遠くから聞こえてくる祭り囃子。立ち並ぶ屋台からは芳しいソースの匂いが臭ってくる。 雑踏からやや離れたところで俺と岩片はどうしたものかと立ち竦んでいた。 「すげえ人混みだな」 「ハジメ、迷子にならないよう俺の手握っててもいいぞ」 「要らねえよ、つか……俺、浮いてないか?」 腹部を締め付ける帯紐に手を掛ける。 せっかくの夏祭りなんだか浴衣を着ていけばいいじゃないか、そういう岩片にあれよあれよと流されて着せられたは良いが、実際会場である商店街まできたらどうだ。浴衣姿の人間なんて総じて女の子ばかりで、俺ぐらいの歳のやつは大体ラフな恰好をしてるのが現実だった。 しかも人には浴衣着せておいて当の岩片は部屋着みてーなすげー適当な恰好だし、なんか俺ばっか浮かれてるやつみたいじゃないか。 恥ずかしくなる俺に、岩片はというとつま先から頭のてっぺんを眺め、そして緩やかに口元を歪める。嫌な笑顔。 「んや?俺の見立て通りよく似合ってんじゃねえの。ほら、あそこの女の子グループもお前のこと見てカッコイーって言ってたぞ?」 「……本当かよ」 「本当本当。お前、黙ってると絵になるからな」 分かりやすいくらいベタな煽て方だが、そんな岩片の言葉を満更でもなく感じてしまう俺も俺なのか。何気なく辺りに目を向けてみれば、女の子グループと目が合う。 つい笑いかけそうになり、ニヤついた岩片に気づいてハッとした。 「言ったろ」 「なんでお前のが嬉しそうなんだよ」 「まあ、お前が褒められるイコール俺の趣味がいいってことだからな」 「……いいな、お前は幸せそうで」 「こんな浴衣の別嬪さん連れて祭りデートすんだよ、幸せ感じない野郎なんているのか?」 「口説く相手間違えんなよ」 しかもお前が言うと嫌味に聞こえてくるし。 どさくさに紛れて肩に触れてくる岩片の手を剥がせば、やつは「おー厳しいねえ」と笑う。 「……つかこの恰好、なんかすげー足がスースーするってか変な感じだ」 「ああ、そうか、お前……こういうのハジメテって言ってたもんな?どうだ?初体験の感想は?」 「言い方、紛らわしいからやめろ」 「あと、強いて言うなら腹が苦しい」帯を緩めたいところだが、緩めてしまえば色々なところまで緩んでしまいそうで下手なことできなかった。 ぎゅっと締め付けてくる腹部を撫でる。まあ、背筋が伸びるのはいいが、慣れるまでは歩き難い。 「だろうな、あんま食いすぎんなよ」 「食いしん坊か、俺は」 「違うのか?」 「……まあ、違わねえかも」 なんてしょうもないやりとりしてると、入り口でもある鳥居の向こうから見覚えのある二人組がやってくる。 「尾張君、岩片君」 そう、サンダルをペタペタ鳴らして駆け寄ってくるのは岡部と馬喰だ。岩片同様Tシャツにハーフパンツというラフの極みみたいな岡部に対し、黒ジャージに健康サンダルというコンビニ前にたむろするヤンキーみたいな格好の馬喰というある意味対照的な二人の登場に俺達は向き直る。 「二人とも、来たんですね」 「ああ、せっかくの祭りだしな。行くしかねえだろ」 嘘吐け、直前まで誘われても乗り気じゃなかったくせに。浴衣がレンタルできると聞いて準備し始めたくせに。 嬉しそうな岡部の隣、人の浴衣姿をジロジロ見てはなにか険しい顔をする馬喰はひとしきり見ては「ふぅん……」と呟く。なんだその興味深い珍獣でも見つけたような顔は。 「おい、ふーんってなんだよ」 「いや……よく似合ってんな、その柄。……って思って」 「へ……」 「いい生地だな」 ……って生地かよ。中身である俺を褒めるのかと思いきや柄と生地を褒められ複雑な気持ちになる反面……まあ、悪くないなという気持ち半分。 つか、いい生地ってなんだ……。 「そうだろ?俺が見立ててやったからな」 「お前が?」 「ハジメは黒とかの暗すぎる色よりも多少明るい色の方がコイツの顔に映えるしな」 「なるほど、確かにな。華やかで悪くねえな。……下品になりすぎねえし」 「……………………」 そうだろそうだろ?と満足げな岩片とバカ真面目な顔をしてふんふん頷く馬喰、二人の視線とよくわかってなさそうな「尾張君すごく素敵ですね!」という素直な感想に俺はなんだか一周回っていたたまれなくなってきた。 ……まあ、嬉しいけれども。 「なあ、いいからさっさと行こうぜ」 「それもそうだな。……あ、あっちですげー旨そうな屋台見つけたんだけど行かねえ?尾張お前、そういうの好きだろ」 「好き」 「お前は色気より食い気か、お前らしいな」 男四人で夏祭りにきて色もクソもないだろう。という突っ込みはさておき、俺達はわらわらと雑踏に混ざっていく。 端から見りゃなんのグループかわからない謎のメンツだが、馬喰のおかげで人が避けていくので有り難い。 つか、まじで人が多い。人、人、人。 こんな田舎の神社になんで、と思ったがだからか?今までどこに潜んでいたんだってレベルの人に、汗と屋台飯と香水と湿気が混ざったような匂い。けど、これぞ夏って感じで俺は嫌いではない。岩片はというと見てわかるくらいテンションが下がっているが。 そう、馬喰の言う旨そうな屋台へと向かう途中。 「そこのカッコいいお兄さんたち!いっちょ運試しなんてどうっすか!」 とある屋台の前を通りかかったときだった。 カッコいいという単語に反応しそうになるが、それよりもどこか聞き覚えのある声につい視線を向けた俺はそのまま固まった。それは岡部も同じだった。 「くじ引き一回六百円、一等はなんとあの子どもたちも大好きの人気ゲーム、ス…………って、げ!!王道君たち!!」 「ぶ、部長?!何やってるんですか、こんなところで……!!」 やけに騒がしい店番がいるなと思いきや、くじ引きの屋台の中には見覚えのある根性ひん曲がってそうな眼鏡もとい五条祭がいるではないか! 露骨に顔を顰める岡部に、五条はへへっと笑う。 「ナニってそりゃ次のイベントの資金稼ぎに決まってんだろ、まあいいや!ほらハズレなしだよ、良かったらどうだ?運試しにはもってこいだ!」 「部長のことだからどうせゴミみたいのしか入ってないんでしょ、詐欺で訴えられますよその内」 「いやいや何言ってんだよ、今ならシークレットで尾張君プライベートブロマイドセットも入ってるんだぞ!」 なるほど、それは当たりだな。……じゃない。待て、今何つったこの眼鏡は。 「五条、お前今なんて……」 「おいその箱の中全部でいくらだ?!全部くれ!!」 そう俺が五条に掴みかかろうとしたその横、カウンターに叩きつけられる札束にぎょっとして顔を上げればそこには見覚えのある赤い髪のチンピラがいるではないか。 「って……政岡?!」 「尾張?!な、なんでここに……」 「えーと箱の中の分全部でしたら……10万でいいっすよ!会長様はお得意様なんで!おまけに尾張の授業中制服セットもつけときますね!」 「オラッ15万だ!!釣りはいらねえ!!次もよろしく頼む!!」 「だから待てって!!本人の目の前で闇取引するな!!」 光の速さで金銭のやり取りを終わらせ分厚い封筒投げ渡す五条とそれをすっとしまう政岡に思わず突っ込んでしまう。「今隠したものを出せよ」と政岡に詰め寄れば、やつはわざとらしく口笛を吹き出した。 「何を言ってるんだ尾張……俺は一等のゲームがほしかっただけだぞ……?!っていうか浴衣?!」 「気付くの遅え……!!つーか、鼻血……!!出てるから鼻血!近えし!!」 「す、すっげえ色っぽい……似合ってる……!すげえ可愛い……!」 「そ、そりゃ、どーも……」 鼻血を拭いながらも褒めてくれる政岡だが、人の隠し撮りブロマイド手にした男に言われたところで素直に喜べない。というか目がこえー。あと近い。そして五条お前今隠し撮りしただろ見えてたぞ。許されると思うなよ。 「まあ、だろうな。『俺』が『ハジメのため』に『ハジメに似合う』ものを選んだんだからな」 「て、テメェ……その声は……!!お前も来てたのかよ陰険クソ野郎!!」 これみよがしに俺と政岡の間に割って入ってくる岩片。 そしてちゃっかり肩を抱くな。 「脈無し君は金払わねえと見れねえの可哀想にな、俺なら無料で毎晩色んなハジメ見れんのに」 「うるせぇうるせぇうるせぇ!!バーカ!!アホ!!陰毛頭!!レイプ魔のくせに尾張と四季折々満喫してんじゃねえ!!」 「尾張、あっちに行こうぜ馬鹿が感染るぞ」 「そうだな……」 この男たちと知り合いだと思われては溜まったものではない。そう、馬喰の助け舟を頼りに抜け出そうとした矢先だ。 「聞こえてんだよ白髪ヤロー!!」 今度は政岡の矛先が馬喰に向かう。忙しいやつだ。 しかも馬喰も馬喰で髪の色を馬鹿にされたのがムカついたようだ、「白髪じゃねえシルバーって何遍言わせりゃわかんだよ鳥頭野郎!!」と突っかかる始末で。 「おい、せめて人いないところで揉めろよ……!」 人混みどんどん避けていくのを見て、このままでは余計面倒なことになりかねないと仲裁に入ろうとしたときだ。 ピピーッ!と警笛が鳴り響く。そして。 「貴様ら!!何を騒いでるこのド低脳ゴミ共!!」 「ほら怒られ……えっ?!」 「やれやれ、鴻志の言う通りだったね。まさか詐欺くじ屋台を見に来たらボス猿君までいるなんて」 「あぁ?!誰が猿……ってゲッ、風紀……?!」 「違う、今日の俺たちは地域ボランティアの警備だ!!……学園の面汚しが、ここに来てまで騒ぐとは……!!政岡零児、馬喰安治、今日こそは成敗してやるぞ!!」 「やるならやってみろやこの童貞野郎!!二度とオナれねえようにしてやるよ!!」 現れた警備員服姿の二人組もとい野辺と寒椿に、「……なんで俺もだよ……!!」と呻く馬喰。確かにとばっちり感が否めない。助かったというか、余計ややこしくなってる気がしてならない。 どこの屋台で買ってきたのか、光る玩具の剣で政岡に殴りかかる野辺と五条の屋台に飾られていた玩具の刀を引っ手繰り応戦する政岡。良い子は真似しないでくれ。 「ふふ、全く鴻志とボス猿君は本当に仲良しだね」 「寒椿……止めなくていいのか」 「彼は鴻志の方が適役だからね。……それにしてもバンビちゃんも今日は夏らしい装いでとても素敵じゃないか、一瞬夜空の花火かと思ったよ。今夜の主役は君だね、バンビちゃん」 「……うぐ……そりゃドウモな」 言いながらそ……っと手を握ってくる寒椿に囁かれ背筋が凍りつく。 毎回毎回褒め方がおかしいというのは思うことだが、今日に限ってはここまで言われると一周回ってこの浴衣を脱ぎ捨てたくなる。 「それにしても……妙だな、会長君が一人で来てるとは思えないのだけどもしかして他の生徒会の子たちはお祭りを楽しんでる最中なのだろうか」 さっさとどこかに行ってくれないだろうかと思った矢先、ふと思いついたように口にする寒椿。離れる手にほっとするも束の間、言われてみれば今のところ政岡しか見ていない。あの無駄に仲のいい生徒会のことだ、大人しくしてるようには思えないが……。 「ハッ!有人たちならこの会場のどこかにいるだろうよ、今夜は年に一度の夏祭りだからな、あいつら大はしゃぎだったぞ。テメェらの仕事が増える前に見つけられるもんなら見つけてみろ、そして見つけたら俺に教えやがれ!」 「会長様、もしかして迷……」 「ちげーーよ!!俺は俺の意思でここへ来たんだよ!断じて気付いたら他のやつらがいなくなってて探し回ってる内に聞き覚えのある固有名詞に釣られてやってきたわけじゃねえ!!」 迷子じゃねえか。 「はあやれやれ、全く君たちは困ったものだね。まあいい。ボス猿君は僕たちが責任持って迷子センターへと送り届けてあげよう」 「そしてこの無許可のいかがわしい不法屋台は潰させてもらうぞ!!」 「てめっ、そこにあるもん全部俺が買ったんだよ!返せこの泥棒!!」 「む……なんだこれは!!制服の写真だと?!いかがわしい……!!全部没収だ没収!これなんて濡れて透けてるではないか!!こんな児童ポルノに反するようなものは俺が責任とって没収してやる!!」 透け……?! というかまだ残ってたのかよ……!! 屋台の奥にある箱を見るなり血相変える野辺は再び警笛を鳴らす。すると、どこからともなく祭という文字が印刷された法被を羽織った風紀委員……ではなく屈強なふんどし姿の男たちが現れ、次々と屋台の中のものを運び出していった。なんたるチームワーク。 「返せ、このやろ、てめぇら待ちやがれ!!」 「あ、ちょ、待って俺の活動資金ー!!」 光の速さで潰れた違法くじ引き屋台とそれを追う政岡と五条たち。最初からなにもなかったかのような空き地の前、俺達は暫くその場から動けなかった。 「なんだったんだ今の……」 「見なかったことにしましょう」 「そうだな」 どさくさに紛れてチョコバナナ食ってる岩片はさておき、俺達は再び祭りへと戻ることにした。 【to be continued】