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俺が神官少女で、神官少女が触手で(3)

 魔物は、階層が深くなるごとに強くなる。六層で死にかけた俺や八層で危機に陥ったトゥクファが、この十三層で遭遇する魔物どもと戦いながら無事に勝ち抜いて上り階段に辿り着き、上層へと帰還できるとは思えない。  ならば救助を待つしかない。しかし十層までしか知られていないこの迷宮で誰かが十三層に辿り着くのはいつの日か。  当面の危機は免れているものの、俺たちはすでに詰んでいた。 「瞬間移動の指輪があれば、ここからでも帰還できます」  高レベルな魔術師の使う瞬間移動の呪文イェンエン。その能力を封じた指輪がある。それを使えば、指輪が壊れる代わりに俺たちでもその呪文の効果を得られるのだ。だが…… 「そんなアイテム、持ってないぞ」 「わたしもです」 「だろうな。無駄話をしてどうするつもりだ」 「話は終わってません。瞬間移動の指輪は、九層や十層ではよく拾えるらしいです。つまり、この十三層でも得られる可能性はある」 「玄室の宝箱か」  魔法陣の中から、周囲を窺う。魔物の姿は見えなくなるが、こちらも魔物に認識されなくなるから待ち伏せなどはされない。  すぐ隣に、扉が一つ。そちらに向かって左右は壁で、反対方向は長い通路になっているようだ。ならばこの扉の先は、玄室になっている可能性が高い。 「俺たちで、勝てると思うか」  玄室の宝箱は、必ず魔物に守られている。番人を倒せなければ結局はどうしようもない。  しかしトゥクファは言った。 「可能性は、ゼロではありません」  彼女の説明した理屈はこうだ。  迷宮では、時折冒険者のなれの果てにも敵として遭遇する。狂気に陥ったか迷宮の瘴気に犯されたか、ともあれそいつらはもはや説得も叶わない敵であり、時に魔神と組んだシノビなどもいるのだと聞いたことがある。  ただ、正気が失われているからか、時にありえないことも起きるのだと。 「高レベルの魔術師が、たった一人でうろついていることもあるそうです。九層や十層で何度となく目撃されています」 「マジか」  魔術師は強力な攻撃呪文を会得する代わり、生命力は冒険者としては貧弱で、防御力も紙のように薄い。たとえ第一層でも、彼らの場合は単独行など考えやしないだろう。 「もちろんこんな深層にいる相手なら、ウェスペルセンテスくらいは普通に覚えているでしょう。先に唱えられたら終わりです。でも……」 「先に殴れれば勝機はあるな」  魔術師系の最強呪文ウェスペルセンテスは、大爆発と超高温の熱線で敵を一掃する。十層付近の敵は生き延びることも多いそうだし超高レベルとなった冒険者も耐えられるというが、俺たちにとっては致命傷だ。しかし魔術師は取り立てて素早いわけでもない。 「……ここで飢え死にするよりはマシだな」  十三層で出現する敵の種類。その分布比率。そんな中、俺たちが玄室に突入した時に目当て通りに魔術師一人だけがいてくれる確率。  それらを深く考えると一歩も動けなくなりそうだったので、俺はトゥクファと視線で合図を交わすや否や一気に扉を蹴り開けた。 「逃げましょう!」  言われるより先に身を翻す。  幸い追撃は受けず、俺たちは無事玄室の外に出られた。  今のは……何だった? これまで見たことはおろか噂に聞いたことすらない、何本もの腕がありいくつもの武器を手にした巨人。その背後には、白く巨大で口から雪のようなものを吐く狼が数匹。空中に浮いてうねる、これまた巨大な蛇のような存在もいた(足のようなものも生えていたような)。 「に、逃げられて幸運でしたね……」  トゥクファの声もさすがに少し震えていた。 「じゃ、じゃあ行くぞ」  どういう理屈なのか、逃げることに成功すると玄室の番人は交代されている。  開ける。金色の巨大なドラゴンが五匹。逃げる。  開ける。一つ目の巨人が十数体。逃げる。 「よ、よく無事だな俺たち……」 「でも、これ以外の選択肢はないんだから仕方ないじゃないですか。上り階段を探していくつも玄室を突破していくよりはまだマシなはずです……」  彼女に反論できる理屈はない。けれどいつまでも逃げ続けられる幸運が続くとも思えない。  できればこの辺で、倒せる敵が出て欲しい。  開ける。 「…………」 「……マーティ?」  第一層のあいつが、なぜかここにいる。他に敵はいない。 「十層でたまに出ると聞いたことはありますが」 「とにかく倒すぞ! こんな幸運そうそうない!」  俺たちは簡単に倒し終えた。  宝箱を開けることになる。  まずはトゥクファが罠探知の呪文ティツァンドを唱える。仕掛けられた罠を95%の確率で判別できるのだ。 「これで罠が厄介だったら、別の玄室でやり直しか……」  俺たち二人は斥候でもシノビでもないので、罠を解除する技量はない。石化ガスや麻痺光線だったら見送りだ。  だが朗報がもたらされた。 「幸運は続いているようですね。石弓です」 「おお」  一番楽な罠だ。開けた奴一人が少しダメージを負うだけで済む。 「じゃあ開けるぞ」 「すみませんがお願いします」  箱の蓋に手をかけて持ち上げる。  だが覚悟していた苦痛は訪れない。  代わりに、周囲の空気が変わる。視界が歪み、耳が奇異な音を拾う。  これはまさか…… 「転移装置の罠!」  俺たち二人は、どこかへ強制的に転移させられた。 ***  強い立ちくらみのような感覚から立ち直ると、目の前に指輪らしきものとかなり大量の魔石が転がっていた。さっきの宝箱に入っていたものだろう。俺はそれらを拾うと、即座に魔物除けの魔法陣を描いた。 「トゥクファ、無事か?」  転移装置の罠は初めて経験したがその後遺症なのだろうか。背後のトゥクファと思しき気配へかけた自分の声が、やけに高く聞こえる。 「問題はありません。……すみませんジクーブ、まさかこんな時にティツァンドが外れるなんて」 「確率なんてそんなもんだ。石に埋まらなかっただけ良かった」  転移装置の罠が作動すると、同じ階層のどこかの座標へランダムに転移させられる。一応それは迷宮の範囲内ではあるのだが、迷宮全体が完全に掘り抜かれているわけでもなく、階層が深くなるほどに未掘削のエリアも増えてくる。そんな座標へ転移させられれば、それはつまり石に埋まって即死することに他ならない。  死なずに済んだのは不幸中の幸いだ。  だが、会話しながらも違和感が募る。  俺の出す声は相変わらず高く、トゥクファの声は逆に低く聞こえる。向こうも俺に背を向けているようだが、その程度の位置関係で声が変わって聞こえはしないだろうに。 「何か、のどが変ですね。十三層特有の何かなのでしょうか」  咳払いを繰り返しながら彼女は推測する。 「さあな。それより、転移装置の影響じゃないか? 装備とかなくなっちまってるかも不安――」 「そんな話は聞いたことがありま――」  話しつつ自分の状態を確認しようとした俺の言葉は途中で止まる。たぶん、トゥクファも同じようなことになったのだろう。  俺は、愛用のプレートメイルを身に着けていなかった。この前第五層で入手した、魔法を付与して硬度の増した全身鎧。その代わりに魔法の鎖帷子を着込んでいる。  鎖帷子を内側から盛り上げている、胸の部分の二つの膨らみ。  腰に下げているのは、大剣ではなくメイス。  魔法で防御することで面頬を取り除いた兜の代わりに、少量のミスリルと魔法とで強化した帽子。首筋に手をやれば、長く伸びた髪が背中まで届いている。  左腕に装着しているのは屈めば全身をもカバーできる大盾ではなく、軽量で装備しやすいラウンドシールド。  俺が振り返ると、もう一人も俺の方へ振り向いたところだった。  俺の装備一式を身に着けた『俺』がいて、ポカンとした顔で俺を見ていた。


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