XaiJu
あいまり
あいまり

fanbox


純白の誓いは奪われて 前編【中編】

「君は、一体……何者なんだ……?」  自分が置かれている状況もまともに理解できず身動きも取れない中、仰向けに横たわった私の口から掠れた声で紡がれたのは、そんな疑問の言葉だった。  今私達がいる場所はどこなのか。舞踏会で私に何をしたのか。何が目的でこんなことをしているのか。  他にも知りたい情報は山ほどあった。  しかし、今私が最も早急に知らなければならない情報はコレだと……なんとなくだが、確信したのだ。  そんな私に対して、オディールは僅かに驚いたように薔薇色の目を丸くしたが、すぐにクスリと小さく笑みを零した。  彼女はもう一度自身の髪を耳に掛けると、その手をゆっくりとこちらに伸ばし、私の頬に触れて優しく撫ぜ── 「私の名前は、オディール・ロットバルト。君の最愛の人、オデット姫とその侍女達に白鳥化の呪いを掛けた悪魔、アウルラ・ロットバルトの妹だよ」  ──私の輪郭をゆっくりとなぞりながら、そう答えた。  冷ややかな微笑を崩さぬまま語られたその言葉に、私は「なッ……!?」と思わず声を詰まらせて驚いてしまう。 「オデットを白鳥にした悪魔の……ッ!? 一体なぜ、その悪魔の妹が、私の所に……ッ!?」 「なぜって、そんなの……お姉様がオデットちゃんに掛けた呪いを、君が解いてしまわないようにする為に決まってるじゃん」 「……何……?」  平然と返された彼女の回答に、私は思わず聞き返してしまう。  すると、オディールはツー……と細く白い指先で私の顎をなぞり、首筋を撫でながら薔薇色の目を細めて暗く微笑み、続けた。 「実は、こくおー様とオデットちゃんのやり取り、お姉様と一緒にコッソリ聞いてたから知ってるんだぁ。君が今まで誰かを好きになったことも、オデットちゃんに恋をしていることも……今回の舞踏会で、婚約者を選ぶつもりも無いことも……ね?」  彼女はそう言いながら、首筋から下ろした手で私の鎖骨をなぞるように指先を滑らせる。  舞踏会の為に、シャツのボタンは一番上までキッチリと留めて、ネクタイも締めていた筈なのだが……シャツの上に身につけていたジャケットも無くなっているし、いつの間にか色々と脱がされているようだ。  自分の体を触られている違和感にむず痒さを覚えつつ、他でも無い呪いの元凶に私とオデット姫の関係性について既に嗅ぎつけられていた事実に、私はギリッと強く歯ぎしりをする。  そんな私にオディールはニコッと笑みを浮かべ、ゆっくりと私の体に自身の体を重ねて密着させるようにしなだれかかりながら、更に続けた。 「でもねぇ、オデットちゃんの呪いを解かれちゃうと、私のだぁいすきなアウルラお姉様が困っちゃうの。大好きな人が悲しんでると、自分も悲しくなるでしょう? だから、協力しようと思って」 「……じゃあ、何だ? 私を殺すつもりか?」  体を密着させて語るオディールの言葉に、私は思わずそう聞き返す。  すると彼女はケラケラと笑いながら「そんなつまらないことしないよぉ」と言い、両足をパタパタと軽く揺らす。  密着した体でその震動が直接伝わって来るのを感じつつ、私は何とか彼女の肩を掴みながら口を開いた。 「それじゃあ一体何のつもりだ? 一応言っておくが、私は例えどんな困難が立ちはだかろうとも絶対に──」  絶対に、オデットへの気持ちを諦めるつもりは無い。  そう断言しながら、オディールの体を引き剥がそうと手に力を込めようとしていた私の言葉は、突然唇を奪われたことによって遮られる。  彼女の肩を掴んでいた手は圧し掛かる体の下に敷かれて動かせず、反抗の意志を伝えようと開かれた唇は柔らかな口唇によって塞がれてくぐもった声を漏らす。  驚きながらも何とか全身に力を込めて抵抗するが、その細く華奢な体からは信じられない程の強靭な力で押さえつけられ、彼女の体を突き返すどころか体をベッドから浮かせることすら叶わない。 「んんむッ……ぷぁッ、おい、やめ──んむッ……!?」  それでも何とか首を左右に振る形で彼女の口付けを躱しながら反論しようとした私の口は、強引に顎を掴まれる形で動きを封じられ、再度重ねられた彼女の唇によって塞がれる。  やっとの思いで実行することが出来た抵抗があっさりと失敗し、落胆しそうになったのも束の間のこと。  反論の為に半開きになっていた唇の隙間から、何やら柔らかな肉塊が滑りこんできた。 「んんんむぅッ……!?」  初めて口内に広がる異物感に、私は思わずくぐもった声を発しながら全身を強張らせた。  しかし、オディールはそんな私の反応を物ともせず、体を重ねたまま私との深い接吻を続行する。  口内に侵入してきた柔らかな軟体生物は、まるで何かを探すように頬の内側から歯茎と頬肉の隙間に掛けてゆっくりと這いずり回り、上顎や歯の一本一本まで丁寧に舐め取っていく。  そして、奥の方で縮こまっていた私の舌を見つけるや否や即座に絡め取り、舌の付け根からその下の肉の部分までも余すことなく舐り尽くす。  口内で彼女の舌が蠢く度に私の体は勝手に跳ね上がり、喉の奥からは吐息混じりの声が勝手に漏れ出る。  口内を貪られ、舌を弄ばれている状況では呼吸すらもまともに出来ず、酸欠で朦朧とする意識が彼女の舌先によって掻き混ぜられていくような感覚がする。  ヤバい、これ……堕ち、る……──。 「ぷはッ……」 「ぷはぁッ……はッ……ぁッ……」  視界がぼやけ、今にも意識を手放しそうになった頃。  ゆっくりと唇を離されたことで、私は一方的で濃厚な接吻から解放される。  彼女の舌先から私の口内に向かって繋がる透明の細い糸をぼんやりと見つめながら、私は足りない酸素を取り込むように、荒い呼吸を繰り返す。  オディールはそんな私の様子を見て微かに笑みを浮かべると、こちらに手を伸ばして先程の接吻で乱れた髪を整えるように私の前髪を指で梳かし、クスクスと楽しげに笑った。 「キスだけでこんな乱れちゃうなんて……こくおー様、オデットちゃんが初恋って言ってたけど、もしかしてこういうことも全部初めて?」 「ッ……はッ……貴様に、答える筋合いは、無い……」  楽しむような口調で問い掛けてくるオディールの言葉に、私は浅い呼吸を繰り返しながら、辛うじてそう答える。 「えぇ~こくおー様って結構初心なんだぁ~? か~わい~♪」  しかし、否定はしなかったことから先程の言葉が図星であることには気付かれたようで、彼女はクスクスと楽しそうに笑いながら両足をパタパタと軽く揺らす。  それに私は恥ずかしさで思わず顔が熱くなりそうだったが、強く歯ぎしりをして羞恥心を押し殺しながら口を開いた。 「うるさい……それより、急にこんなことをして、どういうつもりだ……? 冗談だとしても、流石に笑えないぞ……」 「こんなことって、キスだけで大袈裟だなぁ。おっとめ~♪」 「ふざけるな、いい加減に……」 「私はただ、こくおー様に私のことを好きになって貰いたいだけだよぉ?」  ヘラヘラと笑いながらも要領を得ない返答を続けるオディールの様子が流石に我慢ならず、強引にでも体を起こそうと腹筋に力を込めながら発した私の言葉は、あっけらかんとした態度で続けられた彼女の言葉によって閉ざされる。  平然と語られた彼女の言葉に、私は体を起こそうとした姿勢で硬直したまま、「ッは……?」と素っ頓狂な声で聞き返した。 「何言って……? 私が、貴様のことを……?」 「うんっ! ホラ、こくおー様だって聞いたでしょ? オデットちゃんの呪いを解く条件」 「あ、あぁ……夜、オデットが人の姿をしている時に、誰にも愛を誓ったことが無い人が、永遠の愛を誓うことだと……」 「そっ! だからぁ、こくおー様が私のことをオデットちゃんよりも好きになって心の底から永遠の愛を誓ってくれたらぁ、オデットちゃんの呪いを解くことが出来る人がいなくなるってワケ!」  満面の笑みで語られた突拍子の無い言葉に、私は思わず言葉を失う。  私が、オディールのことを、好きになる……? 彼女に、永遠の愛を誓う……?  十八年間誰のことも好きにならず、つい昨晩オデットと出会い、初めての恋に落ちたばかりの私が……?  しかも、一目見た時から心奪われたオデットと違い、オディールに対してはこうして密着していても特に何の感情も抱いていない。  顔は整っていて容姿が優れている部類だとは思うが、あくまでその程度。  その上彼女がオデットに白鳥化の呪いを掛けた悪魔の妹であり、オデットの呪いを解かせない為に妨害しようとしているということを知った後では、むしろ嫌悪感を抱いていると言っても過言では無い。  ただでさえ今までロクに誰かを好きになったことなど無い上に、今は誰よりも心惹かれる最愛の人がいる中で、嫌悪している相手を好きになるなど……常識的に考えて有り得ないだろう。  先程のキスだって、そもそも普通の口付けは疎かあそこまで濃厚な接吻は初めてだったため動揺や困惑はすれども、喜びや快楽などと言った正の感情は一切湧いてこなかった。  だと言うのに、オディールはまるで私が彼女のことを好きになるのは当たり前だとでも言わんばかりの自信満々な表情でこちらを見つめている。  その自信はどこから来るのか、一体何を考えているのか分からず絶句したままの私に対し、オディールは自分の顎に人差し指を当ててトントンと軽く叩きながら続けた。 「だからぁ、最初は魅了魔法で手っ取り早く私のことを好きになって貰おうと思ったんだけどぉ……まぁ、流石はこくおー様っていうか? あんまり効果が無かったみたいなんだよねぇ」 「……魅了魔法……?」 「うんっ! でもぉ、やっぱり人間の体には負荷が強いから倒れちゃったりはしたけどぉ、見ての通り効果は今一つって感じでぇ、どうしよっかなぁって思っててぇ」  ん~と上の方に視線を向けて悩みながら言う彼女の言葉に、私は静かに息を呑む。  あの時──舞踏会で急に気が遠くなり倒れたのは、やはりこの女が原因だったのか。  時間が経って、冷静になったからだろうか。  一つでも疑問が解決すると、それを取っ掛かりにするようにして少しずつこの状況が理解出来てくる。  つまり、オディールは私がオデットの呪いを解こうとしていることを知って妨害する為に、今回私の婚約者選びの為の舞踏会へと参加した。  彼女は婚約者候補に扮して舞踏会の主役である私に近付き、魅了魔法とやらを用いて私の心を奪い、永遠の愛を誓わせてオデットの解呪を妨害しようとしたのだ。  だが、どういう訳か私には魅了魔法が通用せず、人の体には負荷が強い魔法であった為に気絶して今に至るという訳か。  ここまで説明してこの場所への言及が一切無い辺り、ここはオディールが特別に用意したり城から離れた所にある建物等では無く、王城内にある客室のような場所だろうか。  元々使う機会が無い場所である為にあまり実感は無いが……城の中であると分かっただけでも、十分心に余裕が出来た。 「はッ……目論見が外れて残念だったな。それじゃあさっさと諦めて、私の前から失せろ」  私はそう吐き捨ててオディールの体を押し返そうと腕に力を込めるが、突き放すどころか、相変わらずビクともしない。  悪足掻きを……と内心で呆れていると、彼女は「だからぁ」と言ってズイッと私の体の上で前進し、ほぼゼロ距離に顔を近付けてくる。 「今から私と勝負しようよっ! こくおー様♪」 「勝負、だと……?」 「今からオデットちゃんが人間の姿に戻れる日没まで、大体一時間くらいあるでしょう? そこでっ、今から私はこくおー様に好きになって貰えるように、精一杯アピールしようと思いますっ!」 「……はぁ?」  突拍子の無い言葉に、私は思わず聞き返す。  しかし、オディールはそんなこと気にしないと言わんばかりの態度でそのまま続けた。 「一時間の間にこくおー様が私のことを好きにならなかったら、こくおー様の勝ちっ! オデットちゃんの所に行っても良いよぉ。でも、一時間の間でこくおー様が私のことを好きになったら私の勝ちっ! こくおー様には私に、永遠の愛を誓って貰いま~す♪」  明るい声で説明する彼女の言葉に、私はポカンと口を開けて固まった。  ……急に何を言い出すかと思えば、馬鹿らしいことを。  一時間の間に私が彼女のことを好きにならなければ勝ち?  そんなの、勝負などするまでも無いだろう。  ただでさえ今まで誰かを好きになった経験がほとんど無い上に、相手は好意どころか嫌悪感を抱いている悪魔だぞ?  たった一時間でオデット以上に好きになるはずが無いだろう。 「下らん。そんなもの、勝負するまでもない。時間の無駄だ」 「でもぉ、勝負してくれなかったら私……ちょっと、手荒な真似しちゃうかもなぁ?」  さっさと切り捨ててしまおうとした私に対し、オディールは僅かにトーンを落とした声でそう言いながら、どこか暗く冷たさのある笑みを浮かべた。  ……こちらに拒否権は無い、と言う訳か……。  しかし、それなら大声で助けでも呼んでみようか?  なぜ今この部屋で彼女と二人きりになっているのかは分からないが、城の中であるなら、近くに誰か使用人やメイドの誰かはいるだろう。 「あっ、ちなみに助けを呼ぼうと思ってるなら無駄だよぉ? 魔法で、私達の声や音は部屋の外には聴こえないようにしてるし、そもそもこの部屋には誰も近付けないようにしてるからねぇ」  変なことは考えない方が良いよ~……と。  冷ややかな微笑を崩さないまま言うオディールの言葉に、私は小さく舌打ちをした。  なるほど。通りで次期国王が倒れたと言うのに、目が覚めてから今まで誰も様子を見に来なかった訳だ。  個室で二人きりというこの状況自体、彼女が魔法で作り出したものであるというわけか。  時間の無駄だとは思うが、ここはその勝負とやらを受けるしか無さそうだ。 「はぁ……分かった、勝負を受けよう。その代わり、私が勝ったら金輪際、私達の目の前に姿を現さないことを約束しろ」  良いな? と念押しするように問い掛けてみると、彼女は満面の笑みで「うんっ!♪」と頷いた。  本当に分かっているのか? と内心で呆れていると、彼女は体を軽く左右に揺らしながら「やった~♪」と能天気な様子で喜びを露わにした。 「じゃあ、ルールの内容はさっき説明した通りね。こくおー様に私のことを好きになって貰えるように、頑張っちゃうぞ~!」 「あぁ分かった、分かった。御託は良いからさっさと──」  さっさと始めろ。  そう吐き捨てようとした私の言葉は、文字通り目と鼻の先にあるオディールの薔薇色の瞳が怪しく輝き出したのを目の当たりにしたことで遮られる。  これは、舞踏会の時の……魅了魔法……?  しかし、確かそれは、私には効果が無かった筈では……?  ……と、沸々と湧き上がる疑問を投げ掛けるべく、口を開こうとした時だった。  ──ドクンッ──。 「ッ……?」  突然一際強い鼓動の音が頭の中に響き渡り、私は思わず声を詰まらせた。  な、何だ? 今の感覚は? 分からないが、つい最近、似たような感覚を経験したことがあるような気が……── 「どうしたの? こくおー様?」  オディールはそんな私を見て、その綺麗な瞳に光を宿したままどこか悪戯っぽさのある可愛らしい笑みを浮かべ、小首を傾げながらそう聞き返してくる。  ……は? 綺麗な、瞳? 可愛らしい笑み、だと?  私は、今……この女の容姿に、好感を抱いたのか?  確かに優れた容姿だとは思うが、舞踏会で出会ってから今まで散々見慣れてきたというのに、どうして今更……──。 「ま、まさか……ッ!?」 「ふふ……♪」  思わず声を上げる私に対して、オディールは相変わらず微笑を湛えたまま、どこか含みのある笑みを零す。  まさか、魅了魔法が効いているとでも言うのか……?  そんなはずは……だって、舞踏会で魔法を使われた時は、気絶はしたが効果は無かったじゃないか……。  どうして今になって……? それに、もし本当に魅了魔法の効果だとしたら、つまり私は、彼女のことが……──。 「不思議そうな顔してるね? こくおー様♪」  動揺しながらも必死に思考を巡らす私に対し、オディールは私の胸に顎を乗せて軽く小首を揺らしながらそんな言葉を投げ掛けてくる。  その仕草や悪戯っぽい表情にすら高鳴る鼓動を必死に押し殺しながら、私は何とか口を開いた。 「貴様……私に、何をした……!?」 「何ってぇ……あぁ、魅了魔法のこと? 別に、魔法は禁止なんて言ってないでしょう?」 「そうじゃないッ! 舞踏会の時は効果が無かったのに、どうして今更効果が出るんだッ!」 「きゃ~! こくおー様こわ~い!」 「誤魔化すなッ!」  甲高い声でわざとらしく怖がるような演技をするオディールに、私は更に高鳴った鼓動の音を掻き消すような大声で吠えるようにそう言った。  すると彼女はビクッと肩を震わせ、すぐにむーと頬を膨らませながらも口を開いた。 「そんなの私にも分かんないよぉ。別に、魅了魔法以外はこくおー様に何もしてないもん」 「は……?」 「もしかしたら魔法の効果とかじゃなくて、こうして一緒にお喋りとかして、こくおー様が心から私のことを好きになってくれただけなんじゃないのぉ?」  眉間にしわを寄せ、一目で不機嫌である様子が分かるような表情で続けられたその言葉に、サァッ……と血の気が引くような感覚がした。  私が……心から、オディールのことを好きになった……だと……?  そんな訳が無い……と言いたいところだが、彼女が私に何もしていないと言うのであれば、それ以外に説明はつかないだろう。  いや……そもそも魅了魔法が使われているのは事実なのだし、もしかしたら何度も魔法を使われていることで、少し効果が出たのかもしれない。  あぁ、そうだ。そうに違いない。  そうじゃなければ、オデットという愛する人が居ながら、私がこんな女のことを心から好きになる訳が……──。 「ふッ……くふッ、あっはははははッ!」  必死に自分に言い聞かせるように思考を巡らせていた時、オディールは突然何の脈絡も無く吹き出すように笑い出した。  思いがけない反応に呆ける私に対し、彼女はその目に涙を浮かべながら、まるで堪えきれなかったと言わんばかりにゲラゲラと甲高い笑い声を上げて両足をパタパタと動かす。  彼女はしばしの間声を上げて笑った後、ひーひーと息切れしながらその目に滲んだ涙を指で拭い取り、続けた。 「あはははッ……ごめんごめん、意地悪してごめんねぇ? まさかそこまで分かりやすく反応するなんて思ってなくってさ。あははッ」 「……どういうことだ?」 「さっきの話は嘘。ホラ……さっき、こくおー様にキスしたでしょ?」  オディールはそう言いながら、私の唇に人差し指を当ててくる。  突然のボディタッチに動揺して硬直していると、彼女はクスクスと楽しげに笑みを零しながら続けた。 「その時に少し魔力を込めてキスしたの。こくおー様に魔法が効かなかったのは、元々の精神力とオデットちゃんへの恋心からだと思うんだけど……多分、魔法耐性もそれなりにはあると思うんだよねぇ。だから、とりあえず私の魔力に体を慣らしてみて魔法の効果が出やすくする為に、キスして魔力を体内に直接流してみたんだけどぉ……」  どうやら、効果があったみたいだね? と。  彼女は私の唇を人差し指でゆっくりとなぞりながら、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように無邪気な笑みを浮かべてそう言った。  それに、私の心臓はまたもや甘い高鳴りを訴える。  唇に感じる彼女の指の感触と、こちらに向けられた蠱惑的な瞳にすら私の感情は激しく揺さぶられ、少しでも気を抜くと本当に心の底から恋に堕ちてしまうのではないかと錯覚する。  これが魅了魔法の効果によるものだと分かって多少は安心したが、だとしても私が彼女に恋に近い感情を抱いてしまっているという状況は変わらない。  例えそれが彼女の魔法によって作られた偽りの感情だと分かっても、胸の高鳴りや頬の火照りを押さえられるものでは無く、むしろ理由が分かったことで余計に意識してしまう感覚すらあった。  ただでさえ慣れない恋心に翻弄される私に対し、オディールは「というわけでっ」と言いながら僅かに体を起こして顔を近付けてきた。 「理由も分かったことだし、もう一回キスしよっか! 今度はこくおー様も満更では無いでしょっ?」 「なッ……」  明るい声で言いながら更に顔を近付けてくるオディールの言葉に、私は思わず言葉に詰まる。  息が掛かる程の距離まで接近してきた麗しい顔立ちに胸は高鳴り、私の口元へと近づいて来る艶やかな唇に目が奪われる。  その唇に塗られた桃色のルージュは僅かに乱れており、その理由が先刻に彼女と交わした濃厚な接吻によるものであることに気付くと、その時の感覚を思い出して思わず頬を熱くしてしまう。 「ふふ……♪」  そんな私の羞恥心に気付いたのか否か、オディールは小さく笑みを零しながら私の髪を指で梳かし、そのまま私の頬に手を添えた。  羞恥心を隠したかったのか。それとも、またあの感覚を味わえることを期待したのか。  気付けば私は瞼を固く瞑り、その時が来るのを待った。 『信じて、下さるのですか……?』  そして、瞼の裏に……昨夜見た、オデットの姿が蘇る。  自身の呪いについて自信無さげに語り、話を聞いた私の顔を不安げに見上げた瞳が脳裏を過ぎった瞬間、まるで堰を切ったかのように昨夜彼女と出会ってからのことが次々に蘇った。 『一つだけ、呪いの方法を解く方法が、あるんですけど……』 『……夜、人間の姿の時に……誰にも愛を、誓ったことが無い人から……永遠の愛を、誓って貰うこと、です……』 『分かってるんです。今まで誰のことも好きになったことが無い人がこの場所に訪れて、私の呪いのことを受け入れた上で好きになって、永遠の愛を誓ってくれるだなんて……そんな都合のいいこと、起こる訳無いって……ッ!』 『これから先、生きている間に条件に合う人が現れるかどうか……』  達成不可能とも思えるような解呪手段を挙げ、自分の悲観的な現状を嘆いて今にも泣き出しそうな表情を浮かべた痛々しい姿を。 『だったら、私が君の呪いを解けば良い』 『私は今まで誰かを好きになったことは無いし、これからもきっと、君以外を好きになることは無いだろう。出会ったばかりだが、私は……オデット。君のことが好きだ』 『国王様……』  私が自身の想いを打ち明けて呪いを解くと言った時に、ほんの一瞬だけ見せた──頬を僅かに紅潮させ、胸から込み上げる喜びを隠しきれなかったかのように頬を綻ばせた笑みを。 『君が嫌じゃなければ、私は君に永遠の愛を誓いたい。君を呪いから救い出し、これからの人生を共に歩んでいきたい』 『だから、私と──結婚して欲しい』  そして……──彼女に永遠の愛を誓い、生涯を捧げて添い遂げようと決めた、他でも無い私自身の覚悟を。 「──ッ! やめろッ!」  その瞬間、私は固く瞑っていた瞼を勢いよく開き、今にもキスする寸前まで迫ってきていたオディールの体を押しのけた。  まさかこの状況から抵抗されると思っていなかったのか、彼女は特に身構えておらず、思いのほかあっさりと突き離すことが出来た。  体が離れると、私は何とか体を起こして彼女から距離を取るように後ずさりながら口を開いた。 「こ、こういうことは、愛し合った恋人同士が両者の合意のもとで行うことだろう? 付き合ってもいないのに、一度ならず二度までも……流石に、節操がないとは思わないのかッ?」  気分が高揚しているのか、僅かに声が上ずっているのを感じながらも、私は自身の後方に両手をついてベッドの上に座る姿勢をとりながらそう反論する。  そんな私の言葉に、オディールは私と向かい合うように座り込んでしばしキョトンとしたような表情を浮かべていたが、やがて自分の口元に指を当てながら不思議そうに小首を傾げた。 「でも、私はこくおー様とキスしたいと思ってるよ?」 「私は嫌だと言っているんだ。それに、貴様は私に恋愛感情など無いだろう?」 「え~そんなことないよぉ! 私、こくおー様のこと大好きだよぉ?」  彼女の口から放たれた “大好き”という言葉に思わず動揺しそうになったが、私はすぐに首を横に振って余計な思考を振り払いながら「心にも無い戯言を」を切り捨てた。 「どちらにせよ、私は貴様に興味など無いのだから、そう言った恋人がするような行為は今後一切するな。アプローチするのは勝手だが、やるならそれ以外でしろ」 「ぶー……こくおー様ってば堅物さんなんだからぁ~」  私が出した条件に、オディールは不満げに頬を膨らませてそう言いながらも、渋々と言った様子で了承する。  よし……! キスは封じた……!  私に奴の魅了魔法の効果が出たのがキスが原因だったのであれば、それさえ封じればこれ以上魅了魔法の効果を強めることは出来ないはずだ。  以前よりも魅了魔法の効果が出やすくなっていることに変わりは無いが、何とか気を取り直すことは出来たのだし、このまま気持ちを強く持っていれば無事に日没を迎えられる可能性は十分にある。  オデットは……生まれて初めて出会った、人生を捧げて幸せにしたいと思った最愛の人なんだ。  例え悪魔であろうと、邪魔されて堪るものか。  必ずこの困難に打ち勝ち、オデットの呪いを解いて彼女を幸せにして見せる。 「うーん……じゃあ、代わりにこっちにしよ~っと」  すると、オディールはそう言うとこちらに身を乗り出し──ベッドの上で足を投げ出すようにして座る、私のベルトに手を掛けた。  ……は? 「なッ、貴様ッ、私が言ったことを聞いていたのかッ!?」 「えぇ~聞いてたよ~?」 「じゃあこれはどういうつもりだッ!」 「要はさ、恋人同士がするようなスキンシップじゃなかったら良いってことでしょ~? こういうことは、恋人同士じゃなくてもするよぉ~?」 「ふざけるなッ! いい加減に──ッ」 「あ、暴れないでね~」  飄々とした態度で詭弁を垂れる彼女の言葉に、流石におかしいと反論しながら抵抗しようとした私の体は、軽い調子で続けられた言葉によって動かなくなる。  まるで自分の意思から切り離されたかのように硬直する体に、思わず「なッ……」と小さく声を漏らして狼狽する私に対し、彼女はあくまでも平然とした態度を崩さないままベルトを外してタキシードのパンツを脱がせた。  突然服を脱がされて思わず羞恥で顔を赤らめる私に対し、彼女はその目を丸くして「お~っ!」となぜか歓声を上げた。 「こくおー様、ずっとカッコいい恰好してるから下着もそういうの付けてるのかな~と思ってたけど、こういうのは普通に女の子らしいの履いてるんだね~。かわい~」 「やめろッ……見るなッ!」  ヘラヘラと笑いながら悪びれることなく私の下半身を鑑賞するオディールに、私はすぐにそう反論しながら足を閉じて隠そうとする。  しかし、彼女が「隠しちゃダメだよ~! ちゃんと足開いて!」と文句を言うとまたもや私の体は持ち主の意思から離れ、奴の言う通りに動き始める。  自身の後方に両手をついて両足を広げ、普通人には見せない箇所を人に見せているという状況に、私は込み上げる羞恥を必死に押し殺すように唇を強く噛みしめた。 「よ~し、い~こい~こ♪ それじゃあ、邪魔な下着もぬぎぬぎしましょうね~♪」  彼女は子供をあやすような口調で言いながら私のショーツに手を掛け、開いた足を動かしながら引き下げる。  せめてもの抵抗としてショーツを脱がせまいと足を開いたままにしようとしたが──悪魔としての腕力によるものか、それとも魅了魔法の作用によるものか──私の抵抗は些細な物にしかならず、あっさりと足を動かされてショーツを脱がされる。  下半身を完全に丸裸にされた私は、また先程と同じように両足を開いたままの姿勢で固定された。 「わ。見て見て、クロッチの部分にちょっと染みが出来てる~。もしかして、私とのキスで感じてくれたのぉ~?」  最早自分の体すらまともに動かせない状況に強く歯ぎしりをする私に対し、オディールは明るい声でそう言いながらショーツの足を通す穴にそれぞれ指を掛け、内側のクロッチ部分を見せつけるようにこちらに広げてくる。  それに、私は熱くなる顔を背けながら「うるさいッ!」と怒鳴った。 「ふざけるのもいい加減にしろッ! 私だって貴様の冗談に付き合うほど暇じゃないんだぞッ!」 「む~。こくおー様ってばノリ悪~い」  込み上げる羞恥心を誤魔化すように声を張り上げる私の言葉に、彼女は不満そうに頬を膨らませながら指で摘まんだショーツを放り投げた。  しかし、彼女はすぐににま~と満面の笑みを浮かべると、すぐさま私の両足を更に大きく広げてその中心へと顔を近付ける。 「じゃ、こくおー様の要望通り、さっさと本題に入りますか~」 「は? 貴様何す──ッ!?」  彼女の思惑が分からず問いただそうとした私の言葉は、突然下腹部から全身に走った筆舌に尽くし難い快楽によって途切れた。  ずぐんッ! と重たい何かが全身に響き渡り、その衝撃によって私の体は激しく痙攣する。  オディールの姿を追っていた筈の視界は一瞬白く染まったかと思えばこの部屋の天井を映し出し、背中にはフカフカと包み込まれるような柔らかさを感じる。  体が火照り、腹部を上下させて荒い呼吸を繰り返していると、クスクスと楽しむように笑う声が聴こえてきた。 「ちょっと、こくおー様マジ? もうギブアップなの?」 「な……にを……」 「何をって……私はちょっと“キス”しただけだよ? それなのに、こくおー様ってばこんなに潮吹き出しちゃって、いやらしいんだぁ?」  オディールはそう言いながら身を乗り出し、仰向けに寝転がった私に覆い被さるようにして顔を覗き込んでくる。  その顔は何やら透明で粘性のある液体に塗れており、彼女は口元の液体を舌なめずりで拭い取ってクスリと小さく笑った。  ……キスをした、だけ、だと……?  つまり、今の快楽は……私の秘部に、彼女がキスをしたからだと、言うことか……? 「だってぇ、口同士でのキスは嫌だって言われちゃったしぃ……そしたら“こっち”の唇にキスしてあげるしか無いかな~って思って」  彼女は私の疑問に応えるようにそう続けながら、片手を私の秘部へと近付けて指で擦る。  くちゅりと微かな水音が耳に届いたのと、またもや下腹部から走る甘い快感に体を痙攣させながら嬌声を上げたのは、ほとんど同時だった。  何だこの感覚は……!? 感じてはいけないと頭では理解しているのに、体が言うことを聞いてくれない。自分では制御出来ない。  生まれてから今まで一度も感じたことのない、未知の快感に翻弄される私に対し、愉悦の笑みを浮かべたオディールは口元を緩めながら続けた。 「本当に気持ち良さそう♪ こくおー様も楽しんでくれてるみたいだし、このまま続けるね♪」 「ま……やめ……」  明るい声で言いながら視界から姿を消す彼女の言葉に、私は必死に制止の声を振り絞りながら手を伸ばす。  しかし、先程から襲い掛かる快感によって呼吸は荒くなり、ロクに言葉を紡ぐことも出来ない。  そんな中でも何とか私はベッドに手をついて体を起こし、何とか彼女の体を押しのけようと手を── 「~~~~ッ!?♡」  ──伸ばそうとしたが、またもや下半身から走る快楽に嬌声を上げ、気付けばまたもやベッドの上に倒れ込んでいた。  しかも今度はそれだけでは止まらず、彼女は私の両足を強い力で押さえたまま、私の秘所に舌を這わせた。 「いぁッ♡ まッ、やめッ♡ あんッ、あッ♡ やッ♡ やだッ♡ あぁッ♡」  彼女の行為を止めさせようと必死に声を張り上げるも、口から零れるのは甘い嬌声だけ。  初めて感じる快楽への困惑も勿論あったが、何よりも私の理性を揺らがせたのは、その快楽に対して簡単に手玉に取られている他でもない私自身だった。  いつかこの国を背負う次期国王として、生まれてから今に至るまで、常に清く正しくあるべきと育てられてきた。  例えどんな困難が立ちはだかろうと、一国を担う長として常に意志を強く持って平静を保ち、凛々しくあるべきだと。  それが、例え母親からの愛情を感じられず孤独を感じようとも。  例え、これからこの国に住まう全ての国民の生活を背負う重責に押し潰されそうになろうとも。  どんな時も強く気持ちを保ち、誰にも自分の弱い姿を見せないように心掛けてきた。  快楽によがる浅ましい姿など、当然誰かに見せる筈も無かったのだ。  それが、今では他でも無い忌むべき相手からの愛撫によって快楽を感じ、未知の快感に弄ばれて嬌声を上げている。  本来自分があるべき姿からかけ離れている現状に、いつしか私の目からは涙が零れ落ちていた。 「~~~ッ!?♡ あぁぁぁぁッ!?♡ あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!?♡」  そんな中でも秘所の弱い部分を何度も舐め取られ、私はまたもや快感によがる。  涙で喉は嗄れ、嬌声は掠れて泣き声に近い咆哮へと変わるが、それでもなお快感を止めることは出来ない。  世界が白に染まり全身が淫熱に包まれるような感覚の中で、オディールがクスクスと笑う声が聴こえた。 「またイッた~。こくおー様は特にクリトリスが弱いんだねぇ♪ それじゃあ、ココを重点的に攻めてあげよっかなぁ?」 「はぁ……はぁッ……も……やめ……」  鈴の鳴るような声で楽しそうに語る彼女の言葉に、私は荒い呼吸を繰り返しながら必死に言葉を紡ぐ。  そんな私の言葉に、彼女はピタリと動きを止めると身を乗り出し、不思議そうな表情で私の顔を覗き込んできた。 「なぁに? こくおー様。どうかしたの?」 「うぅッ……おねが……もう、やめッ……グスッ……やめて……下さい……はぁ……」  荒い呼吸を繰り返し、両目から涙を流して泣きじゃくりながら、私は必死にそう続けた。  それは最早彼女の行動を止める為の制止の言葉では無く、この恥辱を終わらせて欲しいと情けなく縋りつく嘆願の言葉だった。  そんな私の様子に、彼女は「う~ん……」と自分の顎に指を当てながら小さく声を漏らし、しばし考え込む。  考えるくらいならもう解放して欲しい……と考え始めたところで、彼女は小さく息をついて口を開いた。 「こくおー様可愛いから、もう少しこのまま遊んでいたかったんだけど、虐めたい訳じゃないし……予定よりちょっと早いけど、楽にしてあげよっかなぁ」  何でもいいから、早くここから解放して欲しい。  涙で霞む朧気な世界の中で、私は心の中で見えない誰かに懇願した。  そんな中で視界からオディールが姿を消したのが分かり、もしかしたらダメ元だった私の願いが聞き入れて貰えたのかと安堵し── 「……ぉおッ……!?♡」  ──た刹那、下腹部から全身に響いた重たく甘い快感に、私は掠れた嬌声を上げた。  どぐんッと全身が鈍く脈打つような感覚と共に駆け巡る快楽に、今度は秘所を舐めるのではなくて最初と同じように口付けを落としたのだと、ぼやけた思考の中でなんとなく考えた。  しかし、今度は先刻のような一瞬の口付けでは無かった。  オディールは私の下半身に顔を埋めたまま、たまに水音を立てながらただひたすら私の秘所へのキスを続ける。  彼女の唇が私の秘所に触れる度に、まるで熱を持った蜜が体内に流れ込んで来て脈動と共に全身に広がっていくような、鈍くも重たい快楽が私の体を襲う。  舌で舐め取られていた時の痺れるような刺激とはまた異なる快感に、脳髄を震わせられるかのような悦楽と終わりの見えない恥辱で頭の中はグチャグチャに掻き混ぜられていく。 「ぅぁッ……♡ や、やめッ……ひぁ♡ やめてぇ……あぁッ……♡」  感情と理性が綯い交ぜになって自分という存在の輪郭を見失いそうになる中、私は汗や涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で隠しながら、湿り気を帯びた声で必死に懇願する。  それでも秘所に降り注ぐキスの雨が止むことは無く、むしろ私の反応を見て余計に激しくなったのか、愛液が溢れ出る肉壺に蓋をするかのように柔らかな唇が押し付けられる。 「んんぁぁあッ……!♡ ぅぁぁぁッ……♡」  絶え間なく甘い刺激を与えられ続けて敏感になった陰唇が、温かく艶めかしい口唇によって柔らかく包み込まれる得も言われぬ感覚に、私の喉からは熱を帯びた嬌声が溢れ出す。  仰向けの姿勢のまま、抵抗も出来ずされるがままに愛撫を受け続けるその姿は、まるで食事を摂りにきた蝶に蜜を吸われる花のようで。  それでは最早自分は人間ですら無くなってしまったのではないかと、恥ずかしさよりも情けなさが沸々と込み上げてきて、私は両目から零れる涙を両手で必死に拭い取る。  しかし、それでもオディールの愛撫によってもたらされる快楽が止むことは無く、これ以上惨めな姿を晒したくないと思いながらも結局はまた甘い嬌声を上げながらその身を震わせることとなる。 「ッ……ぷぁッ、大体こんなもんかなぁ?」  すると、散々愛撫を続けていたオディールが私の秘所から口を離し、そんな風に呟いたのが聴こえた。  やっと気が済んだのか……と安堵したい所だったが、何度も彼女に期待を裏切られてきた今となっては、今更その程度では何の安心材料にもならない。  次は何をするつもりなのかと身構えていると、涙で霞んだ視界の奥で、彼女が私の大きく開かれた股の間から身を乗り出して覆い被さってきたのが分かった。 「よっと……ありゃりゃ、こくおー様ってば泣いてるじゃん。ごめんねぇ、いじめ過ぎちゃったねぇ?」  彼女はまるで子供をあやすような口調で言うと、片手をベッドについて自分の体を支えつつもう片方の手を私の顔へと伸ばし、両目から零れる涙を優しく指で拭い取る。  その手を差し伸べている人が全ての元凶だと分かっていても、散々快楽に弄ばれて精神が疲弊した今の私には、その手は傷付いた心を癒してくれる聖母のように思えた。  白魚のように綺麗な細い指が私の目尻を撫でる度に、意思の力だけで何とか保っていた理性や感情がぐずぐずに溶け落ち、この一時の優しさに溺れそうになる。  もしここで降参したら、この終わりのない恥辱から救われるのだろうか?  私が負けて、彼女に永遠の愛を誓ったら……──そうしたら、オデットの呪いはどうなる?  ただでさえ厳しい解呪の条件に合い、尚且つオデットを心の底から愛した私がいなくなってしまったら……誰が彼女の呪いを解くんだ?  もしも私がここで負けてしまったら、オデットはあの森の奥にある湖で、また何年も──下手したら一生──呪いを解くことの出来る人との出会いを待ち続けなければならない。  ……嫌だ。  私が目の前の悪魔に敗北するのは良い。しかし、そのせいで初めて愛した人が不幸になるのだけは嫌だ。  例えこの恥辱が永遠に続こうとも、どんなに私のプライドや尊厳がズタズタに引き裂かれようとも、せめてこの命を賭してでも幸せにすると心に誓ったあの人を悲しませるようなことだけはしたくない。  こんな所で折れる訳にはいかな── 「──ぇ……ぁ……?」 「お。見えた?」  ──……と心の中で決意を固めたのと、涙で霞んだ視界が晴れた先にある怪しい光を宿したオディールの瞳を目にしたのは、ほとんど同時だった。  思いがけないことに私は間の抜けた声を漏らし、思わず硬直する。  ……ダメだ。この光を見てはいけない。  ドクンッドクンッと激しく脈打つ鼓動の音に紛れて頭の中に響く警告の声に、私はほとんど無意識に顔を横に向けて視線を逸らそうとした。  しかし、そんな抵抗とも呼べないような動作は顎を掴まれることで簡単に阻まれ、私の視線は正面の光へと引き戻された。 「ダメだよ~こくおー様。目逸らさないで、私のこと……ちゃんと見て?」  オディールはどこか冷たさのある声でそう言いながらクスリと微かに笑みを浮かべ、その瞳に怪しい光を宿したまま私の目を見つめた。  その光は私の目を通して体内へと入り込み、ひび割れて傷だらけになった心に溶け込んで隙間を埋めていく。  散々快楽に弄ばれて自尊心は打ちのめされ、国王としての矜持やプライドは恥辱に塗れて踏みにじられ……それでも心に決めた一人の女性の為にと意思の力で辛うじて繋ぎ止めていた心根が、胸中を満たす柔らかな温もりによってぐずぐずに溶けていくのを感じる。  ダメなのに。ここで折れてはいけないのに。  自分の感情が蕩けて原型を無くしていくのが分かっていながらも、それは今まで感じたことの無い程の恍惚と法悦をもたらし、今すぐにでも身も心も全てを委ねて沈んでいきたくなってしまう。 「ぅぅぁ……ぁぁぁぁ……」  ずっとこの光を見ていたいという欲望とこの光を見ていてはいけないという理性に苛まれ、私の口からは呻き声とも感嘆の声とも取れるような言葉にならない声が零れ出る。  オディールはそんな私の様子を見下ろしてクスクスと楽しげに笑みを零し、重力に従って垂れる髪を自身の耳に掛ける。  精巧な人形のように整った美麗な顔に可愛らしい笑顔を灯らせ、鈴を鳴らしたかのような笑い声が鼓膜を震わせるだけで私の鼓動は高鳴り、頬が熱を帯びるのを感じる。  私の視界はまるで彼女の瞳に灯る光の色を映したかのように桃色に染まり、その中心にいる少女の妖艶な姿から目が離せなくなる。 「うぅぅぅぐ……んぐぅッ……ぅ……」  目の前で愛らしく微笑むオディールの姿に、私は必死に歯を食いしばりながら呻き声を漏らす。  今ここで口を開いたら、私の唇はすぐにでも彼女への愛の言葉を紡いでしまいそうだったから。  しかし、どれだけ口を噤んでいても高鳴る鼓動と募る想いを抑えることは出来ず、体の奥底から込み上げる熱情が今にも喉から溢れ出てきそうな程だった。  自分の意思とは裏腹にどんどん膨れ上がっていく感情に、必死に強く口を噤んだまま呻き続ける私に対し、オディールは相変わらずの可愛らしい笑顔で鈴を転がしたような笑い声を上げた。 「こくおー様ってば、ずっとうんうん言ってどうしたのぉ? どっか痛いのぉ?」 「んんぐッ、しらばっくれるなッ! 貴様がッ──」  白々しく問い掛けてくる彼女の言葉に思わず反論しようと口を開いた私は、目の前にいる少女と会話しているという事実に気付いた瞬間心臓がはち切れんばかりに激しく動悸し、一瞬にして頭の中が真っ白になり次の言葉が出て来なくなってしまう。  言い返そうと開かれた口もそのままに、思わず目の前にいる少女に見惚れて絶句する私に対し、彼女はぷはッと息を吐き出すように笑い出した。 「あはははッ! ホント君って面白いね! まぁ白状すると、さっきこくおー様の下の唇にキスした時に、上のお口とキスした時みたいに私の魔力を流してあげたんだぁ。このやり方だと、口と口でするよりも効果が薄いからどれくらい意味があるのか分からなかったんだけど、こんなに分かりやすく反応してくれるなんて思わなかったよぉ~」  自分の胸の前で両手を合わせてきゃっきゃと楽しそうに笑う彼女の言葉に、私は答えられない。  またもや魔法で自分の感情を弄ばれ、身も心も玩具にされて悔しくて仕方がない筈なのに……彼女が私を使って楽しんでくれているこの状況を、心の底から喜ばしく思う自分がいたからだ。  彼女の笑顔を見ているだけで胸が温かくなり、この愛らしい笑顔の為ならば何だってしてあげたいし、その為なら私自身はどうなっても構わないとすら思ってしまっている。  それが自分の本心では無いことを頭では理解しているのに、少しでも気を抜けば私の唇が持ち主の意思と関係無くその感情を紡いでしまいそうで、私は必死に両手で自分の口を押さえながらくぐもった声を漏らした。 「もぉ~こくおー様ってば強情だなぁ。いい加減諦めて、素直になっちゃえば良いのにぃ」  しかし、そんな悪足掻きのような抵抗が強がりであることは誰が見ても明らかで、彼女は私の本心を見透かしたように呆れた口調で言う。  オディールに話し掛けて貰えたという喜びと、今すぐにでも彼女の言葉に応えたいという欲求が湧水のように胸の奥から込み上げる中、それでも私は必死に口を閉ざし続ける。  彼女はそれに自身の顎に人差し指を当てながら「ん~……」と声を漏らし、しばし熟考する。  そんな仕草ですら愛しいと思う恋情と、彼女を困らせてしまっているという罪悪感が同時に沸き上がり、私の気持ちを搔き乱す。  どうしてこんなことをしなければならないんだっけ? どうして我慢しないといけないんだっけ? なんで彼女を困らせるような真似をしないといけないんだっけ?  違う。私が本当に好きなのはオデットだ。この感情は魔法で作られた偽りの物で、本心から好きなのはオデットただ一人だよ。  でも、だけど、わざわざ魔法で魅了しようとしているということは、それだけ彼女が私のことを求めてくれているということなんじゃないのかな? それなら、私だってこんなにも彼女を愛しく想っているんだから、むしろそこまで求めてくれている彼女の気持ちに応える方が正しいんじゃ……。  いやいや、違う。彼女はオデットに呪いを掛けた悪魔の妹で、私がオデットの呪いを解こうとしていることを知ってそれを止める為に近付いてきたのであって、私のことを求めてくれている訳じゃ──。 「ッ~~~~ぁぁぁぁぁああああッ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……」  オデットを愛している自分と、オディールを愛している自分。  二つの感情が胸の中で複雑に交錯してグチャグチャに掻き混ぜられていく中、私は自分の目元を両手で覆ったまま不明瞭な声を上げた。  オディールのことをこの世の誰よりも憎んでいる筈なのに、身も心も全てを捧げて彼女に尽くしたいという熱情に苛まれる。  例えこの気持ちが魔法で作られた虚構だとしても、少なくとも今の私が心の底から彼女に恋焦がれている事実に変わりは無い。  そんなことは無いと否定したいのに、もうどうしようもない程に想い焦がれてしまい、自分では抑えようがなかった。  いっそどちらかの感情でもう片方の感情を塗り潰してしまいたいとすら思うのに、どちらも同じだけの強い感情としてぶつかり合い、綯い交ぜになって渦を巻く。 「……分かった、降参。私の負けだよ」  そんな中で、オディールは唐突にそんなことを言いながら体を起こした。


More Creators