幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(19)『夏休みの服装/「お隣」の人たち』
Added 2024-10-31 14:57:10 +0000 UTC「今日も暑いねー」 瑠璃の言葉に異論はない。一昨日終業式で昨日から夏休みに入りはしたが、まだ七月。なのに暑さはもうまったく洒落にならない。殺意を感じるような暑さだ。いや、あるいは、人間の存在なんて最初から無視した暑さと言うべきなのかもしれない。 でも。 「だからってその格好はやめてよ、お兄ちゃん……」 俺はため息をついて瑠璃を見た。 上半身裸で坊主頭。それが今の瑠璃の格好だった。 坊主頭はしかたがない。経緯も知っているし、この暑さだとちょっとだけうらやましくもある。 でも、上半身裸はなあ……。 「慣れるためなんだから、しかたないでしょ」 瑠璃にも言い分はあった。 プールの件で、上半身裸の水着姿になるのが恥ずかしいと話していた瑠璃に、俺は慣れてしまえばいいと言った。その慣れるための一環として、夏休みは家にいる間ずっと上半身裸でいることにしたのだと。 「二学期も、来年も、プールの授業はあるもの」 そう言われると否定もしづらいが。 「でも、俺の気持ちも考えろよ。半裸の坊主頭の男が四六時中家の中で近くをうろついてるなんて、俺も『光莉』も経験したことないんだぞ」 「それくらいは我慢してもらえないかな。わたし、そんなに見苦しい身体でもないよね?」 そう言うと瑠璃はボディビルダーみたいなポーズを軽く取った。 まあ、確かに、『俺』は太っても痩せすぎてもいないけど。 「みっくんは、みっくんのこの身体、見るのも嫌?」 「いや、話を逸らすなよ。俺は半裸でいられるのが落ち着かないんであって」 「でも兄妹なんだし、これくらいよくない?」 なかなか埒が明かない。 「瑠璃は、いいのかよ。俺にじろじろ見られたりしても」 「慣れるためにやってるんだから。むしろ今はまだみっくんにしか見られたくないくらいだもん」 いっそ、ガチで凝視してやろうかと一瞬思う。けど、この前チンポをじろじろ見ていた時のことを思い出す。また変なことになったら困るよな。 うまく言い返せず、俺は瑠璃からいったん距離を置いて、夏休みの宿題をすることにした。 数学の問題は去年と大差ない。マイナスが絡む計算問題を去年よりはるかに速いペースで解きながら、俺は考える。なぜ瑠璃にあの格好をして欲しくないのか。 瑠璃に男っぽくなって欲しくないから? でも、水泳の時に女っぽいままなのは困ると思っていたし、坊主頭になったことも驚きはしたけど『俺』の頭だし別にいいかと思っていた。 元に戻ってもあんな調子じゃもちろん大変だけど、元に戻れば身体の記憶もあるんだし大丈夫だろう。光莉だってたぶん男っぽい暮らしなんかしてないはずだし。 俺、瑠璃のことが好きなんだけど……。 そう考えて、思う。 好きだから、見てると落ち着かない? 好きだから、見てると我を忘れてしまいそうになる? いやいやいや、俺は今は女だけど本当は男で、性的にも女子が好きで、なら男の裸を見てそんな風に考えてしまうなんておかしいじゃないか。 自分にそう言い聞かせてはみるけれど、試しに、男性アイドルとかの水着姿や半裸姿を思い浮かべてみる。 ……妙に、ドキドキするものがあった。 なお、その日、けっこう重たい宅配便が来て、でも瑠璃が出るわけにはいかなくて俺が重さに苦しみながら受け取ったら、瑠璃はあっさり半裸で過ごすのをやめた。 * 八月に入り、お盆が近づいてきた頃。 「こんにちは! 光莉ちゃん!」 「あ、お久しぶりです!」 ちょっと近所のコンビニへ行こうかと家を出たところで、声を掛けられた。 隣の神社のさらにお隣の藤浦さんのおばさん。つまり、瑠璃のお母さん。 「元気そうでよかった。うちの様子とかも見てくれてるのよね。ありがとう」 藤浦さん宅は先祖代々の持ち家で、藤浦さん一家は家の処分などはせずに東京へ引っ越していった。留守宅の世話はうちのようなご近所にある程度託されている。 なので、お盆に合わせて藤浦家は帰省したということなのだろう。 「瑠璃お姉ちゃんいます?」 「東京の友達の家に泊まってるのよ」 俺が訊くと、おばさんは首を振った。 「瑠璃も帰省する予定だったんだけど、誘われて断りきれなかったって。残念そうにしていたわ」 「そうなんですか」 受け答えしながらも、俺はちょっと意外に思った。 コンビニから帰ってきて、二人でアイスを食べながら俺は瑠璃におばさんに会ったことを話した。 「光莉が残念そうにしてたって、おかしくないか?」 「そう?」 俺が言うと、瑠璃は首を傾げる。 「あいつが東京に行きたいって強く思ってたから俺たちがこんなことになってるんだろ。演技なのかな?」 メッセージのやり取りをしているが、あいつは『瑠璃』として東京での生活を満喫しているようにしか見えなかった。 「別に光莉ちゃん一人のせいじゃないけど……おかしくはないんじゃないかな。夏休みくらいこっちへ帰って来たいと思っても」 「そうかね」 俺はいまいち納得がいかなかったが。 「わたしたちに会いたいって思ったのかもしれないし」 「それこそないだろ」 俺が会ったら、『光莉』の身体を押しつけられた不満をぶちまけることになるはずだ。向こうだってそれくらいわかってるだろう。 「ところで、瑠璃はおばさんやおじさんに会わないのか? 向こうの予定はそれとなく訊いておいたけど」 「みっくん、それとなくなんて高等テクが使えるようになったんだね。光莉ちゃんの立場に馴染んできてる?」 「そ、それくらいできるっての!」 少し前の瑠璃の半裸を巡る一件で自分の気持ちの女性化を自覚させられたことを思い出してしまった。 「……今会っても、ちょっとつらいかなって気がして」 瑠璃は、少しの沈黙の後にそう言った。 つらいって何だろうとしばし考えてしまったのは、俺が妹と入れ替わっているからだろう。 俺にとっては父さんと母さんは、入れ替わる前も後も変わらない。でも今の瑠璃は、おばさんとおじさんにとっては赤の他人――は言い過ぎにせよ、元ご近所の男の子、程度の存在なんだよな。