Loser dog~深夜の負け犬ファイト~2-1
Added 2020-05-05 02:23:38 +0000 UTC●
前回から間が空きましたが、過去作の投稿となっております。引き続き豪太と蓮の話です('◇')ゞ
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あくまで練習と称した豪太と蓮のボクシングの対決が終わり……、それ以降も時折、格闘技ジムの名残を残した廃墟のリングにて、蓮が豪太から教わる名目にて、ボクシングのスパーリングは続けられた。
最初こそ、格闘技全域にまで広がる蓮のセンスの多大さ故に、ボクシング経験者である豪太が逆に倒される結果と終わったが、寧ろ最初にルール無用で殴り合ったときと同様、蓮の動きに目が慣れてきた頃には、ボクシングのルールの上で蓮を倒すこともままにあった。
●
(………………)
そして昨日も、自分はダウンを奪われた。
決して豪太が自分に何かを教えるような余裕は与えなかったとはいえ……、蓮は豪太との力が拮抗していることにすら満足できず、その状況をよく思ってはいなかった。
豪太に負けるということ自体が論外、そして豪太と対等であることも、だ。教えるという建て前ながら……、負けず嫌いはお互い様で、今では向こうは明らかに本気でいる。
そして豪太に負かされれば、それだけ向こうがつけあがるような気がして、なるほど我慢ならなかった。
……こちらを初心者と甘く見て、それでいて敗北した豪太を思い切りバカにして、上から見下ろすことが出来たのも束の間。向こうも流石に経験者か、今では殆ど対等になってしまった。
その実、ボクシングなんてどうでもいい。自分に特別向いているとは思わない。ではスパーリングをやめるかと切り出そうとしても……、それでは、そもそも豪太と会う機会自体を減らすことになってしまう。
……もっと、屈辱的な何かで豪太を下し、圧倒的な力の差でその心をへし折って、コイツを自分の思い通りにしたい。
蓮は腹の下で、悪気なくそんな悪巧みをしていた。
●
夜 豪太のマンション。
「うっし、っ、! ……ぅぉっ!?」
「…………」
冷えた缶ビール片手にテレビを凝視し、一喜一憂している豪太。その隣で、蓮は不満そうにつまみのスルメに手を伸ばしていた。
「ちっ……、カウント遅ぇだろ、くそっ……」
「……豪太さーん、ヒマなんすけどー。アンタの大切な飼い主ほっぽりだして、一人で何見てんすか~」
口の端からスルメを覗かせつつ、声をかけても、豪太は反応して声を出す程度でこちらを見向きもしない。
殆ど無視だ。豪太をからかいに来たはずが、蓮は自分から豪太を奪ったテレビを憎たらしそうに睨み付ける。
豪太が先ほどからずっと釘付けになっているのは、豪太が応援しているプロレス団体の試合だった。
本人が幼い頃からプロレスの大ファンだということを蓮が知ったのは、蓮が豪太の家に来始めてから数日たった頃。
いつも自分が来た時には落ち着いて訝しそうにしているくせに、いざそれを見始めればとりつかれたようにテレビにかじりつく。
その間は言わずもがな、自分をないもののように扱う為、プロレス番組の時間の間、蓮はずっと苛立ち続けていた。
いつの間にやらテレビはCMを流しており……ふと、豪太が空になったビールの缶を握り潰して立ち上がる。
真顔に戻った豪太に気が付いて、そこで蓮はふと顔を上げた。
「! ……終わったんすか?」
「あぁ? まだ前半の一試合だけだ。見てなかったのか?」
「…………」
豪太は冷蔵庫から新しいビールを取り出し、ぷしゅ、と栓を開ける。
……いい加減、我慢の限界だった。それを尻目に、蓮は小さく舌打ちすると、当てつけるように座っていた座椅子を蹴って立ち上がった。
「……くだらねぇー、帰る」
「おう。……ぁー、くそっ、また……。」
おう。ただそれだけ。CMの終わったテレビにまた釘付けになって、帰り支度にリュックを掴んだこちらを見もしない。背を向ける蓮は静かに手を震わせ、額に筋を立てた。
プロレス。あんなものが自分への関心を軽く凌駕している。燃えるような勝負事が好きだというなら、自分とあれだけ本気で殴り合ったくせに、何で飽きもせず……。
考えれば考えるほど、何もされていないのに強烈な敗北感に襲われ……、途端に蓮は顔をしかめて牙を剥き、豪太へと掴みかかった。
「……おいっ! 俺が帰る、つってんだろ! ちゃんと玄関まで見送れよ!」
「っ! うるっせぇな! んださっきから!」
豪太にしてみれば、突如掴みかかられて訳がわからないのだろう。
こぼしかけたビールをミニテーブルに置き、背後から組み付いてくる蓮に対し目を丸めていた。
呆気に取られている豪太に対し、蓮はむくれたようにじとりと睨みつけた後……、その気を引くべく、いつものように意地悪い顔で挑発を送った。
「……はっ、いい年してプロレスに夢中なんてガキっすね~、後輩の前で恥ずかしくないんすか? 自分が弱いから憧れもってるとか?」
「あ!?」
「……お。やるんすかぁ? いつもみたくボコボコに」「あー……、くっそ、届いたかよ……」
……蓮がどこか嬉々として拳を構えて見せた時、しかしよく見れば、豪太は自分を見てすらもいなかった。
テレビから熱狂した実況の声が響いてくる。それで、豪太の意識は百パーセント蓮から離れてしまった。呆然として固まった蓮に肩を掴ませたまま、豪太は再び固唾を飲んで試合の行方を睨んでいる。
「…………おいっ! 偉そうに無視してんじゃねぇよ!!」
「んだよ、さっきからうっせぇな! 偉ぶってんのはいつものテメェだろうが!」
たった一秒。豪太は怒声を向ける為、しかも黙らせる為にこちらを向くも、すぐにプロレスへと向き直る。
その態度に蓮はまた唖然とした後、握った拳を震わせて俯いた。
……殴るか? いや、こうなったら、自分の相手をするまででも引っ付いてやる。蓮は決め込んで、豪太の背中を睨みつけた。
「…………やっぱ、今日泊まってく。布団出せよ」
「あぁそうかよ。なんでもいいから静かにしてくれや」
「……っ……」
見事な空返事だった。蓮が鋭く睨み続けても、豪太は全く動く気配はない。
やがて、これ以上はどうしようもないと悟って、蓮は拗ねたように立ち上がった。舌打ちして、部屋の奥の押入を開け、慣れたように自分の分の布団を取り出し始める。
無関心。あれほど悩んでいた蓮への対策を、豪太は無意識にして痛烈なほどに実施していた。
●
結局、休日前で家に乗り込んでも殆ど豪太に放置されたまま、朝に目を覚まし、豪太の作った朝食を食べてから帰宅。蓮は机の上でうなだれていた。
豪太といる時間も、あぁなってしまえば退屈だし、それ以上にムカつく。
豪太とは、もう何度もリングの上で勝負した。少しでも逆鱗にふれてやれば面白いように怒りだす。それを真っ向から見下し、叩き潰してやるのが面白くて仕方がない。
逆に、豪太に少しでも優位をとられたと思うと、それが当人が知ってから知らずかはともかく不愉快極まりなかった。
このままでは……なんとしてでも、主導権を握り続けたい。……絶対に手放すものか。
その明確な手段までは思い浮かばぬまま、蓮は悩み続けていた。
(あーあ、あんな奴らよか、俺の方がぜってー強ぇのに)
そもそもにして、どうして豪太があれほどプロレスに夢中なのか。
子供のころから好きだと言っていたし、もはや何かをこじらせているとしか思えなかった。ボクシングを教えると言い出した時も、いやに先輩面しようとしているのが見え見えだったし。
「んなに強ぇ奴が好きなら、なんで俺のこと無視してんだよ……」
例えば。すぐ近くに、総合の元チャンピオンで、今も連勝を重ねている最強の男がいるのに。サインをねだってもおかしくないのに。
屈辱を与えるのは簡単だ、そいつの得意な分野でねじ伏せてやればいい。アイツに初めて会ったときにもそうしてやった。こちらから機嫌を取るなんてまっぴらだ、アイツを独占するのに、わざわざこちらが折れるなんてしたくはない。
前だって、得意さをひけらかしていたボクシングで叩きのめしてやったばかり。……それも束の間だったが。とにかくよほど自信があったのか、そんなアイツをボクシングで倒して犯すのは得もいえぬ快感で、中々からかいがいがあった。
……! その時。蓮は思いついたようにすくと顔を上げた。
●
「はぁ……はぁ……、んぐ、……んぁ……ぁぁ……っ!!」
熱気の浮かぶ、二人きりのリングの上。
その中央で、決して逃さぬよう体を密着させ、力ずくで自身に張り付けにする。キャンバスの上を動き回る二人の肉体からは汗にまみれ、体温と闘志が沸騰しているかのようだった。
だが、それも今や傾いている。互いの腹筋をすりつけ、豪太の腰を絶妙な力加減で締め上げていく。
蓮に抱き締められ、ベアハッグに巻き込まれた豪太は痛みに顔を歪ませていた。腰と筋肉が軋み、上と下がバラバラになるような感覚にひたすら堪え続ける。
自分の力加減一つで、豪太の顔が緩んだり、痛々しく歪んだり。
その様を間近で見て、さらに腕の力を強めながら、蓮は喜々として笑った。
「ねぇ、この技どうっすか~、効いてます? 苦しいっすか~?」
「がぁ……、ぐぅ……、っ、まだ、まだ……!」
蓮がさらに力を込めて豪太の肉体を締め上げていったところで、予想通りでなかなか諦めようとはしない。だが、どうあがいても抜け出ることは絶望的だろう。
折れるのが心か骨か、ここまで体が逸れれば呼吸だって満足にはできない筈。どちらにしても時間の問題だ。それが分かるからこそ、蓮はいたぶるように力の緩急をつけ続けた。
ギシッ……ミシッ……。
「ぐああぁぁ……、がぁぁ……! んぁ……ぁぁ……ぁっ!!」
「そろそろギブしたほうが身の為っすよ? いつまでやったって、吸血鬼のこの俺に、アンタなんかが敵うわけないんだからさ?」
「ざ、けんな……、く、そぉぉ……っ……! っ……、がっ、あああぁぁぁっ!!」
「往生際悪いっすね、豪太さん。これでどうっすか~?」
豪太の悪あがきを目の当たりに、蓮は嗜虐の笑みを強めると、一思いに腕に力を込めた。
人間離れした腕力に抗う術もなく。豪太の体に回された腕が、一際固く隆起する。豪太は体をのけぞらせてまで粘り強く耐え忍んだが、ついに、震える指先で蓮の肩を叩いた。
「う、ぁ……、あぁっ……!! ギ……ギブ……っ! た、頼む、蓮、もう……!」
ついにはタップして、悔しさと苦しみで顔を歪ませた豪太の口から、降参の言葉が絞り出される。
……だが、蓮はその姿をしっかり確認して尚も、その姿を鼻で笑うばかりで、豪太をベアハッグから解かなかった。
「はっ、やっぱ無理っすね~」
「ぐあぁぁっ……! れ……、蓮……?」
豪太の降参の言葉を聞いて尚、蓮はさらに力を込め続けた。続けて肉体を折りたたまれるような圧力に晒され、豪太はまた呻きを漏らして悶絶する。
驚異的な力でもって蓮に抱き潰されていく最中、豪太は戸惑いを目に浮かべ、涙ぐんで蓮を見つめる。
「離して欲しいんなら……、「あの時無視した俺が悪かったです、もう無理なんで許して下さい、蓮様」って言ってくださいよ?」
「っ、だれ、が……」
「ホラホラ、時間ないっすよ? 俺が本気だせば、いつだって……ふんっ!!」
「があああぁっ!! ぐっ……、れ、ん……! はな……せぇ……!! うがぁぁっ……!!」
蓮がさらに豪太の胴を引き絞り、豪太の悲鳴が上がる。突き出された大きく膨らむ胸筋も、密着したより強固な蓮の胸筋によって潰されていった。
「んなこといってていいのかなぁ~、あんまり俺怒らせると……背骨砕けちゃいますよ?」
「ぐああぁぁ……っ……!! がぁ……、はぁ……はぁ……! ああぁ……!」
熱気を帯び、汗ばんだ体同士が擦れ合い、リングに豪太の引きずるような悲鳴が響く。
軽くない豪太の体重を抱きしめ、支え続ける蓮も流石に少し息を乱していたが、その人間離れした体力と腕力は、いまだ緩むことなくに豪太を襲い続けていた。
そして、そんな蓮のベアハッグに捕まり続けている豪太は、既に体から力を抜き、されるがままになって意識を手放しにかかっている。
「ホラ! 死にたくなけりゃ、さっさと謝れよ、負け犬!」
「っ……はぁ……、はぁ……! ……お、俺が、悪かった、です……」
自分の腕の中でぐったりとしおれた様子の豪太が、自分に屈服し、逃れたいが為に懇願するように言葉を漏らし始める。
とてつもなく、優越を感じた。鋭利な牙を光らせた笑みを浮かべ、蓮はさらに豪太の体を揺さぶり、その続きを求める。
「くははっ! みっともねぇなぁ!! ……オラ! 許して欲しかったら、もっと大きい声で言えって!」
豪太の苦しげな呻きの変化に面白そうにして、蓮はより腕をくい込ませていく。
心身ともに限界に追い詰められた豪太は、それでも蓮のその態度に不愉快そうに目を絞ったが、それも表情のみで、よもや抵抗する力は残されてはいなかった。
「っ……、て……、テメェ……、調子に……!」
「……あぁ? 雑魚のくせに、俺に対する口の聞き方なってないっすねぇ~? ……うらあぁっ!!」
「ぐはぁっ……、がああぁぁぁぁ……っ!!」
豪太の反抗的な言葉を機微に感じ取っては、蓮の怪力の前に豪太の肉体は圧搾されていく。
詰まった息を吐き出し、野太い声で悲鳴を上げる豪太を、蓮は遠慮なしに責め続けた。
「オラァッ! アンタが言わないと終わらねぇっすよ!? それともこのまま体ぶっ潰されたいんすかっ!?」
「……わ、……わかった……! ……はぁ、……はぁ……!」
「ホラ、さっさと言えよ!」
「……があ、あぁぁっ!! ……もっ、……もう、限界なんで……、許して、下さい……っ! 蓮、様……!」
「えー、仕方ねぇな~、豪太さんは」
豪太の顔が悲痛に歪み、情けない声をこぼしながら、自分の肩を叩いて何度も許してくれと懇願してくる。
蓮は肩をすくめ、ようやく手を放し、豪太の体を解放した。
「ぐ……、ごほっ……、はぁ……、はぁ……」
「ま、俺に勝てるわけないし、当たり前っすけど。
じゃ、さっさと立って下さいよ」
「っ!?」
長く続いたベアハッグのダメージは深刻で、支えを失い間もなくしてキャンバスに崩れた豪太に対し……、蓮はにやけつつそう迫った。
豪太の目の前が真っ黒に染まる。蓮は残酷に「プロレス」の続きをせっついた。
「好きなんすよね? プロレス。俺を無視するくらい。だったらまだまだ遊び足りないっすよねぇ……?」
「あ……、あぁ…………」
「ホラ、立たないんなら、またベアハッグかけますけど?」
すでに気力も肉体も限界。その目にはすっかり恐怖が差し込んでおり、抵抗が返ってくることもないだろう。蓮はそれを見越したうえで、豪太に続きをせがんでいた。
「さ、豪太さん。続けましょうか、プロレス」
「っ……! ……こ、の……バケ、モンが……!!」
ドガッ! ドゴォッ!
ギシッ……、ギィ、ギィィィ……ッ!!
ドゴオオオォォ……ッ!!
……それからも、豪太があれほど熱中していたプロレスの技で責め立て、苦しめていく。豪太の顔が悔しさで引きつり、屈辱で青ざめていくのを、それでもとめどなく技をかけつつ、悠々と見つめ続ける。
やがて、全身を痛めつけられた豪太がキャンバスに倒れ伏す。その背中を踏みにじって、蓮は腹を抱えて笑った。
「はははっ! 楽勝~! つまんないっすねぇ、豪太さん?」
「がはぁっ……!! はぁ……、はぁ……、れ、……蓮……、頼む、から……もう、これ以上は…………!!」
「ふは。プロレスでも弱っちいっすね~、あんだけ熱心に見てたのに。ねぇ、豪太さん?」
「…………」
「でも、まだ決着ついてないっすよねぇ? 俺、フォールとかする気ないっすけど?」
ぐり、と汗ばんだ背中を踏みにじって、蓮が豪太に軽薄な言葉を投げ落としていく。屈辱的な体勢から感じ入る蓮の体重に、し
かし豪太は大きく反抗することなく、静かに息を漏らすばかりだった。
蓮の勢いは止まらない。これ以上続けば、されるがままに甚振られ、潰されるだけ。この勝負の間に、豪太はそれを徹底的に躾けられていた。
「俺とまだ「プロレス」したくなけりゃ……、馬鹿なアンタでももうわかってますよね?」
「はぁ、はぁ……、……お、俺の、負けだ、蓮……」
ようやく、豪太が言う。蓮は満足したように足を退かした。
蓮がそっと豪太の背から退くと、眼下で、息を荒らした豪太が見上げてくる。
圧倒的な力の差を感じ、心が挫け、強者に屈服しきったその眼差し。それをこの手で痛めつけて成し遂げたのだと実感して、蓮は胸の奥がざわめくのを感じた。
……吸血鬼である自分が、獲物を見据えてむざむざ逃すようなダサいことはしない。しかも、コイツはタダの獲物ではない。
「俺が、悪かったよ……、約束通り、これからは俺を……、お前の好きにしてくれ……」
逆らうなら、徹底的に痛めつけてでも逃がさないし、優位も渡さない。ようやく自分だけのモノになったかと、蓮は舌舐めずりした。
●
…………。
そこまでで、蓮の想像は終わった。相当長い妄想だったが、ある意味では綿密に練られたプランだともいえるか。
結局は、それが一番手っ取り早いだろう。特に好きなもので痛めつけられて泣かせてやれば、自ずと向こうから懇願してでも引っ付いてくるはずだ。
となれば、早速実行だ。考えればいても立ってもいられなくなり、蓮はすくと立ち上がった。
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深夜。いつものジムの廃墟にて。
「……こんな時間に呼び出してんじゃねぇよ。ったく」
約束の時間丁度に、私服の豪太が現れる。蓮はそれを見つけると、にやりと笑みを浮かべた。
「どうしてもボクシングの練習を見てほしい」と言ってみたところ、豪太からの返事は早かった。日ごろから何かと先輩面したがっているのは見据えていたが、ここまですんなりことが運ぶとは思わなかったが。
馬鹿なことだ。自分に思惑があるとはつゆ知らず……、まんまとやってきた豪太を尻目に、蓮はさっそく着込んでいたパーカー、そしてシャツも脱いで、半裸になった。
「っ。何下まで脱いでんだ、お前……」
格闘家として完成された、しなやかな筋肉に覆われた、鍛え浮かれた体を晒す。
そして、下の短パンまでも脱いでいく。蓮は下着一枚の格好になると、軽く肩を回した後、得意げな顔で豪太へと顎を振った。
「豪太さんも、早く準備してリングに上がって下さいよ」
「……またスパーリングか? グローブ持ってきてねぇぞ。ていうかお前、ちゃんと基礎を……」
「いや、ボクシングじゃなくて、プロレス。タイツとかはないんで、フツ―に下着でいいっすよね」
「…………は?」
元々はボクシングの練習をということで呼び出したのだ、そんな話は寝耳に水だろう。だが、プロレスの響きに豪太が機敏に反応したのを、蓮は見逃さなかった。
蓮はロープを掴んで身軽にリングに上がると、ロープ越しに豪太を見下ろした。
「好きなんでしょ? あんなに見てたじゃん」
「プ、プロレス……、俺が、今から、か……!?」
動揺で豪太はごくりと唾を呑む。だが、否定しきらず、目の前にあるリングと、準備を終えている蓮とを見るともなく見つめていた。
「……だ、だからって、なんでテメェとプロレスごっこしなけりゃなんねぇんだよ」
「別にアンタとステゴロでやりあうなんて、今更じゃん。つーか第一テレビでやってんのが「ごっこ」じゃないって本気で思ってんすか?」
「……テメェとそんな議論したって意味ねぇだろ。さっきから何がいいてぇんだよ」
「あんなごっこ遊びの連中より、俺の方がぜってー強いんで」
「……あぁ?」
蓮のその言葉で、豪太は表情を一変させた。
聞き逃せないとばかりに食い入り気味になってまで、余裕そうな蓮を睨み付ける。
「テメェ、レスラーがどんだけ体力仕事かわかってんのか? いいか、プロレスラーってのは……」
「はいはい、そういうのどうでもいいんで。豪太さんがガキみてぇに夢中になってるそれでアンタのことボコってあげますから、早くあがってきてくださいよ」
指を立て、熱弁しようとした豪太を鼻で笑って、蓮は指を振って挑発する。
だが、怒りより戸惑いがまだ勝っているのか、豪太はしどろもどろとしてかかってくる気配はなかった。
「だから、なんで俺が……」
「だって俺、昨日でプロレスの技ほとんど覚えたんで~」
「……昨日で?」
……だが、何でもなく言い放った蓮お言葉で、豪太が一層怪訝そうに眉をひそめる。
だが、蓮はそれには気が付かず、得意げにロープに背を預け、レスラーらしく体を振って見せつけた。
「イメージは簡単でしたよ。よくわかんねぇけど。無意味に派手なだけっすね。所詮見せ物、つーか?」
「…………」
リングの上で、プロレスごと豪太を軽薄に笑う蓮に対し、豪太は次第に肩を震わせ始める。
プロレス。蓮が気軽な態度でそれを語り始めてから、豪太の感情に火が付いたのは明白だった。
豪太は明らかに怒気の混じった嘆息を吐くと、低い声色で口を開く。
「……テメェが馬鹿なのは前から分かってたけどな……、プロレスまで馬鹿にすんのは許さねぇぞ」
「いや、だから今は豪太さんよか知ってるし。豪太さんだってやったことないっしょ?
ボクシングもそうっすけど。俺、デフォルトで強いからどんなルールでも負けねぇんで。もうプロレスなんて見たくなくなるぐらいボコってあげますよ、アンタの事」
これも、テレビで覚えたことだ。蓮が親指で喉を掻っ切る真似を見せる。同時に、豪太はリングへ飛び乗っていた。
服を脱ぎ、リングの外に投げ捨てる。豪太も相対する蓮同様の格好になり、その堅牢で筋肉質な肉体を見せつけた。
総合のチャンピオンになる夢はもとより、趣味まで汚された怒りと、「プロレス」に対しどこか期待を浮かべているのだろう
か、興奮気味になっている豪太に対し、蓮は冷ややかに鼻を鳴らす。
「……いい度胸じゃねぇか、ただの殴り合いならともかく……この俺にプロレスで挑むとはな」
挑発的に指を鳴らし……、ふと、豪太が笑みを浮かべる。その予想以上に好戦的な態度に蓮はすこし首を傾げた後、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
「オラ。やるなら、さっさとやんぞ」
「……やる気になったならいいんすけど。あんまつけ上がらないでくださいね? 総合でもボクシングでもプロレスでも、アンタが俺に勝てるわけねぇんだからさ」
手をひらつかせて吐き捨てる蓮だったが、いつものように豪太から怒声が飛んでくることはなく。
豪太は静かに目をキャンバスに落とした後……、今までには見たことのない、それこそ蓮に似通った嗜虐的な笑みを浮かべて見せた。
「……結局、タムラが負けてイラついてたんだ、テメェでリベンジと洒落込んでやるよ」
いつもは気怠そうな、もしくは冷静な怒りを浮かべた眼をしている豪太も、今だけは違う。
蓮に、明らかに何者かの影を重ねてしまっている。蓮もそれに気が付いたが、それでも思惑は変わらない。まぁいいかとにやついておいた。
●
「ルールは知ってるよな。キャンバスに肩をつけて、スリーカウントで敗北だ」
「知ってるっすよ。アンタのよこでずっと見てたし。あんまごちゃごちゃ言ってないで、さっさとやりましょうよ?」
いつもと変わらず、自分お勝利を信じてやまない蓮はコーナーの前で手首を振っている。余裕そのものの蓮を前に、豪太は少し考えるそぶりを見せた後、再び口を開く。
「……あと、テメェには日ごろから好き放題されてるからな、ルールを足すぞ」
「……はぁ?」
「ギブか、スリーカウントとられた時点で、そいつは下着を脱いで、それ以降は全裸で戦う」
「…………」
豪太の提案にまさかの思いで、蓮はあんぐりと口を開いた。
豪太からそのようなことを言い出すことなど、今まではなかった。プロレスというジャンルを見くびったことで、そこまで逆鱗に触れてしまったのか。徹底的に自分を貶めて、潰すつもりらしい。
すこし不可思議ではあったが、負けはないからまぁいいかと、蓮は悠々と聞き流していく。
「二回とられたら、そいつの負け。負けた方は相手の言うことを何でも聞く。これでどうだ?」
「……お得意のボクシングじゃ、俺に負け越してるっすもんね。いいっすよ。それで」
こちらとて、豪太を思い通りに動かすために今日のこの勝負を仕組んだのだ。似たような提案は用意していたが、まさか、向こうから切り出してくれるとは思いもよらなかった。
いつもとは違う豪太の雰囲気を少し気にしつつも、ここまで計画は順調で、しかも勝てばコイツが手に入るという条件に対し、蓮はその期待感から笑みを堪えきれずにいた。
今からコイツを、コイツが大好きなプロレスというリングの上で、徹底的に甚振って、屈服させる。
その後は言わずもがな、骨の髄まで敗北感を味わわせて、コイツを俺のモノにしてやる。
「何でも聞く、つーことは、もう覚悟できてんすよねぇ……? とっととぶっ倒して、血も吸って、いつもみたいに犯してやるよ」
「言ってろ、クソ吸血鬼野郎」
豪太が挑発には比較的強くないとわかっているものの、いつにもましていやに闘志を燃やしている。大好きなプロレスというルールがそうさせているのだろう。
だが、所詮はただの人間の強がりだ。蓮は相変わらず、余裕を見せつけるようににやついていた。
●
音のないゴングが二人の間で響く。蓮は変わらず余裕をひけらかすようにして動かず、豪太は静かにその姿を睨みつけている。
そこまで真剣なのか、開いた手で身構えつつも様子見に徹しているらしい豪太の姿を見て、蓮は大袈裟に嘆息を吐いた。
「豪太さん、来ないんすかぁ~? 大好きなプロレスなのに、俺を倒せる自信ないの?」
「っせぇな……やる前に一つ聞いとくが、負けたら俺の言うことをちゃんと聞けよ」
「はいはい、ボクシングの基礎でも応用でも、手取り足取りなんでも豪太さんから教わりますって。なんなら、前の復讐だってやってもいいっすよ?」
「……いい覚悟じゃねぇか、テメェ……」
豪太からかかってこない、ならばこちらから出向くまでだ。蓮は首の骨を鳴らすと、身を預けていたロープから腕を外し、ようやく重心を落として身構えた。
(まずは、かるーくビビらせっかな♪)
「うらっ!」
「がっ!」
こんな勝負、適当に終わらせる。決め込んだ蓮は見定めるように豪太を見つめた後、キャンバスを蹴って突進した。
ルール上、拳は使えない。豪太の腹部に肩から押しかかり、蓮の体重の衝突を受け止めた豪太は短く息を吐き出した。
豪太の手が肩にかかってくる。蓮はその手を容易く振り払うと同時に、豪太の肩を掴み返した。
テレビでの見よう見まねだ。それでも一切無駄な動きはなく、その鍛え抜かれた腕で豪太の頭を抱え込んでしまう。
フェイスロック。そのまま体勢を落として、頭蓋を砕く勢いで締め上げていく。豪太が痛みで低く呻くのに手ごたえを感じ取りつつ、蓮は喜々として笑った。
「オラ! ただの人間が、吸血鬼の俺に勝てるわけないって、なんどやったら分かるんすかねぇ?」
身体能力の差は歴然。しかも豪太は自分が吸血鬼であることを知った上で、自分との勝負に挑んでいる。
…………。愚直としか言いようがなかった。大人しく自分の言う通りにしていれば、痛めつけられずに済んだというのに。
「はぁ……、はぁ……、るせぇ……」
「っ」
ふと、豪太が苦し気に言葉を漏らす。蓮は豪太を逃さぬように力を緩めることなく、少し目を丸めた。
「根性ひん曲がった、怪物が……! オラ、それが全力か……?」
「……あ?」
「……はっ! テメェの力は、その程度か、つってんだよ。吸血鬼野郎」
あろうことか、豪太が笑みをこぼす。蓮は呆気にとられた後……、その反応にいやに不満そうにして、舌打ちした。
「まだ余裕そうっすねぇ、……オラァッ!」
「がぁぁぁ……!!」
蓮がさらに力を込め、豪太の頭を腕で締め上げていく。だが、豪太はギブアップどころか、苦しそうな声は漏らしても、挑発するような笑みも絶やさない。
……プロレスという響きを聞いた途端に、豪太の性格までが変わった気がする。いつもはもう少し気怠そうにしているのに、今日はいやにやる気を漲らせている。
「……どうっすかぁ? 差を感じてみじめっしょ? はっ! 力も、身体能力も、俺の方が何もかも上なんだよ!」
「はぁ……、はぁ……、なめんな……、全然効いてねぇよ、こんなもん……!」
「っ、……マジでぶっ殺すぞ、アンタ……!」
そんなわけはない。手応えは確かにある。それでも、いつもとは違って挑発を投げてくる豪太に苛立ち、蓮はさらに力を込めていく。
「ぐぁ……がぁぁ……!」
「……適当にいたぶって終わろうとしたけど。やめた。
まだ楽にしてやらねぇ、徹底的に痛めつけてから、アンタのこと喰らってやるよ」
このままギブをとって、下着をはいで屈辱を浴びせるのも面白いかと思った。だが結局のところは、豪太がいくらギブを宣言し、泣いて懇願したところで、自分さえ終わらせなければ豪太を好きなだけ甚振れる状況だ。
それを理解せず、よもや得意げなプロレスで苛める目的でここに呼んだとも知らないだろう豪太が、そんな口をきく。
ならば相応に、力の差を骨の髄まで叩きこんでやるまでだ。蓮は額に筋を浮かべ、豪太の耳元で叫んだ。
「オラッ! さっさとギブしろよ、それとも、このまま頭勝ち割ってもいいんすか!?」
「……なめんなよ、テメェ……!」
「!?」
ドゴッ!
蓮がこのまま決めにかかる。……だが、次の瞬間、蓮の脇腹に豪太の腕が振りかぶられる。
痛みで蓮の余裕の笑みが崩れるものの、それでも逃すまいと豪太を捕え続ける。だが、二度、三度と続くにつれ、蓮の技は次第に緩んでいった。
「がっ!」
横から貫くような衝撃に、ついに膝が崩れ、豪太の頭を離してしまう。
苦い顔で殴りつけられた脇腹をかばう蓮を前に、豪太は額をさすりつつ、向き直る。豪太をここに誘い込んだ蓮と同様、今までには見たことのないような、挑戦的な笑みを浮かべて。
「……テメェは、勝てると思って仕掛けてきたんだろうがよぉ……。俺はプロレスでだけは、テメェに負けることはありえねぇ」
「く……」
豪太のその珍しい顔を目の当たりにして、蓮は一瞬怯んでしまう。その隙をつき、豪太は蓮に掴みかかった。
腕を掴み、背後に回ると、体重をかけて蓮の体勢を崩してしまう。そのまま蓮の背に突き出した膝を押し当てて、蓮の体を外側に逸らしていく様に、その両腕を背後から引き絞っていく。
蓮が抵抗する隙を与えないままで、豪太は蓮を背後からとらえると、痛みでもがく蓮の背後から、低い声色で囁いた。
「……ボクシングのスパーリングの時は、よくも好き勝手やってくれたよなぁ……?」
「いっ……、テ、メェ……!」
「別に、約束したのは俺だ。逆恨みする気なんざねぇが……」
逃れようとしても、身動きしただけで肩の関節が外れそうになる。
豪太に技を極められ、あたかも生成与奪を得られているということすら我慢ならなかったが、いくらもがいても逃れることはできなかった。
そんな蓮へ、豪太は笑みを浮かべる。今までの蓮との衝突にはまるでなかった、挑発と好戦的な色を瞳の中に覗かせて。
「これだけいっとくわ。……お前、負けたらそれ相応に覚悟しとけよ?」
「…………!」
蓮は悔し気に歯ぎしりすると同時に、そこでようやく理解した。
……悪乗りのレベルではなく、完全に、プロレスラーにでもなり切ってしまっている。鼻息を荒らす豪太へ、蓮が確かに戦慄を覚えた瞬間だった。
グキッ! ギシッ!
「がっ! ぐあぁぁ……!」
「オラ! こんなもんか、テメェはよぉ!?」
「ひ……、がぁ……! く、そぉ……!!」
(んだよ……、偉っそうにオラつきやがってぇ……!!)
やはり、だ。蓮は肩や腕の関節にかかる鈍痛に顔をしかめつつも、その豹変ぶりを再確認していた。
プロレスをやるということが、豪太にとってこれほどその目を輝かせることになるとは思わなかった。ただ、憧れているのならそれを利用して甚振ってやればいいとばかり考えていたのが、完全に想定外だ。
すっかり目の血走った豪太は、蓮に仕掛けていた技をとくと、その髪を鷲掴みにした。
「はぁ……、はぁ……、いっ!」
「おい、立てよ……こんなもんで終わると思ってんじゃねぇぞ……?」
髪をひっつかまれて、無理やりに引き起こされる。リングの上、そしてプロレスのルールの上で、豪太は明らかに気分を高揚させている。流れも含め、本格的なプロレスの試合のそれだ。
心をへし折り、豪太を自分だけのものとするために適当に甚振る筈が、今では技を極められ、そんな優越を含んだ笑みに見下される……。
……ありえねぇ。そこで、蓮の瞳孔が一気に開いた。
「はぁ……、はぁ……、いつまでも……調子のってんじゃねぇっ!!」
「がはっ!」
これも豪太の隣で、テレビで見て覚えた抜けだし方だった。怒りに顔を染めた蓮は、豪太の胸板を手で加減なく打ちすえる。
力ずくで逃れられるとは完全に予想外だったのだろう。その痛みに呻き、反応の遅れた豪太から逃れると、怒りのままに蓮はその背後に回った。
休ませることなど許さず、豪太の背後に抱き着くようにして、その肉体に四肢を絡ませていく。
豪太の肩、そして腰から足までも完全に捉えると、蓮は一気に力を込めて押し出す様に絞り上げた。
グキッ! ギシッ!
「がはぁっ!!」
「はぁ……、はぁ……、ただのザコい人間の分際で、よくもやってくれたよなぁ……!」
ほんの一瞬でも自分を甚振り、優越を感じて見下してきた豪太の表情は絶対に忘れない。そんなこと、絶対にあってはならない。
……そんなことになれば、この人は俺の手に入ることはない。蓮は怒りのままに、豪太の四肢を破壊もいとわずに極め続ける。
「がぁ……、はぁ……、はぁ……、ふんっ!!」
「っ!」
……だが、あろうことか豪太の体から抵抗が返ってきて、蓮ははっとして口を開いた。
完全に技は決まっており、体勢の有利さも含め、此方の力が勝っている限りは抜け出すことは叶わないだろう。
先ほどの怒りに燃えた表情とは一転、蓮はそれでも必死に抜け出そうとしている豪太を見つめ、にやりと笑みを引いた。
「無駄っすよ! アンタが諦めるか、体中の骨がバキバキになるか、どっちかになるまで放さねぇよ!」
「がぁ……っ! いっ……! オラァァアッ!!」
だが、それでも豪太はあきらめずに腕に力を込め、蓮の拘束から逃れようと試みる。額に汗をにじませ、太い血管が幾本も浮きあがるまでに隆起した腕で、蓮に抗おうと奮闘する。
「……無駄だ、つってんだろうがっ!! うらぁぁっ!!」
「がぁっ!!」
だが、その豪太の全力を背後から一気に押しつぶすように、蓮がさらに力を込める。そこで、力を込めていた豪太の腕が完全に引き伸びた。
「はぁ……、はぁ……! くっ……、なかなか、やるじゃねぇか……!」
「はぁ……、はぁ……、へっ、諦めわりぃんだよ……、さっさと、負け認めろよ、なぁ?」
「ぐっ……、くそ……! プロレス、興味なかったんじゃねぇのか、テメェは」
「はっ。まぁ、アンタをプロレス技で痛めつけることにはちょっと興味あるんで。
……で、無駄話してる余裕なんかねぇよな? ギブすんのか、このまま俺にぶっ潰されんのか、早く選べよっ!!」
「!! がぁぁぁ!!!」
蓮の肩がさらに張りあがって、豪太の四肢を締め上げる力を増した。抗う力ごと絞り上げられ、いつしか豪太は体を外側に逸らされていく。
即ち、肩や股関節が限界まで、可動しない方向へと極められているということ。
背後から、蓮の熱い体温、色気づいたような香水と滴る汗、そして、響く鈍痛に己の限界を感じ取った豪太は、それでも歯を食いしばって蓮の凶悪なほどの腕力に抵抗し続けた。
豪太の抵抗すら面白そうにしていた蓮だったが、豪太の表情から限界を悟り、そのまま一気に力を込めた。
「がぁぁぁ……!! ぐっ、体、が……ぁ!」
「はっ! ギブしないんなら……、さっさとぶっ潰れちまえ!!」
「ぐあああああぁぁぁ!! ……ギ、……ギブ……っ!」
勝負の流れは思いのほか早く、豪太はひとしきり悔し気に悶えた後……、無念の表情で叫んだ。
●
「はぁ……、はぁ……」
ついに豪太がギブアップしたのを見て、蓮はようやく技を解く。
張り付けられていた蓮の肉体から解放され、ぐったりとキャンバスに倒れている豪太の背中を見つめていれば、蓮は次第に冷静さを取り戻していった。
「はぁ……、はぁ……、……へへっ! いつも通りの無様さっすねぇ~、豪太さん?」
「はぁ……、はぁ……、く、そ……」
蓮はそそくさとコーナーに戻ると、ロープに腕を絡めて背を預け、いまだ立ち上がることもままならないでいる豪太を悠々と見下した。
……考えてみれば、豪太からギブアップを聞いたのは初めての事なのかもしれない。負けず嫌いはお互い様だろうし、思っていたよりも苦渋に決断だったのか、豪太は悔し気にキャンバスに拳をすりつけている。
(……別に、意地張らずに、ずっと俺に遊ばれてたら、それでいいのに)
その姿をまじまじと見つめつつ、それでも自分に向かってこようとするだろう豪太を想像して、蓮は肩をすくめた。
自分が吸血鬼であることを知っている豪太に対し、そんなことは何でもないとは言ってはいる。けれど、本心ではそうではない。
本心では、不安だ。豪太がいつか自分を本気で化物扱いして、しまうのではないかと。
だが少なくとも今は違う、頻繁に自分を化物だとか揶揄してくるが、本気でそう思っているのなら、とっくに自分との付き合いを捨てているはずだから。
初めてだった。同族の筈の親にすら捨てられたのに、自分を吸血鬼だとわかった上で、見捨てなかった人間。それが、豪太。
だからこそ、手放したくない。一人じゃなくなったからこそ、また一人きりに戻ることは耐えがたかった。
……そんな自分にすら正直になれない。それを自覚して、だからこそ、豪太との関係では常に優位を奪っていなければ気が済まなかった。
(……まぁ、アンタと勝負すんの楽しいし、ついでにアンタのプライドもずたずたにして、最後には「お前が必要だ」って言わせてやるよ)
この勝負も、その一環だ。まずは一勝。蓮は考えから意識を取り戻すと、いつしか前で立ち上がっていた豪太に気が付いた。
豪太は肩をかばいながらも立ち、再び闘争心を剥き出しにして蓮を睨み付けた。
「……テメェ、勝った気になってんじゃねぇぞ。まだだ……! 二回勝負の約束だろうが……!」
「わかってるっすよ。けど、その前に……」
「っ!」
蓮に笑みを含んだ顔でじとりと見つめられ、豪太は蓮が言わんとしていることに察しをつける。
「まさか。自分が言い出したルールに、今更文句付けるつもりないっすよねぇ?」
「ぐっ……!」
指を振って、意地悪い笑みで催促してくる蓮に対し、豪太は顔を引きつらせ、反射的に一歩後ずさった。
ギブを取られれば、下着を脱ぐ。冗談のようなルールだが、それを言い出したのは豪太だ。自覚しているからこそ、豪太は返す言葉をなくしてしまった。
元々は、ボクシングで全裸を強いてきた自分に対する対抗心からの発言だったのだろうが。
うずうずとどこか期待を含んだ眼差しで蓮が見つめている中、もはや逃げ道はないと確信し……豪太は深い嘆息を吐いた後、己の下着に手をかけた。
「オラ! これでいいんだろうが……!」
「…………」
そして、豪太は胸中に残る躊躇いをすりつぶすように、一気に下着を引きずりおろした。
脱いだ下着をリングの外に捨てて、豪太は全裸になる。萎えているとはいえ性器を揺らし、汗だくの豪太が口元をくするようにして照れを隠す。
それでも、なんとか強がるように身構えている姿に、蓮は一瞬言葉を失ってしまった。
「…………」
「……なんだよ、ルールに従っただけだろうが。……あんま見てんじゃねぇよ」
「べ、別に……?」
もう見慣れているとはいえ、いざ目にすれば、胸に突き刺さる衝撃は計り知れなかった。
晒された豪太の体が、目の前に。蓮はごくりと唾を呑みこむ。……この試合が終われば、思い切りその体で遊んでやれる。
蓮は一瞬だけ目を逸らしたが、すぐに豪太へと向き直ると、いつものように嘲笑を浮かべた。
「……じゃ、再会しましょっか、あと一回、豪太さんをヒーヒー泣かしたら終わりっすよね?」
「……ほざいてやがれ、次ギブすんのは……テメェだ!」
豪太は再びキャンバスを蹴ると、怒声を飛ばして蓮へと掴みかかる。即座に反応した蓮と指を絡ませ、押し合いになった。
「ぐぅ……ぐぬぬ……っ!」
「ぐっ……、ふはっ、俺と腕力で勝負する気っすか? 懲りないっすねぇ」
「テメェ、さっきから、あんま舐めんなよ……!」
「ははっ、何か言ったっすか? ……オラッ!」
「ぐぅっ……」
どちらともなく熱気を揺蕩わせ、リングの中央でぶつかり合いになる。
……だが、押し合いも拮抗は長く続かず、次第に蓮が豪太を押し込んでいく。豪太は悔し気に力を込め続けるも、腕力には確かな差が存在した。
このまま、押し倒して、次の技を決めて終わりだ。蓮は得意げにほくそ笑んだ。
……ドゴッ!
「!?」
……だが、ゆっくりと豪太を押しやっていく寸前、豪太は不意を突くように前蹴りを放った。
避けることが叶わず、蓮の膝に命中する。それ自体にダメージはさほどないものの、その勢いで二人のバランスが崩れてしまう。
特に蓮は、思い切り力を込めていたからこそ、勢いのままにキャンバスに手をついてしまった。
「クソ、油断した……」
「その油断が命取りだ。生意気な吸血鬼野郎」
どしっ!
「がは!」
豪太は即座に蓮の体を蹴って転がすと、うつぶせにして、その背中に腰を下ろして伸し掛かった。
豪太の体重で、蓮が短く呻きをこぼす。そこからの流れは早かった。
キャメルクラッチ。蓮の首を掴んで、背骨ごと引き上げるようにして逸らしていく。鈍い痛みに襲われ、蓮は呻きを漏らし始める。
「ぐぁ……はな、せよ……、ぐああぁ……!」
「だったら、ギブしやがれ」
骨が軋む痛みに苛まれ、蓮はもがこうとしたが、脱出は叶わない。挙句豪太にそう言われれば、蓮は押し黙ることしかできなかった。
その態度に、豪太はますます火をつけられたように力を込めていく。
「がぁ……ぐぅ……ぁぁぁ!」
全裸の豪太に背中から伸し掛かられ、技を極められる。痛みはもちろん、背後の腰のあたりに熱い感触が触れているのも鮮明に感じ取れた。
(当たってんだよ、クソ……!)
豪太自身はまだ気づいていないのだろうか。蓮は屈辱を感じると同時に、背後に感じるその感触と熱で頬を少し火照らせていた。
そして、そうしているうちに自分も……。技を極められつつも、襲い掛かってくる全裸の豪太に図らずも勃起してしまった自身を嘆きつつ、されど豪太のされるがままに背骨や首を極められ続ける。
このままでは……、痛みを堪えつつも遠のいていく意識はどうしようもなく、二回勝負の都合、深くダメージを負えばそれだけ不利になる。
今思えば、だからこそ先ほどの豪太も思いのほか潔かったのか。
だが、一度でもギブしてしまえば……。深い葛藤の末、覚悟を決めたついに蓮は口を開いた。
「…………っブ……」
「あぁ? 聞こえねぇぞ!?」
「ギ……、ギブッ……! ……くそっ!!」
わざとらしく聞き返す豪太に悔し気にしつつも、蓮は声を張り上げる。
そこで、豪太は満足したように技を解いた。
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Comments
またリメイクした挿絵でも掲載できたらいいな、とは思ってますが、ひとまずは……。
yukibou
2020-05-05 15:45:07 +0000 UTCイラストがなくて残念ですが、 文章だけでも充分興奮できる内容です、ありがとうございます。
具志川葛巳Kuzumin
2020-05-05 12:53:53 +0000 UTC