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タイトル通り、合意で入れ替わったうえ、戻る手段はありつつ合意で戻らずそれぞれ幸せになるような話ってあんまり見たことないなあ、もしかしてあんまりえっちにならないのかなあと思って書きました。ちゃんとえっちになったと思います。
以下本文です。
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「起きろ稜斗《りょうと》!」
「っぐ――」
ある戸建ての家屋、朝の爽やかさを怒号が切り裂く。
二階の部屋の中では、筋骨隆々な中年男性が少年を睨みつけいる。まだ二月と寒い時期で、少年は寝ぼけ眼で丸まろうとするが、男性はそれを許さない。乱暴に掛け布団を剥ぎ取る。無理矢理に立たせ、部屋から出した。
その少年、稜斗の朝は父に叩き起こされるところから始まる。
稜斗はいわゆるチー牛、陰キャ、根暗などと呼ばれる15歳の中学三年生の少年。体格だけは親譲りで悪くないものの、性格は優しくも控えめでぱっとしない。
彼の父親は気質の古い人間であり、そんな一見なよなよとしていて男らしくない稜斗を『叩けば直る』くらいに考えており、厳しく育てていた。母はなく、母代わりの歳の離れた姉も似たような教育を受けたため、家庭内に味方はいない。
父から口に朝食を詰め込まれた稜斗は、学ランにジャンパーという姿で家を出た。関東圏で雪が積もる気候ではないが、寒いものは寒い。稜斗はぶるぶると震えながら、通学路を歩き出した。
稜斗が通り過ぎそうになった隣家の玄関の扉が、勢いよく開く。出てきたのは、幼い娘とその母親であった。幼稚園に行くのを嫌がっているのか、娘は泣き叫んでいる。母親は心底苛立った顔で、娘の腕を握っていた。
家の中からは、スーツ姿の男性がしょんぼりとした表情で手を振っている。
「ほら幼稚園行くよ! パパはお仕事! パパも甘やかさないでって言ってるでしょ!」
母親は綾音《あやね》という、32歳の専業主婦である。
元は穏やかな性格で夫と純粋に愛し合っていたものの、妊娠出産時のストレスに始まり、わがままな娘の育児疲れによって気が立っていた。さらに今でも夜の営みを求めてくる性欲の強い夫にも嫌気が差していて、先程のような言動をとってしまっていたのだった。
稜斗は足を止めない。騒がしい綾音母娘との会話はおろか、目を合わせることもなくすれ違っていく。綾音も一切稜斗のことを気にかけないで、やってきた幼稚園の送迎バスへと娘を放り込んだ。
お互いがお互いをお隣同士だと認識しているが、それ以上の関わりはない。そんあ関係だった。
学校を終えた稜斗は、重い足取りで家へと帰ってくる。家のインターホンを鳴らし、家にいるだろう姉が出てくるのを待ったが、一向に反応がなかった。
稜斗はスマホを確かめるが、なんの連絡もない。たまたま姉が出かけているだけのようだった。
(はぁ……ついてないな)
寒空の下、玄関前にうずくまる稜斗。ここ一帯は住宅や畑、水田が多い。暖を取れるコンビニなどの施設は最寄りで15分、稜斗は待つことを選んだ。
「ん、お隣くんじゃん。外でどうしたの?」
そこへ、買い物から帰ってきた綾音が声をかけてくる。今朝のイライラは収まっているようで、顔の険しさはなくなっていた。むしろ、優しげで温和な顔だ。ケーブル編みの白いセーターに厚手のロングスカートという落ち着いた服装も、拍車をかける。
「その……家に人が居なくて、締め出し食らっちゃってて」
「へー……じゃあ家きなよ」
「え、いいんですか?」
稜斗は驚き、立ち上がる。綾音の家族が隣に越してきて一年、いつも夫に怒っているか娘を叱っているところしか知らない稜斗は、そんな優しさがあったのかとかえって戸惑った。
「あたしが気になるんだよね、家の前に居られると」
綾音の言葉は良くも悪くも嘘ではない。有り体にいうなら、目障りとすら言い換えることもできた。
「ほら、いいから」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
招き入れられた稜斗は、綾音の家に入っていく。家は新築でありとても綺麗。暖房も効いていて、とても暖かかった。
リビングダイニングキッチンのソファに座った稜斗は、キッチンの方でお湯を沸かしてくれている綾音を眺める。
(美人さんだよなぁ)
ワンレングスの真ん中わけ、きりっとした顔。一児の母だというのにほっそりとした身体つきと若々しさは、稜斗から見ても十分な美人だった。
「ん」
「ありがとうございます」
ホットココアを受け取り、すする稜斗。冷えた身体が内側から温まっていく。
綾音もココアを飲みながら、ざっくばらんに稜斗へと尋ねる。
「ふー……部活終わり?」
「いえ、中学三年生でもう引退してます」
「あそっか。運動部……って感じじゃなさそうだね」
「恥ずかしながら。父さんからは、高校こそは運動部に入らなきゃ勘当だって言われてて」
「あっはっは。言ってそう」
綾音は笑いながら、知っている限りの稜斗の家庭環境を思い描く。時代錯誤、昭和の根性論。そんな感じだった。
「うちもある意味、似たようなもんなんだよね。娘も大きくなってきたし、またなんか仕事したいなー……とか思って。家にずっといるんじゃなくて色々したいんだけど、旦那がダメって」
「言い方悪いですけど、女は家にいろみたいなことですか?」
「そうそう」
稜斗と通じ合った喜びに、綾音はぱんと手を叩いた。
「結婚する前からその気はあって、大切にしてくれてるぐらいに思ってたんだけどなぁ……スポーツジムとかもダメだってさ。人前で肌さらすなって」
「それは……ひどいですね」
ずっと気が立っていて娘や夫にも優しくない女性、というのが綾音に対するイメージだった稜斗。しかし実際の話を聞いてみると、夫にも責はありそう。本来の綾音はフランクで明るく、話しやすい人物だと思えた。
綾音は脚を組み替える。ロングスカートの内側、肌色のパンストが覗いて稜斗はどきりとした。
「さて問題。そんな旧態依然とした夫が、子育てに参加してくれるでしょうか」
「……いえ」
「正解。もうつきっきりじゃなくてもいいからマシになったけど、なんもしてくんない。甘やかすだけ」
ぶつぶつと不満を言い続ける綾音。稜斗は愚痴に付き合わされるために呼ばれたのだと悟る。
「それにさ、娘の世話と家事で疲れてるって言ってんのに、夜も猿みたいに求めてくるし。まあそっちは娘を盾にして断ってる。辛辣な言い方だけど、父親の自覚あんまりないのかなって」
「は、はぁ……」
稜斗は綾音が男に抱かれている光景を具体的に想像してしまい、顔を赤らめる。娘もいる夫婦なのだからセックスをするのは当たり前だと頭で理解しつつ、綾音の口から仄めかされるのは刺激が強かった。
「あ、ごめん。中学生に言っていいことじゃなかったね」
「いえ……僕でよければ、話し相手にはなりますよ」
「ありがと。優しいんだね、稜斗くん」
またも、どきりとする。恋愛にも奥手な稜斗は、異性からここまでストレートに好意を伝えられた経験などない。人妻だと分かっていながら、微笑んだ綾音に惹かれていた。
「でも、だから大変なんだろうねー……あのお父さんとはうまくやれてないんでしょ……って言ったら決めつけすぎるけど」
「……事実なので、大丈夫です」
話が途切れ、しばしの静寂。
「稜斗くんはあと二ヶ月ぐらいで高校生かー……いいなー……青春やり直したいなー……はあ、なんであんなのと一緒になったんだろう」
稜斗にとって高校生になることは、望まない運動部生活の始まりを意味する。運動自体が嫌いとまでは言わないものの、部活として取り組むほどの真剣さや気概はなかった。
「替わってほしいくらいですけどね、綾音さんに……学校もあんまり好きじゃないし、家事したり子どものお世話していたいです」
「面白いこと言うじゃん。まあ確かに、娘は幼稚園に預けてるから割と暇なんだけどさ」
綾音が見かける稜斗は、たいてい父に怒られている。そのため、これまでは内向的でどうしようもない根暗少年という印象だった。しかし実際に話してみると、決して口下手ではなく心優しくもある。図体の大きさからは想像できない、繊細な性格なのだと思った。
「ふーん……あ、そうだ! ちょっとまってて」
そこで、綾音はいきなり立ち上がる。スリッパをバタバタと鳴らして二階へ上っていき、夫婦の寝室へ。
「あった」
ドレッサーの奥深くから小箱を取り出し、中身も確かめた綾音。すぐリビングへと戻り、小箱を稜斗へと見せつけた。
「じゃーん」
綾音が自慢気に稜斗へと見せつけた怪しい小箱、そこには『入れ替わり装置』と書かれていた。
ぽかんとしている稜斗をほっぽりだし、綾音は興奮気味に話しながら中身を取り出していく。
「これね、同意した人同士の身体を入れ替えられるの。アニメみたいに……これ、ホントは旦那にあたしの気持ちを味あわせてやろうと思って用意したんだけど」
出てきたのは、端子がむき出しになったようなケーブルと、その間に挟まっている謎のメーター。説明書もついているようだった。
胡乱げにケーブルを見つめる稜斗。
「えっと……なんです、これ?」
「だから、入れ替えるんだって。あたしが稜斗くんに、稜斗くんがあたしになるの。体ごと交換してね」
「……あの」
「冗談だと思ってるでしょ。あたしも思ってる」
稜斗はずっこける。こういう時、綾音だけは信じているものじゃないのか。
「一応使い方としては、二人で端っこを持って、その二人が身体が入れ替わって欲しいと心から願えばできるんだって」
「なるほど……」
「旦那とやったんだけど、絶対あの人あたしを馬鹿にしてたしやる気なかったもん。けど、稜斗くんなら? って思って」
そこまで言われると、少しばかり興味が出てきた稜斗。綾音の遊びに付き合ってやるのも一興だし、なにより綾音のような母親として過ごしたいと言ったのは嘘ではなかった。
「こんなんで入れ替わったら苦労しないんだけどね」
「ですよね」
綾音も盲信しているわけではない。大昔、似たような構造で二者間の愛情度を計ると標榜するおもちゃがあると綾音は知っていた。入手経路も雑貨屋であり、オカルトアイテムですらないジョークグッズのつもりだった。
「やってみましょ」
「はーい」
お互い、僅かな期待もなくケーブルの両端を掴んだ二人。何も起きない。
綾音は笑いながら、演技がかった声で言う。
「入れ替わった? おー、俺綾音さんになってるー……なんちゃって」
「……あ、これ空いた手を繋がなきゃないみたいです」
「あ、そういうのあるんだ。旦那とやったときもしなかったな――」
そうして、綾音はためらいなく手を差し出す。稜斗は照れつつ、綾音からの握手を受け入れた。遊びに付き合ったご褒美だ。
しかしその瞬間にケーブルのメーターが振り切って――
「――おお、俺が綾音さんに……え、うそっ!?」
その朗らかな声は、稜斗から発された。
「――え、あぁっ!? 僕が……ほんとに!?」
その震えた声は、綾音から飛び出た。
二人は自分の身体を触ってから、顔を見合わせる。
「……綾音さん、ですよね」
「うん、あたし綾音……じゃあ本当に、入れ替わっちゃったんだ!」
綾音が稜斗に問い、かけ、稜斗は自分が綾音だと答える。
――先ほどの怪しい道具によって、綾音と稜斗の二人の肉体は、本当に入れ替わってしまったのだった。
「え、すご……思ってたより、いいからだじゃん」
綾音は――稜斗の肉体を手に入れた綾音は、自分の身体を触り始める。ただ身体が大きいだけでなく、筋肉もしっかり備わっている。父親から受け継いだ体質と、父から強制されるトレーニングに育まれたものだった。
「う、うそ……僕に、胸がある……っ」
稜斗は――綾音の身体となった稜斗も、遠慮がちに身体に触れる。人並み程度の胸や小さいお尻、そして何もない股間もスカート越しに撫でてしまい、すぐ手を引っ込めた。
「本当だったんだ、これ」
声変わりを終えたバリトンボイスで、綾音はつぶやく。
「も、戻りましょう」
「そうだね」
稜斗の提案により、再びケーブルを持って手を繋ぐ。すると、あっさり元の身体に戻った。
今の出来事は、一体何だったのか。二人は戸惑いつつも、夢や幻でないことだけは確信していた。ケーブルが本物であることも。
二回出来たなら三回だって四回だって出来るはず。驚愕のあまりすぐ戻ってしまったが、もし相手の身体になれることなら、やってみたい。けれども、実行に移すのは倫理的にどうなのか。もし取り返しのつかないことになったら、言い出した方が悪くなる――
両者の思いは同じで、牽制しあうかのよう。やがて声を上げたのは、稜斗の方だった。
「あの……戻れるんなら、また、入れ替わりませんか? それで一晩でも少しでも、過ごしてみたいんですけど……」
「奇遇。あたしもそれ言おうと思ってた」
このへんてこな機械とも呼べないような代物が、真に入れ替わりたいかを検知しているのかは分からない。けれども、綾音も自分の心と興味には嘘をつけなかった。
綾音は稜斗に、稜斗は綾音に。同じ手順を繰り返したふたりは、再び相手の姿になっていた。
「……すごい」
「本物なんだ、これ……へえ。じゃあ一日、生活を交換してみよっか」
「簡単にでも、お互いの生活とかについて教え合ったり……が必要ですよね」
「そだね。じゃああたしから」
性別も年齢も立場も違う綾音と稜斗だったが、今や躊躇はなかった。
二人は普段の暮らしや家について、情報交換を行う。
稜斗の方は、学校では目立たなければよく、家では勉強しつつ父の指示に従って筋トレをしたりすればよいと教えた。元より家での自由時間は少なく、自分の意思を変に発露させなければ怪しまれたりすることもない。
綾音は家事をして、娘の世話をすればいいと話す。むしろ今の稜斗の振る舞いなら、大人しくなったことで夫や娘はそちらのほうが気に入るかもしれない、とさえ予想していた。
「――んで、傷つけたりしないならオナニーしてもいいし。でも時間ないかなー。旦那とセックスしたいならしてもいいけど、稜斗くんからしたら男同士だからちょっとアレか」
「は、はい……」
「そのかわり、あたしもオナニーとかするよ。どのみちトイレとかお風呂は避けられないわけだし、いいでしょ? 中学三年生なら、もう興味津々でしょ」
楽しげに綾音は話す。もちろん稜斗もひそかに関心のあったところなので、まったく異論はなかった。綾音としても、折角なら迷惑をかけない範囲で遊びたい願望があったのである。
他にも幾つかの連絡をしているうち、そろそろ綾音の娘が帰ってくる時間となる。そこで、お開きとすることとした。
「んじゃ。一日だけ、よろしくね。あたしの身体、大切にしてね」
「よろしくお願いします」
綾音は自分の身体を触ってにやにやしながら、家を出ていく。稜斗は大人の女性となった自分の身体にどぎまぎしながらも、綾音を送り出すのだった。
◆◆◆◆
(ここが稜斗くんの家の中かぁ)
稜斗の姉はもう帰宅していた。締め出されたのでお隣にお邪魔していたと告げると、姉は少しくらい寒さに耐えろと怒られた。
「ふーん……まあ男の子って感じだね」
綾音はのしのしと歩きながら、稜斗の部屋を見回す。
父が厳しいと聞いていた通り、小さなマスコットキャラのようなものも一切ない。勉強道具と筋トレ用具、娯楽らしい娯楽はいくつかのロボットのプラモデルぐらい。ゲーム機もなかった。
家事をして過ごしたいという願望から、稜斗が無趣味であると綾音は予想しており、的中していた。全て父親が芽を摘んでいった。
「可哀想だなぁ……」
一方で綾音は考える。もし自分が今稜斗になったなら、筋トレや運動こそが娯楽に出来るだろうと。
「……さて、と」
部屋の鍵を締めた綾音は、鏡の前に立つ。
容姿は地味だが、不細工でもない。背は高く体格に優れているので、下手にファッションを気に掛けるより、しっかりと筋肉を作り上げたほうが女子受けはよさそうだと綾音は分析した。
まだ15歳ながら、胸を張り顔を引き締めるだけで、一気に大人の風格が漂い頼りなさは払拭される。
「いい男じゃん。性格で台無しになってんのかぁ」
一人きりの綾音は言葉を選ばず独り言をいい続ける。
「このまま稜斗くんとして生きたいな……ごめんね、稜斗くん」
綾音としては、面倒で辛い家事、夫と娘の相手を押し付けた罪悪感があった。稜斗はそれに憧れていたが、一晩で音を上げ戻してくれと頼んでくるところまで、綾音は頭の中に描いていた。
当然、元に戻ることを拒みはしない。それがあるべき姿だ。
だからこそ、綾音は自分から自慰についても話を振り、男性の快感や性欲というものを知りたかった。夫への想いが風化しつつあることを自覚していたからこそ、夫の、男の気持ちを知ることで愛を取り戻せないかという淡い期待も抱いていたのだ。
「さて」
綾音は暖房をつけ、学ランを脱いでいく。ワイシャツと黒いトランクス姿になり、寒さに耐えながら裸になった。
「おお……チンコがあたしについてる」
ぶら下がったペニスをつまみあげ、ふにふにと指先でもてあそぶ綾音。既婚女性である綾音は夫のモノを見慣れていて嫌悪感はなく、自分に生えていることも気にならない。内ももに当たる感覚はまだしっくり来ていないが、覚悟のうえで稜斗の肉体になったので新鮮さと好奇心でいっぱいだった。
「あの人とは違って剥けてるけど小さいのかな……いや、あたし自身も大きくなってるからわかんないのか」
綾音は金玉を指先で軽く潰し、鈍い痛みから確かに金的攻撃はご法度だと理解する。さらには女性と大差ない尻穴や小さい乳首など、稜斗の肉体のあらゆるところを観察していった。
「……はは、良く考えてみたらまずいな」
夫以外の男、それも未成年の少年の裸を弄んでいる。犯罪じみた行為であり、急に気恥ずかしくなってく綾音。それ同時に、自分の身体を稜斗に預けてしまっていることも背徳感がじわじわと出てくる。
きっと夫や娘は、中身が別人になっているなど気づくはずもない。綾音自身への愛情云々ではなく、身体は正真正銘の本物なのだから、むしろすり替わっていると考えるほうが異常だと思えた。
「あー……あたし、そういうヘキあったんかな」
稜斗という繊細な少年が、32歳の人妻である自分の身体で、夫に抱かれる。なんと倒錯的なことか。綾音のペニスは、むくむくと大きくなっていった。
できればその光景を眺めていたい。稜斗が経産婦の身体であんあんと喘ぎ、めちゃめちゃに犯されるところに同席したい。綾音はかつて自分が抱かれていた情景を思い出し、ペニスをしごき始めた。
「ぁ……んっ」
思ったよりも敏感ではなく、快感だけならきっと女性より弱いと感じた綾音。しかしだからこそ、稜斗はより感度のいい女の身体では乱れるに違いない。
綾音の情欲は膨れ上がっていく。自分が過去に経験した全てのセックスが、スライドのように高速で切り替わっていく。
中学生の時の処女喪失、高校時代の恋人――大学生で知り合った今の夫とは、当時週一くらいでしていたっけ。新婚の時は毎日で、あっさり子を授かりお腹を大きくしたときも――
「……っ、ああやばっ」
稜斗が自分の身体で妊娠して、ボテ腹セックスをする。綾音は稜斗が女に、母になっていった未来を妄想して、なぜかひどく興奮してしまった。
それだけではない。冬場に顕著な末端冷え性、黄色くて多めのおりもの、陥没気味の乳首だって。綾音が抱えていた女性特有の悩みや問題も、全部稜斗が味わうことになる。
「――ぁあっ!」
ペニスをしごく手は早まっていき――ついに綾音は射精してしまった。自分の脱いだトランクスの上に、びゅるびゅるとぶっかける。精液は特濃で、ゼラチン質のようですらあった。
「……はーっ、はー……やっば」
男性の性感は女に比べ弱い。もしかしたら男の性欲が強いのは、繁殖したいという欲望の顕れなのではなく、快感が少なく発散できる総量が少ないからなのでは、と綾音は思った。
綾音のペニスはすぐ勃起して、もう二度も射精に導くこととなった。
「……ふう」
少し落ち着いた綾音は、まだ余裕を感じながらもオナニーをようやくやめた。
その後、稜斗に――稜斗の父が稜斗に課している筋トレをこなす。これもまた華奢だった綾音には楽しいもので、いつもより時間をかけて行われた。積極的に筋トレに励んでいるところを見た稜斗の父や姉はご満悦で、怒鳴られることなく終わる。
(あの子には合わないだろうなぁ……あたしだったら、すっごく歓迎なんだけど)
綾音は稜斗にまた不憫さを感じつつも、オナニーをしてからその日は眠るのだった。
◆◆◆◆
「お邪魔しまーす……」
綾音が――稜斗の身体になった綾音が帰宅したあと、稜斗はまず夫婦の寝室に入ってみた。
中は洋室で、大きなベッドにドレッサーやチェストなど。これといって特徴的なものはないものの、他人の家に忍び込んでいるようで稜斗は緊張していた。
娘のお世話セットも少し置かれている。娘にはもう部屋を与えていて、夜は一人で寝ることも多いという話だった。
「うわ、本当に綾音さんだ」
姿見の前に立った稜斗は、自分の姿が映らないこと鏡を見てうろたえる。
どこからどう見ても三十歳前後の女性、セーターにロングスカートという出で立ちは貞淑な母か人妻そのものだった。
体格がいいのにうじうじとしていた少年ではない。どこか弱気そうな目つきだけは共通していたものの、綾音の身体というフィルターを通すと、それは庇護欲と嗜虐心をそそられる儚さともいえた。
「……いいって言ってたしね」
稜斗はびくびくとしながら自分の胸へと手をやる。女性経験がなく、乳房というものをまともに触るのも初めて。自分の胸を触った稜斗の第一印象は、柔らかいというものではなかった。
「たくさん着てるもんな」
分厚いセーターは確実で、ブラジャーの硬さも分かった。素肌はセーターのちくちくがないので、インナーもある。何回か胸を揉んでみたものの、そもそも綾音のバストが並程度なこともあって、そこまで面白いものではなかった。
稜斗の興味は、下半身に移る。ロングスカートをたくし上げ、裏地をもっていくと、肌色のパンストに包まれた細い脚が露わになっていった。その光景だけでもくらくらとしていた稜斗だったが、腰まで持ち上げて固まる。
綾音が穿いていたのは、白いレースのショーツ。フリルやリボンが縫い付けられていて、ふりふりとした愛らしいデザインだが、それらはパンストによって押しつぶされ平たくなっていた。
そして股間。前から後ろまでぺたっと張り付いていた違和感は入れ替わってからずっとで、頭で分かっていてもペニスがないと目でみるのはショックだった。
そのまま撫でようとした稜斗の手を止めたのは、家のチャイムだった。衣服を正してインターホンカメラを見に行くと、エプロンをつけた女性と幼い女の子。
「あ、そうだった」
娘が帰って来る時間であることを忘れ、自分の身体の探求に没頭していた。稜斗は深呼吸してから、娘を出迎えた。
もちろん、娘は稜斗を自分の母と信じて疑わない。その胸に飛び込んで、身体一杯に甘えてくる。
(可愛いなぁ)
稜斗は綾音の言いつけを思い出しながら、ジャンパーを脱がせ手を洗わせるなど、母としての役目を果たす。わがまま娘と言っていたが、そこまで目立ってぐずることはなく、むしろいい子だと思えた。
娘が帰ってきてからは、自分の身体を探索する余裕なんてない。娘と遊んでやるのが楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。
夕食も用意する。料理をする機会も多かった稜斗には、大した苦労もない。
やがて支度が終わったあたりで――夫が帰ってきた。料理の手を止め、玄関で出迎える。
「ただいま、綾音」
「お、おかえりなさい」
綾音の夫は紘《ひろ》といい、綾音の一つ歳下。さっぱりとした青年といった風で、スーツ姿が良く似合っている。体格も身長も並だったが、容姿だけは比較的にかっこいい。それが稜斗の印象だった。
(……なんか、素敵な人だな)
それは恋愛感情ではなく、同性としての憧れといえた。稜斗は筋肉をつけることなく、この程度の中肉中背でありたいと願っていたのだ。
紘へと熱心な視線を向ける稜斗。ただしその肉体は、紘が愛する妻の綾音のもの。
「どうしたんだ、綾音? 機嫌いいじゃないか」
「え、あ……そうかな。そんなことないけど」
稜斗は綾音から、紘はできるだけツンツンして接したほうがいいと言われていた。そうしなければどこまでも調子に乗るから、少し冷たくしてあたしが本気で苛ついていることを教えないとダメだという主張だ。
けれども、稜斗の目線では紘がそんなに横柄な人物だとも思えない。後からやってきた娘を抱き上げてやり、高い高いで遊んでいる様は、優しいパパだった。
(綾音さんが意固地になっちゃってるのかな)
夕食の席でも、その片鱗は見られない。皿洗いこそ手伝いはしなかったが、代わりとでも言うべきか娘をお風呂に入れてくれる。三人家族なので、二人が風呂から上がってきた頃には、もう片付けも終わっていた。
図らず、一人での入浴となった稜斗。
(……うー、やっぱりだめだよね)
しかし、自分の身体を探索したり、自慰をすることなく終わる。人のふりをしていて気が張っておりそれどころではないこと、また夫や娘から愛されている綾音の身体を弄ぶ気にはなれなかった。
色とりどりの下着を吟味したり、陥没乳首をほじくったり、洗濯物を――綾音が一日着用してべったりとおりものがついたショーツを見てムラっとしてしまうものの、もう家族がいるので下手に自慰も出来ない。
まだ幼稚園児である娘は、すぐ眠気が訪れる。今日は自分の部屋で寝るという。立派なものだった。
心身ともにくたくたな稜斗も、早めにベッドに入った。夫は少し持ち帰った仕事をこなすといい、快くおやすみと言ってくれた。
産まれて間もなく母を亡くし、母というものの実感がなかった稜斗。自分に母が務まるものか不安だったが、問題なかったのだと安堵したのだった。
(……なんか、全然悪くないけどな)
広いダブルベッドに横たわりながら、稜斗は思う。
綾音は娘や夫のことの欠点や嫌なところを並べ立てていて、それは確かに遠からずといえるところもあった。ただし誇張が入っているように感じた。
夫が育児に参加してくれないというのは、ひょっとしたらしたくても出来ない状況だったのではないだろうか。稜斗は妻の出産費用やその後の子育てのために仕事を頑張った結果、心が離れていってしまった夫婦の話を聞いたことがあった。
稜斗には、まさにその事態だと思えた。
もっとも、積み重ねた感情がなく今日一日だけ切り取った範囲での判断。なんとも言えなかった。
「ふわぁ……」
「綾音、寝ちゃった?」
寝室にやってきた紘。娘がいる前ではママ呼びなのに、名前――本来の自分の名前ではないが、妻としての名前で呼ばれ、稜斗は妙な心臓の高鳴りを覚えた。
「ううん……まだ起きてるよ」
「そうか。したいんだけど……いいか?」
きた。稜斗は身をこわばらせた。
断れば食い下がりもしないと綾音は言っていたので、ごめんと一言いえばきっと終わる。けれども、不思議なことに稜斗は紘に抱かれるのが嫌ではなかった。
稜斗自身が、紘に魅了されたわけではない。ここまでの話を総合するに、綾音が毎日のように求めてくる、というのも誇張なのだろうと想像していた。
思い切って、稜斗は訊いてみる。
「前したのって、いつだったっけ」
「前って……ひと月はしてないな。誘うのも一週間ぶりだし」
(なるほどな……綾音さんが大げさに言ってたというより、それくらいにストレス溜まってたってことなんだろうけど。プライドも高そうだったしね)
「その……今日、綾音がなんだか可愛くて」
「かわ……え?」
どくんと、稜斗の心が跳ねる。
可愛い、自分が?
それは愛する妻である綾音への言葉で、身体を動かしている自分への言葉ではない。
そうわかっていても、稜斗はにやけずにいられなかった。幼い頃から父や兄に優しい言葉をかけられた記憶は薄い。稜斗は理想の父親像を、紘に重ねていた。
取り繕うために、綾音の真似を試みる。
「か、可愛くないし機嫌もよくない。その……やめてよ。き、きもちわるいって」
「ほら、いつもと全然違う。何があったんだ?」
「あっ」
紘は丸まっていた稜斗を仰向けにして、上から覆いかぶさった。手首を取り、身体を沈め込んでくる。
稜斗はどうしようもなく、身体が疼いていた。厳格な自分の父と違う、優しい紘。自分の振る舞いを肯定してくれるこのひとに、喜んで欲しい。
いくら綾音の身体、人妻の身体でも夫とセックスするつもりなどなかった稜斗。しかし、その思いは激しく揺らいでいた。
(女の人のえっちって……すっごく気持ちいいらしいし、元に戻りたくなくなっちゃうよな)
綾音の話よりずっと紘が良い人物だからこそ、妻を騙って抱かれることもしたくない。稜斗ははにかみ、顔を赤らめながら葛藤する。
しかしそのいじらしく弱々しい態度は、紘に火を点けた。
「……すまん、綾音」
「え、あ……んっ」
ついに我慢の限界となった紘は、稜斗の身体を抱き締めてキスをする。夫婦間がセックスの前戯として行う、ディープなキスだった。
稜斗の口の中は蹂躙され、身体の至るところに紘の体温が触れる。そこから即効性の高い毒のように、すぐに身体は熱を持っていき動かなくなる。
「……はぁ……はぁ」
「お前……そんな可愛い顔出来たんだな。愛してる……好き、好きだ」
「……っ」
キスをされ、情熱的に愛をぶつけられる。稜斗はあっさり、理性を手放す。今度は自分から唇を、紘のぬくもりを求めた。
「紘さん……っ、私も、好き、好きぃ……っ♡」
「……っぷぅ……綾音も溜まってたのか」
「うん……久しぶりに、思っきりシたい……ねえ、あなた……犯して……っ」
稜斗はすぐに服を脱いで、股を開く。そんな淫らに欲しがってくる妻の姿は、紘にも初めてだった。
「綾音……っ!」
「あぁん――っ!」
そうして――稜斗は紘を受け入れた。
最近は関係が悪化ぎみだったとはいえ、結婚前からも長年連れ添った夫婦。凹凸はぴったりとはまり、男としてのセックスさえまだだった稜斗にとってはあまりに刺激が強かった。
「あぁんっ、んぁあっ、あああっ!」
「綾音、綾音……っ!」
その晩、稜斗は乱れに乱れた。綾音からはセックスの許可は出ており、避妊をしろとも言われていない。お互いセックスレスだったこともあって、紘は三度も稜斗の中に射精した。
稜斗は激しく愛される妻としての幸せ、女体の快感に溺れ、最後には気を失い眠った。
翌朝起きた時には、紘が朝食の用意をしてくれていてもう娘も幼稚園。新婚夫婦のようにいってらっしゃいのキスをして、紘を送り出した。
まだ火照りと紘への愛が収まらない稜斗は、家事に手がつかない。
(……やだぁ……僕、女の子に……お嫁さんになっちゃった)
稜斗は昨晩のことを思い出しながら、オナニーに耽るのだった。
◆◆◆◆
「おじゃましまーす、なんつって」
綾音と稜斗が入れ替わった翌日。学校を終えた綾音は、稜斗がいる自分の家にやってくる。稜斗は温かい緑茶を出して、彼女を迎え入れた。
そのエプロン姿を見て、綾音はふふんと鼻を鳴らしてどっかりとソファに座る。
「なんか様になってんね。一日なのに」
「そちらこそ、堂々としてるじゃないですか」
冗談めかして言い合う。
「いや稜斗くん勿体ないって。こんなムキムキな身体でさあ、そんな気ィちっちゃかったらそりゃお父さんたちも怒るよ」
「そ、そうですかね」
「お父さんに言いつけられた筋トレの量も全然だったし。本当、やりたくないんだ。あ、怒ってるわけじゃないよ」
「まあ……」
稜斗は曖昧な返事をする。全て真実で、疲れたふりをしたり手を抜いて、筋トレの負荷を下げさせていた。疲れるのも、トレーニングに時間を割きたくなかった稜斗の努力だった。
「そっちはどうだった? 今朝ちらっと見えたけど、なんかすごい旦那の機嫌よさそうだったけど」
「あー……えっと」
「えっちした?」
「……はい」
「うわ、ホントなんだ」
顔を真赤にして俯いた稜斗に、綾音は苦笑いする。今の問いかけもかまをかけただけで、男子中学生から人妻になったばかりの稜斗が女性としてのセックスに及ぶなど思っていなかった。
「あたしもオナニーしたから別にいいけど……いや、男の子も大変だね。快感はちっちゃいし、確かにあれ性欲解消しきれんわ」
「そ、そうですか……」
「そっちは……なんか、聞くまでもないか。もう女の子女の子してるし」
綾音はロングスカートを穿き脚を閉じている稜斗を見て笑った。
「あの人、セックスだけはずっと昔から上手でさー……足腰立たなくなるし寝坊するしで、したくないんだよね」
「先に言ってくださいよ……それに紘さん、全然いい人じゃないですか」
「うっそー、うそうそ」
綾音は全力で否定する。本来の妻が紘をけなし、かりそめの妻だった稜斗が擁護するという逆の立場になっていた。
「昨日だって、娘をお風呂に入れてくれたりして、その間に僕がお皿洗ってましたし」
「そんくらいは当たり前でしょ」
呆れた顔の綾音。稜斗は紘や綾音のどちらかが人格や態度に問題を抱えているのではなく、コミュニケーションが足りなかったのだろうと思えた。
それからまた話しを続ける二人。中断させたのは、綾音のスマホ――つまり今稜斗が使っているスマホのアラームだった。
「そろそろ娘が帰って来る時間です」
「ああそっか。そしたら……戻ってる時間、あるかな」
綾音は言い淀みながらも、稜斗の顔色を窺うように告げる。
「……そ、そうですね。ちょっとゆっくりしすぎました……」
稜斗もぎこちない調子で答える。
「……」
二人の間に、静寂が流れた。お互い、言いたいことは分かっている。
元の身体に戻るのは明日にしようか。
しかし――二人ともそれを言い出したらまた明日、その明日とずるずる行って、元に戻らなくなるのではないか。そこもまた、通じ合っていた。
インターホンが鳴る。
「あ……きちゃった。じゃあ、その……明日以降に、綾音さんの身体はお返ししますから」
「そうだね。また……今度にしよっか」
どちらが戻ろうとも、戻らないとも言い出さない。仕方なくなあなあで戻らないことことになるのが、二人にとってのベストだった。
稜斗は娘を迎え入れる。娘は家に居た『稜斗お兄ちゃん』に丁寧な挨拶をして、綾音も応えた。
まもなく、綾音は家を出ようとする。娘は人見知りせず、楽しそうに見送ってくれていた。
綾音は、その光景に寂しさを覚えなかった。腹を痛めて産んだ娘が、他人にみすみす渡すようなものなのに。愛情がないわけじゃないのに。
今の――稜斗としているほうがずっと楽しい。今ここで引き返し、すぐ元に戻ろうと言わなければきっと二度と自分たちは戻る機会を失うような気がした。
(……ごめん。あたし、母親失格だ。娘とあの人をよろしく、稜斗くん)
綾音は決心とともに、自分の家を去っていった。
そして――案の定、戻る予定日は明後日、一週間後、また一週間後と延びていき――やがては、元に戻るために会うということもなくなったのだった。
◆◆◆◆
セミが騒音を掻き鳴らし、逃げ水がアスファルトに浮かぶ夏の真昼。
テスト期間により早めに帰ってきた稜斗は、玄関の扉をがちゃがちゃとさせる。鍵が開いていなかった。
「げ」
普段家にいるはずの姉は、恋人ができたために家をあける事が多い。まさに明日、稜斗用の合鍵を受け取る予定だった。
稜斗は運動用のTシャツ、首元に巻いていたタオルで汗を拭った。
「あちー……しゃあねえか」
「稜斗くん、こんにちは。締め出し?」
そんな稜斗に声をかけたのは、隣に住む家族の奥さんである綾音だった。涼し気な白いノースリーブワンピース姿で、日焼け防止のアームカバーなど、とても貞淑で清楚な母親の風体だった。
「こんにちは。そうすね、また姉さんがどっか行ってるみたいで」
「ふふっ。じゃあ家入りなよ、暑いでしょ?」
「いいんすか? じゃあ、お言葉に甘えて」
稜斗は浅くお辞儀をして、家に入る綾音の後についていく。中はエアコンが効いていて、とても涼しかった。
麦茶を出された稜斗は一気飲みして、ふうと息を吐く。
「あっついよねー」
「っすね。もう夏ですから……ふふっ」
「どうしたの、笑っちゃって」
ぷっと吹き出す稜斗。綾音はおかわりを注ぎながら、穏やかに尋ねた。
「――いやもうふたりきりなのに、お互いすっかり稜斗くんと綾音さんだなって」
「も、もうそのことはいいでしょ……いいじゃないですか。もう二年も経つんですし」
綾音と稜斗はかつて、謎のケーブルによって精神を入れ替えた。始めは軽い気持ちであり、一晩異性を体験する程度の認識だったのだが――気づけばもう二年も経過していたのだった。
綾音は――男子高校生として過ごす綾音は、日に焼けた顔から白い歯を出す。
「まあそうっすよね。お互い馴染みましたし」
「そうだって。娘も小学生になって、あなたも高校二年生なんだから」
「へへ、おかげさまでサッカー部頑張ってますよ」
「もう」
稜斗は――一児の母、専業主婦として暮らす稜斗は、調子のいい綾音に呆れて笑った。
「綾音さん、お父さんとも仲良くなったんでしょ?」
「まあそうっすね。厳しいのは変わんないすけど、暴力はなくなりましたね。そういう稜斗くんこそ、いっつも紘くんといちゃいちゃしてるじゃないすか」
稜斗の父は、高校でサッカー部に入り積極的に運動をする綾音への接し方は軟化していた。もっとも、中学校までがたるんでいるといったスタンスだったのでむやみに怒る必要がなくなったというのが正しい。
「いいじゃない。あたしの青春はあなたにあげちゃったんだから、その分楽しんでも」
夫である紘をけちょんけちょんに言っていた綾音だが、やはり実態はそこまでひどい人間ではなかった。綾音が苛立ち、全て悪く見えていただけ。それももちろん出産のストレスなどの問題で、綾音が悪いということもなかった。
「そんなお腹も大きくしちゃって。おしどり夫婦っすよ」
綾音は稜斗のお腹を見る。まだ目立ってはいないが、確かな膨らみが出来ていた。
稜斗は綾音の身体で、妊娠していた。
入れ替わる前、綾音が夫である紘は毎日求めてきて鬱陶しいと愚痴っていた。しかし入れ替わってからは、女性として抱かれる喜びに目覚めた稜斗が毎日せがんだのである。
二人目の子どもは、避妊せずにセックスを繰り返していた結果。むしろ遅いとさえいえた。今日出かけていたのも産婦人科の定期検診だったのである。
稜斗はお腹を優しく撫でながら、たおやかにほほえむ。
「そちらも恋人が出来たみたいで」
「え、知ってるんすか?」
綾音は驚いた。まだ、稜斗にはおろか、家族や友人にさえ明かしていなかったのに。
「こないだ、女の子と一緒に歩いてたところ見たもの」
「そっかー……いや、隠すつもりもないんすけど……はい。恋人っすね。こないだ、告白されて」
「告白されたんだ。あたしの頃だったらあり得なかったな、絶対」
稜斗は過去を思い出す。教室では空気のように扱われ、女子からは決して話しかけられることがなかった中学校生活だった。
「……なんか俺達、これでよかったのかなって思うことはあるっすけどね。普通、他人になるチャンスなんて与えられるはずないじゃないすか」
「えー……そんなの、気にしたこともなかった。そりゃあ、紘くんとか娘を欺いてて悪いな、って思うことはあったけど、もう戻るつもり無い、ってお互いはっきりさせたじゃない?」
「……まあいいか。けど、一つだけ心残りというか、失敗したなーってことはあって」
「なに?」
綾音は頭をぽりぽりとかき、照れながら言う。
「いや……一回くらい、元の自分と……稜斗くんとエッチしててもよかったなーって」
「え、あ……何を言うの、綾音さん」
もう少し娘を抱っこしてやればよかったとか、そういうのだと予想していた稜斗は面食らう。そこまで男の子に染まってしまったか、と恥ずかしくなった。
「興味ありませんか? それに恋人とうまくエッチできるか不安で、なんなら今からでも……どうです?」
「だめっ! も、もう……あたしは紘くんのお嫁さんなんだから……それに恋人出来たんでしょ? あたしみたいなおばさんじゃなくてさ、その子に初めてをあげてよ」
「……そうっすよね」
デリカシーがないとまでは言わないが、直接的すぎる言葉と誘い。稜斗は思わず身体を隠しながら、綾音を𠮟った。
「ごめんなさい」
「怒ってはないけどさ、そういうことばっか考えてると彼女さんに嫌われちゃうでしょ。綾音さんは女の子だったんだから、そこも活かさないと」
「いやー……むずいっす」
しばらく談笑していた二人だったが、時刻が十四時になろうかというところで綾音のスマホが鳴る。姉からで、買い物から帰ったとの連絡だった。
「あ、家開いたみたいなんで帰りますね」
綾音は手早く荷物をまとめ、玄関に向かう。稜斗もそれについていった。
「また今度ね。彼女さんとのえっち、教えてね」
「勘弁して下さいよ……」
「冗談だって」
「……では、また。お邪魔しました」
「じゃーねー」
笑いながら、玄関を閉じる綾音。その逞しい背中を、稜斗は見送ったのだった。