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煉瓦
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オメガバースでいじめっ子×いじめられっ子3(その1)

 高校二年生でβからΩへと変異した中野聡司は既に番を持っている。

 相手は同じクラスのα、屋敷昴だ。初めてのヒートの事故で番ってしまった彼らだったが、今は同じマンションの一室で暮らしている。クラスメイトたちはそれを知っていて、屋敷は度々Ωとの暮らしについて友人から聞かれることもあるようだった。


「聡司」


 二限目と三限目の間にある長めの休み時間、窓際の席に着いたままボンヤリと外を眺めていた聡司に声がかかる。目線をそちらへ向けると、そこには数名のクラスメイトに囲まれた番がいた。片手を軽く上げている。

 こちらへ来いということなのだろう、と聡司は席を立ち、屋敷のほうへと向かった。用があるならば向こうから来るべきだろうと思ったが、相手はαなのだから仕方がない。自分はΩで、彼に縋るしか生きていく術はないのだから。


 屋敷のいる集団に近づくと、その中から屋敷が一歩こちらへ踏み出し、聡司の手を取った。そしてそのまま引っ張られ、分厚い胸に抱き込まれる。


「あっ」

「な? 可愛いだろ?」


 聡司よりも頭ひとつ高いクラスメイト達は、屋敷のその言葉に笑い声を漏らした。βそのものの容姿である自分のような男に対してその形容はおかしいだろうと思っているのかもしれない。恥ずかしさといたたまれなさで聡司は頬を赤く染めたが、抱き込んでくる腕は緩まない。仕方なく屋敷の胸の顔を埋め、俯くことしか出来なかった。


「これか、噛み痕」


 クラスメイトの一人が俯いた聡司の首筋へと目をやった。そこには三ヶ月前、屋敷が付けた傷痕が残っている。何気なく伸ばされたクラスメイトの指先の気配に、聡司は寒気を感じて身をこわばらせた。


「や、やめてっ」

「おい」


 両手で首筋をかばい、ギュッと目を閉じた聡司の上から威圧的な声がする。

 屋敷だ。

 屋敷は聡司の肩を抱いたまま、不用意に傷痕に触ろうとしたクラスメイトへ向けて威嚇の様相を呈していた。フェロモンのように発されたそれは周囲の空気を凍らせ、関係のないクラスメイトにまで影響を与える。

 しかし聡司にとってそれは、自分を守ってくれる心地の良いものとして感じられた。安心し、ここに存在していられることを確約してくれるような好ましいものだった。

 だが周囲に悪影響を及ぼしているモノをいつまでも出させるわけにはいかない。聡司は意を決して首を覆っていた手を離し、その手を屋敷の腕へと添えた。


「昴くん、もう……大丈夫」


 ぎこちなく微笑んでみせると、鋭さを増していた屋敷の視線が少し和らぐ。屋敷は腕の中の聡司を見つめ、そろりと首筋に触れた。


「ん……」


 番に触れられる行為は心地が良い。先ほどの、クラスメイトのαに触られそうになったときとはまるで異なる気持ちを抱える。それは屋敷も同じだったのか、そうしたことで周囲の張り詰めた空気は呆気なく解けてしまった。


「屋敷、ご、ごめん」

「ああ」


 原因となったクラスメイトが我に帰ったように屋敷へと謝罪の言葉を告げる。屋敷はそれに対して鷹揚に頷くと、彼の肩を強めに叩いて再び鋭い目を向けた。

 次は無い。

 言外にそう示した屋敷を見て、聡司は形容のし難い安堵を覚える。そうしたところでようやく三限目のチャイムが鳴った。



 番になって三ヶ月が経ち、一緒に暮らし始めてから初めて迎えた発情期も終えた。もう聡司の体は隅々まで屋敷のものだというのに、彼はそれでもまだ満足していないようだった。発情期が終わっても毎日のように聡司を求め、体内で射精しないと気が済まないらしい。βから変異した聡司は子宮が未発達なため妊娠することはないが、やはり孕ませたいという欲求がそうさせるのだろうか。


 聡司がクラスメイトのαに頸を触られそうになったその日も、屋敷は家へと帰るなり聡司を抱いた。玄関で一度、そして居間で一度。ソファに上半身を乗せて床に膝をつき、後ろから挿入されて何度もイカされた聡司は、二度目の射精のあと、ようやく屋敷が体を離してくれたことに安堵する。陰茎を抜かれると、そこからは白い粘液がタラリと一筋垂れ落ちた。屋敷はそれを人差し指で拭うと、聡司の尻の穴へと押し込む。


「垂れてきてんぞ? しっかり締めておけよ♡」


 命令口調の言葉に対して語調は甘い。聡司はうんと頷き、ソファからのろのろと立ち上がった。風呂に入って体を清めたいと思い、許可を取るために屋敷を見上げる。彼は珍しく欠伸をしていた。


「……あー……なんか、すっげぇ疲れた。ちょっと寝てくる」

「あ、う、うん。おやすみ」

「おお」


 たった二度のセックスで疲れるなど、これまで無いことだった。今日の午前中、威圧的な空気を発したことで体力を使ったのだろうか、と聡司は思う。βとΩとしてしか生きてこなかった聡司にはαの体質はよく分からない。

 自室へと向かう番を見送った聡司はそれ以上考えることを止め、風呂に入るための準備を始めた。



 風呂から上がってキッチンで水を飲み、居間に置かれた大きなソファに腰掛ける。地元の名家だけあって、屋敷家が用意したマンションのこの部屋に置かれている家具はどれも高そうなものばかりだった。見た目も座り心地も良いこのソファもそうだし、ソファの前に置かれているローテーブルもそうだ。窓際に置かれた観葉植物など、月に一度業者が取り替えに来るのだから意味が分からない。会社ならともかく、ここは単なる住居だというのに。

 と、そのローテーブルの上に無造作に置かれた分厚い紙の束に聡司の目が止まった。高級そうな厚紙が二つ折りになったものが数冊。白地に金の縁取りが施されたそれは、ドラマや映画でしか見たことのないものだったが確かに覚えがあった。


「お見合い写真、とか……」


 誰との、と言えばそれは屋敷しかいない。しかし彼はまだ高校二年生だ。そして自分という番がいる。

 ドクドクと鳴り始めた胸を押さえ、聡司は一番上に置かれていた一冊を開いた。


「…………」


 中の薄紙をめくると、そこには振袖を着て椅子に座り、にこやかに微笑む若い女性がいた。恐らく彼女も自分達と同い年か、そう変わらない年齢だろう。挟まれていた手書きのメモには、α、○○会社社長令嬢、と書かれていた。

 他の見合い写真も見てみる。中の写真はどれも正装したもので、中にはΩの男性のものもあった。しかし共通して言えることは、彼女ら彼らのいずれもが良家の子女子息だということだ。

 まだ十代なのに、と思ったが、自分も十七歳で番ったのだ。しかも屋敷は地方とは言え名家の三男だった。親は東京で会社を経営していて、手広く事業を行っていると聞いている。こんな地方都市でも上流階級の婚姻は早い段階から決めるものなのかもしれない、と聡司は認識を改めた。

 そう言えば、屋敷と番ったあと、家族の顔合わせとして一度会ったきりだったが、彼の一番上の兄も次の兄も既婚だった。長兄は二十九歳の会社員だが次兄は確かまだ医大生で、二十三歳だったはずだ。

 聡司は開けたままの一冊に目を落とす。そこには可愛らしい男性のΩが写っていた。


「生まれたときからΩなら、こんなに……」


 αの気を惹くためなのか、Ωは男女問わず庇護欲を抱かせる容姿のものが多い。背も低く、華奢だ。その容姿を生かして、Ωでは生きにくいと言われているこの世の中、芸能界に身を置くものもいるほどだ。

 聡司はふと顔を上げてカーテンのかかった窓を見た。立ち上がり、窓際へ行ってカーテンを開ける。よく磨かれたそれに映るのは、Ωに変異して多少細くなったとは言え、やはりβにしか見えない自分の姿だった。

 βだった頃から聡司は平凡な容姿をしていた。良くもなく、悪くもない。これと言って特徴が無く、人の記憶に残りにくい存在だった。出来るのは勉強だけで、運動などはからきしだ。だから女性と付き合った経験など持てないままここまで来てしまった。Ωに変異してしまった今となってはもう、聡司が女性を抱くことは無い。この先もずっとだ。

 そんな自分を、屋敷は何故番にしたままなのか聡司には理解できなかった。事故で番ってしまったのは仕方がない。けれど彼は聡司と番ったことを家族に認めさせ、こうして同じ家で暮らすことにしてしまった。

 それは自分が後天性Ωだからだろうか、と聡司は思う。後天性で男性のΩは優秀なαを産む可能性が高いと言われている。それが本当かどうかは分からないが、有名な経営者や世界的な賞を獲った学者の親が後天性の男性Ωだというのは度々聞く話だった。後天性の男性Ωなど、そうそういる存在ではない。なのにそういう話を聞く機会が多いのは、やはりそれが事実であるということなのだろう。


「…………」


 窓に映ったもう一人の自分を見つめる。βの頃とさほど変わらない外見だが、中身は随分と変わってしまった。性的なことには疎いほうだったのに、今では毎日屋敷に抱かれ、射精せずに絶頂することも覚えてしまった。そしてこの腹の中には子宮という孕むための臓器が育ちつつある。

 自分に求められているのは優秀なαを産むことだと聡司は理解していた。けれど屋敷は自分に好きだと伝えてくる。言葉遣いは乱暴だが、声は甘く心地良い。


 βばかりの家族や親族は、Ωに変異してしまった自分のことを気遣いつつも持て余していた。数少なかった友人達からも、扱いかたが分からないといった理由で遠巻きにされ、そのまま疎遠になってしまった。だから周囲にとっても、聡司にとっても、聡司が屋敷と番えたことは良いことでしかなかった。

 屋敷の言う好きだという言葉は、聡司の心に空いた穴を埋めてくれる。傲慢でこちらを見下してくる彼が聡司は嫌いだったが、彼無しでの生活は最早考えられなくなっていた。



 次の日の朝、聡司が制服に着替えてから居間へ行くと、屋敷は既に起きていた。週に何度か来ている家政婦が作り置きしておいてくれた食事を用意している。


「ごめんなさい、僕がやるから」

「いや、もうこれで終わりだから良いよ。食おうぜ」


 ここでの生活の全ては屋敷家が払っているため、聡司は食事や洗濯などは自分がすることに決めていた。だから慌ててそう言ったのだが、屋敷は聡司に席へ着くように促す。


「う、うん……ありがとう」


 テーブルにつく前に、聡司はチラリとローテーブルへと目をやった。しかしそこに見合い写真の束は無く、綺麗に片付いている。

 目線を戻して席に着くと、向かい側の椅子へと屋敷が座った。


「あれ、見たのか」

「えっ?」

「昨日、あのテーブルの上に置いてただろ?」

「あ、ああ、うん……」


 うつむいたが誤魔化せそうもなく、仕方がなく頷いてみせると屋敷はため息をついた。


「やっぱな。……まあいいや、お前には言っておくか。だいぶ先の話だけどな、大学卒業したら結婚すんだよ、俺。あのうちの一人と」

「……っ!」


 朝食の席で軽く話すような内容ではないのに、屋敷は軽くそう言ってのけた。テーブルに乗せた手が震えるのを見せたくなくて、聡司は膝の上に両手を戻す。


「相手はもう決めてある。高校卒業で婚約、大学卒業で結婚、って流れだな」

「…………」

「話はつけてあるから……聡司?」


 心臓の音が大きくなり、聡司は屋敷の言葉を聞くことができなかった。そんな聡司の様子を不思議に思ったのか、屋敷は聡司の名を呼んだ。


「あ、う、うん、分かった」


 弾かれたように顔を上げた聡司は曖昧に笑い、承諾の答えを返す。自分の役目は大学卒業までの期間限定なのだ、と必死に理解しようとした。それまでに屋敷の子供を産み、その後の生活の目処をつけなければならない。けれど、具体的にどうすれば良いのかなど聡司には全く分からなかった。


「そ、そのときが来たら出ていくから、心配しな……」

「はぁ?」


 分からないなりに必死に出した返答を、しかし屋敷は大きな声で遮った。驚き、呆れたような声を出した屋敷だったが、驚愕したのは聡司のほうだ。まさか、結婚したあとも聡司を囲うつもりなのだろうか。


「出て行くとか何言ってんの、お前。お前は俺のもんだって言ってるだろが」

「で、でも」

「うるせぇ、黙れよ」


 屋敷は不機嫌を隠すこともなくそう言うと、無言で朝食を摂り始めた。どういうつもりでいるのか聞きたかったが、とても聞けるような雰囲気ではない。αの威圧を感じ、Ωの聡司は涙をこぼしそうになりながらも、それを必死に耐え忍ぶことに集中した。

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ありがとうございます 大好きと言ってもらえて嬉しいです

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初めまして。 大好きな作品です。でも涙出ます、結婚しないで~。


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