【先行公開版】甘美な媚毒に侵されて
Added 2022-04-03 15:04:43 +0000 UTC「きゃぁぁあああッ!」 「ば、化け物だぁぁぁあッ!」 青く晴れ渡る空の下。数刻前まで平穏だった町に、人々の悲鳴が響き渡る。 突如として現れたカエルのような見た目の怪物は、そんな悲痛な声を嘲笑うかのように醜い高笑いを上げ、口から射出した長い舌で近くにあった看板を破壊した。 「ゲローガッ! もっと破壊の限りを尽くし、人々を恐怖のどん底に突き落としてやりなさいッ!」 カエルの怪物にそう指示を出したのは、黒光りする固い甲羅のような身体と針の付いた尻尾を持つサソリのような見た目をした女怪人、スコルピオーネだった。 彼女の言葉にゲローガと呼ばれた怪人は咆哮を上げ、長い舌を振り回して周囲の建物を次々に破壊していく。 「そこまでだッ! スコルピオーネッ!」 その時、どこからかそんな声がした。 突然聴こえたその声にスコルピオーネが顔を上げると、そこには十代から二十代くらいの男女五人が立っていた。 彼等の中心にいる赤い服を着た男は、スコルピオーネとゲローガの姿を見てその表情を怒りに染めると一歩前に踏み出し、手首に装着した腕時計型の機械を構えた。 「今日こそお前を倒してやるッ! 行くぞ、皆ッ!」 「あぁッ!」「おうッ!」「はいッ!」「うんッ!」 赤い服の男の掛け声に、四人は声を揃えて同じように腕時計型の機械を構えた。 五人は一斉に機械を操作すると、「変身ッ!」と声を揃えて言い、機械を装着した腕を前に突き出した。 すると、彼等の全身を色鮮やかな光が包み込み、やがてそれぞれ赤、青、黄、緑、ピンクを基調としたスーツとフルフェイスヘルメットを身に付けた。 色違いのスーツを身に付けた彼等は横一列に並び、それぞれ掛け声を口にする。 「灼熱の戦士ッ! レッドウォーリアーッ!」 「激流の戦士ッ! ブルーウォーリアーッ!」 「大地の戦士ッ! イエローウォーリアーッ!」 「烈風の戦士ッ! グリーンウォーリアーッ!」 「花園の戦士ッ! ピンクウォーリアーッ!」 「闘志の刃で未来を拓くッ!」 「「「「「戦王戦隊ッ! ウォーリアーズッ!」」」」」 五人の戦士達が名乗りを上げるのを見て、スコルピオーネは忌々しそうに舌打ちをし、すぐさまゲローガに指示を出した。 「ゲローガッ! あの忌々しいウォーリアーズの奴等をぶちのめしてやりなさいッ!」 「ゲロォッ!」 スコルピオーネの指示にゲローガは醜い声で返事をすると、すぐさまウォーリアーズに向かって駆け出す。 それを見たウォーリアーズは、すぐさま金色を基調とした剣のような武器を構えてゲローガを迎え撃つ。 「おるぁッ!」 「でりゃぁッ!」 レッドとブルーが先陣を切り、ゲローガに斬りかかる。 ゲローガは固い鱗を纏った両腕でそれを受け止め、水かきのある手でレッドの腹に突っ張りを喰らわせる。 それにレッドは「ガハッ!?」と声を漏らしたが、すぐにイエローがゲローガの背後から剣を構えて現れ、奴の背中を切り裂いた。 「グゲェッ!?」 「危ない所だったな! レッド!」 「うるせぇ! これくらい何てことねぇさ!」 どこか茶化すような口調で言うイエローに、レッドはそう反論しながら体勢を立て直して剣を構える。 そんな二人のやり取りを見て、ブルーは呆れたように溜息をついた。 「そんなこと言ってる場合か、全く……さっさと倒すぞ!」 「「おうッ!」」 ブルーの掛け声に二人は同時に返事をし、剣を構えてゲローガの元へと駆け出す。 そんな戦闘から少し離れた場所では、グリーンとピンクがスコルピオーネと交戦しているところだった。 「はぁッ!」 スコルピオーネは黒光りする巨大なハサミを纏わせた両腕を、ピンクに向かって力強く振るう。 それを剣で防御するピンクの背後から、剣を腰元で構えたグリーンが凄まじい速度で現れ、横薙ぎに剣を振るいスコルピオーネの脇腹に斬撃を喰らわせた。 奴は「くぅッ……!」と小さく声を漏らしながら巨大なハサミでピンクの体を殴って遠くに弾き飛ばし、近くにいたグリーンにハサミで殴り掛かる。 グリーンはそれを紙一重の距離で躱しながら後ずさり、隙を見て攻撃するべく剣を構え直した。 「今だ……ッ!」 遠くに弾き飛ばされていたピンクは、スコルピオーネがグリーンとの戦いに集中していることに気付き、すぐさま剣を構え直して奴の元に駆け寄る。 あっという間にスコルピオーネの背後に忍び寄った彼女は、すぐさま追撃を喰らわせるべく、両手に持った剣を振り上げた──が、突然脇腹に鋭い痛みが走ったことでその動きを止めた。 「かッ……!? な、にを……ッ!?」 突如として腹部に感じた激痛に、ピンクはその場で体を強張らせながら、ぎこちない動きで視線を落とした。 見ればそこには、スコルピオーネの尻尾の先端にある針が深々と突き刺さった自らの脇腹があった。 「ぴ、ピンクさんッ!」 「フンッ!」 心配するような声を上げたグリーンの体を、スコルピオーネは片手で乱暴に殴り飛ばす。 そんな二人のやり取りを視界に捉えながらも、ピンクは剣を振り上げた体勢のまま動けずにいた。 まるで全身の筋肉が固まったかのように体が動かず、スコルピオーネの尻尾が刺さった腹部は熱を持ち、脈動に合わせてジンジンと疼くように熱と痛みが増幅していく。 ……否、それだけではない。 熱や痛みが増えるような感覚と共に、まるで尻尾から何かが流し込まれているような感覚がしていた。 ドクッ……ドクッ……ドクッ……と、何か熱い液体が一定のリズムを刻んで注入される度に、まるで頭に血が上ったかのような感覚と共に気が遠くなっていく。 ──やばッ……意識が、遠く、なって……──。 「はぁあッ!」 ピンクが意識を失う寸前、素早く駆け寄ってきたグリーンは、ピンクの脇腹に刺さる尻尾に斬撃を喰らわせた。 彼の攻撃によってスコルピオーネの尻尾の針はピンクの体を離れ、シュルシュルと短くなってスコルピオーネの元に戻っていく。 「邪魔されたわね……けど、丁度良いタイミングだったかしら?」 「何……?」 スコルピオーネの言葉にグリーンが聞き返した時、離れた場所で戦っていたレッド達がゲローガを倒し、こちらに加勢しようと駆け寄ってきていた。 それを見たスコルピオーネはクスッと小さく笑い、すぐに二人に視線を戻して続ける。 「一応種は撒いたし……今日は、これくらいにしておいてあげる」 「た……種……?」 「フフッ。いえ、こっちの話よ。まぁ……いずれ分かるわ」 刺された脇腹を押さえながら聞き返すピンクに、スコルピオーネは紫色の目を細めながらどこか楽しむような口調で言い、その場から姿を消した。 グリーンはすぐに追いかけようとしたが、負傷したピンクのことが気に掛かり、すぐさま彼女の元へと駆け寄った。 「ピンクさん、大丈夫ですか? 怪我の具合は……」 「うぐッ……ちょっと、ヤバい、かも……」 心配するグリーンに、ピンクは掠れた声でそう返答した。 先程のスコルピオーネの攻撃以降、体は火照るように熱くなり、刺された箇所は脈拍に合わせて疼くような感覚が続いていた。 痛みは無いが、全身の熱と疼きによって思考が上手く働かず、意識が朦朧としつつあった。 脇腹を押さえて蹲るピンクにグリーンが何も言えずにいた時、他の三人も駆け寄ってきた。 「おい、ピンクッ! 大丈夫か!?」 「レッドさん……! 実は、ピンクさんがスコルピオーネの攻撃を受けてしまって……」 「一度拠点に戻って診て貰おう。ここにいても、俺達に出来ることは無いからな」 ブルーの冷静な判断にその場にいた全員が頷き、すぐさまピンクの体を支えて拠点へと向かっていった。 --- 数百年前の遥か昔。世界を滅ぼそうとしていた悪鬼ディアボロスとその部下達一行を倒し、封印に成功した五人の戦士達がいた。 彼等は世界を救った英雄だと崇められ、人類の中でも最強の戦士達──戦王として、長きにわたり人々から崇敬されてきた。 しかし何百年もの長い年月を越える中でその伝承は色褪せ、現代の人々は戦王の存在どころか、かつては世界が滅びかけていた事実すらも忘れかけていた。 そんな時、突如として悪鬼ディアボロスの部下であるデモーニオンと呼ばれる怪人の集団が蘇り、ディアボロスの復活の為に活動しだしたのだ。 ディアボロスの復活には、人間の負の感情から生み出される、ティアールと呼ばれるエネルギーが必要である。 デモーニオンは怪人を生み出して破壊活動を行い、ティアールを集めてディアボロスを復活させて、またもやこの世界を滅ぼそうとしているのだ。 そんなデモーニオンの活動を阻む為に立ち上がったのが、五人の戦王達の血と闘志を継ぐ若き戦士達、戦王戦隊ウォーリアーズだった。 怪人を倒して大切な物を守りたいという熱い闘志が、彼等の体に眠る戦王の血を呼び覚まし、ウォーリアーブレスという腕時計型の装置へと姿を変えた。 彼等はそのウォーリアーブレスを使ってウォーリアーズへと変身し、人々を苦しませるデモーニオンの怪人と戦っているのだ。 そんな彼等が拠点としているのは、リーダーのレッドウォーリアーこと、赤城ヒロの実家である屋敷だった。 ヒロの先祖である戦王はかつての戦王達の中でもリーダー的なポジションだった為、彼の実家の屋敷にはかつてのディアボロスと戦王の戦いに関する文献が多く残っているのだ。 「はい。一応毒抜きと簡単な手当はしたけど……どうかな?」 先刻の戦いにて負傷したピンクウォーリアーこと、桃井サクラの怪我を治療してそう言ったのは、ヒロの義理の妹である赤城ユキだった。 ユキの父親とヒロの父親は親友だったのだが、不慮の事故により両親を失い身寄りの無かったユキをヒロの父親が引き取り、ヒロの義妹として連れてきたのだ。 ヒロと血の繋がっていないユキに戦王の力は無いが、ウォーリアーズの皆の力になりたいという想いから、彼等の支援を行うようになった。 具体的には、今のような怪我の治療を始めとして、料理や洗濯等の家事全般を行っている。 また、屋敷にある文献や資料を整理して情報を纏めて作戦を考えたりする、オペレーター的な役割をすることも度々あった。 「ん。大丈夫! ありがとう、ユキちゃん!」 そんなユキの心配する言葉に、サクラはスコルピオーネに刺された箇所をガーゼの上から擦った。 刺された直後は痛みや熱で大変だったが、屋敷へと移動している間に少しずつ収まり、ユキの治療を受けている間に体調自体は完全に回復していた。 しかし……と、サクラはユキに気取られない程度に、自分の傷から抽出された毒を確認した。 彼女の体感ではかなりの量の毒を流し込まれていたのだが、実際に出てきた毒の量はごく僅かな物だった。 突然刺されたことで混乱して、実際よりも多くの量を流し込まれたと勘違いしていたのか、それとも……──本当はまだ、体内に毒が残っているのではないか。 微かな不安が彼女の心に影を落とした時、コンコンッと二度、二人がいる部屋の襖がノックされた。 「おい、ユキ。もう部屋に入って大丈夫か?」 「えっ!? あっ! ちょっと待って!」 襖をノックしたヒロの言葉に、サクラは慌てて上の服を着直した。 怪我の治療の為に服を脱がなければならなかった為、男性陣は皆別室に移動して貰っていたのだ。 サクラが服を着たのを確認したユキは小さく頷き、治療道具を整頓しながら「もう大丈夫だよ」と返事をした。 するとすぐさま襖が開き、他のウォーリアーズのメンバーが部屋に入って来た。 その中でも一際若い高校生くらいの少年は、すぐさまサクラの元へと駆け寄り、口を開いた。 「ゆ、ユキさん……! サクラさんの具合は、どうなんですか……!?」 「えっと、とりあえず毒抜きと止血処理はしたから、大事にはならないと思う」 ユキの返事を聞いた、グリーンウォーリアーこと緑川シュンは、すぐに「良かったぁ……」と心から安堵した様子で呟いてへたり込んだ。 それを見たイエローウォーリアーこと黄瀬サトルは、クハッと息を吐くように笑いながらシュンの横に並んでしゃがみ込み、彼の背中をバンバンと軽く叩いた。 「良かったなぁ、シュン。コイツ、ずっとサクラの怪我のこと、心配してたからよ」 「なッ……だ、だって、俺の目の前で刺されたから……これでサクラさんにもしものことがあれば、俺の責任ですし……」 「もぉ~シュン君ってば心配症だなぁ~。でも大丈夫! ユキちゃんの手当のおかげで、痛みとかも全然無いからさ!」 頬を赤らめて言い返すシュンに、サクラは明るい声で言いながら、手当してもらった箇所をパシパシと軽く叩いて見せた。 それを見たブルーウォーリアーこと青野カイトはクスッと小さく笑い、口を開く。 「頼もしい限りだな。……しかし、もしものことがあると良くないし、今日の所は安静にしておいた方が良いだろう」 「あぁ。何かあった時の為に……ユキ。今日は出来るだけ、サクラの傍に付いといてくれないか?」 「わ、私!?」 カイトに続けるように言ったヒロの言葉に、ユキは驚いたように聞き返しながら自分を指さした。 彼女の反応に、ヒロは「おう」と頷いた。 「俺達じゃ何かあった時に対応できないし……何より、風呂とか着替えの時までは付き添えねぇからな。お前が一番適任だよ」 「なる、ほど……分かった。頑張るっ」 ヒロの言葉に納得したユキは、両手に拳を作ってコクッと小さく頷いた。 彼女の言葉に、サクラはヘラッと明るく笑いながら口を開いた。 「んじゃあ、ユキちゃん。今日はよろしくねぇ、ご迷惑をお掛けしますぅ」 「そ、そんな、迷惑なんてッ……サクラさんの力になれるなら、これくらい……」 おちゃらけた口調で言ったサクラの言葉に、ユキは恥ずかしそうに目を伏せながらも、小さく笑みを浮かべてそう答えた。 それを聞いたカイトは小さく頷き、サトルの隣に腰を下ろした。 「んじゃ、このまま作戦会議と行こうか。今回サクラが喰らったスコルピオーネの毒は、今までに無かった攻撃だよな?」 「あぁ。もしかしたら、他の幹部にも、まだ何か隠している能力があるかもしれない。例えば、この前戦ったシェーブルの奴なんかは……──」 敵の幹部に関する考察が行き交うのを聞きながら、サクラは誰にも気取られない程度に、怪我をした箇所を軽く擦った。 ──結局、毒のこと……言えなかったな。 ──まぁでも、もしかしたら本当に考え過ぎかもしれないし……ユキちゃんだって付いててくれるし、流石に大丈夫だよね……! 彼女は心の中で自分に言い聞かせるように言いながら、小さく息をついた。 「……?」 サクラの隣に座っていたユキは、怪我した箇所を静かに擦っているサクラの様子に気付き、微かに視線を向けた。 ──もしかして、まだ怪我が痛むのかな……? そんな風に考えて、口を開こうとした時だった。 「なぁ、ユキ。デモーニオンの幹部に関する資料って、どこにあったっけ?」 「えっ!? あっ、私が取ってくるよ……! 分かりにくい所にあるから……!」 ヒロからの質問に、彼女はそう答えながら立ち上がり、資料を纏めてある部屋に向かって駆け出した。 ──しまった、つい反射的に……! ──とりあえず、資料を持ってきて……それから、サクラさんの様子について聞いてみよう……! 心の中でそんな風に考えつつ、彼女は屋敷の廊下を小走りで掛けて行く。 しかし、それからも作戦会議は順調に進み、結局その日の内にサクラの状態について聞き出すことは出来なかった。 ~~~~~~ 夜も更け、草木も眠る丑三つ時。 あれからサクラの怪我は悪化することも無く、ウォーリアーズの面々は皆眠りについた。 元々寝室は男女で分かれており、サクラとユキは同じ部屋に布団を並べて眠っている。 結局アレから特に何の問題も起きなかった為、二人とも昼間の気掛かりはただの杞憂だったと安堵し、すっかり深い眠りについていた。 ──……を……せ……── そんな時、サクラの脳内に、突如として誰かの声がした。 相変わらず眠ったままのサクラに、脳内の声はさらに語り掛ける。 ──目を覚ませ……主の媚毒を授かりし傀儡よ……── 「……」 頭の中に響き渡るその声に、サクラは静かに瞼を開いた。 その瞳に自我の光は無く、暗く淀んだ焦点の合わない虚ろな目をしていた。 布団に横になったまま呆然と虚空を見つめる彼女の脳内に、またもや誰かの声が響く。 ──媚毒の傀儡よ。この声が聴こえているならば、返事をしなさい── 「……はい……きこえ……ます……」 脳内の声に応えるように、サクラは抑揚のない声で静かに呟いた。 すると、暗く淀んだままの彼女の瞳が、ぼんやりと紫の光を宿し始める。 声は続けた。 ──媚毒の傀儡よ。汝の持ち主がお呼びです── ──直ちに主の元へと向かうのです── 「……はい……あるじの、もとに……むかいます……」 脳内に響く謎の声の言葉に、完全に思考を失ったままのサクラは抑揚のない声でそう答えると、緩慢な動きで体を起こして立ち上がる。 それに、隣で眠っていたユキは重たい瞼をゆっくりと開き、暗い部屋の中でぼんやりと立ち尽くすサクラに視線を向けた。 「サクラ……さん……? どうしたん……ですか……?」 「……」 寝ぼけまなこを擦りながら尋ねるユキの言葉が聴こえたのか否か、サクラはフラフラと覚束ない足取りで寝室の襖まで向かい、緩慢な動きで襖を開けて部屋を出て行ってしまった。 いつもと様子の違う彼女の姿に、ユキはキョトンとしたような表情を浮かべたまま襖の方を見つめていたが、すぐに軽く欠伸をして横になった。 どうせトイレにでも行ったのだろうと、特に気にしなかったのだ。 だからこそ、気付かなかった。……気付けなかった。 寝起きとは言え、サクラの動きがあまりにも覚束ない物だったことに。 それはまるで、糸に吊るされた操り人形のようだったことに。 例え何があっても、サクラが人からの呼び掛けを無視したことなど、今まで一度たりとも無かったことに。 --- 街外れにある、廃ビルの一室。 当然電気など点くはずも無く、くすんだ窓ガラスから差し込む月光だけが室内を淡く照らしていた。 このビルは閉鎖されてからまだそこまで経っていないようで、机や棚等の家具は散乱しているが埃等はあまり無く、廃ビルにしては比較的清潔な部類であると言える。 そんなビルの一室にて、壁際に放置されたソファに腰を下ろして佇む一人の女がいた。 黒く艶やかな長髪に、毒々しい紫色をした切れ長の目。 唇には瞳の色に負けないくらい毒々しい紫のルージュを塗っており、窓から差し込む月光を反射して怪しく光っていた。 彼女は薄手の黒いノースリーブワンピースを身に付けており、雪のように白い肌を惜しげもなく晒していた。 薄暗い室内で佇んでいた彼女は、廃ビル内に響き渡る何者かの足音を聴きつけ、紫の唇で弧を描くように冷たい笑みを浮かべた。 「……来たようね」 そんな呟きに呼応するかのように、古びた鉄の扉がギィ、と音を立ててゆっくりと開き……──寝間着姿の女、桃井サクラが入って来た。 女の目や唇と同じ紫に染まった瞳は虚ろに濁り、半開きになった口からは一筋の涎が垂れている。 完全に脱力し切った両腕は重力に従ってダランと垂れ下がり、彼女の動きに合わせてユラユラと揺れる。 突然部屋に入って来たサクラを見て、彼女をこの部屋に呼び寄せた張本人──デモーニオンの女幹部、スコルピオーネはニヤリと冷たい笑みを浮かべた。 「フフッ……どうやら、私の毒はよく効いているみたいね。さぁ、そんな所でボサッとしていないで、こっちに来なさい?」 「はい……かしこまり、ました……」 軽く手招きをしながら言う敵幹部の言葉に、サクラは抑揚のない声で答えながら、まるで糸で引っ張られるように覚束ない足取りで向かう。 変身ヒロインとして自分の前に立ちはだかる普段の姿からは想像も出来ないような従順な態度に、スコルピオーネは口元に手を当ててクスクスと楽しそうな笑みを零す。 やがてサクラが自分の目の前まで来ると、彼女は「ストップ」と制止した。 言われた通りに立ち止まり、相変わらず暗く淀んだ目で虚空を見つめ続ける彼女の目を見てスコルピオーネはククッと喉を鳴らすように笑うと、ゆっくりと口を開いた。 「さぁ……跪きなさい?」 「……はい……」 敵であるスコルピオーネの命令に、サクラは抑揚のない声で返事をしながら、緩慢な動きで彼女の足元に跪いた。 それを見たスコルピオーネは小さく笑いつつ、サクラの目前に何も履いていない素足を差し出した。 「それじゃあ、まずは私の足に口付けをしなさい?」 冷たい嘲笑を浮かべながら言う彼女の言葉に、サクラは虚ろな表情のまま一つ頷くと目の前に差し出された素足を手に取り、その甲にソッと口付けを落とした。 今まで自分を苦しめてきた宿敵の従順な姿に、スコルピオーネはゾクゾクと背筋に走る嗜虐心を感じながら差し出した足の指先をサクラの顎に当て、クイッと軽く足を動かして顔を上げさせた。 「ぅぁ……」 「フフッ。すっかり私の言うことを聞く良い子になっちゃって……折角だから、私の能力を教えてあげる。私の能力は毒の生成。体内で好きな効果の毒を生成して、体外に排出するのよ。怪人の姿の時は尻尾の針で相手の体に注入できるんだけど、今みたいな人間の姿の時は……」 彼女はそこまで言うとその目を微かに細め、口元に小さく笑みを浮かべた。 直後、彼女の足先の皮膚から微かに紫色の液体が滲み出し、サクラの顎を湿らせる。 スコルピオーネはそれを見て冷たい笑みを浮かべると、濡れたままの足で彼女の頬を撫でながら続けた。 「こんな風に、毒を体液に混入させて滲出させることが出来るのよ? さぁ、舌で舐め取りなさい?」 「んぁ……ぁぃ……」 軽く顎を上げて見下しながら放たれたその言葉に、サクラは跪いた姿勢を解いて膝立ちになると目の前の足を両手で持ち、言われるがままその足に舌を這わせた。 明らかに怪しい紫色の雫は、舌先に触れただけで筆舌に尽くし難い程に膨大な甘味を主徴しており、感情が封じられているにも関わらず肩を震わせて反応してしまう程だった。 しかし、今の彼女にとってスコルピオーネの命令は何よりも優先しなければならない事項として刻まれており、甘すぎるという理由のみで止められるものでは無かった。 幸いにも──という表現が正しいかはさて置き──紫の雫を舐め取り味わっていく内に味覚が順応していくのか、強烈な甘味を発する劇物は、次第に優しい甘さをもたらす温かい蜂蜜へと変わっていった。 最初は微弱な反応を示していたサクラだったが、甘味が心地良いものへと変わっていく内にその表情を和らげ、瞬く間に物言わぬ傀儡へと戻り虚ろな表情のまま足を舐め続けた。 そんな彼女の姿を見下ろしたまま、スコルピオーネは続けた。 「昼間貴方に注入した毒は対象の思考や感情を奪い、毒を作った相手を主として認識させて、対象を主の命令に従う傀儡に作り替える効果があったのよ。ただ、戦闘中だったことと邪魔が入ったのもあって、大した量を与えることが出来なかったじゃない?」 「んぅ……んっ……れろっ……」 彼女の問い掛けにサクラは答えず、焦点の合わない目で虚空を見つめたまま、無心に足を舐め続ける。 しかし、スコルピオーネ本人も問い掛けの答えを求めてはいなかったようで、自分の足を従順に舐め続ける人形の顔を軽く踏みつけながら続けた。 「あの程度の量じゃ、こうして呼び出したり、簡単な命令を聞かせる程度のことしか出来ない。しかもその効果ですら、時間が経てば消えてしまう。だからこうして呼び出して、足りない分の毒を飲ませてあげて、完全に身も心も私に捧げる可愛い下僕に作り替えてあげようと思ったって、わ、け……」 彼女はどこか気怠そうな口調で言いながら、毒を滲ませた足でサクラの顔を踏みつけたまま力を込め、グニグニと柔らかく踏みにじる。 身も心も甘く溶かし、摂取した人間の存在そのものを歪めて作り替える毒液を纏った足を顔に押し付けられたことで、体が咄嗟に拒絶反応を示したのか。 散々摂取させられた毒が全身に回り、完全に主として認識している女に足蹴にされて悦んだのか。 原因は定かでは無いが、顔を踏みつけられたサクラは虚ろな双眼をグリンと上方にひん剝かせ── 「んんんんんんんん~~~~~ッ!?!?!?♡♡♡♡♡ んんんんんんんんんんッ!♡♡♡ んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんッ!♡♡♡♡♡♡♡♡」 ──足で塞がれた口からくぐもった嬌声を上げ、全身を激しく痙攣させて絶頂した。 背中は弓なりに反り返り、秘部からは愛液がプシッ! プシュッ! と音を立てて噴出する。 じょろろろろろろろろろろろ……。 絶頂の衝撃によって誘発されたのか、緩んだ尿道から音を立てて尿が放たれ、ショーツやズボンなど一瞬で通過して床の上に広がっていく。 しかし、ただでさえ毒によって思考を奪われている上に、先程激しい絶頂を迎えたばかりのサクラがそんなことを気にする筈も無い。 膝立ちの姿勢など保てる筈も無く、彼女は仰向けに倒れ込むようにその場に崩れ落ち、そのままビクンビクンと全身を激しく痙攣させた。 「まさか、ここまで激しくイき狂うなんて……人間には、少し刺激が強すぎたかしら?」 スコルピオーネはそんな彼女の姿を見下ろしながら静かな声で呟き、組んでいた足を組み替える。 そして自分の足の上で頬杖をつくと、彼女はゆっくりと口を開いた。 「……起きなさい」 冷ややかな声で放たれた命令を耳にした瞬間、仰向けのまま全身をビクビクと痙攣させていたサクラが、ハッとその目を見開いた。 「そこに立って……気を付けをしなさい」 続いたスコルピオーネの命令に、サクラはすぐさまその場で立ち上がり、ピシッと両手の指を伸ばして気を付けの姿勢をとった。 しかし未だに絶頂の余韻は抜けていないようで、直立不動の姿勢のまま、ガクガクと体を小刻みに震わせている。 足腰にも力が上手く入らないのか、生まれたての小鹿のように膝が笑い、少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまいそうだった。 それでも彼女が立ち続けているのは、その場に立って気を付けをしろと、何よりも大切な主に命令されたからに他ならない。 「……それじゃあ、貴方が何者なのか、改めて私に教えてくれる?」 冷たい笑みを浮かべながら言うスコルピオーネの言葉に、サクラは「はい」と頷いてその場で敬礼をした。 「私、桃井サクラは、主であるスコルピオーネ様に身も心も捧げ、スコルピオーネ様の命令には絶対服従の傀儡です。貴方様の手足となりお役に立つことだけが、道具である私の生きがいであり幸福です。どのような命令でも必ず遂行してみせますので、何なりとご命令ください」 体の痙攣が発語にも影響しているのか、微かに震えた声で淡々と語った彼女の言葉に、スコルピオーネは満足気な笑みを浮かべた。 「フフッ、ちゃんと答えられて良い子ね。これからの活躍に期待しているわ。サクラ」 主に笑みを向けられ、称賛され、名前を呼ばれる。 未だ絶頂の余韻が抜けきらない敏感な身体では、突如として襲い掛かる歓喜の雨に耐え切れる筈も無い。 「ひぎぃッ!?♡ イッ、イきますッ!♡ イかせて頂きますッ!♡♡♡」 サクラは嬌声混じりの上ずった声でそう宣言をしながら、ビクンビクンッ! と体を激しく痙攣させて、あっという間に二度目の絶頂を迎えた。 秘部からはまたもや愛液が激しく噴き出し、虚空を見つめていた両目は完全に白目を剥いてしまう。 そんなあられもない無様な姿を晒しながらも、彼女が気を付けの姿勢を崩すことは無かった。 なぜなら、気を付けを止めて良いと許可されていないから。 スコルピオーネはそんな彼女の姿を見て、今後の計画に思いを馳せながら静かに笑みを浮かべるのだった。