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田原摩耶
田原摩耶

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【↑300】inspiring cat【5,100文字/政岡視点/政岡+五十嵐×尾張/ほのぼの】

 最近、尾張の様子がおかしい。  まさか尾張に限ってとは思うが、俺の目から見てもその違和感は明らかであった。  事の発端は数日前のことだ。 「お、尾張……」 「よ、政岡。悪いな、ちょっと今急いでんだ。またな」 「お、おう!」  話しかけようとしたところ、尾張は残り香だけを残してそのままそそくさとその場を後にした。  そのときは朝から眩しい尾張の笑顔を見れてその日一日が明るく照らされたかの如く多幸感でいっぱいいっぱいだったのだが……。  ――そしてまた別の日。 「お、尾張っ! なあ、このあとよかったらなんだけど……」 「わり、今週忙しくてさ。……お前も生徒会の仕事あるんだろ? 頑張れよな」 「尾張……好きだ……」  ――そして、今日。  今日こそは偶然を装って一緒に飯を食わないか誘うぞ、と意気込みながらも尾張の教室の前、身を潜めていたところ。  尾張は顔を出した。側にはあの目障りなマリモはいねえ。チャンスだ。 「おわ……」  尾張、と声を掛けようとし、俺は足を止めた。 尾張の様子がなんだかおかしかったからだ。やけに周りを気にするかのようにこそこそと隠れるようにどこかへと向かう尾張。 「……尾張……?」  つい隠れてしまったまま、結局声をかけるタイミングさえ失ってしまった。俺は暫く尾張が立ち去った方向を見つめたまま、自分の中に湧き上がる違和感が気の所為ではないということに気付いてしまうのだ。  尾張のことを信じたいし疑っているつもりではない。が、またあのクソマリモ野郎が尾張になにかちょっかいでもかけて尾張が困ってんのなら少しでも助けたい。そんな気持ちが俺の背中を押した。  そして、俺は尾張の跡をつけることに決めた。  断じてこれはストーキングでもなんでもない。尾張のためでもあるのだ、と自分に必死に言い聞かせながら俺は隠れたまま廊下を進む。  尾張の後を追いかけている内に学生寮へと戻ってきてしまった。  普通に帰るのかと思いきや、尾張は三年の棟へとやってきたのだ。  こんな場所に用事があるのか。まさか俺に会いに来てくれたのか……?!  そうドギマギしてるうちに俺の部屋の前は普通に通り過ぎ、尾張は近くのラウンジまでやってきていた。見張りの生徒に声をかける。あいつは確か、五十嵐を慕ってる後輩だ。  普段、役職持ちの野郎しか使わねえそのラウンジになんの用がと胃がキリキリ痛みだす。まさかと嫌な予感を拭い、俺は尾張が中に入ったのを確認してから見張りに声をかけた。 「会長?!」と青褪める見張りをなんとか黙らせ、扉を開かせ倒れはそのままラウンジに足を踏み込む。既にラウンジには尾張の姿はない。  ラウンジの奥には所謂VIPルームと呼ばれる個室がいくつかある。役員それぞれが好き勝手私物化してる個室だ。  薄暗い照明で照らされた通路、そこに並ぶひとつの扉から明かりが漏れてるのを見て心臓が更に跳ね上がった。  あの部屋は確か――五十嵐の部屋だ。  まさか、いやまさかな。と脳裏を占める嫌な想像を必死に振り払いつつ、俺はこっそりとその明かりの漏れた扉に近付いた。  微かに開いた扉の奥、中から二人分の声が聞こえてきた。そしてその一つはまさに自分が恋い焦がれてる相手のものだったのだ。 「遅えよ」 「いきなり呼び出されてすぐ来るやつのがこえーだろ」 「言い訳はいい、さっさとこっちに来い」 「……相変わらず可愛くねーやつ。……見せてみろ」  待て、あいつらなんの会話をしてるんだ?!  その場に座り込み、バレないぎりぎりのところまで耳を澄ませて囁き合うような声を盗み聞きする。時折聞こえてくるその声からただならぬものを感じ慄いていたときだ。 「んっ」と布の擦れるような音ともに一際大きな色っぽい尾張の声が響き、俺は二重の意味で凍り付く。 「ん、ぅ……お、おい……五十嵐……っ、そんなに触ったら……ぁ、ちょ……」 「じっとしてろ、そのまま動くなよ」 「お、おう……」  ――嫌だ、聞きたくねえ……っ!  我慢できず、俺は転がり込むようにそのまま扉を開いた。  そして、 「やめろ! 尾張に触るんじゃねえ!!」 「え、ま、政岡……っ?!」  ソファーの上、こちらに背を向けていた尾張は何事かと目を丸くしていて、今まさにそんな尾張に迫っていた五十嵐は小さく舌打ちをする。  見紛うことなき未遂の現場である。が、しかし、更にその場にはもうもう一人……否、もう一つの影があった。  尾張の腕の中、もゾリと動いたその影はぬるりと逃げ出した。 「あ、こらっ!」 「え、な……」  そのままソファーから軽々と降りたその影がこちらにやってくる。なんだ?!と身構えたのも束の間、そのまま俺の足の間をぐるりと回り出すそれに俺は目を拵えた。  目が合えば、そいつは「ニャア」と小さく鳴いた。  ――猫? 「おわっ?! な、なんだこいつ……っ!」 「……誰にも着けられるなって言ったはずだけどな」 「俺だって気付かなかったんだよ……っ、おい、政岡、そのまま捕まえててくれ」 「え、あ、おう……!」  五十嵐から何かを受け取った尾張はそのままソファーから降り、俺の足元擦り寄ってきていたその黒い塊の前で動かす。じ、と見つめていた猫だったが、やがて興味は尾張へと移ったようだ。その隙を狙い、尾張は猫を抱きかかえた。  尾張が手にしていたのはどうやら猫のおやつのようだ。 「悪い、ありがとな。……それより、なんでこんなところにいるんだ?」 「お、尾張……悪い、その、途中で見かけて……」 「それで、ここまで後をつけてきたと」  恐る恐る頷き返せば、尾張は「仕方ないな」という顔で尾張は笑う。  そしてその横、ぬっとやってきた五十嵐はこちらを見た。 「こいつのことだ、どうせお前が冷たくあしらいすぎたせいでストーカー拗らせたんだろ」 「んだと?! 誰がストー……っ!」 「あーほら、あんま大きい声出すなよ。この子がびっくりするだろ?」  こ、この子だと……?!尾張の口からそんな、慈しむような言葉が出てくるなんて……。  優しい目を向け、我が子のようにそっと抱きかかえる尾張はどこぞの宗教画のような美しさすらあった。俺は泣きそうになるのをぐっと堪え、そんな聖尾張と向き合う。 「わ、悪い……尾張、その……」 「取り敢えずこっち来いよ。……ここまでバレたんならお前も共犯だからな、政岡」  かと思えば、少しだけ悪い顔をして笑う尾張。  これだから尾張は堪らないのだ。あどけなさもありながらも男としての色気も持ちつつ、それでいて他者に向ける聖母のような目。……好きだ、尾張……。  それから、尾張から猫をここで飼うことになった経緯を教えてもらうこととなった。  迷い込んだ野良猫を見つけ、どうしようかとしていたところに五十嵐に見つかったらしい。元気になるまでこっそりここで飼っていたという。 「こいつに迷い猫いないか探してもらってたんだよ。んで、それっぽい猫いたから今連絡取ってもらってたんだ」 「その期間、お前らが預かってたってことか?」 「まあそういうことだな」 「尾張……優しいな」 「優しいってか、見過ごしたくなかったってだけだから。俺の場合」 「それを言うなら俺だろ、優しいのは」 「うるせえ、お前は……まあ、よくやった。生徒会長として褒めてやらんこともないな!」  な!と五十嵐の背中を叩けば、「やっぱいらねえ」とこいつ俺の腕ごと払い除けやがった! 「ぐ、こいつ……」可愛げがねえ、とやり場を失った手を握りしめたとき、遊んでるのかと勘違いしたのか猫がぬるりと腕に纏わりついてきやがる。  な、なんだこれは。なんだ?! 「かわ……っ」 「政岡、猫好きなのか?」 「う……好き。だけど俺んち、犬ばっか飼ってたから扱い方わかんねえ」 「はは、なんかイメージ付くわ」  よじよじと危ねえ体勢でしがみついてくる猫が落ちねえよう見守ってると、そんな俺達を見つめていた尾張は「なあ」と声をかけてきた。ソファーの上、近くなる距離に思わずどきりとした。つか、良い匂いする。 「抱っこするか? この子もお前に興味津々みたいだしな」 「あ、いや……でも……」 「やめとけ、そいつゴリラだから」 「力加減くらいできるわ!!」 「どうだか」  この野郎、尾張との二人の秘密共有できなくなって当たってやがるな。  言い返してやりたかったが、そんなことをすりゃやつの思うツボだ。フンとだけ返し、俺は猫に手を伸ばす。 「ほれ、ニャン太郎。こっちこい……っ!」 「なんか名前増えてんな」と尾張が呟く横、ぴくりと反応したそいつは応えるようになぁ、と人鳴きし、それから俺の膝に飛び乗ってきた。 「んひぃ……っ!」 「可愛がり方独特だな、政岡……」 「お、尾張……柔い……っ! 温い……っ!」  呼んでみたものの、どこを持てばいいのか分からずわたわたとしていると、尾張は笑う。 「あー悪い悪い、いきなりはむずかったか。……ほら、ニャン太郎。こっちだ」  猫は一鳴きし、そして今度は尾張の方へと移動する。膝の上で丸くなるそれを撫でながら尾張は目を細めた。 「はは、人懐っこいな本当」 「尾張は……猫好きなのか?」 「動物は好きだぞ。素直で可愛いよな。けど、猫派か犬派か聞かれたら迷うけどな」 「俺は猫派だな」 「お前はそうだろうな、五十嵐」  撫でられて満足したのか、今度はそのまま大福みてえに丸くなる黒猫。羨まし……いや、やましい気持ちなど一切ない。けど、俺が猫に生まれてさえいればと一瞬悔やんでしまった。 「政岡は?」  猫を羨望の眼差しで見つめていたときだった。こちらを覗き込んでくる尾張に、口から心臓が飛び出しそうになる。 「お゛……ッ!」  やべえ、何も考えていなかった。何聞かれたんだっけ。そうだ、俺。 「ん?」と覗き込んでくる尾張。その目が眩しくて鮮やかで美しくて、その目で見つめられ続けると余計頭の中、何も考えられなくなってしまったとき。  俺は尾張の手を握りしめた。 「尾張……好きだ……っ」 「…………ん?」  そんな言葉がぽろりと溢れた次の瞬間、五十嵐に思いっきり雑誌で後頭部を叩かれる。 「いってえ!」 「悪い、つい」 「ついってなんだよ、ついって!」 「害虫が出た。俺がやるしかねえと思ってな」 「誰が害虫だテメェ!!」  仮にも俺のが偉いんだぞ!と五十嵐と取っ組み合いになり始めたとき、俺は尾張が何も答えないことに気付き慌てて振り返った。  もしかして怒ってるのか。そう恐る恐る声をかけようとした俺はそのまま硬直する。赤らんだ頬。困ったように垂れ下がった眉。そして、目が合えば尾張は照れを誤魔化すように笑うのだ。 「お、おわ……」 「お前って本当、すごいやつだよな。政岡」 「え……」 「皮肉だろ」 「お、お前が答えるな彩乃……っ!」  俺の慟哭に反応するが如く黒い毛玉も唸り、そして尾張に撫でられている。  まさか、尾張がそんな顔をするなんて思ってもいなかった。気付けばまたいつもの尾張に戻っていたが、俺はやっぱ人間のままでいいということに落ち着いた。  ――数日後。 「はよ」 「尾張、おはよ……!」  避けられることなく尾張の方から挨拶してもらえるこの環境、最高じゃないか?と噛み締めていると、ふと尾張はそっと耳打ちをしてくる。 「昨日の夜、飼い主さんのところに無事届けてきたぞ。ニャン太郎」  どきりとしたのも束の間、少しだけ寂しそうな顔をする尾張につられて声のトーンが落ちた。 「……そうか」 「少しだけだったけど、やっぱ淋しくなるな」  あの後も何度か尾張や五十嵐がいない間ちょこちょこ面倒を見ていた俺からしてみても、喜ばしくもあり寂しくもあった。  俺でさえこれなのだ、なんだかんだ結構可愛がっていた尾張のことを考えると居ても立っても居られなかった。 「……尾張」 「ん? どうした?」 「俺を飼ってくれ……っ!」 「…………気持ちだけもらっておくな」  こ、断られただと……?!  何事かとざわつく周囲の声もどうでもいい。俺じゃ駄目ならやっぱ学校でペット飼えるようにするか……?いや、こんなクソみてえな治安じゃ危ねえしな。 「そうか、俺にはお前がいるんだったな」  なんて考えていたとき、ぼそりと尾張が何かを呟いた。聞き逃してしまい、「どうかしたか?」ともう一度聞き返せば尾張はいつもと変わらない笑顔を浮かべる。 「いや、なんでもない。……独り言だ」  おしまい

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