断片の話
Added 2019-02-08 05:25:34 +0000 UTC丁寧語抜いて日記書いてるけど、これはですます付けたりそれに合わせて校正してると疲れて日記書かなくなるんじゃ・・・って思ってのことなの。
自分でも読み返すと「うわっこいつ機嫌悪いのか?」って感じるけど何卒お許しを・・・文章書くの苦手なもんで。機嫌は良いよ。
慣れてきたら丁寧語交えていこうかなと思います。
編集のために昔描いた絵を見返すと、「どうやって描いたんだろう」と思うことがある。
思うことがある、というか常々思う。
その時自分が描いたという記憶は確かにある。けれど、手段だけがぽっかりと欠落してしまっているんだ。
一年前とかのものもそうだけど、一月前とかでももうわからなくなってるものもある。
堅い言い方をしちゃったけど、つまりそれは「あの時描けていた背景が描けない」とか「ポーズを取らせられない」みたいなこと。
描けたことのあるものを描けないというのは中々に焦りを感じるもので、それは時に停滞や後退といった単語で頭を埋め尽くしてくる。
私自身今回そういった思いがよぎった。
絵を描く時に昔の自分の絵を見て、似た雰囲気にしようと「補正」をかけることもあるのだが、いくらかけようとしても焦点が合わない。
一度手の届くところに置いたはずのものが、蜃気楼のように掴み所が無くなる感覚…。
私が努力を怠ったからか?能力不足か?
いや、力不足と結論つけて終わらせることは簡単だ。おそらく間違いじゃないことだし…。
でもそれじゃ、消化はできても解決はできない。
今と昔を見比べ続けると、浅いなりに答えを見つけることができる。
欠けるように失った能力にばかり目が行っていたが、じわじわと成長している部分も多くある。
むしろ総合的に見れば良くなっているのは間違いない(自分の中では)。
記憶は残酷なもので、覚える時はにじり寄るように積み重ねていくのに忘れる時は一瞬。
少し衝撃が加われば、作りかけのジグソーパズルをトンと叩くようにバラバラと落ちていく。
それでも落ちたピースを拾ってまた埋め直す。私達はパズルの完成を夢見てるから…。ただ中々どうして、前と同じようにはめ込めはしない。
だから昔できたことが今できなくもなるし、昔できなかったことにあっさりと手が届くこともある。だから道をそれていってるんじゃと思っても悩まないで今描けるものを描いていくのがいいんだろうなあ。
描いた絵を本として一纏めにすることは、そういった断片…フラグメントになった過去を可視化する儀式なのかもしれない。
そう思いながら作られた、新刊「fragment」。
明日会場にいらっしゃる方はお立ち寄りいただけると嬉しいです。
中身は普通のイラスト本だよ。ここで話してるような深刻さとか小難しさとかは無いし、明るい本。
雪降るらしいけど電車止まらないといいなあ。
Comments
あのイラストにはそういったのも含まれていたとは…。 うむ、自分の成長できている部分が分かるようになるのは いいことだ!欠点を気にしていながらも冷静に成長点を 理解ししっかりと前に進む、さすがですね!
創造神司
2019-02-09 14:43:48 +0000 UTC