「「「こんにちは〜、今日から体験管理人をする、紺野美晴っていいまーす。小人のみんな、これからよろしくねえ」」」 神様のように空に浮かぶ、巨大すぎる人間の顔。明らかにそれは、毎日教室で顔を突き合わせているクラスメートの顔だった。 キィィィンッ…… グラグラッ…… 聞き馴染みのある、のんびりかつしっとりした女子の声が、全く聞き馴染みのない音量で都市中に響き渡る。町内放送というレベルではなく、都市全体、世界全体に響き渡っているような気すらしてくる大音量。その声で、そこら中の建物の窓がガタガタッ……と軋み、地面がグラグラと地震のように揺れる。 「なんで…紺野が……」 2つの理由で、声も出ないほど動揺する。 まず、何故この都市の管理人として紺野が出てくるのか。先生の説明では、男子が体験で転送された人工都市の管理はプロの女の人が行うはずだ。素人の女子高生が体験管理する都市の中に入るのは危険だから。…何かの手違いか。俺は、転送先を間違えられてしまったのではないか。 「「「さっそくだけど、最初に"配給"をするように先生から言われてるから、するねー?」」」 ぶわあっっ……!! ガタガタガタッ……!! 「ぐぅっ……!」 空に浮かぶ巨大な2枚の唇から言葉が紡がれるたび、そこら中に突風が吹き荒れる。小人たちの1000倍という途方もない大きさの女子の発声は、その音圧だけで街路樹をしならせ、建物を震わせる。 もう一つの動揺は。極小小人になって見上げる普通の人間が、ここまで大きな大きな存在であるとは分かっていなかった。 「「「このピンセットを使えって言ってたっけ」」」 バリンッッ!! 「ひいっ…!!」 近くのアパートの窓が、紺野の声についに耐えられなくなり、音を立てて割れた。常に大地震に晒されているような状態で、精神がすり減っていく。 (もっと声、抑えてくれよっ…!) 人間の普通の発声が、人工都市にとっては暴力になり得ることを思い知った。…プロの管理人なら、声の大きさにも気を遣うはず。でも紺野は何も知らない。自分が普通に喋ることが、人工都市内の小人にどれだけ恐怖を与えているのか分かっていないのだ。 …恐怖。そうか、俺は今怖いんだ…。 気づけば足が震えていた。自分が立っている大地が揺るがされるというのは本能的な恐怖を掻き立てる。…この恐怖が、あの子猫のような小ささの紺野に与えられているというのが悔しかった。 「「「じゃあ、手入れるよー?」」」 そして。紺野の宣言と共に、ドーム上のカプセルの外側に、銀色のピンセット摘んだ状態の手が現れた。ここまでは、カプセルが空いているとはいえ、カプセル空間の外から紺野の巨大な顔が覗き込んでいた。それが今、極小小人の1000倍である紺野の身体の一部が侵入しようとしてきている。 いや、ちょっと待て… あの手、どれだけデカいんだ…? 摘まれている銀色のピンセット。だいたい5cmくらいのものだろう。それが1000倍になっているのだから、 「ご、50メートル……」 頭の中の計算結果に血の気が引きそうになる。 正確には分からないけど、そんなの、15階建てのマンションくらいあるんじゃないのか。生きた小人たちがたくさん暮らすことができるマンションを、容易に摘むことができる紺野の手のひらの大きさ。…今見えているあの茶色のマンションだって、その向こうの高層ビルだって、紺野は指で平気で摘めるのか。 そんな想像だにできない大きさの手が、カプセルの中に入ってくる…? 「「「よっと…ちょっと緊張するなあ。落としたら終わりだし」」」 「おい…待てよ…そんなの危なすぎる…」 なんだこれ。こんなのいいのか?もし紺野があのマンション級のピンセットをうっかり落としたら、その下に広がっているあのビル群は甚大な被害を受けるだろう。空からマンションが降ってくるなんて、どれだけの被害になるか分からない。あそこに住んでいる人はいっぱいいるはずなのに。 本当の管理人でもこんなことをするのか?いや、そもそも、こんな危険な管理人体験を国が許しているという事実が、今さらながら衝撃的だった。 「「「うげ、手が震える…」」」 ガタガタッ…!! 何百、何千の極小小人の命が、ただの一人の青髪女子高生の指先に左右されている。マンションよりも巨大な指先が震え、ピンセットが音を立てて震えているのが響き渡ってくる。ピンセットの先に挟まれた、恐らく極小小人への支援物資が入ったコンテナが、はずみで落ちそうだった。 カプセル世界の外側から指先がゆっくり降りてくる光景は、まるで天からの鉄槌が落ちてきているように見えた。 「う、あ、足が……」 ガクガクッ… 膝が笑って、逃げようとしても上手く歩けない。人生で見たこともない天変地異的な光景に、たとえあの指先がよく知っているクラスメートのものだとしても、精神の底から恐怖を感じてしまう。…ただ、そもそも逃げ場なんてない。この都市の中に幽閉されている以上、人間の管理から逃れることなんてできない。今俺がいる場所がおそらく都市の外れで、あの指先の真下でないことが唯一の救いだった。 「「「あと、ちょっとお…」」」 はあっ…♡ 指をぷるぷると震わせながらコンテナを置こうとする紺野の声と共に、無意識に唇の間から吐き出された息の音が響き渡る。まさか少し息を吐いただけで都市中に自分の吐息音が流れているなんて、女子高生が自覚したら死ぬほど恥ずかしいだろう。 しかしそれは、紺野が羞恥に晒されているというよりは、逃げ場のない小人たちが吐息を強制的に聞かされている、という表現の方が合っているかもしれない。 そして、 ズドォォンッッ…… 手首までカプセル内に入り込んだ鉄槌が、どこかの置き場所にコンテナを着地させたようだった。その振動と音が、重苦しく都市中に響く。 俺はその振動に心底怯えつつも、一本一本が高層ビルのような巨人の手が無事にカプセル外に消えていくのを祈るしかなかった。 「「「よし、かんりょー♪…なんかミニチュア弄ってるみたい」」」 …大量の小人の命を危険に晒した巨人の感想は、そんなものだった。 「「「ミニチュアって考えたらめっちゃ精巧だよねえ…ここにたくさん小人が住んでるなんて信じられない…」」」 ずいっ……!! 「ひぃっ……」 (顔近づけるなよ、危ないだろっ…!) カプセル空間に入るか入らないかというところまで、紺野の顔が近づけられる。空遠くに離れているはずなのに、これまで一度も見たことがない至近距離で紺野に見つめられる。同じサイズで目の前数十センチまで近づかれても、こんなに大きく顔が見えることなんてない。 「「「小人ってどれなんだろ…ちっちゃすぎて見えないなあ」」」 いつも教室で見ている、目を細めてニヤッと口角を上げたあの表情。頬杖をつきながら余裕そうに都市を見下げる紺野の顔。いつもなら、また小動物が弄ってきているぞ、と思うだけなのに。この状況では、無意識にちょっぴりSっ気の入った紺野の表情の意味合いが変わってきてしまう。 この都市に住む誰も、この女子高生から逃げられない。 バチッッ……!! はぁっ…♡ むにっっ……!! 紺野の顔のパーツ一つ一つから発せられる、聞いたこともない音が響いてくる。瞬きひとつすれば、まぶたやまつ毛が触れ合う音がはっきり聞こえる。発生すれば、声と同時に吐き出された息が大気をかき混ぜる音。そして少し口角を上げれば、唇が圧迫されて形を変える音までもが聞こえてくる。自分が発する音がこんなにも小人たちに聴かれていると知ったら、紺野はどう感じるのだろう。 …そして。あの顔のパーツ一つ一つがどれくらい巨大なのか、考えるのも恐ろしかった。指一本ですら、高層マンションに匹敵するのだ。じゃああの瞳は、あの唇は。気が遠くなるような巨大さを頭の中で計算してしまう。もはや、紺野の顔全体なんて、比べて例えるものすら存在しない。言うなれば、一つの土地というレベルかもしれない。 「「「ちっちゃいみんなで頑張って街を作ってるんだよね…なんか可愛いねえ」」」 どこか楽しそうに目を細め、語りかけるような口調で天の声を響かせる紺野。…そうだ。こいつはペットを手なづけたりとか、人をからかって遊ぶのが好きなのだ。自分より圧倒的に小さな、それでいて知能を持った極小小人たちのお世話をするなんて、紺野からしたらまんざらでもない体験なんじゃないか。 もわあっ……♡ 「………?」 ふと、周囲の空気が変化していることに気づいた。なにか、甘ったるいような、爽やかなような、そんな匂いが香ってくる。 最初は街のその辺から漂ってきている匂いかと思った。ただ、たまに香るというレベルではなく。空気の全てが入れ替わってしまったような。…そもそも、どこか嗅ぎ覚えがあるような甘い匂いで…。 「「「写真撮っちゃおー」」」 「あ……」 カプセルの外でスマホを構えているクラスメートの顔を見上げてその記憶に思い当たり、心の中で赤面する。 これ、紺野の匂いだ。いつも教室でふざけて頭を撫でられたり、ちょっぴり顔を近づけて見上げてくる時に、鼻腔をくすぐる女子特有の匂い。使っているシャンプーの匂いなのか、たとえばリップクリームの匂いなのか、ともかく俺の記憶に"紺野の匂い"としてインプットされているものと一緒だった。 顔をカプセルの外から近づけられているだけなのに。広大な都市空間が、一人の女子高生の甘い匂いで埋め尽くされているなんて。…この都市には、ずっと歳上の働いてる人だっている。老若男女問わず生きている極小小人たちが、紺野一人のパーソナルな匂いを強制的に嗅がされているというのが、 かわいそうというか。言葉を選ばなければ、ちょっぴり惨めに思えた。 「「「小人見えないなあ……ん?」」」 こちらを見下ろして、より目を細めて凝らすような仕草をする紺野。目が合ったような気がして、俺がこの都市に間違って転送されていることに気づいたのではないかと一瞬思う。ぎくりと背筋が伸び、指一本動かせないくらい緊張してしまう。 「「「…学校とかもあるんだ。ほんとに普通の人間の街みたい」」」 …だが、そうではなかったようで。冷静に考えて、1/1000の大きさになった俺を紺野が認識できるはずがない。いつも話しているクラスメートだからといって、このサイズ差で認知してもらえると勘違いした自分を恥じた。 「「「んんっ…テレビでも見てこようかなあ」」」 近づけられていた巨大な顔が、空のさらに上の方へと上昇していく。人工都市という世界の大きさを凌駕した、さらに上の世界。 ゴゴゴゴッ……!! 轟音が鳴り響く。おそらくしゃがみ込んだ状態だった紺野が立ち上がっているのだ。至近距離に見えていた顔の下半分しか見えなくなり、部屋着だと思われるグレーの柔らかそうなパーカーが見え始める。ラフなTシャツとパーカーという完全な部屋着姿はこれまでに見たことがないもので、いつもの制服姿とのギャップにこちらが照れてしまう。 ゴゴゴッ……! さらに巨人の身体が持ち上げられると、グレーのパーカーに続けて、紺色のスカートが現れる。そのスカートのひだだけで何10メートルあるのだろう、となんとなく思っているうちに、スカートから伸びる肌色の巨大な柱が景色に飛び込んできて。 「あ……まて……」 見えるから、と。注意しようとした声が天界に聞こえるはずもなく。 ズンッ……!! 空にそびえ立ったのは、その直径だけで都市のひと区画は占めるであろう大きさのふくらはぎと太もも。そして2本の巨大な脚の根元に位置する、水色の下着だった。 (やばい…見てしまった…) 慌てて目を逸らそうとするも、あまりに大迫力な光景を呆然と眺めてしまう。 そもそも、1000倍の体格の巨人が立ち上がった光景自体が強烈で。もはや上半身はちゃんと見えなくなり、上空には柔らかそうな2本のJK脚が鎮座するのみ。その脚が途方もない長さと太さであることは考えずとも分かる。 小柄な紺野の脚のはずなのに、1/1000の大きさで、ほぼその脚の中から見上げる光景は、すさまじくて。太ももは肉感たっぷりで、立ち上がった振動で柔らかそうな表面が揺れている。ふくらはぎにもハリがあり、太ももにかけての曲線と肉感のバランスは、まさに美脚と言うにふさわしかった。 そして。スカートの奥に見えている水色の下着は、遥か遠くの上空ながらもとても近くに見えて。クラスの女子の下着なんて一度も見たことがない。いかにあの紺野の下着といえど、こんな風に見せつけられたら何も感じないわけがない。…花柄のレース模様が、紺野にしては少しだけ大人っぽく見えた。 (だ、だめだ、こんなの見たら…どんな顔して次会えば良いか…) 巨大な美脚と下着を無意識に観察していた俺は、慌てて目線を地面にそらす。…この光景を何千何万の小人に見られているなんて、流石に紺野が可哀想になる。 すると、 「「「あ、忘れてた。カプセル閉めなきゃね」」」 カプセルの開閉がスマホと連動しているのか、立ち上がったままスマホをいじり始める紺野。 「「「…ん、もしかしてこれ、スカートの中見えてる…?」」」 …さすがにこの位置関係に気付いたようだった。都市一個分の目線に自分の下着が入ってしまっていることに気づいたのだ。気の毒と言うか、どんな反応をするのだろう、と思っていたら。 ゴゴゴゴッッ……!! 「ぎゃあっっ!??」 いきなり巨体がカプセルに向かってしゃがみ込んできて、俺はびっくりして変な叫び声を上げてしまう。 紺野の顔が再び至近距離まで近づけられて、 「「「あんまりパンツ見ちゃダメだよー?」」」 はあっ……♡ ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、鼻がかった声と無意識な吐息を、都市上空から浴びせるのだった。 「な……」 自分の下着をもの凄い数の小人に見られたというのに、この余裕。いつも教室で俺をからかってくるときと変わらない態度で、歳上も住んでいる都市全体をからかっている。 …こいつは、絶対にこの都市に住んでいる小人たちを対等な立場だと思っていない。いや、対等と思うのは難しいかもしれないけど、羞恥の対象とすら思わないなんて。本当にペット感覚で管理しようとしてるとしか思えない。 「「「じゃあ、また明日ねー♪」」」 ゴゴゴゴッッッ…!!! 呑気にひらひらと手を振る紺野の姿が、再び轟音をあげて閉まり出した半透明のカプセルに遮られていく。 ガゴンッッ……!! そして、空の全てが半透明の景色に包まれた後も。 ズンッッ!! ズンッッッ!!! 1000倍もの巨人の歩行音と振動は、依然として人工都市を襲い続けるのだった。 …今さらながら、この人工都市が体験管理者の家の部屋の中に置かれる決まりだったことを思い出した。ここは、恐らく紺野の部屋なんだ。カプセルを通してうっすら見えている茶色の巨大な物体は、多分勉強机で。他にもピンク色だったり水色だったり、紺野の私物の色がなんとなく透けて見えていた。 (え…これから1ヶ月、紺野の部屋の中で過ごすってことか…?) いやいや、そうじゃない。 寮にあるパソコンから、緊急の時は連絡していいと言われていた。 間違えて管理人体験中の生徒の都市に転送されていることを、伝えなきゃ。 ------ 「通信障害…?」 寮に帰ってきて立ち上げたパソコンの通知画面に上がってきていたのは、そんな文言だった。緊急連絡用の回線が一時的に使えなくなっていて、復旧までに少し時間がかかるという。 「そんな…これ以上こんな危険な場所で住めないって…」 一刻も早く、プロが管理する都市に転送してもらいたい。極小小人をペットか何かだと捉えている女子高生の元から離れたい。 しかし、回線が使えないとなると外界との連絡手段は存在しないのだ。 「はぁ…とりあえず、もう少し都市を見て回るか…」 回線の復旧は待つとして、体験のレポートを書くために人工都市の中を色々知っておかなければならない。もう夜になるが、俺はフィールドワークをしに寮をもう一度出ることにした。 ------ 寮を出て人工都市を歩き始めると、さっきまで姿を消していた小人の人たちがまた外に出てきていた。"配給"の時間は危険だから建物の中に避難していた、ということなのだろうか。管理されることが日常になっている事実が垣間見える。 そもそも、管理人が明らかに素人の女子高生に変わっていることを小人たちはどう捉えているのか。そう思っていると、街中の掲示板に張り紙を見つけた。 『注意! 9月 例年通りなら天女様が変わります … いつもよりも振動や落下物に気をつけましょう』 「なんだこれ…」 天女様、という聞き馴染みのない言葉が何を指しているのか。管理人体験が3年前からだいたい9月に行われていることと、振動や落下物に気をつけましょうという文言から、思い当たってしまう。 これ、都市管理人のことだ。 「………」 この言葉だけで、極小小人側の認識や状況が色々伺えてしまう。…小人たちは、空に現れる巨大な顔が、自分たちや都市を管理する存在であることは分かっているはずだ。さっき街に流れたアナウンスでも、"配給"という言葉を使っていた。 それでも、管理人という存在が圧倒的すぎて、天の上の存在みたいに扱われているのか。一人の人間でしかないのに、1000倍という絶対的な体格差によって、神様みたいに奉ってしまう。 (あの教会とか…まさか……) 今、道の向こう側に見えている、何の宗教か分からない教会のような建物。その門のそばには、"天女様信仰"という文字が見えた。 …バカにできなかった。 だって、自分たちが住む世界を1秒で手のひらの下に押しつぶせてしまうような圧倒的な存在に、毎日見下ろされているのだ。例え管理人がただの人間であっても、精神が若い女子高生であっても、心の拠り所にしようとするのは仕方ないように思えた。 信仰している"神様"に命を握られている、と捉えればまだ精神が保てるのだろう。何の信頼関係もない一人の人間に命を握られている、と思ってしまったら、とても平穏な心で生活できないはずだ。 そんなことを考えながら、都市の中心部まで歩いてきた。ちょうどさっき、紺野がピンセットでコンテナを置こうとしていた真下のエリアだ。 …と、少し向こうの方が騒がしい。レスキュー隊のような赤い車が何台も止まっていて、道路がどうも封鎖されている。 何だろうと思いながら、封鎖されている場所に近づいていくと。 「なんだ…これ……」 バリケードの奥に見えたのは、やや青みがかった直径10センチくらいの太いロープ状のものが、2階建ての家や隣のアパートにしなだれかかっている様子だった。ロープは異常に長いようで、色んな建物にのしかかりながらその終端は目視で確認できない。建物たちはロープの重量でヒビが入っていたり、窓ガラスが割れてしまっていたり。 その異常な長さのロープを、小人の作業員の人たちが頑張って切っては建物の上から引き摺り下ろしていた。 何が起こったのかよく分からず、思わず近くにいた野次馬っぽい人に話しかける。 「あの…これ、何をやってるんですか?」 「ん、ああ、天女様の落下物を撤去してるんだよ」 「ら、落下物…」 「さっきの配給の時間に落ちてきたみたいだね」 …間違いなくそれが、青みがかった紺野の髪の毛であることを理解した。クセっ毛だけど艶のある紺野の髪の毛が、1000倍もの大きさとなって、さっきカプセル内を覗き込んでいた時に落ちてしまったんだ。肩に付くか付かないかくらいの髪の毛の長さが、今の俺から見たらどれくらい途方もない長さなのかは、計算しなくても理解できた。 建物の損傷具合を見て、血の気が引く。こんなの、もし直接人に当たったら無事では済まない。犠牲者が出てしまう可能性も十分にある。…多分、本当の管理人なら落下防止用のキャップとかをはめてるんじゃないのか。危険すぎる。数百キロレベルの物体を上空から落下させるなど、無意識であっても許されることじゃない。 この都市では、女子高生の髪一本にすらここまで翻弄されてしまうのか。 紺野が意識すらしていない髪の落下に、レスキュー隊が総力を上げて処理を行っている。まさに神様と平民という立場の違いを表しているかのような光景だった。 そして、都市を歩いて衝撃を受けたのは、紺野の髪の毛の落下とは別にもう一つあった。 「なんだ、この広い空き地は…」 中心部に突如現れた、だだっ広い、何もない土地。その長さは数百メートルくらいありそうで、空き地の地面は固い土で覆われているように見える。周囲には建物が並んでいるのに、何故ここだけ何もないのか。 「君、この辺りは危険だから立ち止まっちゃダメだよ」 突然背後から声をかけられる。振り向くと、どうやらその辺りを通りかかった社会人の男の人らしかった。 「危険なんですか…?」 「知らないのかい?…ここは、天女様がこの都市に足を踏み入れるための場所だよ」 「あ、足を踏み入れる…?そんなことをするんですか?」 「普段はあまり無いけど、都市の一部を直してくださったり、治安管理のために直接都市の中に入られることがあるんだ」 「そんな…あの巨大さで入ってくるなんて…危険すぎるんじゃ…」 「少なくともその時はこの近くにいちゃいけないよ。風圧で吹き飛ばされて助からないから」 恐ろしい忠告をして、その男性は立ち去って行ったのだった。 目の前の広大な空き地に、200メートル超の巨人の足が踏みしめられる光景を想像し、ゾッとする。カプセルの外という遠距離でもあれだけ怖かったのに、中に入ることもあるなんて。 さすがに、管理人体験でそれをやらせることはないだろうけど。 (とりあえずここには近づかないようにしよう…) 俺はそう心に決めて、その場を立ち去ったのだった。 ------ そして、月曜日。 俺は寮のパソコンから、授業用のオンラインミーティングに接続した。 どうやらミーティングのURLへの接続はできるようで、緊急連絡の回線は復旧していないようだった。何とかして、転送先を変えてもらうように伝えたいのだが。 『じゃあ、授業はじめるぞー』 クラスひとまとめのオンラインミーティングで、そんなことを言えるわけがない。紺野の部屋の中で一晩過ごして、事故とはいえスカートの中を覗いてしまったこともバレてしまう。いや、そんなことを言っている場合じゃないのか…。 『最初に、管理人体験についてだな。昨日から体験が始まって、今男子は人工都市の中からオンラインで接続していると思う。女子は普通に教室でパソコンを使って接続しているけど。これから2人1組になって、今の所の感想とか得た知見とかを話し合おうか。組み合わせは…まあ、席順でいいか』 そう先生が説明した後、ミーティングが2人1組ずつ分割される。席順って、まさか。読み込み画面が数秒ほど表示され、直後に相手の映像が出てきたとき。 『お、滝野くんだ。げんきー?』 (っっ……!!) 見知ったはずの紺野の顔に、心臓が飛び上がるほど動揺する。 「あ、ああ…まあ、ぼちぼち」 『あはは、何それ。全然元気なさそうだけど』 動揺する理由はいくつかある。たった今、このクラスメートの部屋の中にいることを知られてはいけないという緊張感。昨日、巨大な生脚と下着を見てしまっている罪悪感。…そして何より、1000倍の大きさの紺野に心の底から恐怖してしまった敗北感。 『私は楽しかったよー?ちっちゃいコンテナみたいなのを小人のみんなにあげて、後はちょっとお話ししてあげたかなあ』 画面の向こうでのんびり話す紺野は、あまりに見知った紺野の姿で。これが、人工都市で小人たちから天女様と扱われる、あの途方もなく巨大で絶対的だった姿と同じだということに、頭が混乱する。 俺が元々小人の立場だったら、天女様である紺野とこうして対等に話すなんて、絶対に叶わないことだ。 『滝野くんはどうだったの?』 「お、俺か?えっと…管理人の人がピンセットで手を入れてきたのが、ちょっと怖かったかな…」 『あー、あれやっぱ怖いんだあ。ただの女の人の手なのに?』 出た…こいつのからかいスイッチが入ったのを感じる。 「いや、1000倍の大きさの手が入ってきたら、誰だって怖いぞ」 『ちんちくりんな私の手が入ってきたとしても怖いんだ?指でツンツンとかされたら足震えちゃう?』 「あ、当たり前だろ!指なんてマンションくらいデカいんだから…」 紺野のからかいはしかし図星であり、俺は反論しようにも自分が感じた恐怖を認めることしかできない。 『…へえー、マンションねえ。指だけでそんなに、なんだ…』 紺野は自分の指を見つめ、どこか感慨深げに、独り言のように呟いた。 「……?」 『…あ、そういえば、今日の夜はまた新しい管理体験をやるんだって』 「え、そうなのか…何をやるんだ…?」 『えっとねえ』 『都市の中に身体ごと入って、郊外の土地を指でならしてあげる、ってやつだよー。小人のみんな、私のおっきな身体が入ってきたらもっとびっくりしちゃうかなあ?』 「は……?」 ---続く---
交际花
2025-03-25 16:03:18 +0000 UTCケン
2025-03-25 15:57:54 +0000 UTCトップライフ
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