支援者限定です。
実は『友人と結婚した女性教師と合意で入れ替わって戻らない話』の没版。ふう書き終わったぞ、と思ったら色々当てはまらないなぁとなったので没にして書き直し、こちらに回しました。
なのでプロットというか『子作りに不安のあった女性と合意で人生交換』という枠組みは同じです。逆に言えば、それでもここまで変わるぞ、という話でもある。
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白いゲレンデ、白い空の底、白いシュプール。
なるほど行き交うスキーヤーやスノーボーダーのウェアがやけに蛍光色で派手なのなものも多いのは目立ちやすいようにするためだというのが、理屈ではなくひとめで分かる光景だった。
「はーい、ではここから滑っていきます。下でお教えした通り、スキーは八の字で、斜面に対してまっすぐにならないよう気を付けて、ゆっくり滑ってくださいね!」
「はーい」
「……なんかマンツーマンだと、ちょっと変な感じですよね」
俺ひとりを先導していたインストラクターの女性は、苦笑いをする。その声は、反響せず雪に吸い込まれていった。
今日俺は、冬の雪山でのスキーに挑んでいた。
会社の慰安旅行で訪れたもので、昼のプログラムは温泉湯巡りとレンタルスキーで選択式だったので、俺はスキーを選んだ。
だがまあ、慰安旅行なんてきょうび珍しい催しに参加するのは在籍年数が長くそこそこいい歳の社員がほとんどで、会社の金だとわかっていても若い衆は寄り付かず。さらにその中でスポーツをやろうなんてのは、北国生まれの経験者や、趣味として嗜んでいる人ぐらい。
スキーを選んだ社員の中で、未経験者向けの初心者クラスにしたのは俺だけ。ならば俺も温泉でいいから初心者クラスをなくしてもいいと話したのだが、いろいろとしがらみがあってキャンセルできないとのこと。
結果として、俺とインストラクターの一対一での指導と相成ったのだった。
「すーっと、すーっと。スピードでちゃう、と思ったら受け身を取りつつ転んで下さいねー。それが一番安全です!」
「……うわ、っと」
そんな状況でも、手を抜かないインストラクターの女性――飯田 真理華《いいだ まりか》さんのハキハキと声に導かれながら、俺はゲレンデを蛇行運転する。
俺は普段から散歩に励みちょっとした筋トレはするようにしているが、ちゃんとしたジムに通って身体づくりをしてはいない。明らかにいつも使わない筋肉に負荷がかかり、軋んでいた。
うん。やめとこう。少し進んで、ストックも使い、俺は身体を横たえた。こてん、と尻もちをついた。
飯田さんがしゃっと傍へと寄ってくれる。
「ごめんなさい、下手で」
「いえいえ。見栄を張ると本当に大怪我しますので、正しいですよ。無事に帰るのが一番かっこいいんですから!」
虹色に反射するミーラコーティング加工のゴーグルのせいで、飯田さんの目は見えない。出会った時からずっとなので、どんな顔なのかは知らなかった。でもずっと口元は笑ってえくぼができている。淡いオレンジ色のウェアも似合っていて、溌剌とした声からイメージされるのは、元気な女性の顔だった。
「……ちょっと、休憩しましょうか。予定より早いですけど」
「わかりました。俺も疲れちゃいました」
「ですよね。靭帯とか切らないよう、気を付けてくださいね」
ゲレンデの下方、レストハウス前のラックに外したスキー板をセットして、足首の曲がらないブーツのまま入っていく。家族連れ、なにかのツアー客などで固まっている中、俺達はコーヒーを購入して隅っこのボックス席へと陣取った。
「ふー……お疲れ様です!」
と、飯田さんは『飯田』がでかでかとゼッケンのついたウェア、帽子にゴーグルを外してソファに置いていく。
――めちゃめちゃ綺麗な人だった。ウィンタースポーツは素顔や身体のラインが隠れやすいからギャップ効果が強い、なんていう話は頭にあるけれど、それを鑑みても美人。
ぱっちりとした二重の目に、やや低くも愛らしい鼻。雪焼け対策がされた肌は白く、寒さで頬はほんのり紅く染まっている。茶髪は高めのポニーテールにしていて、横髪とともにふぁさっとたなびいた。元気さとクールさが同居した、俺の好みど真ん中の容姿だった。
年齢は二十代後半ほどだろうか。年齢は誤魔化していないものの、運動をしているんだろうし、明るい人柄もあって若々しい。俺と同い年か少し下ぐらいに見える。はっきり言って、一目惚れだった。
もっとも――そんな想いは、秒で砕け散る。手袋を外すと、左手薬指には結婚指輪。失恋とも呼ぶにもおこがましい横恋慕は、ショックを受ける段階すらいかず、まあそうだろうな、と終わったのだった。
飯田さんはにこっと人懐こい笑みを浮かべながら、小さくピースサインを作る。
「どうです、スキー。まだ通しでコースは滑っていないし、楽しいところに行ってないかな? でも、雪の中にいるだけで新鮮なんじゃないですか?」
「そうですね……始まる前にもちらっとお話しましたが、俺は南のほう出身なので、スキーが完全に初めてなんですよね」
「初チャレンジ、いいですね! ぜひともこのまま、スキーにハマっちゃってください!」
「ですねー、機会がなかっただけで、やってみたら楽しいです」
「でしょ?」
ぐっと拳を握り、えくぼを作る飯田さん。いちいち動作がかわいく、会社の人間よりはるかに愛嬌があった。
それから二十分ほどおしゃべりを続け、さあまた滑ろうかという流れになったところで周囲を見渡すと、人が増えている。窓の外は、吹雪いていた。
飯田さんはわかりやすく困った顔になる。表情豊かな人だ。
「ありゃりゃ、天候が」
「これは……だめですね」
「自然相手のスポーツですし、山の天気は変わりやすいのであるあるですよ! 低めのところでも危険さが段違いになるので、やめておきましょっか」
「ははは……」
また飯田さんとの会話。俺の仕事の話、飯田さんのインストラクターとしての活動やスキーへの思いの話を経て、話題は徐々にプライベートな方向へ。
「――ところで飯田さん、今のお住まいはどちらなんです? このあたりだったりするんですか?」
「いえ。本音ではそうしたかったんですけど、色々便利を考えたらあんまり山の方も大変だろう、って」
コーヒーをおかわりした飯田さんは、拗ねるように口を尖らせる。
「ああ……旦那さんの意見、ってことなんですね」
「ですです。今の夫ともスキーで出会ったんですけど、思っていたより価値観が違うくて。あ、それ自体はいいんですよ。言うことはもっともで、子育てとか、旦那の仕事とか、現実的な懸念ですから」
どことなく、飯田さんから無邪気な雰囲気が減る。シリアスな陰が差し込んで、ふうと息を吐いた。
「でもそこじゃないんだよなぁ……」
「なんかその……うまくいっていないんですか? 旦那さんと」
「え!? あ、ごめんなさい! 口に出てました?」
自分の口を叱るように、飯田さんは唇を叩いた。過程の不和をこぼした申し訳無さや、気まずさや私生活の一端を明かした恥ずかしさなどは感じられない。それよりも、好きなことやおしゃべりで忘れていた憂いに囚われているようだった。
「……俺でよければ、話聞きますよ?」
「うーん……あんまり他人に、それも未婚の男の人に話すような愚痴でもないんですけど……ん? むしろ、だからこそいいのかな?」
だなんて前置きしつつ、よほど誰かに話したかったのかノンストップで話していく。
曰く――旦那との子作りがうまくいっていないらしい。
今の旦那とは大学のスキーサークル時代からの仲で、ずっと恋人だという。およそ一年前お互いが27歳となる節目でついに結婚したとのことだ。つまり今は28歳で俺と同い年。結婚適齢期で、当たり前のように妊娠出産というプレッシャーが振ってくることとなる。
そこまではいい。他にいい相手もおらず、結婚相談所に頼るのも気が引け、なにより両家ともに割と早い段階から交流が始まり、外堀が埋まっていたのもある。
だが飯田さんとのすれ違いが始まったのは、子作りに対する熱意の開きだった。
それこそ大学時代は昼間はスキーやその他スポーツ、夜は宿で酒盛りした後ずっとセックス、なんて無鉄砲な遊びを繰り返していた。だがそれも若気の至りであり、いずれは落ち着いて来るだろうと飯田さんは予想していた。
だが旦那は今になっても、毎日のように求めてくる。今日は出来ないだろうから休みたい、とやんわり断ってもきかないという。また一人で十分だと思っている飯田さんに対し、旦那は男の子でも女の子でも三人ぐらいは、と話していた。
もちろん飯田さんも子どもは欲しいし、旦那ともども一人っ子家庭でそだったからきょうだいが欲しい事自体は同感。しかし今は子作りなら仕方ないか、という程度の欲求に落ち着いており、温度差が生まれてしまい戸惑っている――
「――あの人のこと、嫌いなんじゃないの。もっとさ落ち着いて欲しいっていうかさ、なんていうか……」
テーブルに肘をつき、顔を乗せながらすらすらと語った飯田さん。
愚痴ごめんね、初対面の人に話すことじゃないよね、なんて自嘲しながらも、その内容は起承転結がはっきりし、理路整然としていた。
向き合うべきは自分だとして飲み込んでしまっているんだろう。自分の中でも子どもが欲しい反面、女性の本能がついてきていないことにも、苛立っていることが窺えた。
俺としても、アドバイスできることはない。未婚であり夫婦生活というものを知らない俺は、いわば門外漢だ。飯田さんも案や同調ではなく、もやもやを吐き出したいだけに違いない。
「……いえ、大変ですね。俺はまだ結婚していないから込み入ったことは言えませんが……あ、でも兄は居ましたね。喧嘩したこともありますが、今は良好です」
「ですよねー……子作り、誰かに替わってもらえるんならいいんですけどねー……」
「なら俺がしますよ。女性の、興味あるんです」
「えー全然。多分男の人の方がいいよー」
深刻なんだろう話も、少しアダルトなジョークで包み隠される。もっとも俺が女性の快楽に興味があるのは本当のこと。
お互いふふっと笑って、言葉が切れた。
――そこで、二人のスマホが同時に震える。なんのシンクロか、と思い開いてみると、これまた同時に声が出た。
「なにこれ?」
「は?」
顔をあげ、見合わせる。
「あ、ごめんなさい。不明なアプリがインストールされましたって」
「あたしも、え? まさか……同じなんてこと、ないですよね」
不審に思いながら、ホーム画面に現れたアプリを起動し、首をかしげ、思い切ってディスプレイを見せてみた。すると飯田さんも同じアプリだったようで、訝しむ。
「なんでしょうね、これ」
「入れ替わり……アプリ、って」
説明には、アプリを所持している者同士で肉体を交換できる、ある手順を踏むと記憶も得られる、入れ替わってからおよそ一ヶ月程度で戻れなくなる、入れ替わった状態から他の人間と入れ替わることは出来ない……などという説明が羅列されている。
あたかも、他人と入れ替わることが出来るかのような記述だった。
俺はひたすらに訝しむ。このアプリは明らかに眉唾ながら、俺と飯田さんのスマホに同時にインストールされた。まるで使え、とでも言うかのよう。
しかし飯田さんはスマホを握りしめ、決心したように俺の顔を見据えた。
「……あの、三島《みしま》さん。これ、使ってみません?」
俺の姓を呼び、先ほどまでの苦悩を抱えながら提案してくる。冗談は一切ない。
「いえ、でも……」
「戻れるみたいですし。あたしも、男の人になって……えっと、その……体験できれば、旦那の気持ちも理解できるかも。三島さんも……あたしの身体、愉しんでもらって構いませんし……それで、あたしの気持ちも知ってくれたらな、なんて」
微かに顔を赤らめる飯田さん。思わず一目惚れしかけた美貌、セーターに覆われ不詳な肢体に目を奪われる。夫以外の男に身体を預ける、という構図は不倫にも等しい気もしたが――飯田さんの身体を味わえる。その誘惑には抗い難く、俺はつい首を縦に振ってしまった。
その日の残りのレッスンは悪天候により中止。俺は先にホテルの割り当てられた部屋へ戻り、インストラクターの飯田さんも帰宅を強行せずホテルで一泊することにすることになるという運びになった。
午後3時。俺は――飯田さんの部屋を訪れる。入れ替わりアプリとやらを、実行するためだ。
スキー場併設のホテルの一人部屋、俺達は向かい合う。アプリは予め登録すれば遠隔でも利用できるようだが、最初は対面で使ってみることにした。
「ではひとまず、入れ替われるかどうかですよね」
「確かに! あたし、もう信じちゃっていました」
と、飯田さんは笑う。一切疑いなく、身体を入れ替えようとしていたのは彼女らしい。
「アプリで登録済み……これで、入れ替わり申請、と……」
「わ、来た」
俺から飯田さんへ、入れ替わり申請を送る。数秒後に飯田さんのスマホに通知が届いて震えた。
「じゃ、じゃあやりますよ? いいんですね? あたしに身体預けて」
「こっちのセリフですよ。ご結婚されているんですから」
「わかりました……なら、え、えいっ!」
目を閉じ、振りかぶった腕で勢いよくスマホをタップする。ほどなく、入れ替わりが承認されましたとのメッセージが表示され――
――俺は、バランスを崩した。
「んっ、あっ!?」
「うわ、あたしだ!」
すぐ、俺自身の声が真上から聞こえてくる。ホテルのベッドの土台、スリッパを履いた脚、真上から見える胸元の膨らみ。
疑念はない。入れ替わりとやらが、実行された。あのアプリは、本物だったらしい。そして俺は、えらく気合を入れた飯田さんの動作を引き継ぎつつ一瞬気を失ったために、転んでしまったのだろう。
「ほんとにあたしだー……」
「すご」
俺はゆっくりと立ち上がり、自然と二人鏡で並ぶ。フレームには見慣れた自分が姿があるのに、自分の意志では動かない。かわりに、隣にいる別人がペタペタと己の身体を触る光景が映し出されている。
腕を交差させ間を隠すと、思ったのとは反対の手をつい動かしてしまうなんていう実験が頭によぎる。それが今、肉体、全身で起きているかのようだった。
鏡の中の『俺』は興奮したように振り返り、『飯田さん』の手を取った。その瞳は、俺のものと思えないくらいキラキラとしている。
気圧されるが、もう後戻り出来ない。
「じゃあ、約束通り……ね? それぞれ、してみましょう! おめでとうございます、飯田さん!」
「は、はい。では失礼……あ、違う」
部屋を出ようとして、立ち止まる。今は俺が飯田さんで、飯田さんが俺。それぞれ、身体に従った部屋に戻らなければならない。
飯田さんはもう適応しているようで、そんな俺を手で制してくれた。
「あたしですよ、出ていくの。なにかあったら、スマホに連絡下さいね!」
「分かりました」
「じゃあ、また!」
ぺこりとお辞儀をした飯田さんは、足早に部屋から出ていく。
一人。真っ白い外から聞こえる風の音だけが聞こえる部屋で、俺は一人になったのだった。
◆◆◆◆◆
現実感のなさに放心していた俺は、数十秒後経ってから我に返る。
「……飯田さんだ」
鏡のフレームに収まっているのは、今度こそ、飯田 真理華《いいだ まりか》さん一人だけだった。茶髪をポニーテールに結った、健康的な美女は俺自身だと訴えかけてきている。
身体の感覚もそうだ。ベージュの厚手ニットワンピースは身体のラインを克明に象ってる。やや広めな肩幅と膨らんだ胸、くびれた腰と筋肉のボリュームがあるヒップまで。ぴったりと張り付いたリブタイツも、見事な脚線を描いていた。首からかけたネックレスもセンスがいい。
それでいて、締め付けるブラジャーの窮屈さ、タイツの蒸れ、障害物のない股間など、その感覚も俺のもの。そう、飯田さんの全てを俺は手に入れていた。
俺が飯田さんの提案を受け入れたのは、快楽に興味があったから。
それは性のアイデンティティなどという堅苦しい起源ではなく、単純な欲望。ファッション的に、女性の姿になりその衣服を着用していることも含まれていた。
「……すご」
それが今、実現されている。
俺はその場で回ってみたり、おそるおそるニット越しに身体を撫でてみたりする。脱力している所はもっちりしているのに、力を込めた箇所は硬くなる。身体のラインが出るニットも非常に蠱惑的だった。ゲレンデではもこっとしたスキーウェアを着ていたので、余計に映える。
この身体が本来自分のものでも、飯田さんのものでも――左手の薬指で輝く薬指が飯田さん一人のものでもなく、将来旦那との間に設ける子どものためのものでもあると、非難してくるかのようだった。
けれども、今だけは全てのしがらみを解き放ち、俺だけのもの。誰にも邪魔されない。
とくとくと心臓が高鳴る。俺、女性になってオナニーするんだ。それと同時、飯田さんが俺の身体でオナニーをするという事実も興奮する。
ワンピースとタイツを脱いで、黒地にマゼンタのラインが入ったスポーツブラとショーツの下着姿になる。むっちりとしながらも引き締まり、力強い飯田さんの肢体。
さらにスポーツブラを頭から抜き、ショーツも下ろす。中断したとはいえ十分に動いた身体からは芳しい香りがしていて、頭が撃ち抜かれたかのよう。
「すっご……っ!」
バストは少々控えめながら形がよく、桃色の乳首もぴんと勃っている。運動が好きみたいだし水泳もするのだろうか、股間はつるつる。剃り跡もないので、脱毛していそうだった。
なので、股間はちっとも隠れちゃいない。割れ目から不規則に飛び出る大陰唇が、ふるふると震えている。テーブルのスタンドミラーをとって、ベッドに座って脚を開くと、従ってアソコも開く。
ねっとりとした、糸を引いた。
――実のところ、入れ替わった当初からお腹がむずむずとしていた。ショーツの裏側で濡れて、熱を蓄えていることも。
俺の理性はぷっつりと切れる。この身体が借り物? 結婚している? 関係ない。
胸を揉み、もっちりと手のひらに吸い付く感触と指が沈み込む柔らかさを堪能しつつも、その刺激でじんわりと湧き出てくる優しい快感も受け取る。乳首はより鋭く、刺すように突き抜けていった。
おそらく生まれついての女性の多くは、自分の胸を愛撫したところで生まれ持った自分の一部という感覚がなくなることがない。逆に男にとって乳房は基本的に異性のもので、ホルモンやら手術で胸を膨らませたとしても、内側から熱を持つ感覚はきっと別物。
しかし俺は、本物の女性のおっぱいが自分の身体に備わり、それを男の目線で触っているあり得ない人間でもあった。それだけでひとしお。感情はどこまでも高ぶっていく。
そして身体も、発情しきっている。
「ぁ……んっ!」
胸だって異質なのに、アソコはもっと違う。腰を揺らしても棒や玉が振り子めいて動くことはなく、むしろ濡れたアソコで風を感じる。触ると直りかけの傷口を想起させる敏感さながら、痛みはない。
どこまでいじっていいのか、そんな躊躇だけは共通しているといえるかも。でも身体に毒でないと分かるならば、止まりはしなかった。
「んぁっ、ああ……ひゃふっ!?」
鏡で見ながら、ビラビラをどかして、包皮を剥き、クリトリスをこねる。指の腹を押し当て小さく円を描くように刺激しただけで、全身から骨が抜けていく。
意図せず、女性がオナニーするアダルト動画のように、指を揃えクレバスを多いながら左右に擦る。その光景もまた、自分が女性になって自慰をしている実感を得ていた。
やがてちらりと、快楽に歪む飯田さんの顔が見えてしまって――
「イく、イくぅう……っ!」
そう叫び――俺は絶頂した。
ぷしゃっと股間から液体が噴出し、ベッドの白いシーツと鏡を濡らす。脚が跳ねて、スプリングも音を立てる。
身体の中を乱反射する快感の余韻と虚脱感を足して2で割ることなく身体にのしかかってきて、俺は仰向けで倒れた。
「あぅ、うぅ……っ」
――あまりに凄まじかった。俺はベッドで大の字になり、はあはあと激しく酸素を交換する。未だに頭はぼやけていて、これなのになんでセックスが嫌いなのか、期待していた以上だった、などと散発的な感情が浮かんでは消えていった。
そして、あぶくの一つに見知らぬ光景が映り込む。ランドセルを背負い歩いた通学路、スキー部がないから所属していた陸上部に、男性との情熱的な夜。
飯田さんの記憶だ。入れ替わりアプリの説明にあった、ある手順により記憶が読めるようになるという記述、それは性的快楽だ。
むしろ入れ替わりたかった理由も、男の性感を試し旦那との溝を埋めようというのではなく、俺に知ってもらいたかったから――と、得た記憶がさっそく教えてきてくれた。
「そうなんだなぁ……」
それだけ飯田さんは、あたしは思い詰めていたことも手に取るようにわかった。
旦那はいい人だ。真面目で勤勉、些細なことに気づいてくれる。スキーという趣味も共通して、他にも諸々意見が合う。外見も好き。ただ子どもがほしいと言うだけじゃなく、その後の負担なども考えてくれていた。嫌いになれない。
ただひとつ、子作りだけが噛み合っていなかった。それは彼に離婚という疵を与えるには不十分で、飯田さん自身も客観と主観の間で揺れ動いていたことが、たった今他人事ではなくなった。
そして――その先の目論見も。
俺は愛液まみれの指をティッシュで拭ってから、スマホをとる。俺の電話番号からメッセージが入っていて、もちろん飯田さんから。楽しんだから終わったら会って話したい、との内容だったので、俺は折り返した。
ほどなく、飯田さんがやってくる。
「お疲れ様です、飯田さん」
「ふふ、飯田さんはあなたですよ?」
「ですけど……」
「そんなことより、どうでした? 念願の女性の身体は?」
飯田さんはジョークを飛ばしながらも、にこにこと話しかけてくる。記憶が読めるようになったので、俺が女性の快楽に興味があったことも筒抜けなのだろう。
「と思ったけど、訊くまでもないですね。それにすごい……あたしって、いい匂いしたんですね」
ベッドに座った飯田さんは、シーツのシミを見てつつく。さらに深呼吸もして、残り香を堪能していた。
当の本人、向こうも俺の身体で射精を果たしているとはいえ、恥ずかしかった。
「そしたら、わかりますかね? あたしが言いたいこと」
「……はい」
もう探り合いはまどろっこしい、とばかりに飯田さんは手を重ねてくる。
飯田さんの記憶にあったのは、この先の提案。もしよかったら入れ替わったまま生活をしてみないか――ということだった。
並んで座ったベッドが、少し沈み込む。
「女性の快楽、気に入ってくれました? そこだけ、今のあなた次第ですから」
「……素晴らしかった、です。とても」
「じゃあ、ひとまず……入れ替わったままで、いいですよね」
戻ろうと思えば、元の身体に戻れる。今ここで断る理由を刈り取る、言い訳だった。
そして一週間。俺は飯田さんの肉体が紡ぎ出す快楽の虜となっていた。
飯田さんと入れ替わったまま夜を明かし、俺は記憶に従い帰宅する。旦那である誠《まこと》と対面し、『いつも通り』と誘ってきた彼に応じる形で、俺は夫婦としてのセックスを果たした。
これが最高。入れ替わった日にオナニーをして男女の差に衝撃を受けたのだが、それとも比べ物にならない。なにかと言っても飯田さんが――真理華さんが旦那のことを愛していたのは事実で、セックスだけ苦手としていたところ、俺の性欲と探究心で上書きされる。相乗効果で、俺は失神するほどに至った。
真理華さんがセックスを苦手としていた理由は、記憶を掌握した今でもわからないし、俺の身体になった彼女へ訊いても不明。こうして俺が快楽におぼれていることを鑑みると肉体由来ではないことだけは確か、ぐらいの理解だった。
他、単に記憶が読めるだけではカバー出来ない仕事のことなども連絡を取り合いつつ、俺たちはそれぞれの暮らしを送っていた。
「んっ、あっ、ぁあっ――ぁあっ!」
「真理華……う、うぅっ!」
飯田宅の、夫婦の寝室。ダブルベッドの上は、誰にも侵されないふたりきりの空間になっていた。
寝そべった俺が脚を開き、その間に誠が陣取って腰を動かす。執り行われているのは、子作りなんて神聖かつ野性的な交尾ではない。人間だけがふける、男と女が快楽を求め合うだけのゲームだった。
俺達は正面から手を握りあい、求めて、粘膜同士の接触を愉しんだ。その時、たまたま避妊をしていないというだけ。誠の精子が、俺の奥深くへと潜り込んでいくのも――今の俺にとっては、結果でしかなかった。
「……はぁ、ふぁ……んっ」
「あーあ。相変わらず潮吹きすごいね、真理華」
「んぁっ」
びしゃびしゃと噴き出したそれを拭いながら、誠はチンポを抜く。ぽっかりと開いたまま呼吸をしている膣口から、とろとろと精液が溢れ出てきていた。
「もう、しょうがないでしょ。出したくて出してるわけじゃないんだから」
「気持ちよかっただけ?」
「うん」
俺は真理華さんのふりで、誠とのピロートークに興じる。かなり素直な人で、こと夫である誠の前では隠しごとをしないようだ。
この誠も話に聞いていた通り、いい男だった。外見も元の俺よりずっと爽やかで、仕事もできる。セックスに対する熱意という点は明確に違ったものの、俺にとっては都合がよかった。
誠の鍛えられた胸板に顔を埋め、乳首に指を這わせながら鎖骨にキスをする。このように甘えるのも、心地よかった。もう片方の手で、ぬるぬるでふにゃふにゃのチンポを握る。反応して、面白い。
「……そうだ真理華。あと半月したら、結婚記念日だろ?」
「結婚記念日……そっか!」
「忘れてたのか。まあ俺も忙しかったけどさ」
はっとして声を張ると、誠が笑う。ふたりが結婚してだいたい一年、その時期だ。
「久しぶりにスキー旅行にでも行こうよ。調べてたらさ、綯場《なえば》のホテルで調べてたらスイートルームにちょうどキャンセル空きが出来たみたいで、予約しちゃった」
綯場といえば、バブル期から続く国内有数のスキー場。今シーズンは誠の仕事が忙しく、また真理華さんのインストラクター業なども被って泊りがけの旅行には行っていない。結婚一周年のタイミングもかぶるならばピッタリだった。
逡巡する。真理華さんも記念日の近い土日は空けてあり、スケジュールはない。もちろん夫婦の営みはあるだろうが、もちろんスキーも楽しむのがメインになるだろう。セックスが絡まなければ、真理華さんにとって誠はよきパートナーだ。
しかしながら、そんないいところを選んだのは俺の働きも小さくない。これまでと打って変わって、妻がセックスに積極的になったのだ。誠も上機嫌、それこそ新婚ほやほやの甘々な毎夜や、学生時代の刹那的なまでの情熱を取り戻しつつあるんだろう。
「ん、ありがと!」
断る理由はない。それまでに入れ替わりを戻したほうがよく、それで真理華さんとしての暮らし――女性の快楽を愉しむ生活もピリオドが打たれるのかと思うと切ないものの、妻というポジションまで奪うことは許されないだろう。
――そう考えた俺は、誠が仕事に出て、家に一人のタイミングで真理華さんへと連絡をとる。しかし、答えは予想外のものだった。
『うーん……なんか、どうでもよくなっちゃったかも。誠くんのこと』
「ええ?」
電話越しに、俺の声で真理華さんはそう告げる。まるで学生時代のちょっと恥ずかしいあだ名を呼ばれたかのような、歯切れの悪さだった。
「だって、子作りのこと以外だったらこんなに好きじゃないですか。今の俺は、分かりますよ」
『他人になったからかも? なんでだろうね』
「なんでだろうね、って」
面食らいながらも、ほのかに芽を出す期待を抑えられず、俺は尋ねてしまう。
「じゃあ、戻らないつもりなんですか? このまま」
『あ、それいいかも! あなたもその身体気に入った、エッチが気持ちいいっていっつも言ってるじゃん』
正直――待っていた。元に戻らないで、それぞれ人生を交換しないかと向こうから持ちかけてくれるのを。
俺は真理華さんの感情に影響され、誠を好きになってきていると思う。それだけ、真理華さんも誠を愛していたということ。それをこちらから寄越せということは出来なかった。
『ね? だめ? 言い出すってことは、選択肢にあるわけでしょ?』
だから、この展開は願ったり叶ったりだった。ただ、気になることが一つ。
「でも俺の身体、そんなにいいですか?」
一番知りたかったのは、自分の全てと取引するだけの価値が、俺の人生にあったかということだった。健康ではあるし、ちゃんと仕事もしている。
ただ、客観的に見れば平凡極まる。
『えー……なんだろ? でも楽かな。ちょっとエッチな気分になったら、一回すれば収まるし。そうそう、それであたし考えてたんだ。エッチが嫌いになったんじゃなく、身体が興奮してる感じが苦手だったのかもって』
「……はぁ。でもそれで言うと、男はわりと些細なことで欲情しません?」
『しないよ?』
あっけらかんと、真理華さんは告げた。ひょっとしたら、俺が男としての性欲の強さをこの身体に連れてきてしまって、真理華さんの方にはあまり残っていないんだろう。
あの入れ替わりアプリそのものが謎の存在である以上、憶測で結論づけるしか無かった。
『まあその旅行ぐらいは、っていうんなら構いませんけど……あれ? アプリ、消えてる』
「え? あ、本当だ……」
通話しながらスマホをいじっていたんだろう真理華さんの声に、俺も確かめるといつしか例の入れ替わりアプリのアイコンは消えていた。アプリ一覧を開いても、存在しない。
電話を掛ける直前、これをまた使うことになるんだろうなと視界に入れていたので、本当に今。
ゲレンデのレストハウスで入れ替わる前に真理華さんがぼやいていた、子作りの役割を替われたらという願望と、俺は女性の快楽に興味があるから受けるというやり取り。
あの場では冗談でしかなかったが、思えばその直後に入れ替わりアプリが勝手にインストールされていた。そして、その後に覗き見た真理華さんの記憶によると、あれは本気だった。
それと同じように――今、お互い元の肉体に戻ることを拒んだ結果、アンインストールされたのだとしたら納得がいく。その現象そのものではなく、理屈として。
第一、人間の身体を入れ替えるなんていうアプリが実在するだけでも奇妙なんだ。人の本心を読み取り、叶え、跡を濁さず消えたことだけを取り沙汰すのもナンセンスだった。
「……戻れなく、なっちゃいましたね?」
『なら、しょうがないですね! それじゃあ三島さん……じゃなく、もう飯田さんですかね? 旦那さんとの旅行、楽しんできちゃってください!』
「あはは……わかりました」
――元の肉体に、元の人生に戻れない。それが覆せなくなったはずなのに、お互いの声は晴れやかで、嬉しささえ滲んでいたのだった。
そして来る結婚記念日。
俺は夫の誠とともに、二泊三日の旅程で綯場《なえば》スキー場を訪れた。思えば真理華さんの身体になってから初めてのスキーで、あの日とは異なり天候にも恵まれる。
鍛えられた肉体や、記憶による理論的な技術はもちろんのこと、真理華さんが感覚で掴んでいたコツも全て譲り受けている。少し進むにも怖かったのが嘘のように、俺はコース頂上付近から風を切り滑り降りていった。
隣には、誠。彼も久しぶりのスキーに胸を躍らせていて、何度か危ない場面もありながらスキーを終えた。
夜はスイートらしい部屋の硫黄香るヒノキの温泉に入り、静かに寄り添う。
「ふー……疲れたぁ。誠くん、筋肉痛大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
「ちゃんと運動しないと」
俺は自然と、誠の太ももを撫でる。それでも俺のより硬く感じられるのは、流石に男性ということだろうか。そっと手を広げ、ぐっと押し込みマッサージをしてあげる。
「凝ってない?」
「まだ来てないって。明日少し怖いけど」
「えーまだそんな歳じゃないって」
夫婦としての会話、スキンシップを楽しみながら二人の時間を過ごす。
中身が別人で騙している、という感覚は一切ない。それが人生交換というものだろうと割り切ったのと、昼間一緒にスキーをしたおかげで、より深く真理華とシンクロしていた。
「おい」
「バレた?」
ちゃぷちゃぷと湯の中でマッサージしていた俺は、ひそかに手をずらしていって誠の勃起したチンポを握っていた。
「……嫌じゃないけど、変わったよな」
「変わってないよ、いつも通り」
「なんかちょっと前まで、もっとエッチ嫌いだったような」
「んー……気分じゃなかっただけ」
そう言いながら、手首を掴んで引き寄せられる。俺は顔をあげ、誠の顎に口づけをした。もちろん、チンポはしごきながら。
「……んっ、っふぅ……おい真理華」
「しよ。誠くん、赤ちゃん作ろ? あたし、誠くんとの子、何人でも欲しいから……」
ざぱぁ、と立ち上がった俺は、ヒノキの枠にうつぶせで上半身を乗せる。お尻をわざとらしく突き出して、割れ目を引っ張ってみせた。
温泉とは違う、ぬめりが湧き出ている。
「このために、部屋にお風呂あるところとったんじゃないの?」
「そんなわけないだろ……っ!」
「ああんっ!」
誠は否定しつつ、俺の腰を抑えて一気に挿入してきた。
健気で淫らな妻の身体へ、夫のものは何の抵抗もなくにゅるーっと入っていく。とっくに下りてきていた子宮口にこつんと当たり、姿勢を整えて――バシャバシャとお湯を弾きながら、始まった。
「んぁっ、あっぁあっ、ふああっ!」
「真理華が誘うから……っ!」
十分もしないうち、中にたっぷりの精子が注がれる。でもまだ終わりじゃなく、温泉からあがったあともベッドで。こっちの方で筋肉痛になるんじゃないかってぐらい、俺達は愛し合った。
――翌日は、悪天候。けっきょくスキーは一度もできず、かわりに一日中セックスをすることになったのだった。