ようやく涼しくなり始めた秋口。茹だるような暑さとはおさらばできて俺も喜んでいたのだが、俺よりももっと秋を楽しんでる人がいた。 ――アダルトショップ『intense』、休憩室。 「秋はいいねえ、さつま芋に栗、林檎。さいっこう」 椅子に腰を下ろし、フォーク片手に目の前に並ぶタルトを見つめる紀平さん。その目は普段以上に輝きを放っていた。 「紀平さん、やけに機嫌いいっすね」 「あ、わかる? 常連の子に差し入れもらっちゃってさ、かなたんも食べる?」 「あ、どうも」 どうぞー、とテキパキと俺の分のタルトを適当な皿によそう紀平さん。どこの店かわかんねーけど、多分いいところだってのはわかる。 それにしても流石だな、紀平さん。俺差し入れなんてもらったことねえのに。 俺は紀平さんの向かい側の椅子に腰を下ろし、置かれたマロンタルトに早速手を伸ばす。 「お、うまそ……。けど、いいんすか? 俺が貰っちゃっても」 「いいよいいよ、他の子達にもって言ってたし」 「……優しい女性っすね」 「あ、因みに男ね」 「ぉ゛……っ、いや、あざす」 「はは、かなたんは顔に全部出るなあ」 紀平さんのことだからてっきり、と思ったが、なるほど。そういうパターンもあるのか。 普段やたら綺麗なソロの女の人に話しかけられてるから偏見があった。 一欠片、また一欠片とタルトの真ん中から端にかけていただいていく。うまい。咀嚼してると、ふと紀平さんがこっちをじーっと見ていることに気付いた。どうやら既に自分の分を食してしまい手持ち無沙汰になってたらしい。 そして目があい、紀平さんは笑う。 「ごめんごめん、食べにくかった?」 「あ、いや……」 「かなたんって食べ方可愛いよね、草食動物みたいで」 「……か、かわいいっすか、それ」 「可愛いよ。俺の中では上位」 ここ最近紀平さんと二人きりになることがなかったからだろうか。そんな他愛ない会話にもなんとなくどぎまぎしてしまう自分がいた。 紀平さんって、やっぱ結構タラシだよな。この店でタラシじゃないやついるのか?とも思えるが、さらっとこういう言葉が出てくる辺り身をもって突きつけられる。 ……むずむずしてきた。なんか雰囲気が甘ったるい気がする。マロンタルトのせいもあるだろうが、なんか話題。話題を探さなければ俺までタラされかねない。 「紀平さんって、お客さんと仲良くなれてすごいっすね」 咄嗟に出てきたあっさいコメントに、紀平さんも少しだけ目を丸くした。そして微笑む。 「そうかな、俺からしてみたら現役女優の名前空で五十人言えるかなたんのがすごいけどなあ」 「俺のはなんていうか、染み付いてるようなものですから」 「プロじゃん」 「でも、AVコーナーにたまにくるおじいちゃんとしか喋れませんし……」 「いいじゃん、それも十分立派な接客だよ」 あぶねえ、ついうっかりドキっとした。だって普通に褒めてくるのだ。そんなの、普段優しさに飢えてる俺からしてみれば即堕ちせざる負えない。あぶねえ。 「てか、あの気難しいじーさんと何話して打ち解けたのか気になるけど」 「オススメのAVを五本選んでくれって言われたんです」 「で、かなたんはその試験に合格したわけね」という紀平さんの言葉に俺は頷く。 クセの強いお客ではあったが、それからたまに来ては新作情報や引退する女優について話すことはあった。 「それなら、俺のも似たような感じだよ」 「そうなんですか?」 「うん。相手の質問に答えたり、そこから話盛り上がったりして今度飲みに行きましょ〜って感じで連絡先交換して」 ああ、なるほど連絡先――連絡先?! 「ぜ、全然違いますよ! れ、連絡先?! 飲み?! お、俺、そんなこと一度も誘われたことないのに……っ!」 「かなたん絶対変な想像してるでしょ」 「え、えっちなやつじゃないんですか……?」 「…………」 「なんで無言で微笑むんすか!」 「はは、なーんて冗談冗談」 う、嘘だ……!絶対嘘だ! 「かなたんの場合は若い人相手だと人見知り出ちゃうからねえ、もっと会話広げれそうなときもスパって切って逃げるし」 「だ、だって……しつこいって思われたらどうしようって……」 「ま、そういうお客さんもいるよ。話しかけんなオーラ全身に出す人とか。けど……ほら、例えば俺とかはどう?」 そう、自分を指す紀平さん。どう、とは。 「……?」 「ああ、ごめんごめん。言葉足りなかったかな」 紀平さんは言いながらこちらへと手を伸ばす。テーブルの上、置きっぱなしになってた俺の左手にそっと手を重ねてくる紀平さん。一回り以上大きな手のひらに覆いかぶさられ、そこで俺は紀平さんに手を握られていることに気づいた。あまりにも自然な流れすぎて一瞬わからなかった。 紀平さん、と顔を上げれば、じっとこちらを見つめたまま紀平さんはにこりと微笑む。 「今、俺が何考えてるかわかる?」 「き、紀平さんが……?」 「そ。俺が」 「…………」 「……かなたん?」 「もう一個マロンパフェ、食べたい! ……とか?」 ちら、と冷蔵庫に目を向ける。恐る恐る答えれば、紀平さんは顔を俯かせた。 「……っく、ふ」 「な……なんで笑うんすか」 「いやさ、なんか本当ずるいなって思ってさ」 ずるいって、紀平さんが言うのか。それ。 どうやら一頻り笑って満足したらしい。きゅ、と俺の指の谷間に指を這わせた紀平さんは「まあ、概ね正解かな」とにっこりと笑った。 「正確には、『かなたん可愛いなぁ』だけど」 「概ね外れてるじゃないですか……っ!」 「はは、ごめんごめん。……でもかなたん、やっぱり鈍感だなぁ」 「それとも、わざとやってる? それ」指ごと絡め取られ、驚いた。これはなんか、手を繋ぐというよりもなんかちょっと……触り方がエロい。 「き、紀平さん、指」 「相手が何を求めてるか、それを観察して見極めるようになるのが一番早いよ。なにも行動全て監視しろってわけじゃなくてさ、その場の雰囲気とか流れとか、『どこまで行けるか』って少しずつ探りながら自分のテリトリーまで持ち込むんだよ」 「……っ、ぅ、は、はい……」 「例えば、そうだね。……かなたんみたいな欲しがりだけど奥手な子には、逃げ道塞いで一気に踏み込んだ方がいい、とか」 そう腰を上げる紀平さん。気づけば鼻先がぶつかりあいそうなほどの至近距離にあった紀平さんの顔に、「あ」と思った。 ――これはキスされるやつだ。 そう咄嗟に目を瞑ったとき、唇に熱く濡れた感触が触れる。滑られたのだと気付いたのは、舌先のピアスが唇に触れたからだ。 「き、ひらさん……」 「うん、甘いね」 「……紀平さん?! な、なにして……っ!」 「反応遅くない? もっとしていいのかなって思っちゃったじゃん」 「も゛……?!」 もっと?!と引っくり返りそうになる俺に、ぱっと手を離した紀平さんは先程と変わらない笑みを浮かべるのだ。にこにこと人当たりのよさそうな顔。 「ま、こういう感じかな。かなたんも少しずつ人馴れしてきたらいけると思うよ」 「う、あ、ありがとう……ゴザイマス」 「カタコトだ」 これは人馴れとかの問題ではないのじゃないか?と思ったが、「じゃ、俺はそろそろ戻るかな」と立ち上がった紀平さんに思考はもっていかれた。こちらを振り返る紀平さんに、またキスされるのではないかと身構えたとき。 「大丈夫大丈夫、もうしないよ」 「う……」 「ガチガチに警戒されるよりも気が緩んでる時のほうがかなたん、反応面白いから」 この人、はっきり面白いって言ったぞ。 完全に揶揄われてるとわかったが、俺はもう何も言い返せなかった。まだ唇に残ったピアスの感触と、マロンタルトのほんのりとした甘さが残ってた。 ……取り敢えず、紀平さんから教えてもらったことはメモしておくか。 おしまい