「俺たちの関係ってなんだろうね」 この男が突然妙なことを言い出すのは別段珍しいことでもない。 戸籍上俺という存在が死亡してからどれ程経ったのか、季節の巡りなんてこの男が身に着けているものでしか判断することができなくなってからはとうに興味は失せていた。 「……なんでもいいです」 「思考停止は人間としての活動を放棄してるよ、齋藤君」 その名前を呼ばれ、思わず男を見た。ベッドの上、清潔な白いシャツを身に着けた男は目が合えば笑う。シャツの下にはまだ癒えていない歯型と爪痕が残っていることは俺だけが知ってる。 自分で“齋藤佑樹”を殺しておきながら、その名前を呼んでくるのだから本当に勝手な男だと思う。 「貴方が殺したんでしょう、俺を」 「すごくロマンチックな言い回しをするね、ゾクゾクしちゃった」 両足首の腱を切られ、この男に浴びるほどの暴力と性行為浸しの生活を送ってきたこの体は最早縁方人という存在を受け入れていた。受け入れられざる得なかった。踏み躙られ、文字通り蹂躙され続けた結果、今の俺の一部にこの男は成ったのだ。 俺にはもう分かっていた。俺が死ぬときはこの男が俺に飽いたときか、この男が死ぬときだと。 それを理解してるのか知らないが、ここ数日、この人は連日のようにこの監禁部屋に泊まり込んでいた。そして乾く間もないほど俺を犯してはこうしてベッドでくだらない睦言を口にする。 ベッドから這い出ることもできない俺の体を背後から抱きしめてくる縁方人に、耳を柔らかく揉まれる。 「……っ」 「ねえ、今のもう一回言って」 「……なんで……」 「いいから」 「…………貴方が俺を殺したんでしょう」 歯向かえばより酷く甚振られるのは目に見えている。そう神経レベルで刷り込まれた体は、縁の要望に応えることしかできない。 そんな俺に満足したようだ、縁は「いいね」とだけ呟いて、そのまま人の後頭部に鼻先を埋めてくるのだ。 頭皮の匂いを嗅がれている、気がする。 一人でまともにで歩くことができないため、ここ最近は縁に連れられて風呂に入れられてはいる。それでも先程あらゆる体液にまみれた直後だ、ほんの一瞬やめてほしいという気持ちは芽生えた。 けれど、それももうどうでもよくなる。 「そうだね、俺が殺した」 「……」 「俺が殺して、俺が生かしてる」 腹から胸へと、浮かび上がる肋の凹凸をなぞるようにゆっくりと縁の指が昇ってくる。 鼓動を確認するように胸へと伸びた手は、そのまま俺の体を抱くのだ。触れられてるだけなのに、じっとりと体温が上がっていくのを感じた。 胸から鎖骨を伝い、首へと回される縁の手のひら。押さえつけられてるわけでもなし、触れられてるというだけでも全身の筋肉が自然と反応した。 浅くなる呼吸。縁の手から視線を外すことができない。 「飽き……ないんですか、俺といて」 「そうだよなぁ、俺も一ヶ月保てばいい方なんだけど。……どうやら君は別枠みたいなんだよね」 突き出た喉仏を優しく撫でられる。喉仏を潰される勢いで首を締め付けられたときの記憶が強制的に呼び起こされ、下半身が熱くなる。 「どういう、意味ですか」 「さあ、どういう意味だと思う?」 「……」 「はは、その顔。理解できないって顔だね。まあ仕方ないよね、俺自身もよくわかってないし」 ゆっくりと、柔らかく首を締め上げられていく。気道が狭くなっていき、じわじわと脳へと送り届けられる酸素が少なくなっていくのが分かった。 「は……ッ」 「ん? もう気持ちよくなってきたんだ。……可愛いね、齋藤君」 「っ、ま、さと……さ……ッ、ぁ゛……ッ」 頸動脈を押さえつけるように締め上げられていく首。声が漏れる都度更に呼吸が苦しくなる。頭に血が昇っていき、血管が開いていくような錯覚を覚えた。頭の中、水を張ったバケツに絵の具を垂らしたようにぶわりと赤が広がった。 息苦しさよりも酩酊に近い。開いたまま空気を取り込もうとする口を縁に塞がれた。突き出した舌ごと、縁に絡め取られて喉の奥までかき回される。 全ての音が遠のいていく中、縁の舌の感触の首に這わされた指の感触だけが強く脳に焼き付いていくのだ。 これではもう、パブロフの犬だ。 じんわりと粘膜から滲む唾液は口の端からとろりと垂れ、止めることなどできない。 キスにより更に薄まる酸素に、思考すらもままならない。ただ、縁にキスをされているということしか分からない。 剥き出しになった下半身、もう片方の縁の手に尻を揉むように撫でられ、そのまま指で中をこじ開けられる。 「っ、か、は……っ!」 「本当、君も大概これが好きだよね。ほら、俺の指にしゃぶりついてくる」 「ひ……ッ、――……ッ!」 更に加わる力に、一気に血管を巡る血液の量が増していくのが分かった。手足の末端が痺れだし、落ち着かせようとすればするほど更に首を締める指に加わっていく力に目を剥く。 それでもまだ、優しい方だ。縁は俺のギリギリのラインを把握してる。ビクビクと痙攣する下半身を押さえつけたまま、縁の長い指で前立腺を柔らかく圧迫されれば声にならない声が漏れた。 じんじんと痺れるような快感が内側から中心に脳まで染み渡っていく。 「っ、ぁ゛……ッ、ぐ、ひ……ッ!」 「こら、逃げたら駄目だろ。君の大好きな前立腺、たくさんマッサージしてあげるから」 「ぁ゛……ッ、ひ……ッ!」 酸素が薄まり、意識が飛びそうになる限界のところで緩和される締め付け。トントンと優しく前立腺を叩かれたと思えば、今度は強弱をつけて中を執拗に愛撫され逃げることなどできなかった。 壊れたように先走りは垂れ続け、シーツを汚す。痙攣が収まらない。明滅する視界の端、首を締めていた縁の手にそのまま顎を掴まれた。 上へと持ち上げられたと思えば、こちらを覗き込んでくる縁に再びキスをされる。唾液を飲まされ、咥内を舌でかき回されながらも余韻から逃れることもできない。 「っ、は……気持ちいいねえ、齋藤君。俺とのキスも、好きになってくれて嬉しいよ」 戯言を囁いてくる縁に言い返す隙もなかった。 追加でねじ込まれる指に中を拡げられ、そのまま左右へとぐに、と押し広げられたとき。宛がわれる性器に息を飲んだ。 「は……っ、ぅ、んん……ッ!」 「ん……っ、ぁ゛〜……っ、とろっとろだ、齋藤君の中……っ」 ぐぷ、と体内へとねじ込まれる亀頭。硬くて熱い肉の塊に内壁を摩擦される。 ここに来て何度も挿入されてきたそれを拒むことなどできなかった。受け入れるため、ハメられることによってまるで結合した状態が正常であるかのように造り替えられた。 「逃げないで。ほら」 性器の形に合わせて柔らかくなった肉の壁を突き進んでいく縁。逃げようとする気力もない。ただ、欠けていたピースを見つけたような充足感を覚え始めている自分に笑いすらでない。 心地良いなんて、この男に犯されることが気持ちいいなんて、認めたくないのに。一線を超えたあの日からより一層箍が外れてしまった気がした。 体を抱き起こされ、膝立ちになった状態で縁に犯される。腕を掴まれたまま、より深く奥まで穿られれば逃げることなどできなかった。片方の手で頸動脈を押さえつけられた状態で斜めに腰を打ち付けられる。 「っぅ゛ッ、ふ、ぅ……ッ! ん、ぅ……っ!」 「また締め付けよくなってきた……っ、はは、そろそろ筋肉落ちてもいいはずなんだけどなぁ……こうして運動してるから、ここだけはちゃんと鍛えられてるみたいで安心したよ」 「っ、ぁ、くひ、……ッ!」 手綱ように手を引かれたまま、ダイレクトに前立腺に与えられる刺激に耐えきれずそのまま仰け反った体は射精した。 勢いなんてない、汁のような薄い精液しか残っていない。飛び散るそれを見て更に興奮したように、俺の項に唇を寄せた縁は甘く噛み付いてくる。 「っ、はー……っ、ぁ、ぐ、ぅ……っ! ん、ぅ……っ」 「……っ、は……齋藤君……ッ」 「ん、く、……っ、ひ……ッ!」 項に走る焼けるような痛みも疼きも全て興奮剤へと変換され、塗り潰されていく。体内を出入りする性器を全神経で追っている内に自意識は液体のようにどろどろと溶けていくのだ。溶けたその先、底へと溜まり落ちて凝固していくのはなんなのか、俺にも分からない。分かったところで意味なんてないのだ。 腹の中で痙攣し、心音が混ざり合う。残滓の残った体内に吐き出される熱に満たされながら、何度目かの絶頂を迎えた。精液はもうなにも残っていない。 行為を再開させたあと、ようやく開放されたときにはもう指一本動かすことはできなかった。 隣で眠っていた男の姿はない。どうせシャワーでも浴びているのだろう。あの耳障りな鼻歌を歌いながら。 もう一眠りしようかとベッドの上、シーツに丸まる。染み付いた縁の匂いに包まれ、目を瞑る自分を過去の自分が見下ろしている。 逃げることを諦め、あの男に心から屈した俺を見て蔑んでいるのだろうか。いや、そんな価値すらないと思ってるのかもしれない。 「……」 少なくとも俺は死んだ。あのとき、名実ともに。 ――じゃあ、今ここにいる俺は何者なのか。 「……ああ、起きてたんだね。齋藤君」 扉が開いたと思えば、予想通り風呂上がりの縁が寝室へと入ってきた。 青味がかった濡れた髪をタオルで拭いながら、ベッドへと腰をかけた縁は俺の顔へと手を伸ばした。 何度も俺を殺そうとし、何度も俺が殺そうとした男が、今はまるでペットでも可愛がるような目を向けてくる。 ――死んだのは、俺だけではないのかもしれない。 愛を知りたいと宣っていたこの男の向けてくる視線に耐えることなどできなかった。目を瞑ったまま、俺は考えた。 ここにいるのは齋藤佑樹と縁方人ではない、あの日死んだ同じ顔貌をした別のなにかかもしれない。そして、俺達の関係性に名前を付けるのなら――。 おしまい