ガチャコン、と高音と低音が混ざり合ったな雑音を十年来の付き合いがある斉藤さんが奏でる。長い歴史を感じさせる日焼けしたボディとボロボロの両足スタンドからは貫禄すら感じるほどだ。
「もう大分歳だからなあ」
斉藤さんとは、彼女が通勤に使っている虹色をしたシティサイクル――いわゆるママチャリの名前だ。「さいとう」という自転車屋で購入したから「斉藤さん」。我ながら安直だと最初は思っていたようだが、不思議なことに両の手を超えるくらいの年数分付き合っていると、そんな些細なことよりもいずれ来る寿命ばかりが気になってしまう。
「明日もまた頼むよ、斉藤さん」
「…………」
はたから見ればボロボロのママチャリ相手に小芝居をしている変人である。嘲笑気味に笑いながら振り向くと、そこには見覚えのない小柄な女性が立っていた。油断した。世間一般では今は夏休み、いつもは人が居ないこの時間帯でも何が起こるか分からない。視界が揺らぐほどの熱気のせいか、はたまた見ず知らずの人の第一印象を「自転車相手に喋りかける不思議ちゃん」にしてしまった恥ずかしさのせいか、みるみるうちに顔が赤くなる。
一刻も早くこの場を去りたい。そう思った矢先、軽く会釈をしてそそくさと小柄な女性の横を通り抜けた。さっきまで自転車を漕いでたせいか汗と動悸が凄い。早く家に帰って空調の効いた部屋で落ち着こう。そんなことを考えながら早歩きをして自宅へ向かおうとした。
「バズりたいと、思いませんか?」
「へ?」
思わず間抜けな声を出しながら声の出どころに振り向く。
「バズりたいと思いませんか?バーチャルインターネットラクガキマンの吾味人美さん――」
可愛い声だ、第一に思った。次に。その落ち着いた口調から自分より年上なのかな?という印象を受けた。また、同時に高くて愛くるしい声質から自分より年下なのかな?という印象も受けた。不思議な声だ。心臓の動が少しずつ早くなるのが分かる。火照った顔からすっかり熱は引いて代わりに粘度の高い汗がじっとりと顔を覆った。
「な、何のことですか?その、バーチャルインターなんたら……って?」
「フフフ、今後は地震と天気の話はTwitterでしない方が良いですよ」
「ん゙っ゙」
ツインテールをゆっくりとなびかせて小柄な女性は此方に振り返る。
「私の名前は谷口。率直に言うとVtuber界限でバズるため、貴方を誘いに来ました」
これは僕にはまったく関係ない一夏の話。
つづく