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歯ブラシの屈辱 後編

「さてさて、今日も寝る前に……おーい。元気にしてるか―?」 (……) 反応がない。 死んでいるわけではないだろうが、しいて言うならば、すねているのだろうか。 まあ、今までの人生をどういうふうに生きてきたかは知らないが、今の場合は、人生以前に人ですらないのだし、そこに関してはわからなくもない。 「……まあ、それはそれとして。そういう態度はいただけないな。罪人のくせに」 (……ひぐっ! あっ、やっ、やめっ! そこ、もちてのところ、こりこり、しないでぇっ!) 「……ここかあ」 (やっ、あっ、ああっ……!) ここ数日。ずっとずっとこいつを歯ブラシとして使ってきたせいか、どこをどうされると感じるのかとか、そういうことがわかるようになってきた。いい事なのか悪いことなのかわからんが。 「よし、じゃあ、今日も……」 (や、やめてぇ……) やはり嫌がるそぶりは見せるが、初日に比べると抵抗力も落ちてきたようで、俺の口に放り込まれても、比較的おとなしい。 そのままごしごしと、俺の歯ブラシとしての役割を果たしていく。 (やっ、んっ、んッ、あんっ…・・そこ、強くしないでえっ、ごしごしするの、ダメえっ……) 「ごしごししないと汚れが落ちないからな。もうちょっとがんばれ」 (んッ、あっああっ……) 奥歯から前歯へ。そして、葉の裏側まで丁寧に、汚れを落としていくこと三分くらい。 「がらがらがら……ぺっ」 うがいを済ませて、歯磨きは無事に終わった。 歯ブラシを水で洗って、一応きれいに保っておく。 (ああんっ、んっ、ふぁあああっ!  やめてっ、そんなにしたらあっ!) 「うっさい。最近おとなしくなったと思ったら……」 (津、冷たい水で、指先であちこちやられたらっ、だれだってへんになるわよっ、ばかあっ!) 「……バカだって? お前、殿立場でそんなこと言ってんの?」 (……ひっ、やっ、ちょっと待って、今のは軽はずみで……えっ、あっ、まってっ、ああんっ、ちょっとまってっ、やっ、あんっ、あん、あんっ、あああっ!) あくまでものである以上立場はわきまえてもらわねば困る。というか、犯罪者だし。 (だめええっ、そんなにしたらあっ、イクううっ、んああああああああっ!) 「おおっと」 歯ブラシが痙攣するところなど初めて見たが、まあ、こんな感じだ。 新しい歯ブラシを用意して数日。こいつも歯ブラシとしての役割は、まあまあしっかり果たしているんじゃないだろうか。 (はあっ、はあっ、あっ、んッ……) 「おーい。イッタのか?」 (はあっ、はあっ……そういうこと聞くなんて、最低ね。ほんと、変態……んあっ、ご、ごめんなさいっ、やめっ、もう、これ以上さわらないでっ……敏感になってるからっ……) 必死で喘ぎながら懇願するので、俺はさわさわと、優しくなだめながら、 「まあ、使い込んだからなあ。安物の歯ブラシだし、そろそろ変え時か……」 (……) 俺の言葉に、歯ブラシが固まった。まあ、歯ブラシは元から固形だな。 俺はそんな歯ブラシの様子をじっくり見て。 「……まあ、少しは痛い目見たし、元に戻してやるか」 (本当⁈) 歯ブラシから歓喜の声が上がる。先ほどまでの疲れ切った態度が嘘のようだ……一応、俺としての罰はこれくらいがいいはずだ。これ以上はなんというか、俺のほうが悪人になりかねないし。 「ただし」 (え……? あんっ、やんっ、だ、だめえっ⁈) 俺は指先でブラシをなで繰り回しながら、くぎを刺す。 「今回のことで懲りたろ? 次悪さしてたら、今度は歯ブラシどころか、トイレの掃除用ブラシにでも変えて、使い終わったら捨ててやるからな?」 (ひいっ! 嫌っ、嫌ああッ……!) 「それが嫌ならまっとうに生きろ! わかったか?」 (わかった、わかったからあっ、もうやめてっ、わたしっ、イッタばかりだからっ、ダメえっ!) 「歯ブラシに絶頂もへったくれもあるかバカ! ほら、とっとと墜ちてしまえ!」 (やらああっ、あっ、ふぁああっ、んあああああああっ!) そして、甘い声とともに、歯ブラシが光に包まれて…… 「はあっ、はあっ……あっ、はああっ……」 「よう、おつかれさん」 「あ、あんたねえ……」 目のまえには、ぜいぜいと荒い息を吐く女性が一人。間違いなくこの間のスリだが、流石に絶頂後ではこんなものだろう。 まあ、人間の体のほうは汚していないのだから、これで許せとしか言いようがない。 「実際、これで懲りたろ。素直に謝って、今日はキチンと歯ブラシとしての仕事を果たしたわけだし。次からはもっと誠実に生きろ」 「……そんなこといわれても」 そっぽを向く女だが、今の発言は案外高評価だ。 以前のこいつなら、適当にきれいな言葉を吐いてさっさとここから逃げたはずだ。 こういう正直なことを言えるようになったのは、歯ブラシとして汚れを落としまくったから、かもしれない。 「はい、求人誌。赤丸がついてるところは俺の知り合いだから、何かあったら連絡しろよ」 「……日が昇ったら帰るからね」 そっぽを向いた女は案外、悪い女じゃなかった。


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