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田原摩耶
田原摩耶

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合言葉はチェリーレッド【↑300/6,200文字/安久×齋藤/ほのぼの】

「あ、安久……元気出して……?」 「……」 「た、多分、阿賀松先輩も本気で言ったわけじゃないと思うし……」 「……」 「安久……」  意気消沈、とはまさにこのことだろう。  ――某日、食堂にて。  抜け殻のような顔でスプーンを握ったまま目の前のカレーを見つめる安久。昼下がりの食堂のテラス席にて、そんな安久を何故か俺が励ますような図が繰り広げられていた。  きっかけは一時間ほど前に遡る。  例の如く阿賀松に連れ去られ、アンチたちの溜まり場のラウンジでお茶を飲んでいたとき。いつものように阿賀松の膝に座らされてる俺に噛み付いた安久に、たまたま虫の居所が悪かった阿賀松がブチ切れたのだ。  正直、そこまでならいつものことであるが、問題はそこからだ。 『おい安久、そんなにユウキ君のこと好きならユウキ君とずっと一緒にいればいいだろ』  相変わらず無茶苦茶なことを言い出す阿賀松の言葉を真に受けたらしい。つまり、実質勘当されたのだと。  ……それから、安久はずっと上の空だった。阿賀松もそのままどっか行ったし、一人そのまま動けなくなる安久をほったらかしにしてもよかったのだが、あの男に安久を押し付けられた以上無視するわけにもいかなかった。  というわけで、安久を引っ張りなんとか食堂までやってきた俺。安久がカレーライスが好きだというので取り敢えず中辛のカレーを頼んで目の前に置いたのだが、今のところカレーに手をつけられる気配はない。 「安久、冷めちゃうよ」 「……」 「食べないなら、俺もらうけど……?」  無理矢理押し付けるのもなんだし、諦めて安久の前からカレー皿を引こうとしたときだった。ぴくりと安久が反応したと思えば、そのままがっと皿を掴んだ。 「……いらないって言ってないだろ」 「あ、安久……」 「……」  喋った、と思いきや、そのまま死んだ魚のような顔でもそもそとカレーを食べ出す安久。  ……まあ、食べる元気があるならいいか。俺は自分用に頼んでおいたスムージーに口をつけた。 「はあ……」 「……」 「はーーあ」 「……な、なに……?」 「お前、少しは慰めの言葉の一つや二つは掛けられないのか?」 「え、ええ……?」  さっき掛けただろ、と思ったが、どうやらあれは数のうちに入らなかったようだ。黙ってカレー食べていたと思いきや、無茶振りしてくる安久に俺は頭を抱える。  というか、慰め待ちだったのか。 「えっと……別に嫌だったら、無理して俺と一緒にいなくてもいいからね……?」 「それは慰めじゃないだろ!」  しかもキレてきたし。  大きな声にびっくりしながら、俺は「ご、ごめん」と取り敢えず誤っておくことにした。 「はあ……」 「まあ、でも、そういうときもあるよ……?」 「……うるせえよ、お前に何が分かるんだよ齋藤佑樹……」 「安久が慰めろって言ったんじゃ……」 「お前、つくづくムカつくやつだな。そういうところが気に入らないんだよ!」  また元気になってきたようだ。安久に胸ぐらを掴まれ怒鳴られる。  これだったらさっきまで死んだ顔でカレーを食べていた安久の方が遥かに可愛かったかもしれない。 「分かった、分かったから落ち着いて……」 「ふんっ! 伊織さんの言葉がなかったら僕だってお前の顔見ながらカレーなんて食べたくなかったさ、伊織さんの言葉がなかったら……」  言いながら、しおしおと勢いが急激に萎れていく安久。……まだ完全に復活したわけではなさそうだ。  情緒不安定だな、となるべく刺激しないよう、俺は今度は黙ってスムージーを飲み切ることに集中する。  ◆ ◆ ◆  気まずい昼食を終え、俺は安久とともに食堂を出た。 「……安久、これから授業に出るの?」 「そんなの、お前には関係ないだろ」  確かに関係はないが。 「そう……、じゃあ俺も教室に戻るから――」  そうそのまま現地解散しようとしたときだ。伸びてきた安久の手に思いっきり耳を引っ張られる。予期せぬ痛みに「い゛っ」と堪らず声が出た。  神経が通った場所を引っ張るなんてなんてやつだ。「何するんだよ」と慌てて耳を押さえれば、俺から手を離した安久は「待てよ」と低く唸る。  いや、口で言ってくれ。 「……待てって、なに……?」 「伊織さんはお前と一緒にいろって言った」 「別に、もう大丈夫だと思うけど……」 「もうってなんだよ! 伊織さんは一緒に飯を食えとは言ってないだろ!」 「た、確かに言ってはないけど……」 「なら余計お前が勝手に行動するのを許すわけにはいかないんだよ」  ふん、と腕を組んだ安久。いや、そういう意味ではないと思うけど。  あの男の言葉からしたらどちらかと言えば『二度と面を見せるな』という意味合いが強いと思っていたが、安久の様子からしてもしかして好意的に解釈してるのではないかと疑わずにはいられなかった。 「というわけで、僕に付き合ってもらうぞ」 「あの……安久はそれでいいの?」 「なんだと? 伊織さんに逆らうつもりか?」 「ち、違うけど……」  なんかややこしいことになってる気がするが、下手に突いてもやぶ蛇だろうし。  仕方ない、と自分を納得させ、俺は今日一日安久に付き合うことを決めた。  というわけで、何故か俺は安久に引きずられるがまま理事長室前までやってきていた。 「あの、安久……なんでここに?」 「僕に付き合うって言ったのはお前だろ、齋藤佑樹」  別に俺から頼み込んだわけではないが、一応「うん」と合わせておく。 「僕の日課は理事長の扉を磨くことだ。ここは伊織さんも使う場所だからな。扉とドアノブを清潔に保つ必要がある」 「……そうなんだ」  言いながら、いつの間にか用意していたアルコールスプレーと布巾を手に扉を磨き始める安久。そして、ちら、と安久はこちらを伺うのだ。 なんだろうか、と思ったら「なにボサッとしてる、お前もするんだよ」と安久にせっつかれた。  ……なんで俺も。  喉から出かけたが、なんとか飲み込むことが出来た。  そして俺は安久と並んで扉を磨いたあと、ついでに理事長室前の廊下だけ磨かれる。同じ通路にある生徒会前の廊下は磨かないのがコツらしい、「ここから先はあいつらの陣地だから綺麗にしなくてもいい」と安久。生徒会の皆からそんなこと聞いたこともないので、多分安久が勝手に決めているのだろう。俺は「分かったよ」とだけ答えておくことにした。  それから食後の軽い運動がてら掃除を済ませ、更にその後、俺と安久は中庭へと来ていた。  既に授業は始まってる時間のため、中庭には俺たち以外の姿はない。  相変わらず吹き抜けとなったそこは日光がいい感じに入ってきていて、木陰と風が気持ちいい。丁寧に手入れされた植物たちに癒やされる――無論、隣にこの男がいなければの話だ。 「あの、安久……今度は何の用でここに……?」 「齋藤佑樹のくせに僕のことを急かすな! ……こっちだ、ほら」  そして園芸部が手入れした花壇の奥、明らかに勝手に持ち込まれたような無駄に洒落て浮いた丸鉢プランターを見つけた。そのプランターには眩いほどのチェリーレッドの花がたくさん成っていた。ボンザマーガレットだ。  そのプランターの前、花を覗き込んだ安久はこちらを振り返る。 「見ろ、齋藤佑樹!」  こっちこい、と手招きする安久。 「見ろ、美しいだろ」 「それ、もしかして安久が育てたの?」  つい尋ねれば、安久は少しだけ目を丸くした。「なんで知ってるんだ」という顔だ。 「……だって、安久の好きそうな色だから」 「齋藤佑樹のくせに、そういうところは見てるんだな」  俺のくせにってなんだ。本当はプランターのチョイスが安久っぽいっていうのもあったが、どうやら正解だったようだ。 「自分で世話もしてるの?」と尋ねれば、「ここに来るのは僕の日課でもあるからな」と安久はふんと鼻を鳴らす。 「伊織さんが中庭を気に入ってるからな。もっと伊織さんの好きな色の花が咲いたら伊織さんも喜ぶんじゃないかと思ってね」  また伊織さんか、と思ったが、安久にそんな考え方が存在することに少し驚いた。 「本当は園芸部のやつらに世話させようと思ったけど、あいつら『勝手に持ち込むんだったら自分で水やりしろ』って言うんだ! ……だから仕方なく僕がこうして世話をしてる」  言いながら花の手入れをする安久を眺める。  まあそんなところだろうとは思ったが、言いながらも丁寧にピンチする安久を見てると少しだけ意外と思った。 「……綺麗だね」  ドーム状に膨らんだ花々を見つめ、思わず口から漏れる。俺の方をぱっと振り返った安久は嬉しそうに「だろ?」と目を輝かせるが、それも一瞬。すぐに咳払いをして誤魔化す。 「ここの手入れは僕がするからお前はそこでカカシにでもなってろ。いいな」 「うん、分かったよ」 「……ふん」  阿賀松はこの花を見たのだろうか。それとも、最高の状態になってから見せるつもりなのだろうか。  俺は人のために花を育てようと思ったことはない。だからこそ、安久のことは不思議だった。  日頃の言動には問題があるものの、何故そこまで阿賀松の一挙一動に狂わされる程盲信するのか。それほどまでの価値があの男にあるのか。  ぱちん、ぱちん。と、終わった花たちが摘み取られていくのを眺める。  あの男は、それこそ簡単に摘み取っていく側の人間なのに。 「……き」 「……ん?」 「おい、齋藤佑樹! いつまでぼーっとしてるんだ、次に行くぞ!」  どうやら、夢想している間に花の手入れは終わったらしい。先程よりも更に整えられたボンザマーガレットたちを見つめ、俺は「分かった」と答えた。  それから、安久に色々なところへと付き合わされる。阿賀松がよく使う場所の清掃だったり、換気だったり、どれも正直授業を優先させるものなのか疑問だったが、安久はどれも真面目にやってるのを見てるといちいち聞くのも野暮な気がした。  そんなこと、用務員に任せておけばいいのにとも思ったが、「伊織さんな綺麗好きなんだ」と安久は言う。だから、自分がやった方が早いということか。  ようやく『日課』を終えたときには午後の授業も大分終わりかけだった。  日課を終えたあとは食堂に戻ってメロンソーダを飲む、という決まりがあるらしい。というわけで、俺も一緒にメロンソーダを頼むことにした。  別に特別好きでもないし今まで自主的に頼むことはなかったのだが、テーブルの向かい側、美味しそうにメロンソーダに乗っかったアイスを突いてる安久を見たら少しだけ感化されてしまったのだ。 「はぁ〜……最っ高」 「……それにしても、全部毎日やってるの?」 「なんだよ、文句か?」 「いや、文句というか……偉いなって」 「は? 何様だよお前、齋藤佑樹のくせにっ」 「いて、いてて……っ! 脛蹴らないで……っ!」  慌てて足を避難させ、俺も運ばれてきたメロンソーダのアイスを崩していく。 「仁科がいるときはあいつにもやらせるけどね」 「仁科先輩はいいんだ」 「……あいつはとろいけど、そういうところはちゃんとするから」  確かに、仁科なら命令されれば几帳面に掃除をするだろう。けれど、それを裏返せば仁科以外はそうではないということだろうか。 「安久は、なんでそんなに阿賀松先輩のこと慕ってるの?」  機嫌もよくなった安久を前に、もしかしたら今ならば答えてくれるのではないか。そんな考えが過り、思い切って尋ねる。  瞬間、安久がぴたりと固まるのを見て『やっぱり聞くべきではなかったか』とすぐ後悔した。掴みかかられる覚悟も殴られる準備もしていたが、それよりもすぐに安久はふいっとそっぽ向く。 「……絶対言わない」 「え?」 「だってお前、伊織さんのこと好きじゃないだろ」  それからそのまま溶けかけたバニラの山をスプーンで削り取る安久。俺は暫く安久の方を見たまま、それから黙ってスプーンに乗せたままになってたバニラを口に入れた。  口の中に広がる甘ったるさは一口でも十分になるほどだ。  ……それも、そうか。俺が聞いたところできっと安久の気持ちは理解することは難しいだろう。  愚問だったな、と思いながら俺は二口目をスプーンで掬う。  やはり、俺と安久は相容れないらしい。  それから、授業を終えた生徒たちがちらほらと食堂へと足を運んでくる。  もうそんな時間か。今日は時間経つのが早かったが、なんとなく安久のことが知れた気がして……満足、というわけではないが、それなりに充実してたような気がする。 「おい齋藤佑樹、この後だけど――」  そして、安久がデザートで頼んだプリンを食べていたときだ。  いきなり安久の隣の椅子が引かれたと思いきや、そのままどかりと何者かが腰を下ろす。  なんだと俺と安久はそちらを見て、そしてぎょっとした。  赤髪の男がそこにいた。我が物顔で椅子の背もたれに体を預けた阿賀松は、「よお、楽しそうだな」と口元をだらしなく緩めて笑った。 「い、伊織さん……っ!」  ――最悪だ。せっかく安久の機嫌が直りかけていたというのに。  阿賀松の登場により、再びガチガチに緊張してる安久を横目に俺は「どうも」と頭下げる。 「伊織さん、どうしてここに……っ」 「食堂は飯食う場所だろ、食う以外に理由あるか? ――なんてな、他の奴らに聞いたんだよ。お前らがここにいたって」  だとしても何故阿賀松がわざわざ来るのか分からなかったが、様子が気になったってことか?  勘繰らずにはいられなかったが、そんな俺の横で安久はまだどう反応すればいいのか迷っていた。……気持ちは分かる。相手は気分で正解が変わる男だ。 「それにしても珍しいじゃねえか、お前らが二人で飯食ってるなんて」  そして、さらってそんなことを言い出す阿賀松に俺は耳を疑った。まさかこの男――今朝の発言を忘れたのか?  固まる俺の横、ぱっと顔を上げた安久は「はいっ!」と勢いよく尻尾を振り出す。  いや、何故その反応になるのだろうか。 「今日は僕がしっかりとこいつの面倒見てました! 午後も伊織さんはゆっくりしててくださいねっ!」 「つっても、充分寝たけどな」 「じゃあ僕とこいつでマッサージでもしますよ! ね、齋藤佑樹!」 「いや、ねって言われても……いででで……っ!」 「ねっ」 「わ、わかった……わかったから……!」  たっぷりお昼寝でもして機嫌がいいのか、「ハッ、そりゃいいな」と楽しげ笑う阿賀松に嬉しそうにニコニコしてる安久。そしてそんな安久に肋の隙間辺りに指をねじ込まれながら俺は引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。  ――やっぱり、こいつらとは分かり合えない。  阿賀松に話しかけられただけでここまで有頂天にも昇れるのも一種の才能だろう。  傍迷惑ではあるが、最初のときの死んだ顔の安久よりは今の安久の方が安久らしいから……いいのか?  ……いや、よくないな。  結局俺は安久と共に阿賀松の部屋でマッサージをするハメになったが、やっぱり阿賀松のことは好きになれないなと改めて思うことになった。  おしまい

合言葉はチェリーレッド【↑300/6,200文字/安久×齋藤/ほのぼの】

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