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田原摩耶
田原摩耶

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顔のない死神※【↑300/4,100文字/剣崎(南波)×準一/南波√BADエンド/エロ無し愛無しリョナ】

「……準一」  仄暗い井戸の底に落ちていく。この世界に深層心理が関係しているとしたらこれは俺の意識なのか、それとも。 「準一」  ごぽりと口から泡が吹き出し、体内に残った最後の酸素の一握りが消え失せた。ここから先は消耗戦だ。そして、これに耐えることができなければ俺がここで水の泡となって消える。ただそれだけのことだ。 「……準一さん」  頭の中に響く声。  この声は俺が作り出したものなのか、最早自分でも理解することはできなかった。  痛みはない。苦痛は、感じない。疲弊しきった精神は多少腕が飛ぼうが指を折られようが『慣れて』しまっていた。  どれほどここにいるのかも分からない。今はもう見慣れたとある事務所の一室の中、スーツの男たちに囲まれ、見下されたまま俺はただ正座をするように座っていた。正確には正座ではない、膝を床に着けた状態で後ろ手に手首と足首を紐で結ばれているのだ。指先の感覚がなくなるほど強く縛られた拘束、それから押さえつけられるように下げられた頭と、その項に突き付けられる冷たい金属の感触。  数秒後、この金属片が俺の頭部を首から切り離すことだろう。何度も何度も繰り返し体験してきた、今はもう恐怖を感じることもなくなっていた。  ◆ ◆ ◆  南波の精神世界に入り込んでどれ程が経ったのだろう。この世界は時間を止めてしまった。あべこべの世界線にあべこべの時間軸、この世界の主である南波が壊れてしまったその瞬間から全ては表情を変えた。  何度も死んでは何事もなかったように目を覚まし、そして繰り返される世界に存在する。  最初はまだ南波が目を覚ます可能性を信じていた。けれど、何度目かの死を体験した内から諦めていた自分が確かにいた。  今度目を覚ましたとき、視界は遮られていた。そして、手足はなにかで拘束されているのか動かない。呼吸をしようとしても酸素は薄く、この状態で放置されていることがただ恐怖だった。  神経を擦り減らして辺りの状況を探る。聞こえてくる男の話し声が幻聴なのかどうかすら確かめる術は俺にはない。  そんな中、こつりと硬い音が響く。一歩、二歩と、こちらへと近付いてくる足音が。  そして、その足音は俺の側で止まった。冷たい床の上、布が擦れる音までもが耳に届くようだった。   「おはようございます、準一さん」  頭の上から落ちてきたのは、柔らかな男の声だった。その声を聞いた瞬間、全身の細胞が一斉に震え上がるような感覚さえ覚えた。  ――剣崎だ。  今ではもう、顔を見ずともその男と判断することが出来た。出来るようになってしまった。 「……っ、……」 「おっと、失敬。そんな格好じゃ喋れないっすよね」 「ん゛、ぐ……っ!」  首元に剣崎の手が伸びてきたと思えば、そのまま頭に被せられていたモノを一気に引き上げられる。  瞬間、つい先程まで暗闇だった視界には一気に光が戻ってくる。あまりの視界の情報量に思考はパンクしてしまいそうになり、堪らず目を瞑った。が、すぐに横っ面を叩かれる。脳味噌を揺さぶるような震動と肌を打つ破裂音に意識は一気に覚醒した。鮮やかな赤い光が収束していくその奥に、微笑む男の顔を見た。 「おはようございまーす、準一さん」  剣崎辰爾は悪夢そのものだ。南波と、俺の。  ここはどこなのか。そんな疑問すら浮かべるだけ無駄だと俺は知っている。  薄汚れたコンクリートの箱の中、俺と剣崎だけがそこには存在していた。床に滲んだ血液は乾き、変色している。そして剣崎の背後。ごろごろとあちらこちらへと転がり、積み重ねられたのはこの世界で死んでいった俺の体だ。差し詰め、俺の恐怖が視覚として表れているということなのだろう。頭を失ったもの、焼かれたもの、抉り取られ最早ただの肉片となったもの、ありとあらゆる剣崎に殺されたときの記憶がそこに在った。  そして、今ここでこうして手足を縛られている俺の体もやがてそこらへんに転がって現れることになるだろう。 「それにしてもまだ保ちそうですね、今回の準一さん」  鼻歌混じり、離れた壁際に転がった金属製の簡易ワゴンに向かって歩いていく剣崎。逃げるなら今だと分かっていた。けれど、この部屋から逃げ出すことは不可能だ。それに、と視線を下げる。縛られた手足、その親指があったはずの箇所を見る。手足を縛られたとき、真っ先に付け根から切り落とされた両足の親指、これのお陰で歩くこともままならないという自覚はあった。  拷問のための道具が乱雑に置かれたワゴンを漁っていた剣崎はこちらを振り返る。  その手に握られたのは、先端の鋭いマイナスドライバーだ。 「流石化け物メンタル、ちょっとやそっとじゃ死にません、と」 「あの雑魚と違って」とその唇が歪むのを見た瞬間、頭の中に鐘のような音が響いた。低く、唸るようにガンガンと鳴り響く。  剣崎を見上げれば、やつとまともに目が合った。次の瞬間、剣崎の表情から笑顔が消えた。  「あれ、なにか間違ったこと言いましたっけ? 俺」  かつり、かつりと、目の前までやってきた剣崎はそのまま細長い体を折り曲げるように座り込んだ。伸びてきた手に前髪を掴まれた。 「っ、ぐ……」 「その目、ムカつくっすね」  頭皮ごと引き千切れてしまいそうなほどの馬鹿力に青ざめる暇もなかった。  手にしていたドライバーの先端部をこちらに向かって振り上げる剣崎。そのドライバーで目ん玉潰されそうになったとき、咄嗟に俺は目を瞑る。  冷たい汗が流れる。来たるべき痛みを受け入れようとしたときだ、閉じた視界の向こうから剣崎の笑い声が聞こえてきた。耐えられず噴き出すような、場違いな程に明るい笑い声だ。 「……なーんて、冗談っすよ準一さん。俺の手で殺したくはないんすよ、貴方のこと。言ったでしょう、『殺してください』ってアンタの方から言ってくれないとつまんないって」  積み重なった死体の数は俺がこの男に屈した回数。それを可視化され、突き付けられる度に自分がなんのために堪えていたのか分からなくなっていく。  忘れてはいけない、南波さんがきてくれるまで耐えるんだ。何度そう己に繰り返し言い聞かせたところで、『本当に南波さんは来るのか?』という疑問に答えられる自信も薄れていた。 「ああ、その目……アンタはそっちのがいいっすよ。信じていたものが信じられなくなったような目、迷ってる目、何が正しいのか分からなくなって己を見失いそうになる目――堪んねえすね」  サディスト野郎が、と口の中で吐き捨てた。矢先、ドライバーの先端にするりと頬から顎先、そして首筋を撫でられ、全身が緊張する。  いつこの凶器で頸動脈を抉られるか、そんなヒリつくよつな恐怖にすら慣れ始めていた自分もいた。そして、恐らくこの男はそれすらも見抜いている。 「とは言え俺って結構飽き性なんですよね。精々今日も楽しませてくださいよ、準一さん」  笑う剣崎の顔がぐにゃりと歪む。膝が震え、全身が冷たくなる。  自分がこの世界の一部になり始めている。もしくはもう既に半分以上は取り込まれているのかもしれない。笑う剣崎の背後、亡霊のように佇む影が日に日に濃くなっていた。  死神か、或いは――。  そんなことを考えながら、俺はドライバーで潰される喉に目を瞑った。固く鋭い骨が刺さるような感触とともに、声をあげることもできなかった。  繰り返される拷問は、何かを産み出すような意図はない。  ただ俺の精神を摩耗させられるだけだ。それ以上でも以下でもなにもない。  不死身体ではあるが、心が残っている限り死ぬことはない。そして、死んだとしてもこの世界では生き返らせられる。  ただ剣崎の暇潰しのためだけに。  狂っているのだ。もう既に。亡霊は一度死んだ時点で消滅するはずだ。それなのに、亡骸を残してこの世界の一部として蘇るこの自我は本当に『俺のもの』なのか。  剣崎が“飽きて”いなくなった四角い部屋の床の上。全身に付き立てられた工具を引き抜くこともできぬまま、ただ死にぞこないとして存在する俺の視界の済。  ぼんやりと佇んでいた影がより鮮明になっていく。ただの真っ黒な靄だったそれが喪服姿の、よく見知った金髪の男の形になっていた。  ――南波さん。  声をあげようとするが、穴だらけの喉では空気と血が漏れていくばかりだった。  泣いているのか、怒ってるのか、その表情までは見えない。  ――南波さん。  ずっとそこにいたのか。そこにいて、俺を見ていたのか。  遠のく意識の中、何発も殴られ、腫れ上がった顔が歪むのを感じた。  今まで姿すらも表さなかった南波がこんなにも近くに感じるなんて。  ……南波がまだいてくれただけで良かった。  まだ、俺は見放されたわけではない。  逃げ出すことも、動くこともできない体で目を閉じる。いつもだったらまた一体の時代が積み重なっていたはずなのに、今度はそれはない。  その代わり、視界が暗くなる。そして、ポタポタと頬に落ちていく液体。その熱を感じる機能はもう俺には残っていないようだ。液体と皮膚が溶けて混ざり合う。眼球を動かせば、南波がいた。こちらを見下ろしたまま、南波は何かを言ってる。  鼓膜までイカれてしまったのか、声を聞くことはできなかった。  抱き締められた体にも、熱は感じない。あるのはただ、南波に抱き締められているという事実だけだった。  これが現実ではなく、俺が望んだ幻影だと理解した瞬間俺の意識はそのまま空気に溶け込んでいく。落ちて、混ざり合っていく。  ――いや、違う。やはり死神だったのかもしれない。  こんなに近くにいるのに、南波の顔は黒く靄がかったままだ。その顔も声すらも思い出すことができなくなった俺にはもう、ここにいる意味も理由もなくなっていた。  それならば、虚像でもなんでもいい。  せめて、南波の形をした死神と最期を迎えられるのならば、それでよかった。  色を失っていく世界。  ゆっくりと閉じられる暗幕は、二度と開かれることはなかった。  おしまい

顔のない死神※【↑300/4,100文字/剣崎(南波)×準一/南波√BADエンド/エロ無し愛無しリョナ】

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