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田原摩耶
田原摩耶

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【↑500/総集編版】職業村人、怪しげなバーで秘密のバイトをする。【16,100文字/勇者×村人前提村人総受け/基本勇者視点/シリアス風ラブコメ】

 パーティーの前線から外されてどれほどが経ったのだろうか。  戦う必要はなくなったとはいえど、自分の身は自分で守りたいし、装備だってほしい。イロアスに頼めば金は出してくれるだろうが、ただでさえお荷物であると判断された以上やつに頭を下げることはしたくなかった。  となると、やはり小遣い稼ぎは必要になってくる。  猫探し、子供の世話、庭の草むしり、荷物運び……こんな時代だ、困ってる人間が多いからこそ仕事には困らなかったものの、軍資金としては心許ない。  とはいえ稼げる仕事はそれなりの危険が伴うし、ギルド教会での仕事は勿論勇者様直々への依頼は大抵イロアスが把握してる。  俺がパーティーの雑用以外に小遣い稼ぎをしてるとバレるのは少し癪だった。これに関しては俺の些細な見栄もあった。  そうなると、イロアスの範囲外の方法で割のいい仕事を探すことになってくるわけで。 「…………給仕?」 「ああ、それも男がいいらしい。育ちすぎておらず、まだ未熟さがあればいいとあそこの店主は宣っていた」 「給仕って、ただの水汲みだよな。……本当に割がいいのか?」 「ああ、大抵の給仕は姉ちゃんたちが多いだろ? だから需要があるらしく、その手のモノ好きの金持ちたちからは人気があるらしい」  ガヤガヤと騒がしいバーの一角。カウンターから離れたテーブル席で俺とその男は向かい合って座っていた。  表では出回っていないような仕事を斡旋しているという情報屋。それが目の前の男の肩書だ。見つけるのには一苦労したが、いくつか聞いた話は確かに初めて聞くようなものばかりだった。  需要、と言われてもよくわからないが、確かにナイトは女給仕は目のやり場に困るから苦手だ、みたいなことを言っていた。そういうことなのだろうか。金持ちの考えることはよくわからないが、悪くない話だ。  そして、情報屋にいくつか仕事を紹介してもらった俺は早々に飲み屋を立ち去った。すっかり夜も更けた飲み屋街、俺は情報屋から教えてもらった件の飲み屋へと向かった。  その場所へと向かうに連れ、道端には男を待つ娼婦の姿がやけに目につく。中には女の格好をした男や道端でも構わず乳繰り合ってる男女の姿を見ては何度も道を引き返した。  本当に道があってるのか確認したが、間違いない。飲み屋街と娼館通りのその中央に、その飲み屋はあった。  店内の様子は見えないし、ぱっと見は普通の飲み屋と変わらない。 「……」  接客の仕事はあまりしたことはないが、話によると一晩だけも金は貰えるらしいし、物は経験だ。それに、武器屋のおっさんに一時間ほど店番を頼まれたこともあったし、そのときもなんとかなった。だから、今回も大丈夫だろう。  僅かな緊張ごと飲み込み、俺はその店の扉を叩いた。  ◇ ◇ ◇ 「シーフ、スレイヴを見かけなかったか」 「スレイヴ? 俺は見てねえけど、そういや最近この時間帯どこかへ出掛けてるみたいだな」 「……」  ――どこに行ったんだ、スレイヴ。  街で見つけたスレイヴの気に入りそうな装備品を渡しに部屋を訪ねればもぬけの殻たし、ただでさえここ最近は少々無理させていたという自覚もあった分不安になってくる。  朝飯時にはしれっと戻ってきているものの、まさか他に居場所でも見つけたのかと悪い考えばかりが思考を過ぎった。  宿屋の二階、ラウンジで話し合いしていたときだった。奥の方から人がやってくる。 「どうしたお二人さん、深刻そうな顔をして」 「……メイジ」 「はは、深刻そうなぁ。ま、こいつにとってはそうかもな」 「へえ、それは大変だな。聞かせてくれ」  整った顔に笑みを貼り付けたメイジがこちらを振り返る。元はといえば自分の心配性が原因なのだ。あまり大事にしたくはなかったが、ここまできたら仕方ない。  ざっとメイジに説明をすれば、「ああ、そんなことか」とメイジは顎の下を指先で撫でる。 「相変わらず過保護のようだな、勇者サマは」 「……少し用事があっただけだ。メイジ、何か知らないか?」 「知らないといえば知らないし、知っていると言えば知っている」 「知ってるのかっ?」  思わず声が裏返り、慌てて咳払いをする。メイジは「ああ」とだけ頷き返した。 「けれど、俺も直接見たわけではない」 「なんでもいい、教えてくれ」 「スレイヴちゃんは仕事を探していたようだ」 「……仕事?」 「ああ、仕事だ。それも俺たちに秘密で」 「………………」  頭から血が引いていく。  まさか、そんなはずはない。そう思いたいのに、指先が冷たくなっていくのが分かった。 「とはいえ、こっから先は俺よりもそこの男の方が詳しいだろうな。――なあ、シーフ」  言葉を失う俺を一瞥し、そうメイジはシーフに視線を向ける。 「おいおい、余計なこと教えてやんなって」 「……シーフ、どういうことだ」 「別に隠してたわけじゃねえよ。ただ、見たところ成果はなさそうだったから放置してただけだ」 「スレイヴは……ここに残るつもりなのか?」 「ああ、違う違う。あいつが探してたのは一日や半日で終わるような短期で割のいい仕事。小遣い稼ぎだろ」 「そんなことしなくても、言ってくれれば……」  それとも俺に言うと不都合になるようなものが欲しかったのか?  自分で考えてはどんどんと胃が重たくなっていく。 「ま、そういうわけだから気にするなよ。あいつだって子供じゃねえんだし」 「……そう、だな」 「おっと、勇者サマ?」 「…………外の空気を吸ってくる」  二人の言い分も分かった。分かったが、納得したくない。何故自分があいつのの思惑に気付けなかったのか、そしてそれを俺に隠していた二人にもムカついた。……こういうところが二人から『子供だな』と言われる所以なのだろうが、あの二人と俺のスレイヴへの思いは違う。理解できることも、分かりあえることもできないだろう。  手当たり次第スレイヴの行きそうなところを行って、スレイヴを見かけていないか各所の人間に聞きまわったが手応えはまるでなかった。  結局収穫はなく、宿屋の前であいつが戻ってくるのを待っていたときだ。 「イロアス殿?」  宿屋の扉が開き、大柄な影がぬっと現れた。そこにいたのはナイトだった。 「……ナイト」 「スレイヴ殿を待っているのか」 「あの二人に聞いたのか?」 「ああ。端的にだが。……貴殿のことだ、探しに行ってるのではないかと思ってな」  なんとなく、既に一通り探し回ったあとだとは言えなかった。この男が優しい男というのはパーティーに誘った自分がよく分かっていた。  そして、この男から次に出てくる言葉も予測できていた。 「スレイヴ殿を探すのなら手伝おう」 「気持ちだけで十分だ」 「イロアス殿……」 「今日は任務で疲れただろう。先に休んでおいてくれ」  嘘を吐いたつもりはないが、本心は別にあった。あいつを迎えるのは自分だけでいい――そんなこと、言えるわけがなかった。  ナイトはそんな俺の真意を気付いたのかは知らない。 「心遣い感謝する。しかし、疲れたのは自分よりも貴殿のはずだ。イロアス殿」 「……」 「せめて中で待っていたらどうだ」 「……あいつの」 「む?」 「あいつの帰りを迎えるのは、俺でいい」  立ち上がり、ナイトの前に並ぶ。身長は昔よりも伸びたつもりであったが、この男と並んでいると余計自分が小さな子供のように思えてしまい、無意識に腹の底の劣等感を刺激されるのだ。  この男にあるのは善意だと分かっていても、日頃からあいつに信頼されてるこの男だからこそ余計。 「……イロアス殿――」  そう、ナイトが何かを言いかけたときだった。こちらを見下ろしていたその目が、そのまま俺の背後へと向けられる。  そして、 「スレイヴ殿?」  聞こえてきた足音に、ナイトの口から飛び出した名前に、俺は慌てて振り返った。  薄暗い通り、その奥からこちらへと向かってきていた姿は間違いない――。 「スレイヴ!」 「……っ、なんだ。まだ起きてたのか?」 「お前を待っていたんだよ。今までどこに行っていた」 「どこって……別にどこでもいいだろ」  やけに疲れた顔をしたスレイヴは、こちらを見るなり小さく舌打ちをする。そんなスレイヴの態度が、腹の奥に溜まっていたドロドロとした何かを刺激する。またあの感覚だ。 「……新しい仕事でも見つけたのか?」  咄嗟に口にすれば、スレイヴはこちらを睨む。それからすぐ、ふい、と顔を反らした。 「シーフか? それとも、あの変態魔道士か?」 「いいから質問に答えろ」 「二人とも、落ち着くんだ。……夜も遅いし風も冷える。ここで話すよりも宿屋に戻った方がいい」  仲裁に入ってきたナイトに、スレイヴは露骨に不満を顔にした。言いたいことがあるなら言え、と言いたかったが、堪えた。これ以上ナイトに仲裁入られることの方が耐え難いからだ。  それから、俺とナイトはスレイヴを部屋まで送ることになった。が、あいつは仕事についての肝心なことは話さなかった。小遣い稼ぎの目的も「俺はもうパーティーじゃないからな」と逆に開き直ってくるし、何度その口を塞いでやろうかと思ったがナイトに宥められる。  結局、「スレイヴ殿も疲れてるようだから、また明日の朝話し合おう」というナイトの言葉により解散させられた。  まさか本気なのか、本気で抜けるつもりで金を貯めているのか、スレイヴ。  そんなことばかりが頭の中をぐるぐると巡り、その晩はまともに眠れないまま朝を迎える。スレイヴの部屋の扉が開き、夜の内に出ていこうとするものなら止めるつもりだったが、その必要はなかった。  そして翌朝。 「スレイヴ」 「……お前、寝てないのか?」 「寝れるわけがないだろ。……今度こそ話は聞かせてもらうからな」  スレイヴの部屋の前、扉からあいつが出てくるのを待ってすぐに声をかければ、スレイヴは少しだけ辺りを気にした素振りを見せる。「ナイトならいない」と言えば、「そうじゃない」と即座にスレイヴは否定した。そして俺をじろりと見上げる。 「話も何も、別にお前らには迷惑は掛けていないはずだろ。頼まれたお使いは済ませてるし、別に荷物持ちだってしてる」 「そうじゃないだろ、スレイヴ」 「……なに?」 「夜は俺との約束もあるはずだ。……自分からやると言い出しておいて、まさか忘れたとは言わないだろうな」  人気のない廊下。スレイヴの肩を掴めば、掌の下で体が反応するのが伝わってきた。  俺が言わんとしてることが分かったのだろう。「場所くらい考えろ」と俺の手を取ったスレイヴはそっぽ向いた。 「……じゃあ、そういうときは予め言え」 「急に催すときもある。お前は俺と約束したよな、どんなときでも応じると」 「……っ、……少しくらい自制はできないのか」 「無理だ」  舌打ちをし、スレイヴは俺の手を振り払う。 「じゃあ、そういうときは呼び出すなりしろ。……それで文句はないだろ」 「……そこまでして金がほしいのか?」 「言っただろ、人の勝手だって」 「なんのためだ」 「……そこまでお前に教える必要はない」 「いや、ある。お前を雇ってるのは俺だ。スレイヴ」  どうしても俺に言いたくないのか、スレイヴは叱られた子供のような顔のままそっぽ向いていた。  どこを見てるのだ、目の前に俺がいるというのに。 「ちゃんとこっちを見ろ」とスレイヴの顎を掴んだときだった。どこから扉が開く音が聞こえた。  ――誰かがくる。 「……っ、とにかく、別にお前が心配することはない。お前との約束も守る。……それでいいだろ」 「スレイヴ、」 「飯、食ってくる」  伸ばした指先からするりと抜けるスレイヴは、そのまま一階へと繋がる階段を降りていった。  ……逃げられた。  まだスレイヴの肩を掴んでいた感触が指に残っていた。  ――やはり、何かを隠してる。  俺に言えない理由があるのか。本気で俺に愛想尽かしてるのならば、スレイヴは一切対話に応じないはずだ。それでも拒絶してるわけではなく、それなのに頑なに俺の問いに答えようとしないスレイヴは“異様”だった。  ……今のあいつから目を離すのは危険かもしれない。  そう拳を握り、俺も一階へと向かうことにする。  結局、あの後まともにスレイヴと会話することはできなかった。あいつの方が俺を避けていたのだ。  今日もこのあと任務へと向かわなければならない。今俺にできることといえば、迅速に任務を終わらせて宿へと戻ることだろう。  それだけを考え、俺は宿を出た。  ◆ ◆ ◆  任務を終わらせ、報酬の受け取りはメイジに頼み、俺は宿まで即座に帰還する。  そのままの足取りで二階のスレイヴの部屋まで向かおうとしたとき、スレイヴの部屋の扉が開くのに気づき、咄嗟に階段の影に身を潜める。そのまま段差下の空いたスペースに潜り込めば、スレイヴが降りてきた。  どうやらあいつは出かけたようだ。今すぐにでも止めたかったが、それでは肝心のあいつがどこで何をしているのか分からない。スレイヴが宿屋を後にしたのを確認し、俺は階段下から出た。通りすがりの客がぎょっとしていたが、今は俺にはそんなことどうでもよかった。  そして、俺はスレイヴを追って宿を後にした。  すっかり日の落ちた夜の街、スレイヴの尾行をするのは容易ではなかった。スレイヴは昔から妙に動物的勘が鋭い。時折こちらを振り返るスレイヴから隠れつつも、なんとかバレずに済んだ。  そして、酔っぱらいを避けながら進んだ先、ようやくあいつはとある建物の前で足を止めた。  ――娼館通りと飲み屋街の境目に存在するその建物はバーのようだ。門の前には見張りらしき屈強な男が一人立っており、スレイヴはそれを無視して裏口の方へと向かう。  後を追いかけ裏へと回れば、どうやらそこは従業員専用の出入り口のようだ。扉を開けようにも裏口の扉には関係者しか開けられない魔法がかけられているようだ。諦めて、俺は表口から入ることにした。  丁度表では客らしき男が見張りになにか見せてる。どうやら会員制らしい、会員証を見せた客の男はそのまま扉の奥へと吸い込まれていった。  会員制のバーなんて、ろくな場所ではない。この時点で既に気が気でなかった。本当にあいつはここで働いているのか。脂ぎった男たち相手に身売りのような真似をしてるスレイヴの姿が脳裏に浮かんでは焼き付く。  こうしてる場合ではない、ここは早くスレイヴの無事を確かめなければならない。  そう、俺はそのまま見張りの元へと向かった。まどろっこしい小細工を仕掛ける時間すらも惜しかった。  見張りの男はこちらを振り返り、そして俺の顔を確認するとぎょっとする。 「貴方は、勇者様……?!」 「俺のことを知ってるのなら話が早い。……通してくれ、拒めば俺の仕事の邪魔をしたと判断させていただく」  そう腰に携えていた剣の鞘に触れれば、見張りの男はすんなりと扉を開いた。  邪魔で仕方がない肩書ではあるが、こういうときは大いに役立つ。  店内、長い階段を降りていったその先には大きな扉があった。そしてその扉を開けた瞬間、カランカランと頭の上でベルが鳴る。そして、瞬きをした次の瞬間、視界いっぱいに品のない内装が目に飛び込んできた。  受付カウンターには草臥れたおっさんが一人。従業員のようだ。俺の顔を見るなり、びくっと慌てて背筋を伸ばす。 「いらっしゃいま――え、ゆ、勇者様……?!」 「邪魔する。悪いが、俺は客ではない。人を探してるんだが」  青くなったその受付の男に詰め寄れば、カウンターの奥から何事かと人が覗いた。  そして、そこから現れた人物に俺は息を飲んだ。膝よりも短く、足の付根を申し訳程度にしか隠していないショート丈のパンツ。そして筋肉質でありながらもしっかりと伸びた生足。それを惜しげもなく晒す下着のような履物に目を奪われ、そのまま恐る恐る視線を持ち上げる。短すぎる下はさておき、上はしっかりとしたウエイター服だが、その頭から伸びる二本の黒い耳がより異物感を強調していた。 「おい、なんの騒ぎ――っ、ぉ、お前……っ?!」  ほんの一瞬、目の前の光景に囚われていたときだった。そいつもこちらに気付いたようだ、ぎょっとしたスレイヴは顔を顰めた。後ずさるスレイヴに合わせてその二本の耳が揺れる。――バニーガールの男版、所謂バニーボーイが存在するということは知っていた。しかし、まさかバニーガールから最も離れたあいつがこんな格好をしてるなんて誰が思うのか。  強烈な光景に、目眩を覚えた。夢だと言われてもまだ納得できる。  いや、落ち着け。……夢ではない。そしてこれは現実だ。深呼吸を繰り返し、破裂しそうなほど高鳴る心臓を抑え、肺に溜まった息を吐く。けれども落ち着けるわけがない。ああ、当たり前だ。  ――なんて格好をしてるのだ、こいつは。 「………………スレイヴ、ここで何をしてるんだ?」 「い、イロアス……っ、お前、俺を着けてきたのか?」 「当たり前だ。そもそもなんだその格好は。まるで……っ」  そう言いかけた矢先のことだった。カランカラン、と背後で来客を知らせるベルが鳴り響く。どうやら客が来たらしいが今はそちらに気を取られている場合ではない。 「お、お客様、落ち着いて下さい」 「俺は落ち着いてる」  そう俺とスレイヴの間に割って入ってくる男の手を振り払ったとき。いきなり左肩を掴まれた。 「落ち着いてるやつは落ち着いてるって言わねえんだって。なあ、イロアス?」  聞き慣れた軽薄な声に名前を呼ばれ、振り返った俺はそのまま硬直する。それはスレイヴも同じだった。俺の背後に目を向け、スレイヴは青ざめる。 「っ、シーフ……って、お、お前ら……なんで……」 「ほぉ、これはこれは。随分いい趣味の店だな」  シーフだけではない。興味深そうにスレイヴを眺めるメイジの隣には居心地の悪そうなナイトの姿もあった。 「すまない、イロアス殿の様子が気になってな。追いかけようとしたところに丁度シーフ殿たちに出会ったんだ」  それでこの二人に半ば強引に引っ張ってこられたのだろう。目に浮かぶようだった。  スレイヴのこの格好をこれ以上ひと目に晒すのは不本意だった。上着を脱いでそのままスレイヴに体を隠せと投げ渡せば、不服そうにしながらもそれを受け取る。そんな動作ですら揺れる兎の耳が目について仕方がない。 「余程俺たちに見つかるのは都合が悪かったようだな」 「当たり前だ。……はぁ、クソ。もういい、どうせ今日までだったからな」  俺の言葉に、スレイヴは苛ついたように吐き捨てる。そして、近くでオロオロとしていた従業員の男に声をかける。 「おい……奥の個室、借りるぞ」 「あ、ああ、それは構わないが……」  そして短く言葉を交わしたあと、スレイヴはこちらを振り返った。 「お前ら、迷惑料に金は置いていけよ」  ◇ ◇ ◇  スレイヴに連れてこられた部屋は、所謂上客向けの特別な個室のようだ。表向き酒場を名乗ってるからベッドこそ置かれていなかったものの、特定のスタッフと二人きりになり特別な接客を受けるというその仕組はどう考えても黒だ。 「スレイヴ、お前まさかここで……」 「先に言っておくが、俺はホールで注文を受けるだけだ。……ここでの接客は専用の人間がいる」  どうやら俺が言わんとしていたことが伝わったようだ。先回りして答えるスレイヴに内心ホッとした。が、ホールに居る物好きの変態どもはスレイヴの脚部を舐めるように見られていると思えば気が気でなかった。 「それにしてもまあまあいい部屋だな。スレイヴ、こっちで俺を持てなせよ」 「おい、遊びに来たんじゃないだろ。じっとしてろ」 「そうだな、俺はお前を連れ帰りにきた」 「因みに俺たちは冷やかしだ」 「あんたらには聞いてない」 「冷てえ」  緊張感のないシーフたちには辟易する。が、俺が話している相手はスレイヴだ。今外野の声を気にする必要はない。  L字型のソファーに大の男四人とスレイヴが座る形になる。こんな人数での座ることは想定されていなかったようでなかなか窮屈ではある。 「にしても、窮屈ではあるな」 「だったらお前が立てばいいだろ、メイジ」 「冗談。俺たちは任務帰りで疲れているんだ、スレイヴちゃんこそ立って俺たちに奉仕をする必要があるんじゃないか? せっかく素敵な召し物をお持ちのようだしな」 「…………」 「メイジ殿、そう煽るな。自分は立っているから広く使ってくれ」 「いい、ナイトは座ってろ。……俺が立つ」 「逃げるつもりか、スレイヴ」 「飲み物を用意する必要があるって話だ。……逃げねえよ」  俺に疑われたことが不服だったらしい。むっとするスレイヴ。結局、スレイヴが飲み物と一緒にいくつか椅子を持ってくることとなった。そこにナイトとシーフが座り、ようやく落ち着いた。  それぞれの手元にグラスを置いていくスレイヴ。その姿が妙にぎこちなくてハラハラしたが、無事配り終えて一仕事終えたような顔をするスレイヴにほっとした。……違う、和んでいる場合ではないのだ。上半身のガードはしっかりとしてるものの、体のラインがくっきりと出た制服はいかがなものかと思う。  トレーをテーブルの上に雑に置き、俺の隣へと腰を下ろすスレイヴ。「言いたいことあるならさっさと話せ」と言わんばかりの顔でこちらを見るスレイヴ。予想していなかった他のやつらの登場に出鼻を挫かれてしまっていたが、どうやらようやくここまで来たようだ。  俺は気を取り直してスレイヴに顔を向ける。ぴょこ、と揺れる兎の耳がちらつく度に思考が乱されるが、仕方ない。咳払いをして誤魔化した。 「……お前は好き好んでこんな格好するようなやつじゃなかっただろ。そこまで金に困ってたのか? それとも、この店になにか弱味でも握られてるのか?」 「別に弱味は握られてない」 「ならなんで」 「金が欲しかったから」 「それなら俺に言ってくれれば……」 「だから、それが嫌なんだって言ってるんだ」 「……っ、スレイヴ……」 「お前が居なくても金くらい稼いで貯めておきたかった。……俺はパーティーでもない。なのに、今まで通り全てお前におんぶに抱っこのままでいたくなかった」 「俺は構わない」 「だから、俺が嫌だって言ってるんだよ」  堂々巡りとはまさにこのことだ。スレイヴのやつは昔からこうなのだ、変なところで頑固だし、こうと決めたら揺るがない。そういうところに強く惹かれたのも、何度も救われたことも事実だが、今となってはそんなスレイヴの頑固さが憎たらしくも思えてしまうのだ。 「まあまあ、二人とも落ち着きなって。ほら、取り敢えず乾杯しようぜ」  無言で睨み合う俺たちに、シーフが声を掛けてくる。酒を飲めば少しはスレイヴの口も軽くなるのか。あまりスレイヴに酒を飲ませたくはない、こいつが強くないとは知ってるからだ。けれど、今はそれが助けになる可能性は大いにある。  グラスを手に取る。「スレイヴ、お前も呑めよ」と促せば、小さく舌打ちをしたスレイヴはグラスに手を伸ばした。  乾杯の合図もなく飲み始める俺たちに、「あーあー」とシーフとメイジは笑ってる。面白がられようがこの際関係ない。今俺が話してるのはスレイヴなのだから。  一気にグラスの中の酒を呷った瞬間、焼け付くようなアルコールとその匂いに脳が熱くなるのを感じた。頭が冴え渡るようだ。目の前のスレイヴの顔も普段よりもくっきりして見える。照明のせいだろうか、その肌はほんのりと赤く色付いていた。 「……ここを出ていくために金を貯めてるのか?」 「お前はそうやってすぐ先走るな」 「……だって、そういうことだろ」 「元々、俺を追い出したのはお前だっただろ」  手元のグラスに残った酒を見つめたまま、ぼそ、と呟くスレイヴ。その言葉は魚の小骨のように喉に引っかかった。  ああ、そうだ。俺だ。こいつを危険な旅から離れさせようとしたのも俺だった。けれど。 「……今は状況が変わっただろ」 「……そうだな」 「……」 「……」  頭が冴え渡ろうが、口数が減るスレイヴに俺は何も言い返せなくなる。こいつを言い負かしたいわけではない。ただ、俺に秘密や隠し事をしたり、ましてやこんな変態御用達の店で働くことをやめてもらいたかっただけなのに。 「イロアス、グラス空いてんな。もっと飲め飲め」 「……ああ、悪いな」 「お構いなく〜」と笑い、シーフは並々と酒を注ぐ。俺はそのまま中の酒を飲み干した。  ガツンと脳を揺さぶるようなキツイ喉越しが癖になる。首から上に血液と熱が集まっていくのがわかった。 「いい呑みっぷりじゃねえか、イロアス」と外野がうるさい。スレイヴは「呑み過ぎだ」と咎めてきたが、「迷惑料は払わせてもらう」と返せばそれ以上なにも言ってこなかった。  スレイヴがなに考えてるのか分からない。少なくともスレイヴにとってこの現状が好ましくないということは分かってる。無理強いさせてるということも理解してるが、それもこいつの合意の上だったはずだ。  スレイヴへの不満が頭の中にぐるぐると回っていくのと一緒に、アルコールが脳から全身へと回っていくのを感じた。俺は空になったグラスをテーブルに置いた。 「百歩譲ってお前が貯金するのは構わない。……けど、なんでよりによってここなんだ」 「あ、それ俺も気になってた」 「スレイヴちゃん一人ならまずここの選択肢はないはずだからな」  シーフとメイジがウンウンと頷いてる。そもそも、本来ならばこんな見世物のような格好すら嫌がりそうなものなのに。と、スレイヴの動きに合わせて揺れる兎の耳に触れる。スレイヴは嫌そうな顔をしてこちらを一瞥したが、俺の手を振り払うことはなかった。 「……金払いがよくて短期だって、勧められた」  その代わり、その口から出てきた言葉にぴくりと全身が固まった。空気を読んだシーフがもう一杯酒を注いだ。頭に血が登っていく。……ああ、駄目だ。冷静になれ。そうだ、深呼吸をしろ。それから、喉を潤そう。グラスを手に取り、ぐび、と口をつけたあと、ゆっくりとスレイヴに目を向ける。スレイヴはこちらを見ようともしてない。自分も都合が悪いという自覚はあるらしい。 「……誰にだ?」  そう声を絞り出せば、そっぽ向いたままスレイヴは「この街の情報屋」と応えた。  熱が、脳に溜まっていく。感情が煮え滾っていく。 「ふはっ、なるほどなぁ。スレイヴなりに頑張って情報収集してたわけだ、俺等に黙って」 「言う必要はないだろ」 「ある」  だん、とグラスの底をテーブルに叩きつければ、他三人の目が驚いたようにこちらを向いた。そしてスレイヴもこちらを見るのだ。ぎょっとした顔で。 「……っ、あるに決まってるだろ。お前の雇用主は俺だ、スレイヴ。そんな何処の馬の骨かも分からない男に娼館を紹介されてノコノコと働いて、おまけになんだその……なんだその脚は、見ろと言わんばかりの格好をして。その服もだ、よく見たらなんでそこに穴が開いてるんだ、理解ができない、ふざけるな」  煮え滾ったどろりとしたものが、一気に腹の底からぶち撒けられるのがわかった。思わず立ち上がる俺に、慌てて席を立ったナイトが肩を掴み、座らせてくる。 「い、イロアス殿、落ち着け。一度水を飲もう」 「俺は喉は乾いてない。シーフ、酒をもっと強い酒を持ってこさせろ」 「はいよ〜」 「シーフ殿、これ以上は……」 「ナイト覚えとけよ、こういうときのイロアスは酔い潰した方が早いんだよ」 「……良くないぞ、それは。良くない」 「まあまあ、ほら、ナイトも呑んでおけって」 「自分は結構だ……って、おい、メイジ殿……っ!」 「おい、嫌がってるやつに酒を――」  そう、メイジにグラスごと酒を呑まされているナイトに目くじらを立てるスレイヴ。こいつもこいつだ、いつだってナイトナイトナイト。少し前までは俺の名前ばかりを呼んでいたのに、いつからだ、こんなことになってしまったのは。  気付けば俺はスレイヴの顎を掴んでいた。直ぐ目の前、きょとんとした丸い目に自分の顔だけが写り込んでるのを見て理解する。 「スレイヴ、今お前と話してるのは俺だよな」 「イロアス……っ、おい……っ、やめ、んむ……っ!」  俺と話してるときに他の男の名前を呼ぶその口が憎たらしくて、気付けば俺はスレイヴの唇を己の唇で塞いでいた。  暖かくて、柔らかい。ずっと味わっていたい心地の良い感触に一瞬思考が飛びそうになる。 「……っ、おい、……っ、ん、む……っ」 「ほお。やるじゃないか、勇者サマ」 「い、イロアス殿、落ち着け……っ!」 「まあまあまあ、キスくらい減るもんじゃないだろ?」 「そういう問題ではないだろ!」  ガヤガヤと騒がしい外野の声すらも気にならなくなるほどのぷにぷにとした、それでいて固くきゅっと結ばれた唇に舌を這わせる。逃げようとする体を抱き締め、そのままスレイヴの腰を抱き寄せて己の膝の上へと座らせようとしたときだった。  スレイヴは俺の胸を押し返し、ぷはっと唇を離すのだ。 「スレイヴ」と名前を呼ぶよりも先に、あいつはゴシゴシと唇を拭う。そんなに嫌だったのかとショックを受けると同時に、そこら辺のどこぞの馬の骨に対してはこんなに簡単に素肌を見せるくせにと沸々と怒りがこみ上げてきた。 「……っ、お前、人を馬鹿にするのも……」 「馬鹿にしてるのはどっちだ」 「……っ」 「こんな服着て奉仕活動をしたいというなら俺だけにしろ。……金は払う。そうしたらいいんだろ」  結局、元はといえばスレイヴがこんなところまで辿り着いてしまったのは金が問題だったのだ。  とはいえど俺に頼りたくないというのはスレイヴらしい。だからと言って、こんなところで働かせることは絶対に許すことはできない。ああ、絶対にだ。 「お、まえな……っ、人の話聞いてないだろ……っ!」 「これは譲歩した結果だ、スレイヴ」 「お前……っ」  怒りに身を任せ、ぐっと乗り上げてきたスレイヴは俺の胸ぐらを掴む。ぴっちりと肌に張り付くように強調された胸元が嫌でも視界に入ってきて気が逸れそうになるのを必死に堪えた。  あそしてしばらく俺達は睨み合う。正確には、お互いに目をそらすタイミングを失っていたというのが正しいのかもしれないが。 「なんだ、仲直りしたのか。つまんねえの」 「どこをどう見たらそうなるんだ……」 「もっとイロアスに飲ませるか」 「シーフ殿」 「冗談」 「……スレイヴ殿、イロアス殿も……二人とも少し頭を冷やして話し合った方が良い。ほら、水だ」  そんな中、見兼ねたらしいナイトがグラスを片手に近付いてくる。俺の上、掴みかかってきていたスレイヴをやんわりと引き離すナイト。  普段ならば他人に触れられることを嫌がるくせに、仲裁に入るナイトに対し嫌がるどころか大人しく身体を預けるスレイヴの姿を見て更に頭に血が昇っていくのがわかった。  だから、俺は半ば強引に引き離されたスレイヴにくっついていくようにしてぴとりと隣に座る。他が空いていようが今は俺はスレイヴと話しているのだ、関係ない。けれど。 「……っ、なんだよ、隣に座るなよ。狭いだろ」 「別になんらおかしなことではないだろ。……昔は俺達はずっとこうやって座ってた。それともなんだ、不都合でもあるのか」 「それは狭いボロ馬車の中での話だろ……っ、て、う、おい……っ! 潰れる……っ!」 「い、イロアス殿……」  スレイヴがナイトにしたように、そのままスレイヴへと凭れかかれば、体の下でスレイヴが「いい加減にしろ」とぺちぺちと腕を叩いてくるのだ。痛くも痒くもなかったが、胸の奥は相変わらずじぐじぐと痛んだ。  何故俺のことは嫌がるのだと。 「……スレイヴ」 「酒臭……っ、おい、寝るな。寝るならせめてあっちに行け、聞いてるのかイロアス」 「ねて、いない。眠るはずがない……俺は、真剣にお前のことを考えて……」 「呂律が回ってないぞ、酔っぱらい……」  眠くない。はずだ。そうだ、俺はちゃんとしている。けれど、スレイヴの高体温に触れていると心地よくてずっとこのままでいたくなってしまうのだから仕方ない。これはもうずっと昔、産まれてきたときからそうだったのだから。   「まあまあスレイヴ、イロアスも寂しかったんだってさ。お前が放っておくから。今夜くらいはその脚で膝枕してよしよししてやればいいんじゃないか?」 「お前、人ごとだと思って適当なこと言って……っ! い、イロアス、おい……っ」  囃し立てるようなシーフの声が頭に響く。それから、スレイヴの声も。  あれほどまで脳を支配していた怒りはアルコールによって芯をなくすほどに溶かされていく。  スレイヴ、と名前を呼ぼうとあいつに凭れかかろうとして、しっかりとした手に抱き留められる。硬く、乾いた指。生傷が耐えない指。その手を握り締め、そのまま唇を押し付ければ「おい」とスレイヴは目を丸くした。 「……危ないこと、しないでくれ。心配なんだ、お前が……」  お前に、何かがあったら。  そう言葉を続けるよりも先に、辛うじて保っていた意識が俺の手元から遠退いていく。そして代わりにやってきたのは強烈なほどの睡魔だった。  まだ、たくさん言いたいことあったのに。  半ばしがみつくようにスレイヴの腰に腕を回したまま、それを最後に意識は途切れた。 「寝るならベッドで寝ろ……っ!」  べちん、と顔をなにかに殴られ目を覚ます。  何事かと思えば、何故か目の前には足があった。 「……ここは……」  飛んできた足を掴んだまま辺りを見渡す。ぐわんぐわんと揺さぶられる脳味噌に吐き気を覚えつつ辺りを見渡せば、そこにはよく見知った幼馴染がいた。  広いベッドの上、寝相の悪さで一回転したらしい、剥き出しになっていた素足という朝っぱらから刺激の強いものを目の当たりにし心臓が痛い。  というか、そうだ。確か俺はこいつの職場へと乗り込んで――それでどうなった。 「……ん、なんだ、起きたのか」  そこで、幼馴染が目を覚ます。もぞりと丸めていた体を伸ばし、不機嫌そうな目でこちらを見た。普段の動きやすさを重視した服とは違う、きっちりと着込んだ、寧ろスレイヴが嫌いそうな体の線を強調するような防御力もクソもない扇情的な服。 「お前、なんで……なんだ、その格好は」 「…………」  そう思わず口にしたとき、スレイヴはかつてない程の白い目をこちらへと向けてきた。 「……お前、もう酒飲むなよ。絶対だ」 「酒……?」 「まさか全部忘れたとか言わないよな」  どんどん冷たくなっていくスレイヴの目に言葉に詰まる。必死に記憶を取り戻そうとするが、思い出すのはスレイヴの剥き出しになった腿、背を逸らすたびに強調される胸、それからほんのりと赤くなったスレイヴの目――。  と、そこまで記憶を呼び起こしたとき、スレイヴに頬をぺち、と軽く叩かれる。そのままこちらを向けと言わんばかりに真正面から覗き込まれ、朝っぱらから近すぎる距離に息を飲んだ。 「いっ、ぉい、スレイヴ……!」  じっとこちらを覗き込んでくる二つの目。心臓が跳ね上がったとき、断片的な記憶が蘇った。  そしてここがどこなのかを思い出す。ああそうだ、確か俺はこいつの働いてるというレストランバーへと駆け付けて、そこで確か……。  そう考えたときだった。 「二人とも、体調は大丈夫か」  スレイヴの肩越し、現れた影に慌てて俺は起き上がる。そこにはよく見知った仲間の顔があった。 「め、いじ……っ、う」 「あまり無理に起き上がらない方が良い。……なんせ、昨夜は大分酔っていたからな」 「他の皆は……」 「ナイトは一足先にここから出ていった。確か支配人と何か話してたな。……シーフのやつは、そこだ」  そうメイジが指差した方へと目を向ければ、ソファーからはみ出てる足を見つけた。そして続けて聞こえてきたイビキと付近のテーブルに転がった酒瓶に「ああ……」と納得した。  ここまできたら思い出したくない、という気持ちが強い。 「確認、させてほしい」 「ああ、どうぞ」 「ここは……俺達はここで何を……」  まさか妙なことにはなっていないよな。と恐る恐る声を絞り出せば、スレイヴとメイジは顔を見合わせた。そして。 「説明が面倒だからもう一度眠らせるか」  そう一歩前に出るメイジ。「おい」とスレイヴが咎めれば、「冗談だ」とメイジは肩を竦める。 「お前の冗談は微塵も面白くない」 「スレイヴちゃんは手厳しいな」  そんな二人のやり取りを見て、朧気だった記憶が段々色濃く浮かび上がってくるのだ。  ああそうだ、俺はスレイヴの後を追いかけてあの店に押し入って、それで。 「……っ、ここは……もしかして」 「オーナーに頼んで一晩部屋を貸してもらったんだ」 「…………すまなかった」 「悪いとは思ってるのか」 「オーナーさんには後から俺から謝罪しておく」 「それについてはもうナイトがやってるだろう、お前は気にするな」 「けど……」  嗜めるようなメイジの言葉に迷ってると、隣でじっとこちらを見ていたスレイヴが「おい」と顔を寄せてきた。その近さと、シーツの下から覗く筋っぽい太腿に目を奪われたのも一瞬。こちらへと身を乗り出してきたスレイヴに視界を奪われた。 「俺にはないのか」 「なにがだ」 「謝罪は」  ――謝罪。  そう繰り返そうとした瞬間、はっきりと思い出した。酒で頭が焼けるような熱に支配され、制御できぬままこの唇を奪ったことを。  あの感触は、熱は、間違いなく現実だった。 「思い出したか」 「その……悪かった」  怒ったときのスレイヴは頑固だ。それに、後ろめたさは己にもあった。素直に謝罪すれば、一応は納得してくれたらしい。「ん」と小さく唇を尖らせ、スレイヴは俺の上から退いた。そして、そのまま隣で胡座を掻く。その格好で脚を開くな、と膝にシーツをかければ、自分の格好に気付いたらしい。渋々スレイヴはそれを受け入れた。そして、 「……俺も、大人気なかった。今度からは先にお前に行っておく」 「だからと言って副業は認めないが」 「おい、話が違うだろ」 「当たり前だ、それとこれとは……っ、つ……」  言いかけたとき、急に頭に血が昇ったようだ。目眩を覚えそのまま頭を押さえる。「イロアス」と慌てて俺の体を支えたスレイヴ。そのまま伸びてきた手を握り締めれば、スレイヴはこちらを見上げた。 「む……」 「心配なんだ。……お前が」 「……それは俺が頼りないってことか?」 「そうじゃなくて、その……嫌なんだよ。俺が。……俺の知らないところでお前が何かあったら」 「心配性だな」 「ああ、そうだな」 「おまけに、自分勝手だ」 「お互い様だろ、それは」  言い返せば、スレイヴは少しだけむっとしたあと、目を伏せる。そして、「そうだな」と小さく息を漏らすように笑うのだ。  隣にスレイヴがいて、スレイヴが笑っている。それだけで十分満たされていく己に気付いたとき、本当はもっと単純な話だったのかもしれないと二日酔いの頭でぼんやりと考えた。  それから俺達は着替え、部屋をあとにした。支配人さんにも謝罪をし、部屋代と酒代、そして迷惑料を含めた金を払うことでなんとかスレイヴは辞めさせてもらうことになった。  スレイヴとはそのまま穏便に、とはいかなかったが、妥協案という形で落ち着くことになる。  ――ギルド協会で募集かかってる簡易クエストなら、一人で受けてもいい。  ――その代わり、そのクエスト内容は確認させてほしい。束縛するつもりではなく、安全性のために。  ――クエストで稼ぐことについては文句は言わない。好きにすればいい。   限界まで譲歩した結果、そういう結果に落ち着いた。  スレイヴは不満そうではあったが、こいつの場合は元からの顔が不機嫌顔なので分かりにくい。それよりも「その代わり、お前は酒飲むなよ」という余計な交換条件を結ばれてしまうこととなった方が手痛いが、スレイヴとの約束だ。守るしかない。  そして数日後。  クエストへと向かう途中、通り掛かった教会で子供たちと草むしりをしてるスレイヴの姿を見つけた。 「頑張ってるな、スレイヴ殿」 「……ああ、そうだな」  こちらには気付いていないが、楽しげに子供たちに囲まれてるスレイヴを見て自然と頬が綻んだ。  自分のいないところで知らないあいつがいると思うとやはりヤキモキはするが、夜、帰って今日はなにがあったのかとスレイヴに聞くという新たな楽しみが出来たことも事実だ。 「おい、お二人さん。俺等もさっさと行くぞ」  ぼんやりとスレイヴを眺めている内にいつの間にかシーフとメイジに抜かれていたようだ。呼ばれ、「ああ」と頷いた。  ――今夜、あの店から貰ってきた制服を着せるのも悪くないな。  そんなことを考えながら俺は仲間たちの輪へと混ざった。  おしまい

【↑500/総集編版】職業村人、怪しげなバーで秘密のバイトをする。【16,100文字/勇者×村人前提村人総受け/基本勇者視点/シリアス風ラブコメ】

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