毎年冬、好いている者に甘味を贈るという珍妙な行事が俺の村では根付いていた。 それは村の外、国中でも恒例行事らしく、その時期に滞在していた街ではよく娘達がイロアスに群がっているのを見かけた。 ある者は砂糖を固めた菓子、ある物は小麦粉を卵で溶いて焼いた菓子、それは三者三様さまざまな形で贈られる。 近頃はその範囲が広がり、意中の相手ではなくお世話になった相手にも送るという風習に傾きつつあるようだが――俺にとっては関係のない話だ。 大抵、街の年頃の娘達からの贈り物は断っているイロアスだったが、お偉いさんからの贈答品を拒むことはできなかったようだ。 その晩、イロアスは腕いっぱいに贈り物を抱えて帰ってきていた。それはシーフも例外ではなく、この男の場合は年頃の娘からの贈り物もありがたく頂いているのだ。つくづく不貞なやつだと思う。 「大人気だな、勇者様は」 宿に戻ってきた二人に声をかければ、イロアスは何故だかバツの悪そうな顔をする。 「意地の悪いことを言うな、スレイヴ。お前だって分かってるだろう?」 「断れなかったんだろ、容易に想像つく。……お前は優しいからな」 「勘弁してくれ、お前までそんなことを言うのは」 「はは、イロアスのやつが断っても中々引き下がらなかったんだよなぁ。ま、あの町長の娘さん、美人だったし良かったじゃねえか」 「シーフ、お前は他人事だと思って……」 「それに、町長から別に酒の差し入れも貰ったからな。スレイヴ、今夜はデザート食い放題だぞ。良かったな」 「……俺は食わない」 「は?」 「お前らが貰ってきたんだ、自分たちで処理しろ」 甘いものは嫌いではないが、好いた相手を思って作られたそれには興味はない。 それに、受け取ってしまった手前後日ご令嬢たちに味を問われた時に困るのはイロアス自身だ。 「責任取って自分で食え」と言い残し、そのまま俺は食堂へと向かう。 「おい、スレイヴ……!」 「珍し、あいつ喜ぶと思ったのに」 「……」 ◆ ◆ ◆ 飯を食って、そのまま自室へと戻ってきた。 俺に気を遣ってるのか知らないが、食事を終えても中々贈答品らに手をつけないイロアスを見てなんだか居心地が悪くなったのだ。だから、口の中に残った肉の欠片をねじ込み、それを飲み込む前に椅子から立ち上がって食堂を後にした。 何故自分が気を遣わなければならないのか。 そもそもそれ自体が不明だが、あいつの口振りや表情からして俺に引け目とやらを感じてるのは確かだった。それだけだ。 部屋に戻り特にやる事もなかったので寝る前に明日の支度を済ませておこうと寝台の上、腰を下ろしたまま皮袋の中身を確認していたときだった。控えめに扉を叩かれる。 そのノック音だけで来訪者が誰なのか分かった。 錠を外して扉を開けば、そこには追いかけてきたらしいイロアスが立っていた。 「なんだ」と問い掛けるよりも、「入るぞ」とイロアスは強引に部屋へと入ってきた。大体話の内容は想像つく。椅子に腰をかけるイロアスを尻目に自室の扉を閉めた。それからやつと視線が合わないように寝台へと再び戻る。散らかった荷物を適当に隅へと押しやり、一息ついた。 「スレイヴ、気を悪くしたのか?」 「何がだ?」 「さっきのあれだ。……贈り物のこと」 「別に。そもそもお前が気にしすぎなだけだ。俺は別になんとも思ってない」 「……本当に?」 不安そうな顔をしてこちらをじっと伺ってくるイロアス。 嘘を吐いてるつもりもない。本当だ、と頷き返すが、イロアスの表情は未だ硬く強張ったままだ。 「それとも、俺が妬いてるとでも思ったのか?」 「そうじゃない……けど、変な気を使ってるんじゃないかって思っただけだ」 「それはこっちのセリフだ。勇者様が憧憬の眼差しで見られることは当然だ。寧ろ、お前のことを好きにならないやつの方が稀有じゃないか」 年頃の娘なら尚更。 昔から優しくはあったが年嵩を増すごとに落ち着きも増し、社交性も携わってる。お前に文武両道、田舎の出とは思わせない程イロアスは堂々としていた。 勇者として選出されてからというもの、人前に出ても恥ずかしくないように昔から立ち振る舞いに気をつけているこいつを見ているからこそ余計誇らしくもある。 けれど、こいつはそうではないらしい。「そうじゃなくて」と先程から何やら口をもごつかせている。 「なんだ、まだ何かあるのか?」 「……本当は断るつもりだったんだ、あれも」 「心に決めた相手以外に期待をさせたくないから……だったか?」 「……覚えてるのか」 「昔からお前はそういうやつだったろ。……あの時から性根は変わってないのは想像つく」 そうか、と小さく呟くイロアス。その顔はようやくほっとしたように綻んだ。喜んでいると言うよりも、どこか照れ臭そうなくしゃりとした笑みを浮かべて。 「けど、お前はもう皆の勇者様だからな。……貰えるもんは貰えばいい。受け取ったからといって契りを交わすことになるわけでもなし」 「……スレイヴ、お前は相変わらずだな」 「どういう意味だ」 「お前のそういうところ、羨ましくなる」 このタイミングで褒められてもあまり嬉しくはないが、イロアスの表情からしてその判断は誤りではなさそうだ。 寝台の傍、四角い部屋の中を照らしていた灯りが揺れる。 「お前は誰かから貰ったのか」 「ああ」 「……え?」 「武器屋の娘に」 よく顔出して暇な時に手伝っていたからその礼に、岩の塊のような焼き菓子をもらった。不恰好ではあるが噛み応えがある中々の代物だったことを思い出しながら口にした瞬間、がたり、といきなりイロアスが立ち上がる。目を見開いたままこちらを凝視するイロアス。その表情にこちらまで驚いた。 「そこまで驚くやつがあるか」 「……まさか、受け取ったのか?」 「断るわけにもいかなかった、オジ……店主夫婦が見守っていたからな。そのまま目の前で齧った――おい、イロアス」 文字通り硬直するイロアスにそこまで驚くやつがあるかと段々ムカついてきた。 こいつからしてみれば俺がこういった贈り物を受け取らないかそもそも貰う機会がないと思っていたのだろう、態度から直ぐわかる。 「……その娘とはいつの間に親しくなったのか?」 「親しいわけではない。オバ……夫人が出かける時に一緒に遊んでやったりしたくらいだ。あとは寝かしつけたり、絵本を読んだり……」 「………………」 「おい、何ホッとしてんだよ」 「いや……そうだよな」 そう胸を撫で下ろすイロアス。「一人で納得するな」と睨めば、イロアスは「悪い、そういうつもりじゃなかったんだ」と一人で恥ずかしそうに笑う。 何故お前が恥ずかしがるのかも理解できない。 「お前に……そういった相手がいるんじゃないかと思って、俺の知らない間に」 「興味ない」 「……そうだよな、お前はそういうやつだもんな」 口ではそう応えたものの、イロアスの言い分に段々腹立ってきて「用済んだならさっさと部屋に帰って寝ろ」と寝台に横になろうとすれば、途端にイロアスは慌て出す。 「怒るなよ、スレイヴ。……ごめんな」 「……」 「……スレイヴ」 そう背後、イロアスが近付いてくる気配がした。落ちてくる声がしょぼくれていたので仕方なく上体を起こし、振り返ろうとしたとき。眼前になにかが翳される。 それは小さな小箱のようで、やけに小綺麗な包装をされていた。ちょこんとついた小さなリボンと目が合った――気がした。 「……なんのつもりだ?」 「なんのって……お前にだよ」 「誰から」 「…………」 「なんでそこで黙り込むんだ」 「だから……そのだな、……いつもお前には世話になってるから。ほら、巷では婦女子から贈るものだけではなくなってきているだろう?」 普段の堂々とした勇者様はどこに行ったのか。やけにしどろもどろと言葉を探るイロアスは幼い頃のあの弱虫なイロアスのままだった。 その様子と差し出された箱を交互に見やる。まさか、これは。 「……俺から、お前にだ。スレイヴ」 「今更必要ない。世話になってるのは俺もだ。……他人行儀な真似はしなくていい」 「そ……そうじゃない、いや、そうだが……」 「なんだよ」 「……本当にいらないのか?」 不安そうに眉尻が垂れ下がるイロアスを見て、言葉に詰まる。 こういう目に見える応酬は俺たちの間ではない。お互い行くあてもなく生きていくために必死だったときは助けて助けられてが当たり前だったからだ。 それを、何を今更世話になったとか言い出すのか。 「お前が気に入っていた菓子を買ってきた」 「まさかわざわざ用意してきたのか」 「……ああ」 そんなものに金を使うのならお前の装備をもっと良くすることだって出来たはずだ。 喉元まで出かかったが、この目立つ男がわざわざあの店に並んでこの包装を頼んだと思うとここで受け取らないのも悪い気がした。 ……それに、貰えるものは貰う主義だ。 「……お前は、本当に物好きだな」 「変か?」 「ああ、変だ」 こんなことせずとも、お前から離れるつもりはない。 改めて贈り物をされたせいで余計反応に困る。けれど、悪い気はしないというのが正直なところだ。 受け取った箱を眺める。そのまま箱を開ければ、ほんのりと甘い香りが部屋の中に広がった。 中に敷き詰められたチョコレートを一つ摘む。そのまま口の中に放り込んだ瞬間、口から鼻の奥まで甘味が広がった。 「お前も食え」 「いや、俺は……」 「俺はお前への贈り物は用意してない。……だから、一緒に食うぞ」 「……はは、なんだそれ」 呆れたような、それでも嬉しそうにイロアスは笑い、「隣、失礼する」と返事を待たずに腰をかけてくる。そのままやつの口にチョコの塊を放り込めば、イロアスは「うまいな」と目を細めた。 「来年は用意するつもりなら先に言っておけ」 「先に言ってたらお前は『要らない』って突っぱねてただろ」 「当たり前だろ」 「だからこっそり用意したんだ」 「それでも突き返されそうで怖かったけど」と吐露するイロアスの声が微かに揺れる。 緊張してるのか、吐露するイロアスの横顔をじっと見つめ、それからもう一粒チョコの欠片をやつの口元へと持っていけばイロアスはそのまま口を開く。犬みたいだな、と思いながらチョコを放り、俺も一粒追加で口に放り込んだ。 「水臭いんだよ、お前は」 「嫌なのか?」 こちらを見つめてくるイロアスに、つい俺は視線を正面へと戻した。手元のチョコレートを摘み、見つめる。 「別に、嫌じゃない。……だから、反応に困る」 「……スレイヴ」 「返しは期待するなよ」 お前みたいなサプライズも気遣いも俺には出来ない。気の利く言葉も掛けてやれない。 そう念を押せば、イロアスは「無理だ」といとも容易く一蹴してきた。 「おい」 「……お前がくれる物ならなんでも嬉しいし、期待する。でもなるべく形に残る物だと嬉しい」 「注文が多い。なら欲しいものを言え、用意するから」 「それじゃダメなんだ。お前が……お前の手で俺のために選んでくれたものがいい」 「欲張りすぎだ」 「……本当にな。けど、言わないとスレイヴ、本当にポーションや消耗品を選びそうだからな」 「ポーションはいくつあっても足りないだろ」 「ああ、けどお前のくれたポーションは絶対に使わないように宝物にするよ」 なら、ちゃんとしたやつを選ばなければならないだろう。 呆れて突っ込む気にもなれなかったが、チョコの甘さがこの弛み切った空気も有耶無耶にしてくれる。 くだらない、他愛もない軽口の応酬。こんな風に話したのもシーフがパーティーに加入してから久しいかもしれない。 確か次の月、菓子を貰った方がお返しするというお誂え向きの行事があったはずだ。 本当によく出来たカラクリだ。俺には無縁の日だと思って今まではやり過ごしていたし、今度もそのつもりではあったが――我らが勇者様を満足させなければならないという重要任務が舞い込んできたのだから。 「……あんなことを言ったが、別に、俺が勝手にしたことだから真剣に考えなくていい」 「もう遅い」 「……けど、お前がくれるものならなんでも嬉しい」 言ってることが無茶苦茶すぎではないかと思ったが、こんな風に子供じみた我儘を口にするイロアスには正直、ほっとした。 今まで俺よりも何歩も先を行き、一人大人になっていったイロアスの背中ばかりを見てきていただけに、今久しぶりに同郷のあいつとして話せてるような気がしたから。 身内同士の無意味な物々交換だと思っていたが、こう言った時間を産むという側面では意味があるのかもしれない。 そんなことを思いながら俺はチョコを摘んだ。 既に甘ったるくなっていた舌の上、熱に溶けていくその甘味を味わう。どの店で口にしても変わらない食い慣れた味のはずなのに、なぜだか普段よりも甘ったる感じるのは何故だろうか。 俺はイロアスの緩んだ横顔を眺めながらそんなことを考えたが、それらしい答えはでてこなかった。 おしまい