「奈都、こんなところにいたのか」 「準一さん……」 「日向ぼっこか? 気持ち良さそうだな」 「ええ……まあそんな感じです」 奈都と色々あってから、ふと奈都の姿が見えなくなると心配になって探す癖がついていた。 そんなとき、大体決まって奈都は自分の部屋か、樹海の奥にいるのだ。 そして今回も樹海で日光浴をしていたようだ。どこを見ても四方八方背の高い木々で囲まれた森の奥、手頃な石を腰掛け代わりにしていた奈都は隣に座る俺を見て小さく微笑んだ。 「……もしかして、僕のことを探してくれたんですか?」 「え? や、……まあ、ちょっと心配になって」 図星を刺されてしまうと誤魔化しようがない。もしかして余計なお世話だと嫌な気持ちにさせてしまわないだろうかと思ったが、奈都の反応は柔らかいものだった。 「準一さんにそんな風に心配していただけて嬉しいです。……ありがとうございます、準一さん」 「……怒らないのか?」 「怒る? どうして?」 「余計なお世話だって……」 「ああ、そういうことですか。……確かに相手によってはそう感じるかもしれませんが、準一さんになら僕は……寧ろ幸せ者だと思います」 そうふっと破顔する奈都。 こんな風に自然に笑う奈都を見るのは初めてかもしれない。そこまで信頼してもらえてるのかと嬉しくなる反面、どこか熱すら籠もったその目でじっと見つめられると落ち着かない気分になった。 仲吉以外の人からここまで信頼されることがなかったからこそなのかもしれないが。 なんて考えてると、ぱらぱらと頭の上から雫が降ってくる。 「うわ、雨だ。まじかよ」 「ああ……通り雨ですかね」 「奈都、そのままじゃ濡れるぞ。雨宿りしないと……!」 そう動こうとしない奈都の腕を咄嗟に引っ張れば、奈都は驚いたような顔をした。 その表情に、「あ、そうか。もう濡れる心配する必要はないのか」と思い出したときだった。慌てて引っ込めようとした手を今度は奈都に掴まれた。 「……っ!」 「……そうですね、そこの辺りに雨宿りできそうな場所を見つけたので避難しましょうか」 もしかして俺に恥を掻かせまいと合わせてくれたのかもしれない。今度は立場が変わり、立ち上がった奈都に腕を引っ張られる。 小雨だった雨脚は次第に勢いを増し、その粒も大きくなっていた。身に着けていたシャツが水分を含んで肌に張り付くのを感じながらも、俺は「ああ」と奈都に応える。 それから、俺は先頭を歩いていく奈都の後を追いかけた。 地面は泥濘み、足を取られないように気を付けながらもなんだか奈都に掴まれた腕が熱く感じていた。 そして奈都はとある洞窟の前で足を止める。 ……って、洞窟って。 「こんな場所、あったのか」 「そんなに深い洞窟でもないですけど、少し体を休めるくらいなら丁度いいかもしれませんね」 「どうぞ」と物怖じもせず先へと進む奈都はこちらへと手を差し伸べてくる。少しだけ迷ってその手を取れば、ぎゅっと力強く手を握り締められて少し驚いた。 その洞窟は、奈都の言うように穴に近いものだった。弦や草木で入り口を覆われていたお陰で俺も気付かなかったようだ。けれど、いい場所を知った。 服が汚れるのも構わずに座る奈都に見倣い、俺もそのまま地面に腰をかけた。乾いた砂利の感触が気にならないわけではないが、『もう死んでるのだから気にするな』と自分に言い聞かせる。 「……はは、準一さんびしょびしょですね」 「ああ、……やっぱ慣れないな。どうしてもこの体には」 「気持ちは分かりますよ。……そういうところも、準一さんの良いところだと思いますが」 薄暗い穴蔵の中、二人分の声が反響する。外では更に雨が激しさを増しているようだ。なんだか外界から切り離されたような不思議な感覚になりながらも俺はちらりと隣に座る奈都を盗み見た。そのとき、首にかけていたマフラーを外す奈都に驚く。 「それ、外せるのか」 「え? ……ああ、マフラーですか?」 「ああ。ずっとつけてるから少し驚いた」 「……まあ僕も別に拘ってるわけじゃないんですけど、準一さんを見ていたら……」 「俺?」と改めて奈都を見てはっとする。先程まで気にしていなかったが、いつの間にかに奈都はずぶ濡れになっていた。 「わ、悪い……もしかして俺のせいか?」 「準一さんのせいじゃなくて、お陰ですよ。……今までだったらそんなこと意識する余裕もなかったんですけど」 言いながら水分を含んだコートを脱ぎ、そこらへんの地面に置く奈都。下に着ていた薄手のシャツ一枚になる奈都に、なんだか俺は妙な感覚に陥った。恐らく今まで冬の格好をしていたもこもこの奈都を見慣れていたからだろう、なんだか知らない人が目の前にいるような感覚だ。 「やっぱり、違和感ありますか?」 そんな俺の視線に気付いたようだ。奈都は少しだけ恥ずかしそうに耳を赤くし、こちらを見た。 「あ、や……結構慣れないな」 「僕も、少し緊張してます」 「奈都が? どうしてだ?」 「……さあ、なんでだと思いますか?」 少しだけ意地の悪い言い回しをする奈都。 俺は考えるが、答えなど分かるわけがなかった。 「なんでだ?」と尋ねれば、奈都は「秘密です」と笑う。 そこまで言って教えてくれないのか、それはずるくないか。そう喉元まで出かかったが、楽しそうな奈都の顔を見てると悪い気はしなかった。 「でも、なんだか不思議な感じた。……お前と出会った場所がこんなところじゃなかったら、こんな風に色んな奈都が見れたんだろうなって思える」 「……そうですね、準一さんならきっとあの頃の僕とも仲良くしてくださったでしょうし」 雨のせいもあってか、なんだから辺りにしんみりとした空気が流れてしまった。 もっと明るい話題を振ったつもりが俺はまたやってしまったようだ。せっかくいい感じだった奈都の横顔が曇るのを見てあっと後悔したとき、「ですが」と奈都は口を開く。 「僕は、ここで貴方と出会えてよかったと思います。……準一さん」 「……奈都」 「面と面向かってこんなことを言うのは少し恥ずかしいですけど、……貴方には伝えておきたかった。改めて」 思わず奈都の方を見れば、視線がぶつかった。黒い前髪の下、こちらを真っ直ぐに見つめてくる奈都は目が合えば微笑むのだ。 それは出会った頃からは想像できない優しい笑顔で、俺は『ああ、こいつってこんな顔もできるのか』などと的はずれなことを考えてしまう。 そのまま返事をすることも忘れて奈都を見つめてると、「すみません、調子に乗っちゃって」と照れたように笑い、奈都は視線を外した。 「い、いや……俺も、嬉しい。奈都がいなかったら多分、他の奴らアク強い人たちばっかだから不安になってただろうし」 奈都もアクは強いが、それでも価値観だったり成仏に関しての考え方が似てるということは大きかった。多分、奈都がいなかったらきっと俺は常識だとか現実世界のことも忘れて地縛霊として永遠に彷徨っていたかもしれない。 ……まだ成仏の目処はついていないが、モチベーションが保たれてることには違いないだろう。 「確かに、それはそうかもしれませんね」と奈都は笑った。 「でも、そう考えたら奈都は俺が来るまであいつらと一緒にいたんだもんな。……自分だけ違う考え方だったり、話すやついなかったらやっぱり大変だったろ?」 「大変……とまでは思いませんでしたね。一人でいることには慣れてましたので」 「え」 「……それに、考え方の違う相手との会話も情報収集のためだと思うと苦痛は和らぎますので」 「準一さんもこの方法、オススメですよ」と呟く奈都に『ああそういやこういうやつだったか』と思い出すと同時に安心した。 「やっぱ、奈都ってすごいよな」 「……準一さん、そんなに褒めてももう僕の引き出しからは何も出ませんよ」 「そういうつもりじゃないんだけどな、悪い……俺も奈都みたいに割り切れたら良かったんだろうけどな」 「何言ってるんですか! やめてください、そんなことを言うのは……っ!」 ぼそりと口にしたつもりが、倍以上の勢いで返されてつい飛び上がりそうになる。 「うおっ、びっくりした……」 「あ、すみません……けど、準一はそのままでいてください」 「奈都……」 「最も、貴方が僕みたいな人間でしたらきっと、誰のことも救おうと思いませんでしたよ」 ――もちろん、自分自身も。 直接口にすることはなかったが、奈都の言葉からその心の声が聞こえてくるようだった。 「……そか、悪かった。軽率なこと言って」 「……謝らないでください。僕も、感情的になってしまってすみません」 お互いにぺこぺこと頭を下げ合い、そしてそのまま顔を見合わせる。そしてつい俺は笑った。 「……なんか、俺たち謝ってばっかだな」 そう口にすれば、奈都は小さく口元を歪ませる。 「確かにそうかもしれませんね」と。 一時は妙な空気になったが、気付けば服も濡れた髪も乾いていた。洞窟の外ではいつの間にかに雨は止んでいたようだ。雨上がり特有の土の匂いがなんだか心地よくて、雨がやんだあとも俺たちは暫くそこで色々話すことになった。 ここで暮らす亡霊たちとそれこそ出会った環境が違ったら、という夢想をすることは屡々ある。それこそたらればの過程の話ではあるが、きっと俺たちはもっと仲良くなれただろう。 ……なれたらいいな。なんてそんなことを考えてしまっていたのだが、奈都にそう言ってもらえたことが正直わりと、結構……いやかなり嬉しかった。 「成仏して、来世で出会えたりしてな」 「準一さん、来世とか信じる人なんですか?」 「いや、今までは信じてなかったけど……あったら楽しそうじゃないか?」 「……準一さんって結構、可愛いところありますよね」 「か、かわ……」 「でも、僕も思います。……来世があるなら、どうせだったら今の記憶も持ち越して帰って、強い状態でリスタート、なんて」 「……奈都こそ、結構そういうの好きだよな」 「……男は皆好きでしょう」 「まあな」 おしまい