【文章】バビニク・オブ・ザ・カルテット_第一話_ツレがVになりまして
Added 2019-08-16 10:45:38 +0000 UTC「そういや僕、Vになったんだよね」
半年振りに会った相方は、開口一番にそう言った。
「V?超電磁ロボ?」
「それはお互い世代じゃないでしょ。Vtuberだよ、バーチャルYouTuber。最近流行ってる奴」
Vtuber。2017年の12月頃から急激に勢いを増したジャンルで、既存のYouTuberでいうタレント部分を二次元的なキャラクターに差し替えて、それまで対象となっていなかったオタク層を狙い撃ちにしているジャンルである。
「アレか、ハローブンブンYouTubeみたいな奴か」
「まあ、そんな感じ」
「何でそんな急に……」
「うーん……」
ツレがバツの悪そうな顔でうつむいた。安い大衆居酒屋で聞こえるガヤが、いつもより数倍うるさく聞こえる。それほどの沈黙が流れた後、顔を上げて静かに言った。
「楽しそうだったから、かな」
そう言うと同時に、俺とツレの間にお通しと生ビールが置かれる。
「……やめるのか?本は」
「いや!やめないよ!やめないけどさあ……」
複雑な表情をしながらツレは否定する。きめ細かな泡が金色の水に溶けていく音だけが場を包む。
「じゃあ、何で今日言ったんだよ。言いたいことがあるのなら気兼ねなく言い合う。それが俺たちのルールだろ」
俺たち二人はサークル「デルデルデルタ」として活動している同人作家で、今日集まったのは次のイベントで出す本のジャンルを決めるための飲み会だった。毎回近況という名のハマっているジャンルを話し始めてから次の本を決めるので、このように作品に影響されて新しい趣味の話をすることも多々あった。
だが、今回ばかりはどうも様子がおかしかった。
「……別に本を出すのをやめても恨んだりはしない。俺たちは二人でデルデルデルタだ。お前が描かないなら同人活動はスッパリやめるつもりだ」
俺がそう言うと、ツレは覚悟を決めたような顔でグラスを持ち上げ、豪快に喉を鳴らしながら胃にアルコールを流しこんだ。言い辛いことを言う時の昔からの癖を見て、俺は次に投げかけられる言葉に対して覚悟を決めた。
「Vtuberの本を出したいんだよね」
その言葉に驚きはなかった。正直な所、最初にVtuberを初めたことを切り出した時点で描きたいんだろうな、ということは察しがついていたからだ。
「Vtuberか……Vtuberって要は……ナマモノな訳だろ?」
ナマモノ。同人誌などの二次創作において、実在する人物を対象としたジャンルのことを指す言葉だ。俺がバーチャルYouTuberにイマイチ食指が伸びなかった理由でもある。
「いや、それは大丈夫。出すのは僕の本だから」
「ん?」
「僕がやってるVtuberの本を出そうと思う」
「え゙っ゙!?」
思わず食べてた枝豆を吹き出す。
「さ、流石に自分の本を描くのってどうなんだ……?」
「いや!!でも、実際自分で自分の本を描くVtuberも少なからずいるんだよ!確かに、企業主体のVtuberの場合は活動において縛りも多いからそんなことできないと思うけど、個人でやってる人は普段作ってる動画を本にするだけだから決しておかしいことじゃないし、むしろ僕個人としては様々な発表の場を増やすことは素晴らしいことだと思うんだよね!!だから、僕が僕の本を出すのは全くおかしいことじゃないよ!!」
「お、おう」
ツレがこうなるとテコを使っても動かないことは、長年の付き合いから知っていた。だが、ツレを題材にVtuberの本を描くにしてもまだまだ問題はある。
「だけどよ、俺たちデルデルデルタは百合サークルだろ!お前は男じゃねーか!!」
「大丈夫!バ美肉してるから!!」
聞きなれない単語が飛んでくる。
「バ美……?何よそれ……?」
「バーチャル美少女受肉!!要は女の子として活動してるから大丈夫ってこと!!」
お前は何を言ってるんだ。
「はあ!?じゃあ、即売会で男二人が売り子してたらもっと駄目だろ!!」
「それはそれだから!それはそれだから!!」
殆ど酒を飲んでないのにドンドン議論がヒートアップしていく。だが、それ以前にこの話には一つだけ大きな問題があるのだ。
「まあそのバ美肉……?っていうのでお前が女として活動しているのは分かった!それで本を描くのも百歩譲って良いとしよう。だが、お前がVtuberとして本を描かれて良いって言ってもカップリング相手はいるのか!?」
「うっ……」
そう、百合とは関係性の尊さを描くもの。どれだけ便利な鍋があったところで、蓋がなければ成り立たないように。決して一人では咲きえない美しい花なのだ。
「人付き合いが苦手なお前にそんな相手を見つけられてるとも思えないがな!」
「確かにいないけど……」
「じゃあ、どうしたいんだよ……いくらお前の頼みでも俺も百合以外は描きたくないぞ……」
すっかり泡がなくなったグラスを見つめながら二人でうつむく。話題が話題だけに追加の注文をすることが出来ず、飲みに来たのにずっと喉が渇いてるような奇妙な感覚だった。
「……ほしいんだよね」
「え?」
「君にVtuberになってもらって、僕と絡んでほしいんだよね……」
お前は何を言ってるんだ(二回目)。
「ぜ、絶対に嫌だ!!」
「いや!変わんないじゃん!オリジナルで百合描いてたんだから、それと変わんないじゃん!」
飛躍した論理で俺を説得しに掛かるが、何がどうなったらそうなるのか。俺には全く意味が分からなかった。ジェネレーションギャップならぬバーチャルリアリティーギャップだ。
「変わるわボケ!!なんで俺がインターネットで女として活動しなくちゃいけないんだ!!」
「最初だけだから!!辛いのは最初だけだから!!すぐ気持ちよくなってくるから!!」
「うるせ~~!!デルデルデルタは今日限りで解散だ~~~~!!!!」
こうして、俺たちの半年ぶりの飲み会は「ツレがVtuberになった」という現状報告と、そこから派生したドロドロとした欲望を聞くだけの散々な結果に終わってしまった。また、後日男勝りなお絵描き系Vtuberがデビューすることになるのだが、それはまた別の話。
== つづく ==
[] | [第二話]