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田原摩耶
田原摩耶

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【総集編版】第一次遊園地戦争【↑100/19,500文字/政岡視点/政岡×尾張前提尾張総受け/わちゃ】

 男には絶対に負けられない戦いがある。  それは他校のやけに絡んでくるクソザコ野郎どもを相手にするよりも遥かに難しく、何より強敵だ。  深呼吸を繰り返す。汗ばむ手のひらを握りしめ、拳を固めた。 「尾張」と、裏返る声を抑えながらその名前を呼んだとき、あいつはこちらを振り返る。  上目がちな、真っ直ぐにこちらを見てくる瞳に心臓がキュッと締まる。 「どうした?」   そう優しく尋ねられるだけで心臓がおかしくなりそうなくらい騒いで仕方ない。  落ち着け、落ち着け俺。平常心だ。いつだって俺はクールだ。テンパるんじゃねえ、零児。  人って字を何回書いたかわかんない手のひらを更に強く握り締める。 「あのな……実は知り合いに遊園地の券を貰ったんだ。なんか予定がキャンセルになったからっつって……」 「へえ、良かったじゃん」 「そうだけど……その、そのだな……良かったら……一緒に……」  尾張の目がこちらを見上げる。よく見ると睫毛が長いだとか、そんなことを考えてる場合じゃねえ。  言え、言うんだ零児。ここで逃げたら男が廃るぞ。自分に発破掛ける。そうすることでしか乗り切れそうにないのだ。 「……一緒に行かないか」  そしてそう一言。俺は、腹の奥から声を絞り出した。  ■第一次遊園地戦争  俺は最高の気分だった。  なんとあの尾張と遊園地に行くことに成功したのだ。……とはいえ、予定までかこつけたってだけだが……それでも俺にとっては大きな一歩だった。  ……デート、尾張と遊園地デート……!  想像しただけで頬が緩む。無意識の内に鼻歌が洩れ、生徒会室には俺の軽やかな鼻歌が響き渡る。 「ねえなにぃ?かいちょーのあれぇ〜すっげえ鬱陶しーんだけどぉ?」 「なにやらいいことがあったようですね、会長」 「……どうせ尾張絡みじゃないのか」 「え゛っ?!もしかしてかいちょー抜け駆け?!」 「……まさか、あの尾張さんに対してヘタレな会長が出し抜けると思いですか」 「…………おい、テメェら人が黙っていれば好き放題言いやがって……!!誰がヘタレだぁ?!」 「今回だってようやくデートに漕ぎ着けてたんだからなテメェらがぐちゃぐちゃ駄弁ってる間によぉ!!!」黙って聞いてられない。特に一言の多い能義のテーブルまで詰め寄れば、能義はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。そして、その口元に怪しげな笑みが浮かぶのを見てハッとする。しまった、余計な一言を言ったのは俺もだ。 「……なるほど、デートですか。通りで気持ち悪いほど上機嫌なのですね」 「デート?!え?!デート?!誰と?!ま、まさか……」 「……明日は雨だな」 「……い、いや……今のは……やっぱり嘘だ……」  各々好き勝手言いやがる連中に嫌な汗が滲む。  馬鹿、俺の馬鹿……!いつだってそうだ、俺は肝心なところでしょーもないミスで自爆してしまう。  今だけは自分の愚かさを憎まずにはいられなかった。 「ふふ、今更そんな誤魔化しが通用するとでも?……これは、是が非でも詳しく聞かせていただかないといけませんね……」 「く……ッ」 「ちょっ、かいちょーどーいうこと?!デートってなに?!俺だって元君にオーケーしてもらったことないのにぃ?!」 「ちょっ、うるせえ!それはお前が嫌われてるだけだろ!詰め寄るんじゃねえ!!」  くそ、面倒だが……こういうときは逃げるが勝ちだ。  ゾンビかなにかのように詰め寄ってくるやつらを振り払い、俺は逃げるように生徒会室を飛び出した。 「あっ、こら!逃しませんよ!」 「ねえねえどこ行くの〜?俺も行く行く行きたい行きたい〜〜!!どこ〜〜俺も行く〜〜!!」 「うるせえうるせえ!テメェらなんかに教えたらぜってー邪魔するだろ!誰が教えるかよバーカバーカ!!」  そうだ、今回こそ決めてやるんだ。最高のコンディションに最高のシチュエーションで、あいつを……。  何度も寝る前思い描いていた未来予想図を思い浮かべる。口元が緩むのを隠さなかった  そうだ、今度こそ邪魔されるわけには行かない。  ――あいつに好きだって告白するんだ!  ◆ ◆ ◆  デート当日。  待ち合わせ場所である校門裏。そこで落ち合って俺のバイクで遊園地まで乗せていき、密着できるし俺の運転テクでドキドキさせて惚れさせる……そんな作戦を企てていたが、どうしたことか。  曇天の空から降り注ぐ土砂混じりの雨。視界は濁り、足元はちょっとした洪水だ。  せっかくこの日のために新調した上着も台無しである。  ……いや、まだこれくらいならなんとかなった。電車で移動すりゃいいし、遊園地のある場所は午後から晴れだと天気予報も言ってたし。  けれど、けれどだな。 「よ……よぉ、政岡……」 「おはよーさん。今日はいい天気だな」  ……これはあんまりじゃねえのか?お天道様よ。 「な、んでテメェがいるんだよ岩片凪沙!」 「わ、悪い政岡 ……実は朝こいつに捕まって……」 「そりゃ一人でなにか見てはニヤニヤしてるハジメ君いたらなんだろ?って思うだろ。……けどまさか遊園地のチケット見てニヤニヤしてるなんてなぁ、よっぽど楽しみだったらしいな」  真っ赤な傘片手にニヤニヤ笑いながら岩片もといクソモジャメガネ野郎は隣の尾張の肩を馴れ馴れしく抱く。  尾張はと言うと、それが事実らしく「悪かった」と弱々しく項垂れる。クッソ……なんだよ、心なしか赤くなってるのがめちゃくちゃかわいいじゃねえか……じゃなくて!! 「まさか……テメェもついてくるつもりじゃねえだろうな?!」 「安心しろ、俺もたまたま無性に遊園地に行きたくなっただけだしな。チケット代くらいは自分で買うぞ」 「そういうことを言ってんじゃねえよ!!」  最も恐れていた展開が今まさに起ころうとしていた。  血の気が引く。こいつがくりゃ俺の尾張との思い出の一ページを彩るドキドキ初デートプランが台無しだ。  どんな天気でもいい、けれどこいつだけは、こいつだけは許せねぇ! 「ふざけんなよ」と、そう無理矢理にでも引き剥がそうとやつの首根っこを掴んだとき。  クソモジャメガネは狼狽えることなく生意気にもこちらを見上げてくる。いつもの嫌な笑み付きで。 「それともなんだ、お前はうちのハジメと二人きりになって何期待してたんだ?……ピュアなハジメを騙せても俺の目は騙せれねえからな」 「う……ッこ、の……」  尾張の前でいけしゃあしゃあとそんなこと言い出すこいつに言葉に詰まる。  これじゃあ俺が尾張にその、変なことをするために必死で二人きりになろうとしてるむっつり野郎になってしまうじゃねえか。  それだけは避けたかった。ただでさえ尾張からの印象はあまり良くないらしいからな……。  こうなったら何も言い返せない、手を離し、ガックシと項垂れる俺の肩にそっと尾張が触れてくる。温かい……。 「まじで悪い、政岡……俺のせいだ……」 「いや、薄々こんな気はしてたんだ……占いは最下位だったし……つかこの天気だし……」 「ま、政岡……」 「なあ零児、そろそろ駅に行ったほうがいいんじゃねえの?どうせなら開園ダッシュだろ」 「うるせえ!!テメェが仕切ってんじゃねえ!!つか下の名前呼ぶんじゃねえ殺すぞ!!」  やり場のない怒りに怒鳴り返せば、やつはやっぱり堪えることもなく「おお、怖」とわざとらしくおどけてみせるだけだった。  最悪だ……最悪だけど、これ以上尾張を落ち込ませたくねえ。こいつをぶん殴るのは後だ。  今はとにかく尾張を濡れさせないよう、さっさと移動することにした。  電車で移動中、尾張はというとずっと岩片と何か話してやがる。時折目が合うが、岩片のクソ野郎がしつこく尾張に絡んで自分の方ばっか向かせやがるのだ。  この邪魔でしかない男を引き離すにはどうしたらいいのだろうか。雨の中を走る空いた電車の中、俺はそのことばかりを考えていた。  遊園地でもこんな調子じゃまじで洒落になんねえぞ、俺……。  そして、考え事をしてる内にあっという間に目的地へとたどり着く。  さっきまでの土砂降りなんて嘘みたいに晴れ渡る空の下。見えてきたゲートに沈んでいた気分もいくらかましになってきた……はずだった。ゲートの前、どこぞのバカンスにでも行くかのようなアロハシャツとサングラスを掛けたあの男を見つけるまでは。 「おや、遅かったじゃありませんか」  ……神様教えてくれ、俺が何をした?確かに心当たりはクソほどあるがそれでもここまで俺を陥れる必要はあるのか? 「の、能義?!」 「全く、会計が待ちきれずにもう先に入ってますよ。ほら、私達も早速向かいましょう。受付はあちらですよ」 「ちょ、ちょっと待て!仕切るな!つーか待てよ、会計ってまさか……」 「奇遇だな」 「五十嵐?!」  最悪の展開に更に最悪の展開を二乗したってレベルの最悪さだ。  既になんか食ってる五十嵐とちゃっかりパンフレットに市販のガイドブックまで購入してやがる能義……おまけに神楽だと?なんなんだこいつらは、どこにでも沸くゴキブリか?! 「なんだよ、お前らも突然遊園地に行きたい気分になったのか?」 「ええ、昨日会長から遊園地の話を聞いてからというものの頭から遊園地が離れずこれはもう行くしかないなと」 「なにが遊園地の気分だよ!お前ら全員まとめて帰りやがれ!!ストーカーかよテメェ!!」 「おやおや酷いではありませんか会長。……私達は仲間だというのにそんなことを言うなんて……」  よよよ、と大袈裟になき真似をしながら擦り寄ってくる能義にぎょっとする。引き離そうとした瞬間、耳元に口を寄せてきた能義は爬虫類のように目を細めた。 「自分一人いい思いはさせませんよ」  やっぱり邪魔する気しかねえじゃねえか!まじでこの男の執念どうなってんだよ! 「それでは岩片さん、尾張さん、行きましょうか。各アトラクションの待ち時間も調査済みなので乗りたいアトラクションがあればなんなりと私にお申し付け下さい」 「やったなハジメ、能義がいりゃ百人力だな」 「はは、どうだかな」  もう突っ込む気力もなかった。尾張が嫌な顔してるのだけが救いだが……そんなことを救いに感じずにはいられないのが嫌だ……。  どうにかしてこいつらを出し抜いて尾張と二人きりになるぞ。  そして、あわよくば夜のライトアップされた観覧車に乗って……そして……。そこまで思わず緩みそうになる口元を抑える。  そうだ、嫌でも二人きりになることができる観覧車にさえ尾張を乗せることができれば邪魔な奴らも手出しできねえ。ここが決め手だ、と覚悟を決める。  ……とは思うが、けれどだ。  ――園内、商業エリア。  外装からしてなかなかファンシーな施設だとは思っていたが、その内部は想像の遥か上だった。  凡そ現実世界ではなかなかお目にかかれそうにない愛らしい通り越して最早毒々しさすら覚えるほどの色合いの建物が並ぶそのエリアではお土産や昼飯が食えるような店が並んでる。  そんな中、一番乗りで入って既に準備万端な男が俺たちを迎えた。 「わぁ〜〜!元君だぁ〜〜!今日はよろしくねえ!」 「おう、よろしくな。つーかすげーもう色々着替えてんのな」 「ああこれぇ?そこのショップで買ってきたんだよ〜」 「へえ、男でそれ似合うやつ初めてみたわ」 「元君もつけなよぉ、ぜぇーったいかわいいって!ね、ね?」  言いながら垂れ下がったカラフルなもこもこの耳を指でつまみ上げる神楽。  クッソ、神楽の野郎男のくせにあんな可愛いうさぎ耳つけやがって……ちょっと狙い過ぎじゃないのか?尾張ウケ狙ってんのか?俺だって、俺だってなぁ似合ってるとか言われてえよ。  つーかさり気なく尾張の肩に手を置いてんじゃねえ!  ……でもつけ耳つけてはしゃいでる尾張はお前の言うとおりめっちゃ可愛い。よしここは、と意を決して尾張に近づく。 「お、尾張……買い物するなら俺も……」  ついていくぞ、と声をかけようとした矢先だ。  俺よりも先に尾張の肩を掴む人影が一つ。 「ハジメ、お前あれ着けろよ。耳のやつ。犬っぽくてかわいーじゃん」  くそ。またお前か岩片凪沙!!  馴れ馴れしく尾張にベタベタ触る岩片に尾張は全く振り払う素振りは見せず、それでも何か言いたそうな目でやつを見た。 「なら岩片はあっちのキラキラしたやつがいいんじゃないか。お前の大好きな王子様みたいでいいかもな」 「あれは子供サイズだろ。……まあ確かに俺にも似合うだろうけどな」 「げえっ、何いってんの!似合うわけ無いでしょ〜〜!お前なんかそのへんの草でもつけとけっての!」 「おい神楽そのへんに……」 「なんだ?お前草が好きなのか?なら俺が食わせてやってもいいんだけどな」 「ギャーっ!やめろ変なこと言うのやめろ〜!!元君こいつやだまじ怖すぎてやなんだけど!!」  言いながら連中は店の中へと移動する。  伸ばしかけた手のやり場を失い、その場で凍り付く俺。するといきなり左右の肩にぽんと手が置かれる。 「やられましたね会長、私のアップルジュースいります?」 「残念だったな、ケバブ食うか?」 「……いらねえ……」  こいつら何ちゃっかりいろいろ食ってんだよ……というか五十嵐さっきもなんか違うやつ食ってなかったか、食い過ぎなんだよ……。  それにしてもやっぱりあのクソモジャ野郎が邪魔すぎる。なんなんだあいつは。かといってまたあいつに邪魔されるのも嫌だし……どうにか振り払うことができれば……例えばあいつでも邪魔できないような……。  観覧車は夜までの我慢だ。ならば、と考えたところでふと閃く。 「なあ、能義!ちょっと聞きたいことあんだけど」 「スリーサイズなら教えませんよ」 「誰がお前のスリーサイズなんか聞くか!!……じゃなくて、ここのアトラクションについて教えてもらいてーことがあんだけど……」  ◆ ◆ ◆ 「おーい零児」  不意に名前を呼ばれ顔を上げれば、丁度ショップから岩片と神楽が出てくるところだった。ニコニコしてる神楽の隣、更にニコニコした岩片の野郎になんか嫌な予感を感じた。 「名前を呼ぶんじゃねえ」 「いーんだよそんなことはどうでも。それより、なあ……お前にいいもの見せてやるよ」 「あ?いいものだと?」 「おーいハジメ、早く出てこいよ」  そう言って岩片が背後の扉を覗き込んだときだった。物影から、もぞもぞと人影が動く。そして。 「な、なぁ……外していいかこれ」 「いいからそのまま出てこいよ。こいつに見せてやれ」 「そーだよぉ、元君もっと自信持たないと!俺くらい似合ってるよ〜」  ま、まさか。と息を呑んだとき。おずおずとドアの影から覗くピンと立ったピンク色の兎耳。 「……あんまり見ないでくれ」  その耳と同じくらい赤くなった尾張は顔を隠すように手で覆い、「はぁ〜〜っ死にてえ!」と嘆く。  女用なのだろう、耳の根本についた大きなリボンが揺れる。 「おや、とっても素敵じゃありませんか。ねえ書記」 「ここまで似合わないのもなかなかオツだな」  いつの間にかに消えていたと思ってた能義と五十嵐も戻ってきたらしい。 「……そりゃどーも」 「可愛い〜元君可愛い〜!!照れてる!元君タコさんだぁ〜!」 「よく似合ってるぞハジメ、お前は本当なんでも似合う色男だなぁ〜」 「ぐ……っ」  二人に囲まれて耳をイジられる尾張は心底不快そうだ。その間も尾張が動く度に耳が揺れて、もう……もう……。  そして俺はというと、頭が真っ白になって言葉を発することを忘れていた。その場から動くこともできなかった。情けないことに皆が感想言ってワイワイやってる間俺は尾張の可愛さに全部持ってかれてなにもできなかった。  かわいいよ、とか、似合ってるな、とかいろいろ言いたかった。けれどだめだった。うさ耳のあいつを見てるとそれだけで心臓がぎゅーってなって苦しくなるのだ。  そしてすぐに尾張は自分の耳を外してた。俺は最後までなにもできなかったけど、玩具にされたことは尾張にとって喜ばしいことではないらしく心なしかむすっとして見えた。  少し残念だったが、ずっとあのままでいられると俺の心臓が持たないだろう。これはこれでよかったのかもしれない。……それに、あいつの晴れ姿はもうすでに瞼の裏へとしっかり焼き付けた。  ◆ ◆ ◆  アトラクションエリア、休憩ブースにて。  ベンチに座って行き交うカップルと家族連れを眺めてると、不意に長身の影が近づいてくる。 「……政岡、おい、お前隅っこでなにいじけてるんだよ」  バケットを齧りながら隣に腰を下ろしてくる五十嵐。  ただでさえ狭いベンチが余計狭く感じる。 「……尾張を誘ったのは俺なのに、あいつらが邪魔するせいで全く尾張と話すらできてねえんだよ……なんだよこれ……」 「……お前は本当に間が悪いっていうか……なんつーか可哀想だな」 「同情すんじゃねえ!余計悲しくなるわ!」  そうなのだ、さっきから俺が尾張を誘うよりも先に岩片と神楽が尾張をローテーションで連れ回してるせいで全くスキがないのだ。  くっそ、絶対あいつらわかっててわざと邪魔してるだろ。  尾張も尾張だ、ご丁寧にあんなやつらの相手しなくてもいいってのに優しんだろう……そういうところも好きだ。 「お前は一人で怒ったりニコニコしたり楽しそうだな。……顔に出すぎってのも困りものだぞ」 「う゛……」 「おや会長、尾張さんたち次のアトラクションに行ってるみたいですが一緒に行かなかったんですか」 「だって……なんか尾張疲れてる感じだったし……俺が行って余計疲れさせるのやだし……」 「だってもクソもありませんよ、ウジウジウジウジと貴方らしくないじゃありませんか。……というより、せっかく私が用意したパンフレットも持ったままこんなところで何してるんです?」 「能義の小言が耳にいてえ……」 「全く、これでは遊び甲斐がないではありませんか。……とはいえ、あの二人のガードの強さは確かに考えものですね。二人きりになることすら許されないとは」 「お前の場合は警戒されて正解だな」 「貴方に言われたくないんですけどね」 「とまあ、そういうわけですよ会長。ここは手を組みませんか」そうニッコリと微笑む能義。  この顔は大抵ろくなことを考えていないというのを知っているが、今の俺からしてみれば願ったり叶ったりだ。差し出された手を俺はがしっと握り返す。 「乗った」 「乗るのかよ」 「何を言ってるんですか、書記。貴方も手伝うんですよ。どうせ暇なんでしょう」 「俺はメニュー制覇で忙しいんだが……」 「後からそれも私達が手伝いますからちょっとこっち来なさい」  というわけで、いい案があるという能義に乗せられ俺たちは作戦会議を始めることにした。  こいつらを利用してどんな手を使ってでも尾張とデートを成功させてやる。  そう、こいつらを出し抜いてでもだ! 「……本当こいつはすぐ顔に出るな」 「どうせアホなことを考えてるんですよ。ほっときましょう」  昼過ぎ。  休憩コーナーで作戦会議をしていた俺達は小腹が減ったので取り敢えず飯を買って、それを食いながら再びテーブルを囲んでいた。 「それで、どうするつもりだ?」  肉増しビックバーガーに齧り付きながらそう尋ねる。能義はというと腹の足しになんねーようなシェイクを片手に、人差し指を立ててみせた。 「簡単ですよ。あの二人が邪魔ができないようにするんです」 「そんなことできるんならとっくにやってるっつの」 「本気で言ってるんですか?それ、ならば先程から彼らの行動を見てれば気づくはずですが」 「行動?…………行動ぅ?」  なんだよこいつ、いちいち人を小馬鹿にするような言い方しやがって。  ムカつきながらも今日の岩片と神楽の行動を思い起こしてみる。……ふつーにうぜえって気持ちしか覚えていない。 「おい、勿体振らなくていいからさっさと言え」  俺の横、ケバブをもさもさ食ってた五十嵐が苛ついたようにコーラでそれを押し流す。  というかさっきお前なんか食ってなかったか?もう腹減ってんのか?  五十嵐の胃袋が気になりつつも呆れてると、能義はやれやれと言わんばかりにバカでけえため息を吐く。 「全くこれだからせっかちは……いいでしょう。まず、あの二人が先程から乗ってるアトラクションを思い返してください。ウォータースライダーにメリーゴーランド、そしてコーヒーカップにお化け屋敷。どれも子供向けのものばかり。この遊園地の目玉と言えばスリル満点のジェットコースターだというのに二人共それを避けてるんですよ」 「……なるほどな。岩片はともかく、神楽のやつは髪型が崩れるのが嫌いだしな」 「おそらく岩片さんもその類でしょう。誰よりも絶叫系好きそうな顔をしてそれを避けてるのですから何か理由があるはず。……そして私達はそこを突くんですよ」 「珍しくまともな作戦だな」  五十嵐の言葉にピキッときた能義は「珍しくは余計ですね」と笑ったまま睨む。  五十嵐じゃねーけど、まさかそんなことに気付くなんて。俺全然気付かなかったわ……全然周り見れてねーじゃん俺。  落ち込む半面、こういうとき能義の言うことは大抵当たってることを知ってる俺は見えてきた希望にがばりと顔を上げる。 「じゃ、じゃあ俺はどうすりゃ……」 「簡単です、尾張さんを誘えばいい。尾張さんの性格的にも絶叫系は嫌いではないはずです。そうすれば尾張さんも食いつくでしょう、なんたって目玉アトラクションなんですから」 「おおぉ……!」  嘘だろ?能義がこんなに頼りになるなんて!  いつも俺のことを馬鹿にしてこねえ能義がまともってだけで感動するのに、なんだこいつ。なんか変なもんでも食ったのか?  ええいこの際どっちでもいい。いても立ってもいられなくなり、俺は残ったハンバーガーを一気に口に詰め込んだ。そしてジュースでそれを流し込む。 「お、俺!尾張を誘ってくる!」 「ええ、私達よりも貴方が一番適任でしょうからね。任せましたよ」 「おう!」  こうとなれば即実行……と言いたいところだが、肝心の尾張はまだ岩片と神楽に連れて行かれたまま戻ってきてない。  待つのも戦いだ。俺は緊張で汗ばむ掌を握り締めた。  ◆ ◆ ◆ 「あー、すげービショビショになったな」 「最初お姉さんも言ってたけどまさかここまで思いっきり水被るなんてねぇ……あーあ、サイアク〜。これ俺のお気に入りだったのにさぁ〜」 「お前が暴れるからだろ?だから余計乗り物傾いたんだろうが」 「むっ、暴れてないし!ちょぉーっとびっくりしただけだもーん。……ちょっと俺着替え買ってくるわ。……あ〜!もうこれパンツまでいっちゃってんじゃん!まじサイアクなんだけど〜!」  ボートを模したアトラクション前。  ようやく尾張たちが出てきたかと思いきや何やら揉めているらしい。サイアク〜!と言いながら水浸しの神楽はトイレへと入っていく。 「……おい岩片、あんまり虐めてやんなよ」 「虐めてねえよ。あいつが勝手に騒いでるだけだろ。……それよりハジメ、お前は着替えなくても大丈夫なのか?」 「俺は別に濡れたっつってもそこまでじゃねえし……これくらいならすぐ乾くだろ」 「無頓着だよなぁ、本当」  残った岩片と尾張は神楽ほどは濡れていないようだ。  二人の会話が聞こえてきてつい立ち止まりそうになったが、ここで指咥えて見てるだけ……なんてのは避けたい。  俺はぐっと拳を握り締め、そして尾張へと駆け寄る。 「尾張!」 「おお……びっくりした、政岡か?……どうした?そんなに走ってきて……」 「なあ、尾張お前絶叫系好きか?」 「普通に好きだな」 「ぐっ」  屈託のない笑顔を浮かべる尾張に心臓貫かれそうになる。なんだその親指立てるポーズは……可愛い……クソ……何言おうとしたか散々台本作ってたのに飛んじまったじゃねえか。 「政岡?」 「え、えーと、そうだ!なんかあっちに有名なジェットコースターがあるらしいぜ、今なら空いてるっぽいし乗らねえ?」 「へえ、良いな!」  ぱあっと目を輝かせていた尾張だったが、隣の黒まりもの存在を思い出したようだ。ちらりと岩片の方を見た尾張に、岩片の野郎は何かを気取ったようだ。 「行ってこいよ」   こいつのことなんか気にしなくてもいいのにと思ったが、思ったよりもすんなり許可を下ろすこいつにも驚いた。  正直、ごねられるか邪魔されるかを想定していたからだ。 「やっぱ来ねえのか?」 「どっかの誰かさんがよっぽど俺に来てほしくねえらしいからな」  そう、分厚いレンズ越しにこちらを見てくる岩片にムッとする。当たり前だろ、邪魔はいないに越したことない。睨み返せば、岩片はハッと鼻で笑い、そして肩を竦めてみせた。 「行かねえわ」 「とか言って、怖いだけじゃねーのか?ビビってんだろ?」  カッコつける岩片の野郎に突っ込み返せば、やつは生意気にも「おめでたいやつだな」なんて言いやがる。  なんだ、なんだよおめでたいって。そりゃこいつと遊べるんなら嬉しいけどな!おめでたいやつで結構!と無視しようとしたが、やつの口は止まらない。 「つーか、そういうお前こそ本気であれ乗れんのか?どうせ能義あたりに煽られて何も考えずに乗るって言い出したとかだろうが、ありゃ相当な物好きじゃねえと無理だな」 「うるせぇ!男に二言はねえんだよ!つうかお前みてーなビビリと一緒にすんじゃねえ!俺は乗る!ぜってー乗るから!」 「おい、お前ら落ち着けって……」 「そんな腰抜け置いておいて行こうぜ!尾張」 「念の為お前らが漏らしたとき用のために服買っといてやるか」 「いらねえしうるせぇ!!」 「貴方の方がうるさいですよ」と、遠くから見てた能義の声が聞こえてきた気がする。幻聴だな。 「行こうぜ」ともう一回尾張の肩をそっと掴む。拾いが、見た目よりも肩は細い。硬い感覚にドキッとしながらも、尾張は「わかったから」と俺の横を歩いてくれる。  岩片のやつは最後まで「泣きべそかくなよ」なんて挑発してきやがるのだ、俺はそれを無視して尾張と一緒に能義と五十嵐の待つ待機列へと向かった。  ――待機列前。 「ようやく来ましたね」 「遅えぞ」  能義の言う通り待ってる人間はそれほどいない。  有名ってんならもっと長蛇の列作っててもいいと思うんだが……まあそんなに待たずに入れるならラッキーだな。 「能義、五十嵐まで。お前らもこれに乗るつもりか?」 「ええ、噂の地獄50回転で生き地獄をこの身で味わいたかったんです」  ワクワクしてる尾張に対して、胡散臭え笑顔で返す能義。  ……ちょっと待てよ、今なんつった? 「ご、ごじゅ……?!」 「おや、どうかしましたか会長、随分と顔色が悪いですが……」 「い、いや……なんでもねえ……」  いや……落ち着けよ、流石にものの例えだ。本当に50回転するわけじゃねえだろ、そうに決まってる。笑って誤魔化すが、顔が引き攣りそうになる。  どこからか岩片の野郎の笑い声が聞こえてくるようで、俺はそれを慌てて振り払った。 「しかしまあ、貴方が来てくれるなんて嬉しいですね。絶叫系もイケる口ですか」 「そりゃ遊園地の醍醐味といえばこれだしな、乗らねえと損だろ」 「ふふ、やはり私が思い描いていた通り……それ以上ですね」 「あとから吐くなよ」 「は……吐かねえよ。つか、五十嵐こそあとからぶっ倒れるなよ」 「誰が倒れるか」 「会長も絶叫系が大好きですし、これなら皆さん楽しめると思いますよ」 「お、おう……そうだな……」  前に並んでた客が進んでいく。俺達はそんなことを駄弁りながらゲートへと進むのだが、俺はそこで目の前に広がるアトラクションの全貌を見、凍りついた。  やべえくらいの回転が連なるレール。今まさにぐるぐると何十回転してるマシンから殺人現場のような絶叫が聞こえてきて思わず立ち止まる。  ……な、なんだこれは……揶揄じゃねえのかよ、ガチ50回転レベルだぞこれ。子供が考えたアトラクションでももっとマシだぞ?! 「政岡?」 「ッ!!な、なに、どうした……?」 「なんかすげえ顔色悪くねえ……?本当に大丈夫なのか?具合とか……」  どうやら諸々が顔に出ていたらしい。  心配そうにこちらへと声を掛けてくる尾張の優しさにドキッとしたが、今更弱音なんて吐きたくねえ。  バクバクと高鳴る心臓を押さえつけ、俺は「だ、大丈夫だ!問題ねえ!!」と慌てて応える。 「でも……」 「ほ、ほら!前の列進んだし行こうぜ!」 「お、おう……そうだな」  くそ、クソクソクソ!なんでこんなに処刑台に上がる受刑者みてーな気分になんなきゃなんねえんだ?!  笑って誤魔化そうとしても顔の筋肉が突っ張って全然笑えねえし……!!  くそ、こんなことに何ならもっとよく能義からアトラクションのこと聞いときゃよかった。  まさかあの黒もじゃ野郎がこのアトラクションに乗ろうとしなかったのってこうなることが分かってたからか?!  だとしたら、余計逃げるわけにはいけねえ。そう覚悟を決め、俺達はお姉さんに案内されるがままマシンに乗り込んだ。  上半身を固定するためのレバーが降りてくる。これは俺の身を守る役割であると同時に、完全に逃げられないということを証明するためのものでもあった。  ガッチリと固められた上半身と憎たらしいほどきれいな夕暮れを最後にそこで俺の記憶は途切れる。  ◆ ◆ ◆  能義の言っていた生き地獄というのは伊達ではなかった。  つーか体の七割くらい持ってかれた気がするくらいだ。  全身の水分という水分は流れ出し、ようやくあのジェットコースターという名の拷問器具から開放されたとき俺は立つことすらできなかった。 「も、む……り……おぅ゛えッ」 「会長、ちょっと!吐くならトイレまで頑張ってください!彩乃!そっち持ってください!このまま運びますよ!」 「……ったく、なんで俺が……」 「な、なあ俺も手伝おうか……?」 「ああ、大丈夫ですよ。潰れたこれの始末は私達も慣れてますので」 「けど……」 「そうですね……なら水をもらってきていただいてもいいですか」 「お、おう!」  ふわふわとした頭の中、周りで繰り広げられる会話を聞きながら俺は能義と五十嵐に引き摺られて乗り場を離れた。  正直、情けねえ。涙も出てきた。わかってはいたがどうしようもねえんだ。まず膝がガクガクいってて立てない。呼吸する暇もないくらいの回転に回転を重ね、内臓がグッチャグチャに掻き混ぜられる。そんな状態から上へ下へと落下されシェイカーさながらかき混ぜられれば俺はもう液状化してた。  ……というか尾張といいこいつらはなんで平気なんだ……能義に至っては終始涼しい顔してるし……化物かよ……。突っ込みする体力もねえ。  トイレで吐きまくった俺はそのまま引き摺られ、近くの休憩所のベンチへと寝かされる。 「絶叫系が苦手なら無理しなくてもよかったではありませんか」  向かい側の椅子に足を組んで座る能義が呆れた顔をした。 「……ぅ……別に、苦手じゃねえよ……限度があるだろ……」 「まあ、確かにハードではありましたが……全く、尾張さんの前になると後に引けなくなるところ早めに治さなければいつか痛い目見ますよ」  それはお前に言われたくねえな。  思いながら俺は返事の代わりにやつから視線を外した。そのときだ。 「政岡、おい大丈夫か」  聞こえてきた透き通る声。尾張だ。  横になってたおかげで大分楽になった吐き気が一気に収まった気がした。咄嗟に飛び起きれば、そこにはボトルを手にした尾張が心配そうな顔をして立っていた。 「……っ!あぁ、これくらいどうってことね……う゛……っ」 「ほら、いきなり起き上がるからですよ。……全く、無理なら無理と言うのも男ですよ。尾張さんにいいところどころか心配されてどうするんですか」 「……う゛……」 「なあ……政岡大丈夫そうか?」 「ええ、大分吐き気も顔色も落ち着いてますし問題ありませんよ」 「そうか……ならよかった。そうだ、これ、一応水買ってきたんだけど……飲めそうか?」  なんで能義お前が答えるんだとか色々言いたいことはあったが、ボトルをこちらに差し出し覗き込んでくる尾張に全部もってかれそうになる。なんでこんなに真っ直ぐな目をしてるんだ、眩しすぎるだろ。  嬉しい反面、対する俺がこんな調子だ。自分が恥ずかしくて仕方ねえ。 「わ、りぃ……こんな情けねー姿見せて……」 「別に情けねえとか関係ないだろ。……それに、俺でも結構やべえなって思うくらいだったし」 「……っお前は大丈夫なのか?」 「まあな。つーか……俺の心配かよ」  呆れたように尾張は笑い、そして「隣、いいか?」と腰を下ろしてくる。どうやら自分の分のジュースも買ってきたらしい。それを開ける尾張を一瞥し、俺も貰った水を口にした。  いつの間にかに五十嵐と能義がいねえ。と思いきや、近くの屋台の前にいた。  あいつら、空気読んだつもりか?と少しでも思った俺が馬鹿だった。ただ食い気が買っただけだ。  ……というかあんだけシェイクされた後によく食い物食う気になれるな。すげーわあいつら。こういうときの図太さだけは褒めてやりたい。  水を飲み込んだ瞬間、爽快感が広がる。頭に酸素が回るようだった。  すげー……水ってこんな美味かったっけ。尾張がくれた水だから余計美味しいんだろうか。わかんねえけど、とにかくすげえ染み渡る。 「あ……それと、これ……効くかわかんねーけど……吐き気止め。念の為に持ってきてたんだ」 「……いいのか?」 「当たり前だろ。……いらねーなら無理に飲ますわけ行かないけど……」 「いらねーわけねえだろ!……ありがとう、すげー……助かる」  そう袋に入った粉薬を受け取れば、尾張は少しだけ笑った。その笑顔に心臓が停まりそうになる。  ……なんだこれは、なんだ。なんなんだ、このすげーいい感じな展開は……!  もしかして俺はあのジェットコースター乗ってる途中で死んでコレは天国です、と言われてもそりゃそうだなと納得できるくらいのシチュエーションに心臓が保たない。  尾張が優しいってだけでもすげーのに、俺のためだけに笑ってくれる尾張がそこにいる。  ……いややっぱり天国じゃねえか。 「それにしても、なんかこうして二人で話したの久し振りな感じするな」 「そ……そうだな」 「なんか、悪かったな。岩片のこともだけど、政岡が誘ってくれたってのにろくに話せなかっただろ。……気になってたんだよ、悪いなって」 「そんなこと……」  は、ある。正直前半嫉妬しなかったといえば嘘になるが、こうして尾張の口からその言葉を聞けただけでもマイナスだった思い出が一気にプラスになるってもんで。 「……っ」  今更になって、俺は今自分が置かれた状況が最高のチャンスであることに気付いた。  そうだ、能義と五十嵐が戻ってくるまでの時間制限付きのチャンス。 「っ、尾張……なあ、これからどうすんの……?」 「これから?特に考えてなかったけど……そうだな、大抵乗りたかったのは乗ったし、あとは岩片たちに付き合うくらいか?」  どうなんだろうな?と困ったように笑う尾張。  まだ日は完全に落ち切ってはいないが、邪魔が入る前に決めるしかない。固唾を飲み、拳を握る。 「……なあ、最後に乗りてえのがあるんだけど」 「へえ、そうなのか」 「一緒に、お前と乗りたいやつ」 「俺と?」  言葉にすれば、すんなりと口にすることができた。  邪魔がいないからか、焦ってるからか、それとも尾張がちゃんと俺の話を聞いてくれるからか。多分その全部だろう。丸くなる尾張の目に、鼓動が加速する。 「別にいいけど……お前具合はもう大丈夫なのか?」  本調子、というわけにはいかないがそれでもこれから乗りたいものを考えるとそう難しくはない。頷き返せば、尾張は少しだけ考えるように宙を見る。 「……そう、か……なら、いいよ」  断られる、だろうか。だろうな、いくらなんでも好きでもない男とあんな密室になるのは誰だって…………え? 「……っ!いいのか……?」 「けど、さっきみてーな絶叫系はやめとけよ?またお前具合悪くなるだろ」 「あ、あぁ……!」  先程までの焦りとか嫌なものが全部一気にキレイなもんになったみてーに浄化される。  視界が明るくなり、周りの色が一層鮮やかになった……そんな錯覚を覚えるほど体が軽くなる。喜びのあまりにスキップしてしまいそうなくらいだ。 「それで、どれに乗りたいんだ?」 「あ、ああ!そうだよな、それはな……」  ◆ ◆ ◆ 「すげえ景色だな。学園まで見えるんじゃねーの、これ」  夢……みたいだ。  やっぱり俺は夢を見てるんじゃねーのか?そう疑ってしまうくらい、目の前の光景は俺の妄想……いやそれ以上の光景を映し出しているのだ。  なんとか尾張を観覧車へと連れ込むことに成功した俺は、乗った瞬間脱力しそうになった。  まだ空は赤い。本当は夜景を見たかったのだが、それでも真っ赤な空にちらほらと浮かぶ星もまたロマンチックでなかなかいい。  向かい側に座る尾張は少し落ち着かない様子で足を動かしながら、そして窓の外を眺めてはこちらに話しかけてくる。 「あ……揺れとか大丈夫か?」 「もう問題ねえよ。……心配かけて悪かったな」 「ならいいんだ。それよりも、本当にこれが最後でよかったのか?もっと派手なもんとかあっただろ」 「……ああ、これが良かったんだ」  本当は、二人きりになれれば何でも良かったってのが本音だが、これを選んで正解だと思った。  あまり広くはない観覧車内、足を動かせば膝がぶつかりそうになり、その度に尾張は少し身じろぐ。  平静でいろというのも難しいが、俺以上に目の前の尾張が緊張しているのが空気で伝わってきて、そのお陰か頭がすっきりとするのだ。  尾張が意識している。自惚れと言われりゃそれまでだが、それでもいつもとは違う尾張の表情に心臓がどうにかなってしまいそうだった。  ここまでくるのに邪魔が入らなかったわけではない。  観覧車へと向かう途中に着替えた神楽と岩片に捕まるが、尾張が「悪い、ちょっと政岡に付き合ってくるわ」と二人に断ったのだ。  俺はそれだけでも驚いたし死ぬほど嬉しかった。勿論神楽のやつはブーブー言っていたが、珍しいことに岩片の野郎は「ふーん、あっそ」と言っただけでそれ以上何も言わなかった。あの野郎が大人しいだけで嫌な予感がしたが、俺はもう尾張が俺を優先してくれただけで満足だった。  その後勿論能義と五十嵐にも捕まった。  やつらは「お礼はあのぬいぐるみでいいですよ」やら「チュロス三本」やら何も言ってねーのにたかって来やがった。けれど邪魔されるのと比べるなら全然安いもんだ。  というわけで、ここまで漕ぎ着けることにできたのだけど……長い間二人きりになるという時間がなかっただけになんだか未だに夢見心地だった。 「……なんか意外だな。……物静かでなんつーか、政岡がこういう景色楽しむタイプと思わなかったから」  楽しみたいのはお前と二人の時間……と言ったら嫌われるだろう。下心がないなんて言い切れない。  けれど、尾張と一緒ならただ街を眺めるだけの時間だけでも確かな充足感となるのだ。  ……やっぱり俺は単純なのかもしれないな。 「……尾張、今日は付き合ってくれてありがとな」 「どうしたんだよ急に。……それはこっちのセリフだろ。チケット貰ってただで遊んでるの俺なんだし……」 「けど、来てくれたのがスゲー嬉しかった」  尾張の顔をちらりと見る。赤く染まった夕日が差し込む観覧車内、夕日同様紅く照らされた尾張に心臓が早まる。その二つの目は俺を見ていた。言葉が途切れ、目を逸すタイミングを失った俺達は暫く無言で見つめ合った。 「……尾張……」  最高のシチュエーションじゃねえか。  頭の中のもう一人の俺がうるせえ。今しかねーぞ、やっちまえ。なんて、人の気もしらねえで騒ぎ立てやがる。  なんだよ、んなことわかってる。そんなの、俺が一番……。 「……ま……政岡……っ」  手を握ろうとして、不安そうに尾張の目が揺れるのを見て息を飲んだ。伸ばしかけた掌を握り締め、膝を掴む。  ……やっぱり、難しいな……なんだよこれ、俺こんなにヘタレ野郎だったか?どうやって今まで女落としてきたのかまるで思い出せねえ、こいつといると。  流れる沈黙に冷や汗が滲む。  ええいくそ、話題話題と外を向いたとき。丁度視界の先にはまんまるの夕日が浮かんでいた。これだ、と俺は立ち上がり、窓の外を差す。 「そ……外!すげー景色だよな、もうすぐてっぺんだぞ!」 「え、本当か?」  そう、続けて立ち上がった尾張は俺の横、窓に張り付くように覗き込んだ。  その無邪気な横顔が染まったのを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。  ――好きだ。その一言だけが脳裏を支配する。  街を見下ろしていたあいつの顎を掴み、こちらを振り向かせる。  大きく見開かれた尾張の瞳の中に、余裕のない自分の顔が写ってるのを見た。  ◆ ◆ ◆ 「おや、二人してどこ行くのかと思いきや観覧車になんて乗ってたんですか」 「会長だけずるーい!ね、ね!元君俺とも一緒に乗ろーよ!ねー!…………元君?」 「……あ、あぁ……そうだな」  観覧車から降りるや否や、待ち伏せしていたらしい能義と神楽がやいのやいのと囲んでくる。  神楽にしがみつかれた尾張は少しだけびくっとし、そして困ったように笑った。  ……尾張の笑顔が引きつってることを俺は知ってる。  ぜってー根に持たれてるだろうな。  なんとしてでもこちらに目を合わせようとしない尾張にすこし傷つくが、それでも、先程までのことを思い出すとそんなショックも全部どうでもよくなるのだ。 「おい顔、真っ赤だぞ」 「おわ?!……って彩乃かよ、驚かせんじゃねえ!」 「うるせえし……顔も緩みすぎだ。何かあったのか?」 「別に何もねえよ」  そうだ、こいつらに言うことは何もねえ。  尾張の唇の感触が残った自分の唇に触れる。熱い。……けれど、尾張の唇はもっと熱かった。頬が緩みそうになるのを堪えながら、俺は能義たちから離れた。  当初の予定からは大幅にずれてしまったが、これはこれで大いにありだ。  あの観覧車での出来事は誰にも言わねえ、俺の、俺と尾張だけの思い出として墓まで持っていこう。そう決意した。 「……何にもねえ、ですか。あれ、どう思います?」 「……俺たちのお陰だよな、どう考えても」 「珍しく同意見ですね、彩乃。……もう一個賄賂追加していただく必要がありますね」 「肉盛りステーキ一人前だな」 「それは名案ですね」  おしまい 【おまけ】  最悪だ、なんて言える立場ではない。  元より、少なからず予測はできることだった。あいつと二人きりになるのがどういう意味になるのかを。  観覧車に乗って、アホヅラ晒して、おまけに……その、キス……とかされて?そんで傷心って……思春期の女の子か?  ショックというよりも、どんな顔をすればいいのかわからないってのが大きかった。  手首を掴まれ、窓ガラスに背中を押し付けられて、覆いかぶさってきた政岡の陰を思い出すだけで顔が熱くなる。 「ったく、あれ、俺が乗る予定だったのによー」  しつこく付き纏ってくる神楽を引き離せたと思いきや、今度は背後からかかったその声に驚いた。  振り返ればそこには当たり前のように人の兎耳をつけた岩片がいた。クソほど似合わねえ。 「……乗りてーなら一人で乗れよ」 「あれ?ハジメ君も付き合ってくれるんじゃねえの?」 「俺はもう乗ったからいいんだよ」 「ふーん、じゃあ俺もいいわ」  ……どういう風の吹き回しだ?  いつもなら人を無理矢理にでも引っ張って観覧車二周目させるであろうこいつがあっさり退くなんて。 「ふぁ……今日は早起きだったしクソ疲れたな、帰るか」 「……おい、あいつらに挨拶しなくていいのかよ」 「いいんだよ、少しくらい困らせておけ」  そう、吐き捨てるように口にし、岩片はさっさと出入り口のゲート向かって歩き出す。  生徒会の連中の方を振り返れば、なにやら政岡が他の奴らとギャーギャー揉めてるようだった。  ……一応、あとで連絡だけ入れておくか。  あの中に戻る気もおきなかった。なにより、今はあいつの顔をどんな風に見りゃいいのかわからなかったし。 「待てよ、おい」  さっさと歩いてく岩片に慌てて声をかけたとき、こちらを振り返った岩片は頭につけてたうさ耳をもぎ取り、そして俺の頭に被せてきやがる。  おい、と睨みつければ、やつはようやく笑顔を見せてくるのだ。 「な、に……おい、岩片、これ……」 「ハジメ、やっぱお前それ似合うわ」 「……そりゃどーも」  嫌味かこいつ、やっぱり俺が自分より政岡を優先させたことを根に持ってるらしい。頭のカチューシャを外そうとすりゃ、手首を掴まれ制された。その手の熱さにびっくりして顔をあげれば、やつはニッコリと笑ったまま鬼のようなことを口にするのだ。 「お前、部屋に帰るまでそれ外すなよ」  ……やっぱりめちゃくちゃ根に持ってんじゃねえか、こいつ。  おしまい

【総集編版】第一次遊園地戦争【↑100/19,500文字/政岡視点/政岡×尾張前提尾張総受け/わちゃ】

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