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青領巾鮫冷は目立ちたい(予告編)

「おれも、出撃させてください!」  大きな言葉が室内に反響した。  声の主は普通の人なら羨望を投げつけるほどの筋肉と、普通の人ならまず引いてしまうほどの無数の傷を持った鮫の男だった。  彼が所属する組織、ヒーロー本部の中でも上位に位置する背丈から発せられた音声には懸命な色が宿っている。 「お願いします! 殺さないように努力する! 味方への被害だって出さないようにする! だから、どうかおれも出撃させてください!」  鮫の男は首輪にビキニという格好で、向かいにいる人に懇願を投げ続ける。  今回は大掛かりな作戦だ。ヒーロー本部はこれまで捜していたとあるヴィラン組織の尻尾をようやくつかむことができた。  ならば、あとは攻め込むしかない。本部に所属する歴戦のヒーローたちの武力をもって、悪を制圧するのだ。  しかし悲しいことに、頼み込んでいる彼――青領巾 鮫冷は今回の作戦に入れなかった。  あれだけ立候補したのにも関わらず、本部は彼にこの任務は向いていないと判断した。  自分にだって、できることがあるはずだ。そう信じて、彼は直談判という手段に訴えた。  これまで組織に従順で唯々諾々としたがっていた彼が、こんなに頼み込んだことなんてなかった。  そんな彼が、ここまで頭を下げているのだ。 「お願いします!」  必死な音が部屋に響き、そして―――― **** 「まあ、そんなにくよくよするなって。次にいい見せ場がくるって」  本部の中にある食堂の一角、そこで緑のわにが鮫冷を慰めていた。大量の食事を食べながら。 「っていうかさすがに、理由を聞かれて『目立ちたいからです!』って言ったらそりゃだめだろうとも。しょうがないって。あのガドーナも今回はメンバーに入ってないからな」  丼を喉に流し込みながら仁鰐 交牙は言う。作戦に抜擢されたわには英気を養うためだと理由をつけて、こうして飯と酒に明け暮れていた。  そりゃあの目立ちたがりの性格で潜入工作とか絶対に無理だろうとも。できることは人目を引き付ける囮役くらいだ。  なんて思考を目線に乗せて鮫冷はジト目でわにを見る。  それに、入っていないのではなく辞退したということも、鮫冷はよく知っていた。彼は目立ちたがり屋ですぐに格好つけて無茶をするが、その分自分のコンディション把握に長けている。おそらく、前にこの島で起きた騒動での疲労がまだ回復していないのだろう。  医者からはエネルギー枯渇症――廃人に近かったと診断ももらっている。しばらくはこの島でエネルギー温存をするつもりだと、本人も言っていた。  エネルギーは感情に直結している。それが枯渇するということは廃人になるということと同義。能力の使用に必要なそれを、前回の騒動で消費してしまったのは仁鰐も同じだ。 「ってそんなのはわかってんだよ。あいつと違って、おれはエネルギーがあって、まだ戦えるのに……」  持ってきたコップには沈鬱な顔が映っている。いかつい鮫の顔に悲哀を乗せて、やりきれない思いを溜息として吐き出した。波打ってゆがんだ彼の顔は、泣いているようにも見える。  それでも鮫冷は自分の能力の使い勝手の悪さをいやというほど知っている。  『紺血の寵児』――触れたものすべてを溶かす自身の青い血液を操る能力。しかも、他の生物の赤い血と混じると紫の毒になるおまけつきだ。ごくごくわずかでも致死量へと至るこの能力は、本部から『凶悪指定能力者』という烙印を押された危険物として扱われている。  悪の組織への攻撃は内外を問わず激しい戦闘になるだろう。その時、彼から噴き出した血が、ヴィランだけでなくヒーローをも殺してしまう。彼の血はすべてを溶かしてしまうのだから。  そんなことはわかっている。それでも、彼はヒーローとして戦いたいのだ。 「お前はいいよなぁ……使い勝手のいい能力で……」  思わず恨めしい声が牙の隙間から漏れてしまうが、眼前のわには朗らかに笑うだけ。  仁鰐はがつがつと飯を喰らっていくのに、彼はどうにも箸が進んでいない。 「そーだろそーだろ! おれの『抜錨砂漠船』は籠城戦や攻略戦にはもってこいの能力さ。触れるだけで地面が砂になるんだからな。壁も、窓も、金属も! 建物に攻め入るなら、おれを外すなんてまずありえないんだなぁこれが! がーっはっはっはっ!」  騒動後に完全回復していないにもかかわらず駆り出されたため、特別ボーナスが支給されたわにはとてもうれしそうだ。  張り出した腹をたたいて気分の良さをこれでもかとアピールしてくる。お前は狸かと鮫冷は突っ込みたくなったがやめた。  ダイエットからほど遠い精神性を持つこの鰐に、いくら腹のことを言っても無駄なのを理解している。それに、そういうのもまた、あの島では需要があることも。 「ふーん……」だから、気乗りしない声音で返答するだけにとどめた。調子に乗らせて自慢話を聞きたくもなかったというのもある。 「でも、単純な対人戦闘ならお前の方が得意だろうな。……まあ、やりすぎてしまうってことは否定しないが」  血が肌に触れれば毒になって死ぬ。こんな能力で狭い建物で戦うなんて、それこそ殲滅を主としない限りありえないだろう。 「っお、誰かと思えば身の程知らずじゃねえか」 「ヒヅメ、その言い方はよくない」  嫌な声を聞いた。鮫冷が首を回すと案の定そこにいたのは白と黒の熊だった。  こげ茶色のツキノワグマは筋骨隆々で、鮫冷と並んでもいい勝負だ。目つきの悪さでもいい勝負であり、これらを活かしてヒーローの営業ではプロレスのヒール役もしていたりする。ヒヅメ=ノイエン、誰彼かまわず喧嘩を売ることで有名な、ヒーロー『リジーブラス』本人だ。 「悪い。ヒヅメは今度の作戦に参加できるのが楽しみではしゃいでいるんだ」  こちらも毎度おなじみでヒヅメの後処理をよくしている。ヒヅメと同じくらいの体格を持ち、並ぶと壮観であることから一緒の営業が多いと聞く。暴走しがちなヒヅメを抑えることになれた口からは謝罪がすんなりと出てきていた。  ウルス=ブランケット、こちらもヒーロー『グリッジメンド』として、結構な人気を博している。ヒヅメとは違い必要最低限のことしか話さない性格で、どこか包容力を感じさせる雰囲気を持つ白熊だ。  どうやら食事のタイミングがかぶってしまったらしく、二人は山盛りの肉を乗せたお盆を持っている。普通の人なら見るだけで胸焼けしそうになるが、戦うための肉体を維持するのはここにいる全員の務めだ。 「でもよぉ、こいつみたいな周りに害を及ぼすような奴が一緒の作戦なんて、ウルスも嫌だろ?」 「そんなことはないぞ。前回の騒動では活躍したそうじゃないか」 「あーあ、おれもその場にいればなぁ。試合で島を離れなきゃあの牛より活躍できたのに……」  ヒヅメが悔し気に舌打ちをする。顔の凶悪さから子供が見たらまず間違いなく泣くだろう。  ヒヅメとウルスはヒーロー営業の一環としてプロレスに参加することが多い。スーツもそんな彼らに似合ったものになっており、界隈では人気選手として通っている。  このこげ茶色の熊は何かにつけてガドーナをライバル視しており、よくちょっかいをかけているのを見かけることができる。もっとも、ガドーナの性格から目の敵にされないということはありえないので、そういう人は意外と多い。 「次の作戦じゃおれが活躍するんだ。お前らは引っ込んでろ」 「なんだと……」  さすがに鮫冷もいら立ちが尻尾に出てきた。団体戦に向いた能力じゃないのは自覚しているが、ここまで言われて引き下がれるわけがない。 「大体、なんでデブワニまで参加するんだよ。お前、エネルギーがすくねえだろうが。もっと体をいたわれってんだ」 「がーっはっはっは、お心遣い痛み入るが、おれなら全然大丈夫よ!」 「今度の作戦はあの『悪逆正道の七人』(バッドセブン)が絡んでるんだ。万全の状態にしとかねえと死ぬぞ」  そして次にギンッと座った鮫冷をにらみつける。上等とばかりににらみ返し、両者の間に火花が散った。  そのにらみ合いだけでも気の弱いものならすぐに逃げ出してしまうだろう。やはり、ヒーローよりかはヒールのほうが似合う。と、隣にいるウルスは鮫冷を勧誘できないかとこっそり考えていた。 「お前も、前の騒動で活躍したんならエネルギーが少ないはずだろうが。そこも踏まえて司令はお前を外したんだ。そこんとこ理解しろよな。怪我でもされたら困るんだ。前の騒動でこの島が人手不足なのは知ってるだろうが」 「それはつまり、おれはヒーローなんてやらずに、ずっと腰でも振ってろってことか?」 「違う違う。ヒヅメは君のことが心配だから、無理はしないようにって言ってるんだ」 「はあ?!」  ウルスのフォローに鮫冷の目が点になる。  なんだその無理のある解釈は。と思ってヒヅメの方を見ると、本人は顔色一つ変えていない。 「当たり前だろうが。焦ったら失敗する。おれがリングでもよくやることさ。リングならまだいいがな、ヒーローだとそれは致命傷だ。実戦経験が少ないくせに、こんな難しい作戦にいきなり参加するんじゃねえよ。まずはおとなしく討伐依頼からでもしてろ」 「……そうだった。こいつは言葉がきついだけで言ってることは普通なんだった」  それでも痛いところを突かれるとついカッとなってしまうのだが。鮫冷は額に手を当てて、深呼吸をする。  焦っていることは自覚していた。鮫冷は目的のためにと、遮二無二かまうことない視野の狭さを改めて思い知る。 「おい、デブワニとバカサメ。参加するのはいいが、すぐに後ろに引っ込めよ。デブワニは道を作るだけでいい。あとはおれらの仕事だ」 「そうだ。さすがに二連続で作戦に続投するのは体が心配だ。無理は絶対にしたら駄目だぞ」 「はぁ。それなのになんだよその量は。これから大事な任務だろうが。ほれ、肉を食え、肉を」  ヒヅメが勝手に肉を仁鰐たちの皿にのせていく。おまけにと言わんばかりにウルスも参加すると、仁鰐たちの皿はすぐに肉で埋まってしまった。 「いいか、おれらの足を引っ張らないためにも、きちんと食べて、休んで、英気を養っとけよ。お前らは弱っちい体してんだから、せめて肉を食っとけ」 「肉弾戦には不向きだから、怪我には気を付けるようにってことだ」 「じゃあな。作戦前に気が変わったら、いつでもやめろよ。そんな気持ちで参加されても迷惑だからな!」 「気の迷いは致命的だ。リングでも、戦場でも。では」  罵倒なのかいたわりなのかよく分からない言葉を好き勝手に投げて。巨体熊二人は去っていく。巨体が多いヒーローのために広くスペースを空けているはずなのだが、それでもあの熊二人には狭く見えるから不思議だ。 「結局心配してくれたってだけだったな……」  ヒヅメの方はいつもあんな感じで騒ぎ、ウルスが追従したりフォローしたりといった関係性だ。それぞれコンビとして支えあっているというのは鮫冷からしたらうらやましい限りだ。  それでもどっと疲れたのだが。なぜあいつは普通に心配できないのか。 「いつもの事だろ。あいつだってヒーローなんだから、根っこの部分はお人よしさ」  仁鰐は気にした風もなく丼をがっついていて、もらった肉と一緒に米を流し込んでいる。  そのメンタルの強さがあればなぁと、鮫冷は肩を落とした。  確かに自分は実戦経験が少ない。この能力は相手をすぐに殺してしまうから。  しかし、それでも訓練はしてきたつもりだ。潜入作戦だってできるはずだ。 「これでも、包帯の扱いは上達したんだ……」  自身の血を編み込んで作った包帯を操ることは、やりすぎてしまう彼が唯一傷つけずに戦うことができる方法だ。しかし悲しいかな、ヒーロー本部の化学技術の粋を集めたとしても、彼の血を固めて量産するのは難しい。  だから破ってしまったらもうまともに戦えないし、そもそも包帯の強度なんてたかが知れている。肉体強化系相手なら、この方法なんてないも同然だ。 「はぁ……」  いくら思考をめぐらせても、自分は最適解にはなりえない。  それを再度理解して、それでも未練がましくため息がこぼれてしまう。 「じゃあ、おれの補佐でもするか?」 「ひえ?」  いきなり垂らされた救いの糸に、つい素っ頓狂な声が漏れてしまった。  思わず身を乗り出してしまった。机が重さに悲鳴をあげたが、かまう余裕などない。  わには空になった丼を置いて手を合わせた後、もう一度、同じ言葉を紡いだ。 「おれの補佐でもするかって。白尾にだいぶやられちまったし、まだ本調子じゃねえんだ。そんなことを狙われたらさすがにまずいし、誰か護衛でもほしいなーって思ってたんだ」 「い、いいのか……ほら、おれの血ってあぶないだろ……。護衛って一番向いてないんだが……」 「なんでそこで及び腰になるんだよ。ここは押すところだろ。おれならいけますって」  自分の能力に自信がない鮫冷に対し、わにはその鼻面にデコピンで気合を入れる。「あでっ」とうめいた鮫冷は、鼻面をさすりながら涙目になっていた。鼻は弱いのだ。 「これでもおれは評価してるんだぞ。じっと出撃命令を待つだけだったお前が、こうして直談判にまで持ち込んだ。変わろうとしてるってことだろ」  わにの口がにんまりと上がり、対照的に鮫の口はぽかんと開いたまま。まさか褒められるとは思ってなかったのか、それとも、自分の行動の意味に気づいていなかっただけか。  そんなことに考えを巡らせるわけでもなく、わにはただ自分の感じたことだけを言う。 「そういうやつは好きだぞー。目標のために努力する奴は未知を求める開拓者と言ってもいいと思う。新しい地平に旅立ったなら、ぜひともおれにその心を教えてほしいものだ」  そしてわには腹八分目のデカ腹をたたいて一言。 「おれはほら、努力とは無縁だから」  よく言う。鮫冷はいけしゃあしゃあと言い放ったこのでかぶつに対して、嘆息を禁じ得なかった。  仁鰐は典型的な努力を努力と思わないタイプだ。自分の目標のために行動することは当然だと考えており、それを努力とみなしていない。彼の持つ強欲を満たすための行為は、例え訓練であれ努力にはカウントされない。  強欲な合理主義者、とはベルンが彼を評した言葉だったか。彼にとっては遊ぶこともヒーローをすることも、さしたる違いはないのだろう。  人一倍の努力を絶対に見せないプライドを持つガドーナとは対照的だが、鮫冷はどちらかというとガドーナに近い。努力を人に見せないという点は当てはまらないが。  その努力を実らせたいと思うことは、悪いことではないはずだ。  鮫冷はそう信じている。 「だからさ」机の下で拳を握った鮫冷に気づかずに、わには続けた。 「おれの護衛なら許可が下りると思うんだよな。確かにお前の能力よりかは結界使いスリーピングらへんに頼む方がいいだろうけどさ。さすがにあいつは今動けねえだろ。なんたって白尾の独房を維持する必要がある。特殊独房へ移すまでの間は、どうしたって制限されちまう」  洗脳された誰かが白尾を脱獄させることを防ぐために、白尾を封じ込めたスリーピングでさえ隔離されているのだ。もはやだれが敵なのかわからない状況ゆえに、落ち着くまでうかつに彼を動かせない。  もっとも、そのスリーピングが白尾と取引をしていたのなら、どうしようもないのだが。 「頼むぜ。衰弱してるおれを守ってくれよ、ヒーローさん?」  自分が、護衛? 鮫冷は何度も自問し、できるかどうか確認し続けた。  あんな能力で、誰かを守る? 果たしてそれが自分にできるのか。  ――――お前は、立派なヒーローだ。  違う。できるのか、じゃない。やるんだ、おれが。  決意が鮫冷に満ちていき、体にも力が入る。隆々とした肉体が起伏を強める様をわには楽しそうに眺めていた。まるで、調度品を磨き上げたかのような顔で。  鮫の体に流れる青い血が燃えているようだ。彼の決めた目標に向けて、進めとわめいていた。  だとしたら答えはもう決まっていた。 ****  ヴィラン組織というものは得てして反社会的なものだ。そもそも、そうでなければヴィランという名を冠することはない。  今回攻め入る組織も例にもれず、若者を狙った誘拐や能力者を使った非人道的な実験、あげれば枚挙に暇がないほどには犯罪の温床であった。悪行という言葉で片づけるには生ぬるいほどの犯罪行為を行い、非合法の金を巻き上げる。  そんなものをヒーローが許せるはずもない。  かくして突入作戦は実行に移され、ヴィランに逃げる隙を与えることなく拿捕するため、多くのヒーローが動き出した。  ――――そのはずだったのだが。 「あーっはっはっはっ、だーれもいねぇ。これは出し抜かれちまったなぁ!」 「楽しそうに言うな! 大問題だぞこれは!」  もぬけの殻になった建物の中で、仁鰐が笑いながら膝を叩く。敵への賛辞に他ならない行為だったので鮫冷がとがめるものの、どこ吹く風といったところか。  今の二人は食堂でダラダラしていた時とは全く違う。身にまとうはヒーローコスチュームであり、各々の特色を生かしたスーツを装着していた。  仁鰐はトライコーンを被った海賊姿で、背中には愛用のサーフボードを背負っている。もちろん、今回はまじめにコートのボタンを留めている。はちきれんばかりに引き伸ばされているが、そこはご愛敬だろう。やせろと言っても全く聞いてくれないのだから。  対して鮫冷は全身を包帯で包んだミイラ男のような風体だ。ぎょろりとした魚類の瞳と相まって、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。特別製の包帯がにょろにょろとうねり、いつでも敵を補足する体勢にはいっている。  仁鰐の能力で壁を砂に変え侵入した二人だったが、出迎えてくれる敵は無し。どこからどう見ても夜逃げされた後だった。 「さーてどうすっかなー。作戦ではこの後、床をぜーんぶ砂に変えて敵を落っことす予定だったんだけど」 「それで、慌てふためいている間に味方が突入する手はずだった」 「どーこから漏れたのかねぇ。情報規制は万全だったはずなんだが」  仁鰐が手を振ると、後ろに控えていた仲間が落胆の声を出す。すでにオペレーターから全員にここはもぬけの殻だと伝わっている。  ビル群から漏れる明かりで不夜城と化した都会の一角は、夜でも煌々とした光に満ちている。そんな中で彼らが踏み込んだ建物だけは暗く、夜を切り取ったかのようだった。  道を切り開いたらすぐに引き下がる予定だったキャプテンアングラーだったが、誰もいないとなれば話は別だ。持ち前の好奇心を抑える事すらせずに、勝手に奥へと進んでいく。 「待て! それ以上は指示を待って待機だ!」 「まあまあ固い事言うなって。何かお宝があるかもしれねえじゃねえか」 「敵がいたらどうする!」 「そんときゃお前がなんとかしてくれよ。そのための護衛だろ?」 「護衛は身を守るものであって、お前の失態をフォローするものじゃないんだぞ!」 「がーっはっはっ、結果としては似たようなもんさ」  馬耳東風とはこのことか。鮫冷は頭痛を抑えるようにこめかみに指をあてて苦悩をあらわにした。 「でも、誰もいなくたってはいそうですかと帰るわけにはいかないだろうが」 「それはそうだが、お前はまだコンディションが万全じゃないんだから……」 「この中で鍵開けも必要なく金庫を開けられるのはおれかお前くらいだろう? 他の奴らは中身までぶっ壊しちまうかもしれねえ。だから、な? おれらで見つけるのが一番安全なんだって」 「またそういう減らず口を……」  確かに側面だけを砂に変えるか溶かすかできれば安全に取り出せる。が、だからといって勝手に闊歩していいというものではない。  このわにをなんて止めようか鮫冷が考えあぐねている間に、コスチュームに隠れるほど小さなヘッドセットから内部探索班と出口を封鎖する班に分けることが告げられた。  これも海賊の運のよさか、キャプテンアングラーはここぞとばかりに立候補を飛ばす。 「ってわけで、だ。キャプテンアングラーよりオペレーターへ。おれらは内部の探索へと切り替えるぜ。なんかいろいろ任せた」 「はぁしょうがない……。こちらレストレジアシャークよりオペレーターへ。おれは仕方がないからアングラーの補佐に回る。アングラーのエネルギーに制限がかかってる状態だ、何かあれば至急連絡してくれ」  作戦本部に通信を入れて最低限の退路は確保した。「了解しました」と少々機械的な返答をもらい、ヴィラン組織の奥へと進む。どうやら他の面々も探索に切り替えるようで、二人一組を基準にして慎重に調べるようだ。  さあ突入だというところで、待ったをかける声がした。 「っておい! 待てお前ら!」 「悪いが『リジーブラス』、おれらはお宝を探しに行くぜー」  後ろでわめくリジーに口角を上げて返す仁鰐。鮫冷もつられて視線を回転させた。  そこにいるのはヒーロースーツを着た熊二人。こげ茶の毛皮に赤いズボンをはいているのが『リジーブラス』。むき出しになった上半身には月の模様が輝いており、襟にファーが付いたおそろいのグリーンのジャケットで彩っている。腰に巻いたポーチにはヒーロー本部から支給された装備がいくつか収納しているそうだ。 「どうやら意志は固い……か。おれらが止めても聞かなそうだ」  対して『グリッジメンド』もおそろいのジャケットの下には赤いレスリングユニフォームを着ている。ポーチもおそろいの物を使っており、コンビとして設計されているのだとよくわかる。  どちらもマスクマンとして活躍していて、ヒーローとしてプロレスにもよく参加している。もっとも、ヒールとしてだが。  ヒーローなのにヒールとして活動するっていうのはどうなんだろう、と鮫冷は首をかしげているが、考えるだけ徒労になりそうなのであきらめている。  止めても無駄だとわかったのか、リジーが忌々しそうに舌打ちを繰り出した。この熊は何かあるとすぐに舌打ちをするのが癖なのだ。それがさらに誤解を招くのだとわかっているだろうに、やめる気はないらしい。 「っち、身の程知らずが。いいかお前ら、エネルギー残量には気をつけろよ。それからここは狭い屋内なんだから、レストレジアの能力なんて使ったらデブワニなんてすぐに溶けちまうんだからな!」 「はいはい。そんなことは言われなくてもわかってるだろうとも。大体何かあったらすぐに駆け付けるから安心してほしい。ヒーローは呼べば来てくれるものなんだからな」 「そうとも! 悪役っぽく正義を為す! それこそがおれら――」 『『ストロングベアーズ』!』  白と黒の太い腕をクロスさせ、決めセリフを叫ぶ二人。ここはリングじゃねえんだぞと鮫冷がぼそりという言葉も耳に入っていないようだ。  しかし、その姿は堂々としたもので、子どもに話題のヒールとしてプロレス人気に一役買っているだけはある。  またも好き勝手に言って進んでいく二人の背中を見て、鮫冷がこぼしたため息は羨望によるものだった。 「ああ、おれもスポーツ系ヒーローに転身しようかなぁ」 「絶対不許可だろうけどな」 「わかってますよぉ……。怪我でもしたら一大事だからな」  それでもスポーツ系なら目立つ機会も多かったのに。鮫冷は自身の環境を少しだけ恨んで、とぼとぼと探索へと向かった。  内部はいたって普通のオフィスであり、きれいな廊下には清掃が行き届いている。床を歩く音が無機質に反響し、人の気配を希薄にさせた。電気がついていないのはしょうがないのだが、誰か他のメンバーがつけてくれることを鮫冷は内心で祈っていた。  寂しがりやな彼は暗闇をあまり好まない。気を紛らわせるかのように、茶化した言葉を相棒へを放り投げた。 「こういうときの定石は爆弾などを置いて建物ごと侵入者を破壊する方法だな。なので、侵入はあまりお勧めできないんだがなぁ」 「後退したやつらもいるみたいだし、そこは個人の判断さ。リーダーはそこらへん緩いからなー。内部探索班の申請は早い者勝ちなんだから言っとくべきだって。それにおれは爆弾なんて仕掛ける余裕もなく逃げ出したとみるね」 「根拠は?」 「勘だ」 「……もっと信頼できるもんがよかったなぁ」  などと鮫冷がごちるが、たいていの修羅場を勘で解決してきたのがキャプテンアングラーだ。ある程度の信ぴょう性はこれで保障されたも同義である。  大きな建物ではあるが、巨体二人が並んで歩くには少し幅が足りない。鮫冷は仁鰐の前に出ることに決め、保護対象を守る構えになった。 「ここの部屋が怪しい! おれの海賊としての勘がそう言ってる!」 「はいはい」  なんだかつっこむのも面倒になって、鮫冷はわにが指さした部屋へと向かう。  が、ドアにはしっかりと鍵がかかっている。これでは入れない。 「じゃあおれが砂にでもするか」 「いや、それには及ばない。お前はあんまり無駄遣いしない方がいい」  やる気だったわにを制して、鮫冷が前へ。  鮫冷が意識を集中させると、すいっと一本の包帯が扉に近寄っていく。そして、まるでバターに熱したナイフをあてるかの如く、包帯がドアを切り進んだ。  本部特製の技術で固めた鮫冷の血はこうした使い方もできる。なんでも溶かす血液で編まれた包帯は、対象が何であれたやすく切り刻む効果を発揮するのだ。 「はー、すごいな。動かすだけなんだからエネルギー消費ほぼゼロだろ、それ。それだけでたいていの刃物使いより切れるうえに、包帯を変えれば絡めとることもできるのか。意外と使い勝手は悪くなさそうだな」 「……まあ、人は触れただけで死ぬっていう点がすべてを台無しにしてるんだが」  固形の血をむき出しにした包帯では切断を、隠した血は包装を。その使い方は応用を利かせることができ、仁鰐は目を丸くした。 「血を酸にする能力だって聞いてたけど、こういう使い方もできるんだな。訓練の成果、でてるじゃん」 「そうだな、それについては本部に感謝してる。っていうか、それ誰に聞いたんだ。おれの能力は確かにすべてを溶かすし、自分でも酸とか言ってるけど。わかりやすさ重視で言ってるだけで、本当は――――」 「さーて中にはどんなお宝があるのかなー!」 「聞けよ……」  楽しそうに尻尾を振りながら部屋に入るわにに対して、鮫ができるのは届かない声を掛けるだけ。別にそこまで意固地になって訂正することでもなかったので、鮫冷もおとなしく後に続いた。  中はよくある事務室のような場所だった。一見して普通のオフィスではあるが、やはり、いたるところにヴィランの痕跡が見て取れる。パソコンの並んだ部屋を調べていると、出るわ出るわ非日常の証。目を覆いたくなるような実験の資料が乱雑に置かれているのを見て、鮫冷は苛立たしげに舌打ちを鳴らした。  だが仁鰐にとってはそうではないようで、興味深そうに散らばった資料に目を通して、中身を吸収していく。そこに嫌悪はなく、こういう時に好奇心の塊は強いのだと鮫冷は思い知る。 「ふんふん、どうやら人体改造と洗脳について研究してたみたいだな。白尾みたいな先天的な能力に頼らない、科学の力を中心とした。……となると、確実にデータがあるな」 「データ?」わにの言葉に鮫冷が問いかえす。言いたいことはわかっているが、確認の意味合いが強い。 「白尾のだ。いや、ちがうな。洗脳能力保持者と言っていい。人を洗脳する方法は能力者によってさまざまだ。なら、それを分析して科学で代用できそうなものがないかを探すのは当然のことだろうな」 「なら、どこかにデータベースがある。本部も把握していない、洗脳、改造の能力を持ったやつらが記された」 「そーそー、それを見つけられたら大金星さ。ヴィランの先回りもできるかもしれねえし」  ここでそんな実験が行われていた。それを思うと鮫冷の背筋にうすら寒いものが走る。  どうやら鮫冷たちがいるのは研究員のデスクらしく、いつからか他のヒーローが実験場らしきものを見つけたと報告が来ていた。送付された映像データを確認すると、ちんけなSFを思わせるカプセルのようなものがずらりと並んでいる。 「ほーん、結構大掛かりじゃねえか。やっぱり『悪逆正道の七人』(バッドセブン)の組織は規模が違う」 「あそこには『名探偵』がいるからな。今回のこともそこから情報が漏れたのかもしれん」 「あーあ、それはよくない情報だ。いとこが聞いたら怒るぞー。あいつは『名探偵』が死ぬほど嫌いだからな」  などとぼやきながらもガサ入れする手は動き続けていた。めぼしい資料の写真データを本部に転送しつつも、周囲への警戒は怠らない。  洗脳を研究していたということは、ヴィラン本人でなくとも実験体の何人かはいる可能性が高い。戦闘に入ることは容易に想像できるため、彼らは何も言わずとも警戒レベルを引き上げていた。 「ふうん、洗脳によるリミッターの解除で能力の限界域が向上するのか。白尾がリッターにやってたことだな」  未知に対して好奇心が旺盛な仁鰐はたいていの物事を柔軟に取り込むことができる。他の人なら忌避するような研究結果でさえ、その概要を把握することにためらいがない。  読み進めていくうちに、気がかりな言葉が目に入ってきた。いぶかしげに毛のない眉を上げ、その言葉を口腔内で反芻する。 「……『ゴースト』?」  仁鰐が見つけたのは比較的新しい資料だ。つまり、つい最近までここで行われていた実験の内容である。  そこには『ゴースト』を使った洗脳の研究と題うたれており、『ゴースト』によって他人を洗脳した結果が事細かに記されていた。 「なあレストレジア。おばけって信じるか?」 「な、なんだよ藪から棒に……。いるかもしれねぇけど、いてほしくない」 「ひょっとして、苦手なのか?」 「どちらかというと……」  その見た目でおばけが怖いはちょっとなぁ、と本人が聞いたら怒りそうだから言わない。それくらいの分別は仁鰐にもあった。 「おばけ、ねえ……」  この資料に書かれていることが本当なら、かなり精度のいい洗脳ということになる。  洗脳に耐性を持っているヒーローにさえ効くかもしれない。そう思わせるほど結論は最悪だった。  しかし、肝心の『ゴースト』とはなんなのかについては触れていない。装置かもしれないし、能力名なのかもしれない。ひょっとしたら洗脳行程の名称というだけの可能性もある。  ただ、何かが引っかかる。仁鰐の勘はよくあたるのだ。  そして、わには資料を読みながら、自分の考えが正しいことをかみしめる。  この資料はどう見ても門外不出のものだ。爆弾を仕掛ける余裕があったなら、すでに爆破していないとおかしい。このままだと本部の研究員による解析で対抗策が出るのは時間の問題だ。そのくらいには概要を転送している。  一方で嫌な予感がぬぐえない。何か自分は大きな見落としてしているのではないか。敵の罠の中で、悠々と背中を向けているのではないか。  その予感を確かめようと、わにが作戦本部に連絡しようとした。  その時だった。 『はーい、マイクテスト。こちら情熱の闘牛士。聞こえるかお二人さん』 「……ゾロか。嫌な予感しかしないが、どうした」 『おいおい、おれが出てきたってことはこれからドラマチックになるってことだろ。もっとも、それが悪いほうなのは否定しないがな』  マタドールゾロ、ガドーナのヒーロー名だ。どこで盗聴されているかわからない敵地ゆえに、仁鰐は当然のようにそちらを使った。  なんでいるのか、なんて聞くだけ野暮だ。彼はイベントが起こるたびに最高のタイミングでやってくる天才だ。探偵がいるところに殺人事件が起こるなんてよく言う話だが、彼の場合も似たようなものである。 『なんでいるのかって聞いてくれないのかよ。つれないなぁ。おれはただレストレジアシャークが活躍したいっていうから、作戦本部に場所を借りて特等席で眺めようと思ったのさ。誰かの活躍はおれの闘志に火をつける最高の燃料だからな!』 「はいはい、それは大体想像がついてたよ目立ちたがり屋。んで、その悪い知らせを早く言え。お前がオペレーターまがいのことなんてしてるんだ、そっちは相当混乱してるんだろ?」 『ザッツライト! その通りだぜキャプテンアングラー。はっきり言うと、今作戦本部は大混乱さ。なにせ――――』 『――――ビルに侵入したヒーロー全員の連絡が途絶えたんだからな!』


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