父が他界しまして…
Added 2020-08-18 12:08:25 +0000 UTC9日に父が他界しました。 お盆を挟んだため葬儀までに少し時間があったけど、無事葬儀も終わり今一息ついてます。 別に誰かに読んでもらう為の物というわけではなく、ただたんにそのときの気持ちとかをどこかに記録しておきたいと思ったのでつらつらと書いてみます。なので特に読んでも意味はないかもです。 もう6年も前に大腸ガンで手術しており、転移転移で何度となく手術もし、正直覚悟はできていた。 ここ数年は実家から連絡があるたびにドキッとしてた。 でも、悪運の強い人で、何度転移しようとも手術の度に復活し、とても病人とは思えないほど元気になって帰ってくるので、毎回心配はしていたもののどこかでまた元気に戻ってくるんじゃないかと思ったりもしてた。 8月に入ってすぐの頃、実家の母から電話がありいつもとは様子が違った深刻そうな声で「病院で倒れたって……今夜が山みたい」と聞き流石に少し動揺したものの、次の日には「なんか元気になったみたいだよ」なんて電話が来て、またかこの人はw なんて思ったものだった。 数日後に「明日退院できるって」って電話があり、とりあえずは一安心だなと思ったのだが、その次の日…8日の夜「また倒れた、危篤だって…救急車で運ばれた……」と急報があり、急ぎ地元の病院に駆けつけた。 そのときにはもう意識もなく、人工呼吸器……なのかな?に繋がれてどうにか生命を維持してる感じだった。 倒れる直前は元気にご飯も食べてたらしい。 でも、ハッとしたときには突然目や口も見開いて、多分心停止してたっぽい。 病院に運ばれ心臓マッサージで一命は取り留めたものの、1時間心停止状態だったようで脳に深刻なダメージが入ってしまったようだとの事だった。 自分が病院に到着したときにはまだ意識……いや意識はないのかもしれないが、声を掛けると反応はあり、まだ頑張ってる感じだった。医者はここからの回復は期待できない…という感じだったけど、何度となく復活してきた人なので、今回もまた奇跡起こして戻ってくるんじゃないのかな、と最後の最後まで心のどこかで期待はしてた。しかし倒れてから30時間程度頑張った末、9日の夜に息を引き取った。死因は心筋梗塞ということになるようだ。 まだ反応があった時、親族だけ面会を許されて何か声を掛けてやって……と言われたけれど、今までは手術前に「頑張ってな」と言ってたんだけど、今回ばかりは「頑張って」とは言えなかった。言葉にはしなかったけど「もういいよ、もう頑張らなくていいからゆっくりしてな」って思った。 あとで聞いた所、家族のみんなそう思ってたようだ。 実の父であるわけで、当然また元気に戻ってきて欲しいという気持ちはある。でも、10年前の脳梗塞、6年前の大腸ガン、そこからずっと闘ってきてた。先にも書いた通り、誰が見ても病人とは思えないほど元気にしてるので、全然闘病してるようには見えない人だったのだけど、それでもやっぱり少しずつ衰えていくのは感じてたし、特に今年の2月……4度目の肺ガン手術だったかな? 片方の肺の3分の1を摘出してからは明らかに弱った感じがあり、しんどそうだった。 片肺の3分の1を摘出するというのは、肺の能力が80%程度になってしまうらしい。最初の頃は自分もよく理解してなかったし、ちょっと息苦しくなるのかなぁ程度に思ってたのだけど、調べてみたら肺の能力が50%にもなると寝たきり状態になってしまうらしい。単純に残り半分あるから平気ってものじゃないらしい。同様に80%というのは相当辛いようだ。 その頃から時々母に「もういいかなぁ…」とこぼすことがあったらしい。 それらを思うと、仮に今回助かったとしても脳にも少なからずの障害が出て今までのようには動けなくなると思うし、それに抗ガン剤その他で心臓も腎臓もその他ボロボロになってたらしい。これ以上生きたとしても、いつも元気そうに振る舞いたい父にとってはつらい日々になると思った。 6年前の大腸ガンがわかったとき、ステージもだいぶ進んでいたしリンパの側にも進行してたので、身体のあちこちに転移するだろう事はわかっていた。その頃からもう覚悟はしていた。そんな状態だったのに6年も頑張ったのは凄いもんだ。でもいつかは取り切れないガンのため、死に至るんだろうなって思ってた。その日が少しでも先ならいいのになと思ってた。 ガンで死ぬのは苦しいらしい。 何年か前に、叔父がガンで亡くなった。自分はその姿は見てなかったが、母の兄なので母はよく看病にも行っていた。その叔父さんも頑固な人なので、あまり苦しいとか痛いとか騒いだりはしなかったようだが、それでもだいぶ苦しそうで痛そうで……という話しは聞いていた。 父も最期はそうなるのかなって思ってた。本人も身内としてもそんな姿を見るのは辛いと思う。 でも、母から聞いた話しでは、直前までは元気そうだったのに突然心筋梗塞で倒れたようで、多分苦しんだとしても一瞬だったと思われた。病院で心臓マッサージで復帰したものの、多分そのときには意識はなかったと思われる。そう思うと、末期ガンで苦しんで苦しんで最期を迎えるよりはほとんど苦しまなくて逝けたことは不幸中の幸いだったのかと思った。 苦しんで苦しんだ挙げ句死に至る場合、どうしてもその死に顔は苦痛に歪んでしまうものらしい。でも父の顔はまったくそんな事もなく、綺麗な顔をしていた。 残念に思うのは、最期はほとんど会えなかった事だ。 いつどうなるかわからない……と、わかっては居たので、昔に比べて多めに実家には顔を出すようにはしてた。父と最後に会ったのは、2月の肺の摘出手術の日だった。「頑張ってな」と手術前に送り出したのが最期……かな、と思ったけど、退院後に一回だけ実家で会ってるや。それが最期だ。「まだ肺に水も溜まってるらしくて、ちょっと苦しいんだ」とか言ってたのを思い出した。 そして3月、世の中はコロナ時代に突入していく。 高齢で、肺を患っており、以前はタバコも吸っていた。そんな父にコロナが感染ったら99%助からないだろう。そんな状況なので、2月を最後に実家に顔見せに行くこともできなくなった。それどころか、実家の近所に住んでる兄夫婦でさえ、極力会わないようにしていたようだ。折角これまで辛い思いしながらもガンと闘ってきたのに、ここにきてコロナなんてのに罹って……なんて事になるのは絶対に避けたかった。 6月7日は自分の誕生日なんだが、例年誕生日には母から電話やメールが来ることがあった。が、父から来ることは今までなかった。でも今年に限っては父からも電話があった。珍しいなって思ったけれど、もしかしたらそのときにはもうだいぶ弱気になってきてたのかもしれない。結局、父との会話はそれが最期になった。 自分は、高校卒業と同時に東京に出てしまっているので、あまり地元との交流はない。車を購入して以降は年に1~2回は帰るようにしてたが、それ以前は数年帰ってない事もある。両親兄弟との交流もとても少ない。 病院で医師の決り文句の、何時何分に亡くなりました……っての聞いた時、涙は出なかった。覚悟はできてたというのもある。また「やっと楽になれて良かったね」という気持ちもある。とはいえ悲しくないわけがない。でも涙は出なかったんだよね。母も兄も喋り出すと泣いていた。泣かないようにしてても人って喋ると感情が吹き上がってきちゃうよね……でも自分は親が死んでも涙出なかった。別に会わない日々が続いてたから情がなくなったわけでもない。出なかったんだよね。 ずっと昔だけど、自分は肉親が死んだ時に涙って出るのかな?って疑問に思ったことがある。今その答えが出たけれど、悲しいけれど涙は出ない。 「死」という物に、自分は多分それほどネガティブな感情を持ってないのかもしれない。ただたんにその人ともう会えないし、言葉も交わせなくなるだけって気持ちなのかもしれない。でも、それも悲しい事に違いはない。 いつだったかな……へっぽこギター弾き語りライブで動揺をやったとき、「グリーングリーン」という曲を唄ってると泣きそうになる……という話しをした。あのときは言ってないけれど、グリーングリーンの歌詞と父の事がシンクロしてしまってて、それで切なくなってた。 コロナのせいで、付き添いは基本1人しかNGだった。 父が運ばれて亡くなるまでの30時間前後、家族の誰かが付き添っていた。 自分も何時間か父と二人で病室に居た。本来は家族以外は避けて欲しいと言われているのだが、駆けつけてくれる人がその間にも何人かいた。頑固親父で色々と偏屈なところもあったけど、けっこう慕われていたんだなぁってのがわかる。 お通夜や告別式も、思ってたよりもけっこう人が来てくれてた。 なんだかんだで幸せな人だったねって思って眺めてた。 告別式が終わり、荼毘されて、骨だけになった父。 ガンだと言われても落ち込むことなく(いや、実際は落ち込んでいるのだけど表に出さず)よく飯食うし、趣味で野良仕事はじめて野菜とか作り出すし、町内でも頼まれごととか断らずに色々やってたし、母の趣味の付き添いとかであちこち走り回ってたし、とても病人とは思えないほど活動的だったせいなのか随分と骨もしっかりしてた。 兄が写真、母が位牌、自分が骨壷を持ったのだけど、ずいぶん軽くなった……とは感じず壺は重かったな。まあ骨は軽いだろう。そしてそんな壺に収まるほど小さくなった。 なんかね……棺桶の中に居てもあまりに綺麗な顔してるので、なんちゃってって起き上がりそうな感じだった。そんなミラクルあるわけもないのにね。最後棺桶に花添えて、好きだったサングラスとか色々入れてやり、なんかね…親父に似つかわしくないくらい綺麗だったね。でも、無機質な葬儀場の中に棺が入れられるときは、やっぱり切なかったね。そして骨になった。 もしかしたらまだ自分は実感がないのかもしれない。 ずっと離れてたし、やっぱりずっと近くに居た人とは感覚は違うと思う。 こんなのを書いていると、思い出して少し悲しくなる。 あまり親孝行は出来なかったな……一度温泉旅行に連れて行ったくらいだ。 あっちに行っても元気に好きな土いじりしたり、好きな車乗り回したり、色んな人とわいわい楽しくやってほしい。うん。
Comments
ご冥福をお祈りいたします。
とんちゃん
2020-09-04 13:57:45 +0000 UTCご冥福をお祈りいたします🙏
2020-08-24 11:40:47 +0000 UTCご冥福をお祈りいたします🙏
2020-08-20 01:32:48 +0000 UTC唯一の肉親の父親が一昨年亡くなった者です。 死因は癌で見つかって余命半年と言われ三ヶ月で逝ってしまいました。 子供が泣きそうな感じで『早く楽になりたい』と言われるたび何とも言えない気持ちになりました。 書かれてますが、本当に苦しいらしいです。 逝ってしまい半年間ぐらいは、時折頭が真っ白になる事もありましたが 今は思い出を楽しく語れるまでになりました。 人それぞれ、違うでしょうし コロナ渦でさらに大変だったと思いますが、身内が亡くなっても笑って生きて良いのです。 親孝行出来なかったとか、必要以上に自分を責めるのだけはしないでください。 偉そうに 長々と失礼しましたm(__)m 毎月支援は出来ませんが、これからも応援してます。
tabibitonoyado
2020-08-18 23:20:50 +0000 UTCあなたの父親のこと本当にすみません
CSアーチャー
2020-08-18 13:28:02 +0000 UTC