「どうやらあの市長さんは頻繁に闇市に顔を出しては魔物を買い取ってるらしいな」 「魔物を?」 「ああ、そうだ。それも人の形に近い魔物をだ」 イロアスに促されるがまま、シーフは意味ありげに笑う。 「なるほどな」と頷くイロアス。 「随分と高尚な趣味をお持ちのようだな」とメイジ。 ナイトは渋面の皺をさらに深くした 人形の魔物――俺達の討伐対象も確か人の姿に化ける魔物だったはずだ。 「魔物を買い取ってどうするつもりだ? ペットにでもするつもりか、あのおっさんが。テイマーの素質はなさそうだったがな」 「スレイヴちゃんにしては冴えてるな」 「なんだと?」 いちいち上から目線のメイジを睨めば「人が話してるときに喧嘩すんなよ」とシーフに茶化される。相手にしてると思われるのも癪だったので腕を組み換えし、俺は顔を逸らした。 シーフは続ける。 「市長の噂なら俺も幾つか聞いた。定期的に市長の私邸に怪しい輩が出入りしていると」 「随分ときな臭いな」 「なんだ、それはつまり……魔物をコレクションするのが趣味の変態オッサンってことだろ」 「ふは、有り体に言えばな」 「別にそれくらい珍しくもない」 自ら討伐した魔物を剥製化し、実力を誇示するために家に置いてる冒険者もいるくらいだ。 凶悪だが見目だけはいい魔物もいる。 そう言い返せば、くつくつとメイジは笑う。 「おい、なにがおかしい」 「スレイヴちゃんはピュアだな」 「馬鹿にしてるのか?」 「褒めてるんだ。……まあいい」 人を馬鹿にするだけし、やつはすっと俺から隣のシーフへと視線を流した。 「シーフ。お前、まだ言ってないことがあるだろ」 「あーあ。せっかく後でガキがおねんねしてから話そうと思ったのに、余計なことを言うなよ」 人の顔を見ながら言うシーフにムカついたが、それよりもその言葉の先が気になった。それはイロアスも同じようだ。 「ちゃんと話すんだ、シーフ」とあくまで穏やかな口調でイロアスは続ける。その言葉には圧があった。シーフは「わかってるよ」と肩を竦め、そして静かに語り出す。 「なんで人型の魔物に拘るか、人間相手にするには非人道的なことを魔物ならばできるからだ。 ――あのオッサンがやってるのは、外の金持った変態相手の売春斡旋だ」 これは魔物相手の話を聞いてるんだよな。そこら辺の町娘とは違う。 ……まるで理解できなかった。 「はは、信じられねえって顔だな」 「……だって、そんなことすれば魔物に報復されるだろ。あのおっさんにそんな力――」 あるわけないだろ、と言いかけて、気付いた。 金が絡んでくるとなると、それは大きく変わってくる。 「魔物を奴隷同然に扱う魔具や魔法も存在する。ある程度の力のある魔道士であるほど容易いだろうな」 「……仲間がいるってことか」 「それなりに力のある仲間がな。……しかし、討伐対象の魔物を見つけることは出来ないとなると、魔具の方かもしれんな。金さえ出せば闇市で買える」 闇市の流通まで把握してるのか、この魔道士は。まあだろうな、と納得さえしてしまいそうだった。 聞いてて楽しい内容ではない。重たくなる空気の中、イロアスは口を開いた。 「……情報源は確かなのか」 「奴隷商人酔わせて吐かせたやつだからな、噂に尾ヒレついてる可能性もある。だから、俺とメイジで下調べさせてくれ」 「二人だけでか?」 「ああ。あのオッサン、メイジの魔法に興味津々だったから使えると思ってな」 「それに、正義感が強いやつらが行くとややこしくなりそうだからな」そう俺とナイトに「な」と笑いかけてくるシーフ。今度は肩を抱こうとしてくるやつの手を振り払い、「どういう意味だ」と睨めば、シーフは「そういう意味だ」と手を撫でる。 「なるほど、概ね理解した。俺は構わない」 「助かる〜」 「どうする、これから偵察するか? それとも、パーティー予定日の方を調べて潰すのもありだろ」 「私邸の場所は調べてる。どうやら私邸はかなり警備が厳重らしいから、なるべく念入りに調べたい」 「そうか、なら一度市長本人に近付いて堂々玄関口から入れてもらった方がよさそうだ」 「そ、だからメイジにそれを頼みたかったんだよな。できるだろ?」 「俺を誰だと思ってる。金の亡者の悪徳魔道士の真似くらい容易い」 アンタは真似なんかする必要ないだろ、と思ってると「何か言いたげだな」といきなりメイジがこちらを見てきた。 別に、と俺は目を伏せれば、メイジはふん、と笑う。つくづく鼻につく笑い方だ。 「それじゃあ、そちらは二人に任せておく。俺たちは……そうだな、市長の客とやらと闇市の方を洗ってみるか。……ナイト、構わないか?」 「ああ、イロアス殿に従おう」 俺は、と言葉の代わりにイロアスに目を向ければ、イロアスはこちらに目を合わせようともしなかった。それが応えだ。 つまり、この件には関わるなということだろう。 その後、明日の行動の流れの話にすぐに移行する。 パーティーを外されてから、疎外感はずっと全身に絡みついてきていた。別に、分かっていたことだ。 なら、俺は俺でやりたいこと勝手にさせてもらうだけだ。 ミーティングを終え、自然とその場でお開きの流れになる。そそくさと俺は自室へと戻ろうとしたところ、「スレイヴ」と呼び止められた。 ――自室前通路。 そこにはイロアスが立っていた。 「……話がある、ちょっといいか」 「なんだ」 「俺の部屋にきてくれ」 話ならここで聞く。そう続けようとしたところ、先手を打たれてしまった。 嫌な予感を覚えたが、拒む理由もない。 先に歩いていくイロアスの後をついて行く。 イロアスの部屋は少し離れたところにある。俺の部屋もそうだったが、勇者であるこいつの待遇となるとそれはそれは大層なものだった。 扉を開いたイロアスに、入れ、と視線で促されるがまま踏み込んだあいつの部屋の中、無駄に広いその部屋を見ていの一番に『こいつはここでいつも一人で寝てるのか』と思った。 豪奢だが淋しい部屋だ。 「……それで、話って……」 なんだ、とイロアスの方を振り返ろうとしたときだった。すぐ背後にイロアスが立っていることに驚く。 「……っ、な、んだよ」 「明日のことについてだ」 「明日って……お前らは闇市やら市長のおっさんのこと調べるんだろ?」 「ああ。……けど、お前を連れて行くことはできない」 「……別に、連れて行ってくれって言ったつもりもないけどな」 「話し合いのとき、不貞腐れた顔してただろ」 ……それはお前の方じゃないのか。 人前では愛想笑いするくせに、俺の前で笑わなくなったお前の方じゃ。 「俺の顔は生まれつきだ。別に、お前の決定に不満もない」 「…………」 「話はそれだけか? だったら……」 「俺は、お前の身にまた何かがあったら……耐えられない」 「だから、大人しくしとけばいいんだろ」 それほど俺は信用ならないのか。 本当は出歩くつもりでいたが、イロアスがこの様子ならば大人しくしておくつもりでもあった。 けれど、それでもまだイロアスの強張った表情筋は和らぐことはない。 「イロアス……?」 何かを迷っているように見えた、そのときだった。イロアスがぼそりと何かを呟いた。 瞬間、視界が大きく傾いた。一瞬、何が起きたのか理解することができなかった。 気付けば俺はイロアスの腕に体を支えられていた。気絶、違う、全身に力が入らない。意識はあるのに、脳と筋肉の伝達を強制的に遮断されたような感覚だ。 ――お前。 そうイロアスを見上げることも、声を出すこともできなかった。 何よりも、こいつに魔法を掛けられたということがなによりもショックで。 「……」 どうやら、目だけは動かせるようだ。 何も言わずにイロアスは俺を抱きかかえたまま部屋の奥――扉を開いて寝室へと踏み込む。 寝具だけの何もない寝室は暗い。そのままそっと俺の体をベッドに寝かせたまま、イロアスはこちらを見下ろしていた。 「怒ってるだろ、スレイヴ」 分かっててしたくせに、今更何を言ってるんだ。 「……言い訳はしない。落ち着いたらちゃんと魔法は解く」 だから、と伸びてきた手にそっと頬を撫でられる。 ベッドの縁に腰をかけたイロアスは、そのままそっと俺の髪を撫でた。 何も言わずに魔法かけられるくらいなら、いっそのこと言い訳された方がまだいい。 お前は、ずっとそうだ。なにも言わない。そのくせ俺に『何も知らないくせに』と声を荒げるのだ。自分勝手なのはお互い様だろ。 けれど、こう思ってるのも全部イロアスには届かない。そういう風にしたのもこいつだ。 「……スレイヴ」 そう、イロアスが何かを言いかけたときだった。 ふと、部屋の扉がノックされる。どうやら誰かがやってきたらしい。イロアスはぱっと俺から手を離し、そして名残惜しそうな顔をして立ち上がる。 そのまま寝室を後にするイロアス。閉じる扉に、俺はホッとしたような気持ちでいた。 「……」 この魔法がどれくらいのものなのかはわからないが、まさか明日も一日中この状態で放置されるということか。 身動き取れない状態でいると、どうしてもあのとき、敵に捕まっていたときのことを思い出す。既に乗り越えたつもりではいたが、どうやら思いの外心身に深く刻みつけられていたようだ。 体の感覚はないが、それでも落ち着いて眠れる気がしない。全神経が逆立ったような研ぎ澄まされた意識の中、再び寝室が開いた。 ――イロアスだ。 ベッドの上に俺がいるのを確認し、イロアスは安堵したような顔でやってきた。 それから、俺の手に触れる。 「……そうか、そうだよな。意識があるのは辛いよな」 「すぐに眠らせてやる」悪かった、とイロアスが俺の目元に手を翳した瞬間、強制的に意識は遮断された。 続く
パイ生地製作委員会
2024-02-09 10:18:25 +0000 UTC