしてぇ……お前の、種……で、満たしてくれよぉ……」  内部から他者の熱を感じることに、君は喜びを感じるようになっている。甘えるように、媚びるように。だけど優しく。君は貴方を求めていた。  洞の締め付けは貴方を高みへと追い立て、両者最果てへと至るのにもはや一刻の猶予もなかった。君は行為が終わってしまう前に、貴方の種を欲して体を淫靡に躍らせる。  何度目かの交尾を経て、君の体は受粉を願うように変わっていた。貴方という愛しい人とのつながりを深めるために、獰猛であった肉食獣の君は妖艶な桜の精へと化生したのだ。  搾精器官は貴方にまとわりついて離れず、おねだりを欠かさない。君が射精間近ということもあり、中は懸命に種をもらおうと頑張っていた。  だが、それには及ばない。貴方もすでに、限界だったからだ。  君の深部へと打ち込む過程で、荒い息が聞こえるだろう。どちらの物かもわからないそれは、言い換えるならどちらの物でもあるということでもある。 「あ、い、いきそうか……? なら、おれの、な、かでぇ……んっ、出していいんだ、ぞ……」  上限を察知した君が乞いねだる様の、なんと愛らしい事か。上気した顔に心底幸福そうな笑顔を浮かべ、普段の威圧感を覆い隠しているではないか。貴方に傾倒しているがゆえのふるまいは、睦事でしかお目にかかれないありさまだ。  いつもこうならばいいのに、とは貴方も口には出さない。普段の頼りがいのある君も、もちろん好いているのだから。  だから、ベッドの中でしか見られない君を存分に堪能しよう。  思いっきり腰を打ち付け、二人して高みへ。 「んぅっ! ひ、いくっ! ああ、いっちまうぞっ! ぐがああぁぁぁっ!」  瞬間、君が締め付けるはこれまでにない強さで、貴方はつられて引き上げられてしまった。  鉄心から子種が噴き出し、君の中にほとばしる。  君からも種がほとばしり、二人の間に広がっていく。せっかくの毛皮が台無しになっていくのが感じられるのだが、それにかまうだけの余裕が君らにはなかった。 「出てる……! お前の種が、おれの中にたくさん……!」  貴方を強く抱きしめる君から、恍惚とした声が降ってくる。その間も両者種を巻き続け、君の中は貴方で埋められていく。  射精の瞬間は短く、鎮静が二人の間に舞い降りる。残滓だけが鼻腔をくすぐり、貴方の種はすべて君が飲み込んでしまった。  君が吐き出した種は雄であることを鼻に訴えかけているのに、注がれて破顔するさまは雌であることを受け入れているようにしか見えない。こんなに大きくても、君は貴方の雌なのだ。  だからというわけでもないのだが、体を起こして口づけを送ったのは貴方の方だった。まるで番をいたわる仕草ではあったが、君は不快に思うこともなくくすぐったそうに受け取ってくれた。 「ん……よかったぞ。なんか……やるたびによくなってるような……。おれが開発されてきたかなぁ……」  複雑そうな顔しているが、まんざらでもなさそうだ。君の大きな手のひらで貴方の頭を包み込んで撫でてくれた。  鼻面を押し当てるような簡単な接吻を幾度も繰り返し、確かめ合った愛情に感謝するような時間が緩慢と流れていく。  このまま睦言へと進行し君と親交を深めたいのはやまやまだが、出された子種は早く洗わないと毛皮に絡まったまま乾いてしまう。せっかくの君のきれいな毛だというのに、それはひどくもったいないと貴方は思っていた。  残念ながら貴方に君を持ち上げるだけの力はないので、君をせっついて浴場へと急がせる。おそらく背中に染みるだろうが、貴方にとって君の方が大事なことだから構ってはいられない。 「あー……」  だけど、返ってきたのは気の乗らない返事。いつもなら二人して洗いあいに行こうと積極的なのに、なぜか胡乱げな様子で動こうとしない。  疑問符を浮かべる貴方を、君は腕の中に押し込んだ。硬い肉体に押し付けられ、君はなすすがまま。 「まあ、もうちょっと、な……」  ひょっとして、貴方は気をもんで、君の体調が悪くなったりしたのだろうかといぶかった。無理をさせてしまったのではないだろうか、そう考えると自然と申し訳ない顔になってしまう。 「ちげぇよ! だから、な、その、あーっと……」  花が散るように、虎の顔に散らばる朱色。欲望の色よりずっと淡く、君をまあるく見せるたおやかな色。  紡がれる言葉はとぎれとぎれだったけど、その音色には確かな穏やかさがあった。 「……せっかく注がれたのに、動くのは……もったいねぇなって……」  思わず虚を突かれてしまったあなたの顔は、きっと呆気にとられたものになっていたのだろう。君は目線をそらして、だけど腕は固めたまま。  ぎゅぅっと、君は貴方を抱きしめる。 「お前に、春が来たって言われた時、すげぇ嬉しかったんだ」  滔々と紡がれるのは、さきほどの答え。その続きを、君は夜半の穏やかな時間に物語るような音色で教えてくれる。 「あの時はうまく言えなかったけど……やっぱり、おれにとっても、お前は春なんだ。でも、春って感じじゃなくて、なんつうか、稲妻みたいな。お前を見た瞬間にびびっときて、ああおれはこいつと一緒にいたいんだって思った。好きになったんだと気づいたのは、そのあとのことだ」 「春が来たって言うけれど、おれにとってそれは春の稲妻だった。暖かくて、でも、身を焦がすような。お前だからおれは受けに回ってもいいと思ったし、お前だからこんな格好悪いところを見せられる。お前は、おれにとって大事な、大事な……人なんだ。 「一挙一動がまるで雷だ。お前はおれをいつだってしびれさせる。おれにとってお前はまさに春雷、そのものなんだ。愛してるぜ、おれの愛しい春雷」  胸に渦巻いていた感情を吐き出さんばかりに、一息で君は言い切った。一陣の風が駆けぬけると、気恥ずかしさと喜びが貴方の心に春を告げる。  そして、得意気な顔を月光で照らせば、白い毛皮が追従して笑う。 「どーだ、恥ずかしいだろ。言ってるおれも恥ずかしかった。……まあ、嬉しかったけどな」  行為後の淑やかな時間は君から羞恥を隠す月明りのベールだったのだろう。でも、魔法はもうほどけていく。君は慣れないことをしたという自覚に追い立てられ、羞恥が滾々と湧き上がってきた。  ややあって平常時に戻った君は、虎の顔をふいっと明後日方向に向けてしまった。恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、口元がわなないていた。  恥ずかしがるくらいなら言わなければいいのに、と貴方も思ったのだが。君からもらった言葉は宝物のようにきらめいていたので、大事に胸にしまっておこうと決意する。 「なあ、風呂場は、あとでいいだろ……?」  つながったままの君は、このままでいようと進言する。腹部に宿った貴方の種は、確実に君の中で息づいている。芽吹くことはないかもしれないが、きっとそれは、君にとっては何よりも大事な時間なのだろう。  目線はそらしたままだったけど、この時間を大切にしたいという思いは受け取ったから。貴方は力を抜いて、君の胸板を枕にしよう。  はらはらと、君の視線が落ちていく。  貴方に向けて、恥ずかしさで真っすぐにはいかず、まるで花びらのように舞い落ちて。  紆余曲折を経て、君の視界に貴方が映り。  そして君は、月明りを浴びてうっすらとほほ笑むのだ。  優しくて、頼りがいのある桜の化身として。貴方の大切な、恋人として。 「もう少しだけ、お前を感じていたいんだ」 ****  案の定ではあったが、風呂は貴方の傷にしみた。背中を拭いてくれる君がしょげた顔をするので、貴方は何と言ったものかと考えあぐねていた。 「わりぃ……またやっちまった……」  蛍光灯で満たされた室内では君に桜の化身の面影はなく、悔恨に打ちひしがれるかわいい猫でしかなかった。長い尻尾もひげも力なくしおれ、貴方の背中からやさしく水滴をぬぐっていく。 「そろそろ手袋でもするか……さすがにずっとこれじゃあ痕が残っちまう」  できれば避けたいところではあるが、貴方は別にそれでもかまわないと思っている節がある。痛いことが好きというわけではなく、君との逢瀬を経た勲章のようなものだと感じてしまうのだ。  だけれども、毎回君にそんな顔をさせるのは貴方の望むところではない。次には何か手袋でもプレゼントしようと画策していく。  貴方の背中に刻まれた君の爪痕。それはまるで、ああそれは――――  君を振り返って一言、貴方は言うだろう。君の恥ずかしい記憶をほじくり返すように、君からもらった春をかみしめるように。  ――――でも、稲妻みたいじゃない?  一瞬だけ君は目を丸くして、そしてすぐさま毛を逆立てた。きっと君は絶対手袋を買うぞと誓ったことだろう。なんてことはない、貴方は君の春雷、それだけの話だったのだ。  そう思うと、やはり背中の爪痕も悪いものではない。貴方はほくそ笑み、君から照れ隠しの睥睨をもらう。  そして君は貴方にのしかかる。巨体に耐えかねベッドへと倒れる二人は、白い海に波を立てた。  波間に揺れる貴方の耳元で、君は春を吹く。温かくて優しい、貴方にとっての春を。 「……愛してるぜ、おれの愛しい春雷」  どういう心境か、君はこんなにも愛をささやいてくれる。さんざん睦言をしたためたせいか、感覚が鈍麻しているのかもしれないし、ひょっとして、仕返しの気持ちもあったのかもしれない。  でもそれでいい。ここには二人しかいないのだから、存分に春を謳歌することになんのためらいがあるのか。  だとしたら貴方も胸で膨らむ感情に身を任せ、君へと春を返そう。波打つ白亜に沈み、夜へと身を投げるのだ。  二人は身を寄せ合って、眠りの淵へといざなわれる。貴方は君の毛皮に埋まり、白に挟まれて溶けていく。  まどろみはやさしく、貴方と君に幸福を送る。二人一緒に、いい夢を。  寝息の安らかなることが、貴方たちの未来を暗示しているかのようだ。  きっと、明日も二人は幸せなことだろう。


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