一日岩片の恋人のフリをすることになった尾張【↑300/4,800文字/転校前岩片×尾張/過去話】
Added 2022-04-10 13:10:18 +0000 UTC岩片のやつがどこでなにをしようが俺には関係……ないこともない。どちらかといえばある寄りだろう。 それでも岩片の行動を制限するつもりもないし、寧ろ俺が何言ったところで好き勝手するのも目に見えている。 だからあいつのすること成すことには基本口を出さないようにしていたのだが。 「だからって、なんでそうなるんだよ」 「なにが」 「なにがって、俺がお前のこ……恋人のフリだって」 「別に一瞬だけでいいんだって。向こうもそれで納得してくれるだろうし」 こいつ、簡単に言ってくれる。 ことの発端は数日前に遡る。例のごとく手あたり次第好みの男を食い漁っていた岩片が厄介な男に手を出してしまいストーカー被害に遭っているのだ。 まあここまでなら別に珍しい話でもない、寧ろ敵も多い岩片は四六時中狙われているに等しい。そしてそんな連中から岩片を守るために俺がいる――はずなのに。 「なんで俺だよ、お前が頼めば喜んで引き受けてくれるやつなんてたくさんいるだろ?」 「まあな、けど可哀そうだろ」 「俺は可哀そうじゃないってか?」 「それにハジメ、お前は頑丈だからな」 それはメンタル的な意味合いでか?それとも肉体的にか? まあ確かに少なからず岩片に気があるやつを選んで第二のストーカーを生むよりかは事情も知っている俺がやった方が早いしその後の処理もスムーズに進むけども。 なんだろうか、自分でもなぜこんなに素直に引き受けられないのかがわからない。 「それなら俺が直接例のストーカーに声かけて穏便に済ませておくけど」 「なんだ? ハジメ、お前そんなに俺の恋人になるの照れてんのか?」 「照れるとかじゃなくてな、後から変な噂広まって今度は俺が変なやつらに目ぇ付けられるだろ」 「あーはいはい、ハジメお前ビビってんのか」 にやりと笑う岩片の言葉がグサリと刺さる。 違う、と否定することができなかった。ビビってるつもりはないが、確かに普段ならばこんなに渋ることもない。そう捉えられても仕方ないだろう。 「……わかったよ、すればいいんだろ?」 「お? 別に恥ずかしいんなら無理しなくてもいいんだぞ。ハジメ曰く他にも俺の言うことを聞いてくれる子はたくさんいるらしいからな」 「無理してねえよ。……そっちこそ、あとから演技がへたくそだとか文句は言わないでくれよ」 「ああ、安心しろ。俺ほど寛大な男はいないからな」 どの口で言ってるのか。それともストライクゾーンの話しか? それなら納得だが。 というわけで、売り言葉になんとやら。成り行きで一日岩片の恋人のフリをすることになってしまったわけだが、承諾したあとも未だなんで俺がとよくわからないもやもやに苛まれたまま作戦決行日の朝を迎えることになる。 「……じめ」 「ん……」 「おい、ハジメ。いつまで寝てんだ?」 「……んぁ……?」 「三秒以内に起きねえとキスするぞ、ディープなやつ」 頭の上から恐ろしい言葉が落ちてきて、咄嗟にがばりと起き上がれば「一秒か、惜しかったな」とベッドの横に立っていた岩片は笑った。 なにが惜しかったのか、というか待て。 「岩片が起きてるってことは……今何時だ?」 「昼前だよ。遅くまで考え事でもしてたのか? 珍しいよな、ハジメがこんな時間まで寝過ごすなんて」 「それとも、今日のことがそんなに楽しみだったのか?」と分かってて意地の悪い言葉を投げかけてくる岩片には返す言葉もない。正直図星だった。 「……悪い、飯は?」 「まだ。つか俺もさっき起きたばっかだしな、気にすんなよ」 「お前にフォローされることが一番辛いな」 「なんだと」 そんな戯れも程々に、起き上がった俺は取り敢えず目を覚ますために顔を洗いに行き、シャワーを浴びることにした。 そして風呂から上がれば、既に着替えた岩片がソファーの上でだらけながら俺を出迎えてくれた。 「風呂入ってきたのか? 気合入ってんな」 「やるからにはちゃんとやるってのが俺のモットーだからな」 「そりゃ結構。そんで? 腹は括ったのか?」 「ああ」 「ふーん……」 なんだよ、ふーんって。その疑ってるような目はなんだよ。 ソファーからのそりと起き上がった岩片はそのまま俺の目の前までやってくる。 「じゃ、念の為会いに行く前に練習しとくか」 「練習?」 「そりゃ、恋人の練習に決まってんだろ」 ずい、と岩片の鼻先が近付き、咄嗟に一歩後退ってしまう。そしてすかさず岩片に「ハジメ〜?」と笑われるのだ。 「お前、ほんっと可愛いやつだな」 「……言い訳させてくれ」 「一応聞いてやるよ」 「露骨にベタベタしないカップルだっているだろ、俺はそっちの路線の方がいいと思う」 「だから俺に触れられるのはドキドキして耐えられない、と」 言い方が悪意しかない。けどそう思われても仕方ないのか。いや、でもだってと頭の中でぐるぐる回る。 「ま、これ以上虐めたらハジメ君が可哀想か」 「岩片……」 「なんつって」 隙きアリ、といきなり岩片に手を握られ、固まる。風呂上がり、発熱した手のひらに岩片の手はひんやりとしていて驚いた。硬い指先にぎゅっと絡められ、ほんの一瞬息が止まる。 「……っ、おい……」 「はは、ハジメが真っ赤だ」 笑う岩片に「嘘つけ」と言い返せば、やつは更に楽しそうに笑った。いつもの悪巧みするときのような顔ではない。 そしてやつはすぐに俺から手を離す。 「まさか、ハジメがここまでウブだったなんてな。やっぱお前に任せて正解だったよ」 「どういう意味だよ」 「そこら辺の小慣れたやつよりもよっぽど真実味が出てくるだろ?」 「……ッ、……お前な」 「おっと、勘違いすんなよ。俺は褒めてんだよ。もし、それも演技だってんなら俺は平伏してやる」 本気で平伏させてやろうかとも思ったが、やめた。こいつの挑発に乗ったところでいいことなんてないと分かっていたからだ。 それに、俺の考えなどこいつには全部筒抜けも同然なのだ。逆手に取られて笑われるだけだ。 「そりゃどうも」とだけ返しておく。 それから岩片と簡単な打ち合わせをする。 ターゲットである岩片にご執心な“お友達”は今頃外で岩片が部屋から出てくるのを待ってるに違いないだろう。そこを知らぬ顔して出ていき、恋人であるフリをする。当然標的は俺に向くだろうが、それが作戦だ。既に岩片が用意した第三者がその様子を記録し、現行犯として警察へ被害届と一緒に提出。 俺としては警察巻き込むよりも直接叩いた方がいいのではと思うのだが、「それじゃお前がヘイト向けられるだろ」と岩片は頑なに受け入れなかった。確かに以前、逆上した岩片のファンに刺されかけたことはあったが、まさかまだ気にしてるのか。だとしてもならば俺に恋人役やらせるのはおかしい気もするが、岩片の考えなど俺に理解できるはずもない。 というわけで、一緒に飯を食いに行く体で部屋を出る。そして初手部屋の前に置かれてた岩片宛の弁当箱を見つける。『凪沙様へ』と書かれたメッセージカードも丁寧に添えられていた。 そして早速背後からの強烈な視線のコンボ。 「お前宛だぞ、岩片。よかったな、食堂へ行く暇が省けたぞ」 「宅配頼んだ覚えねーんだけどな」 そうそのまま放置して歩いていく岩片。せめて片付けたほうがいいのかと思ったが、行くぞ、と手を掴まれれば逆らえない。 自然に手を握られたが、なんだろうか。犬の散歩感が否めない。岩片がリードを手にした飼い主で、俺が首輪付きの犬だ。 恋愛初心者というわけでもないのに、岩片が相手となるとどうやって手を繋いでいたのか、どんな話をしていたのかが分からなくなってくるのだ。 結果、岩片に手を引かれてる間無言になる俺に、岩片は「ハジメ」と呼びかけてくる。 「……なんだよ」 「いい加減慣れろよな、これ」 そう、握った手をこちらへと見せつけるように掲げる岩片。なるほど、あまりにも下手すぎる俺の態度を逆手に取ってのロールプレイか。流石恋人ごっこに慣れていることある。 少しだけ感心する。 「……あのな、そんな簡単に慣れるわけないだろ」 「今までと違うから?」 「それもそうだけど……お前が」 「俺が? なんだよ、ハジメ」 「……お前が、そんな風に喋るの……なんか落ち着かない」 これはあくまでフリのはずだ。それなのに、ニヤニヤと笑う岩片にハッとする。 まるで本音を引き出されているような、そんなやり取りに耐えられずに咄嗟に手を離そうとすれば、更に岩片に指を絡められるのだ。細えくせに絡みつくその指は強く、そのまま岩片は俺の指先に唇を寄せる。そして、呆気に取られているとこちらに顔を寄せるのだ。 「そんなんで、これからどうするんだよ」 ストーカーまで届くはずもない、俺にだけ聞こえるほどの声量で囁かれ、全身が緊張した。 きゅんとかそんなものではない、感じたことのない感覚に等しい。まるで心臓を握りつぶされるような、恐怖に近い感覚だ。 「……っ、お前……」 「ハジメ、前柱くるぞ」 「え……って、う゛……ッ!」 余所見していたせいで目の前の柱にぶつかる。そんな俺を見て岩片は声を上げて笑うのだ。 「犬も歩けば棒に当たるってか」 「お前、先に言えよ……っ」 「なんだ? 周りがわかんなくなるくらい俺しか見えなくなってたのか?」 「赤くなって、可哀想に」と額を撫でる岩片。完全に遊んでやがる。 「キスしてやろうか」 「いい、やめろ」 「はは、照れてんのか?」 お前の妙に甘い声に慣れてないんだよ、と言いかけてやめた。無言で岩片を睨んだとき、後方でなにやら騒がしい声が聞こえてくる。 ……どうやら件のストーカーが動いていたようだ。岩片親衛隊に取り囲まれ、羽交い締めにされたストーカー生徒の手には刃物。「うわ、あっぶね」と隣で岩片が口笛を吹いていた。 「流石にこれの実行犯逮捕は危ねえわ、流石親衛隊ちゃんたち」 「お前は少しくらい痛い目見た方がいいかもな」 「なんだよ、まだ怒ってんのか?」 「もう恋人ごっこは終わりだろ? これからゆっくりと飯食う暇はなさそうだぞ」 「じゃ、さっきの手作り弁当もらうか」 「おい」 「冗談だって、冗談」 冗談に聞こえないんだよ、お前の場合。 呆れながらも、俺は「今度はちゃんとしたデリバリー頼んでおくか」とだけ答えておいた。 ちゃんと恋人らしく振舞えた自信はなかったのだが、勝手に発狂してくれたお陰で俺としてはこれ以上の苦行を行わずに済んで助かった。ほっとしてると、じっと岩片がこちらを見てることに気づく。 「どうした?」 「いや……ハジメはやっぱもう少し男への耐性つけておくべきじゃないかと思ってな」 「そんなこと考えるなよ」 「なんだよ、男はいいぞ。後ぐされないし手軽だし楽しいぞ〜」 「何度もストーカーに刺されそうになってるやつに言われても説得力がないな」 「……確かに」 納得するのかよ。と突っ込んでいると、どうやら騒ぎを聞きつけた教師たちがやってきた。 それから事情聴取など色々あり、生徒は退学処分。再び平和な学園生活へと戻ることになったのだが……。 「なあハジメ君」 「なんだ?」 「恋人のフリしてほしいんだけど」 「他当たってくれ」 やっぱり俺は包丁持ったやつを捕まえる方が性にあっている。 おしまい