寂れた木造住宅街の先に、その店は今もなお佇んでいる。
老齢の龍人が一人で切り盛りする大衆食堂。
閑古鳥が鳴いていようが、年中無休で店をあけている。
道楽のようなものだと本人は言っていたが、その真意はわからない。
ただ、別れの挨拶くらいはしておきたいと思い、俺はここにいる。
*
油染みの目立つ暖簾をくぐり、年季の入った木製の硝子戸をあけると
老齢の龍人は相も変わらず煙草を咥え、ぼんやりとテレビを見ていた。
「おっちゃん。飯、喰いに来たぜ」
俺は厨房が見渡せるカウンターに座り、ピッチャーに入った水を近くにあるコップに注いだ。
「久方振りじゃねぇかマサ坊。顔を見せてくれなくて寂しかったぜ」
軽口をたたくその姿はガキの頃から変わらない。
「1年振りだったかな……、あれから元気にしていたかい?」
「心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ。こちとら老後の生活を満喫してるっての」
元気そうで何よりだと呟くと、灰皿に煙草を押し付けた店主は厨房に向かい、
俺の注文を聞かずとも、まな板の上で鳥肉を器用に捌きはじめる。
「———あの坊主。あれから何度も食べにきてくれてるんだわ」
「へぇ、それは良かった。俺も紹介した甲斐があったな」
随分と他人行儀じゃねぇかと小言を挟みつつ、長箸でササミを湯がいている。
店主曰く、友人を連れて隔週で来ているらしい。
「大学で噂になっていたので来ましたとか抜かす坊主どもも、最近だと結構いるんだぜ。
笑っちゃうよなあ」
どういう噂をされているんだかとカラカラ笑っているが、内心嬉しいんだろう。
重量感のある尾がゆらゆらと揺れていた。
「やりがいのある老後で良かったね」
「まだまだ現役で頑張れってことなんだろうな。人生これからだって奴だ」
ドンっとカウンターの上にササミ丼が置かれていた。
「ほらよ、ササミ多めにしておいたぜ」
*
「ご馳走様」
これが最後に食べられるおっちゃんの飯だと思うと、感慨深いものがある。
ガキの頃からお世話になったんだ。一時居候をしたこともあった。
懐かしさがこみ上げてきて、席から立ちあがることが出来ない。
それだけこの空間は俺にとって本当に大切なものだった。
———あいつと共に生きてゆく覚悟をするまでは。
俺は札束が入った茶封筒を付け台の上にそっと置く。
「おっちゃん、何も言わずに受け取って欲しい。俺からの感謝の気持ちだから」
「……マサ坊」
「俺さ、第二の人生って奴を歩んでみたいなと思ってな。だからもう———」
ポンっと大きくてゴツゴツした手が俺の肩に触れた。
「幸せになれよ、応援してるぞ」
俺は目を瞑り、ありがとうと一言告げた。
終