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雪中アヤメ
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ポニー合宿(仮) 7

(注)FANBOXにて先行公開する作品は執筆中のため、後に一部内容が変更される可能性があります。ご容赦ください。 「最後はカナの番だね。歩くのはずいぶん得意そうだったけど、これはどうかな?」 「ンブ、フゥッ」  頑張ります、だなんて鼻を鳴らす。これがわたしの、中途半端なポニーガールとしての最後の意思表示だ。おそらくは。  上半身をしっかりと固定され、手綱をぴんと張った状態で結ばれ、用意を終えた鞭が尻に触れる。わたしは深呼吸を終え、片膝を軽く曲げた。 「GO!」 「ムフゥッ!」  予想通りに少しだけ痛い肉への衝撃。それに合わせて片脚を上げ、これまでより大きく踏み出す。前脚が着くかどうかというところで後脚を蹴り上げ、小走りに相応しい速度で前へ。それを繰り返して走り出し、走るともいえないような微妙な速度で維持。  ただ前へ進もうとし続けて、カルゼルに繋がれた上半身の向きを引き寄せられるに従ってぐるぐると回り続ける。これなら疲れない。 「ン、ンッ、ゥ……」  が、微妙な速さも相まって滑稽さは一番ひどい。歩行カルゼルのような見世物感も、キャンター以上の力強さもどちらもない。あるのは滑稽な訓練っぽさだけ。それでも焦らず、かといって緩めもせず、息を荒立てもせずにジョギングのつもりで回っていく。  髪を揺らし、尻尾を振って。くるくるりと切り替わっていく周囲の光景を眺め、三半規管が酔わないぎりぎりの半径を実感しつつ。そんなことを認識できる余裕があるのは今だけだろう。 「ングッ」 「よく出来ました。次、行こっか」 「ァグッ、!」  手綱を引かれてゆっくりと、ちょうどオリ様とカメラの前で止まるように減速。足を止めても息を整える必要すらないわたしを見て、オリ様は間髪入れずに次の躾に入った。  お尻に鋭い痛み。思わず呻き声が出て、必死に轡を噛み締めて耐える。一度だけということはキャンターだ。その痛みをある程度そのままに、打たれた尻のほうの脚から出して走り出す。 「ハッ、ハッ、フッ、」  両腕が拘束されてなくなっているし、ポニーブーツで爪先しか使えない。とはいえマラソンの類いは経験があった。だいたいあのくらいを意識して、無理なく脚を前へ出す。轡に難儀しながらも息を整え、顔の前の銜枝を規則的に揺らしながら走り続ける。  心地好い疲労だ、なんて認識してしまった自分を殴りたい。ポニーガールに向いているのは嬉しいけれど、だからといってポニー特有の被虐が感じられないのは正直辛い。立派な家畜になるとは誓ったけれど、それとこれとは話が少し違うのだ。  だからなのか、それともただキャンターも上手くできていたからなのか。体感では前の二頭よりずいぶん早く手綱が引かれた。 「ずいぶん上手だけど……カナ、正直物足りないでしょ」 「フ、ゥ……ン」  当然ながら人間様の言葉を使うことなど心理的にも物理的にも許されていないし、手綱が固定されているから頷く動作もできない。仕方なしに視線だけを向けて伝えようとしつつ、同意を込めて一つ鳴いてみる。  伝わったらしい。窺うような表情が華やいだ。一気に華やいで、そのまま嗜虐を帯びた。こいつならもっと虐めても大丈夫だ、とでも言いたげに。 「じゃあ覚悟してね。もうそんな不遜なこと思えないように、わたしは拘束具を外していただくことすら無礼にあたるような卑しい家畜です、って思えるようになるまで止めてあげないから」  そうなっても言わせてあげないけどね。  そう呟いたオリ様の声は、わたしに最後まで聞くことは許されていなかった。  ばしん、ばしんっ!  立て続けに二度も叫びたくなるような激痛を浴びて、わたしは考える前に走り出した。  脚の出し方とか、カルゼルの存在とか、そんなものもう考えもしない。ただ走る。全力で走り続ける。それだけ。 「フッ、ハッ、ンクッ、ハ、ァッ、フゥッ!」  それでも拘束のせいで背筋は前傾してくれない。馬として綺麗な、生物として非合理的なフォームを無意識のうちに体へ染み込まされながら走り続ける。前しか向いていない視界の下端にブーツの先端がちらつくくらい必死に。  焼けそうな肺も、悲鳴を上げる心臓も気にせず。自然と動きそうになるのを止められ続けて感覚が意識外へ追いやられる腕も、アドレナリンで疲労が吹き飛んだ脚も無視して。  時折的確に差し込まれる鞭で背中と尻が満遍なく痛い。とっくにトップスピードなのにその度に加速しようとして、カルゼルがからからと激しく回る。苦痛で溢れた涙と運動で染み出した汗、最低限止めることも忘れて糸を引く涎にもはや止まらない鼻水。人間の女としては致命的な顔だが、ポニーガールとしてはこうなれなければ半人前……もとい半馬前。隠そうともせず、むしろ誇るように見せつけて、それどころか貞操帯の穴から大量の愛液まで垂らし始めて。  いつの間にか雑念も消えた意識を放置して、ただ本能だけに従って走る。簡単にモノにしたポニーブーツでの走り方を馴染ませ、浅ましい家畜の何も生み出さない走行訓練をカメラ越しに見せつける。人間様方、わたしなこんな家畜ですと。  意識が朦朧として、無意識の走りさえ覚束なくなり始める直前で手綱が引かれた。わたしはなおも無意識で命令を受け取って、今度はまる一周以上余計に進んで緩やかに停止した。もう何も考えられない。何も考えていない。「お疲れ様、よく頑張ったね」と抱き留めて撫でてくるリオ様に、これも本能で蕩けた微笑みを向けることすら意識していない。  ゆっくりと芝生へ横たえられて、この日の訓練は終わった。これ以上の訓練は無理だろうということだったし、進度自体は予定通りだそうだ。  とはいえ、ここまで消耗しては歩くことすら怪しい。体力がある程度戻るまで、三頭の馬は日向ぼっこを撮影され続けたのだった。その時のわたしに自覚はほぼなかったが。  結局夕方になってから畜舎まで戻り、昨日と同じ作業で処理されてから馬房へ入れられる。体力は回復していたはずなのに、わたしはぼうっとしたまま。横の二頭は何やら興奮を見せていたようだけど、わたしだけは特に反応も見せられなかった。 「ふふ、カナはいち早く家畜になれたみたいだね。いい仔」  轡を外されても声が出ることさえなく、目の前の餌を流し込む。そんな姿をリオ様が褒めてくれた。しかし当然のことだろう、わたしたちは馬、家畜なのだから。ただ馬主の指示に従って、言われるがままに走ればいい。それを今日の調教で学んだばかりである。  轡を噛み締めて再び万全となり、すっかり空になった餌皿が軽く水洗いされるところを眺める。貞操帯の奥がなんだか疼くけれど、そんなものは馬には不要だ。興奮を無視して藁に飛び込み、疲れに押し流されるように眠りへ落ちた。   ◆◇◆◇◆ 「すっかり立派なポニーガールね。走行訓練がそんなに効いたのかしら」 「カナはそれまでの歩行訓練で追い詰められてなかったからね。ここで改めてポニーの本懐を思い知らされて、そのまま呑み込まれちゃったんじゃないかな」  他の二頭が左右の馬房から眺めるカナを、私たちも鉄柵を隔てて見ていた。もちろんカメラも回っている。正直なところこれほど素晴らしいポニーガールが出来ることも、それが馬として眠る様を撮影できることも確信まではしていなかった。予想外の好結果に躾ける側としても喜びを隠せない。  初日は歩行調教だけで消耗し切れなかったカナが二頭を羨ましげにしていたが、今日は綺麗に逆転した格好となる。ミカもアナもまだ奴隷としての意識が残っているから、あっさり人であることを捨て去ってしまったカナに驚きを隠せないのだろう。 「あれだけ虐めてあげたのに、発情もしないとはね」 「あのカナがね。それだけ楽しめているということでもあるんだろうけど」  水浴びの時に二頭は腰を振って快楽をねだったというのに、一頭だけなんの反応も見せなかったのだ。仕方なしに鞭で軽く発散させてやったくらいだし、音も嬌声もそれなりにしたはずなのだが、それでも家畜として没入した瞳が知性を取り戻す気配はなかった。もはや才能の域だ。  とはいえ、私たちは彼女を……この三人をただのマゾヒストで終わらせるつもりは毛頭ない。ゆくゆくは逆の立場を経験させ、どちらの心理も理解できる優秀な部……おっと。とにかく、カナをポニーガールに専念させることはできないわけで。申し訳なくはあるけれど、理解してもらうしかないだろう。幸いにもカナは聡明だ。色々飛び抜けたミカとは違って、本来の意味で。 「明日も頑張ろうね。おやすみ、三頭とも」  今日は私たちも休もう。何しろ明日からは実際に馬車を牽いてもらうのだ。こちらも御者をしなければならないから、私の負担も大きくなる。馬たちより先に調教師がリタイアなどすれば笑いものだろう。  明日はどんな痴態を、勇姿を見せてくれるのだろう。私は今から楽しみで仕方なかった。


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