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【支援者限定】好きな女の子と入れ替わって戻れなかった話

 前回(https://gmnt-tsf.fanbox.cc/posts/9225280)の続きです。

 切ない感じだけどハッピーです。トゥルーエンドっぽくもあり。

 これ前回から一気読みだと最初からこうでしたってことで出せるけど、区切っちゃうとちょっとアレかもしれないですね。


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 和泉さんの家の風呂場は、それなりに綺麗といったところ。ただ、例によって日常の範疇にある清潔さだ。丁寧に畳まれた洗濯物やキッチンの片付き具合からすると、和泉のおばさん――今の俺にとっての母親は、ちゃんとした人だ。もし来客を泊めると分かっていたら、パッキンのカビや水垢なんかを全部落としているだろう。

 さて。まずは軽く身体を流す。俺は蛇口のカランからシャワーへ吐水方向を切り替えてから、赤いレバーをひねった。

「ちべたっ」

 最初は冷たい水。数秒で心地よいお湯になっていき、なんとなく三つ編みで形を保っていた髪もほどけていった。長い髪がだんだん重くなって、肩や首筋に貼り付く。妙な感じだ。

「……あ、やば」

 本当に、何も意識していなかった。いつも俺がそうしていたように、俺はなんの考えもなく――おしっこをしていた。

 いやいっそ一回分トイレットペーパーでのあれやこれやを回避できたと……いや関係ないなこれ。滝が別れるように、上から流れるシャワーから黄色い液体が飛び出している。すぐ目を逸らしたけど、これはだらしないというか、恥ずかしいというか。

 膀胱が弛む内側の感覚も、孔から吹き出す感覚も別物だった。最後にぴゅっと数回、勢いをつけて出し切るのも仕方ないとはいえ、ひどい罪悪感だった。

「はー……ふう……ぁ」

 早速傷を負いつつ、俺は湯船に浸かる前に手で全身を弱くこする。どこも敏感で、あからさまな局所は避けていたつもりだったのに、脇腹やお尻でさえじわっと温かくなったのはお湯だけのせいじゃなさそうだった。

 見た目では綺麗だった和泉さんの肌も、こうして触っているとべたつきや産毛が繊細に感じ取れる。腋なんかは優しくするとむしろくすぐったかったので、少しだけ力を入れると垢が出てきた。

 ……だめだ。これ以上は。一日だけ、手を抜かせてもらう。ごめん和泉さん。マンコやおっぱいを触ったら、俺は多分止まらなくなってしまうから。

 俺はお湯を止めて、やっと風呂に入る。でも触らないようにしたアソコや尻穴、乳首まで等しく水圧がかかって輪郭をくっきり象っていた。

「うー……」

 最低限、最低限。いっそもう身体を洗って上がってしまったほうが安全かも。身体を不用意にまさぐらないため入浴が適当になってしまったと言っても、和泉さんが怒るとは思えない。

 意気地なし、と言われたら……いや和泉さんだって俺の声で告白の続きを聞きたいと言ってくれたってことは、ちゃんと元に戻ってから親密な関係を始めることを望んでいる。今彼女の好意を盾にするのはズルだ。

 言い訳を固めた俺は、湯船から出て風呂イスに座った。

「えっと……どれだ」

 作り付けの棚を見る。上からくっきり家族別でアイテムが別れていて、父親のひげそりにシェービングフォーム類、母親のらしきアンチエイジングを謳うソープと角質落としの軽石などと縦に並ぶ。

 一番下が和泉さんのもので若い子向けのシャンプーやボディーソープはもちろんのこと、ボディスクラブや入浴用ヘアクリップなど俺に馴染みのないものに……使用中の光景を想像するのも憚られる、先の丸いハサミや『デリケートゾーンのニオイを抑える』なんて記されたポンプまで。

 ――あそこはあかすりじゃなく手につけた泡で洗ってすすいだあとにジェルをつける、だなんていう和泉さんの説明が頭に蘇る。一人で自分を慰めるみたいな動作で、和泉さんの手であそこを洗わなきゃいけない。

「ナシ」

 一日怠ったからって、そんな大変なことにはない……はず。和泉さんから頼まれたんだから、説明してくれたんだからという甘い誘惑と戦いながら、シャンプーのヘッドを押した。

「あ、これ和泉さんの香りだ」

 手のひらに琥珀色の半透明な液体を出し、泡立ててから優しく髪を洗っていく。たちまち、朝登校してきた和泉さんが隣の席に座る光景が瞼に浮かんだ。

 爽やかだけど決して鮮やかではない香り。なんと言うか知らなかったけど、パッケージにはハーブ&フォレストフレーバーなんて書かれていた。

 朝イチに和泉さんが漂わせていて、時間が経つにつれ甘酸っぱい和泉さんの体臭が混じっていくし、体育のあとはさっぱりとした柑橘系の制汗スプレーや石鹸の香りのボディミスト? を使っていたりする。

 隣の席とはいえ、俺って自分でも思ってたより和泉さんのことを見ていたんだな。気になっていたのはそうだけど、香り一つでここまで思い出せるなんて。

 その和泉さんになって、髪を洗っている。もし元の身体のまま……その、一緒にお風呂に入るようなことがあっても、俺は和泉さんの髪を洗ってあげただろうかというと、絶対になかっただろうな。傷めたら怖いから。

 より一層慎重な手つきになる。撫でつけるように髪に泡をなじませて、頭皮もしっかり擦る。

 ……揺れる、なぁ。上にあげた両腕を小刻みに動かしているので、どうしてもぷるぷると揺れていた。胸が。髪から分離した泡は乳首に当たり、すこし引きずってから床に落ちる。その瞬間を直視していないのに、それがわかった。

「ふう」

 シャンプーの次、同じく髪にぬりたくったトリートメントを流すのは最後。次に俺は、オレンジのあかすりを取る。ポリエステルなのはそうだけど、とても柔らかくて泡も立ちやすい。これもあかすりで皮膚を削るんじゃなく、泡を洗うイメージって言ってたな。

 和泉さんは、身体のどこから洗うんだろう。ていうか先に髪洗ったけど良かったのかな、そこは聞いてなかった。

 しばしあかすりを握って硬直してから、まあ脚からでいいだろうと身を屈める。ちらちらと視界の端っこに映る、おっぱいのピンク色やYの又部分で濡れている黒海苔に集中を乱しながら、あかすりで足の裏を擦った。

「っふぅ……ひゃんっ!? ――いったっ!」

 セルフコンボ。くすぐったさに腰が跳ねて、脚も持ち上がり、硬い床にかかと落としを決めてしまった。怪我には至らず、脚の痛みもすぐ引いたのは幸い、しかしもっと重大で無視しがたい甘い痺れが身体の芯に響いてしまった。

「あう……や、ふふぅ……っ」

 ふくらはぎ、膝、太もも。股間をよけてお腹。おっぱい、肩、腕。細心の注意を払い、ごくゆっくりとしていくと、徐々にムラムラしてきてしまう。

 男は勃起という目に見える反応が出るけど、女性はそうじゃない。その分全身がじっくり火照ってくる。男みたいについ出っ張ってる部分にふれるなんてことはなく、わざとじゃなきゃ暴かれない身体の内側がもどかしくなるようだった。

「はー……もうだめ」

 理性の糸が切れる直前。俺は身体を洗うのを諦めた。シャワーのお湯を少しずつ下げていって、冷水にする。気が引き締まって発情も……収まりきりはしない。今度は鳥肌が立って、乳首もぴんと勃ってしまった。

 おっぱい全体の表面が縮んで、てっぺんに集まり硬くなる。男でも鳥肌が分かるように、乳首がビンビンになっていた。

 でもいくらかマシだ。俺はもう風呂蓋をかけ、風呂場を飛び出したのだった。


「……はぁ」

 髪も身体も濡れっぱなしなので、洗面台で絞ってから、オレンジのバスタオルで身体を拭う。

「ただいまー。入っていい?」

「おっ、おかえり。まだだめ、待って」

「もうお父さん、小夜がお風呂に入ってるんだから」

 しかも丁度、扉の向こうから男性の声。おそらく和泉さんの父親が帰ってきたところで、おばさんもすぐそこに居るみたいだった。

 両親の前で、妙な気は起こせない。ここまでくれば、興奮は冷めきってくれた。

 俺は積んでいた着替えの上から、まずブラジャーをとった。サーモンピンクのドット柄で、改めて見るとフリルやメッシュでだいぶ少女趣味だけど、これは和泉さん自身で選んだのかな。さすがに高校生だし、親が買ってきたものをそのまま使っている、なんてことはないか。

「ええと……」

 和泉さんいわく、普段は胸をしまってそのまま後ろでホックを留めるけど難しいなら前で留めたあと回してもいい、と言っていた。そうさせてもらい、肩紐に腕を通して前で二つのホックを引っ掛ける。

「あ」

 ブラを回して、引っかかってから気づく。肩紐あとだな。俺はひと手間余計にかけながら、ようやくカップを前に持ってきた。柔らかさを指先に感じながら、乳肉を詰め込んでいった。

「軽い……」

 肩紐も通すと、肩や締付のかわりに胸元が楽になる。分散させる、というのが正確だった。風呂上がってすぐは蒸れるからあとで、とも言われていたことを思い出したけど、最後に身体を冷やしたのが功を奏しもう粗熱はとれていた。

 さらにショーツも穿く。ブラもそうだけど、これまでは全て脱ぐ作業だったところ、自ら女の子の、和泉さんの下着を身につけるというのは気恥ずかしい。パートナーに自分の衣類を着せて興奮する性質をもつ女性なら別だろうけど、和泉さんは違うだろうし。

 その後髪を乾かしたり、ケアをするのは純粋に手間。面倒で、他人がどうこうとか、和泉さんがどうこうと感慨に耽る余裕はなかった。タオルドライして、ドライヤー。家にあるやつより、出力高め。

 髪が乾いてから、シンプルなグレーのシャツとスウェットを着る。色気がないことに助かりつつ、これが和泉さんのだと思えば関係ないと思いつつ、むしろこの中にあの華やかな下着を着けているギャップにもドキドキしつつ。

 俺はようやく、洗面所を出た。スリッパを履いてLDKへ。

「お父さん、あがったよ。私寝るから」

「おーう。おやすみ」

 食事をしていた父親へ声をかけて、和泉さんの部屋に戻って来た。ドレッサーにあった化粧水にクリームをとり、さっと肌に広げていく。わりとあっさりめで、これぐらいは俺もしているのでなんてことはなかった。


「これで終わりか」

 ようやく一息。俺はベッドに寝転び、一応布団をかぶってからスマホをとる。

 いくつかのメッセージ。和泉さんの友人知人のものは体調悪くてスマホ見てなかったと言い訳するとのことなので放置。俺のアカウント――和泉さんからもメッセージが届いていたので、開いてみる。

 いくつかのURLに『メッセージ見たら電話ください』と添えられていた。俺はその通り、URLを開かないまま音声通話をかける。すぐに、和泉さんは出てくれた。

「もしもし、えと……長野、くん?」

『和泉、さん。こんばんは。今さ、周りに人居るかな? おしゃべりできる?』

「だい、じょうぶ。部屋に一人だから」

 緊張した俺の、和泉さんの声。まあ元の身体だったとして、和泉さんとの通話なら俺の声色はこんなものになるだろう。

「今お風呂とか済ませたんだけど……ごめん、触らないように見ないようにしてたから、少し雑になっちゃった」

『そう、おつかれ。全然平気、むしろ気を使ってくれてありがとう……それで、URLの件。悪いけどさ、スピーカーにしてマルチタスクでURLの中身見てくれない?』

「うん、そんなに急いで、どうしたの?」

『私達が入れ替わったの、前例があるっぽいの』

「……え?」

『スマホ借りて調べてたの。そしたら一応、手がかりがあった』

 まさか、こんな出来事がぽんぽん起きているんだろうか。元に戻る方法が記されているのかも。逆に元に戻れていなかったら。俺は期待と恐怖を持ちながら、URLを開いた。

 ページをチェックしながら、和泉さんの推理に耳を傾ける。


 ――URLのひとつは、実名登録のSNSの40代女性ユーザ。プロフィールにある出身校が俺等の通っている高校と同じで、その当時の投稿から残っていた。

 ある日を境に、日記を毎日更新していた彼女の投稿が二日も空いて、『女も楽じゃない』とか『なんか違和感がある』のような意味深なワードが入り短い日記が数日。それから一週間程度で元のマメな彼女に戻っていった様子が残されていた。

 そしてまた別なURLは、十年近く前の投稿。高校生の頃、ある日自分がクラスメイトの男子だったような気になったことがある、今でもたまに男の子だった頃の夢を見る、というような旨が記されていた。

 他のURLも、元が女性教師だったように錯覚すると綴っている一般男性のログ。こちらの出身校は明かされていないものの、なかなか優秀な柔道選手だったようで、同じ高校代表として出場した大会の輝かしい記録が実名でネットにも残っている。

 そして最後のURLは気象庁、俺達が通う学校付近の一日のデータ。夕方頃に凄まじい降水量を記録している日で、それは40代女性の更新が一旦途絶えた日だった。


『――だから、もしかしてだけどこの人たち、私達と同じように入れ替わったんじゃないかって』

 学校の七不思議やオカルトの可能性が真っ先に浮かんだ和泉さんは、身体が入れ替わった出来事ではなく地域にフォーカスして調査を始めたらしい。そこで学校名から検索してヒットした中に、先程のいくつかのエントリを発見。気象データとつなげていったとのことだった。

「……すごいね。よく調べてきたね」

『ありがとう。でも……解決方法は、どこにも……』

 前例はあった。ただ、結果は芳しくない。同じく入れ替わりに遭ったらしい人は元に戻った風でもないうえ、だんだんと元の人と混じり合っていって、最後は自分が元々誰だったかさえ不確かになっているとしか読み取れなかった。

 和泉さんの声は暗い。

「じゃあ俺らが新しく例を作ろうよ。この人たちが俺等と同じとは限らないし」

『でも……』

「今日は色々あったんだから、まずは寝て、頭すっきりさせよう。明日に行ってから、また考えよう。ほら、この現象が過去に起きてるってことは、学校がトリガーじゃないかもしれないし、元に戻ってネットに残してないだけかもしれないじゃん」

 自分を奮い立たせるためにも、和泉さんを励ますためにも、耳障りのいい言葉を並び立てる。そう、別にあれが一つの例なだけだ。

『……そうだね』

「まずは明日、朝会おう。今日は寝て、また明日考えよう」

 多少は元気が出てくれたようだ。和泉さんの声が、わずかに明るくなる。

「そうだね……きっと、元に戻れるさ」

『……うん。ありがとう、長野くん。私、こんなことになった相手があなたでよかった。もし戻れなかったとしても……』

 電話口で、和泉さんの声が震える。涙声になってるみたいだった。

 男と入れ替わるなんて、不安で仕方ないだろうな。本来なら何をされるかわかったもんじゃない。何をされても自分がやったこととして扱われ、元に戻ったとして証明する手段もなく。

 いつも学校で見ていた、強気な和泉さんじゃない。それだけ弱っていて、その一面を俺に見せてくれているということ。男として……今は女の子だけど、さておいて応えてやらなきゃ。

「俺も。安心して……なんて言えないけど、大事にはするよ。いつか身体は返す、絶対返すから」

『……長野くん。ごめん、泣きそうだし……電話切るね。おやすみ』

 消え入りそうな声で、和泉さんは告げてくる。おやすみの返事をする前に通話は終了してしまった。


 絶対、元に戻ってやる。そして、和泉さんの彼氏になるんだ。




◆◆◆◆◆




 深夜。目を覚ました直後に、自分が和泉さんになっている事実を思い出す。ブラジャーの締め付けや、ショーツの違和感やら、お腹の圧迫感やら。

 尿意だ。昨日はお風呂に入りながらの一回しかしなかったから、溜まるものが溜まっていた。俺はベッドを出て、暗い階段を降りる。

 廊下のスイッチを押してから、俺はトイレに入った。便座の蓋をあげて、するっとスウェットのズボンとショーツを下ろし、ちょろちょろと――

「……あれ?」

 一気に目が覚める。俺、トイレに真っ直ぐ来てたか?

 昨日寝る前、歩き回って場所を把握していたとはいえ……それに、まだトイレには入っていないのに灯りのスイッチの場所も迷いがなかった。換気扇、トイレの灯り、廊下の灯りと縦三つに並んでいるところから、知っていたかのように真ん中を押した。

 昨日和泉さんとして帰宅してきてから、家の電気やモノの配置にいちいち注目して妙なことをしないようにしていたからこそ、自分の行動が異様だと自覚できる。

 今穿いているものを下ろした時だって、あまりに自然。排泄のためとかそういう言い訳をクッションせず下着に指を差し入れたし、今だって……なんら特別感なくおしっこをしていた。

 まさか、元々自分が誰だか分からなくなるってこういうことなのか? 和泉さんの記憶や習慣がにじみ出ていって、いつの間にか自分が誰だったかも曖昧になる。

「……」

 でも、まだ……トイレットペーパーであそこを拭うことにためらっている自分もいる。まだ全部じゃないし、俺が俺だという人格は変わっていない、はず。

「ぅ……」

 柔らかくて、ねちょっとしてる、和泉さんのあそこ。そうだ……俺が俺として和泉さんに遠慮できているんなら――興奮できるんならセーフ。

 俺の家とは反対側についている押しレバーで流したあと、悶々としながらベッドに戻った。

 ――俺、触ったんだ。お風呂の時も泡をつける程度だったあそこに、紙越しとはいえ。手には柔らかさだけじゃなく、その……汚れとかが着いているかも。手は洗ったけど、匂いがこびりついてたりとか。

「だめ」

 和泉さんの声で、制してもらう。明日和泉さんに会ってから、ちゃんと話そう。早く元に戻る方法を探して、俺は俺として和泉さんに興奮したいんだ。



 翌朝。俺は考えることなく、和泉さんの朝ルーチンをトレースする。起きて口をゆすいでから、用意されている朝食を摂る。朝は家族バラバラで、済んだらすぐ学校の支度。スウェットを脱ぎ、恥ずかしげもなくセーラー服に着替えて、仕組みさえ知らなかった三つ編みを結う。

 一晩だけなのに、変化は如実だった。手が勝手に動いて仕方ない。

「行ってきます」

「早いね。用事?」

「うん。委員会」

 玄関でおばさんに嘘をつきながら、いつもより一時間も早く家を出る。和泉さんからも家を出たとの連絡があった。


 知らない通学路を、地図アプリもなくまっすぐ学校に到着する。学校は開いているけど、まだ朝練の生徒も来ていないような早朝だった。

 下駄箱もほとんど空っぽ。上履きでなく外履きのシューズが入っていたのは、俺と和泉さんのところだけだった。

 佇んでいるのは、いつも通りの俺。制服の着崩し方や荷物の持ち方、足さばきまでどう見ても俺だった。

 きっと俺も、和泉さんから見たらいつもの自分だろう。

「長野くん、おはよう」

「和泉さん、おはよう……あのさ」

「……うん」

 挨拶もほどほどに、特別教室棟にある会議室へ。施錠されておらず、朝はほとんど人が来ない部屋である。

 イスに座れるほど、心は落ち着かない。そわそわしたまま、廊下や外から死角になる壁際の隅で向かい合った。

「和泉さん、昨日はありがとう」

「長野くんこそ。色々、気を使ってくれたみたいで……私、嬉しい」

 数秒の静寂。前向きな言葉はいくらでも手元にあったけど、どれを取る気にもなれない。深夜から朝にかけての出来事があったから、俺にも焦りがあった。

「でもさ……言いにくいんだけど、俺、ちょっとずつ和泉さんになってるかも。なんか家のものとか、すごく自然に扱えてたり」

「私も」

「……やっぱり、あの日記と同じなんだ」

「本音を聞かせて。長野くん、私達元に戻れると思う? ……聞き方違うな。私達が元に戻る方法があって、それをお互いの人格が混じらない数日のうちに実際に試すの、できると思う?」

 データからすると、きっと日記の彼らも俺達と同じく落雷に起因して入れ替わりが起きたとみえる。ただ和泉さんが送ってくれたURLの日記の主が、戻ろうと努力したかどうかは不明。ただ結果として、解決はしていない。

 和泉さんは苦々しい表情のまま、尋ねてきた。俺の主観や希望的観測でも、意気込みでもない、総合してもとに戻る方法があるかどうかを突きつける。

「正直、無理だよな」

 ただ落雷で入れ替わりました、ならまだ余地はあった。しかしこんなに早く、記憶の混線が始まってしまっている。おそらく、一週間で元の俺ではなくなり、元の和泉さんになるんだろう。

「そうだよね、私もそう思う。だから、ってことじゃないんだけど……私、まだ心は女の子のままなの。私、まだ和泉小夜のまま、長野くんから……昨日途中だった言葉を聞きたい」

 俺の顔で、和泉さんは泣きそうになっていた。和泉さんだって、このセリフを俺の声で言いたくは無かっただろう。

「いいかな。そうしたら私、長野くんの心になっても後悔ない」

「……奇遇だ。俺も、俺として伝えたかった」

 今朝リップクリームを塗って、ぷるぷるに潤う唇を噛みしめる。和泉さんは肩で息をした。

「クラス替えで一緒になってすぐは可愛いなって思って、でも正確ちげえなってそういうんじゃなかったんだけど。半日身体を借りて分かった。自分でもキモいくらい、和泉さんのことを見てた、俺。このままなら和泉さんの全てを知っちゃうんだけど、そうなる前に……えー……君の心を、見たい」

「……うん」

 和泉さんの、女の子の声で前置きをやり直す。俺はお辞儀をして、腕を差し出した。


「和泉さん。好きです。恋人に……なってください」

「……喜んで」

 俺の出した手を、和泉さんは握ってくれた。




◆◆◆◆◆




「急げ、急げ」

 ばたばた、ばたばた。普段からお母さんが整理してくれているけど、それでも見てほしくないものもある。洗濯物はしまっちゃって、出しっぱなしの部屋着やターバンはまとめて洗濯カゴに。スタンドミラーとかも片付けちゃう。

 きっと舞台になるベッドも、シワを伸ばしておく。なら新しいのにしておけばよかったけどもう時間はない。滅多に遠出しない母さんや父さんが葬式で帰省した、降って湧いたチャンスだった。

 ようやく恥ずかしいものはなくなった……はず。男の子を部屋に入れるのは初めてだから、何に注目されるのか――思い出せないけど、私は扉を空けた。

「い、いいよ長野くん」

「おう……緊張するな」

 待たせていた長野くんを、部屋にあげる。緊張しきりで、かちこち。まあ私もだけどさ。長野くん――元々は私だった長野くんは、二ヶ月くらい前まではこに住んでたはずなのに。



 あれから、私達は元に戻れなかった。あの日記と同じように、一週間もすれば自然と自分が和泉小夜だって思うようになって、一ヶ月もすると元の自分のことはほとんど記憶から消えていた。

 でも、私達の恋人関係は続いている。それに私が長野くんとして告白したおかげか、自分が長野くんだったこととか、長野くんとして私のことが好きだった気持ちとかは忘れていない。

 恋をしていた和泉小夜と一つになった、っていうような感慨はない。ある日見たとんでもない解像度の夢をずっと憶えていて、ふとした時に頭で投影されたりする感じかも。長野くんとしての気持ちも、夢の中にあった感情といえばそう。

 でも、長野くんが私のことを好きなのは疑いようがないのはすごい幸せだった。



「俺……女の子の部屋、初めて入るからさ。前のことも憶えてないし」

「私だって、初めてだよ男の子を部屋に入れるの」

 ふたりとも、そわそわしてる。世間話や部屋のことなんてどうでもいい。いつ始めるか、どっちから切り出すか……どんな言葉で誘うかだけだった。

「……今日、両親いないからさ」

「おう……そういうこと、なんだよな」

「もちろん……はっ、初めてだから、優しく、ね?」

「俺も」


 見つめ合って、手を繋ぐ。キスをしてから――私達は、ベッドになだれ込んでいくのだった。

【支援者限定】好きな女の子と入れ替わって戻れなかった話

Comments

記憶が読める 染まっちゃうとそうですよね。 そうならないで ほんとうは足掻いて欲しいですけどね。

丸井主将


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