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【R18】202403_Frieren&Fern(JapaneseShortStory)

「ふんふっふんふふん…♪」

「フリーレン、最近やけに機嫌よくないか?……分かった!昨日の小さな村で貰ったマフィンが美味しかったからだろ!」

勇者ヒンメル一行によって魔王が討伐されて早80年以上が過ぎた。彼らの旅や偉業を知る者は皆老い、そして平和へと近づいた地には新たな命が芽吹く。

ヒンメルの、仲間たちの創り出した新しい”地”を今日も歩き旅を続ける者たち。勇者一行の魔法使い・フリーレンとその弟子・フェルン、戦士・シュタルク。これはヒンメルの死後、フリーレンが新たに始めた旅の記憶だ。

「シュタルク様、それは間違っています」

「じゃあ、なんでフリーレンは鼻歌歌いながらスキップするくらい上機嫌なんだ…?」

「それはですね」

背の高い針葉樹の森を抜け、小一時間歩いてようやく出た地固めされた道。その整った道の上を近年稀に見る笑みで踊りながら進むのが知る人ぞ知る魔法使いフリーレンであり、彼女の後ろを追うように歩くのが黒いローブに紫の長髪、年季の入った杖を持つ少女フェルン、そして赤の短髪に銀の斧を背負う少年が戦士シュタルクだ。

「ふっふーん♪それはね、7日連続で新しい魔導書が手に入ったからだよ」

温暖な春の昼間、道の真ん中でスキップの最中くるっとターンしたかと思えば、振り返り様に己が上機嫌の理由をエルフは明かす。魔法蒐集、それが彼女の趣味であり、この旅の理由の一つである。

「それに、どれもまだ習得していないものだったんですよね」

「そうだよ、フェルンも今夜宿で覚えるといい」

「宿かー、そろそろ俺も湯浴びしたいんだよな、気温も上がってきたし…でもそんなすぐ街や村があるわけ……って、あっ!」

「やっぱり私たちはツイてるみたいだ」

銀髪の魔法使いの手元にある鞄は何時にも増して限界ギリギリまで物が詰め込まれており、その中身の多くが新たな魔導書であることは間違いない。何人にとっても趣味が順調に進めば気分がいいものだ。そして、今、もう一つ彼女たちの旅の足取りを軽くする理由が増えることとなった。先を歩いていたフリーレンが振り返ったまま立ち止まっていると、フェルンとシュタルクがそこに追いつく。少年は代謝の良さもあって額に汗を浮かべつつあったが、その汗もすぐに洗い流せるだろう。彼の希望を聞きながらフリーレンは道の先へと指を差す。その先には…。

「街だ!フリーレン、フェルン!」

「シュタルク様、はしゃぎすぎですよ。私たちも大人なんですから少しは落ち着い……ギュツギュルルルル……食料の調達もしないといけませんね」

「まったく、二人ともあっという間に師匠を追い越して……まだまだ子供だね。でも、いつか本当に私たちを追い越していくかもしれない……アイゼン、そっちの弟子も逞しく育ってるよ」

先程までとは打って変わり、若い命二つが足早に目の前の街へと歩を進める。その背中にためらいはない。一方、数メートルの遅れを取りながら、エルフは同じ空の下の旧友に想いを馳せていた。

§§§

「それで、この街はその遺跡跡に住み着いた魔物によって支配を受けているんだね?」

街の宿屋の受付。一行はそこで生計を立てている宿屋の女主人に話を聞く。そうせねばならないと察したからだ。女主人の身につける服は破れては縫い合わせられた跡だらけ。村といっても遜色ないほど畑や動物の飼育にも力を入れている街の景観に反して、女主人を始めとした街の住人はすれ違う悉くが瘦せ細り、こけている。産業の発展に対して住民の裕福度合が釣り合っていない。明らかな異常だ。

「ええ……もう10年以上は…。私の両親は奴らに供物を届けに行ったまま遺跡から帰って来ず、当時結婚したばかりの夫は奴らの“根”に連れ去られて……」

クマの染みついた目元を痙攣させながら、女主人は悲嘆の歴史を語る。10年に及ぶ魔物による支配、その傷跡は今もなお深くなり続けている。

「あの、“根”とは何でしょうか」

「あの魔物は、植物の形状をしていて…私たちこの街の住人はその姿をちゃんとは確認してないのだけれど、供物を届けないと奴らは空腹に耐えかねて街に巨大な根を這わすのよ…。人間を食料として連れ去る為に…。」

かつて一行が旅の中でも何度か目にした植物型の魔物。その系統に属するある種の魔によってこの街は蝕まれている。想像するだけで痛々しい。多くの笑顔と同様に多くの苦痛を見てきたフリーレンは除いても、フェルンとシュタルクにはこの惨状は辛すぎる。

「そいつらを討伐しにきた戦士や魔法使いはいなかったのか?」

「いました。ええ、いましたとも……。報酬も積んで、私たちが希望を託した彼らは皆、遺跡の入り口に向かう背中をこちらに翻し帰還することはありませんでした…。もう、20人は犠牲に…」

尋ねれば尋ねるほど事態の深刻さを痛感する。先ほどまで魔導書の入手や湯浴びができることに浮かれていた一行の表情は酷く曇っていた。しかし…。

「なら、私たちが倒すしかないね」

「そうですね」「ああ、賛成だ」

考えることは皆同じ。現実を知ってもなお、彼女たちが立ち上がるのはフリーレンが勇者一行の魔法使いとして魔王を打ち取った経験持ちだからではない。

……ヒンメルなら/フリーレンなら、そうするから。

「いいのですか…!で、ですが…言った通り、奴らの巣食う遺跡跡は危険で、討伐できた者は誰も…」

「じゃあ成果報酬にこの街の魔導書を5冊提供、それと1週間の宿泊と食事をご馳走してもらえればいい」

一瞬目の奥に光を宿した女主人は、犠牲となった者たちの多さを思い出し一瞬にして視線を足元へ落とす。魔物退治など非現実的だと言わんばかりに。自分たちはこのまま永遠に魔物の餌になるのだと言わんばかりに。

だが、女主人の消えそうな声にかぶせるようにフリーレンは事後の成果としての報酬内容を提示し始めた。

「フリーレン様!いくらなんでもこの街の方々に寝食まで要求するのは……」

「いいかいフェルン、人助けは尊いものだ。けどね、無償の善意は助けた側には驕りを、助けられた側には服従心を植え付けるだけなんだ。本来は互いに対等であるべきなのにね。…幸い、この街は生産力自体には恵まれている。住民が頑張っているからだろう。奴らを討伐すればすぐに食料や資源は全て街全体で共有できるようになるしね、それでいいかな」

フェルンの住民たちの生活を推し量っての制止もあったが、フリーレンの洞察力の方が一枚上をいく。

彼女の要求がほぼ街にとって不利益がないこと、損害をもたらさないことは、一行の訪問や一連の話を盗み聞いていた者たちの噂によって集まってきた住民たちの表情が物語る。

ある者は若いパーティが街に訪れたと吹聴し、ある者はそれが魔法使いと戦士を連れたものだと伝え、ある者はその一人が勇者一行の魔法使いだったと囁いた。

宿屋の扉から中を除く住民たちの目は期待一色に染められている。

「は、はい!どうか、魔物を退治してください…!」

「勇者一行のフリーレン様が来て下さった!これで儂たちの生活もようやく、ようやく…!」

「おじいちゃん…ふりーれんってだれ…?」

「それはね……」

若いエルフと少女と少年、三人は目を見合わせる。久々の派手な戦闘だ。使命感が燃え、杖/斧を握る手に力が籠る。頭上に浮かぶ太陽は煌々と彼女たちの進むべき道を照らしている。街からそう遠くない遺跡跡、それが“街の英雄となる者”たちの目的地だ。

$$$

「シュタルクさん、本当に宜しいのですか…?こんな雑用ばかり押し付けてしまって…畑仕事を手伝って頂いたばかりなのに…」

宿屋の埃が積もった窓枠を少年の手に握られた雑巾が駆け回る。その手は水気を帯びているものの、若干の土汚れを残していた。

「いや、いいんだ。フリーレンにお前は街の手伝いをしてやれって言われちゃってさ…」

「そ、そうなのですね…でも心配じゃ、ないんですか…?」

窓枠を一つ一つ拭き掃除していくシュタルクの視線は自然と外、街の道へと落ちる。おやつ時を過ぎてあと1時間後には夕日が見られそうな晴れ模様の一日だというのに、子供一人外で遊んでいない。

心配ではないと言われれば嘘になる。だが、フリーレンに言われた事が脳内で木霊してやまない。

『シュタルク、この遺跡は私とフェルンで行くからシュタルクは街の人を支えてあげて。……脚、竦んでるよ。もし私たちが夕暮れまでに帰ってこなければ、その時は援軍として来てくれればいい。相手が本当に巨大な植物型の魔物なら、魔法による戦闘が主だ。物理ではどうしても刃が通らない。焼き尽くすしかないだろうからね。今回は私たちの出番だよ』

理由は沢山あった。街のフォロー、外からの状況把握、戦闘の有利不利……。だが、その一つに己の未熟さが含まれていたことがどうしても頭を離れない。言葉では、あるいは表面上では街の救済に踏み出そうとしても、肝心の脚は内なる恐怖心に憑りつかれて震えが止まらなかったのだ。

「……心配か。フリーレンとフェルンなら大丈夫だと思うぜ、二人して俺より、“強い”からさ…!……だよな、二人とも…」

刻一刻と赤らんでいく空に、少年は何を想うか。

§§§

時は少し遡り、午後2時過ぎ。

まだ遺跡跡へと脚を踏み込んだばかりだというのに、石造りのそこは日の光を通さず、目をやる先には暗闇が待ち構えている。コツコツと二つの足音が響く。

数十歩進んでは、壁際の松明に炎を出す簡易的な魔法で火を灯す。相手は肉食植物、植物型の魔物だ。奴らは性質的に火を嫌う。勿論明かりとしての意味もあるが、敵の弱点を増やしていくという意味も込めて松明の一つ一つに杖を向ける。

否、二つだけの意味ではない。…万が一の時、シュタルクが援軍に来れるように。

「フリーレン様」

「分かってる。シュタルクの気持ちを傷つけてしまっただろうね」

「……なら、私は何も言いません…。早く、魔物を退治して帰りましょう」

弟子の言わんとすることを師匠であるエルフは察していた。それでもなお、彼女にはこれ以外のものの言い方がなかったのだ。そして、戦士の心を傷つけてしまったことを師が危惧していると知ったらもう、弟子は何も咎めようとはしなかった。

ただ石畳を歩みペースが早まる。

コツコツ、コツコツ、コツコツ、コッ………

「フェルン、止まって。この感覚、この気配は……はっ!」

制止を促し両名の脚音が止んだ途端に周囲に静寂が走る。……と同時に何かを察知したのか、フリーレンは走り出した。

「ふ、フリーレン様!んはぁ、はぁ…お待ちください…!罠があるかも……」

「いや、フェルン、この遺跡跡に“罠はない”よ…!それよりも、もう近い…!」

足元や壁に仕掛けられた遺跡特有の罠を警戒するまでもなく彼女は駆ける。その後をついて回るフェルンはなぜフリーレンが走り出したのか、なぜ罠がないと断言できるのか思考を巡らす。

……そうだ、先にこの遺跡跡に入った冒険者たちの亡骸が一つもない。魔物に食われたのならないのも分かるが、もし罠があったとしたら亡骸は残されているはずだ。

もし魔物がそれを後から食らったとしても、血の残骸は残ろう。しかしそれすら一つもない。故に少なくとも今魔物の下へと歩む道に“命に係わる罠”はないと判断できたのだろう。

「ふ、フリーレン様、そんな小部屋に何が……フリーレン様…?」

師が小走りのまま曲がり入っていった遺跡の小部屋、見るからに遺跡深奥にまで通ずるものではない。ならばなぜ?その答えはすぐに分かった。

「見てよフェルン~、こんなに沢山宝箱が~!中身はまだ見ぬ魔導書に違いないね…私の勘がそう告げている」

「フリーレン様」

「フェルンも中身が気になるよね。もう開けちゃおうか」

「フリーレン様、ミミックですよ、きっとそれ」

「よぉし…開けるよ…」

(全く聞いていない……)

丁度フリーレン一人がすっぽり飲み込まれるサイズの宝箱が小部屋一杯に広がり数えきれないほど魅惑のフォルムを輝かせている。中身は何か。幼心を刺激されて居ても立っても居られない。

ギギギギギ……

「またギャンブル連敗記録を更新ですね……」

木の軋む音と共に制御の効かなくなったフリーレンの手によってその一つが開かれる。結果は目に見えていよう。もはや上半身をミミックに噛みつかれたフリーレンの姿など見なくても想像できると言わんばかりにフェルンが目を反らした瞬間。

「ん…?魔導書じゃない、何だろうこれ……食べ物……?」

そう師が告げた所、単語一つに反応して弟子は歩み寄る。聴覚だけではない。箱の奥から強烈な砂糖の甘い香りが漂ってきたのもある。

「ショコラケーキですね」

「わ、フェルン、近いよ」

「でもなんでこんな所にケーキが?」

「他の箱も開けてみようか」

目の前のショコラケーキ?に少女が気を取られているうちに、エルフはもったいぶることなく素早く宝箱を開け始める。

シュークリーム、パンケーキ、オムライス、ハンバーグ。

揚げ鶏、グラタン、チョコレート、プリン。

無数にある宝箱の中身はどれも食べ物ばかりで、魔導書はおろかミミックすら一つもない。

「…フェルン、この遺跡は何かがおかしい。何か嫌な予感がする。一度撤退して慎重に……フェルン?」

全ての箱を開けて中身を確認したフリーレンは、食べ物の強烈な香りの充満した部屋で異常を察知し振り返る。良く考えれば遺跡の宝箱に食べ物が綺麗に何か分かる状態で入っていることなどあり得ない。間違いなくこれは“餌”だ。人間を誘い込むための。

……しかし、既に一歩遅かった。

むぐっ…あむっ、はむっ……んごくんっ

「ふぅ……どうしましたかフリーレン様。食べないと私が全て食べてしまいますよ……?けぷっ」

地べたに座り込み、最初に開けた宝箱の奥へと手を伸ばすフェルンは、その宝箱にぴったり入るサイズだった大きめのショコラケーキを手づかみで取り、口へと運んでいる。

指には体温で溶けだしたチョコがべっとりと付き、溶け気味のケーキを口に運んでいるのもあって口周りはチョコレートでコーティングされていた。

既に手遅れだ。

「フェルン、帰ろう。ここはマズい」

恐らく宝箱の中から香るそれは食べ物の香りに擬態させた一種の精神操作魔法。嗅覚から人を狂わせる類のものだ。

それに加えて、目が霞んだフリーレンには一瞬それがショコラケーキではなく、何か蜜のような……ホイップクリームのようなものに映る。きっと視覚にも作用するのだろう。強力な耐性を持つフリーレンですら、それをスイーツや料理に空目するほど。そして一瞬現実に引き戻されてもまた、それが再び美味しそうな食べ物に見えてしまう。

「マズくありませんよ、とても美味です。あむっ……むふぅ…フリーレン様も一口、げぷっ…食べませんか?はむっ……」

気づけば両手にケーキを持っては喋りながら食べ続けるフェルンがいる。話が噛み合っていない。

止めなければ、止めなければ止めなければ止めなければ食べなければ。

「……そうだね。まだ昼食も食べていないんだった。魔物を討伐する前にしっかりお腹を満たしておこう。あむっ……んぐっ、はむっ……」

遺跡に響いていた二つの足音は、いつしか二つの咀嚼音へと変わり、遺跡奥の小部屋から荒い鼻息と太いげっぷ、時おり会話のような声がする。だが、それを聞く者は他にはいない。

「あむっふぅ……このパンケーキ、げぷぅぅぅぅ……蕩けるような甘さですよ…ふぅ…♡いくらでも食べられまふ…♡あむっ、げぶっ」

「げぶぅぅぅぅ…フェルン、あんまり急いで食べると、すぐになくなっちゃうよ♡もっと味わわないと…♡あむっ、うっぷ、ふぅぅぅぅ…♡」

ブチブチブチッ…ミチミチミチィ……

「むふぅぅぅぅぅ……♡もうお腹一杯で……でもまだ食べないとぉ…♡あむっ、こ、これ、宝箱もウエハースで出来ていて食べられまふよぉ…♡ぱりっ、むふぅーっ♡全部食べないと勿体ないでふね……♡あむぅ……はむっ……げぶぅぅぅぅぅぅぅ♡」

「私ももっと食べないとね……♡あぁぁぁぁぁむっ……ふぅぅぅぅ♡んごくん……口いっぱいに食べ物を詰め込むのって、こんなに気持ちいいんだ……ごぷぅぅぅぅぅ♡」

ブチブチブチィ!!!!

………………。

「うっっぷぅぅぅ♡はぁ…完食したね……げぶふぅぅぅぅぅ♡お腹いっぱいだ…♡

フェルン、起き上がるから、ちょっと手、貸して……んぐぐぐぐぐ……うはぁ…」

「ぷふぅ……私も、もうお腹が破裂しそうなくらいいっぱいで……げぶっ♡少し休憩を……」

「あれ……フェルンってそんなに丸かった?ぐぷっ、食べ過ぎだよ……もっと量を考えないと………げぷぅぅぅぅぅ♡」

「フリーレン様こそ太りすぎですよ、うっぷ、私よりも沢山食べてました……ふぅ♡」

石畳の上に散乱するのは、ウエハースのカケラと化した宝箱の残骸が僅かと、食べかすの少々。他の一切は綺麗さっぱり平らげられ、小部屋に広がっていた宝箱の山は、床に横たわる二つの巨大な袋へと押し込まれていた。その姿は……。

衣服を押し上げ、ベルトを下乳までずらしながら突き出た巨腹。臍は何処までも続くブラックホールのように深さを伺わせ、腹全体は呼吸の度に膨らんでは若干凹みを繰り返す。太り気味やぽっちゃりという言葉では到底足りない。かといってデブや太りすぎというのでも形容しきれぬほど、膨らみ太った身体は細身の若いエルフのものだったとは思えぬくらいに膨張していた。

饅頭ないしは風船のような腹、タイツを破りながらブクブクと皮下脂肪を蓄えつつある大木のような脚。食べかすを付けたままの頬は中に何も食べ物が入っていないはずなのにパンパンに膨らんでおり、顔までしっかりと肥満体と化している。

そしてそれは視線を向ける先の弟子の身体も同様だった。

ぶくっ、ぶくんっ!!!

ミチミチミチッ、ミチミチミチミチィ!!!

と、互いに手を伸ばしながら起こし合おうと試みている最中、身体の奥からまるで爆弾が弾けたかのような衝撃を受け、両者は戸惑う。膨らむ。いや、太る。

胃袋にはち切れんばかりに詰め込まれた食べ物が、急速に養分として身体に吸収され、脳の栄養や筋肉としてではなく、紛れもない贅肉、脂肪として全て変換され蓄積されていく。

太る。凄まじい速さで。

下乳の下敷きになっていたフリーレンのベルトはギチギチと音を立て、下半身を覆っていたタイツも伝線のスピードを速めていく。

……だが精神操作は未だ解けず。

「うっ……!げぷっ……身体が膨らむ……!ごぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ♡♡♡」

爆音のようなげっぷを溢しながら、太り続けようとする自身とその隣に横たわる弟子/師匠を見ることしかできない、そのはずだった。

「……んくんくんっ……この匂い、フリーレン様…もしかして」

「むぐぐぐぐぅ…行かないと…もっと食べに…♡」

「ですね…♡もっと甘いものが食べたいでぶぅぅぅぅぅ♡」

起き上がれなかったというのはどこへやら、麻痺しかけた嗅覚を更に刺激する匂いが遺跡の更に奥の方から漂い始め、二人を誘う。その魔力は恐ろしく、200kg近くまで太った二人の身体を自力で起き上がらせて歩ませる。

どぷっ、どすんっ…どすんっ、どすんっ、どすんっ!

「この匂い、なんだろうね…ぶふぅ、ふひぃ…」

「ぜふぅ……揚げ物や砂糖菓子の匂いがします…♡はふぅ……」

ブクブクブクッ…ブヨッ、ドプンッ!

どすんっ……どすんっ……どすんっ……

「ぶふぅ……フェルン、横並びだと身体がつっかえて、苦しいから、下がって……んふぅ……♡」

「ブリーレン様こぞ……太りすぎでぶ……弟子に道を譲って、ぐだざい……ぶはぁ…♡」

ブクブクブクブクブクッ!!!ドプボヨンッ!!!

「むぶふぅ……はやくたべだい……♡からだがおもいよ…んぐぶぅぅぅ……たべるためにがんばらないど……♡」

「ぶふひぃ……ぶひゅぅ……わだじ、おなかぺこぺこでふぅ……♡いまなら、いくらでもたべられぞうで……♡」

せいぜい200kg近くに見え、巨腹を携えていた身体は廊下を匂いを追って進むたびに消化吸収を異常な速度で行い、一歩、また一歩踏み出す間に肥える。

肥えて、肥えて、肥えて肥えて。パンパンだった腹はブヨブヨな脂肪の山へと変換され、毎分数歩しか進めない贅肉まみれの超巨体へと身体は変貌する。

ただ立っているだけなのに、ふくらはぎの肉が地につくほどの超肥満体。

その身体が匂いを追ってようやく辿り着いた先には、遺跡の壁の隙間から差し込む日光と目を疑う財宝の山。夕暮れ前だ。これで魔物を討伐すれば、おまけにここの財宝も持ち帰ることができて全てが丸く収まる。だが、その財宝の山々の手前に、あるものがぶら下がっていた。

触手。ホースのような管。おそらく魔物が発しているであろう匂いはこの管から発せられており、そこからボトボトと流れ出る濃く、粘性の強い液体は強く強く少女たちの関心を引く。

抗う術など当になかった。既に魔物の術中なのだ。

どっぷんっ……どっぷんっ……どっぷんっ……♡

「うぶぅぅぅ……♡美味しそうなジュースが出てますよ、フリーレン様ぁ♡んごくんごくんごくんごくん……♡ぶはぁぁぁぁ…♡飲み切れないくらいたくさん……♡んちゅ、ごくごくごくごくごく……♡」

「ステーキ味の飲み物なんて初めてだ……♡んごぽごぽごぽごぼ……♡」

§§§

どれほど時が流れただろうか。日が暮れ、真っ暗な部屋の中延々と触手らしきものから流れ出る美味なる液体を吸い続ける時。眼前にあるはずの金貨や宝物の山には一切目もくれず、まるで“肥育されている獲物”のように二人の魔法使いは快楽の汁を吸い続ける。

やがて、朝が来ても、気温が上がり始めても。

「……ぐぷぅぅぅぅぅ……♡おいじい、おいじいよ……♡うっぷ、ぶふぅぅぅぅ……フェルンもこっちの飲みなよ♡こんな味のもの初めて飲んだからぁ♡ぐげぶぅぅぅぅぅ……♡」

「ぶふひぃ……♡飲みたいのはやまやまなのですが、身体が重くでうごげまぜん……♡ごぷごぷごぷごぷぅ……♡フリーレン様、身体が軽くなる魔法とかってありませんか……♡もっと飲んでも平気なように……♡げぶぅぅぅぅぅぅぅ♡♡♡」

蠢く肉塊が二つ。関節という関節が全て贅肉に埋もれ、本来段などない所に肉の段が形成された肉の山。尻から脚先にかけて、そして肩から手にかけてはチョココロネのような形状になるまで肉が積み重なっており、これまで着ていた服は破れに破れてもはや素肌を晒している。ソーセージのような指先からミトンのような手で握る魔物の触手は既に枯れる限界ギリギリ。おそらく魔物の方も2人してここまで太るとは考えていまい。

地面に着くほど突き出た腹はよりせり出すばかり。ウエストサイズを測ろうとしても大の大人が3人は必要な気さえ起こさせる。胸も本来はそこまで成長していないはずのフリーレンでさえ、たわわに実り爆発しそうだ。

そしてそんなフリーレンをも上回るほどフェルンは大きく、そして贅肉まみれにな……

「フリーレン!!!フェルン!!!うおおおおおおお!!!――閃天撃」

明かりの灯っていない同胞の目に光を齎す一撃。壁の隙間から差し込む日を反射する銀の斧。その一撃が、魔法使い二名の頭上で人知れず口を開き、今にも捕食を始めようとしていた肉食植物、植物型の魔物に振り下ろされ、斬撃が空を斬る。その斧を握る手は己が血で赤く染まり、肩や腕、脇腹、太ももには根によって負ったであろう傷が露出している。

脚は依然すくんではいるが、それは恐怖によるのではない。

否。魔物に対する恐怖ではなく、仲間を失う恐怖とそれに打ち勝ち痛みに耐えながら進んだことによる震えだ。

その震えが魔を裂いた。

そして。

音のない一閃。振り下ろされた斧を再び構え直すその猶予を以てしてなお再生を試みた魔物に、思考を上回る速度で放たれたゾルトラークが刺さり、細胞の悉くを焼き切った。

壁に空いた極太の穴、それを機に崩れ出す深奥の壁。そこから除く空は澄んでおり、潮風が遺跡内を駆け巡っては魔臭をかき消していく。

「はぁ…!んはぁ…!フリーレン、フェルン!無事か……?二人とも、どこに……」

本能がまま魔を断ち切った彼は、脅威が去ったのを直観し、振り下ろした斧をそのまま膝に手をついて息を整え始める。乱れた呼吸のまま、途切れ途切れに仲間の名前を呼びながら。

「んぶふぅ……シュタルク…ありがとう助けてくれて…今回は私とフェルンだけじゃ魔物を倒せなかった……んげぶぅぅぅぅぅ…さて、この身体、ぐぷぅ……どうしようか…」

心拍を落ち着かせ汗を拭う彼の左耳の鼓膜を、どこか聞き覚えのある、それでいて全く聞いたことのないような籠った太い声が叩く。

思わず振り返ってしまう。その先に広がる光景に酷く動揺してしまうことなど思いもしないまま。

「ふりー、れん…?まさかフリーレンなのか!?!?どうして、そんなに…!そんなに太ってるんだよぉ!!??」

視界の四隅に収まりきらない脂肪の山、そこにある頬肉で満月のように丸くなりつつも見覚えのある顔に驚きを隠せない。

街の人々の制止を振り切り、突如街へ”根”を差し向けて住民を連れ去ろうとした魔物を切り崩しながら夜通しかけて仲間の下に辿り着いてみれば、そこには1日にして非現実的なほどに激太りを遂げた二人がいた。

そう、二人が。

「太ったなんて、今まで生きてきた中で今日初めて言われたよ…。んんん…でもまあ、シュタルクには助けられたからね。お礼の……んちゅ♡」

投げキッスというには些か不作法で、唇から音を出しただけの投げてはいないキッスが戦士に向けられる。

「(え、えっちなのか…いやえっちだよな……よく見たら、服着てないしこの身体めっちゃ柔らかそうじゃ……ごくんっ)い、いやいや礼なんて……!それよりフェルンは…?」

今度は赤面によって平然を装うにも無理が生じてしまった戦士は、欲望を抑えながら目の前の激太りしたエルフに問う。大事な仲間はもう一人いるのだ。

そして、その仲間もまた想像よりずっと近くにいて……

「ぐぷふぅぅぅぅぅぅぅ……♡シュタルク様、その……ありがとうございま……げぶふぅぅぅぅぅぅぅぅ♡」

先程とは反対側、右耳の鼓膜を叩くのは、フリーレンと同様、いやそれ以上に重く響く同胞の声…。

「え、ええええええええ!?!?」

§§§

コンコンッ

「フリーレン、入るぜ…?」

午前8時半。すっかり太陽は昇って、若さとは恐ろしいもので子どもたちの声が木造建築の外、街の広場から聞こえ始める頃。廊下から窓枠に至るまで塵一つない清掃の行き届いた宿屋の一室を前にして、彼は濡れタオルを手に立つ。

ノックをしても返事はない。彼女のことだ、きっとまだ眠っているに違いない。

「おーい、フリーレン、入るぞ…?」

ガチャ…ギギギギギ……

床の軋む音が彼の一歩一歩に合わせて生じる。この宿屋も街の一大事が落ち着いたことだし改築をしなければいけないんじゃないかと内心思わせる。掃除をすれば綺麗にはなるが、ガタが来ていることは確かだ。もし、規格外の出来事や来客があったらどうなるか。例えば…。

「んごごごご……ぶひゅぅ…んむにゃむにゃ♡……も、もう食べられないよぉ♡んごごご…」

「だいぶベタな夢見てるなぁ!?!?」

「んん……もうお腹いっぱいだってば……シュタルクぅ…そんなに食べさせないでよ…んげぷっ…んむにゃむにゃ…♡」

「食べさせてるの俺かよ!?!?…ったく、仕方ない、先にフェルンの方、行くか…」

入る服もない、寝られるサイズのベッドもない。宿屋の体重計では計測不能なほどに肥えた彼女は、夢の中でも飽きることなく食べ続けているようで、少し身体を揺すっても起きやしない。床に巨体を座らせたまま寝ているエルフを無理やり起こす気も起きず、大事な部分が見えないようにタオルケットだけかけて彼はその部屋を後にする。

ギギギ…ギギギ…

コンコンッ…

フリーレンの部屋を訪れた時より心なしか慎重なノック。中にいるのは自分と同い年の少女なのだから仕方もない。だが、これは当の本人から頼まれた事だ。

「フェ、フェルンさん、入りますよ…?」

「シュタルク様、おはようございます。すみません、手間を取らせ…げぷふぅっ…」

恐る恐るドアを開けると、待っていたと言わんばかりに食い気味の挨拶。開くドアの音にかき消されていなければ、語尾に溢れてしまったげっぷが彼にもろに聞こえてしまっていただろう。

「ん…?ああ、おはよう…、そ、その…顔、上げてもいい、かな?」

足取りは重い。フリーレンの部屋を先に尋ねて正解だった。なにせ彼女たちには着られる服がないのだから。既に起きている彼女も服を着ていないか、もしくはタオルケットを纏っているだけに近いはずだ。そして、一瞬彼の視界に入ったフェルンの姿は生まれもった一色で包まれていた。

「はい…では、身体を拭いてもらっても宜しいですか…?」

「う、うん…じゃあ、まずは腕から…」

ぶにゅっ…ぶにゅっ……ぶにんっ……

皮下脂肪で全身くまなく肉の段を作った肉の山の中でも、二の腕の肉はかなり発達しすぎている。彼は脇の下から肘まで全てを覆っているそれを、手で鷲掴みにして持ち上げ、汗を拭く。

表面を拭くだけなら何の問題もない。ただ、視界の縁にちらちらと映る胸に、罪悪感を伴いながらも内心興奮しかけていて、真っすぐ立っているのがようやくだ。

そして、ここからが難関である。

「……フェルン、腕上げてくれるか…?脇、拭いてくぞ…」

「……はい。んっ、んはぁ…んっ……」

一日にしてかなりの肉塊まで太った身体に、それ相応に筋肉があるはずなく、自分の腕を上げるだけの力もないため、腕を上げることを頼みながらも結局はシュタルクの力9割で腕を上げさせる。途端、鼻を突くような強烈な蒸れと臭い。贅肉によって密閉されながらもその間汗をかき続けた脇は、少女のものとは思えない刺激臭を放つ。その臭いは思わず口をついて出るほど……。

「うっ、くさっ!!!あっ……」

本能が思わず表に出てしまった。こうなると相手はただの肉塊に留まらない。怒れる肉の山。

「……シュタルク様、そこに座って下さい。」

「い、いや、今のは咄嗟に出ちゃったというか……そ、そう!冗談!!」

「……冗談でそういう事を仰る方だったのですね」

「えっと……ご、ごめんなさい!!臭くないです…!」

「……いいから、座って。そして潰されてください。」

眉間にシワを寄せるほどの激怒。魔物討伐の功労者を讃える様子も身体を拭いてもらうようお願いする様子もなく、ただ彼を本気で尻の下に敷こうとする意志をむき出しにする。

一方で彼は逃げようにも逃げられない威圧感をひしひしと感じていた。

……ガコンッ!!!!バキバキバキッ!!!グシャドガンッッッ!!!

建物全体を崩すような轟音を聞くまでは……。

思わず二人の間に流れていた気まずさが吹き飛ぶ。

「今の音、フリーレン様の部屋の方からですよね……んふぅ…私は立てないので、シュタルク様、見てきてください」

「わ、分かった!……フリーレン、大丈夫か!?」

廊下に出て走る彼は、既に掃除したばかりのそこが土埃やら木の破片やらが散乱しているのを片目にだいたいの想像を効かせながらフリーレンの部屋に駆け込む。危うくそこに空いた巨穴に落ちかねない速度で。

「ふ、フリーレン!?!?えええええ!?!?」

「シュタルク~、んぶふぅ…暗いよ~怖いよ~……んぐぐぐぐ……起こしてぇ~」

宿屋の2階から床を突き破り1階へ、そして落下の衝撃で1階の床さえも突き破り、地下のビール貯蔵庫へ落下したそれは、皮下脂肪で四角くなった巨尻を衆目に晒しながらブヨブヨと震わせて救助を求む。他の宿泊客や女主人、ひいては衝撃を聞きつけた街の住民たちの視線などお構いなしに。

「あ、あの……英雄ご一行様…街の窮地を救ってくださったのはとても感謝しているのですが……その、こ、この破壊行為は一体……修理はお願いできます、よね……?」

「シュタルク~~起こして~~」

1階へと空いた巨穴を覗けば、下階から顔を覗かせた女主人の引きつった顔が見えてしまい、彼は言葉を失いかける。

「…………は、はい…なんか、すみません」

こうして、フリーレン一行の旅、もといシュタルク少年による超肥満女子2名の介護と彼女たちの世話に係る費用をなんとか工面する日々が始まったのだった。

………旅はまだまだ続く?

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