1、2、3月はあっという間に過ぎるといいますが、気付けばはや3月という感じがします。
さて、今月はお伝えしていたように、久々に鬼滅のホラーシリーズを更新することができました。しばらく書いていなかったので感覚がまだ戻らず、ある意味でいつもと違うテイストになったかもしれません。
以前から「夢」の面白さについては気になっており、それをテーマの一つとして盛り込みました。
というわけで、今月の「頁をめくる」は、夢について思っていることから、その派生の思考をつらつら書いていこうと思います。
夢は眠っているときの脳の働きによって見るといいます。脳が覚醒状態にある「レム睡眠」中に見るものだというのが通説ですが、反対の「ノンレム睡眠」中に夢を見ることもあり、ノンレム睡眠中の夢は寝ている間の現実の出来事を反映している(匂いや音や光など)という説もあります。
「脳は小さな宇宙」というのは、ポエミーな比喩ではなく、脳の構造と宇宙の構造が似ていることからきているそうです。そして両者ともに、どれだけ解明されているのか全容すら分からない未知の世界。
そんな脳がみせる「夢」についても、まだまだ科学では解き明かせない謎がたくさんです。
夢日記
起きたときに夢を忘れないように記録を付ける「夢日記」。これを続けると人は狂う、という俗説があります。このことについては、実際に試した人のブログをいくつか読みましたが結果は千差万別です。むしろ気分がスッキリするようになったとか、確かにあまり眠れなくなってきたとか。
人が狂うという俗説の背景は、記録することで夢と現実の境界が曖昧になるので、不眠やストレス状態になる…というそうです。
ただ科学的根拠はないそうなので、あくまで俗説、という話です。
寝言に答えてはいけない
「他人の寝言に相槌を打ってはいけない」という話をご存じでしょうか。
これはいくつかの怪談でも書かれているものですが、隣で寝ていた人がハッキリと聞き取れるような寝言を言った。それを聞いていた人は、起きているのかと思って会話をするように相槌を打ってしまった。そうすると、その寝言を言っていた人は死んでしまった。
という短い怪談です。
昔の人は、眠っている間は身体から魂が抜けてあの世へ行っているのだと考えていました。寝言とは、あの世の人に話しかけている言葉。これに返事をしてしまうと「会話が成立」してしまい、魂があの世から戻ってこれなくなる=死、という迷信だそうです。
夢や睡眠については昔と今では認識が違っていて、そういう観点から考えるのも面白いです。
例えば、夢に現れる異性は自分が深層心理で好意を抱いている相手…というのは現代の俗説ですが、昔は逆で、夢に現れる異性は自分に好意を抱いている相手…という認識だったのだそうです。
万葉集にこんな歌があります。
「いかばかり 思ひけめかも しきたへの 枕片去る 夢に見え来し」(湯原王の妻)
訳は『あなたがどんなに私を思ってくださったからでしょうか。枕の片方をあけて寝た私の夢にあなたがいらして見えたのです』というもの。
しかし、同じ万葉集にも1首現代寄りの考えの歌がありますし、『古今集』以降になると現代寄りの認識が主流になります。
「思ひつつ 寝ればや 人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを」 (小野小町)
『あなたを思いながら寝たからでしょうか。あなたの夢を見ました。夢と知っていれば目覚めなかったのに』
古今集の前と後で、認識がガラッと変わるのも何か背景があったのでしょうか。
しかし、よくよく考えるとこれは魂だけになって相手の夢へ通っているというのは同じことなので、夢を見ている間は身体から魂が抜けている、というのは根本としてあるのですね。
今回の鬼滅ホラーでも予知夢について触れましたが、予知夢ってどういうことなのでしょうね。
夢占い・夢解釈
不安の残る夢や、気になる夢を見た時に、その夢には何か意味があるのではないかと思って調べたことはありませんか?
実は夢占いはとても古くから信じられており、古代バビロニアや北欧においては「夢解釈についての教科書」まであったそうです。
日本においては、かの有名な陰陽師・安倍晴明も『神霊感応夢判断秘蔵書』という夢占いについての書物を遺しています。
これは完全に私の勝手な推理なのですが、当たる場合の夢占い・夢解釈とは、第六感が優れた人間による未来予測なのではないかと思うのです。
というのも…古代の夢解釈テキストには、「〇〇が夢に出ると雨が降る」とか「△△が夢に出ると嵐がくる」とか、天候に関するものが多いようです。
これって、テレビで特集されるような、ちょっとした自然の変化を敏感に感じて天気を予測するような凄い人達が、自然と共存していた古代には今よりもずっと多くいたのではないでしょうか。
私達現代の人間の多くが失ってしまった感覚を、昔の人は当たり前のように持っていて、その感覚は脳がみせる「夢」にも予知めいたものとして表れていたとしたら?
この未来予測、ラノベとかでは未来演算とも表現されますが、ある事象から脳がスーパーコンピューターのように総合的に演算をして、ある一つの未来の結果を導き出している数式のようなものかもしれません。
脳はそれを無意識にやっていて、眠っている間には脳の記憶が整理されているので、その間に夢として演算結果が算出される、とか。
脳の容量がどれだけ大きいかという話を伝えるのに、「夢に見知らぬ人が出てくる」話で例えます。
時々、夢に全く知らない人が出てきて、「あれは誰だったんだ」「これから出会う人なのか」などと【夢占い 知らない異性】と調べた人もいるかもしれません。
私も何度かあり、思春期の頃などは「夢に出てきた見知らぬイケメン、絶対未来の結婚相手だ!違いない!」と意気揚々と、図書館にある夢占いの本で調べてはぬか喜びしていた時代もありました。(当時はネットで調べるということが主流ではなく、心理学テストや占いの本が人気でした)
ところが、実は・・・
人間の脳というのは完全に忘れるということはないそうで、忘れたと思った記憶もどこかに保管されているのです。
なので、ちらっと見かけたり、すれ違っただけの人の顔も、実は脳には記憶として残されているのです。でも自分では身近な人以外の顔は忘れていくものだから、夢に見た時に「全く知らない人」という認識になるのだそう。
それだけ脳の容量が大きいとなれば、1つの事象からとある未来を統計に基づいて演算することも不可能ではないのかもしれません。
脱線しますが、占いの話になったので。
新型コロナウイルスの感染が拡大したとき、色々な占い師の方が批判を受けたそうです。「こんな未来、占えていなかったじゃないか」と。
これは占いをどう捉えるかの話になるのでここでは言及しませんが、ちょっと気になって調べたところ、コロナのことを予言したインドの少年がいるのだそうです。
ご存じでしょうか。
アビギャ・アナンド君という男の子なのですが、2019年11月からの世界の動きをかなり詳細に占っています。しかも、今のところ全て当たっているのですよ。凄い。
「予言者だ!いや、詐欺師だ!」とか、色々な声があり、国によってはアビギャ君のYouTubeを即削除したりというところもあるそうです。
私が彼に興味を持ったのは、彼は予言者といったスピリチュアルな存在ではなく、『ジョーティシュ占星学』という5千年以上の歴史を持つインドの占星術を駆使して未来演算をしていることでした。
少し概要をネットで調べた程度ですが、インド占星術はある意味で「統計学(数学)」のようにも捉えられそうな内容です。生まれた年・月・日付・時間(分刻み)・場所といった情報から、誕生した時の星座の位置を導き出して、なんかもう見ただけで頭が痛くなるような文字や数字の組み合わせから計算をして、その人の1日1日の命運から死ぬ時まで分かるそうなんです。
実は私、最初に入社した会社で本配属が決まる前に、どの部署がいいのか真剣に悩んでいた時期がありまして、当時の上司が「よく当たるから試しに行ってみたら」と紹介してくれた占い師さんのところに行って占ってもらったことがあります。
私の氏名と生年月日だけを伝えると、目の前で30分ほどかけて何か計算をしていました。そこから、家族以外誰も知らないことを言い当てられ、私にはどういう仕事が向いているのかアドバイスを受けました。その人が私に向いていると言った職種が、実はその時の会社にはなかったのですが、本配属後に部署内で新たに立ち上がった部門がまさにそういった内容でして、色々と当たっていました。
友人と一緒に行ったのですが、友人も秘密にしていることが完全にバレている状態だったそうです。
勧めてくれた上司にそのことを伝えると、色々な占いを組み合わせた「緻密な統計学」なのだそう。
とはいえ、占いはあくまで迷った時の道しるべ的な意味として、人間の切り開く力で未来は変えられるし、努力をしないと良い結果は掴めないものだという考えは大前提として持っています。
ただ、この統計としての占いを考察すると、これまで歴史上にいた予言者というのは、実は何らかの未来を、根拠のある統計によって導き出していたのではないだろうか…とも思ってしまいます。
私達が空気のように目に見えないと思っている世界の事象も、「そういう感覚を持つ人」からすると、たくさんのヒントが散らばっていて、先の事まで分かってしまうんだろうなぁと思うと・・・そういう方達はどんなふうに世界が見えているのでしょうね。
私はスピリチュアルなこと、科学ではまだ証明されていない超自然的なことなどが好きですが、科学もそういった「世界の一部」だと思うと、超自然的なものと科学は相反するものではなく、根底では繋がっているように思えます。
例えば、一つの物事があって、科学で捉えるとこういう結論が出るけど、民俗学の視点からはこんなことも分かる、というような…。事象は1つでも、視点が変われば結果も変わる、というような。
第六感、予言、占い・・・これって、実は統計による壮大な演算結果なのかもしれません。
なんだか途中から夢の話から脱線してしまいましたが、有名な小説の登場人物が語るような
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
という言葉と、
相反するような
「この世には不思議なことばかりだよ」
という言葉は、表裏一体で同じことを指しているように感じます。
いつもはセーブしながら書いている雑記ですが、
今回は頭から溢れるままに言葉を綴ってみました。
振り返ってみて、自分でも「で、オチは?」といいたくなるような支離滅裂な内容ですが、こんなとりとめのないことを考えながら、物語を考えています、というお話でした。
それでは、また来月お会いしましょう。