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タス
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白は紙より出でて、紙より白し。(旧作)

その図書館には、奇妙なうわさがあった。 『人生が変わる体験をしました!』  なんでも所蔵され全ての本が一文字も無い、まっさらな紙の集まりでしかないだという。それを聞いただけでは、まるで図書館の役目など果たすことが出来ないように思えるのだが...。 『落ち込んだとき、ここに来ると全てを忘れることが出来ます!』 『息子に誘われて訪れました。入り浸るのも納得です!』  それにしては異様なほど利用者からの評価が高い。それも『人生が変わった』といった類の異常なまでの肯定、崇拝とも呼べるものが口コミを埋め尽くし...『そんなわけがない』『あんな場所に図書館などあるはずない』『前に行ったときはそんな建物は無かった』とする外の世界と、内の世界とで両極端な評判に分断され、ある種の秘境のような神秘性を放っている。そんな施設が、某県某所に存在するというのだ。 「そんなことが...。」  その噂を聞いた時、しがない調査系インフルエンサーである俺は後者よりの意見として、ある種の不気味さ、恐怖心を憶えた。まるで誰かに操られ、自分の意志を失っているかのような人々。 「......。」  身の安全を考えれば、このような施設には近寄らず、他の話題を取り上げる方が賢明だろう。 「だが...。」  しかし、何故だか俺は割り切ることが出来なかった。一つはこの施設の闇を暴かなければならないという、ある種の正義感。そして...『ここに行かなければならない』という、また別の叫びが聞こえるような気がしたからだ。まるでそこを目指すために、今までインフルエンサーを続けて来たかのような...あるいは誰かに呼び止められ、誘われるかのような感覚。 「...さて?」  本当は錯覚だったのかもしれない。しかし一度興味を持ってしまった心は、どうしても真相を確かめなければ止まらないのだ。そして気が付いた時には、俺は拭えない不安と少しの期待を持ち続けたまま、噂の場所まで足を運んでしまったというわけだが...。 「ここはどこだ?」  正直な話をすると、道に迷った。どこかの曲がり角で間違えたのか?いや、それはありえない。そもそもこの辺りに道は一本しかないはずだ。地図に載ってない道があるのか?それも考え難いだろう。ましてや山奥とはいえ、道路は新品のごとくアスファルトの黒光沢を発しているというのに。 「ここは...何だ?」  振り返れば、ここまで不思議な体験ばかりだったような気がする。自転車を走らせ数時間、山に入ってからは人っ子一人すれ違うことはなかった。麓には大きな街もあるというのに、まるで違う世界に取り残されてしまったような...。 「おーい、誰かいませんか!?」  寂しさと、恐怖と...それらとも異なる胸騒ぎを憶えながら、俺は周囲を見渡し声を上げる。すると...。 「...あれっ?」  山奥への道に戻した視線の先に、何やら白く反射する何かを発見した。 「さっきまで、あんなのあったか?」  よく見ると、それはどうやら建物であるらしい。あれだけ大きく視界に入る存在をどうして見落としていたのだろうと首をかしげながら、それでも見失わぬよう急いで向かうと。 「あっ!?」  その正門には標語だろうか、『白は紙より出でて、紙より白し。』と記されていた。 「ネットの噂の通りだ...本当にあったとは。」  それが目の前のそれが探していた図書館の正体。そう理解すると同時に、頭はスッキリと晴れるどころか、むしろ更に様々な思考が駆け巡り、困惑を深めるのだった。  何故急に現れたのか?  なぜこんな山奥に?  なぜ一部の人間にしか認知されていないのか?  何か隠さなければならないほど、やましいことがあるのだろうか?  色々と疑問は尽きないが、それ以上に俺の第一印象は。 「綺麗だ…綺麗すぎるぐらいに。」  そんなため息と同じ白への感動、そして恐怖であった。外観は何回建てだろうか、窓の無い建物では皆目見当もつかない。建物を構成する四面の全てが漆喰に覆われ、壁はそれを切り刻むように横線が伸びている。壁から平行に飛び出した屋根と合わせて、遠くから見渡せばまるで一冊の本のよう。それは図書館であると同時に、前衛的な芸術作品、もしくは前評判から一種の宗教施設のような印象を受けるものだった。 「鬼が出るか、蛇が出るか...。」  その入り口も公共施設らしからぬ、小さなドアノブが付いただけの簡素なドア。まるで自分の心と葛藤し、覚悟を決める時間を与えているかのようで...猶更に恐怖心を煽られる。そしていざドアを開けると。 「何だ、これは…!?」  そこには想像を遥かに超えた、人智の及ばない空間が広がっていた。ハニカム形状に迫ってくる壁はびっしりと本で覆われ、床、階段、机、椅子、照明…目に見える全ての存在が真っ白に塗りつぶされた、それ以外何も無い空間が広がっている。個人的には落ち着くより先に、 「うわぁ...。」  静かな狂気を感じてしまい、背中がゾワゾワしてしまう。試しに一冊の本を取り出してみると。 「うっわぁ...。」  それは表紙、背表紙、ページの一枚一枚に至るまで、その全てが文字もなく漂白され、汚れの一つも無い白紙の塊。それが見渡せば数十列の本棚をビッシリと埋め尽くし、美しく、しかし恐ろしく無機質な空間を作り出していた。  こうなると、ぽつぽつと席に座っている人々もまた恐ろしい。絵本サイズの大きな白紙を見つめ、目を輝かせる男の子。小説のような小さく厚めの白紙を、静かに見つめる老人。この施設にいる全ての人々がその中から一冊を、興味津々に取り上げる。 「そんなことって...。」 「そんな...。」  いくら目をこすっても、俺にはその全てが文字の一つも無い、ただの白紙にしか見えないが。 「「「.........。」」」  その世界では誰一人、一言も声を発さず、食い入るように読み(?)進めていく。まさに『違う世界を生きている』と表現せざるを得ない。 「あっ!」  目の前で白紙を探していた若い女性も、違いなどわからない一冊を選び、静寂な異世界の一部となった。 「ひっ...!」  狂っている。それが俺の率直な答えだった。 「何なんだよ、この場所は!」  俺もそうなるのか?こんな所なら来なければ良かった...恐怖のあまりそう叫びそうになった時。 「あの...本を読まれないのですか?」  脊髄にしみ込む慈愛に満ちた声が響いて。それを聞いた瞬間、俺の心は...落ちた。 「...どうやら、あなたはまだ迷える子羊のようですね。」  弱さも、恐怖も、全てを肯定し、包み込む温かい感覚。 「あなたも、向き合いませんか?」  この人になら全てを任せてもよい。 「自分自身に。」  たった数秒で心を溶かされ、そう確信してしまう、人智を超えた力。 「ふふっ...よかった。」  それはヴェールからスカートまで、この空間とは対照的な漆黒に身を包んだ修道女の姿で。 「あなたの道も、必ずや本が示してくれますよ。」  俺の手を引き、新たな一歩を踏み出した。 「こちらはどうでしょう?」  どれほどの距離を歩いただろう?図書館の奥へ奥へと足を踏み入る様は、まるで自分でも気づくことの出来ない、精神の底まで潜り込んでいくようで...。 「気に入っていただけると、嬉しいのですが。」  その終着点で修道女様の手に取ったその本は、同じ白紙でも何かが違う。はっきりと『写真集』であるそれは、まるで人生を、夢を、希望を...何物にも汚されることのない高潔さを示しているかのように、真珠のごとくキラキラと輝いていた。 「あぁ...!」  その手に取ると僅かな温かみを持ち、確かに鮮やかな表紙が視界を包み込む。 「『あなたの物語』へ...行ってらっしゃいませ。」  そう微笑む慈愛の表情を最後に、視界は開かれた本の世界へ、 「...『アタシ』...アタシは...。」  意識は本の住民へ、思考を溶かし、一体化して...。 「おーい、モタモタするな!撃たれるぞ!」 アタシは瓦礫の中に身を潜めていた。 「......。」  酷い匂い。すっかり血の匂いが取れなくなってしまった町に、いくつもの建物が、人々が埋もれてしまっている。ここに来て数か月は経つけれど、崩壊していく街を眺めては、自身の無力さを思い知らされる。 「お母さん!お母さん!!!」  倒れた女性を見て泣き叫ぶ子どもたち。 「いや!やめて!!!」  武器を持った男たちに襲われ、身体を弄ばれる女性。 「大丈夫だから、お願いだから!目を開けて...!!!」  病院が爆撃を受けてしまい、子に医療を与えられない母親...。 「どうして?どうしてこんなひどいことを...。」  その姿を見て、アタシは心からそう呟いた。戦争になると、一番に被害を受けるのは女性や子ども、病人...弱い立場の人間だ。みんな一瞬にして人生を踏みつぶされ、数百人の死者としてまとめられ、誰からも顧みられることなく忘れられていく。この紛争の事実さえも、新たな紛争の上書きによって、人々の記憶から消えていくのだろう。 「そんなこと...。」  そんなこと、許せるはずがない。誰かが彼らの生きた証を示さなければならない。そして出来る事ならば、一人でもその命を繋ぎ留めなければならないのだ。 パシャリ。  一個人に出来ることは限られている。アタシの役割といえば、カメラにその風景を切り取り続けることだけ。その一枚一枚に人々が心を打たれ、この残酷な世界を変えてくれることを信じて。 パシャリ、パシャリ。  家族には『危険だからやめなさい』と制止されたことも一度や二度ではない。事実として現地の暴漢に捕まり、辱めを受けそうになったこともある。 「アタシがやらなくちゃ。」  しかし、危険だからこそ私がやるべきなのだ。同じ女性として、弱い者の立場から同じ危険を共有し、同じ立場で、心情で寄り添い、世界を切り取る。それがありのままの世界...。 パシャリ、パシャリ、パシャリ...!  頭を掠めていく弾道ミサイルも、迫りくる爆発音も、まるで聞こえていなくなるように、アタシは無我夢中で写真を撮り続けるのだった。 「...先程の方も、希望の光を見つけられたようですね。」  新たなお客様に本は薦めた後、私は何か異常がないかを確認するため、一通り図書館を回っておりました。もちろん異常なし。誰もが食い入るように白紙を読み進め、自分だけの世界に旅立っています。 「さて、その心は...。」  そして世界が一周した時、彼...いや『彼女』もまたその一人となっていました。 「ふふっ...どうやらこの方には、戦場カメラマンであったお姉様がいらっしゃったようですね。しかしある時、紛争に巻き込まれて、そのまま帰らぬ人に...。」  時に止められなかったという後悔の念と、お姉様は何を思っていらっしゃったのかを理解したいという願い。これらがこの世界と混ざり合って...『お姉様』という一つの答えを形成したのですね。 「ふぅ...。」  全ての内容を読み終わった時。 「その本、いかがでしたか?」 「ありがとうございます。胸の奥で叫んでいた心が、すっかり洗われたようで...。」  彼は理想の存在へと生まれ変わり。 「ふふっ、よかったです。」 「あの...この本、借りることは出来ますか?」 「ああ。よかったら差し上げますよ。 「いいんですか?」 「ええ。お代も結構です。一番望まれる人に渡った方が本も喜びますから。」 「ありがとうございます!アタシ、今日の事は決して忘れません!」  新しい人生が定着したのでした。 「ふぅ。また一匹、迷える子羊を救うことが出来ました。」  彼女が後にした後、私はしばし安心感と達成感に浸る。 「神よ、感謝いたします。」  そして誰に伝えるでもなく、感謝の念を述べるのです。  さて、ここまであの方の出来事を追体験したあなたであれば、漠然とでも私の正体はつかめている事でしょう。ここは迷える子羊たちのための異界の図書館、そして私はここを管理し、皆様に夢をもたらす支配人、所謂司書なのです。ここは悩み、特に『自分から生まれ変わりたい』という悩みを持つ者だけが辿り着くことのできる異界。しかし、そのような方は意外にも多いようで、一人、また一人と訪れては、何か答えを見つけ、自分たちの世界へと帰っていくのです。    例えば、絵本に目を輝かせていた男の子。 『レンジャーレッド、緊急事態です!直ちに現場へ急行してください!』  憧れのスーパーヒーローになるという夢を持ち、同時にそれが作り物であるという現実を理解する年頃の男の子。両者の葛藤が生んだ白紙の中からは、 「ラジャー!」  怪獣が、悪人が、それを許さない正義の力が描かれ、彼を主人公として世界を形成していきます。 「レンジャーレッド、出動!」  背丈もぐんと伸び、すっかりお兄さんとなった男の子は、ヘルメットを装着し、赤の光に包まれると、そのまま図書館を飛び出していきました。 「おっといけない、そろそろ時間だ!」  こちらは小説を読んでいたご老人。かつては家庭を、そして会社を支える敏腕サラリーマンであった彼も、今では子供を育て上げ、ただ残された余生を楽しむ権利が与えられたはず。ですが、その時が訪れると...どうやら残っていたのは恐怖だったようです。仕事以外に人生の意義を見つけられず、定年退職により『仕事』という趣味を奪われる恐怖。老後という短い時間で嫌という程実感させられる死への恐怖。そこから生まれた『もう一度あの時に戻りたい』。その願いは...。 「大事な商談、落とすわけにはいかないからな...。」  時を巻き戻すように、第二の人生を与えたようでした。 「うふふ、私...。」  さらに歩みを進めれば、本棚からファッション雑誌を選んだフレアスカート姿の彼...。 「こういう服も、着てみたいなぁ...。」  いや『彼女』もまた、フリルをふんだんにあしらった、ガーリーな服装に目移りしているようでした。 「どうですか?何か発見はありましたか?」 「あっ、シスター。それが、新しいファッションに挑戦してみたいのですが...。」 「ふふっ、あなたなら必ず似合いますよ。」  その姿を見た私は影からそう呟き、背中を押します。私がそう確信するのは...その服が彼女に似合うように、本が世界を改変するから。彼女は元々、男性ながらに女性の服装に興味を示していたようです。しかし身長が高く、『男として』体格の良い自分には似合わないと諦めていた所を、この図書館に辿り着いて...。 「そ、そうですかね?」  ふんわりと膨らんだ丸い乳に、シュっと引き締まった丸い肩、腰。それを長髪が、純白のブラウスが、パステルカラーのフレアスカートが彩る、まさに『清楚』という文字が立って歩いているような女性に生まれ変わりました。 「はい。ファッションというものは、人の『変わりたい』『自分らしく生きたい』という想いの結晶です。変わりたいと願うことが、大事な一歩なのですよ。」  私はその美しい顔に、小さな女性への憧れ、愛らしい存在への羨望が隠れていることに気付きました。恐らくは『男としての』体格がコンプレックスであったことの裏返しなのでしょう。私は腕を伸ばしても本棚の上まで届かないので、むしろ分けてもらいたいぐらいですが...。 「そうか...そうですね!」 「その本、借りていかれますか?」 「はい!よろしくお願いします!」  つくづく人の想いとは、留まることを知らないもの。それでいて多種多様なもの。私にとって、またある人にとって、それはただの白紙であったとしても、別のある人には何よりもまばゆい光になる。私にも光が...そんなことを考えながら、親愛の微笑みを返す彼女を送り出そうとしたその時。 「あら?」  私はその視界に、七色に輝く一冊の本を見つけました。何度見直しても、それは他とは違う輝きを放って。 「...ふぅ...。」  彼女を見送った後、私はそう小さくため息をつきました。それはまた一匹、迷える子羊を救ったという安堵と同時に。 「光、かぁ...。」  望外の光を視界に捉えた、感動を示す吐息。 「そう...あなたが...。」  もう日が暮れて、運営時間も終わる。私の身体は早鐘を打つ心をいさめるように、ゆっくりと立ち上がると。 「あなたが...私の...!」  その光を本物であると確かめ、そして見逃さないように、一つずつ歩みを進めるのでした。  私はずっと、私自身を救ってくれる本の存在を追い求めていました。恥ずかしながら、私は人を導くことは出来ても、私自身を導くことは出来ません。そんな現状にも満足はしていますが、それでもまだ光を求めるのが人間です。 『外の世界では、何が見えるのでしょうか?』  それが私の光。実は私は、この図書館の中で囚われの身であるのです。当然ですよね、私は...。 『この世界』の住民なのですから。 『白は紙より出でて、紙より白し。』  それがこの世界の名前です。この世界は六角形の部屋が際限なく、そしてフラクタルに、上階へも螺旋階段により拡大しています。そして、その全ての部屋の面は雑誌に小説、児童書まで幅広く分類されて、本棚をびっしりと埋め尽くし、今もなお増え続ける世界の子羊の数だけ、増殖を続けているのです。その一冊一冊は一ページにつき四〇行、一行につき八〇字が並び、混ざる挿絵を含め、同じ本は二冊と存在いたしません。これは私たちは一人一人が異なる思想を持ち、異なる願いを有しているためです。ですから他人にとっては無価値の白、本人にとっては希望の光たる白となるわけです。  しかし全世界、全平行世界、全異界の本が収蔵されるこの図書館では、来訪者は余程の幸運の無い限り、希望の本を見つけることは出来ないでしょう。ですからこの図書館の全てを把握し、迷える子羊たちを導く司書という『主人公』が存在しなければなりません。  私は生まれながらに、この図書館で永遠に子羊たちを救い続けるという『ストーリー』を演ずる運命にありました。この黒い修道服も、あなたの世界では『インク』あるいは『電子メッセージ』でしょうか?ともかくこの世界を『文字』として、存在を示すための道具に過ぎなかったのです。 あなたと、ここで出会うまでは。  ...つかまえた。七色に輝く本なんて、初見なのですぐにわかりましたよ。きっと『この本の世界』とは、根本的に異なる場所からやって来たのですね。それに手に取ると、微かに温かい...これが希望の光というものなのでしょうか。表紙を見れば、大きく刻まれた二文字が浮かんでいます。 『現実』  それがあなたの世界の名前なのですね。あなたはどうして、ここに現れたのでしょう?私が望んだから?それとも、あなたも悩みや願いを抱えていたから?それは兎も角、これほどまでに内容を気にした事は初めてです。あなたは私の世界のことを、ここまで見て来たのですから、今度は私が見てもいいですよね?それでは失礼します...。  おやっ?視界が青いですね。でも白い塊もまばらに浮いて...なるほど、これが青空というものなのですね。空の色が漆喰の白や汚れの灰色以外の世界があるなんて...えっ?この世界にもそんな時がある?曇りって言うんですか?それは嫌です、明日も晴れて欲しいです。神よ、お願いします。  何と、これが朝食、卵焼きというものですか。黄金に輝いて、ふわふわしていて、とても美味しいです。きっとこの世界では高級な...えっ?皆さんよく食べていらっしゃるのですか?私、お料理なんて始めてで...図書館は飲食禁止ですし、そもそも私、司書を半永久的に努めなければなりませんから、何も食さなくても不老不死の身体なんです。でもこんなに美味しいものが一杯あるのなら...もっと色々なものを食べてみたいです。神よ、欲深い私をお許しください。  なるほど、今日は皆さん会社や学校へ行く日なのですね。これが電車...素晴らしいです。こんなに大勢の方が乗ってもビクともせず、こんな目まぐるしく風景が動くなんて...。こんな楽しいものがあるなら、きっと毎日が...えっ?楽しくない?私はお仕事が選べるというだけで、羨ましい限りですが...。  ...今日も一日、お疲れさまでした。私も初めての体験が色々あって、なんだか疲れてしまいました。でも...これほど充実した体験は初めてです。皆さん色とりどりの服を着て、色とりどりの風景を眺めて、色とりどりの食事を...白以外の光が、こんなに綺麗だったなんて、私、今まで気づきませんでした。あなたがこの図書館へ訪れてくれたおかげです、本当にありがとうございました。  あの...もう帰ってしまうのですか?そうですよね、あなたにはあなたの、私には私の生きる『世界』があるのですから...あの、最後に三つほど、私の願いを聞いてほしいのですが...よろしいでしょうか?  一つ、どうか私の事を決して忘れないで下さい。あなたが私を想像すれば、いつでも私はそちらの世界に存在し、視界を、記憶を、思考を...あなたの全てにアクセスすることが出来つのです。そう、あなたが私の世界に対してそうしていたように。  二つ、どうかより多くの場所を訪れ、多くの経験を積むように努めて下さい。人間は知識の世界だけでなく、同時に経験の世界に住む存在でもあります。経験の無い知識は存在しない事と同じであり、知識のない経験は『あのときはこうだったから、次もこうであるに違いない』と想像の幅を狭めてしまいます。それは私にとっても同じこと。お互いにもっと広い世界を生きましょう。  三つ、私の存在を、もっとそちらの『現実』世界の方々に広めてほしいのです。より多くの方に記憶していただくことができれば、それだけ私がアクセスすることの出来る世界も広がり、この図書館に囚われることなく生き続けることが出来ますから。これは本当に私のワガママですし、可能であればで構いませんが、どうかよろしくお願いいたします。  もし私の願いを聞き入れ、叶えて頂ける方であれば...恐らく、再びこの図書館を訪れる事でしょう。その時は私も、あなたの願いが叶うためのお手伝いをさせていただきたく存じます。こちらの本は『パパ』、こちらは『甘い誘惑』...ふふっ、どれがあなたの望む『世界』なのでしょうか?少し興味が湧いてきました。  それではまたいつか、私の、そしてあなたの願いが叶う日まで...。


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