魔界に来てからどれほどの月日が経過ぎただろうか。大分慣れたと思っていたが、毎日毎日新たな発見があるのだから不思議だ。 今朝は空からたくさんのキャンディが降ってきたし(どうやらグレア先生が関係してるらしい)、昨日は空から生魚が降ってきた。魔界にも梅雨があるらしいが、どうやら俺が知ってる梅雨とは一味二味ほど違うみたいだ。 「いて、いてて……っ!」 「伊波様、その傘から顔を出してはいけないと言っただろう」 「う、ごめん。つい……いてて……っ! ……お、美味しそうだったから……」 空から降り注いでくるキャンディがぽこんぽこんと音を立て、傘から落ちて地面に転がっては積もっていく。そして色とりどりの包みに入ったキャンディたちは、小さな小人の妖精みたいな魔物たちがせっせと袋に入れて回収していた。なんともメルヘンな光景だ。 「また貴方は」と呆れる黒羽は、思い出したように制服の袖から何かを取り出す。 「腹が減ってるのならばこれを食べればいい」 「……? なにこれ?」 「非常食だ。人間にとっても栄養価は高いはずだ」 「へえ〜」 銀の個包装に入ったそれは、日本でも売られてる栄養補助食品にも見える。黒羽さんが食べてるものは興味がある。俺はすぐさまその包装を破いた。中には俺の想像していたものとよく似た厚めのクッキーのようなものが現れる。 「じゃ、いただきま――硬……ッ! 黒羽さん、これ硬いよ……!」 「す、すまない。伊波様、歯は欠けてないか?」 「らいじょおぶれふ……」 「人間の歯の柔らかさを甘くみていた。……これは回収させてもらう」 よしよしと顎を撫でられ、ついでにそのまま黒羽によって非常食は取り上げられた。石を齧ったような感覚がまだ顎に残っている。 黒羽さん、普段こういうものを食べてるのか。ちゃんと食べてみたかったな……。と肩をがっくし落としていたときだ。 「そこの僕、そこの僕」 いきなり背後から声を掛けられる。聞いたことのない声だ。振り返れば、そこには深くフードを被った怪しげな男が立っていた。 「ん? 俺?」 「甘い甘いキャンディが食べたいのならうちの店に寄ってかかない?」 そう手招きする男の背後には、色とりどりな装飾を施された愛らしい店が存在していた。 ポップな扉の前には、キャンディーモチーフの様々なぬいぐるみやポスター、そして看板が置かれてる。 「へえ、可愛いお店だな……。新しくできたお菓子屋さんかな」 そう近付こうとしたところ、黒羽に首根っこを掴まれた。 「く、黒羽さん……っ?!」 「当たり前だ。……見るからに怪しいだろう」 「酷いことを言うなあ。怪しいものではないよ、ちゃんと魔王様に出店許可も貰ってるんだから」 「ほら、ここ」と店主の男は、店の壁にバンと貼られたポスターの隣に並んだ出店許可証を指で指す。ご丁寧に額縁で飾られているそれは俺にはなんて書かれてる分からなかったが、黒羽には伝わったらしい。 「む……それならば……いやしかし、無闇矢鱈と伊波様に糖分を摂取させるわけには……」 「まあまあそう言わずに。梅雨限定のキャンディショップだ、たまには味変も悪くないんじゃないか?」 「梅雨限定なんだ……あっ、アメの日だからってこと?」 「いや、関係ない」 「そっか……」 話を聞くと、どうやらここは元々テナントのようだ。開店したばかりなのに、今日の天気が飴ということで暇をしてたらしい。 「まあ、中覗くだけなら……いいよね、黒羽さん」 「伊波様、また貴方は……」 「だめ……?」 そうお願いします黒羽さんと念を送りながら見つめれば、やがて黒羽は渋々頷いた。 「………………今回だけだぞ」 「黒羽さん、ありがとうっ」 「それと、何かを口にする場合にはまず先に自分が毒味をする。無闇矢鱈なんでも口に放り込まないことだ」 「は、はい……」 俺はそんなに何でもかんでも食うやつだと思われているのだろうか。 なんとかその悪印象を払拭させなければな、と思いつつ俺と黒羽は店主に招かれるがままそのキャンディーショップに足を踏み入れた。 店の外装から感じてはいたが、内装もインテリアから商品までカラフルで異空間に迷い込んだような感じだ。なんというか、俺がもっと子供だったら夢の世界だと思ってしまうようなワクワク感。 視界につくもの全てが新鮮で、あらゆるものに目が奪われてしまう。 「へえ、この飴可愛いなぁ。こっちは飴細工コーナーかな? ……すごい、これも食べれるんだ……」 「食べてみるかい?」 「え? いいんですか?」 「ああ、君みたいな可愛い男の子には特別さ」 店主は笑いながらショーケースの中から小さいサイズの飴細工を取り出し、その棒を俺に渡す。大きな魚を模した飴細工だ。 「やっ――」 「伊波様」 たあ!と、ちろりと口にするよりも先に黒羽に肩を掴まれる方が早かった。 無言の圧だ……。 「わ、分かってるよ。……じゃあはい、黒羽さんにあげるよ」 「あれま。そっちの彼にも同じものをあげるからそんなにがっかりしないでくれ」 「わあ、いいんですか?」 「もちろん、君たちは記念すべきお客様一号だからね」 「……そうか、心遣い感謝する」 よかった、黒羽さんの警戒も少し溶けたかもしれない。フードの下、店主さんはニコニコしながら「気にしないでくれ」と続けた。 それから黒羽は飴細工をぱくりと口にした。もっと見た目とか楽しんだり少しずついかないのか?!と驚いたのも束の間、ボリボリと咀嚼した黒羽は「む」と眉間に皺を寄せる。 「く、黒羽さん、どう?」 「……美味だな」 「本当?」 「しかし……よくできている、魚の見た目で味が砂糖というのはなかなか面妖ではあるが」 「それはよかった、烏天狗様の口にあったのならば至極光栄」 「じゃ、じゃあ俺も……」 我慢できず、そのままちろりと舌を伸ばし、魚の顔を舐めたときだった。 「あっま……っ!!」 「おや、坊やの口には甘すぎたかな」 「けほ……っ、ぉ、俺、甘いの好きだけど……すご……っ、黒羽さん普通に食べちゃったの?」 「すまない。……そうか、人間の口には甘すぎるのか」 飴から舌を離したあとも尚、舌の先にびっしりと砂糖がこびりついたような甘さが取れない。 一舐めでこの甘さだ。一気にいかなくてよかった。 「ん……っ、けど甘いけど……確かに美味しい……なんの味だろ?」 「他にも甘さ控えめののキャンディはある。気になるのがあったら言ってみな」 「ありがとうございます。……黒羽さん、店主さんすごくいい人だよ」 「……伊波様、食べ物を与える人間をすべからく善人判定するのは危険だ」 「そ、そこまでちょろくないよ! ……俺は俺の直感を持ってそう判断したんだから」 そうボソボソと小声で反応すれば、「本当か?」と鋭い視線が飛んできた。 俺はこの話題から逃げるべく、慌てて他の棚を見に行く。 「あ、ほら黒羽さん、このキャンディとか美味しそうだね。ほら、形がなんか宝石みたいでキラキラしてて可愛いなぁ」 「まあ、造形には拘ってるようだな」 「お目が高いね、お客さん。それはちょっと不思議なキャンディーになってる」 「不思議?」 「ちょっとしたジョークグッズみたいなものだ。食べた者によって、ここに書いてる効能が現れるというものだ」 そう店主さんに差し出された小さな紙を受け取る。『一日声が変わる』『全身が発光する』『体からシロップが出る』『頭からランダムな魔物の耳や尻尾が生える』……などなど。 「へえ、面白そう!」 「そうだろ? 巷では子どもたち同士のお遊びで使われるような安全性の高いものになる、だから保護者の方も安心ってね」 「だってよ、黒羽さん」 「まさか、それが欲しいと言わないだろうな」 「……だめ?」 「……っ、ぐ、……買ってどうする。そんなもの」 「今度晩飯のときにでも巳亦やテミッドたちと食べようかなって。面白そうじゃないかな。……もちろん、黒羽さんも!」 「……伊波様……」 ぐ……やっぱり駄目かな……。 ただでさえ普段から怖い顔してる黒羽の表情が一層険しくなっていく。 お願いします黒羽さんと訴えかけ続ければ、やがて黒羽は諦めたように深く溜息を吐いた。 「……一箱だけだからな。それと、絶対に私の目の届かないところで食さないように」 「……っ! 黒羽さん、大好きっ! ありがとうございますっ!」 「だ……ッ!」 「じゃあ店主さん、これお願いします!」 そう一箱、宝箱を模したキャンディーボックスを手にしたまま俺は店主さんの元に駆け寄る。 「毎度あり〜」とフードの下、三日月形に唇を歪めた店主さんは一瞬にして可愛い袋に詰めてくれた。「他のお友達にも紹介してね」とおまけに二本の棒付きキャンディーも入れてくれながら。 終始黒羽は居心地悪そうではあったが、ちょっとした息抜きには丁度いいだろう。それに他にも気になるキャンディーがあったし、また今度学校帰りにでも覗こうかな、なんて思いながら俺たちはその店を後にする。 外は相変わらず飴模様だった。 「それで、これがその店で買ったっていうキャンディーか? また随分と可愛い趣味だな」 「キャンディー……お、おいしそう、です」 「あっ、テミッド、まだ食べちゃ駄目だからな。せっかくだから、皆でゲームして遊んで、最下位だった人に一粒ごと食べてもらうっていうのは楽しそうじゃないか?」 ――夜、俺の部屋にて。 黒羽監視の元、食後、巳亦とテミッドを部屋へと招き入れては日々こっそり買い溜めていた魔界のパーティーゲームで遊ぶことになる。 黒羽は「またこんなに無駄遣いをして」と言いたげな顔をしていたが、「人にもらったやつもあるから」となんとか誤魔化し事なきを得た。 「罰ゲームか。……それで、このキャンディーの罰ゲーム内容はどれだ?」 「これ、ほらここに書いてあるんだけど、本当に色んな種類の効能があるみたいでさ、覚えきれてないんだよな」 言いながら、座布団をずらし隣に座ってきた巳亦に例の説明書きされたメモを手渡せば、それに目を向けた巳亦は「へえ」と目を丸くした。 「……これ、黒羽さんはオーケー出したんだ」 「……? ああ、一人のときに食べなかったらいいって」 「なるほど、まあ、じゃあいいか」 言いながらそのメモを畳む巳亦。やけにニコニコしてるのが気になったが、それも一瞬。 「それで、どれで遊ぶんだ?」 「んーと……これとかどうだろ。取り敢えず簡単そうなやつ……」 日本でいう黒ひげ危機一髪によく似たその玩具を取り出し、卓袱台の上に置く。立方体のその箱の側面には無数の小さなスイッチが存在し、たった一つの当たりのスイッチを押した瞬間箱の中から魔法生き物を模した人形が飛び出し叫びまくるという子供向けの玩具だ。 「なんだ、こんなのでいいのか?」 「まあ最初だしな、簡単なのがいいだろうって」 「……そうだな。で、当たりを押したやつがキャンディーを一粒食べると」 「む、難しそう……壊さないようにしなきゃ……」 別のベクトルでテミッドは大変そうだ。「まあ、魔界製だから多少はテミッドの力でも大丈夫じゃないか?」とフォローしつつ、早速俺達は卓袱台を囲むように座布団を並べ、だらだらと喋りながらゲームをすることになった。 それが、十分ほど前だった。 「っわ、わあっ!」 カチリ、とスイッチを押したと同時に中から勢いよく飛び出してきた蜥蜴に飛びつかれそうになり、黒羽に庇ってもらう。 「作り物だ、伊波様」 「わ、わかっててもびっくりするな……これ……ってか動いてないか?」 「本物の蜥蜴の革を使ってるからな」 魔界の玩具、侮れないな……。 なんて思いつつ、結局俺が一番最初に負けてしまう。けれどまあ、正直このキャンディーは一回は食べてみたかったので負けても嫌な気持ちにはならなかった。 「じゃあ曜だな、罰ゲームは」 「伊波様、頑張ってください……!」 「お、おう……」 というわけで、三人似見守られながら宝箱の中から一粒のジュエルキャンディーを摘む。透き通った水色と黄色が混ざったような不思議な色だ。きらきらと光るそれに見惚れたあと、そのままえいっと口の中に放り込む。 ……甘さは普通だ。味も、ソーダとパインが混ざったような美味しい味だった。 「あれ、普通に美味しい……?」 「なるほど、ハズレのやつもあるのか」 「いや、そんなはずはないけどな……」 言いながらメモを確認する巳亦。そして「伊波様、大丈夫ですか?」と両脇から交互に覗き込んでくるテミッド。 「ああ、大丈夫だよ」とテミッドの頭を撫でようとしたときだった。ドクン、と大きく心臓が跳ねた。そして、頭皮の奥、尾てい骨辺りの三箇所に熱が集まってくるのを感じた矢先だった。ぼむ、と俺の体からカラフルな煙が溢れ出した。 「っ、な――」 「伊波様?!」 「けほっ、わ、……な、何だコレ……っ?!」 何事かと驚いたとき、黒羽と巳亦の目が俺の頭部に向けられた。 「い、伊波様……その角は……」 「……え? 角……?」 「曜、お前、なんか生えてないか?」 「え、生え……」 体の違和感がなくなり、謎のカラフルな煙も消えていったと思った矢先。ふと、自分の背後で何かが揺れていることに気付いた。 巳亦の指差す方へと視線を向け、俺は息を飲んだ。 クリュエルに生えてる尻尾によく似た、黒く細かい毛に覆われたその細く長い尻尾の先、トランプのスペードの形をしたそれがふりふりと揺れていた。 「えっ?! な、なんだこれ……?!」 「……曜、多分これだ。ランダムな動物の耳が生えるってやつ。んでそれ、多分悪魔族のやつだな」 「この角、どうなってんだ?」と前髪を掻き上げられ、そのまま額から生えてるらしい角を巳亦に撫でられた瞬間、「ひうっ」と全身が雷に打たれたように震えた。 まるで神経を直接触られたような刺激に俺も、そして巳亦も驚いたような顔をする。 「よ、曜……?」 「あ、ご、ごめん……なんか、つ、角……やばいかも……」 「しっかり神経も繋がってんのか。……これは、子供の玩具にしちゃあ悪くない出来だな」 「感心してる場合か! ……伊波様、まさか尻尾も……」 「あっ、ま、待って、黒羽さん……っ、そっと触……ッひ、ぅ……っ!」 根本から先っぽの平たく広がった部分を親指でなぞられた瞬間、尾てい骨の付け根から背筋まで一気に感じたことのない感覚が走り抜ける。立っていられず、そのまま畳の上、這いずるように腰を持ち上げれば、黒羽は俺の尻尾から慌てて手を離した。 「……っ、す、すまない。……大丈夫か」 「は、……っはい、さ、触られなかったら平気なんで……」 「…………」 黒羽の首筋、浮かんだ喉仏が上下するのを俺は見た。なんとか座り直し、気を取り直す。尾てい骨の当たりの尻尾が邪魔で下着がずれてしまうのが少し気になるが、本当にただ生えてるだけなら慣れれば平気なのかもしれない。 「い、伊波様が悪魔になっちゃった……」 「て、テミッド……尻尾触っちゃ駄目だからな?」 「は、はい……我慢する、です……っ」 言いながら、猫じゃらしを前にした猫よろしくそわそわと目で追いかけてくるテミッドがやや恐ろしくはあるが、どうやらこの角と耳も一日立てば消えてなくなるようだ。 そう考えればまあ、ちょっとした刺激には丁度いいだろう。 「じゃあ、次は何する?」 「曜、まだ続けるのか?」 「俺は大丈夫だし、それに、他の皆がキャンディー食べてどうなるか気になるしな」 「……はは、お前は本当に好奇心旺盛だな。自分が負けると考えないのか」 「む……次は巳亦が苦手そうなゲーム選ぶか」 「おお、いいぞ。そうだな、敗者が得意ゲームを選ぶのは公平だ。そうしよう」 酒も回ってるのか、普段よりも饒舌になった巳亦に促され俺は玩具箱の中を漁る。 それに、本当に耳が生えるのだとしたら皆に生やしたいし……巳亦の全身が発光するのも面白そうだな。 そんなことを考えてはウキウキと胸を踊らせつつ、俺は次の玩具を選んだ。 「カードゲームなんてどうだ?」 そう、ドン!と取り出したトランプっぽいカードを三人に見せれば、三人の顔はなんだか妙なものを見るようなものになっていく。 ……な、なんだこのいたたまれない感じは。 「曜……お前、カードゲームで俺達に勝てると思ってるのか」 「巳亦、口を慎め。伊波様には何か算段があるはずだ。初めから負けと決めつけること事態が伊波様の思惑ともすれば次の敗者は貴様だ、巳亦」 「カード……僕、好きです。伊波様、僕のために……っ? す、好き……伊波様……大好き……」 「……ん? あ、あれ……?」 なんか思ってた反応と違うが、「じゃあ、それで決まりってことで」と笑う巳亦にカードを取られ、慣れた手付きでそれをシャッフルさせる巳亦にもう俺は引っ込みなどつくことはできなかった。 「ま、負けた……っ!」 散らばるトランプの上、がっくりと崩れ落ちる俺を見て黒羽とテミッドは「伊波様……」と憐れむような目を向けてくる。 自慢ではないが自信はあった。家族でコタツを囲んでカードゲームをしたときは毎回イチ抜けだったし。 けど、今回はどうだ。秒で全員が俺を残して上がっていった。 「伊波様……元気出してください……っ! あの、ぼ、僕のカードもあげます……っ、えと、この絵柄が綺麗なやつ……」 「て、テミッド……ありがと。気持ちだけもらっておくな」 言いながらよしよしと俺の頭を撫でてくるテミッドの手が温かい。本人の体温は冷たいが。 こう言いつつも、テミッド、ゲーム中全然手加減してくれなかったんだよな……。 悲しみで揺れる尻尾を丸めつつ、俺は散らばったカードたちを束ねていく。そして、そんな俺の傍までやってきた巳亦は、俺の肩にぽむ、と手を乗せた。 「まあまあまあ、そういうときもあるさ。曜、あんま気にするなよ」 「巳亦……やけにニコニコしてないか?」 「なにを言ってるんだ、曜。こうしてお前と遊べるのが楽しいからに決まってるだろ?」 いけしゃあしゃあと言ってみせる巳亦。普段ならば気にならないのだろうが、連敗に連敗を重ねた今、俺の心はささくれだっていた。 じと……っと巳亦を見れば、「ま、元気出せよ」と軽く俺の肩を揉む。それから、俺の目の前に例のキャンディ缶を置いた。 「で、どれがいいんだ?」 やっぱり巳亦、楽しんでるだろ。 「う、く……やっぱり?」 「そりゃそうだろ、曜。お前が言い出したんだからな。ルールはルールだ」 俺が片付けたカードを受け取った巳亦は、それを慣れた手付きで切っていく。ぐぬぬ、とキャンディ缶と睨み合ってたとき。ひし、とテミッドは俺を抱きしめた。 「み、巳亦様、伊波様が可哀想……です……っ!」 「て、テミッド……!」 「伊波様、僕、伊波様のためなら、身代わりにでもなりますので……っ!」 うりゅ、と目を潤ませるテミッドがこちらを見詰めてくる。ただでさえ綺麗な瞳なのにテミッドの善意がひたすら眩しい。 こんなにピュアで純真なテミッドに、ただ罰ゲームを受けるのが嫌だというエゴで罰ゲームを押し付けるなんて。そんな。 「う、テミッド、ありがとう。けど俺はそこまで落ちぶれたくない……」 「い、伊波様、かっこいい……!」 「え? そうか? ……そうかな、へへ」 「で、どれがいいんだ? 曜」 「み、巳亦……お前、鬼かっ?!」 「蛇だな」 そんな小粋な妖怪ジョークを聞いている場合ではない。これ以上中断させるのも申し訳ないので、じゃあ適当にさくっと選ぶか、と取り敢えず目に入ったキャンディへと手を伸ばそうとしたときだった。 ぱし、と、いきなり伸びてきた手に手首を取られる。驚いて顔を上げれば、怖い顔をした黒羽がこちらを見下ろしているではないか。 「く、黒羽さん……?」 「伊波様、無理をする必要はない。所詮ただのお遊戯、今すぐここで解散して明日に備えて休むことを勧めする」 さっきから物静かだと思ったが、そんなことを考えていたのか。 それは俺が本気で罰ゲームを嫌だと思った故の気遣いなのかは分からないが、俺が変にごねたせいで黒羽の過保護スイッチを押してしまったらしい。まずいぞ、これは。 「え、ええ、でも、まだ黒羽さんたち負かしてキャンディ食べさせられていないし……」 「伊波様、そんなくだらないことのために体を張るなと何度も言ってるだろう」 「く、くだらな……い、かもだけど! ……だって、面白そうじゃん!」 「正直はいいことだぞ、曜。……今のところ全敗だけどな」 ぐさ、と巳亦の言葉が刺さる。 「巳亦、俺の味方じゃなかったのか……?!」 「味方だ。けど、今はどうやら個人戦のようだからな、敵でもある」 「み、巳亦の……大人……」 「まあ、曜より大人ではあるかな」 大人ってずるい、といつの日か幼き頃と同じ駄々の捏ね方をしそうになるのを堪える。 そんな俺を見兼ねたようだ、巳亦は閃いたように手を叩いた。 「分かった分かった、じゃあ今度は本当に運のやつするか」 「運……?」 「全員でコインひっくり返して、こっちの表が出たやつは飴を食べるってのはどうだ?」 「いままでは最下位だけだったけど、これなら全員食う羽目になるし“公平”だろ?」と、どこからか取り出したコインを手に巳亦はにっこりと微笑む。表が太陽、裏が月の柄が刻まれているようだ。 なんだその、分かりやすくて罰ゲームをどんどん行えるシステムは! 「巳亦……天才か?!」 感動のあまり、俺の感情と連動した尻尾がビン!と針金のように伸びた。 心配そうな顔をした黒羽とハラハラとこちらを見守るテミッド、そしてそんな二人と巳亦がなにやらアイコンタクトを送っていたことを俺は気付かなかった。 「ってことで、次の試合に行く前に、ちゃんと罰ゲームをこなそうな」 「う……やっぱなかったことにできないか」 「残念でした。ほら、あーんしてやろうか?」 「ひ、ひとりで食える……」 というわけで、俺は三人が見守る中一粒のキャンディをつまみ上げる。薄ピンク色の透き通ったそれを口に放り投げる。瞬間、舌の上で転がるそれはぱちぱちと弾け出した。 「ん、んん? ……っ、ん?」 「伊波様、大丈夫か?」 心配した黒羽がすぐさま駆け寄ってくる。 大きく硬い、分厚い手のひらで肩を抱かれたとき、ぐらりと世界が揺れる。いや、違う。揺れたのは俺の体だ。 「っ、伊波様?!」 「ぁ、あえ……? か、からだが、ふわふわする……ぁ、くろはさん……」 黒羽さんがいる、とこちらを覗き込んでくる黒羽の胸にしがみつく。ほんの一瞬驚いたような顔をした黒羽だったが、すぐに俺を抱き留めてくれた。それから、「酩酊か」とぼそりと呟いた。 めいてい?と首を傾げてると、「大正解だ」と巳亦は説明書きをこちらへと向けた。 「一時間程、酒を呑まずして酔ったときの気分を味わえます、と書いてあるな」 「長すぎないか」 「まあまあ、でも二日酔いとかならず楽しい気分になれるなら――」 そう、こちらを覗き込んできた巳亦。白く骨っぽい指にするりと頬を撫でられ、少しだけびっくりした。 「ぅ、つべた……っ!」 「おっと、悪いな。びっくりさせてしまったか?」 「……みまた」 「ああそうだ、曜の大好きな巳亦だ」 「………………」 「ん? ……どうした、曜」 「みまた、いじわるする……」 「い、意地悪? ……してないだろ、こら、曜。そんなこと言わないでくれ、頼む」 「や! 黒羽さんがいいっ!」 「よ、曜……? 嘘だよな?」 ぷい、とそっぽ向き、代わりに黒羽さんの大きな背中にしがみつけば、「ふ」と少しだけ黒羽が笑った気配がした。 「だ、そうだ。伊波様はこう仰られている、諦めるんだな」 「な、黒羽さんズルくない? さっきまで反対してたのに、自分に都合がいいときはこの遊びに肯定的になるなんて大人気ないと思うなぁ?」 「別に肯定はしておらん。……伊波様はただ少々口が緩くなっておられるだけだ。故に、これは真実同然」 「酩酊の意味を辞書から引いてきてこないとな。酔っぱらいの戯言ほど意味のないものはないとおもうけど、俺は」 「ならば伊波様からの『や!』も受け入れろ」 「それとこれとは別ですけど?」 ……なんか、揉めてる気がする。 黒羽の胸から顔をあげたとき、あわあわとしていたテミッドと目があった。そのまま俺はもぞりと起き上がり、テミッドの元まで転がるように移動する。 「わ、わ、伊波様……っ」 「えへ、テミッドつかまえたっ!」 「わ、わ、ぼ、ぼく、捕まっちゃいました……っ!」 そのままがば、と腕を広げ、テミッドにハグをすれば目ん玉落ちそうなくらい目を丸くしたテミッドが「はわわ」と俺の体を受け止めた。相変わらず体幹はしっかりとしてる。そのままどうすればいいのかと宙で手をわたわたと動かしていたテミッド。その腕にしがみつけば、テミッドはまた「はわ」と硬直した。耳まで真っ赤だ。 「なあ〜、なんか巳亦と黒羽さんが喧嘩してるんだけどぉ、テミッド俺達二人で遊ぶ〜?」 「ぇ、え? ぼ、ぼくでいいんですかっ?」 「ああ、もちろん! 俺、テミッドのこと好きだし」 「す、すす、すき……? ぼ、ぼくのこと……っ?!」 「うん、好き〜」 「お、おい、曜……」 「あ、あと、黒羽さんと巳亦も好き!」 「! そうか……ならいいか」 「言い訳あるか、早く伊波様を捕まえろ!」 なにやら黒羽さんと巳亦が揉めてるが、俺は構わず目の前のテミッドにぎゅっと抱きついた。真紅の髪と同じくらい顔を真っ赤にしたテミッドは、そのままそっと俺の手に自分の手を重ねる。細くて華奢だけど、しっかりとした男の骨格の手のひらに、ぎゅ、と指の谷間を撫でられる。 そして、 「ぼ、ぼくも、伊波様……す、……っ、すき……っ! ……です」 「へへ、ほんと〜? じゃ、ちゅーする?」 「ちゅ……?!」 ちゅう?!と、テミッドが今度こそわなわなと震え出したときだった。いきなり背後から伸びてきた手により、脇の下をがっちりと捕まれた俺はそのままテミッドから引き離される。 「すとーっぷ、ストップ。ストップ曜、落ち着け。酔っぱらいのたちの悪いおっさんになってるぞ〜?」 「巳亦……なにすんだよ〜っ!」 「おっと、活きがいいな。……曜、ほら、チューなら俺がしてやるからな」 「貴様、違うだろ!」 「……っていう冗談はさておき、ほら、テミッドが今にも爆発寸前だ。可哀想だと思わないか?」 ほれ、と指差す巳亦。その指差す先に目を向ければ、目をぐるぐると回しながら「い、伊波様とちゅ、ちゅう……ぼく、う、ぼく……っ」とひとりでブツブツ言ってるテミッドがいた。 「テミッド……?」 「伊波様、酔い方にも作法というものがある。……取り敢えず水を飲め。頭を冷ますべきだ」 巳亦に羽交い締めにされたまま、今度は向かい側に現れた黒羽。黒羽さん、と名前を呼ぶよりも先に、顎を掴まれる。 「――っ、ん、く……っ!」 差し出されたのは水の入った瓶だった。口をこじ開けられ、咥えさせられたと思えばそのまま奥まで冷たい水を押し流される。んくんくと哺乳瓶を咥えさせられる赤ちゃんよろしく黒羽に世話を焼かれること暫く、水のお陰か、大分意識が鮮明になってきた。 「ぁ、あえ……おれ……なにして……」 「曜、目が覚めたか?」 「巳亦……?」 「おっと、まだ体と呂律はふにゃふにゃしてるみたいだが、意識ははっきりしてきたな。……さっきの曜も可愛かったが、ヒヤヒヤするよりかはましか」 「……? あ、そうだ、コインのゲーム……!」 「……って、早速次の遊びのことばかり考えてるのか? ……本当に好奇心旺盛だな。曜は」 何故か茹で蛸みたいになってるテミッドや、やや厳しい目を見てくる黒羽たちが気になったが、どうやらさっきの飴で俺はまたなにかをしてしまったらしい。なんだか巳亦の含んだ物言いが引っ掛かったが、詳しく追求する勇気はなかった。 というわけで、三つ目のゲームが始まる。そして、当初の思惑通りその結果はすぐに出ることになった。 「表の太陽が出たら罰ゲーム、だったよな」 それぞれのテーブルの上に置かれた四枚のコイン。そして、太陽が現れたのは俺のコインと――。 「貴様、何か細工をしたな」 黒羽のコインだった。 「え、く、黒羽さん……?」 まさか、黒羽さんが負けるなんて。 黒羽によって物凄い力で叩きつけられたコインを拾い上げ巳亦は笑う。 「嵌めたなんて、そんなことするわけないじゃないですか。俺達はただたまたま運が良かっただけですよ。なあ、テミッド」 「……ぁ、ぼ、僕……なにか間違えましたか……?」 巳亦に振られたテミッドは状況が呑み込めていないらしい。あまりの黒羽の剣幕におろ、と狼狽えるテミッドに慌てて俺は肩を叩く。 「そ、そんなことないぞ、テミッド! ……まあでもそういうときもあるよね、黒羽さん」 「伊波様、貴方は何をのんびりと……貴方も他人事ではないのだからな」 「よ、弱くてごめんなさい……」 ……そうだった、俺も負けたんだった。負け癖がついてしまってたのでなんの違和感すらも感じなかった。 へへ、と笑って誤魔化す俺に黒羽さんの表情はますます硬くなる。そして。 「致し方なし。……腹は括ろう」 まるでハラキリでもするかのように姿勢を正し、正座する黒羽に「流石黒羽さん」と巳亦とテミッドはパチパチと手を叩いていた。 黒羽さん、こういう潔いところ好きなんだよな……と思いつつ、俺は置かれてたキャンディーボックスを手に取った。 「じゃあ俺は黒羽さんに飴用意しようかな。黒羽さん黒羽さん、どれがいい?」 「伊波様、楽しんでないか」 「え、そ、そんなことないぞ! ……うん」 ぎく、とした俺は慌てて咳払いをして誤魔化した。 うう、黒羽さんの目が怖い。 「はは、まったく曜は嘘が下手だな。まあそこがお前の良いところだ。……じゃあ、曜が食べるのは俺が選ぼうかな」 「何故そうなる。この流れならば自分が選ぶのが順当だろうが!」 「は、反応早いな……わかったよ。じゃあ黒羽さんと曜、好きなの選んでどうぞ」 「が、頑張ってください、お二人とも……!」 そわそわするテミッドに応援されつつ、俺と黒羽は促されるがままお互いに食べさせる飴玉を選ぶことにした。 俺が選んだのは紫色の飴玉だ。多分ブドウ味だろうか。 「黒羽さんのはこれ! 綺麗だし、美味しそうだから」 「……そうか。それではそれをいただこう」 「じゃあ黒羽さん、あーん」 そう、すすすと黒羽の隣へと移動した俺はそのまま飴玉を摘んで黒羽の口元に近付いた。瞬間、黒羽と何故か巳亦までぎょっとしたような顔をしている。 「お、おい伊波様……っ!」 「曜、それはサービスが過ぎるんじゃないか?」 「じゃあ黒羽さんも俺にあーんってしてよ、そしたらフェアだよね」 「……曜〜? お前、まだ酒が残ってるみたいだな」 俺の隣にまでやってきた巳亦にやんわりと肩を掴まれ止められる。 サービスもなにも、お互い食べさせるってルールなら別に変じゃないだろ。 ふわふわとした頭の中、確かにまだアルコールが残ってるような感覚は覚えたがそこまで難色を示されるのもなんだか不服だった。 「……黒羽さん、嫌ですか?」 黒羽さんが嫌がるのなら仕方ないが、と黒羽を覗き込めば、黒羽は「ぐ」と言葉を詰まらせる。 そして。 「……っ、分かった。手短に頼む」 そう目を閉じた黒羽さんは『あ』と口を開いた。尖った歯が覗き、思わずどきりと心臓が跳ね上がる。 初めて見た黒羽の表情だ。 「黒羽さんがあーん待ちしてる……」 「…………伊波様」 「わ、わかった。わかったから怒らないでよ、ほら……えい!」 そのまま開いた口元へと飴玉を持っていけば、少しだけ食べにくそうにした黒羽は俺の手首を掴む。そしてれろ、と唇から伸びた赤い舌に飴玉ごと奪われた。 俺の手を離した黒羽は、そのまま口の中へと収めた飴玉を舐める。 「……」 「……どうですか?」 「……別になんてことはない、ただの飴玉だな」 「ええ、そんなはずは……」 「それよりも、貴方に食べさせられる行為の方が自分には刺激が強すぎるようだな」 真面目な顔のままかろりと飴玉を転がす黒羽。一瞬何言ったか分からず、「え?」と聞き返そうとしたとき。 「……っ?!」 言った張本人がめちゃくちゃビックリしていた。 「も、もしかして、黒羽さんが食べた飴……」 「『本音しか喋られなくなる飴』だな」 慌てて口を抑えたまま固まる黒羽。そのリアクションに薄々そんな気はしたが、巳亦の言葉に『なるほど』と納得した。 「でも黒羽さん、普段から結構遠慮ない気はするけど」 「と、俺も思ったんだけど……この黒羽さんの反応からするとそれだけではなさそうだな」 「……く、黒羽様……すごい汗……」 「……、……」 「あっ! 黒羽さん、だんまりはずるいよ。俺もちゃんと罰ゲーム受けたんだから、ね、黒羽さんなんか言ってよ〜」 「い、なみさま……貴方は……っ」 「へへ、黒羽さんの恥ずかしがってる顔、新鮮だなあ。ねえねえ、黒羽さん、俺のこと好き?」 気持ちが楽しくなり、つい黒羽の膝の上に移動した俺はそのまま黒羽の顔を覗き込む。瞬間、びき、と額に青筋が浮かぶのを見てしまった。 あ、やばい。やりすぎたかもしれない。 「あ、ご、ごめ、黒羽さん調子に乗って――」 そう、慌てて黒羽の膝の上から降りようとしたときだった。腰へと回された腕にがっしりと抱き寄せられた。そして。 「……自分は伊波様への好きなどと薄っぺらい言葉で済ませるつもりは毛頭はない」 「へ、ぇ」 「こうして人の気も知らずに煽られる貴方は憎たらしくもあるが――」 「わ、わ……っ! ストップ、やっぱりストップ! 黒羽さんごめんなさい、俺が悪かったです……っ!」 なんか思ったよりも長い上、多分開いてはいけない部分の引き出しを軽率に開いてしまった。ごめんなさい、と慌てて逃げ出そうとするが、腰に纏わりつく腕はがっちりと俺を捕らえたまま逃してくれなかった。 「うわ、わ、黒羽さん……っ!」 「次は伊波様の番だろう」 「あ、そ、そか……ビックリした……」 未だドキドキする心臓を抑えつつ振り返ったとき、そのまま唇にむにゅ、と硬い何かが押し付けられる。目の前には相変わらず怖い顔をした黒羽がいて、「開け」と囁かれれば体が勝手に反応してしまう。 「ん、んぅ……っ」 「小さい口と舌だ。……甘いものばかりを食べて、貴方の体は今どこもかしこも甘くなってるのだろうな」 「く、ろはしゃ……」 ――黒羽さん、顔とセリフが嚙み合ってません……っ! あとなんか、言いてることがエロい気がするんだけど黒羽さん、と今になってじわじわ照れてきていたところに、唇の中へと割って入ってくる黒羽さんの指にぎょっとする。 「ん、んむ……!」 そのまま口の中に苺にも似た甘酸っぱい味が広がる。俺の舌が飴玉を拾ったのを確認し、黒羽は俺の口から指を引き抜いた。ちゅぽんと音を立て、俺の唾液で濡れた指先を舐めとる黒羽。なんで舐めたの?!と驚いてるのも束の間、黒羽を見ているとぞわりと胸の裏側が撫でられるような気分になってくる。――否、正確には黒羽の顔、ではなくその唇だが。 なんだ、これは。 「伊波様、体は――」 問題ないか、とこちらを覗き込んでくる黒羽。拍子にずいっと近づくその鼻先に、もう俺は我慢することはできなかった。 そのまま黒羽の両頬に手を添えた瞬間、黒羽の左目が丸く見開かれる。 「な」 なにを、と開くその形のいい唇。そこを目掛けてかぷ、と噛みつけば、更にその左目は大きくなる。 「お、おい、曜……?!」 「わ、わ……伊波様と黒羽様がちゅーしてる……!」 「いや、これはキスというよりも……」 ちゅううう、とこみ上げてくる欲求の赴くまま黒羽の唇に吸い付く。驚きやらなんやらで固く閉じられたままになっているその唇をなんとかこじ開けようと舌を尖らせ、「ん、んん?」と頑張ってみるものの黒羽は動じてくれない。それどころかさっきよりも固く結ばれた唇に悪戦苦闘してるところ、青筋を浮かばせた黒羽は俺の首根っこを掴むのだ。 瞬間、宙に浮くような感覚とともに強制的に黒羽から引き剥がされる。 「ん、ゃ、黒羽さん、ちゅう~~……」 「ふざけるのもいい加減にしろ、この場で犯されたいのか?!」 「あのー黒羽さん? なんか色々漏れてるけど大丈夫そう?」 「お菓子……?」 「テミッド、お前は黒羽さんの言葉聞かなくていいからなー?」 口が寂しくて、触れていたいのにさせてもらえない。怒った顔の黒羽に床の上に戻らされたのも束の間、キャンディボックスを手にした巳亦は笑う。 「なるほど、曜が食べたのはキス魔になるキャンディらしいな。……ったく、引きがいいのか悪いのか」 そのまま隣へとやってきた巳亦にやんわりと肩を撫でられた。そしてそのまま顔を寄せる。 「黒羽さんは駄目らしいけど、俺なら大歓迎だぞ。……曜」 巳亦、とその唇に目を奪われる暇もなかった。そのまま唇を重ねられる。さらりと落ちる前髪、暗くなる視界とともに唇に甘い感触が広がった。 「ん、ん〜〜……っ」 巳亦。巳亦。 ぎゅうっと抱き締められ、手のやり場に迷っていた手ごと握り締められる。指の谷間に這わされる指にそのまま拳を包むように握り締められ、ちろりと伸びた二股の舌先に唇を擽られた。 多幸感に包まれながら、俺は目を瞑って巳亦の唇を思う存分味わう。 「ふ、ぅ……っ、みまひゃ……んん……っ」 巳亦、黒羽さんみたいに怒らないの優しい。好き。抱き締められながらキスされんの、好き。 もう片方の手でお尻から生えていた尻尾、その付け根の部分を優しくくすぐられ、ぴくんと下半身が震える。逃げるなよ、というかのように目を細めた巳亦は更にぐいぐいとこちらへと体重をかけてくるのだ。 「ん、ふ……っ、ぅ……」 ふわふわといい気分になってきていたのも束の間。俺と巳亦の間に黒い影が触手のように手を伸ばし、そのまま俺と巳亦を半ば無理矢理引き剥がした。 「貴様、何をしているこの無礼者が……ッ!」 ――黒羽さんだ。 「……っわは、あぶねー。黒羽さんのそれ、普通に痛いからやめてほしいんだけど?」 「何のために俺が我慢したか理解できてるのか貴様は、この方が変なことを覚えないためだぞ!」 「変なことって……キスくらい誰でもするよな、なあ曜」 「ん、んむ……」 ちゅ、ちゅ、と目の前、唇を塞いでいた触手を捕まえてしゃぶってると、「曜!なんでも口にするな!」と今度は巳亦に取り上げられてしまう。 「そんなもの口にするくらいなら俺とキスしよう、曜」 「人の話を聞いていたか貴様、何しれっと抜け駆けをしている?!」 「黒羽さん、さっきからボロ出しすぎだし、そこまで嫉妬するなら黒羽さんも素直になればいいのにさ。見苦しいよ」 「なんだと貴様……っ」 「……テミッドの唇、ぷるぷるしてておいしそう……」 「ぁ、あう、伊波様……っぼ、僕もちゅーしたいです、伊波様……っ」 「いいぞ、しよしよ! ん〜〜っ!」 「「駄目に決まってるだろ!」」 せっかくテミッドとキスできそうだったのに、巳亦と黒羽に無理矢理テミッドから引き剥がされてしまった。流石にムカついたので「黒羽さんのケチ!」とその頬にキスをした瞬間だった。 ぶちり、とどこかのなにかが千切れたような音が聞こえた。それは多分きっと、今思えば黒羽の我慢の糸だったのかもしれない。 がし、と顎を掴まれる。そのまま上へと向けられた次の瞬間、大きく口を開いた黒羽にそのまま唇に噛みつかれた。