先日、奈良旅行をしました。
宿泊を伴っての旅行は本当に久しぶりで、とても楽しかったです。
奈良には縁があり、幼い頃から何度も遊びに行っていたのですが、
訪日観光客の増加により、ここ十年ですっかり様変わりしてしまいました。
コロナ渦になってから観光地へ行くのは初めてでしたが、
「ああ、これは昔の奈良の風情だな」と、どこか懐かしい気持ちで
静けさを取り戻した歴史ある街をゆっくりと散策することが出来ました。
「落ち着いて日本らしい雰囲気を楽しみたい」と思い立った時は、
奈良がパッと思い浮かびます。
言うなれば、旅先でのふるさとのような存在です。
かわいい鹿の子供。鹿の子まだらが綺麗に残っている。
そして奈良の都跡は本当に広い!
当時の都が広く、また奈良の中でも藤原京、平城京など遷都が何度も行われているので
もうどこが中心的なものか何度行ってもよく分かりません(笑)
当時、平城京の中に住んでいた貴族役人が、平城宮にある勤め先の各省に出勤しようとすると、速足で歩いても片道で徒歩1時間以上はかかるそうです。
毎日がハードウォーキングw
また、京都と違って坂道が多いので、
奈良をガチで歩こうと思うなら絶対、運動靴必須です!
今回の目当ては、正倉院展でした。
毎年行っているのですが、このような状況なので
運営側の配慮ということで完全予約制の入場人数制限で行われました。
1時間ごとに約260人に入場制限され、私は初日に行ったのですが
その時には既に予約チケットは全日完売していたそうです(゜.゜)
260人でも多いかな?と思っていたら、館内はガラガラ。
遊園地で宿泊者だけ早く入場できるみたいな感じの空き具合で、いつもはガラスケース前にぎゅうぎゅうと人がいるのに対し、ゆっくりと近くで展示されている宝物を見ることが出来ました。
千年以上前の宝物が、綺麗に保管されていて何度見ても感動します。
今回は、薬草関係の展示もあり、当時薬として利用されていた薬用の木の根など、このような自然の物まで形を保って残っているのに、当時の保存技術の高さが偲ばれます。
丁寧に書きましたが、こういう所蔵品を見る時にいつも思うのは…
当時、皇室や身分の高い人しか見れない宝物を、千年後に一般庶民が目にすることができるんだぜー!!!!!ありがてぇぇぇ!!!!!!当時の平民がそんなこと予想したか?ありがとう現代社会!ありがとう博物館の方々!!!
…と、内心でフィーバーしています(*´▽`*)
他にも色々と寺院に行きましたが、
日本酒にハマるようになってから、毎年参拝させてもらっていた「大神神社」について触れたいと思います。
毎年11月14日に大神神社の境内で「醸造安全祈願祭」通称、「酒まつり」が行われます。
前日に酒の神のシンボルである拝殿の大杉玉が新しいものに取り替えられ、
当日は全国の酒造家や杜氏が参列し、新酒の醸造安全を祈ります。
~上記は、神事ですが…私達、日本酒好き一般人の目的は以下です~
境内では銘酒の展示が行われ、樽酒が3つ並んで参拝者に振舞われます←これ目当て。
枡酒になみなみと注がれて、端っこに塩を添えてくれる時もあります。私は量を多く飲めないので一杯で満足ですが、酒に強い友人は全銘柄をいつも頂いています。
そして先着100か200人だったかな…祭り開始頃に並んだ人に一人一本、小瓶入りの日本酒を無料で頂くことが出来ます←これが最大の目当て。
毎年、酒造元は違っていて、神様からのお裾分け…といった特別な感じがして、
いつも日本酒好きの友人と朝早くに出発して並んでいました( *´艸`)
上の2枚は去年の写真です。
さて、酒飲みトークはここまで。
ここからは神話と歴史のお話です。
大神神社は、日本でも古い神社の一つで、国譲りの神話とも関係があります。
<大神神社の神様について>
主祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)です。
こちらの神様は、大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂(にぎみたま)です。
大己貴神というと、ピンとこない方も、出雲大社の大国主神(おおくにぬしのかみ)というとご存じの方も多いかと。
大物主大神・大己貴神・大国主神は全て同じ神を指します。別名が非常に多い神様なのです。
大物主大神が人の前に顕現するときの姿の一つが蛇とされ、こちらへのお供え物は酒と卵です。
稲荷系の社で、食べ物のおいなりさんがお供えされるのと同じ感じです^^
御手水にも蛇と酒樽が↑
<神様には複数の魂・性質がある>
和魂というのは、神様の魂の一側面で、主に人々に対し恩恵や幸福を与えるとされています。
反して、荒魂(あらみたま)は、その名の通り荒々しい性格を有し、災害・疫病・祟りなどをもたらします。
大物主大神は、大己貴神の和魂の面を持った神様で、豊穣や厄病除けや醸造の神様とされる一方で、祟りもなすことがある神様です。
<神話・国譲りの歴史がある土地>
「国譲り」とは、大国主神が治めてきた豊葦原水穂国が天照大御神の御子に譲られる経緯を語り伝える神話です。
大神神社がある奈良県桜井市三輪という土地は、「卑弥呼の里」とも言われています。
この土地には、纒向遺跡(まきむくいせき)といって、古墳群や遺構があります。
そのなかに、箸墓古墳(はしはかこふん)があり、これは一説には卑弥呼の墓ではないかといわれています。
また、これは一つの説にすぎませんが、卑弥呼は天照大御神を指すのではないかという話もあります。
そして、纒向遺跡の中には伊勢神宮と出雲大社の両方の社の特徴を備えた建造物の遺構が発見されたそうです。
伊勢神宮は天津神・天照大御神が祭神
出雲大社は国津神・大国主神が祭神
この異なる二つの社の特徴がある珍しい遺構は、
この土地で国譲りが行われた歴史的証拠では?と、非常にロマンのある学説があります。
日本神話は実際の日本の歴史を神話風に書き換えたものだとされています。
国譲りの舞台が、この三輪の土地にあったとしたら…
神話と歴史が結びついているのだと感じられます。