【文章】バビニク・オブ・ザ・カルテット_第二話_中堅、それは苦しい
Added 2019-09-04 13:59:53 +0000 UTC酒を飲んでいた。第三者から見た時、その酒量は大したものではないかもしれないが、酒に弱いアタシからしたら、それはもう天文学的な程の量を飲んでいた。
「もうねぇ、アタシは駄目なんですよお」
この女を捨てたような低いがなり声で、管を巻いているのがアタシ。この前、25歳の誕生日を迎えた四捨五入でアラサーの同人声優。好きなシチュは快楽堕ち。
「いや~酔ってますネ」
「酔ってないが!!」
その隣にいる消え入りそうなウィスパーボイスで独特な語尾を使うのがアタシの相方。歳を聞いたことは無いが 、恐らく同じくらいだと思う。私と同じく同人声優兼、シナリオライターだ。好きなシチュは依存関係。
今日はアタシたちの音声サークル「さきいか☆ワークス」の、新作音声作品「えっ!?俺の担当アイドルが男の娘だった!?~夜の専属プロデュース~」の発売日だった。なので、相方の家に二人で集まり、宅飲みをしながら売上や反応を見張っているところだった。
「伸びは……まあ、ぼちぼちって感じですネ。良くもなく、悪くもなく」
既に「さきいか☆ワークス」では結構な数の音声作品を発表しており、そのどれもが「男性向け」かつ「男×男」 のホモ物だった。
「だってしょうがないじゃん、女の子だもん」
「何言ってるんでスカ?」
そんな題材の作品を出す女二人組は珍しかったのか、単純に出すジャンルに供給がなかったのかは分からないが、初め頃は順調に人気を伸ばしていった。ファンのコメントに一喜一憂したり、ASMR用の新しい機材を買ったり、即売会にも出てみたりと何をやっても楽しかった。
でも、感情の起伏があったのも最初の数年間だけで最近は伸び悩んでいることもあり、どこかマンネリを感じていた。
「……やっぱり限界なのかなあ」
「ボクは好きですけどネ、今の枯れた感じも」
アタシ達の作品は基本的に相方がテキストを作って、二人で声をあてる形式を取っていた。相方の意向もあって登場人物が男でもすべて二人で声をあてている。しかし、そこをレビューで残念に思う声も多いように、どうしても作品の幅に限界を感じていた。
「やっぱり、今からでも他の人を入れるのって嫌なの?」
「嫌デス。そうなるなら解散した方が良いですネ」
そもそも、アタシと相方は別界隈の飲み会で偶然出会い、その儚い病弱少年声に一目ぼれしたアタシが酒の勢いでサークルに誘ってしまったのだ。その為、解散を持ち出されると弱ってしまう。
彼女の声なくしては「さきいか☆ワークス」は成り立たないことをアタシは誰よりも知っているから。
「惚れた女の弱みって奴だーねぇ……」
「そーデス、もっと弱ってくだサイ」
「うへぇ」
そう言いながら相方はディスプレイを眺めながらカタカタとテキストを打ち込んでいた。売上の初動をメモしているのだろうか、それとも新作の構成を練っているのだろうか。
正直な話、相方が一介の同人作家レベルではないことは薄々感づいていた。とにかく仕事が早くて、文章の質も素人とは思えない彼女は引く手数多のはずだ。そんな相方のおかげでココまで有名になれただけで、アタシは木っ端みたいな物だと感じている。
そんなアタシがこの歳になっても作品に対して本気で取り組めて、アラレモナイ姿を見せあえる様な関係があるってだけで幸せなことなのかもしれない。いや、よく考えたら相方のそんな姿は見せてもらったことはないのだが。そう思うとなんだか急に悲しくなってきた。
「なーんかさ」
酔ってるせいか、四捨五入してアラサーということに気づいたせいか、ボロボロの情緒がアタシの口の滑りを良くしてしまう。
「浮かれちゃってたのかも。アンタの声がさあ、アンタの文章がさあ。凄くて、自分じゃ飛べない高さまで飛んだように感じちゃって、なんか。もっと頑張りたいって」
真っ赤になった顔を冷却する涙が、自尊心を塗りつぶすような情けない表情が、今まで思いもしなかったような言葉が堰を切ったように溢れだした。
「でもさぁ、そんな考えなのはアタシだけでさ、なんか。なんだろ、わかんないけどさ……なんか、それがすっごい……寂しくて……悔しくて……」
水気の多い鼻水をすする音と、汚らしい鳴因だけが部屋を支配した。
「……キミの気持ちはわかりました。ショージキこれは切り出すか迷っていたんですが、キミがそこまで言うのならボクも腹を括ろうと思いマス」
そういうと相方は今日初めてディスプレイから目線を切って、アタシの方を向いた。
「ボクたち、さきいか☆ワークスが次に出す作品は絶対に当てマス。だから、話題性を考えて舞台はインターネットにしマス」
「えっ!?」
涙が引っ込むほどの驚愕。
「ネ、ネットを舞台にした作品は流行りに乗ることが出来るから話題性はあるけど、少し時間が経つと受ける層が変わって一過性の物になる危険性がある。だから一旦は保留にするって見送らなかったっけ?」
これまでにもインターネットやオタク文化を題材にした作品については何度か話題に上がったが、少し時間が経つと感覚がズレるということであまり相方がノリ気にならず採用されてこなかったのだ。
相方は思慮深く考えてから結論を出すタイプなので、一度決めたことを覆すことはほとんどない。創作ともなれば、それはなおのこと。それだけに今回の発言には驚きを隠せなかった。
「それは今でも思ってマス。ですが、今回題材にするのはそこから更に踏み込んでバーチャルYouTuberを題材にしようと思ってマス」
「バ美肉をして活動している二人の男性が、お互いの可愛らしさに惹かれ交流しはじめます。しかし、交流を続ける内にお互いがお互いの"オンナ"の中に存在する"オトコ"を見出すところから物語は始まるのデス。当然、最初はその感情に戸惑うも本当の相手を受け入れる選択をするのデス!!」
なるほど。ネットはあくまで舞台設定であって、大事なのはネットを通して心を装いあってる二人の精神状態にスポットを当てて変化していく感情を書きたいわけか。更にそこにVtuberというエッセンスを加えることで人間らしさとキャラらしさのどちらも楽しもうということか。
アタシ自身も何人かのVtuberを見たことがあるが、仮想的でありながら関係性が構築されていくジャンルというのはかなり珍しい成り立ちだと感じていた。そして、その構造から題材にした時に、今まで描けなかったような複雑な関係性を描くことが可能であるとも。
「なるほど、面白いんじゃないの」
「それで最後は死に別れにしましょう」
「出た、悲恋主義!」
「悲恋こそ完成された恋愛なんデス!終わりがない恋愛なんてナンセンス!!」
さっきまではまるで通夜のような暗い雰囲気だったのに、それが嘘だったかのように二人してあーだこーだと話しあう姿がそこにはあった。
「なんか一人で悩んで馬鹿みたいだったなあ、アンタそういうネタ思いついても普段は全然言ってくれないんだもん」
「フフフ、ボクも今年で30歳ですからネ、ここらで一発何かしようと思って色々調べてはいたんデス。でもキミの考えを無視してまで推し進めたくなかったので言えなかったんですよネ」
あれ、ちょっとまって。
「アンタってアタシより年上だったの?」
「そうですケド」
ウッソー。
「……今後は敬語とか使った方が良いんでしょうか?」
「そういうのがヤだから、キミと一緒にいるんですケド」
「はひ……すいましぇん……」
そんな他愛もないやりとりをしながら、近くにあった酒ではなく水を胃に流し込んだ。少しキリキリとする胃に冷たい液体が満たされるのを感じる。だが、その冷たさを上回るほどの熱さをアタシは感じていた。
次の「さきいか☆ワークス」の作品を必ず良い物にしようという、熱い熱意を確かに感じていた。
「ということで、これ。キャラシートとシナリオ草案デス。近々ボクたちは宣伝と調査も兼ねてVtuberデビューするのでキャラデザもお願いしマス。来週までに進捗くだサイ」
「……へ?」
この胃のキリキリが収まるのは暫く先のことになりそうだ。
== つづく ==
[第一話] | []