【登場キャラ セイバー】 平和な日常に於いても、日々の鍛錬は大切だ。 人はある日突然力に目覚めたりはしない。毎日の積み重ねこそが血となり肉となるのだ。 衛宮士郎は常日頃その考えを忘れることなく、鍛錬を怠らないよう努めていた。 それは、超常的な出来事を体験し、常識を超えた存在に出会った後でも変わらない。 「……ふぅ……はぁ……」 断続的な呼吸によって、肺に酸素を取り込んでいく。 額には汗が流れ、顎の先端から道場の床に滴る。 「どうしました、この程度で息を上げていては先が思いやられますよ」 眼の前には、竹刀を構えた小柄な少女。 金髪を編み込み、白のブラウスと紺のスカートに身を包む、気品溢れる佇まいは、この古い造りの道場には不釣り合いにも思える。 彼女はセイバー。衛宮士郎のサーヴァントであり、大切な女性だ。 士郎は日常的に魔術の訓練も行っているが、同じように、こうしてよくセイバーに剣術の指南も受けているのだった。 今日もまた朝早い時間から、セイバーと一戦交えるような形で訓練をしていたのだが。 「いや、待ってくれセイバー。こっちは全力で打ち込んでるのに相手は微動だにしないってのは、結構堪えるんだよ。精神的にも」 「何を情けないことを。それは膂力の問題ではなく気勢の問題です。力みすぎも良くありませんが、勢いが無ければ相手の防御を崩すことは出来ませんよ」 そうセイバーは簡単そうに言うが、この騎士王様の防御を崩すような勢いとは、いったいどれ程のものなのかと士郎は苦笑する。 がむしゃらに打ち込んだ所で、それでは余計に軽々と受け流さるのは目に見えている。 ならば、全力で打ち込みながらも相手の構えの隙を見て、かつ防御が間に合わない速度で攻撃を繰り返す――なんていう技術が必要になってくるのだろうが、それこそ言うは易し、だ。 「ま、泣き言言っても仕方ない、か」 気負った所で、自分に出せる全力は決まっている。 ならばその全力を活かす方法は、諦めないことのみ。 士郎は再度息を吐き、吸って、大きく床を踏み込んだ。 「――はあぁっ!!」 裂帛の気合と共に、バシンッ! と竹刀が打ち合う音が響く。 間髪入れずに二度三度、四度五度と、防がれるのも構わず竹刀を振り下ろす。 セイバーはそれも難なく防いではいるが、先程よりは手応えがある。 体力が続くまで――なんなら自分がぶっ倒れてしまうまで打ち込んでやる。 士郎はそう決意し、竹刀を握る手に力を込めた。 その気迫が伝わったのか、攻撃を受けるセイバーは、ニッと嬉しそうに口元を緩めていた。 それが、自分に対する侮りだとは思わない。 ただ、その余裕くらいは崩して見せると、士郎は攻撃の勢いを増す。 「良いですよ、その意気です」 セイバーは果敢な攻めを的確に受け、反らし、防いでいる。 その防御には一分の隙もなく、士郎がどれほど全力で攻めようとも崩れる気配はまるで無かった。 だが――。 「……んぐっ!?」 士郎が果敢に攻めている最中、一瞬セイバーが目を見開き喉を鳴らしたかと思うと、膝をカクンと落とした。 そこに小さな隙が出来る。 「おおおっ!」 隙を逃さず、士郎は更に力強く竹刀を打ち込んだ。 「くっ……!」 セイバーはそれでもしっかりとその一撃を受け止めていたが、表情に先ほどの余裕は無い。 この機を逃す手はないと、士郎は攻撃の手を休めることなく竹刀を振るった。 「ん……っ、はっ、く……うぅ……!」 竹刀を受ける度、セイバーが苦悶の声を漏らして後ずさる。 「ハッ!」 「ひぅっ……! あっ、くっ……んんんっ」 明らかに、脚の踏ん張りが効いていない。 全力を出した効果が出たかとも自惚れそうになったが、流石におかしい。 セイバーが自分の攻撃でこんな風に弱々しい反応を見せるなど、普通はあり得ないことだ。 数度の打ち込みの後、士郎は攻撃の手を止め、セイバーに話し掛けた。 「セイバー? どこか痛めたのか?」 心配そうに問いかける士郎に、セイバーはギュッと竹刀の柄を握りしめ、俯き気味に答えた。 「い、いえ……大丈夫です。少し、士郎の勢いに押されてしまったみたいです……」 その答えるセイバーの顔は紅潮し、息も荒くなっている。 だが、それを素直に受け取ることは出来なかった。 脚でも捻ったのか、そしてそれを心配させまいと虚勢を張っているのか……。 「うーん……今日はこれくらいで止めにしとくか。結構時間も経ったしな」 「士郎……ですが……」 セイバーは自分のせいで稽古を中断することに申し訳無さを感じているようだが、体調が第一だ。 それに、彼女のことを気遣っているのもあるが、士郎としても体力はかなり限界に近いのだ。 「無理は良くない。セイバーも、俺もさ」 「……それはそうですか……」 士郎が言うと、セイバーはしばし考え込み、コクリと頷いた。 別に、鍛錬ならばいつでも出来る。今日の所はこれでお開きにしようと、士郎は竹刀を下ろした。 だが――。 「おいおい、それは困るなぁ……衛宮?」 そんな声が道場の入口から聞こえ、二人はそちらに視線を向けた。 そこに立っていたのは、士郎の友人で、今は自宅の改修が住むまで衛宮家に居候している、間桐慎二だった。 居候中とはいえ、慎二がこんな場所に顔を出すのは予想外だ。 士郎は意外な顔をし、一方でセイバーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。 「珍しいな慎二、こんな場所に顔を出すなんて。もしかしてお前も特訓でもしに来たのか?」 「ん? あぁ、そう……そうなんだよ。僕もたまには身体が鈍らないよう、汗でも流そうかなって思ってね」 士郎としては半分冗談のつもりで訊いたのだが、意外にも慎二は本当に鍛錬を積みに来たらしい。 「へぇ。あー、でも悪いな、俺達はもう戻るつもりなんだ。一人になるけどいいのか?」 「だから困るって言ってるのさ。……セイバーはこれから、僕の特訓に付き合って貰うんだからさ」 「セイバーが……?」 思いがけない返答に、士郎は首を傾げる。 慎二が道場に来るのも意外だが、セイバーに鍛錬の相手を頼むというのもまた意外なことだった。 セイバーは慎二のことを目の敵にしているのかと思っていたが、自ら鍛錬を積もうという姿勢を買ったのかもしれない。 「衛宮が稽古つけて貰ってるって言うからさ、なら僕も鍛えてくれよって昨日頼んでみたんだよ。なぁセイバー?」 「え、えぇ……」 慎二が確認を求めるように目を向けると、セイバーはその視線と目を合わせることなく頷いた。 どこか話を合わせているような雰囲気はあるが、本人が認めているのなら確かなのだろう。 が、それとは別に問題が一つ。 「でも、セイバーはなんだか調子悪いみたいだし、止めといたほうがいいんじゃないか?」 そもそも士郎が剣術訓練を切り上げようとしたのは、セイバーの不調を感じ取ったからなのだ。 約束していたという慎二には悪いが、今日はこれ以上の激しい運動は避けたほうが良いだろう。 「セイバーの調子が悪い? 僕にはそうは見えないけどなぁ」 「いや、さっき打ち合ってみて、なんだかいつもと様子が違ったんだって。だろ、セイバー?」 士郎は肯定を促すようにセイバーに訪ねた。 「いえ、その……私は……」 が、彼女はバツの悪そうな顔をしたまま、曖昧に言葉を濁すだけだった。 「ほら、平気そうじゃないか」 「そうか……?」 自分から調子が悪いとは言わないものの、それは無理をしているだけにも見えるのだが。 そう憂慮する士郎に反し、慎二は気にした様子もなく道場の中に入っていった。 「英霊は衛宮とは頑丈さが違うんだよ。余計な心配する方が失礼ってものだよ?」 言いながらセイバーの横に立ち、その肩にポンと腕を乗せる。 「なぁ? 別にどこも悪くないよなぁ?」 「……っ!」 肩を叩かれ、セイバーは小さく身体を揺らす。 馴れ馴れしく触られて、嫌がっているのかもしれない。 が、それをあまり顔には出さないようにして、セイバーは真面目な顔で答えた。 「……そうですね。特にどこか痛めたりした訳では無いので、心配は要りませんよ士郎。私はまだ、稽古を続ける体力は残っています」 「だってさ。分かったら衛宮は先に戻ってなよ。お前の方こそヘトヘトって感じじゃないか」 「うっ……ま、まぁな」 慎二の言う通り、鍛錬の疲れはピークに来ている。 責任感の強いセイバーのことだ、約束していた慎二との稽古を放り出すのは意思に反するのだろう。 その意思を尊重するならば、黙って出ていくべきなのだろうが……。 そんな士郎の迷いを読み取ったのか、セイバーが安心してくださいと微笑む。 「私のことは気にせず、先に戻っていてください。多少不調であろうとも、シンジ程度の相手をするのに、なんら問題はありませんから」 「へぇ?」 セイバーの言葉に、慎二がおかしそうに肩を竦めた。 まぁ、ある程度運動が出来るとはいえ、剣術の心得が無い慎二ではセイバーの相手にならないことは士郎にも分かる。 「はんっ、なんだよ、僕がすぐに音を上げる根性なしだとでも思ってるのか? 言うじゃないかセイバー」 「本当のことでしょう。貴様のネジ曲がった性根は良く知っています」 「ふーん……。あっそ」 「……ひくっ!?」 セイバーの小言に、慎二が手をポケットに入れてそっぽを向いたかと思うと、突然セイバーが喉を鳴らし、先程よりも大きくビクンッと肩を揺らした。 そして、また膝を震わせて身体を縮こませる。 「お、おい大丈夫かセイバーっ。やっぱりお前、立ってるのも辛いんじゃないのか……?」 「ち、違っ……これは、違うんです……士郎……っ。これは、そういうのではなく……はうっ!」 セイバーは手を前に突き出し否定しようとするが、息をする度に脚がひくひくと痙攣するかのように小刻みに震えている。 「おやおや、なんだか膝が笑ってるぞセイバー? そんなので、僕の相手が務まるのかなぁ?」 「シ、シンジ……っ。この……ッ」 セイバーが、顔を顰めながら慎二を睨みつける。 もしや、あの異変は慎二に原因が……? だが、士郎からは特に慎二が何かしたようには見えない。 単に、からかうように言われて怒っただけ……ということだろうか。 「んっ……く、ふぅぅ……っ」 士郎との鍛錬中、急に様子がおかしくなった時と同じように、セイバーは苦しげに息を詰まらせる。 顔もまた赤くなり、掠れた息を漏らすその姿は、申し訳ないがどこか色っぽさも感じてしまう。 「本当に、大丈夫なのかセイバー……? 無理するんじゃないぞ」 「平気だって、ちょっと腹でも痛いだけだろ? 天下の英霊様が、その程度で僕ごときの相手も出来ないなんて言わないよなぁ?」 セイバーは明らかに調子が悪そうだが、それにも関わらず慎二は挑発するように煽り立てる。 セイバーもそんな風に言われては引けないようで、額に血管を浮き上がらせながら慎二を睨みつけた。 「舐めるなよシンジ……っ。この程度で私を侮ると、後悔することになるぞ……!」 歯を食いしばり気丈に振る舞うが、その脚はその強い意思とは違い弱々しく内股になっている。 「すみません、士郎……。わ、私は、この軟弱者にお灸を据えねばならないので……。んっ……や、やはり、先に戻っていてください……」 「まぁ、セイバーがそこまで言うなら……。でも、無理そうならすぐ止めろよ? ……あと、慎二を痛めつけるのも控えめにな」 本調子では無さそうなセイバーも心配だが、いつまでも態度を改めない慎二の方も、自業自得ではあるが心配だ。 いつかの自分のように、気絶させられなければ良いが。 「じゃあ、後は任せるからな」 士郎はそう言い残し、竹刀を慎二に渡してから、やや不安を抱えたまま道場から出ていった。 慎二が居候するとなり、あの二人の仲が険悪にならないか心配していたのだが、今の所問題は起きていないと思っていた。 だが、このことがきっかけで慎二がセイバーを恨まないかが不安だった。 (たぶん、あいつセイバーにボコられるだろうしなぁ……) セイバーの気分が悪そうなのを見て調子に乗ったのかもしれないが、正直彼女ならば片手でも慎二をノシてしまえるだろう。 普段から稽古を付けて貰っている士郎は、セイバーの強さをよく分かっている。 慎二への心配と、すこしの哀れみを残し、士郎はその場を後にするのだった。
elksk
2024-12-09 18:18:23 +0000 UTC