岩片のセフレに刺される尾張の話【↑100/4,300文字/岩片×尾張/過去話】
Added 2022-01-22 19:27:35 +0000 UTC男同士の痴情の縺れなど、できることなら見たくもない。 なにが悲しくてこんなことになってるのか。 ――学園内、岩片の部屋の前。 「あいつと会わせろよ!」 そう言って掴みかかってくるやたら女みたいな顔の男は岩片がツマミ食いした男である。か細い腕とは裏腹に、やはり男は男ということか、その力はなかなか強い。 辺りには人気がないお陰で悪目立ちせずに済んだが、問題はここからだろう。 「まあまあ、落ち着けって。あいつとはちゃんと話したんだろ?」 「なにが話だよ、あんな、あんなの……っ」 目の前で真っ赤になっては言葉に詰まる男に「あー……」と俺は全てを察する。 ――あいつ、またやりやがったな。 食うのは良いがアフターケアはきちんとやらなければいつか刺されるぞ、と言い続けては「そんときはお前がいるだろ」なんて笑っていた岩片に言い聞かせてやりたい。俺がいてよかったなと。 「取り敢えず、話聞くから場所を変え――」 ないか。せめて人気があるところで。 なんて続けるよりも先に目の前の男が制服のブレザー、その内ポケットに手を突っ込むのを見た。 そこから引き抜かれるのがなんなのか確かめるよりも先に咄嗟にその腕を掴み、捻りあげようとした矢先だった。取り出されたナイフの刃先に自分の顔が反射する。 あ、と思った次の瞬間、通りかかった生徒の悲鳴が聞こえてきた。 それからはまあ、バタバタと時間は過ぎていった。 約束通り俺はあいつの代わりに刺される羽目になったが、刺されると言ってもそんな大袈裟なものではない。切り傷程度だが傷の範囲が広かったお陰で派手な出血量になり、やたら騒ぎが大きくなってしまった。 俺は先生たちに心配され、病院に行くことも勧められたが流石に大袈裟すぎてそれは御免被りたいということで保健室で手当をしてもらうことになった。 幸い傷口も浅く、暫く安静にすることと念押しされるだけで解放してもらうことになる。 出血したお陰かやや体がだるい、疲れもあるだろうが。 早く部屋に戻って横になろう。そう保健室の扉を開けた矢先だった、保健室の扉の前に立っている人影にぎょっとする。 それは向こうも同じだった。 「ハジメ」 そう、やつが口を開く。そして、俺の右腕に巻かれた包帯を見てやつは口を閉じた。 「ああ、お前も聞いたのか?」 「……ああ、お前が刺されたってな。傷は大丈夫なのか?」 「ああ、この通り骨も神経も無事だよ。ちょっと貧血気味だけど、逆に頭が冴えてる気がする」 そう笑ってみせるが、いつもなら乗ってきそうなアイツがノってこない。それどころか、神妙な顔をしたまま岩片は押し黙るのだ。 「? おい……」 「悪かったな」 「え」 「俺の躾が甘かった」 ようやく口を開いたとき思いきやこの言い草だ。 真面目な顔をしてそんなことを言い出すものだから、てっきり岩片なりのいつもの軽口と思い「本当に反省してんのか?」なんて無傷な方の肘でうり、と突く。すると、あいつは無言で俺を見ていた。 「って、おい……どうした? 怒られたのか?」 「怒られた、たっぷりな。あんな叔父初めて見た」 「ああ、それで凹んでんのか」 「……凹んでる? 俺が?」 分厚いレンズの下、岩片は目を丸くする。 まるで初めて聞いた言葉みたいな反応だ。岩片がそんな反応するのは初めてだっただけに、こちらまで驚いてしまう。 「いや、なんでお前が驚くんだよ。自分のことだろ?」 「いや……そうか、これが凹むっていうやつなのか」 初めてあったときからこいつはイカれてるとは思ったがまさかここまでとは思わなかった。 ふむふむ、なるほどな。なんて一人で納得する岩片だったが、それもすぐに切り替わる。 そして、そのまま岩片はこちらを見上げるのだ。 「それじゃ、行くか」 「行くって?」 「病院に決まってんだろ」 「え」 「外に車を待たせてる。行くぞ」 なんて言って、岩片は俺の逆の腕を掴もうとして少し躊躇ったように手を離し、そのまま歩き出すのだ。 「いや、いい、てかもう手当してもらったから大丈夫だ」 「駄目だ、犬の世話は飼い主の役目だからな」 「お、お前な……」 素直に心配だからって言えよ、と思ったが、それもそれで気持ち悪いからこれでいいのかもしれない。 なんて、妙に納得してしまう自分も大概こいつに毒されてきているのかもしれない。 結局そのまま俺は岩片に連行され、病院に連れて行かれることとなった。 保健室で養護教諭に言われたことと同じことをそのまま言われ、そのまま帰されてそして帰寮する。 ようやく自室に戻ってきた頃にはすっかり夜は更けていた。 「……ようやく帰ってきたな」 「ああ、そうだな」 そのままベッドに飛び込めば、そのまま隣に岩片がベッドの縁へと腰を掛けてくる。 「それにしても、もう傷が塞がりかけてるってなんだよ」 「だから言っただろ? 大丈夫だって」 「病院で見てもらわなかったら大丈夫じゃなかったかもしれないだろ」 「お前な……」 ああ言えばこう言う岩片の性格は分かっていた。 それでもこれでようやく安心したのだろう、岩片は大きく猫のように背伸びをし、そしてそのまま息を吐いた。 「お前があいつに刺されたって聞いたとき、すげー焦った」 「お前が?」 「ああ、俺がだ。自分でも驚いたけど、今になってようやく肩の力が抜けて……今の今まで緊張してたんだって分かった」 「なんだよ、自分のことのくせに随分と他人事みたいに言うな」 「……そうだな」 なんだよその妙な間は。 思わず上半身を起こし、岩片に向き直ろうとしたときだった。 あいつがこいつを振り返り、拍子に顔が近付いた。 「なあハジメ、俺は思ったよりもお前のことが大切らしい」 「…………なんて?」 「ハジメ、ハグしていいか?」 ……やっぱりこいつは変なやつだ。 言いながらずい、と迫ってくる瓶底眼鏡に気圧され、俺は思わず後退った。 「傷が痛むから駄目だ」と咄嗟に返せば、岩片は「塞がりかかってるんだろ?」と更に打ち返してきやがる。 「それでもだよ。……てか、お前って性欲以外の感情あったんだな」 「ああ、俺も驚いてる」 冷ややかに笑う岩片に、何も答えられずに思わず笑ってしまう。 「今回のこれは立派な傷害だ。お前が望む処罰を受けさせることも出来るけど、どうする?」 「どうするって、どうもしねえよ」 「本気で言ってるのか?」 「ああ。それに、ちゃんと躾るんだろ?」 「そうだな」 「ならそれでいい」 正直な話をすると、遅かれ早かれこうなることは分かりきっていたことだ。 それに同情するつもりはないがあの男だってこの岩片凪沙という男のせいでああなったようなものだ、そう考えるとなんだか他人事のように思えなかった。 まあもっと素直に言うなら、面倒なことはしたくないのだ。 「ハジメ、お前は本当に……」 「なんだ、自信がないのか?」 「んなわけねえだろ、俺を誰だと思ってるんだ?」 「セフレのメンケアできない御主人様だな」 「………………」 お、言い過ぎたか?なんて、黙り込む岩片の方を見たときだった。 やつは俺の顎を掴み、キスしそうなほどの距離まで顔を寄せる。 「その減らず口も、今夜だけは許してやる」 本当にキスされるのではないだろうか、なんて思った矢先だった。唇に掛かる吐息、囁かれるその言葉とともに岩片は俺から手を離した。 俺が文句を言う暇などなかった。そのままベッドから立ち上がった岩片はそのまま風呂へと向かうのだ。 「傷が痛むんなら一緒に入るか?」 「勘弁してくれ。この腕でお前のことご奉仕はできねえからな」 「それは残念だ、よく寝てさっさと治せよ。じゃねえとつまんねーから 」 そうひらひらと手を振り、岩片はそのままシャワールームへと消えるのだ。 やつの姿が扉の奥へと消え、やがてシャワーの音が聞こえてくる。 塞がりかけていたはずの傷口がずきずきと痛んだ。否、これは痛みというよりも疼きに近い。 ――急に人扱いされんのも考えものだな。 なんて思いながら再度ベッドの上に寝転んだまま、俺は深く息を吐いた。 期待していなかったのに、あいつのマイペースな言動行動には振り回されっぱなしだ。 優しくなんて別にされたくないのだが。あのときナイフを取り出した男を思い出しながら息を吐く。 明日は我が身、なんてことだけは勘弁だ。 もう、他人に期待などしないと決めたんだ。 自分に言い聞かせながら俺は目を瞑った。 余計な情なんてもの、あるだけ無駄なのだ。期待なんてするな。 呪詛のように何度も自分自身に言い聞かせながら、俺はそのまま深い眠りにつくのだった。 ――翌日。 朝から校内は昨日の一件で持ちきりだった。 何故か噂に尾ひれがついては俺と岩片があの男を取り合っただとか、俺が手を出しただとか、根も葉もない噂が出回っていたが、それも午後になればすぐに新しいニュースへと映るのだ。 腕の調子もすぐに良くなった。ただ、まだ傷は目立つがそれも時間の問題だろう。 もう一つ心配があるとしたらだ。 「ハジメ、荷物持てねえだろ。貸せよ。俺が持ってやる」 「に、荷物って……まさかこのノートのこと言ってんのか?」 「他に何がある?」 「いや、いやいやいや、これくらい持てる。ってか指だけでも持てるしこれなら」 俺のことをなんだと思ってるんだ。そもそも腕を怪我したのは片方だけだぞ、と呆れる俺に、岩片は「お前はわかってねえな」と逆に呆れ返されるのだ。 「こういうときは素直に甘えとくんだよ。覚えておけ?」 「刺されそうになったやつが言うと説得力が違うな」 「ああそうだろ、見習ってもいいぞ」 お前そんなんだから理事長から絞られるんだろ、と喉元まで出かかったが言葉ごと飲み込んだ。 「そうだな、参考にさせてもらう」と返せば、岩片は笑うのだ。 なんだか変なのに懐かれてしまったな。片足を突っ込んだときから分かっていたことだが、それでもこいつの隣でいて居心地よく感じてる自分に慄いた。 本当だったら刺されたのは俺ではなくこいつだったのだと思うと、俺で良かったな、と思ってしまうのだ。自分でも驚くことに。 つくづく人たらしというものは――この男は恐ろしいと思う。 そんなこと絶対、言ってやらないけどな。 おしまい