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桜崎旭妃だったわたし(7)

† 「たかお、さん。これで、だいじょうぶ?」  旭妃があどけない口調で確認をしてくる。多賀雄は婚約者の服装をチェックした。  目覚めた直後は人語を解するかも怪しかったほどの旭妃だが、なぜか多賀雄と肌を重ねるごとに、記憶と人間らしさを急速に取り戻していった。まだ大学生活を再開できるほどではないが、それでもほんの五日で小学校低学年並みにまでは回復したのだから大したものだ。  当然、東京へ帰る予定は先延ばしになる。すでに旭妃の両親には延期については連絡しておいた。彼女の身に起きたことについてはまだ話していなくて、この調子ならもう数日でさらに回復するだろうからその時に本人から話してもらおうと考えている。 「今日は問題ないよ。よくできたね」  服の裏表が引っくり返ったりズボンの前後を間違えたりはしていないし、ボタンなどもきちんと留めている。服の着方どころか歩き方すら忘れて、裸で四つん這いになっていた数日前からすれば長足の進歩である。  褒めながら頭を撫でると、うれしそうに身をすり寄せてきた。人懐っこい馬をなぜか思わせる仕草に和むとともに、性欲を強く刺激される。朝、起き抜けに一発やったばかりなのに。 「せっくす、もういっかいする?」  旭妃は可愛らしく小首を傾げた。  セックスを一度経験すると、彼女はそれに抵抗をまったく覚えなくなった。「わたし、あかちゃんうんでみたい」と多賀雄がゴムを使うのにいい顔をしないほどだ。だが大学もあるし、妊娠させるわけにはいかないと、最初の一回以外は律儀にゴムを使っている多賀雄だった。  そんな旭妃をまた抱きたいという気持ちは強いが、今はさすがに後回しだ。  旭妃は馬に興味を示し始めた。なので今日は牧場を一通り案内する。  かつての旭妃は馬に関心が乏しかったし、それでいいと多賀雄も言っていた。でも、いずれ妻になる人に、自分が心血を注ぐ仕事に興味を持って欲しい、好きになって欲しいと願うのもまた人情である。  見せたい馬は多い。なぜか急に性欲旺盛な種馬になってくれたエルフィングリーンを見せたらどんな感想を抱くだろう。  ――そう言えば今日は、カズサドラゴンへの種付け予定だったか。  血筋と活躍は申し分ないが、どちらにも問題があってそもそも交尾が成り立つかすら疑問視されていた組み合わせ。エルフィングリーン側に目処は立ったけど、さてどうなることやら。  多賀雄は旭妃の手を引いて、ここ数日放置してしまっていた牧場へ向かった。 †  一頭目の胎内に精液を放出すると、わたしは快楽を味わいながらペニスを抜いた。  今日も調子は良さそうだ。五頭や六頭に種付けするくらい雑作もない。 「相変わらず絶好調だね」  言いながら、厩務員がわたしの背を撫でた。そこへ先輩格の厩務員もやって来る。 「だが本日二頭目は難敵だぞ。カズサドラゴン」  カズサグリフォンの姉妹かなと思いつつ、難敵とはどういうことだろうと疑問に思う。 「カズサグリフォンの異母妹で、牝馬三冠ですよね、エルフィングリーンと交尾したらどんな強い子が生まれるのかな」 「そこまで漕ぎつければいいんだがな……」  彼らの言っていた意味はすぐわかった。  種付け場へ連れて来られたカズサドラゴンだが、他の雌馬とは違ってまったくおとなしくしていない。足や首の固定を頑なに拒んでいる。 「ほんと、気性が荒いな!」 「誰となら交尾するんだこいつ」  たぶんカズサドラゴンは、元のエルフィングリーンと同じく選り好みが激しいのだろうと思った。そしてどうも、わたしはお眼鏡に適わなかったらしい。  ただ。  彼女の臭いが漂ってくると、わたしの身体は激しく反応した。これまでにない勢いでペニスが勃起する。これを彼女に突っ込みたい。彼女を妊娠させたい。わたしの子を産ませたい。カズサグリフォンの時よりも、強く強く性欲を掻き立てられる。  落ち着かない気持ちで、わたしは勃起したまま歩き回る。  と。 「すごい、おっきい……」  そんなあどけない声がした。  首を巡らすと、わたしを『わたし』が見つめていた。その隣には多賀雄さんが優しく寄り添っている。  わたしの身に起きたこれが入れ替わりであることを、わたしは理解した。そしてあちらで何がどうなっているかも、直感的に把握した。  それでいてわたしは、『わたし』の人生がこのままでは奪われてしまうことへの焦りとか、『わたし』になった雄馬に婚約者を寝取られたことへの怒りとか、婚約者にペニスを勃起させたところを見られている恥ずかしさとか、ここから元に戻るためにはどうすればいいのかと懊悩することとか、そういう方面に心を奪われきらなかった。  わたしにつれない態度を取り続けるカズサドラゴンにどうすればこのペニスを挿入できるのかと、そんな妄執めいた思いも、こんな状態に陥った後ですら、頭からは離れていなかった。  その時。  生暖かい強風が、種付け場の中を吹き抜けた。  わたしはわたしの身体……いや、エルフィングリーンの身体から、離れていくのを感じた。  そして向かっていく先には、『わたし』と多賀雄さんが立っている。  何が起きるか、すでに一度経験したわたしは知っている。ただただ素直に喜べばいい。  なのに、わたしは心のどこかで残念に思ってもいた。  あの魅力的な雌と交尾したかった。孕ませてやりたかった。そんな後悔に心の一部が囚われたまま、わたしは種馬の身体から去っていった。 ***  目を覚ますと、わたしは馴染みのある視界を取り戻していた。五日ぶりに人間に戻れたんだとすぐにわかる。  倒れていた状態から喜び勇んで身を起こし、傍に倒れていたもう一人の人影に目をやる。  それは、『桜崎旭妃』だった。 「若旦那、どうしました? 大丈夫ですか?」  周りにいた厩務員たちに声を掛けられ、自分の来ている服装を確認して、わたしは今の自分の立場を悟る。 「だ、大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけなので」  言いながら、『旭妃』を助け起こした。わたしの腕の中で、目を覚ます。そして小さな声で呟いた。 「え、……お、俺? どうして?」  元に戻れない状態の中では、一番マシではあると思った。 「何か、カズサドラゴン急におとなしくなりました」 「なら交尾行くぞ!」  わたしたちの背後ではそんな会話が交わされていた。

Comments

コメントありがとうございます。 すでに次回更新しましたが、あのような具合になりました。罪悪感を刺激しつつ、現状を受け入れさせ、やってやって(略)という流れですね。

いいですね。 すべてが円満に進みそうですね。 あっ!現「旭妃」の気持ちだけはどう動くのか ですね。 やってやってやりまくってやれば(お下品) 気持ち云云 関係なくなるのかしら。 さすがな展開です。 あちらは夜に返信します。 ありがとうございます。

丸井主将


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