XaiJu
あいまり
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【先行公開】盲目な恋に堕とされて【前編】

「ついに追い詰めたぞッ! 魔王ッ!」  魔王城の最上階にある玉座の間にて、クセ毛のある金髪をショートヘアにした少女、エスラはそう高らかに言い放つと、片手に持った剣を玉座に佇む部屋の主へと向ける。  彼女の言葉に、この部屋──否、この城の主であり魔族を束ねる長である通称魔王ことナーリスは、クスリと小さく笑みを浮かべた。  魔族特有の青肌に毒々しい紫色の長髪、髪と同色の切れ長の目に豊満な胸を持つ彼女は、美麗に整ったその顔に優雅な微笑を浮かべながら「あらあら」と呟くように言う。 「これは噂の勇者御一行様。よくぞここまで辿り着いた……と、その強さを称賛すべきかしら? 魔族の中でも特に強い子達に守らせていたのだけれど……ふふ、人間にしては中々やるじゃない?」 「チッ……」  玉座の上で頬杖をつきながら悠々と語る魔王の言葉に、エスラの隣に立っていた銀髪の女剣士、アイルは強く舌打ちをする。  左目周囲に火傷のような傷跡を持つ彼女は忌々しそうに眉間にシワを寄せると、静かに腰に提げた剣の柄に手を添えた。  それに続くように、肩まである黒髪の上に鍔の広い黒の三角帽子を被った紫の瞳を持った魔導士の少女、ユイは自身の身の丈よりも長い木彫りの杖を構えて先端の宝石に魔力を込める。  彼女の後方では、ローブを見に纏い薄黄緑色の長髪を三つ編みで一つ結びにしたヒーラーの少女、ルシェが表情を引き締め、いつでも支援魔法が使えるよう分厚い魔導書を開く。  一触即発。  張り詰めた緊張感が室内に漂う中、ナーリスは微笑を絶やさぬまま小さく嘆息すると、紫色のルージュが塗られた唇をゆっくりと開き── 「魅了の瞳(チャーム・アイ)」  ──ただ、一言。  そう呟いた。  次の瞬間、彼女の切れ長の瞳に、煌々とした桃色の光が灯った。 「なッ……!?」  宿敵の一挙一動を見落としてなるものかと全神経を注いで魔王の様子を注視していたエスラは、思わず声を洩らしながらその目を見開く。  直後、その瞳にはナーリスの瞳と同じ桃色が宿り、一瞬にしてその目は彼女の瞳から離せなくなった。  それは他のパーティーメンバーも同様であり、数瞬前まで戦闘態勢に入っていた姿勢のまま、魔王の瞳を凝視していた。 「何……この、光……!?」 「だめ……目、逸らさ、なきゃ……ッ」  ナーリスの瞳を凝視したまま、苦しげに顔を顰めて呻くように言うユイに、ルシェは微かな声で言いながら魔導書を握る力を強める。  しかし、どれだけ眼球に力を込めてもナーリスの瞳から逃れることは出来ず、むしろ目に意識を集中させたことで余計に瞳の光を凝視してしまっていた。 「抵抗なんて考えたらダメよ。貴方達は余計なことなんてなぁんにも考えないで、ただこの綺麗な光を見つめていれば良いの」  そんな彼女達の様子に、ナーリスは口元に静かな微笑を浮かべたまま、穏やかな口調で語る。  奴の言うことを聞いてはいけないと頭では理解していても、すでに勇者一行の面々の肉体は主の意思を離れ、目の前に灯された光を見つめることに集中している状態だった。  その姿は、さながら暗闇に灯る一つの明かりに惹かれて集まる虫とでも言うべきか。  例えその光が罠だとしても、危険な物だと頭では理解していても、生き物としての本能には抗えない。  目の前に垂らされた甘い蜜に引き寄せられ、自ら罠に掛かる哀れな蝶のように……──ただ、目の前に照らされる美しい光を、見つめ続ける。  カランカランッ。  バサッ。  木彫りの杖と分厚い魔導書が、玉座の床に落ちる。  すっかりナーリスの瞳に魅了されたユイとルシェは、光を失い桃色を宿した瞳を虚ろの蕩けさせながら、両手をダランと脱力させて目の前の光を見つめる。  そんな二人の様子に気付いているのか否か、エスラは両手で剣を強く握り締めながら、ギリッと強く歯ぎしりをして目の前に立つ魔王を睨みつける。  それに、ナーリスはクスクスと楽しげに笑いながら口を開いた。 「勇者様ったら、そんなに睨まないで……貴方も我慢しないで、私の魔法に身を委ねて?」 「ふざ、けるな……ッ! 誰が……貴様、如きにッ……屈するものか……ッ!」  エスラが必死にそう声を振り絞ったのと、ドサッ……と音を立ててルシェが膝をついたのは、ほとんど同時だった。  背後から聴こえたその音に意識を持って行かれそうになったのも束の間、続くようにユイも脱力するようにその場に膝をつき、アイルも静かにその場で跪いた。  そんな仲間達の様子に、エスラは「ぁ……」と小さく声を洩らしたのも束の間、微かに弱った心の隙間を縫うように桃色の光が侵蝕してくる。  視覚を介して何かが自分の中に入ってくるような感覚に、エスラは自分の頭を押さえながら「うぐッ……!?」と呻くように声を上げた。 「ホラ、貴方のお仲間は皆私に屈したみたいよ? だから貴方も我慢しないで、私に身を委ね……──」 「チッ……チッ……チッ……チッ……」  ナーリスの言葉を遮るように、どこからか舌打ちのような音が断続的に響き渡る。  突然のことに、ナーリスは瞳に桃色の光を宿したまま、音がした方へと視線を向けた。  音がしたのは、すでに魅了の瞳に屈した勇者一行の面々。  ──……違う、そんなはずがない。  ──すでに勇者以外のメンバーは魅了の瞳で陥落済み。残る勇者も時間の問題。  ──最早こいつらに抵抗する術などある筈が……。  勇者一行の不意をつき、魔王としての膨大な魔力を用いて発動した魅了の魔眼。  確かにその魔法は勇者一行に膝をつかせ、完全なる勝利を手にしたかに思われた。  計算通り。圧倒的に優位な状況であったが故に、気付けなかった。  勇者一行の中でただ一人、未だ自身の得物を手放さず、膝をつかなかった人間がいたことに。 「チッ、チッ、チッ……」  室内に響き渡る、舌打ちの音が止む。  静寂が室内を支配する中、銀髪の女剣士はゆっくりと床を強く踏み込み、自らが討つべき魔王の元へと──駆け出す。  彼女が跪いたのは、魔王の魅了に屈したからでは無い。  重心を下げて足に力を込め、コンマ一秒でも速く魔王の不意をついて剣を振るう為だった。  一瞬にして膨張した女剣士の姿に、ナーリスは内心で動揺しながらも目にも止まらぬ高速で振るわれた刃を紙一重で避ける。  紫色の長髪が数本程度持って行かれるが、そんなことを気にしている場合では無い。  ──どういうことなの……!? 彼女には魔眼が通用していなかったってこと!?  魔力耐性が高かった……とは考えにくい。  肉弾戦担当である彼女よりも魔力耐性が高いであろう魔法職の二人はすでに堕ち、勇者として選ばれた少女ですら、すでに陥落は時間の問題といったところまで追い詰められている。  だと言うのに、今剣を振るう彼女には魔眼に耐えた疲労すら見えない。  まるで、魔眼そのものが通用していないかのように。 「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ」  そんな魔王の焦燥を加速させるかのように、アイルは何度も舌打ちのような音を鳴らしながら剣を振るう。  銀髪の奥に見える灰色の瞳はくすんでおり、まるで目の前にいる敵では無い別の何かを見つめているかのような、何とも言えぬ空虚さを携えていた。  それを見たナーリスは微かにその目を見開くと、すぐに小さく息を吐くような笑みを零すと、アイルの振るう剣をいなして後方へと距離を取った。  ──なるほどね。別に、何も難しい話じゃなかったのね……ッ! 「貴方……目が見えないのね? だから魔眼が効かなかったんでしょう?」  笑みを絶やさぬままそう問い掛けるナーリスの言葉に、アイルは何も答えないまま剣を構え直した。  まるで、無駄口を叩く暇も惜しいと言わんばかりに。  焦点の合わない灰色の瞳に、確かな闘志を宿しながら。 ---十年前--- 「ねぇ~もう帰ろうよぉ!」  村から出てすぐの所にある、森の奥深くにて。  一番後ろを歩いていたルシェが、すっかり疲弊した様子で近くの木に寄り掛かりながらそんな声を上げた。  彼女の言葉に、先頭を歩いていたエスラは足を止めて振り返り、すぐに呆れたように溜息をついた。 「だから言ったじゃん。ルシェは子供なんだから、私達には付いてこれないって。分かったなら一人でもう帰りな」 「なッ……お姉ちゃん達だってまだ子供じゃん!」  ヒラヒラと軽く手を振りながら言ったエスラの言葉に、ルシェは両手に拳を作りながらそう声を張り上げた。  彼女の言葉に、私は思わず「おぉ」と感嘆の声を洩らした。 「ルシェってば、まだ小さいのにそんな返しが出来るなんて……おめでとう、エスラ。君の妹は将来有望だよ」 「えぇ~そう? まぁでも、アイルの人を見る目は確かだからなぁ……」 「あ、ありがとう……って、そうじゃなくって! もうすぐ日が沈んじゃうし、お父さん達が森の奥は危ないから入っちゃダメだって言ってたもん! これ以上行ったら本当にダメだと思うし、もう帰ろうよぉ!」  翡翠色の瞳にじんわりと涙を浮かべながらも一生懸命に訴えるルシェの言葉に、私はふと空を見上げた。  言われてみれば、確かに。太陽は西の方に傾き、空は薄っすらと茜色に染まりつつある。  これから私達が向かおうとしていた森の奥へと視線を向けてみれば、鬱蒼と生い茂った草木によって日差しが遮られ、奥に行く程薄ぼんやりとした暗闇に包まれている。 「……そうだね。ルシェの言う通り、これ以上は危なそうだ」 「アイルまで? でも、おばさんとこのポチ、まだ見つけられてないのに……」  私の言葉に、エスラは眉間にシワを寄せてむぅ……とふてくされながら呟くように言う。  今日は朝から同じ村に住んでいるカーネおばさんの飼い犬ポチが迷子になったと騒ぎがあり、正義感の強いエスラが自分が見つけると高らかに宣言したのが事の発端だった。  私達の住んでいる村は決して大きくは無く、手分けして探してみても見つからないと知るや否や、エスラはポチを見つける為に意気揚々と村を飛び出していったのだ。  で、エスラの妹のルシェと、村で唯一の同い年である私がお目付け役として付いてきたというわけだ。 「迷子の犬を探してたら私達まで迷子になっちゃいました~なんてなったら、笑えないでしょ。もしかしたら、村に帰ったらポチも戻って来てるかもしれないし、今日のところは……──」  今日のところはもう帰ろうか。  そう続けようとした私の言葉は、エスラの背後に視線を向けた瞬間に止まる。  拗ねたような表情を浮かべていじけている彼女の背後には、木の幹を伝って音も無く下りて来た巨大な蜘蛛の姿をした魔物が迫っていた。  血のように真っ赤な体を持った巨大蜘蛛は、八つのつぶらな瞳でエスラの姿を捉えると、艶やかな漆黒の牙をギチギチと鳴らして……──。 「……? アイル? どうし」 「危ないッ!」  考えるよりも先に、体が動いていた。  不思議そうな表情を浮かべたエスラの体を突き飛ばした瞬間、木の幹にとまっていた巨大蜘蛛が私の顔面に向かって飛び掛かってきた。  それからのことは、気が動転していたからかあまり良くは覚えていない。  しかし、どうやら私は急に飛び掛かって来た蜘蛛に噛みつかれたようで、筆舌にし難い程の激痛に襲われたことだけは覚えていた。  後から聞いた話ではすぐにエスラが引き剥がしてくれたらしいが、その拍子に蜘蛛が毒液まで噴出してきたようで、私はそれを諸に顔面に浴びてしまった。  しかし、幸いにも……命に別状はなかった。  一緒にいたルシェが、すぐに簡単な回復魔法で応急手当をしてくれたからだ。  エスラとルシェの家は教会を営んでおり、魔力の才が無く気質的にも魔法が合わなかったエスラと違い、魔力の才に恵まれて頭の良いルシェは家の方針で回復魔法を学んでいた。  とは言え、まだ幼いのでまだ簡単な初級魔法しか使えないのだが、動揺しながらも彼女が一生懸命に手当してくれたおかげで何とか最悪の事態にはならずに済んだ。  だが……毒を持った蜘蛛型の魔物に襲われ、噛みつきと噴出で二度も毒を諸に受けて、完全な無傷で済む筈も無く。  むしろ、私の年齢を鑑みれば生きているだけでも奇跡のような状態で。  何が言いたいかと言うと……蜘蛛の毒による後遺症として、毒液を受けた左目周囲には火傷のような傷痕が残り、尚且つ私は……──両目の視力を完全に失った。  その日から、私の世界は光を失った。  安っぽい詩のような文章だと思われるかもしれないが、そう表現せざるを得なかった。  しかし、不思議と辛くは無かった。  体調が落ち着いた頃に、いつの間にか自分の生きる世界が暗闇に染まっていた時は流石に動揺したが……私の傍には、エスラとルシェがいてくれたから。  私の両親は、村の防人のような仕事をしている。  結婚して私を生むまでは王都で騎士団に所属して戦争に参加していたという両親は、幼い頃から私に剣を握らせて鍛えてくれた。  命のやり取りを行う戦場にて、最終的に自分を守ることが出来るのは自らの強さのみ。生き残る為には強さが必要だと。  こうして魔物に襲われて瀕死の重傷を負って視力を失っても、その原因は私の実力不足によるものだからと、エスラとルシェを責めることは一切無かった。  とは言え、心配してくれなかった訳では無い。  蜘蛛の毒にやられて死にかけていた時は一生懸命看病してくれたし、体調が落ち着いた時には自分のことのように喜んでくれて、後遺症が残ることを知った時は悲しみを態度に出さないよう必死だったのも伝わって来た。  その上で、身を挺して友達を守る決断をしたのは私だから、エスラとルシェを責めるのはお門違いだと。  ただ、今の私の実力では、あの蜘蛛の魔物は強すぎただけのことだと言ってくれた。  私自身も二人が悪いとは思っていなかったし、あの場で咄嗟にエスラを助ける決断をしたことも後悔などは全く無かった。  ……だと言うのに、エスラとルシェは物凄く罪悪感に襲われていた。  エスラは毎日のように見舞いに来ては自分が連れ出さなければ、あの時気を抜いていなければと泣きながら謝罪するし、ルシェに至っては非が無いどころかむしろ命の恩人と言っても過言では無いというのに、もっと上級の回復魔法を使えるようになっていればとボロボロ泣きじゃくるのだ。  目は見えないが、声だけで号泣しているのが容易に分かるくらいには泣いていた。  二人の両親も謝罪に来てくれたが、そもそも私も両親も全く気にしていなかったし、何より二人の猛省っぷりを見ていればそれ以上に求めるものなど何もなかった。  ちなみにこれは余談だが、カーネおばさんちのポチは普通に自分で家に戻って来たようで、今でも元気に生活していると言う。  まぁ、そんなことがあって……確かに私の世界から光は失われたが、希望が消えた訳では無かった。  私の一件があって以降、エスラは今よりも強くなってこれからは自分が私を守るのだと、私の父に剣術や戦い方について稽古をつけて貰うようになった。  ルシェは今よりもっと回復魔法に関する知見を深めていつか私の目を治すのだと、自身の両親の下で教会の手伝いをしながら日々回復魔法の勉強に励んでいる。  そんな二人に触発されて、私も目が見えない生活に慣れながら、少しずつ剣術の稽古を再開していった。  目が見えない中で戦うというのは決して簡単なことでは無かったが、視覚が無い分他の感覚が鋭敏になっているようで、武器を振るう音や衣擦れの音を聴いて距離を測りながら戦う術を身に付けていった。  そうして一年程が経過して目が見えない生活にも大分慣れてきた頃、私達の暮らす村にユイとその母親が引っ越してきた。  私は見えないのでよく定かでは無いが、聞いた話では、どうやら村に来たユイという少女は紫色の瞳をしていると言う。  青い肌、紫色の瞳、高い魔力。  魔族の三大特徴の一つである瞳を有し、母親はごく普通の人間だと言う。  話に聞いただけでも明らかに訳アリの雰囲気しか感じられないが、ユイの母親の話ではこの村に危害が及ぶようなことは無いとのことであった為、特に追求はせず母子を受け入れた。  これらのことは全て人伝に聞いたことであり、何より目の見えない私ではそもそもにそのユイの持っている紫の瞳も何も分からないので、この件についてそれ以上詮索はしなかった。  おまけに、聞いた話ではユイは口が利けないらしく、目が見えない私とはまともなコミュニケーション手段が一切無いと来た。  こうなれば、いよいよ私がユイと関わる機会は無いだろうと思っていたのだが……なぜか、ユイは私に懐いた。  きっかけはエスラだった。  この村では数少ない同年代の女の子だからと、ルシェも交えた三人での遊びや稽古など、事あるごとにユイを引っ張ってきたのだ。  四人でいる時にはユイの筆談をエスラやルシェに通訳して貰っていたのだが、なぜかユイは私を気に入ったようで、いつしか四人でいる時もそれ以外の時間でも私の傍に引っ付くようになった。  最初は二人きりになると本当にまともなコミュニケーション手段が無い為、私の訓練や作業の邪魔にならない程度に近くにいるように伝えて勝手にさせた。  それを了承したのかは定かでは無いが、それ以降もずっと私の傍に付いて来ていたので、恐らく理解はしていたのだろう。  しかし、そんな感じで過ごしていたある日、稽古の休憩をしている最中に初めてユイが私との交流を試みた。  その手段というのが、私の掌に指で文字を書くという方法だった。  肯定と否定は私の手の甲を指で叩く回数を変えることで伝え、私が掌に書かれる文字を読み上げることで、私達のコミュニケーションは成立した。  そんな方法で伝えられたのは、ユイと母親の過去についてだった。  魔族領にて、魔族の父親と人間の母親の間に生まれ落ちたのがユイだった。  ただでさえ人間と魔族の間には長い歴史を経ても埋まらなかった深い溝がある上、魔族は自分達が他の種族より優れた生き物だという価値観が根付いており、他の種族の血を混ぜることは禁忌とされている。  その為、ユイの父親は人間との子供を作った重罪人として罰せられ、厳罰の矛先はユイと母親にまで及ぼうとしていた。  しかし、何とか母親がユイを連れて魔族領を脱出し、命からがらこの村まで辿り着いたというわけだ。  生まれのせいで魔族からは迫害され、瞳の色のせいで人間からも奇異の目を向けられてきた。  この村は自分達を受け入れてくれてはいるが、それでも魔族と同じ紫の瞳を持つ自分が、村の人々からどこか腫れ物のように扱われているのが分かる。  だけど、エスラ達はそんなこと気にせずに分け隔てなく接してくれるから、大好きだと。  ──アイルはこんな私の姿が見えていないから、一緒にいて楽なんだ。  ──ごめんなさい。  震える指で、ぎこちなく、ユイはそう語った。  彼女の言葉に、私は目のことは気にしなくて良い、一緒にいたければこれからも好きなだけ傍にいれば良い……とだけ伝えた。  それに、ユイは微かに息を呑んだかと思うと、私の手を軽く握り……──ありがとう、と。掻き消えそうなか細い声で、答えるのだった。 ---現在---  あれから……もう、十年もの月日が経った。  ルシェは両親の元で回復魔法の知識を深め、十五歳という若さでありながら現存する回復魔法のほぼ全てを扱えるまでになっていた。  しかし、どうやら私の視力を取り戻すには複雑な魔法の術式とかなりの魔力量が必要らしく、まだしばらくは治せないとのこと。  私はすっかり今の状態に慣れているので、別に無理に治さなくても良いのだが、ルシェは絶対に治してみせると張り切っている。  回復魔法の勉強の傍らで両親の教会の手伝いもしており、教会に来る人の病気や怪我の治療もしていたらしいので、そう言った活動の中で彼女の意地に拍車がかかってしまったのかもしれない。  ユイは、あの日のやり取りをきっかけに、少しずつ口が利けるようになっていった。  と言っても、最初はまだエスラやルシェの通訳を通したり、掌への書字が主なコミュニケーション手段ではあったが。  話せるようになった当初も本当に小さな声で、視力が無い分他の感覚が敏感になっている私でギリギリ聞き取れるレベルで、しばらくは私がエスラとルシェにユイの言葉を通訳することもあった。  魔族の血を引いている彼女は膨大な魔力を有しており、当初は隠していたが、声が出せるようになるのと付随するように少しずつ魔法や魔力のことも教えてくれるようになった。  曰く、少しでも頑張っている皆の力になりたいが、自分に出来ることはこれぐらいだから……とのこと。  今では、無口な方ではあるが会話自体は問題無く出来るし、魔法に関しては膨大な魔力を用いて多種多様の魔法を自在に操ることが可能だ。  一番成長したのは……やはりエスラだろうか。  彼女は私の一件があってから死に物狂いで鍛えたようで、十七歳になった今ではそこいらの魔物の群れなんかでは足元にも及ばないぐらいに強くなっていた。  ヤンチャだった性格も年を取ることで落ち着いたようで、強い正義感は相変わらずだが、他人を思いやり寄り添って守ることの出来る心優しい性格になっていた。  そんな中で、ある時魔族領からやって来た魔物の群れが村に襲ってきたことがあり、エスラが一人で撃退したことがあった。  この一件をきっかけに彼女の噂が王都まで届いたらしく、ある日王国の使者が村に訪れ、エスラが魔王を討伐する勇者として選ばれたことが告げられた。  エスラは王国の民を守るという正義感に燃え、その通達を二つ返事で引き受けた。  そして私達に、魔王を倒す旅に付いて来てほしいと頼んできたのだ。  魔王を倒す戦いは命懸けになるだろう。だからこそ、幼い頃から共に過ごしてきた皆にしか、自分の背中は任せられないと。  ルシェやユイはともかく、目が見えない私は足手まといになるのではないかと思ったが、ずっと剣の鍛錬を積んできた私達であれば問題無いと突き返されてしまった。  そこまで言われてしまっては、それ以上断る理由など無かった。  私達は全員エスラの申し出を引き受け、勇者一行として、共に魔王を倒す為に村を発った。 「なるほどそういうことねッ! 目が見えないなら、どれだけ魔眼を浴びせても意味無いわよねッ! 光も何も見えていないんだものッ!」  魔王ナーリスは私の剣撃を避けながらそんなことを言ってくる。  それに私は答えないまま、奴の体を切り裂くべく剣を振るった。  ……膨大な魔力を有する魔族の王に、私一人で敵う筈がないことは明白。  だが、しかし……他の三人が立て直す時間を稼ぐことは出来る。  奴が魔眼とやらで何かの術を使い、私以外の三人を無力化したのは分かっているが、一体どんな術を使ったのかは定かでは無い。  どんな効果があるものなのか、一体三人がどのような状態に陥っているのか、どれくらいその効果が続くのか。  一切効果が無かった私には想像し難いが、例えどれだけの時間が掛かろうとも、絶対に私が時間を稼いで見せる。  私は、三人が好きだ。  少し臆病な所はあるけど優しくて、友達の為なら自身の全身全霊を捧げてでも尽くそうとするルシェが。  無口な寂しがり屋で、誰よりも孤独の辛さを知っているからこそ他人に寄り添うことの出来るユイが。  無鉄砲で頑固なところはあるが、強い正義感から揺るがぬ信念を持って突き進むエスラが。  十年前のあの日、あの森で、確かに私の世界からは光が消えた。  だけど、闇に沈んだ訳では無い。  彼女達は私に、温もりを、優しさを、笑顔を──希望を与えてくれたから。  だから私は、その恩に応えたい。  きっと、そのチャンスが今なのだ。  四人でこの困難に打ち勝ち、目の前にいる魔王を倒して故郷に帰る為に。  十年前のあの日、あの森で視力を失ったのはこの瞬間の為だったのだと、今なら胸を張って言える。 「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」  声を上げながら、私はナーリスに向かって剣を振るう。  奴が勝手に喋って居場所を教えてくれるおかげで、音の反響を利用して位置を把握する間でも無い。  迷うな。剣を振るえ。足を動かせ。喉を震わせろ。視覚以外の全てを感じろ。大切な人達と故郷に帰る為に。  戦え。戦え、戦え、戦え、戦えッ! 「私達は絶対にッ、お前を倒──」  カランカランッ。  声を張り上げながら剣を振り上げた時、背後から何やら乾いた金属音がした。  思いもよらぬ音に思わず動きを止めて振り返るのと、「ぅ……」と小さく呻くような声と共にドサッと膝を床に打ち付けるかのような鈍い音がしたのは、ほとんど同時だった。  今の声は──ッ!? 「エスラッ!」 「ふぅ、やっと堕ちてくれたわね。流石は勇者様……と言ったところかしら?」  背後から聴こえたナーリスの言葉に、私はギリッと歯ぎしりをした。  唯一耐えていたエスラも無力化されたか……ッ!  三人とも呼吸音は聴こえてくる為、死んではいないのは確かだ。  だが死んでいないだけで、生命にかかわる危険性や身体への影響がどれだけあるのかは不明。  ここで私まで倒れてしまったら、いよいよ私達の敗北が確定してしまう。  私は剣を握る力を強め、ナーリスと向き直った。  怖気づくな。戦え、友を守る為に……ッ! 「チッ、チッ、チッ、チッ!」  私は強くタンギング音を鳴らし、反響する音からナーリスの位置を把握する。  奴の位置や距離感が分かるや否や、私はすぐさま地面を強く蹴って距離を詰めた。 「それにしても、まさか勇者一行の中に目が見えない子がいるだなんて……無理矢理堕とせないことも無いけれど、少し面倒よねぇ」  私の剣を避けながら、ナーリスはゆったりとした様子で語る。  クソッ……! 焦っているせいか、攻撃が先程よりも大振りで単調なものになってしまっている。  冷静になれ……ッ! 動揺した状態で勝てる相手では無いぞッ!  私は必死に首を振って逸る気持ちを振り払い、剣の柄を握り直してナーリスに向き直る。 「そうだ。命令、“この子を捕えなさい”」 「ッ……?」  突然告げられた奴の言葉に、私は一瞬硬直する。  何だ? 命令? まさか、ここに来てまだどこかに伏兵がいたというのか?  玉座の間に入る前に、ユイの索敵魔法で周囲に敵がいないことは把握しているのだが──。 「鈍化(レイト)」  疑問に思いつつも地面を踏み抜いてナーリスに距離を詰めようとしたその瞬間、背後から聴こえたのは……──ユイの声だった。  直後、まるで全身に重たい鉛が纏わりついたかのような感覚があり、私は思わず「なッ……」と声を洩らす。  かと思えば突然手足や胴体を何者かに拘束され、思うように動けないままに組み伏せられる。  剣は握ったままだが、床に膝をついた状態で押さえつけられ、まともに立ち上がることも出来そうにない。  私を拘束した相手は見えない。しかし、体を押さえつけている手の感触と耳元に感じる息遣いは、どうしてか酷く慣れ親しんだもので……──。 「どうして、君達がこんなことをしているんだッ……! ルシェッ! ユイッ! エスラッ!」  拘束を解こうと藻掻きながら必死に声を荒げるが、彼女達は応えない。  一体、どうして彼女達がこんなことを……? 先程のナーリスの魔眼とやらのせいか? と疑問が脳内で渦巻く中、ナーリスが「ふふっ」と楽しげに笑みを零すのが聴こえた。 「ちゃんと捕まえられて偉いわね~。後で、纏めてご褒美あげる♡」 「ありがとうございます、ナーリス様っ♡」 「私達の全ては貴女様の為にあります♡」 「これからもお好きなようにお使い下さい♡」  ナーリスの言葉に、三人は口々に賛美の言葉を投げ掛ける。  その声はまるで飼い主に媚びる卑しい駄犬のような、十年間一緒にいて一度たりとも聞いたことが無い程に甘ったるい熱を帯びた声だった。  変わり果てた幼馴染達の姿に思わず絶句するが、すぐさま拳を強く握り締めてナーリスに向かって口を開いた。 「貴様ァッ……! 彼女達に何をしたッ!?」 「あら、気付いてなかったの? さっき私が使ったのは魅了の魔眼。私の目を見た者は、みんな瞬く間に魅了されて、大好きな私の為なら何でもしちゃう奴隷になっちゃうのよ♡」  魅了の魔眼、だと……? 魔王として強大な力を持っていながら、そんな卑劣な手を使ったというのか……ッ!?  しかし、それならば……三人の命に別状はない、のか……。 「本当ならこれで勇者一行を私の虜にして使い潰す予定だったんだけど、まさか通用しない子がいるなんて思わなかったわ。おかげで予定が狂っちゃったじゃない」 「……ッは……じゃあ、何だ? こうして捕まえて、始末でもするつもりか?」 「始末? そんな勿体ないことする訳無いじゃない♪」 「はっ……? それじゃあわざわざこんなことして、一体何を」 「はぁぁぁぁ……♡」  一体何をするつもりなんだ?  そう聞き返そうとした瞬間、突如顔面に生暖かい空気が吹き付けられた。  同時に聴こえたナーリスの声や息遣いから、それが彼女の吐息であることはすぐに気付けたが、その行動の意図が分からない。  どういうつもりだ? そう尋ねるべく、私は軽く口を開いた。 「ッはぁ……ッ!?♡」  その瞬間、今まで感じたことが無い程の甘ったるい香りが脳に走り抜け、私は思わず上ずった声を上げた。  何、だ、この匂い……ッ!?♡  甘い、甘すぎるっ!♡ 甘くて良い匂いっ♡ もっと嗅いでいた──違うッ! そんな訳が無いッ!  何だ今の匂いッ!? 言葉を発する為に微かに息を吸っただけだと言うのに、一瞬で意識が持って行かれたッ!  今度は何をされたんだ? よく分からないが、これ以上吸ったら危険だ。でも、少しぐらいだったら……──ダメだ、ダメだッ! 変なことを考えるなッ! 「目が見えないってことは、その分……他の感覚は敏感、ってことでしょう?♡」  頭上から降って来た声に、私は微かに息を呑んだ。  その拍子にまた甘ったるい香りがして意識が持って行かれそうになるが、何とか理性で堪えながら、「貴様ッ……!」と小さく声を洩らした。 「今度は、何をした……ッ?」 「今のはただ、吐く息に私の魔力を込めただけよ? まぁ、普通の人間だったら今のだけでもイチコロなんだけど……流石は勇者御一行様、といったところかしら♡」 「ッ……ふざけッ」  ふざけるな、と声を荒げようとしたところで周囲を漂う甘ったるい香りに意識が揺らぎかけ、慌てて唇を強く噛みしめることで何とか堪える。  そんな私の様子に気付いているのか否か、ナーリスはコロコロと楽しげに笑いながら続けた。 「とは言え、魅了の魔眼に比べると効果は劣るし、これだけで貴方を堕とすのは難しいだろうな~って思っているのよ♡」 「な、にを……」 「だ、か、ら……♡ 今までずっと一緒に旅をしてきて、貴方のことをよ~く知ってるお仲間ちゃん達に、お手伝いしてもらお~って思ったワケ♡」  歌うように続けられたその言葉に、サッ……と血の気が引くような感覚がした。  何、を……? コイツ、一体、三人に……何をさせる、つもり、なんだ……?  そう聞き返したくとも、口を開けば周囲を漂う甘い空気が脳を揺らし、まともに呼吸するだけで精一杯だった。 「だから……命令♡ どんな手を使っても良いから、その剣士ちゃんも私のモノになってくれるように、優しく“説得”してあげて頂戴? 剣士ちゃんを堕とせた子には、たくさんご褒美あげるからっ♡」


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