「新年ねぇ」 自室のコタツで年末特番を観ながら岩片はぼんやりと呟く。その手には何個目かの蜜柑がむりむりと剥かれてる最中だった。 簡易キッチンに立っていた俺は、そんな岩片の一言で年越ししたことを知らされるのだった。 「ああ、もう日付跨いだのか。……は、それにしても、もっと色気ある年越し迎えりゃいいのに」 「なんだよ、年越しエッチからの姫はじセックスしろって?」 「そこまでは言ってねえよ」 てか微妙な略し方もやめろ。 うどん麺を茹でながら、俺は別の鍋に用意していたスープを先に丼に用意する。……悪くはない匂いではあるが、正直俺はうどんよりも焼きそば派なのだ。炒める以外の料理はあまり自信がない。 おまけに、差し出す相手がこの飯のことになるとやたら口うるさい男ときた。 「もっといい店のうどん蕎麦とかさ……実家に帰省すりゃもっといい飯食えたろ」 少し意地悪な物言いになってしまった。コタツで寝転がっていた岩片は首だけ動かしてこちらを見てきた。怖えよ。 「ハジメ、お前まじで言ってんのか」 「半分冗談で半分まじ。……だって、分かってたろ。俺がうどん作ったことねえってことも。インスタントのが美味えから、絶対」 「まーだウダウダ言ってたのかよ。ハジメ、来年の……いや、今年のお前の抱負は決まったな」 「は? なんだよ」 「俺に愛されてるって自覚を持つこと」 ……この男は、と思わずひくりと頬が強張る。 どんな育て方をされたらそんな言葉がポロポロ出てくるのか是非見てみたいものだ。 「……なんだよ、その抱負」 「そのままに決まってんだろ? わざわざ混んでる人気店行くより可愛い可愛いハジメが『初心者 うどん 簡単』って調べて必死こいて作ったうどんがいいってこと」 「こっそり覗いてんじゃねえよ、人のスマホ」 「いいから食うぞ、腹減らしてんだからな俺は」 「はいはい……って、お、外盛り上がってんな」 そんなやり取りをしていたときだ。学生寮の外から――正確には校庭の方から何やら雄叫びのような声が聞こえてくる。そしてその声に掻き消されそうになりながらも深夜の空気に響くのは鈍い除夜の鐘つきの音だろう。 また生徒会のやつらがなんかしてんのかな、と知人たちの顔を思い浮かべながら俺は鍋から引き上げた麺をすでにスープで温めていたどんぶりへと移す。 「うるせえくらい響いてんな、鐘と猿どもの声が」 「楽しげな声って言ってやれ。……ほれ、零すなよ。アレンジはご自由に」 ほかほかと湯気を立てるそれを岩片の待つコタツまで持っていけば、仰向けに寝転がったまま岩片は「おー」とこちらを見た……気がする。レンズの分厚い瓶底眼鏡は年末年始も休みなしらしい。 猫のように起き上がり、そのままどんぶりを覗き込んだ岩片はそのまま固まった。 「……」 「なんだよ」 「作りかけが届けられたかと思った」 「これは素うどんだよ。お前具材とかアレンジとか乗せる順番とかごちゃごちゃうるさそうだから敢えてこうしてんの」 「ふーーん」 「文句あるなら食わなくていいからな」 「なんも言ってねえだろ、拗ねんなよ」 「拗ねてねえから。……なんか欲しいもんあんなら――あ」 そのまま箸を手にし、麺を引き上げる岩片。もぐもぐと音を立てずにお上品にうどんを食べやがる。 「……ふー……なるほどな」 「……どうだ?」 「まあ、よし」 なんのなるほどだよ、と思ったが、こいつが褒めること自体珍しい。 「そりゃ良かった」と答え、俺は再び簡易キッチンへと戻り、予め用意してた自分の分も持ってくる。……やべ、岩片の食ってるのを眺めてたから伸びてるし。 「っておい、なんでお前自分のは肉盛りまくってんだ」 「だから言っただろ、お好みでって。……あ、おい、行儀悪いだろ」 俺の月見肉ぶっかけうどんを見るなり、そのままひょいと横から肉を掻っ攫っていく岩片。そのまま口の中放り込んだ岩片は目を輝かせた……気がした。 「……なんだ、美味えじゃん」 「そりゃあな、岩片様を満足させねえと後がこえーから。事前準備はしてますとも」 「少なくともインスタントよりはマシだぞ、喜べハジメ」 「嬉しくねえよ」 「はは、じゃあ俺専属シェフにしてやる」 「心因性ストレスでぶっ倒れるからやめとくわ」 「んだよ、勿体ねえな」 そう自分のうどんを再び食べ始める岩片。そんなやつを横目に、俺もいただきますと手を合わせて箸をつけた。 ……我ながら悪くないのでは? なんて思いながら、雛壇芸人たちの笑い声とともに響く鐘の音を聞く。 お互い食うのに夢中になってやや沈黙が流れるが侘しさなどはない。むしろ、暖かい飯食ってると心も満たされるって本当なんだな。なんてそんなことを考え出すくらい充足感はあった。あと、満腹感も。肉入れすぎたのもあるが。 気付けばもう岩片のやつは平らげたようだ。ぺろっと汁まで飲んで空になった丼をコタツの上に置き「なあ」と岩片は呟く。 「ん?」 「日付が変わっただけで何が楽しいんだって思ってたけど」 「おぉ」 「……別に楽しかはねえな」 「はは、そうだな」 「けど、来年のハジメ君の手料理がどう進化してんのかは楽しみだな」 にやりと笑う岩片。その言葉の意味を理解した瞬間、首の辺りに熱が集まるのを感じた。 「……まさかもう来年の話してんのかよ」 「年末年始、予定空けとけよ」 「お前な……あんま期待すんなよ」 「お? フリか?」 「違えよ」 相変わらず自分勝手なやつだけど、不思議と今回ばかりは悪い気はしなかった。……不思議とな。 俺も最後の一切れの肉を口の中に放り込み、咀嚼する。食い終わり、丼から手を離したとき。大人しくテレビを見ていた岩片は「あ」と呟いた。 「ん?」 「あけおめ」 「おめでとさん」 「……」 律儀に返してやったと思えば、岩片はじーっとこちらへ顔を向けてきた。 分厚いレンズ貫通して突き刺さる視線に「なんだよ」と言い返せば、岩片は暫くまたじーっとこちらを見つめてくる。そして。 「なんか足んねえな」 それは気付いたけども、敢えてそうしてたんだがな。そこにわざわざ突っ込んでくるなんて。 「はいはい……ってか、俺に言わせんのかよ」 「俺に言ってほしいのか、ハジメ。可愛いやつだな」 「ちげえよ、なんかそれじゃ……俺だけみてーでやなんですけど?」 敢えて俺がそれを口にしなかった理由。それで言い返せば、岩片は口を開けて笑った。 「なあ、お前自分がもっと可愛いこと言ってんの気付いてるか? ハジメ」 ……くそ、余計なこと言うんじゃなかった。 むず痒さに耐えきれず、咳払いで誤魔化す。それから分厚いレンズ越しにあいつを見た。多分、目があってる。そしてそれが俺達の合図になった。 「……んじゃ、まあ」 「そうだな、」 「「今年もよろしく」」 タイミングを見計らったかのようにボーンと遠くで除夜の鐘が響き、なんだかそれがおかしくて俺達は鼻で笑った。 おしまい