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田原摩耶
田原摩耶

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【↑500】阿賀松伊織がいないということ 二日目午前【4,700文字/齋藤総受け/モブ×齋藤/わちゃ】

 翌朝。 「寝不足か?」  ――食堂、テラス席。  果物とクリームがたっぷりと詰まったフルーツサンドを片手に芳川会長は心配そうにこちらを見つめてくる。  伸びてきた手にそっと目の縁を撫でられ、少し驚きながらも俺は俯いた。 「隈が酷いな」 「その……少し、寝れなくて」 「原因はあるのか」 「わからないです」 「ふむ。……夢見が悪いとか?」 「それはあるかもしれないですね、怖い夢を見てしまって」  嘘ではない、はずだ。  だとしても、ついさっき食堂で出会ったばかりの会長にそこまで見抜かれてしまう程酷い顔をしてたというのだろうか。  昨夜、早めにベッドに潜り込んだものの眠りが浅く、なかなか寝付くことができなかったのは事実だ。けれど、その理由までも会長に言うことはできなかった。 「同室者に問題があるのか?」 「い、いえ! 阿佐美は寧ろ優しくて、俺のことも気遣ってくれるし……」 「……そうか、いい関係を築けてるのなら結構だが、だとすれば他に要因があるということになるな」 「……た、多分大したことじゃないと思います、きっと」  じっとこちらを観察するような会長の視線が怖くて、俺は俯いたままスープを口にした。まるで味がしない、熱湯をそのまま胃に流し込んでるような感覚だけが腹を満たしていく。 「……すみません。会長が忙しいときに……こんな話して」 「俺からしてみれば君の身になにかがあった方が困る。それに、忙しいと言っても数日だ。……そうすればまたゆっくりと君の話も聞けるのだがな」  会長業務でここ最近はめっきり生徒会室に籠もってる、という話を聞いたばかりなだけに余計会長に下手な心配や面倒をかけたくなかった。  会長だってあまり眠れてないはずなのに、俺のことばかり気にしてくれるのだ。嬉しさよりも申し訳なさの方が勝り、俺はますます縮み込む。 「い、いえ、俺のことは気にしないでください。……そう言っていただけるだけで、俺は……」  十分です、と言いかけた言葉は消えていく。言いながら自分が恥ずかしいことを言ってると気付いたからだ。  けれど会長は気にしていないようだ。 「……そうか。しかし、一人で抱え込むのだけはしないように」  ……もうとっくに手遅れなのだけれども。  喉元まで出かかった言葉を飲み込み、代わりに「はい」と小さく頷き返した。  会長と食事をしたからか、久し振りに陽気に包まれながらの朝食は穏やかだった。  芳川会長も抑止力、ということなのだろうか。会長と一緒に居るときは昨日のように大胆な真似をしてくる輩はいなかったので少しだけ安心した。  けれど時間というのは無情なものだ。芳川会長は一足先に食堂を後にし、残された俺は半ば無理矢理口の中に残ったパンを詰め込んで食堂を後にすることとなった。  昨日の今日、それも朝だ。周りには登校中の生徒も多数いる。  流石に変なことは起きないだろう――そう俺も思っていた。 「……っ、……」  誰かに着けられてる、と気付いたのは一定の距離を保ちながらも着いてくる人影を見つけたからだった。  最初は気配や視線に過敏になってしまっているだけと思っていたが、気の所為ではない。  ――早くどこかで撒かなければ。  そんなことを考えながら、とにかく人の流れに添って足早に学生寮を後にしようとしたときだった。  曲がり角を曲がった瞬間、いきなり目の前に影が飛び込んできた。 「ぅ、わっ」 「うおっ! ……って、佑樹?」  ぶつかり、蹌踉めきそうになる体を抱き留められる。聞き慣れた声に顔を上げれば、そこにはよく見知った人間がいた。  ――十勝だ。  ハッとし、後ろを振り返る。しかし先程まで着いてきていた気配はいつの間にかになくなっていた。  一先ずほっとしながら、俺は「ごめん、前見てなくて」と慌てて十勝に頭を下げる。 「いや、俺の方こそ全然見てなかったからな。……ってか、どうした? 顔、すげー青いぞ」  と、そこまで言いかけて十勝は「もしかして、また」と唇を震わせた。俺は慌てて首を横に振る。 「だ、大丈夫……その、気のせいだったみたいだから」 「気のせいってなんだよ」  ……余計なこと言ってしまったようだ。険しい顔をした十勝に冷や汗が滲む。  どうやら、きちんと説明しなければ開放してもらえなさそうだ。  諦め、俺は掻い摘んで十勝に説明をする。  安心させるための説明だったはずだが、黙って話を聞いていた十勝の顔はどんどん険しくなるばかりだった。 「……それ、絶対気のせいじゃねえって」 「ご、ごめん……俺」 「佑樹、お前は悪くねえだろ。……会長に言えばなんとかしてくれるだろうけど」 「ぁ、か、会長は……」 「ん?」 「あまり、忙しいときに負担をかけたくないんだ……会長には……」 「佑樹……お前さぁ……」  深く溜息を吐く十勝。流石に呆れられただろうか、無理もない。けれどこれは俺の素直な気持ちだった。  気まずさに押し潰されそうになったとき、肩を掴んでいた手が離れる。 「と、十勝君……」 「お前のそういうとこ、難儀っていうかさ……本当よくねえけど、お前のいいところでもあるから困るんだよなあ」 「ぁ、あの」 「わかった。……会長には言わねえよ」  観念したように口にする十勝に、俺はぱっと顔を上げた。十勝君ありがとう、と頭を下げようとしたとき「けーど」と俺の顔を覗き込んでくる十勝に息を飲む。  キラキラと照明の光をたっぷりと吸い込んだ二つの目は、俺を捉えて離さなかった。 「代わりに今日は俺がお前のボディーガードってことで」  そして、その口から出てきた言葉を理解するのに少しだけ時間がかかってしまう。 「ボデ……え……?」 「会長程じゃねえけど、俺も佑樹のことは心配だし?」 「で、でも」 「あー、言っとくけど別に俺は今クソ暇なんだよね。だから遠慮なく」  もしかしたら、十勝は俺の心が読めるのかもしれない。何手も先回りし、俺の杞憂も全部先に潰していく十勝には頭も上がらなかった。 「……ありがとう、十勝君」  そう頭を下げる俺に、十勝はようやくそこでニッと笑ってくれたのだ。十勝らしい、顔全体をくしゃらせるような無邪気な笑顔にほっとする。 「休み時間と授業が終わる頃迎えに行くから、それまではなるべく一人になんねーこと。あと、先生とかにも言っておいた方が良いんじゃね?」 「せ、先生……」 「嫌か?」 「ちょっと……」 「ま、教室ならアイツがいるから下手なことさせないだろうけど……一番はアイツが面倒だってのが問題なんだよなぁ」  そう、ぶつくさ言いながら顎を撫でる十勝。アイツというのはもしかして志摩のことだろうか。  うんうんと唸り何かを考えていた十勝は「そうだ」と思いついたように手を叩いた。 「いっそのこと俺も授業サボって……」 「わ、悪いよそんな……」 「悪くねーよ」 「十勝君……」 「……わかった、わかったからその目やめろよ。……ったく、別に構わねえのになあ。サボったらまじで罪悪感で佑樹、余計ストレスになりそうだもんな」  確かに、俺のせいで出席日数だとか授業態度だとかチクチク刺され、来年も一年生をしてる十勝を見たら多分俺は耐えられないかもしれないな。  なんて思いつつも、それでもやはり俺には譲れない。だって別にこれは俺が数日我慢すればいいだけの話なのだ、俺はそれができる。今までだってそうしてきた。それよりも十勝が俺のせいで何かある方が耐えられない。  そんな思いで十勝を見つめれば、十勝にも伝わったらしい。諦めたように溜息を吐く十勝。 「……わかったよ、けど何かあったらすぐ周りを呼べよ」 「ありがとう、十勝君」と頭を下げれば、十勝はなんだか複雑そうな顔で笑った。 「お礼はまだ早いだろ?」  ◆ ◆ ◆  ――次の体育が終われば昼休みだ。  なんとか三限目まで平和に過ごすことができたが、ここからが問題だった。  今日に限って志摩は朝からいないし、阿佐美は登校していたが気付けば忽然と姿を消していた。  一人にならないようにと気を付けていたつもりだが、壱畝の姿が見えなくなってから着替えようと思ったら既に皆体育館へと向かった後だった。  悪手とは思ったが、人前で着替えることが嫌だったのだ。怖かったのだ。  十勝君にはああ言われていたけど、これくらいは許してもらえるだろうか。なんて思いながら俺は最後の一人らしき生徒が出ていったのを確認し、恐る恐る体操服へと着替えることにする。  早く着替えて皆のところへと移動しよう。  そう、人がいないことを確認して制服を脱ごうとしたときだった、不意に視線を感じた。  ガラス張りになった廊下を振り返るが、人気はない。なんだか全身が薄ら寒くなりながらも俺はこそこそと教室の隅でシャツを脱ごうとした、そのときだった。  ガラリと音を立てていきなり教室の扉が開いた。考えるよりも先に慌ててシャツの前を抑え、俺は出入り口を振り返る、  そこには見知らぬ生徒が立っていた。 「あ、あの……」  先生でもなければクラスメートでもない、最初教室を間違えたのだろうかと思ったが、こちらをじっと見つめたまま後ろ手に扉を閉めるその生徒にただ寒気を覚えた。  そこはかとなく嫌なものを覚え、咄嗟に俺は着替えだけを抱えて教室を出ていこうとする。男が入ってきた扉とは別の方の扉から逃げ出そうとしたとき、俺の道を立ち塞いでくる男にぎょっとした。 「っ、ぁ、あの、なに……」 「……っ、か、……」 「え……っ?」 「……可愛いね、齋藤君」  聞き間違いではない。この男、今間違いなく俺の名前を呼んだ。  なんで、とか考えるよりも先に俺は慌てて目の前の男から離れようとして、腕を掴まれた。やめてください、と声を絞り出したとき。 「ぇ、ん、な……っ!」  そのまま腕を強く引かれ、抱き締められる。  突然のことに頭が真っ白になり、そしてそのまま首筋に鼻先を押し付けてくる男に我に返った。 「ゃ、やめ……っ、ん、ぅ……っ!」  鼻息が吹きかかる。逃げようと藻掻くが、男の腕の力は思いの外強い。がっちりと抱きしめられたまま、下腹部に当たる違和感に青褪めた。  ――最悪だ。 「や……っ」 「何してんだテメェ!」  そう、俺が声を上げようとした矢先だった。  いきなり開いた扉から見覚えのある男が現れた――と、思った次の瞬間。見知らぬ男に抱き締められてる俺を見るなり、やってきた男――もとい十勝はそのまま男の首根っこを掴む。  男が突然現れる十勝に驚く暇もなかった。そのまま男を羽交い締めにする。 「ぇ、と、十勝く……っ!?」 「佑樹、少し離れろ!」 「ぇ、あ」  言いながら男を押さえつけた十勝。離れる、そうだ、今の内に逃げなければ。でも十勝君が。  そうあたふたとしていたときだった、何者かに肩に上着をかけられる。  顔を上げれば、そこには。 「行きましょう」 「な、灘君? え、あの……」 「彼のことは十勝君に任せておいてください」  何故灘がここに、とか色々聞きたいことはあったが、動悸のあまり心臓が苦しくなっていることに気付いた。  そして、二人がきたことによってそれが次第に緩やかになっていることも。   俺は灘の言葉に甘え、促されるがまま教室を後にすることとなった。  続く

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