第1話「辿る夢路」
「んっ……んっ、ぐ……んんぅっ……」
早朝。まだ白む前の暗い暗い藍色に浮かぶ、半分ほど欠けた月からの淡い光が僅かにカーテンの隙間から差し込む小さな部屋。窓際に置かれたシングルベッドの中から、シオンの押し殺した苦悶の声と、くちゅくちゅと液体を弄ぶ水音が小さく響いている。
「ん、んんんんぅっ!」
ベッドの上に広がる薄手のタオルケットの下から溢れる声が殊更に強く上ずった瞬間、まるで胎児のように体を丸めた女体の滑らかなシルエットがビクビクと痙攣するように震えた。
「はぁ……」
直後、熱いため息と共に脱力したシオンは、全身を覆い隠していたタオルケットから這い出るように外気に顔を晒した。
汗にまみれて艶やかに乱れた濃い紫色のショートボブ。ベッドの中で行われていた秘密の行為の余韻で紅潮した頬。彼女の利発な性格を示しているように鋭い瞳はすっかり涙で潤み、普段はキリっとして形良い眉は怯える幼女のようにハの字を描いている。
「やっぱりまだ、駄目なんですね……」
シオンは身動ぎして、下腹部に伸ばしていた右手を外に出した。月明かりに映し出された指先は、今しがたまでシオンのいやらしい肉孔を穿っていた証の蜜を纏い、ヌラヌラとした照りを湛えている。お前の身体はこんなにも淫らだ。そうシオンをなじっているかのよう。
シオンは一層羞恥に目を伏せ、しかし指先をこんなに汚してなお消える気配のない下腹部の炎に絶望するしかない。
だが、そんな予感はしていた。もっと激しくオナニーをするしか、この熱を冷ますことはできない。今みたいにベットに潜り込んで声を必死に噛み締めながら指先で膣を掻き回すだけでは、到底足りない。シオンは今までの経験で知っている。
しかし、そんなことが今できるわけがない。ここは王都と、今回の旅の目的地である港湾都市ミールの中間あたりにある小さな宿場町の、小さな宿だ。壁は薄く、もっと激しいオナニーをしたら、恥ずかしい声が我慢できなくて、他の宿泊客やスタッフ、ともすれば隣家にまで届いてしまうかもしれない。そんなことになったら、二度とこの町に来れなくなってしまうだろう。
今すぐチェックアウトして、人気のないところに行く。それもノーだ。早朝とはいえ、まだまだ町の外は街道沿いであっても魔物たちが跳梁跋扈している。いくらシオンがS級のハンターとはいえ。いや、19歳にして既にS級と経験豊富だからこそ、夜の帳が牙を剥く瞬間の恐怖は嫌というほど知っている。
シオンは再びその火照った顔をタオルケットの中に潜り込ませた。
「はぁ……んんっ」
白い肌を少しゴワゴワした布地が擦れ、甘い吐息が漏れる。そんな些細な刺激すらも快感として受け止めてしまう、敏感で淫らな身体を抱いて、再び丸くなった。炎は消せない。ならばこれ以上激しくならないようにするしかない。
右手を下腹部へと伸ばす。得物のナイフで数多の魔物を屠ってきたとは思えない、優雅に楽器を奏でている方が似合うだろう傷一つないスラリとした指が、鍛えられて引き締まったお腹を擦り、鼠径部をなぞり、そして熱く潤む女陰に触れた。
「あふっ! ん、くぅっ!」
そう、触れただけ。未だ指先は物欲しげにヒクつく肉の洞窟の入り口にいる。それなのにシオンは身体を貫く快感に歯を食いしばらなければならなかった。
タオルケットの中の暗闇で、シオンは眉を歪め、ギュッと目を瞑りながら、指先を上下に動かしてクレヴァスの淵を滑らせ始めた。
「くっ、んんっ! んぐっ! くふっ!」
熱く疼く膣内粘膜はそれ以上の強い刺激を求めて狂おしいまでに蠢き、身体の中にジンジンと痺れるような甘い熱が溢れ、脳髄にまで染み渡る。シオンはタオルケットの端を口に咥え、声が漏れないようにして、一心不乱に秘所をまさぐり続ける。
常日頃からシオンを苛む、常人のそれとは逸脱した高い性感を持つ身体が。魔道具『不感の指輪』を付けていないと、服が擦れ、風に優しく撫でられただけで発情して日常生活すらままならない、まるで性奴隷のように淫らな女体が、ベッドの上で揺れ動く。
いや。ように、ではない。十年前、シオンは妹と共に、淫魔に拐かされた経験があったのだ。女王と呼ばれる強大な淫魔『クロハ』による苛烈な性拷問によって幼い姉妹の弾けるような白い柔肌は淫らな快感を生み出す性感帯へ作り変えられ、オナニーなんて知らなかった清らかな魂には背徳と肉欲を際限なく求めてしまうマゾヒストの楔を打ち込まれた。そして、そんな責めに耐えられなかった妹が死に、シオン自身も精神が崩壊してクロハの|性奴隷《エサ》に堕ちそうになる直前、僅かな隙をついて、一人命からがら逃げだしたのだ。
だが、クロハへの復讐心ただ一つで我武者羅にハンターとしてのキャリアを積み上げて至る今なお、その深刻な後遺症によってシオンの身体は容易く発情し、寝ている時も淫夢という形でフラッシュバックする調教の日々がシオンの心を淫熱で満たし、燻り続けている。
本当はクロハは、ワザとシオンを逃がしたのかもしれない。今こうして肉欲に苛まれ、タオルケットの中で淫靡なダンスを踊る姿を見てせせら笑っているのかもしれない。だが、たとえそうであったとしても、シオンはこうして肉欲に抗いながら進み続けなければならないのだ。ハンターとしてもっと成長し、多くの淫魔を殺し、そしてクロハの想像すらも超える力を手にして、惨たらしく殺すまで。
丸まった女体が快感に妖しくくねる。女孔からあふれ出す蜜が指先に更に絡まって、溢れる雌の臭いが汗の臭いと混ざり合ってシオンの鼻腔を犯す。膣口を擦っていたはずの指先は、刺激を求める膣内粘膜に誘われるようにいつの間にか人差し指と中指の二本が侵入し、中をかき混ぜている。
「んんっ! んぐっ、ふっ、んおっ!」
人差し指と中指は時に中をかき混ぜ、指が開いてスリットを割り開き、そして激しい抽挿を繰り返して膣襞を擦る。かき混ぜられた蜜が真っ白に泡立ち、強まった粘りのせいでグチョグチョという音に変わって、熱い粘液がいよいよ手首にまで垂れ流れるのを感じた。
いけない。これ以上強くしたら、声が我慢できない。気を付けていたはずなのに、心の中で燃えるどす黒い欲望がいつの間にかシオンの指を操っている。自分の身体が、自分のものでなくなっている。
バレる。宿泊客に。下階で眠るオーナーに。隣人に。町の人に。
「ん、んんんんぅううううううううううううううううっ♥♥♥」
そして。彼らから向けられる蔑みと好奇の目線に貫かれる快感を想像してしまった瞬間、肌が粟立つような感覚が身体を貫いた。
大勢の視線に晒される背徳感と羞恥は、想像上だけの快感じゃない。かつて経験していたからこそ。そして先程まで淫夢としてフラッシュバックしていたから、巨大なリアルとなって今のシオンを犯す。
クロハから施された、幼姉妹への様々な性拷問は、部下の淫魔達の前で施されたものも多い。数多の視線に犯されながらの快楽地獄は、二人を背徳と恥辱の坩堝へと容易に叩き落とした。絶対に見つかってはいけない。聞かれてはいけない。そう強く思うことで、心の奥に蓋をして隠しているマゾの精神が鎌首をもたげ、怪しい興奮が湧き上がってしまうのだ。
自らの指先に犯されてあふれる蜜を養分にして、まるで蕾のように丸まっていたシオンの身体が徐々に開き、横向きだった身体を仰向けにする。慣れ親しんだМカップという規格外の爆乳のずっしりとした重さがのし掛かってくる苦しさすらも、今のシオンには興奮を煽るスパイスでしかなかった。
そして、その身を隠していたタオルケットを一気に取り払い、その淫靡に昂る女体を自ら慰める姿を天井に晒した。
「うぁ、ああああっ♥♥♥ んぐっ!」
そこに何がいるわけではないし、個室でどのような姿をしていても罪にはならない。それでもその淫らな姿を大きく晒す背徳感と、むわりとした熱で滲んだ汗に塗れた身体を犯すように一気に冷却する外気の感触はシオンにとってあまりに甘い。背筋を駆け上がった怖気のような快感に押し出された甲高い嬌声を慌てて噛み締めた。
窓から差し込む月の光がシオンの身体を照らす。汗で淫らに輝く艶やかな肌。女性特有の柔らかな脂肪に薄くコーティングされた引き締まったお腹。安産型で大きく弾けそうな丸い尻肉。ハンターとしてのキャリアの証でもある、172cmという女性にしては少し大柄な身体を支える肉感の強い長い脚。まるで芸術品のような、だが見る者の本能を擽り、劣情を抱かせずにはいられない柔らかな美しい曲線を描く身体が、ブラジャーに包まれた規格外の乳房の重さに抗うように、弓なりに反りかえっていく。
必死に歯を食いしばっているせいで歯の隙間から漏れる荒い吐息のしゅー、しゅーという音と、蜜ですっかり解れた女陰が犯されるニチュニチュという音だけが部屋を満たしている。声を上げたい。はしたない叫びに乗せて、胸いっぱいになっている熱い昂りを吐き出したい。我慢すればするほど、火照った身体が発する誘惑に負けそうになり、自分を律しようとすればするほど指遣いがより大胆になり、水音が大きくなってゆく。
「ぁ、い、いく、いくいくいく……っ! んんんぅっ♥」
二本の指が肉襞がビッシリと刻み込まれた粘液の洞窟の天井裏に存在する女の弱点を押しつぶした瞬間、シオンの身体は勝手に大きく反りかえり、控えめに開いていた両脚が弾けるように開いて、付け根からぴゅっ、ぴゅっ、と断続的に透明な粘液が弾けた。
「んぅっ♥ んんんぅぅぁあああっ♥♥♥」
脳天を刺し貫く快楽の稲妻。神経が焼き切れ、視界が真っ白に染まり、何度も全身がビクンッと跳ねる。汗にまみれた女体が、ベッドの上で艶めかしくうねる。押し寄せる快楽の波に身体を支配され続けた後、シオンの身体は急激に力を失い、ドサっと音を立ててベッドに沈み込んだ。全身から力が失われてもなお、時折余韻で痙攣する身体はしっとりと汗に濡れ、熱く燃えている。
まだ消えない。官能の炎が、燃え続けている。まだ足りない。こんなものじゃ満足できない。あの快感に塗れた調教の日々に比べれば、こんなオナニーはただの児戯だった。悩ましく漏れた熱い吐息は、胸をかきむしりたくなるような切なさで震えていた。
―――――
すっかり太陽が昇り、宿の前の街道にも馬車の車輪の音や話し声が聞こえ始めた頃。
「っ……は、ぁっ……!」
宿屋のシャワー室の壁面に備えられた魔石を操作し、降り注ぐ水流を止めたシオンはしかし、その裸身から水滴を滴らせながらその場を動けないでいた。
両腕で自らの胸を抱いて軽く身を屈めたまま、フルフルと震えている。オナニーのせいで全身に滲んだ汗を落とすために朝のシャワーは欠かせない。だが、淫魔に調教され尽くした淫らな身体を打つ水滴は、それ自体がまるで淫具となってシオンを責め立てる。そのせいで、折角必死に堪え、下火になってきた情欲の炎が再び爆炎のように燃え広がりそうになる
「だめ……もうだめです……早く出ないと……夜までにミールに……」
ガクガクと震える脚の間を、シャワーの水とは違う滑り気のある液体が糸を引いて硬い石の床に落ち、排水口に流れていく。
シオンにとって、身を清めるシャワーの時間は同時に、全身を水流に愛撫され、情欲に耐える拷問のような時間でもあるのだ。
不感の指輪をはめてからシャワーを浴びればいい。そう思って実践した時は、あまりに連続して全身に刺激を受けるせいで体内の魔力が信じられない速度で消耗するのを感じて、慌てて指輪を外したこともある。
S級のハンターという危険な日常に身を置くシオンにとって、魔力切れは死に直結する。いや、魔獣に殺されるならまだいい。もしも相手が淫魔なら。あの時のように住処に連れ去られ、死よりも屈辱的な性拷問で身体を舐られ、弄ばれる。考えただけで虫唾が走る。
「っ……あんな……あんな恥を晒すくらいなら……!」
ぎゅ、と歯を食いしばって淫魔への復讐心で無理矢理に情欲を抑え込んで、シャワー室の外に置いたバスタオルで身体を拭っていく。勿論、恐る恐る、手加減をしながらだ。
それでも、髪から、肌から、水滴を拭う度に、シオンの身体はヒクンっ、と敏感に震えて切ない吐息が漏れてしまう。肌の上を滑り落ちる水滴を一滴でも多く感じ取ろうと、いやらしく開発された神経は鋭敏になり続けている。
なんとかそれを宥めすかしながら時間をかけて身体を拭いて、一糸まとわぬ姿でシャワー室から出て、ベッドの上に準備した着替えを手に取った。
まず、大きなお尻をピチピチと包み込む純白のショーツを履く。次に揃いのブラジャー、の前に、大事なアイテム。女王が特に執拗に開発したせいで、全身が性感帯にさせられた中でも特に強烈な弱点へと改造された乳首は怯えるようにMカップの乳房の中に陥没して隠れているが、それでも外に出ている乳輪を守るためのベージュの丸いニップレスを貼り付ける。
それからブラジャーを付け、服はショートパンツと袖なしの小さなシャツと臍だしルック。布のアームガードにニーソックス。皮のブーツ。
ハンターという、危険と隣り合わせな職業とは思えない軽装は勿論、淫魔ハンターを標榜するシオンの計算ずくである。
露出の多い服装は、自ら淫魔の餌となるためだ。シオンの雌の臭いに誘われて出てきた間抜けな淫魔の攻撃を軽々と回避し、腿に巻き付けた鞘に納められたナイフで弱点を一閃という超短期決戦の戦闘スタイルのため。そんなスタイルを確立したのは、戦闘が長引けば長引くだけ淫魔の臭いにシオン自身が侵されて身体が火照るだけでなく、前述の不感の指輪による魔力の浪費によって日常的に魔力切れの危険を孕んでいるせいだった。
そんな後ろ向きな理由で確立したスタイルでも、素質と綺麗に噛み合いさえすれば非常に強力であり、実際狙い通り、シオンの身体に誘われた間抜け達を数多く屠ってきたのだ。
「ふぅ……遅くなりました」
仕上げの黄色いスカーフを巻いて、不感の指輪をはめた瞬間、常にズクズクと全身を走っていた静電気のような快感が治まる。それでもその感度は常人の数倍はあるが、数百倍などというスケールと比べれば、日常生活に支障はないレベルだ。
必要最低限必要な身の回りのものを詰めた鞄を手に、シオンは宿を後にした。
予定より少し遅くなったが、夕方までにはミールに到着するだろう。
ミールには、女性の夢の中に出現して虜にする強大な力を持つ淫魔の根城が隠されている、という風の噂を頼りに始まった今回のシオンの旅。果たして無事に王都へと帰還することは出来るのだろうか。